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<新刊紹介>

出版者 法政大学史学会

雑誌名 法政史学

巻 35

ページ 84‑89

発行年 1983‑03‑24

URL http://hdl.handle.net/10114/10995

(2)

法政史学

︽新 刊紹 介︾

村上直編﹃江戸幕府千人同心史料﹄

このたび︑本学史学科教授村上直先生は︑﹃江戸幕府千人同心

史料﹄(昭和五七年九月)を刊行された︒本書は︑問編﹃八王子

千人同心史料﹄(雄山閣)に次ぐ千人同心研究の史料書として︑

この分野に欠くことのできない貴重な資料を提供するものであ

る︒

はじめに︑内容の紹介をする前提として︑千人同心の概観につ

いて若干の解説をしておきたい︒千人同心は︑徳川家康が武蔵国

八王子とその周辺に︑戦国大名武田・後北条氏の遺臣やその他の

浪人を集めて土着させ︑江戸を中心とする甲州口の軍事的防衛に

あたらせたこと︑を成立の契機とする︒すなわち︑徳川家康の江

戸打入に先んじる天正一八年七月二九日︑武田家旧臣の小人

一 回

配下の同心衆二四八人は北条氏照の旧城下八王子に駐屯すべきこ

とが命ぜられ︑翌年二一月七日には一

O

組 五

OO

人 に 再 制 さ れ た︒その後︑慶長五年正月︑関ケ原の合戦に備えて新たに浪人五

OO

人が募られ同心衆に制成された︒ここに︑千人同心が成立す る︒また︑このようにして成立した千人同心は︑江戸幕府と諸大

名の軍事的緊張が変化した慶安五年六月以後︑幕府の祖﹁東照大

権現﹂をまつる日光山の﹁火の番﹂を定まった勤役として命ぜら

れ活躍することになる︒

j¥ 

ところで︑本書は次の三部より構成されている︒第一部は﹁八

王子千人同心の研究﹂と題され︑千人同心に関する研究論文四本

がおさめられている︒また︑第二部では千人間心の千人頭をつと

めた﹁︑川野家文書﹂が所収され︑第三部﹁付録﹂では千人同心に

関する関係資料が掲載され︑今後の研究の参考に資している︒以

下︑制集方法に沿って若干の内容紹介をおこなっていきたい︒

八王子千人同心の研究

ここでは次に掲げる四本の論文がおさめられている︒村上直先

生以下の執筆者はいずれも先生の指導の下で本学大学院博士課程

を終

f

している︒現在︑

馬場 憲一

氏は東京都文化財管理課に勤務

される一方︑本学通信教育部講師として後進の指導にもあたら

れ︑また︑池田昇氏は栃木県小山市史編纂専門委員として活躍さ

れている︒(以下︑敬称は略す︒)

八王

子 千 人 同 心 と 日 光 勤 番 村 上 直

場憲

一 寛 政 改 革 と 八 王 子 千 人 同 心 池 田 昇

八王

子 千 人 同 心 と 地 方 文 化 村 上 直

明治維新における旧八王子千人隊

の動向馬場憲一

村上直・馬場憲一﹁八王子千人同心と日光勤番﹂は︑慶安五年

に千人同心が日光山火の番を命ぜられてから江戸幕府の倒壊に至

る二一六年間の﹁日光勤番﹂を中心とした活動状況が述べられて

いる

︒この論稿は︑もともと両氏が﹃日光市史﹄の通史編

のた

に執筆されたものである︒したがって︑その性格上︑幕府の日光

山支配の中で千人同心がどのような役割を担っていたのかについ

て紡織に描かれており︑興味深い内容となっている︒

(3)

