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ハーフェズ詩注解 ( 8 )

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ハーフェズ詩注解 ( 8 )

佐々木 あや乃

はじめに

1. ガザル第143<注釈と解説>

2. ベイト“ān hame šoʻbade-ye ʻaql ke mī-kard īnjā…”の採録について おわりに

はじめに

ペルシア文学史上、ガザル(抒情詩)の最高峰の詩聖として、今なおペルシア語を母語とする 人々の敬愛の対象であり続けるハーフェズ(Khājah Ḥāfiẓ Shīrāzī, Shams al-Dīn Muḥammad ibn

Muḥammad 1326?-90頃)は、実に不思議な魅力を湛えた詩人である。真実界または不可視界とで

も呼ぶべき、言語を超越した絶対的世界とその神秘に対する詩人の憧憬が、各作品の芯をぶれ ることなく真っ直ぐに貫いているのである。遥かなる時空間を超え、時代のめまぐるしい変化 や地域間の少なからぬ文化的差異をも超越し、ひとりひとりの心の中へとしみわたってくる言 葉―しかも耳に心地よい、音楽のようなペルシア語の響き―によって、彼の人生哲学が作品に 投影されている。

本論考では、ハーフェズのガザル作品の中より、我々の手の届かないと考えられている神聖 な領域への憧憬が如実に表現されている作品【ガザル第136】をとりあげ、綿密な解釈を試み ることとする。

1. ガザル第 136<注釈と解説>

まず、ハーンラリー版『ハーフェズ詩集』1)を主たる底本とし、原文の音写表記と拙訳を示 してから、ベイト(行)毎に順を追って考察していくこととしたい(各ベイト冒頭の番号は便宜上 筆者がつけたもので底本には記されていない)。

1. sāl-hā del ṭalab-ē jām-e jam az mā mī-kard ’ānče xod dāšt ze bīgāne tamannā mī-kard 2. gowharī kaz ṣadaf-ē kown-o makān bīrūn ast ṭalab az gom-šodegān-ē lab-e daryā mī-kard 3. moškel-ē xīš bar-ē pīr-e moğān bordam dūš kū be ta’yīd-e naẓar ḥall-e moʻammā mī-kard

(2)

4. dīdamaš xorram-o xandān2) qadaḥ-ē bāde be dast vandarān ’āyene ṣad gūne tamāšā mī-kard 5. goftam īn jām-e jahān-bīn be to key dād ḥakīm? goft: ’ān rūz ke ’īn gonbad-e mīnā mī-kard 6. bīdelī dar hame ’aḥvāl xodā bā ’ū būd ’ū nemī-dīdaš-o ’az dūr xodā rā mī-kard3) 7. goft: ’ān yār kazū gašt sar-ē dār boland jorm-aš īn būd ke ’asrār hoveydā mī-kard 8. feyż-e rūḥol-qodos ar bāz madad farmāyad dīgarān ham bekonand, ānče masīḥā mī-kard 9. goftamaš: selsele-yē zolf-e botān4) ’az pey-e čīst? goft: Ḥāfeẓ gele’ī ’az del-e šeydā mī-kard

1.幾年

いくとせも心は私にジャムの酒盃を求め 自らの内にあるものを他人

そ とに求めていた 2.この世という貝殻の外にある真珠を 浜辺で流離う人々に求めていた

3.慧眼で謎を解き明かす酒場の師の許を 昨夜私はこの難問をたずさえて訪ねた 4.見ると、彼は酒盃を手にして陽気に笑い その鏡に映るさまざまな姿を眺めていた 5.「賢きお方は、世を映す酒盃をいつあなたに授けたか」と問うと

答えて「この蒼穹を創られた日」

6.神はいかなる時もそばにおわすのに

心喪いし者には見えず、遠くから神よ、神よと求めるばかり 7.師はさらに「高い絞首台で果てたかの友 その罪は神秘を明かしたこと

8.大天使ジブリールの啓示が再びお助けくだされば

イエスがしたことを他の人々もなしえよう」

9.「美女の波打つ巻き毛は何のため」と私が問えば

答えて曰く「ハーフェズが狂う心を嘆くから」

第1ベイト

sāl-hā del ṭalab-e jām-e jam az mā mī-kard

’ānče xod dāšt ze bīgāne tamannā mī-kard 幾年

いくとせも心は私にジャムの酒盃を求め 自らの内にあるものを他人

そ とに求めていた

jam: イランの伝説上の王、ジャムシード(Jamshīd)の短縮形。イラン民族英雄叙事詩を完成させ

た詩人フェルドウスィー(Firdawsī Ṭūsī, Abū al-Qāsim Manṣūr ibn Ḥasan 934-1025)の『王書 (Shāhnāmah)』にも登場する。ジャムシード王とソロモン王を同一人物とみなす歴史家もおり、

富と権力を握った善王としてのみならず、預言者としても知られる。しかし元来、ジャムシー ド王は「酒盃(jām)」と直接的関連はなかった。王書をはじめとする伝説において、酒盃を有し

(3)

た王はケイホスロー(Kaykhusraw)である。ケイホスローの酒盃は、今どこかで起きている、あ るいはこれから起こる出来事を映し出す不思議な力が備わっていたという。フェルドウスィー の王書には、イランの英雄ビージャン(Bīzhan) 5)の行方を捜すためにこの酒盃が用いられる。す なわち、この酒盃は不可視界を映し出すことができるツールなのである。

jām-e jam: ジャムシード王の酒盃。本来であれば「ケイホスローの酒盃」となるべきところが、

「ジャムシードの酒盃」と称されるようになった理由としては、以下の2つが考えられる。

1-酒盃jāmという語とジャムシードの短縮形jamが極めて似た音を持つこと。

2-ジャムシード王がイランの伝説上の偉大な王として知られていること。6)

ハーフェズ詩集には、上述の「ジャムの酒盃」「ケイホスローの酒盃」の他、「世界が見える酒 盃(jām-e jahān-bīn, jām-e ʻālam-bīn)」「世界を映し出す酒盃(jām-e jahān-namā, jām-e gītī-namā)」と いった表現も窺われる。

