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FIELDPLUS 2018 07 no.20台湾における結婚移民と移民第二世代の「新住民」は今や
台湾人の重要な構成員となった。東南アジアとの関係強化を図る政策において、
彼らは急遽「東南アジア人材」として注目を浴びているが、
親は、子供たちはどう受け止めているのであろうか。
台湾における国際結婚と結婚移民
「南の女性が北の男性へ嫁ぐ」という、
発展途上国出身の女性が先進諸国の男性と 結婚し移住する現象は、1970年代以降、
世界的に生じている。先進諸国において女 性の社会進出が進むと、家事や育児、介護 などの再生産労働への需要が高まり、その 労働の担い手はより経済規模が小さい国に 求められた。この潮流には、家事・介護労 働者だけでなく、国際結婚をした結婚移民 の移動も含まれる。
台湾でも1980年代に国際結婚ブームが起 こり、1990年代後半から2003年にかけて ピークを迎えた。中国やインドネシア、タイ、
ベトナム、カンボジア出身の女性たちが、台 湾人男性の配偶者となるべく移住し、「新住 民」(530,512人、2017年12月現在)と呼 ばれている。そして新住民の子供で小中学 校に通う学生は、181,301人に達し、全体 の約10%を占めている(2017年12月現在)。
国際結婚と子供たちを取り巻く政策の変化 2000年代前半、国際結婚は「社会問題 台湾の「新住民」の子供たち
台湾の住民といえば、1949年以降中国 大陸から台湾へ渡ってきた外省人とそれ以 前から台湾島に住んでいた本省人、もしく は民族的には漢族とオーストロネシア語族 系先住民族からなることが知られている。
しかし、近年国際結婚や移住による「新住 民」が加わっている。その子供たちは、移 民第二世代と呼ばれ、さらには中台関係が 緊張を増す中、「台湾の救世主」としても てはやされつつある。
の根源」であると見なされ、世論は家庭の 不和や子供たちの学習障害、親の教育能 力の欠如をことさら強調した。2004年に は「新台湾の子」という呼称が、結婚移民 の第二世代を指して用いられるようになっ たが、台湾社会の競争力を削ぐ懸念材料と して負の意味合いで呼ばれ、子供たちもス ティグマ化されていった。
しかし近年、子供たちは一転して「台湾 の救世主」と言わんばかりに持ち上げられ るようになっている。この変化は、台湾と 中国との政治経済的関係の変化と深く結び ついている。
1991年以降、台湾企業は中国への投資を 増大させてきた。中国への経済依存を是正 するため、政府は1994年以降「南向政策」
として東南アジアへの投資を呼びかけてき た。しかし、得られる利益は対中投資によ るものに大きく及ばなかった。2003年に陳 水扁政権が台湾独立を問う国民投票の実施 を議題に上げると、中国は包囲網を発動し、
ASEAN(東南アジア諸国連合)と緊密な 関係を築き、台湾の東南アジア投資をけん 制した。このように台湾企業による東南ア ジアへの投資は予想通りの成果が得られず、
対中投資依存は依然継続していった。
2016年、蔡英文政権が発足すると、「新 南向政策」を策定し、東南アジア諸国に加 え、インドやオーストラリア、ニュージー ランドと貿易・科学・文化面で連携し、市 場を共有することを提唱した。その一環と して政府は10億元(約40億円)を投じ、
ASEAN諸国出身の留学生を受け入れ、台 湾とASEAN諸国の架け橋となる人材の育 成に乗り出した。
さらに東南アジアにルーツの一端を持 つ、新住民の子供たちにも白羽の矢が立て られた。母の出身社会の言語や文化に通 じていることは、「東南アジア人材」の素 質あり、として肯定的に評価されるように なった。
社会問題の源から模範的新住民へ?