池田月﹁寛政改革と八王子千人同心﹂は︑寛政四年二月﹁千人

組改正﹂令が幕府の寛政改革の一環として実施されたことを明ら

かにしている︒﹁千人組改正﹂令とは﹁幕府財政の倹約﹂と﹁千

人同心の家計窮乏の立て直し﹂のために実施された千人同心に対

する﹁風俗取締り﹂と﹁武術・学問吟味﹂の奨励であるが︑阿氏

はその意義を︑幕府による千人同心の編成秩序の回復にあったこ

と︑にもとめている︒

村上直﹁八王子千人同心と地方文化﹂は︑近世後期

t

幕末

・維

新期において八王子千人同心が地域社会や地方文化に果たした役

割とその主体的要因について論じている︒同氏は︑具体的には千

人同心の中から﹃武蔵国名所図会﹄﹃日光山

十 と

を著した航田孟

緒や﹃桑都日記﹄の著者である塩野適斉等をはじめとする地方文

化人が多く輩出したことを重視され︑そのような先進的文化を担

った原動力が﹁単に個人の資質だけではなく︑関東では唯一の幕

府直属の郷土であるという自負が大きな支えになっていた﹂こと

にもとめられている︒こうした観点は︑近世後期t幕末・維新期

における幕府支配の解体過程の中で広義の意味での政治的中間肘

を地方文化の展開と関連させて捉えることのみならず︑多摩にお

ける自由民権運動の思想的基層にもアプローチするという方法上

の提起を含んでおり︑貴重な意義を持つものと考えられる︒

馬場憲一﹁明治維新における旧八王子千人隊同心の動向﹂は︑

慶応

二年

O

月︑幕府の鳥羽・伏見戦争における敗北と維新政府

東征軍の八王子侵攻が︑千人同心に一応は﹁勤皇恭順﹂を表明さ

せたとするυしかしその後︑千人同心の内部は徳川随従派・土着

派・朝日派の三派に分かれ︑慶応四年六月︑千人同心が解体され

ると

m v 月には﹁王室従事﹂日﹁朝臣派﹂六七名によって護境隊

が結成された︒同氏は︑議境隊の成立事情とその構成や活動状況

について論じ︑議境隊は﹁明治元年一一月までの約五ヶ月間とい

う似い期間しか存続しなかったが﹂︑それは新政府によって﹁徳

川氏支配から明治政府支配へと移行する政治過程の中で生じる無

政府的状況を克服する目的をもって﹂結成されたところに意義が

あると論じている︒

以上︑四本の論稿は︑近世後期

t

幕末・維新期における幕府の

支配の解体過程の中で幕府と千人同心をめぐる主従制的支配の変

質と広義の政治的中間腐の展開の在り方が興味深く論じられてお

り︑今後の研究の発展が期待されるものといえよう︒

河野家文書

河野家文書は︑千人頭河野家の寛政四年間二月から天保一

O

O

月までの史料を収録したものである

︒初

出の史料は︑同年の

﹁老中松平和泉守乗完御渡書付﹂による﹁千人組改正﹂令であ

る︒また︑それ以後は寛政改革をふくむ千人同心の日光勤番およ

び月番制による同心支配の問題をめぐる史料が掲載

され

てい

る︒

これらは︑千人同心の研究を幕政史研究のなかに積極的に位置づ

けていくうえでも長重な史料といえるだろう︒また︑この史料の

中には︑千人間心の家計の窮乏を一がす史料も合まれているが︑こ

れらは近此社会における下級武士の存在形態の質的変化をみてい

くうえでも参考となるといえるだろう︒

八五

(4)