「何年もの間、我が心は「私」にジャムシード王の酒盃を求めていた」という、この「私」

とはまぎれもなく詩人ハーフェズ自身である。ここで注目したいのは、詩人の「心」と「詩人 自身(私)」が同一ではなく、異なるものとして表現されている点である。イスラーム神秘主義 では人間を、精神あるいは霊(rūḥ/jān/nafs/ravān/del)7)と、形骸としての「土で創られた肉体」

(peykar-e gelī)の2つに分けて考え、人間の存在の本質は精神であるとみなす。旧約聖書やコー

ラン等の聖典にも、死後肉体は消えても精神は残ると記されている。8)

ハーフェズは、「自身は気付いていなかったが、心の中にジャムの酒盃はあった」と言う。イ スラーム神秘主義では、この世への執着のない、汚けがれのない人の心は、汚よごれや錆のない、磨き ぬかれた鏡のようであり、真実を映し出すとされる。つまり、「ジャムの酒盃」とは大悟の境地 に至った人の心のことである。9)ハーフェズの心がジャムの酒盃を望んでいたということは、

ハーフェズが心という鏡についた塵や埃を除去しようとしていたことを意味する。つまり、ジ ャムの酒盃とは単なる葡萄酒の入った酒盃という意味ではなく、一点の曇りもない心をさす表 現なのである。

ハーフェズ自身、別のガザルで人間の澄みきった心を次のように表現している。

下界から不可視界に至るまですべてのヴェールは除かれる

心研ぎ澄ませ謙虚な精神をもつ、あらゆる修行者の前から10)(ガザル182)

中世の著名な宗教思想家、アブー・ハーミド・ガザーリー(Abū Ḥāmid Muḥammad ibn Muḥammad Ṭūsī Ghazālī 1058-1111)はその著書『幸福の錬金術(Kīmiyā-ye saʻādat)』の中で、「世

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界を映し出す酒盃」(=心)が映し出すさまざまな世界の不思議について次のように述べている。

心が映し出すさまざまな世界の不思議には際限がない。そして最も驚くべきことに、大半 の人間はそれに気づかない(「自らの内にあるものを他人

そ と

に求めていた」)ということである。

その「気づかないこと」には2つの側面がある。すなわちひとつは知識として、いまひとつ は力としてである。知識として「気づかない」のにも2階級あり、ひとつは人間誰しもが知 ることのできる知識、いまひとつは隠されていて誰もが識りえないもの。後者の方がより大 切である。・・・さらに不思議なのは、心の内側から天界へと小窓が開いていることである。・・・

11)

ハーフェズに先んじること約2世紀、同じくシーラーズに生きた神秘家ルーズビハーン・バ グリー(Abū Muḥammad Ṣadr al-Dīn ibn Abī Naṣr Rūzbihān Baqlī Shīrāzī 1128-1209)の著書『恋人た ちの水仙(Kitāb-i ʻabhar al-ʻāshiqayn)』に、次のような詩がある。

ジャムの酒盃を求め私はこの世を流離い続けた 昼坐すこともなく、夜眠ることもなかった 師からジャムの酒盃の形状を聞いたのだが そのジャムの世界を映す酒盃とは我自身だった12)

ハーフェズの主張と全く同じであることに驚かされる。恋愛抒情詩の巨匠サアディー(Saʻdī Shīrāzī, Abū Muḥammad Musharrif al-Dīn ibn Muṣliḥ ibn ʻAbd Allāh 1210頃-92頃)をはじめとする 数多の文人・思想家を輩出し、詩とバラの街として名高い故郷シーラーズを愛してやまなかっ たハーフェズは、この同郷の先達の説く神秘主義思想とそれを伝える詩句に精通し、少なから ぬ影響を受けていたにちがいない。

このハーフェズの第1ベイトの内容とほぼ同じ内容が、中世のスーフィー、ナジュムッディ ーン・ラーズィー(Najm al-Dīn Abū Bakr ʻAbd Allāh ibn Muḥammad Rāzī Dāya 1177-1256)と、学者 で神秘家のバーバー・アフザル(Afżal al-Dīn Muḥammad ibn Ḥusayn Kāshānī d.1307)の作品とみな される以下の四行詩にもうたわれている。

おお、神からの啓示の書よ、それはそなた自身 おお、最も美しい鏡よ、それはそなた自身 この世にあるものはどれもそなたの外にはあらず

(5)

望むものは何であろうと自らに求めよ、それはそなた自身13)

このように複数の詩人や思想家が「探し続けていたものは自分の内にあった」という思想を 作品に遺したということは、当時すでにこの考え方が広く中世イスラーム世界に受容されてい た証といえる。そして今この言葉に触れた我々にとっても違和感なく受け容れられる考え方で もあることに、新鮮な驚きと興奮をおぼえるのは筆者だけではないであろう。

第2ベイト

gowharī kaz ṣadaf-e kown-o makān bīrūn ast ṭalab az gom-šodegān-e lab-e daryā mī-kard この世という貝殻の外にある真珠を 浜辺で流離う人々に求めていた

gowhar: 宝石の意。貝殻を表すṣadafという語と共に用いられているため、ここでは「真珠」と

訳出した。

kown-o makān: kownは「存在」、makānは「場所」。この2語を並列させることによって、「時空

間」すなわち「この世すべて」を意図する。

gom-šodegān-e lab-e daryā: 「浜辺を流離う者」とは、一般的には水泳や潜水ができず溺れてし

まいかねない者をさす表現。第1ベイトの「他人

そ と

」を言い換えた表現。ペルシア神秘主義文学 においては、海(daryā)は真実界(ʻālam-e ḥaqīqat)を表し、それに呼応する形で土(khāk)は物質界 (ʻālam-e maddī)を表す。海という本質界に到達できず、浜辺を流離うだけで、陸地という物質界 から海へと足を踏み出すことのできない、しがらみから抜け出せずにいる者をさす。所詮我ら 人間の魂は土で創られた身体という枠に束縛されているのである。イスラーム神秘主義では、