2018年3月現在、台湾のメディアでは 偏見に耐え非常な努力の末、成功を収めた 新住民を讃える物語が溢れている。新住民 で国立名門大学に合格した若者、スポーツ で非凡な成績を収めた若者……。2016年、
「東南アジア人材」という表象を泳ぐ子供たち
台湾・結婚移民の第二世代
横田祥子
よこた さちこ / 滋賀県立大学、AA研共同研究員アミ手製のインドネシア のお菓子クエ・マルメー ル(2017年)。
アミ手製のインドネシアのお菓子ダダールグ ルン(2017年)。
東南アジア出身の結婚移民に とっての「母の味」を体験して もらう展覧会(2017年)。
*写真はすべて筆者撮影。
台 湾 台北市
台中市
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FIELDPLUS 2018 07 no.20 カンボジア出身の結婚移民である林麗蝉氏が新住民として初めて立法委員(国会議 員)に選出されたことは、その最たる成功 物語であろう。彼ら/彼女らの活躍は、か つてのスティグマ化の是正に大いに作用す ることと思う。しかしその一方で、極端な 評価の転換に危うさを感ぜずにはいられな い。子供たちをめぐる表象が一人歩きして いる様子は、かつて国際結婚が社会問題視 され、結婚移民の女性をめぐる表象が次々 生み出された頃を彷彿とさせる。
さて、このような背景を踏まえ、筆者が 調査地で関わった子供たちのことを紹介 したい。筆者は、2004年から台湾中部・
台中市の北部にある客はっ家か人じん地域で、国際 結婚とその家族についてフィールドワー クを行っており、『フィールドプラス』5 号(2011年)においても書かせていた だいた。ここでは彼らの親の目を通して 見た子供たちについて紹介させていただ きたい。5号でも紹介したアクンとアミ 夫 妻 は、2018年3月 現 在、 そ れ ぞ れ51 歳と32歳になった。アクンは客家人男 性、アミはインドネシア西カリマンタン 州シンカワン市出身の客家人で、二人は 2005年に仲介業者の斡旋を経て結婚した。
二人には、息子のアジェン(11歳)とチー
(9歳)と娘のワンユン(4歳)がいる。夫 妻はガムのような嗜好品であるビンロウを 売る店を今も経営しており、子供たちは近 くの小学校・幼稚園に通っている。その小 学校で、アミは母語教育の授業の一環とし て、インドネシア語を教えている。息子二 人も、母に学校でインドネシア語を学んで いる。二人の反応はというと、チーはイン ドネシア語に興味を示し、熱心に勉強して
いる。一方アジェンは、特に興味はないよ うで、科目の一つとして授業を受けている。
この興味の差は、母が手作りするインドネ シアの菓子に対しても表れている。チーは 母の手作りの菓子が好物だが、アジェンは 食べたがらない。弟は母に甘え、冗談をよ くいい合うが、兄は母とは対立しがちであ る。どうやら母の背景への興味は、親子の 距離にもよるようだ。兄弟でも今後、文化 的ルーツの自認の仕方は変わってくるのか もしれない。
一方、アトンとアルワン夫妻の娘ジアジ ア(16歳)は、2017年台中市で最難関 の女子高に進学した。アトンは閩びん南なん人じん、ア ルワンはベトナム・カントー市出身のキン 族女性だが、すでに中華民国籍を取得し 台湾人となっている。一人娘のジアジアは 利発な少女で、両親から可愛がられて育っ た。彼女は、毎日大変な勉強量をこなし、
地元の中学校でもトップクラスの成績を収 めた。ジアジアには、ゆくゆくは外交官に なって、ベトナムに赴任するという夢があ る。そのため、今後は国立大学の法学部 に進学し国家公務員を目指している。母の 国と台湾の架け橋になる仕事に就きたいの だ。ベトナム語は話せないが、大学入学後 に勉強する予定である。
もう一組、同じく5号で触れたジョンと トゥイ夫妻と子供たちはどうしているだろ うか。ジョンは台湾の客家人男性、トゥイ はベトナム・アンザン省出身のキン族で、
1999年にやはり仲介業者の紹介で結婚し た。トゥイもまた中華民国籍を取得した。
二人はマントウ(丸い蒸しパン)を売る店 を経営しながら、日雇いで働いたり、工場 で働いたりしている。双子の息子は、2017
年に地元の工業高校を卒業した。兄は大学 に進学したが、弟は自動車メーカーに就職 した。弟は、大学の学費を親に負担しても らうことをためらった。双子なので同時に 教育費がかかってしまうことを汲み取った のだ。もし勉強したくなったらまた大学を 受けるからと言っているという。夫婦は子 供が孝行息子に育ったことを喜びつつも、
一人しか大学へ進学させられなかったこと に忸怩たる思いである。兄の学費をあと4 年、賄えるよう夫婦で努力するという。
表象の中を泳ぐ
有用な「東南アジア人材」と奉られるこ とに対し、新住民と第二世代はまともに反 応しているわけではなさそうだ。第二世代 の中には、母親の文化的背景に興味を持っ たり、外国に母方のルーツを持つことを進 路の方向性に組み込んだりする子もいれば、
特に興味がなく他の台湾人と変わらぬ生活 を送る子もいる。親たちも時代の要請に応 じ、急遽特別な教育を始めるわけでもない。
そこには、かつて国際結婚に関する否定的 な表象が溢れた際の経験からくるしたたか さを感じる。評価の転換に際して、真に受 けるわけではなく、踊らされることもなく しかし恩恵があれば受けても良い、という 静かな態度を取っているかに見える。
子供たちは、有用な「東南アジア人材」
にならなくても、優秀でなくても、国家の 利益に寄与しなくても、「台湾人」として 十全たる市民権を持ち得るべきである。「社 会問題の源」から「救世主」という言説の 劇的な転換の下でも、彼らには穏やかな子 供時代を過ごしてもらいたい。
新住民第二世代が外国のルー ツについて学習するプロジェク トのポスター(2015年)。
台中市の公立学校で行われている放課後の補習授業の風景。新住民第二世代に限らず、様々な背景の子供たちが学んでいる(2015年)。