第三十五号

付 録

この部門では︑﹁八王

子千人同心関係資料﹂として︹二千人

同心の設置︹二︺日光火の番︹一一己俸禄・格式︹四︺蝦夷地開拓

︹五︺伊豆国海防︹六︺千人同心の評価︑に関する史料が抜粋さ

れている︒また︑﹁八王子千人同心関係文献目録補遺﹂として既

刊史料集の文献目録が補足されており︑さらに﹁八王子千人同心

在村者一覧﹂が添えられ︑これから研究をはじめようとする人々

にも多くの便宜がはかられている︒

以上︑本書の構成に沿って若干の内容紹介をおこなってきたわ

けであるが︑最後にいくらかの感想を述べておきたい︒

近世社会は中位以来の領主制を兵農分離と石高制によって克服

した集権的に完成された特殊な封建社会であるといわれているむ

しか

し︑

この

江一

μ

幕府の千人同心をはじめとして多くの兵と農の

分離していない﹁在郷武士﹂が存在したこともまた百定できない

事実である︒しかも︑こうした﹁在郷武士﹂は︑近世初期には千

人同心のように寄親│寄子制に基づく主従関係に制成されつつ農

民的性格も失わずに存在する場合や郷代官・地代行として支配の

末端に位置づけられる場合も数多くみられる︒また︑近世後期t

幕末期には﹁献金郷土﹂身分の者も多く生み出されてくる︒勿

論︑これらと千人同心を無条件で一括して扱うことは出来ない

が︑商品・貨幣経済の進展によって社会・経済構造が変化するの

にともない︑これら﹁在郷武士﹂の史的展開の在り方にも変化が

生じてくる︒したがって︑江戸幕府の千人同心の研究は︑下級武

士をふくめた社会的・政治的中間層の存在形態を考えるうえでも

八六

梢極的意義を持ちうるといえるのである︒

(A

四判︑四

OO

頁︑六

O O

O

円︑文献出版)

( 沢

登寛聡﹀

﹃幕末和蘭留学関係史料集成﹄

川仏

府は

阜艦建造の注文に端を発し︑文久二年

(一

八六

)

計十五名の留学生川をオランダに送り出した︒川海軍関係H内田

恒次郎(正雌)・援本釜次郎(武揚)・沢太郎左衛門・赤松大三

郎(則良)・出口俊平︑凶人文科学関係H西周助(周)・津田真

一郎(克道)︑同医学関係H林研海(紀)・伊東玄伯(方成)︑

凶職方

HK

h九八・中島兼古・大野弥三郎・上回寅吉・大河喜太

郎・山下利上口らで︑それぞれ勉学と技術習得に励み︑うち九名は

山防丸回航と共に慶応

三 年

八六七)帰国(一

した

日蘭学会(

一九七五年設立)は﹃和蘭風説書集成﹄二間︿本誌

引け紹介)︑﹃MW日蘭文化交流資料集﹄二冊

(M

号紹介)に続

いて︑この

オラ

ンダ留学の関係史料を原本主義に立脚して編集

し︑﹃排水和蘭留学関係史料集成﹄一冊(昭和五十七年二月・雄

松堂書応・定価一九︑000円﹀を刊行した︒

顧れば︑国立国会図書館が赤版離宮(現︑迎賓館)に仮寓して

いた当時︑﹁幕末和蘭留学生関係資料展示会﹂を本書の編著者の

以力により開催したのは昭和二十八年三月であった︒同展に対し

(5)

幸田成友悼上は多大の協力を惜しまれず︑また展示目録には各所

蔵機関︑西・赤松両家や︑藤井甚太郎・板沢武蛾・岩生成一・沼

田次郎ほか各先生の資料提供に謝意が表されている︒それからほ

ぼ三十三年が経過し︑一︑一五

O

頁という大冊の本書が出版の運

びとなった︒

まず総説(大久保利謙)で留学生派遣の由来とその意義を述

べ︑調査研究史を回顧し︑H

派遣関係︑同紀行・日記︑同海軍

(開陽丸)関係︑岡医学生関係︑同五科学習関係︑付雑纂の順に

史料を配列し︑これに編者の解説および五科学問関係蘭文編を加

えている︒このうち口には内田と沢の航海記・沢の滞在日記・榎

本の渡蘭日記・赤松の航海日記と留学

日 記

(文久二・三年﹀・西

の和蘭紀行・津田の﹁はなの志をり﹂など︑付には伊東・林・赤

松の留学延期願(﹃海軍歴史﹄より

)︑大河の蘭国での死去一件

(﹁続通信全覧﹂より)などを収録している︒時期を同くして本

書の翌月に出た宮永孝助教綬(第二教養部)の著書﹃幕府オラン

ダ留学生﹄(東書選書

η)

は現地調査の成果も織りこみ︑渡蘭十

五人の帰国後の人生まで読み易く描いているので併せ船介してお

きたい︒(開盟

国 市

柑400)