イスラーム法を重んじるのみで行動に踏み出さずにいる者(ahl-e sharīʻat)をまだ陸地にいる者す なわち「浜辺を流離う者」に、神秘主義の階梯を歩む修行者(ahl-e ṭarīqat)を海へと漕ぎ出した者 に、そして神と合一し大悟の境地に達した者(ahl-e ḥaqīqat)を海中の真珠に喩えることがある。14)

この世で見つからない宝はいつ見つかるのか。我らの心が清らかになり、慾やしがらみから 心が解き放たれた時、すなわち神に心が結びついた時、あるいは神に融合した時である。ジャ ムの酒盃(真実)は我々のすぐ身近にあるのに、我々はそれに気づかないのである。

そこで、詩人は浜辺を流離う人々から逃れ、真実を求める人々(ahl-e del)を捜そうとする。

(6)

第3ベイト

moškel-e xīš bar-e pīr-e moğān bordam dūš kū be ta’yīd-e naẓar ḥall-e moʻammā mī-kard 慧眼で謎を解き明かす酒場の師の許を 昨夜私はこの難問をたずさえて訪ねた

pīr-e moğān: ハーフェズの詩に頻出する「酒場の師」。ハーフェズが絶大な信頼をおく長老であ

る。ただし、詩的世界にのみ生きる架空の存在である。なぜなら、非ムスリム(異教徒)を意味

するmogh、神に到達した者という意味をもつpīrという真逆の世界に生きる人をさす2語を組

み合わせた句であり、現実のイスラーム世界には存在しえないためである。

taʼyīd: 助力、助け。

詩人たる「私」の抱える難問とは何か。直接的には第1、第2ベイトの内容をさすと考える のが妥当であろう。つまり、「求め続けているものにたどり着けない」ということである。イス ラーム神秘主義において、イスラーム法を重んじる人々や神秘主義の階梯を歩む修行者にとっ て、目指す地点に到達することこそが最大の難関である。なぜなら、イスラーム法を重んじる 人々は、コーランやハディースといった「ことば」によって問題を解決し、修行に勤しむ者は まだ長い道程を歩みつつある最中だからである。酒場の師は、鋭い洞察力、ものごとを見抜く すぐれた眼力によって謎を解決してくれる。だからこそ、彼の慧眼にすがろうと、ハーフェズ は酒場を訪れたのである。

第4ベイト

dīdamaš xorram-o xandān qadaḥ-e bāde be dast vandarān ’āyene ṣad gūne tamāšā mī-kard 見ると、彼は酒盃を手にして陽気に笑い その鏡に映るさまざまな姿を眺めていた

ハーフェズが師を訪ねると、師は「陽気に笑っていた」という。つまり、師にはなんら心の 憂いや苦悩はなく、彼の心が、たとえ何が起ころうとも喜んでそれを受容できる状態にあるこ とがわかる。そして、「盃に映るさまざまな姿を眺めていた」という表現から、この時師が手に している酒盃は第1ベイトの「ジャムの酒盃」であることもわかる。つまり、「磨かれた鏡のよ うに曇りのない心」と「ジャムの酒盃」と「師の手中の盃」は、本質的に同じなのである。15)

(7)

酒場の師は曇りのない心に映るさまざまな像を眺め、楽しんでいるのである。ハーフェズが「酒 盃を手にして」と表現している点に注目したい。「酒盃が師の手中にある」ということは、師は

「心に一点の曇りもない」大悟の境地に達しているということを示唆する。

ハーフェズの作品をはじめとする中世イランの文学作品には酒が頻繁に登場するが、酒盃に 入れて飲むのは赤葡萄酒と決まっている。16)目にも鮮やかなルビーと見まがう赤葡萄酒の入っ た酒盃を手にし、楽しげにそれを眺める師の姿を目にし、「私はどうやってそれを手にいれられ るでしょうか?」と尋ねたかったにもかかわらず、ハーフェズは別の問いを発してしまう。「い つ手に入れたのですか?」と。

第5ベイト

goftam īn jām-e jahān-bīn be to key dād ḥakīm?

goft: ’ān rūz ke ’īn gonbad-e mīnā mī-kard

「賢きお方は、世を映す酒盃をいつあなたに授けたか」と問うと 答えて「この蒼穹を創られた日」

jām-e jahān-bīn: 世を映し出す盃。ジャムの酒盃に同じ。

ḥakīm: 通常は「賢者」の意を表す。ここでは「神」。

gonbad-e mīnā: 「碧い丸屋根」すなわち青空。

mī-kard: 動詞kardan(する、おこなう)は、古来よりペルシア語韻文・散文の中でsākhtan(つくる)

またはāfarīdan(創造する)という意味でも用いられてきた。フェルドウスィーやサアディーをは

じめ、ハージュー・ケルマーニー(Khājū Kirmānī, Kamāl al-Dīn Abū al-ʻAṭā Maḥmūd ibn ʻAlī ibn Maḥmūd 1290-1352)、サルマーン・サーヴァジー(Salmān Sāvajī, Jamāl al-Dīn ibn (Khājah) ʻAlāʼ

al-Dīn Muḥammad d. 1376)等の多くの詩人たちも、この意味でkardanを用いている。

「太初は つの日から、神は私にジャムの酒盃を授けてくださった」と酒場の師は言う。自分にだけ 神が与えてくれたわけではなく、神はみなに授け給うたということである。つまり、師に質問 を投げかけたハーフェズもかつては持していたはずだと説いているのである。果たしてそうな のか、自分にも「ジャムの酒盃」が与えられていたのかと首を傾げるハーフェズに、師はさら に言葉を継ぐ。

(8)

第6ベイト

bīdelī dar hame ’aḥvāl xodā bā ’ū būd

’ū nemī-dīdaš-o ’az dūr xodā rā mī-kard 神はいかなる時もそばにおわすのに

心喪いし者には見えず、遠くから神よ、神よと求めるばかり

bīdel: 字義通りには「心喪いし者」。想いを寄せる対象に心奪われた人、つまりは「恋する者」。

「恋に狂いし者(dīvāne, majnūn)」とも解釈できる。ハーフェズのīhāmと呼ばれる「言葉の多義 性(īhām)」の好例の一つ。

aḥvāl: ḥāl, ḥālat(状態、様子)の複数形。ありとあらゆる瞬間。常時。

xodā rā mī-kard: 遠くから「神よ、神よ」と言い、神を慕うこと。17)

前のベイトの師の言葉の続きである。ジャムの酒盃を持さぬ者とは、ただ一途に神を求めて やまない、「心喪いし者」である。常時神が自分と共にいるにもかかわらず、それに気づかない のだ、と師は説く。18)「心喪いし者」ではない師が、「心喪いし」ハーフェズに「神はいつも近 くにおわすのにそなたはそれに気付いていないだけなのだ」と説いているのである。

ここではたと気づく人はいないだろうか。このベイトは、第1ベイト―自分では気づかずに いたが、ジャムの酒盃は自分の中にあった―と同じ主題をうたっているではないか。求め続け てきたものは自分の内にあった、ただそれに気付かずに生きてきただけなのである。ハーフェ ズは求める対象を「ジャムの酒盃」から「神」へ変え―つまり彼の真意により近い表現を用い て―師に語らせているのである。

第7ベイト

goft: ’ān yār kazū gašt sar-e dār boland jorm-aš īn būd ke ’asrār hoveydā mī-kard 師はさらに「高い絞首台で果てたかの友 その罪は神秘を明かしたこと

yār: ペルシア抒情詩では一般的には「恋人」をさす。ここでは高名な神秘家ハッラージュ(Abū

ʻAbd Allāh Ḥusayn ibn Manṣūr Bayżāvī Ḥallāj 857・59-922)のこと。ハーフェズが尊敬してやまな い「酒場の師」同様、神秘主義道の高い階梯にたどり着いた神秘家である。

sar-e dār az ū boland shod: 「絞首台が彼(ハッラージュ)を架けることを誇らしく思った。」ハ

(9)

ッラージュという神秘家に対するハ―フェズの尊敬の念がこの表現に滲出している。

先の第6ベイトで、師は「お前の求めているものはお前の内にある」とハーフェズに告げた。

そこで、「神が我が内にあるというのなら、では私は神なのか?」という問いが、たとえ一瞬で あろうとも、ハーフェズの脳裏をよぎったにちがいない。神秘家(ʻārif)たるハーフェズの思考 は、自然と、自分より5世紀ほど前に存命した、かの有名な神秘家ハッラージュに辿り着く。

ハーフェズは眼前の酒場の師の言葉を聞きながら、「なぜハッラージュは殺されたのだろう か?」とふと思ったに違いない。このハーフェズの思考回路を師が先んじて読み、ハーフェズ の問いが言葉にならないうちに答えたのが、このベイトの後半、第2メスラー(1行の半分、半 句)である。

では、この第2メスラーの「神秘を明かすと罪に問われる」とは、どういうことであろうか。

ハッラージュは「アナー・アル・ハック(我は神)」という酔言(絶対的本質たる神と被造物たる 人間の融合の際に思わず発する言葉)により、バグダードで処刑されてしまった神秘家である。

イスラーム神秘主義における神や実在についての直観的知識のことをイルファーン(ʻirfān)と 呼ぶ。このイルファーンにおいては、一般的に理解されうる域にまだ達しえない神秘を神秘主 義修行者や導師のみが解した時、それを明らかにしてはならないとされる。もし迂闊に明かし てしまうと、その言葉の真意を理解できない人々が騒ぎを引き起こし、社会的混乱を招くこと になりかねないからである。19)

師はハッラージュと同じ轍を踏まぬよう、ハーフェズにひそかに「お前はかの先達のように 神秘を明かしてならぬ」と告げる。「お前自身が理解しているなら、それだけでよいではないか」

と説くのである。では、ハーフェズの言う「神秘」とは何か。理性(ʻaql)や宗教的教義(sharʻ)に よらない、心(del)によってのみ理解された、神や実在についての直感的な認識により眼前に開 く世界、すなわち真実界である。理屈や教えに捕われない、自由な心をもつ人の心眼でしか見 えない世界である。

第8ベイト

feyż-e rūḥol-qodos ar bāz madad farmāyad dīgarān ham bekonand, ānče masīḥā mī-kard

大天使ジブリールの啓示が再びお助けくだされば イエスがしたことを他の人々もなしえよう」

rūḥol-qodos: 最初に預言者ムハンマドに啓示を教えたとされる大天使ジブリール。ユダヤ教と

キリスト教ではガブリエルと称される。

(10)

feyż: 神から届く啓示、精神的な救い。

farmāyad: =konad 大天使ジブリールに対する敬意の表れとして、「お助けくださる」という尊敬

表現が用いられている。

masīḥā: イエス・キリスト。キリストは死者を復活させた奇跡で知られるが、この奇跡の力は

ジブリール(ガブリエル)によって授けられた力である。

第7ベイトと第8ベイトは師の連続した言葉であるにもかかわらず、この2ベイトの間にか なりの思考上の飛躍があるように見えることは否めまい。ハッラージュの罪を指摘した直後に

「ジブリールの精神的援助があれば誰でもキリストのような奇跡が起こせる」とはどういうこ とであろうか。

キリストは死した肉体を生き返らせたが、生き返らせるということは可視部分である肉体と いう形骸のみならず、死者の肉体に生前宿っていた精神や心も復活させたということである。

イスラーム神秘主義において、指導者的立場にある導師は、人間の死した精神・心を生き返ら せることができると考えられている。そこで、師はハーフェズに「もしジブリールの精神的助 けがあれば、他の人々の心をもキリストが死者を復活させたように生き返らせることができる」

と語っているのである。

つまり、ハーフェズは次のように考えたにちがいない。「私はジャムの酒盃を追い求めていた。

あなたがジャムの酒盃を手に入れた導師であるなら、どうすれば私もそれを見つけられるか教 えてはくれまいか。私には神は見えないのだから」と。そこで、師はハーフェズの声にならな い問いを先んじて読みとり、「ジブリールが天啓を届けてくれれば、お前も喪った心を取り戻し、