この史料集成には赤松在蘭日記の後半などを合む仙編が用意さ

れているようで︑幕末和蘭留学の全容を把む使日が広く提供され

ることは喜ばしい︒なお本書の原稿作成に大学院関係では岩壁義

光・川原崎剛雌・島村芳宏・長尾政憲・福川一徳の諸氏︿五十音

順 ) が 協 力 し て い る

︒ (

安岡昭男)

中野栄夫苫

﹃中世荘園史研究の歩み

l i

作令制から鎌倉幕府まで

l l

日本中川山人を学ぶものにとって荘閣の存在を看過することがで

きないことは改めて述べるまでもないが︑荘園に関する概説書と

いうのは意外に少ない︒現在入手しやすいものでは安田元久氏

円日

本荘

岡山

人概説﹄(古川弘文館・一九五七年)があるが︑ニ

O

年以上も前のもので少し古くなった感がある︒また阿部猛氏﹃日

本荘闘史﹄(新生社・一九七二年)は四つの代表的な荘園を時代

制に並べて平易に叙述しているが︑概説書というには個別的すぎ

るように思われる︒その後も有名な荘園を個別的にいくつかとり

あげたものや研究者の対談形式のもの︑事典類のようなものが数

川ほど発刊されているのみである︒

本書

の刊行は︑現在までの研究成果をふんだんにとり入れて

﹁杭閣とは何か﹂という問いに答えた書物として︑従来の概説書

の欠如を補うものと考える︒

以下︑本書の内容の紹介と若干の

コメ

トを述べて︑その責を

ふさぎたいと思う︒

本書は︑歴史愛好家のための雑誌﹃歴史研究﹄二四

Ot

二五

一 号(一九八一年一月

t

一一一月)に連載された﹁荘園制と中世社

会﹂という講座がもとになっている︒

まだ本書を手にしておられない方のために目次にしたがって内

j¥ 

(6)