自らの精神を生き返らせることができ、神が自分と共に在ることを感じ、神の創造物すべてが 自分の内に存在することを認識できるようになろうぞ」と告げたのである。

第9ベイト

goftamaš: selsele-ye zolf-e botān ’az pey-e čīst?

goft: Ḥāfeẓ gele’ī ’az del-e šeydā mī-kard

「美女の波打つ巻き毛は何のため」と私が問えば 答えて曰く「ハーフェズが狂う心を嘆くから」

selsele: 鎖。美女の長い髪が波打って輪を描き、鎖のように見えることから、恋愛詩では恋人の

心を捕らえる場所をさす比喩として多用される。

del-e šeydā: =del-e dīvāne 「狂いし心」。かつて狂人は鎖で縛っておかねばならないと考えられた

(11)

時代もあった。その影響で、狂った心も鎖で縛っておかなければとハ―フェズは表現している のである。

第8ベイトからこの第9ベイトの間にも多少の飛躍が感じられよう。以下、筆者なりにその 溝を埋めるべく解釈を試みてみたい。

ハーフェズは目下、おそらく現世の美女に恋い焦がれて気が狂わんばかりなのである。よっ て「天啓が下るような境地に至るには無にならなければならない。現世への執着など捨てねば ならない。だが、あろうことか、私はとある女性に恋してしまった。なぜ神は、我らがその美 しさに心奪われてしまうほどの美しい女性をお創りになったのか」と心の中で恨めしく思って いるのである。ペルシア古典詩の伝統では、恋する者の心がその恋愛対象である女性の波打つ 巻き毛の輪に捕われるという表現が多用される。恋する者は「心喪いし者(bīdel)」と呼ばれ、

作品の中で狂人扱いされることもある。20)

これに対し、師は「ハーフェズが狂う心を嘆くから」と答える。つまり、狂人が鎖で縛られ るように、ハーフェズの心は美女の巻き毛によって縛られ、暴れないよう制御されているとい うのである。美女に激しく恋したハーフェズの心は、「恋に狂いし心」であると同時に、自分の 心が神へと向かわないことが不満であるため、いつ暴れ出しても不思議ではない状態であり、

それを美女の巻き毛が鎖のように捕縛しているということである。しかしながら、万物の創造 者は神である。ということは、美女の輪状の巻き毛を創造したのも神なのだから、師の答えは なんという皮肉であろうか。答えを聞いたハーフェズの苦笑した表情が思い浮かぶようである。

しかし、この第9ベイトにより、第8ベイトまでの積み重ねで「我=神=この世すべて」と 呈示されてきた昂揚感が一気に萎えてしまうような印象を筆者は受ける。一種イラン人らしい 手法とでもいうべきか、全身で強力に押していた力がふと横にずれ、ふわりと力が抜けたよう な感覚を与えるこのベイトを、なぜハーフェズは最後に加えたのだろうか。

筆者が思うに、ハーフェズにとってこの第9ベイトはこのガザルを完結させるために必要不 可欠であった。第8ベイトまでで、ハーフェズは伝えたいことを言い尽くしてはいる。しかし、

最も伝えたかった「我は神、ひいてはこの世のすべてである」というメッセージを主張して終 わりにしたのでは、ハッラージュと同じになってしまうことに詩人ははたと気付いたに違いな い。そこでハーフェズは第9ベイトで、「ハーフェズは恋に狂っている」「ハーフェズは狂人」

と明言し、自分は常軌を逸した人間であると強調したのである。狂人の言であれば、14世紀の 厳格なスンニー派イスラーム体制下であっても咎めだてされずに済んだはずである。痛快にす ら感じるハーフェズの紡ぎだすことばの妙技には、ただただ脱帽するよりほかない。

(12)

2. ベイト“ān hame šoʻbade-ye ʻaql ke mī-kard īnjā…” の採録について

筆者は本ガザルを全9ベイトの作品とみなして注解を施してきたが、ファルザード版、ハテ ィーブ=ラフバル版、サーイェ版、カーセブ版、バフティヤーリー版、バダーギー版、ペジュ マーン版等のハーフェズ詩集には、本ガザルの第6(もしくは第7、第8)ベイトに以下のベイ トが挿入されている。ここでそのベイトを紹介し、ハーフェズのガザルの1ベイトとして筆者 が取り上げなかった理由を記しておきたい。

最初に断っておくが、このベイトを訳出しようと試みたが果たすことができなかった。参考 までに黒柳恒男氏の訳(【 】内は筆者の訳語)を記しておく。

ān hame šoʻbade-ye ʻaql21) ke mī-kard īnjā sāmerī pīš-e ʻaṣā-o yad-e beyżā mī-kard この世で知性が弄した全ての欺瞞は サマリア人

びと

【サーメリー】が杖と白い手に対し逆らったと同じ

šoʻbade: 一般的には「ぺてん、欺瞞」の意で広く用いられるが、手品や奇術を意図することも

ある。

sāmerī: サマリア人をさす名詞であると同時に、サーメリーという金細工師の名。ムーサー・イ

ブン・ザファル(ザファルの息子であるムーサー)という名の人物をさすという記述もみられる。

預言者ムーサー(モーセ)がシナイ山において神から十戒の石板を授かるまでの40日間、麓でム ーサーを待つイスラエルの民に、宝石で飾った金の子牛像を崇拝するよう指示したのが、この 金細工師である。彼が大天使ジブリールの馬の蹄の下からとった土塊を子牛像の窪みに入れた ところ、その子牛から本物の牛のような啼き声が聞こえ、生きた子牛のように見えたという奇 跡により、イスラエルの民はこの子牛像を崇拝したという。22)

ʻaṣā-o yad-e beyżā: 字義通りには「杖と白い手」。コーランにその名が136回登場する預言者ム

ーサーのこと。エジプトのファラオの前で杖を蛇に変えたり、懐に手を入れて取り出すと手が 白く光り輝くといった奇跡によって、唯一の神アッラーへの信仰を説こうとしたが、エジプト のファラオには受け容れられなかったため、イスラエルの民を連れて逃げた。ムーサーがシナ イ山で神の顕現である火を目撃した話や、彼の杖や光り輝く白い手の奇跡譚はモティーフとし てペルシア詩にもよく登場する。23)

まず、このベイトの前半のメスラー内の動詞「欺瞞をおこなった」に対応する主語が明示さ れていないのが大きな問題である。どう読んでも主語とみなすことのできる語が存在しない。

(13)

さらに、ベイト末の動詞について、黒柳訳では「逆らったのと同じ」と訳出されているが、ペ ルシア語の原文をいくら見直しても黒柳訳の意味に解すべき、文法に沿う説明に辿りつくこと ができない。そこで、解釈の可能性として

(1)第1メスラーを第2メスラーの目的格とみなす場合

(2)第1メスラーと第2メスラーを同等とみなす場合 に分けて考えてみたい。

(1)第1メスラーを第2メスラーの目的格とみなす場合

ペルシア語の文法にはそぐわないものの、仮に主語を「知性(ʻaql)」としてみる。「知性がお こなった欺瞞すべてを、サーメリーがムーサーに対しておこなった」と解釈すれば、このベイ トの第1メスラー全体は目的格となる。しかし、ここでさらなる疑問が湧いてくる。「知性」は 誰の知性であろうか。サーメリーか、あるいは人類全体か。仮にサーメリーの知性とすると「サ ーメリーは自分の知性で考えうるありとあらゆる欺瞞をムーサーに対しておこなった」という 解釈となる。だが、果たしてそうであろうか。

イスラエルの民がファラオに追われていた時代、道に置き去りにされていた幼いサーメリー を、神は大天使ジブリールに80カ月間育てるようにとお命じになられた。その後、ジブリール に育てられたサーメリーは両親のもとに戻り、成長して金細工師となる。ジブリールがどこに 行き、どこを通るかをよく知るサーメリーが、大天使ガブリエルの馬の蹄の下から土塊を取り 子牛像の穴に入れると、その子牛が本物の牛のように啼き、まるで生きた子牛のように見えた という奇跡により、既述の通りイスラエルの民が子牛像を崇拝するようになったのである。つ まり、伝承によればサーメリーは「自分の知性で考えうるありとあらゆる欺瞞をおこなう」よ うな悪人ではなく、したがって「自分の知性を駆使してムーサーを欺いた」という解釈は成立 しない。さらに、金の子牛像を崇拝したのはムーサーではなくイスラエルの民であるのだから、

欺かれたのはムーサーではなくイスラエルの民である。仮に、こうした伝承を歪曲してまで詩 人がこの詩句を詠ったのだとすれば、ハーフェズという詩人の教養を疑わざるをえなくなる。

よってこの解釈は成立しない。

(2)第1メスラーと第2メスラーを同等とみなす場合

第1メスラーと第2メスラーをイコールの関係と仮定し、「知性がおこなったことすべては、

サーメリーがムーサーの前でおこなったこと(=欺瞞)に等しい」と解してみよう。サーメリー の欺瞞(=知性)は、ムーサーの起こした奇跡(=心)に対してはなんらの価値もない、という図式 がかろうじて成り立つ。「知性は心と対峙すると価値がない」というのは、イスラーム神秘主義 の説くところであり、思想的にはハーフェズの主張とも合致する。しかし、こう解釈するため

(14)

には文法構造上かなりの無理があることは否めない。

参考までに、ハーフェズ研究者として名高いホッラムシャーヒー氏の解釈を紹介しておこう。

氏はこのベイトを本ガザルの第7ベイトに組み込み、「知性(ʻaql)」ではなく「自身(xīš)」とい う語を採用したうえで、次のように解説する。

このベイトが意味をなし、言葉や意味の複雑さを解消するため、私は「自身」という語を 採録する。私の見たところ、「サーメリー」が第1メスラーの文の主語である。つまり、サー メリーが自らのこのすべての欺瞞をここ―欺瞞を弄すべきでない、愛を示す場、真実の面前

―において、ムーサーの奇跡の象徴である杖と白い手の傍らで示す。そしてハーフェズ自身 も別のガザルで次のように詠っている通りの結果に至るのは明白である。

魔法は奇跡と並びえない、陽気に過ごせ サーメリーがムーサーに勝てるはずもなし24)

つまり、ホッラムシャーヒーは「サーメリーはこの世でおこなった自らのこのすべての欺瞞を ムーサーの面前でおこなった」と解したいのであろうが、しかしながら、既に述べた通り、伝 承と合致しない。さらには、第1メスラーと第2メスラーの動詞がともに未完了過去である点 に注目すべきではないだろうか。もし「サーメリーはこの世でおこなった自らのこのすべての 欺瞞をモーセの面前でおこなった」と解釈するのであれば、ムーサーの面前でおこなうよりも 以前にぺてんをおこなっていたはずであり、第1メスラー内の動詞は未完了過去ではなく完了 形でなければ辻褄が合わない。このベイトでは2つの動詞が同じ時制・法で表されているため、

ホッラムシャーヒー氏の解釈は整合性を欠く。そもそもハーフェズの作品は、1 つの言葉に二 重の意味を持たせたり、音楽性を考慮して語順を変えたりすることはあるものの、ペルシア語 の規範文法から外れることは、筆者の知りうる限り、まずない。読者や聞き手が主語や目的語 の判別に迷って混乱するような表現手法をとる詩人は、高く評価されないどころか、その難解 な言葉遣いや文法ゆえに避けられ忘れ去られ、文学史上に名を刻むこともないであろう。イラ ン人の高名なコーラン学者でもあるホッラムシャーヒー氏が「言葉や意味が複雑」と評した時 点で、詩人ハーフェズの言ではなく、後世誰かが挿入した句であることに、彼自身気づいても よかったのではなかろうか。

以上が、筆者が本稿において、このベイトを除いた形で本ガザルを紹介することとした根拠 である。

(15)