容を紹介しておきたい︒

ー︑平安後期の位置づけ

2︑王朝国家

3︑﹁

. ρ

﹂とは何か

4︑﹁一円﹂から﹁名﹂へ

5︑﹁名﹂とは何か

6︑﹁名﹂と﹁作手﹂

7︑荘園史研究の足どり

8︑荘園の発生

9︑荘園の発展

ω

︑荘園制社会の成立

日︑荘園制支配と農民

ロ︑荘閣制支配とその変遷

付録︑荘園史研究の手引き

細部にわたって内容を逐一紹介する余裕はないが︑本書は︑第

一章では序章として当該期の理論的︑総括的な問題にふれ︑第二

章t第六章は収取単位という観点をとおして律令制社会から荘凶

制社会への移行︑第七章

t

第一二章は荘園についての研究史︑さ

らには荘園の変遷・内部構造・類型など荘閑史の概要︑という大

きな二本の柱によって構成されている︒

全体を通読して気付いた点として︑第一に従来の研究者諸氏の

学説が非常に丁寧に手際よく整理されていること︑第二に著者は

以前に﹃律令制社会解体過程の研究﹄(塙書房・一九七九年)と

いう論文集を刊行されているが︑その中での主張がわかりやすく

/¥ 

/¥ 

おりこまれていること︑第三に著者自身の歴史観が研究史整理の

中で折にふれうかがえること︑第四に願わくは中世後期の荘園制

についても扱っていただきたかったこと︑この四点を挙げておき

たい

と思

う︒

第一の点については︑第五章の﹁名﹂に関する研究史を整理さ

れる上で︑これまでの研究史の通説の成立過程を推測され︑その

誤りをただすことによって︑研究史をまとめる上においてはあく

までも原本にあたらねばならぬという著者の姿勢に無言の教訓を

感ずるものである︒

また最近よく使用される﹁荘園公領制﹂ということばも︑その

概念規定を正しく理解しないまま採用している場合が多いという

第一

O

章での指摘も傾聴すべきであろう︒

第三の点は︑第七章の戦前の荘園研究をまとめる際に︑石母田

正氏と消水三男氏の研究を比較︑対照する部分に代表されよう︒

また第四の点については︑毎月一回の年間完結の講座を執筆さ

れる上で︑二一︑三世紀までの部分で紙幅を費しすぎたためとも

思われるが︑これについて書名に冠されている﹁中世﹂はなくて

もよいのではないかという声が聞かれ︑著者に尋ねたところ︑

﹁出版社の意向にしたがって﹃古代国家史研究の歩み││邪馬台

国から大和政権まで││﹄(鈴木靖民民著)とシリーズものにな

るため﹂という答えであった︒しかし一異を返せば︑荘園の成立期

に関しては十二分に力点がおかれているわけである︒

それはともかく︑歴史愛好家を対象として書かれているとはい

っても︑内容的には歴史学を志す学生(古代・中世︑社会経済史

(7)

を勉強する者はもちろんのこと︑それ以外の時代・分野を学ぶ者

にも)︑また中学校︑高等学校等で歴史を指導している先生にと

っても入門書︑概説書として最適であろう︒

本書のように丁寧な研究史整理︑可能な限り史料を全文読み下

して難読部分にはルビがふつであることは︑入門書︑概説書とし

て必須である︒さらに巻末の付録﹁荘園史研究の手引き﹂は新し

く書き下したものであるが︑︹解説︺と︹参考文献・史料等︺の

二部にわかれ︑それぞれA荘園に関する基礎知識︑B史料の収集

とそ

の読

解︑

C現地調査の三項目で︑著者の長年の試行錯誤によ

る経験をもとにした勉強方法︑現地調査方法が懇切に説かれてお

り︑殊にこれから研究を始める方々に大いに指針︑参考になるで

あろう︒また︹参考文献・史料等︺は基本的な書物は網羅してあ

り︑大変便利である︒

冒頭で述べたように︑荘園に関する概説書が少ないことは︑そ

の執筆がいかにやっかいで難しいことかを物語るものであろうο

それだけに本書の刊行は大変意義深く︑また著者の御苦労と精力

的な仕事に敬服するものである︒とともに本書を一人でも多くの

方々に読んでいただくことを強く切望する次第である︒

(新人物往来社

OO

円)

一九

八二

年一

O

月刊︑四六判︑三

O

二頁

(三宅克広)

村 上 直

広 文 献 出 版 昭 町

叶小 山 市 史

﹄ 史 料 編

・ 近 世 1 昭 町

辺 開 国 と 幕 藩 国 家 の 成 立

﹄ 雌 山 閣 昭

U

( 歴 史 公 論 守 ブ ッ ク ス ) 共 編 一 日 凡 戸 時 代 の 飢 僅

﹄ 雄 山 閣 昭 町 一 ( 歴 史 公 論

︒ ブ ッ ク ス ) 共 制 一 安 凶 昭 男 一 可 日 本 近 代 史

﹄ 芸 林 書 一 房 昭 町 一 倉 持 俊 一

﹃ 図 説 ソ 連 の 歴 史

﹄ ( 共 訳

﹀ 山 川 出 版 社 昭 町 一 中 野

・ 栄 夫 一

﹃ 中 帆 荘 闘 史 研 究 の 歩 み

﹄ 新 人 物 往 来 社 昭 町 一 れ 壁 義 光 一

﹃ 横 浜 釧 版 尚

﹄ ( 神 奈 川 県 立 博 物 館 制 ) 有 隣 掌 昭 仁 丹 治 健 蔵

ア ナ 野 市 巾 人

﹄ 中

・ 近 枇 史 料 編 昭 町

川 を 正 三 郎 一

﹃ 加 須 市 史

﹄ 通 史 制 昭 回 一

︹ 会 員 編 著 書 抄

j¥ 

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住所 〒163-8001 東京都新宿区西新宿2-8-1 都庁第二本庁舎20階 電話 03-5388-3481(直通).

C :はい。榎本先生、てるちゃんって実践神学を教えていたんだけど、授

① Besides  receiving  a  B.A.  in  psychology  at  U.C.L.A., I studied early childhood education at  San Francisco State University in the graduate  program