おわりに

本稿で見てきたハーフェズの主張「我=神=ありとあらゆる存在」は、他の名だたるペルシ ア神秘主義詩人の主張とも一致する。例えば、12世紀のアッタール(ʻAṭṭār Nīshābūrī, Farīd al-Dīn Muḥammad 1145?-1221/一説には29または30)の神秘主義叙事詩『鳥の言葉(Manṭiq al-Ṭayr)』で は、鳥の帝王スィームルグに会おうと旅に出る鳥たちの姿が描かれており、艱難辛苦を乗り越 えて霊鳥スィームルグと対面した30羽の鳥は、まさしく自分たちが「スィームルグ(ペルシア 語で「30羽の鳥」の意)」であることに気づくという、「我=神」を見事に描き出した代表的な 作品である。

また、神秘主義詩人の最高峰と評される 13 世紀のルーミー(Rūmī, Jalāl al-Dīn Muḥammad Balkhī 1207-1273)は『精神的マスナヴィー(神秘主義叙事詩集成、Masnavī-ye maʻnavī)』の第 1 巻で、空飛ぶ鳥ではなく地上に映る鳥の影を追う狩人の寓話を語る。

鳥が空を飛び、その影が 地上に映し出される 愚か者はその影を追いかけ 走りに走って力尽きる 影に向かって矢を射かけ 矢筒は必ずや空となる

彼の人生という矢筒は空になり 影を追い求め徒労に終わった25)

これは、真実ではなく影や幻を追求して人生を無駄に費やす喩えである。ハーフェズの言う「ジ ャムの酒盃を求め続ける状態にある人」である。このルーミーの主張は、かの有名なプラトン の「洞窟のイデア」に通じる考え方である。プラトンにはイデアの世界への信念があり、我々 の世界のありとあらゆる思想と存在物は、真実の世界(=イデア界)の中に在るとし、我々の生 きる現世にあるものはすべて幻にすぎず、イデア界に存在する真実の影にすぎないと主張する。

彼はこの主張の説明として、この世で人間は洞窟の入口に座り、洞窟の壁の上を動く影を見つ めながらそれが実在すると思い込んでいるが、真なる存在物は人間の背後にあり、太陽や炎の 明かりが洞窟の壁にそれを投影しているにすぎないと説く。真実に到達したいなら、洞窟の壁 など眺めずに振り返り、明るい光の世界にある万物の真実を見なければならないのである。

さらにルーミーは同書第4巻において、現世の彼方にあると考えられていたプラトンのイデ ア界を、人間の精神あるいは魂の深部へと移動させ、すべての存在物の実体はイデア界ではな く、人間の心すなわち人間の魂の深部にあると次のように語る。

あるスーフィーが真実に到達しようと 顔を膝に乗せて考えこんでいた あまりに深く考え込み周囲に目もくれない様子をみて おせっかい者が残念に思い

(16)

こう言った「なぜ目を閉じているのか?立ってぶどうの樹をご覧なされ この木々を、緑なす草をご覧なされ 神の『見よ』というお言葉に耳を傾け こうした神の寛大さの徴をご覧なされ」

スーフィー曰く「神の徴は我が心にある 愚か者めが!ここに見えるは徴の写し 庭も草も心の中にある 外にあるのは流れる水に映る影

水に映る庭の影は 水が揺れるから揺れてみえるのだ

庭も果実も心の中にある この現世(物質界)にはその影が映し出されるだけ」26)

世界とその存在物すべての実体は人間の魂の内にあるというルーミーの主張から、人間のス ケールの大きさ、無限の可能性が感じられはしないだろうか。千変万化の現世は人間の魂が映 し出された幻影にすぎないとは、なんという発想であろうか。しかし、こうした考え方はイス ラーム神秘主義においてはさほど驚くべきことではなく、それどころか、イスラームへの信仰 を基盤としてこの思想が生まれているのであり、それこそが「イスラーム神秘主義」なのであ る。

目を転じて自分の周囲を見渡せば、我々日本人も「万物に神が宿る」という八百万の神信仰 を受け継いで生きており、「神=ありとあらゆる存在」の図式は容易に理解できる。それをさら に「我」という個にまで延長して考えてみれば、ちっぽけな1人の人間の内に秘められた無限 の可能性への希望と共に身体の内側からエネルギーが充ち溢れ、生きる勇気が湧き、「生」の意 味が明らかにされるように感じるのである。

本文と註における翻字については、基本的には米国議会図書館Library of Congressの標記に基づき、ペルシア古 典文学時代が終焉を告げる15世紀以前は古典的な表記を、15世紀以降は現代ペルシア語の音に近い標記を採用 した。ただし、日本語のカナ表記に関しては、本稿でとりあげる詩人ハーフェズを筆頭に、現代ペルシア語の音 に近いと考えられるカナ表記を採用した。また、詩の音写に限っては、文字と音価が11で対応するよう、

Encyclopaedia Iranicaに準じた表記を採用し、韻律や詩のリズム・読み方の明示を試みた。

1) Ḥāfiẓ Shīrāzī, Shams al-Dīn Muḥammad ibn Muḥammad, Khānlarī, Parvīz Nātel (comp.) 1362/1983.

ハーフェズ詩集は数多出版されており、版によっては収録ベイトや表現に差異がみられる。本稿では別の版 に採用された形の方がより一般的であると考えられる場合に限り、ハーンラリー版にこだわらず別の版の記 載を採用した。注の2, 3, 4を参照のこと。

2) ハーンラリー版ではxandānの代わりにxošdel「陽気な」

3) この第6ベイトはハーンラリー版にはない。

4) ハーンラリー版ではselsele-ye zolf-e botānの代わりにzolf čo zanjīr-e botān「美女の鎖のような巻き毛」。明ら かに前者の語の組み合わせの方が意味が伝わりやすい。

5) 『王書』の中の有名な物語「ビージャンとマニージェ」の主人公。イランの英雄ビージャンは、猪退治に出 かけ、首尾よく務めを果たした後、道案内役のゴルギーンに誘われるまま、敵国トゥーラーンのアフラース

(17)

ィヤーブ王の娘の宴で過ごす。だが、それを知ったアフラースィヤーブ王は怒り、ビージャンを幽閉してし まう。ビージャンの父ギーヴは息子の捜索に絶望するが、イランの王ケイホスローは「世を映し出す酒盃」

でビージャンの居所をつかむ。暗い井戸に幽閉されたビージャンの姿が酒盃に映し出されたのを見たケイホ スロー王は、イランの英雄ロスタムをビージャン救出に派遣、ビージャンはロスタムによって無事救出され る。

6) 6世紀頃までは「ケイホスローの酒盃」という表現が普及していたにもかかわらず、ジャムシード王がワイ

ンを発見したという伝承の影響も受け、次第に「ジャムシードの酒盃」「ジャムの酒盃」と称されるようにな ったという説もある。

7) ガザーリー(Abū Ḥāmid Muḥammad ibn Muḥammad al-Ṭūsī al-Ghazālī 1058-1111)はそのペルシア語の著書『幸福 の錬金術』(Kīmiyā-ye saʻādat)の中で人間の精神について、「(アラビア語で)rawḥ/nafsと言ったり、(ペルシア 語で)jān/ravānと称することもあるが、我ら(神秘家)はdelと呼ぶ」と述べている(p.15)。

8) 旧約聖書には「主なる神は土の塵で人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者とな った」(第27節)とある。また、コーランには「我(神)はその(人の)中に自らの魂を吹き込んだ」(第15 29節、第3872節)とある。

9) ハディースにも「心は鏡のようであり、それを見つめると神が見える」とある。

10) ze molk tā malakūt-aš ḥejāb bar dārand har ānke xedmat jām-e jahān-namā bekonad 11) Kīmiyā-ye saʻādat, vol.1, pp.27-28.

12) dar jostan-e jām-e jam jahān peymūdam rūzī nanešastam-o šabī nağnūdam zostād čo vaṣf-e jām-e jam bešnūdam xod jām-e jahān-nemā-ye jam man būdam

(Kitāb-i ʻabhar al-ʻāshiqayn, p.49.) 13) ey nosxe-ye nāme-ye elāhī ke to’ī vey ’āyene-ye jamāl-e šāhī ke to’ī

bīrūn ze to nīst har če dar ʻālam hast dar xod beṭalab har ānče xāhī ke to’ī

(Mirṣād al-ʻibād, pp.3, 552-553.) 14) 著名なスーフィー、ナジュム・アッディーン・クブラー(Najm al-Dīn Abū al-Jannāb Aḥmad ibn ʻUmar al-Khīwaqī

Kubrā 1145-1230)の神秘主義の階梯についての著作の中に、以下の記述が見られるという指摘がある。

シャリーア(イスラーム法)は船のよう 神秘主義の修行階梯は海のよう 真実は海中の真珠のよう

真珠を手に入れたい人は船に乗り、船旅をし、真珠を獲らねばならない

(Salāmiyān, “Maktab-e kubravīye”, p.734.)

15) 類似点として、心臓の形と酒盃の形(ともに逆三角形)、また心臓の内部に血が満たされていることと酒盃に

赤葡萄酒が満たされている(ともに赤色で液体である)点を挙げることができる。

16) ペルシア古典文学に描かれる酒については『バッカナリア 酒と文学の饗宴』(成文社、2012年)に詳しい。

17) ハーフェズ詩集の比較的新しい版にはxodā yā mī-kardとなっていることが多く、おそらくこちらの方が正し

いと思われるが、ここはハーンラリー版やハティーブ=ラフバル版に依拠した。

18) 神が人間のすぐ近くにおわすことは、以下の通りコーランにも明示されている。

「我は人間の頸動脈よりも人間の近くにいる。」(『コーラン』5016節)

「我が魂を人間の中に吹きこんだ。」(同書1529節)

19) ハッラージュと同時代の神秘家ジュナイド(Abū Qāsim ibn Muḥammad ibn Junayd Khazzāz ?-910)も「神秘を明

かすことは神への冒瀆である」という言葉を遺している。

20) 12世紀のニザーミー(Niẓāmī Ganjavī(Ganji’ī), Jamāl al-Dīn Abū Muḥammad Ilyās ibn Yūsuf 1141?-1209?)作『ライ ラとマジュヌーン(Leylī va Majnūn)』がその典型である。カイスという男が美女ライラに気も狂わんばかりに 恋するあまり、マジュヌーン(=狂人)と呼ばれるようになる。

21) ʻaql(理性)の代わりにkhīsh(自身)を採用する版もある。

22) コーラン2088節と96節。

23) ハーフェズ自身、ムーサーの奇跡譚をいくつかの詩句に詠んでいる。以下に数例を挙げる。

(18)

madadī gar be čerāğī nakonad ʼātaš-e Ṭūr čāre-yē tīre-šab-e vādi-ye ʼayman če konam

シナイ山の火が灯として助けてくれぬなら アイマンの谷の暗闇でどうすればよいのか (ガザル337)

lamaʻal-barqo menaṭ-Ṭūre va ʼānasto behe falaʻallī laka ʼātin be šehāben qabasī

稲妻がシナイ山から光り私はそれを見た おそらくそなたにも燃えさかる火を持ってこようぞ (ガザル446)

bāng-e gāvī če ṣedā bāz dehad ʻešve maxar sāmerī kīst ke dast az yad-e beyżā bebarad

牛の啼く声がしようと騙されるな サーメリーがムーサーに勝てるはずもなし (ガザル124) 24) Ḥāfeẓ-nāme, vol.1, p.569.

25) Masnavī-ye maʻnavī, vol.1, p.28.

26) Ibid., vol.4, p.71.

参考文献

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(19)

Najm Rāzi; Amīn Riyāḥī, Moḥammad (ed.) 1352/1973

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Salāmiyān, Abol-Qāsem 1353/1974

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ハーフィズ、黒柳恒男訳、1989年(初版第5刷)

『ハーフィズ詩集』 平凡社(東洋文庫259)

井筒俊彦訳、1985年(第20刷)、1984年(第19刷)

『コーラン(中)(下)』 岩波文庫

(20)

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