• 検索結果がありません。

現代会計学への誘い―学生諸君に贈る「最終講義」―(1)

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "現代会計学への誘い―学生諸君に贈る「最終講義」―(1)"

Copied!
16
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

<資 料>

いざな

現代会計学への誘い

―学生諸君に贈る「最終講義」―(1)

田 中 弘

はしがき―接着剤としての「中級会計学」

どこの大学でも(つまり,神奈川大学でも)経済・商学系の学部では,入門の会計学の講義が ある。神奈川大学経済学部の場合は,「基礎会計」という科目が1年生向けに開講されている。

15年ほど前までは,多くの大学の講義は4単位(1年間に26回から30回の講義を連続して行 う)が普通であったが,最近では,2単位科目とする大学が多くなっている。

この場合,例えば,1年間を前期と後期(あるいは第1セメスターと第2セメスター)に分け て,前期に「簿記入門」,後期に「会計学入門」を配置するケースが多い。神奈川大学経済学部 の場合は,1年生の前期(第1セメスター)に「基礎簿記」,後期(第2セメスター)に「基礎 会計」を配置している。コース制をとっていることから,一部のコースを選択すれば,2つの科 目は「必修科目」となるが,多くのコースでは「選択科目」とされている。実態としては,1年 生の「必修科目」に近い。1年生のほぼ全員が履修する科目である。

2年生(あるいは3年生)以上の学生向けには,「財務諸表論」「国際会計論」「管理会計論」

「原価計算論」「監査論」などといった上級科目が配置される。これらに共通するのは,公認会計 士試験の科目と同じ名称を使っていることである。わが国では,会計学の教科書といえば,ほぼ 間違いなく,会計士試験の出題範囲に沿った形で書かれてきた。簿記も,会計学も,財務諸表論 も,原価計算も,企業が外部に報告する財務諸表を作成する「技術」として教えられてきた。皮 肉っぽく言えば「財務諸表の作り方教室」である。

だから,日本の大学の経済・商学系の学部を修了しても,ゼミとして会計のゼミを選んだとし ても,財務諸表を作ることはできても,それをどうやって読むのか・使うのかを知らずに卒業し てしまう。自動車学校に入って,「車の構造」はしっかり学んだけれど,「車の運転法」を知らず に卒業するようなものである。

市販されている会計関係の教科書を眺めてみると,1年生向けの入門書(こちらは全国版のテ キストと各著者の大学用のローカルなテキストがある)と膨大な専門・上級書があるが,その間 を埋める「中級会計学」の本はほとんどない。基礎的な会計学,つまり「財務諸表の作り方」を 学んだあとに,「財務諸表の使い方」,つまり「経営分析」なり「財務諸表分析」を学べばいいの

(2)

だが,多くの大学には「経営分析」の科目がない(私が神奈川大学に赴任してきた20年前は経 営分析の講義がなかった)。

経営分析のテキストが,基礎的な会計学と上級科目の橋渡しをする部分もあるが,財務諸表論 や原価計算,監査論などとの連携は期待できない。もともと経営分析のテキストは,読者が会計 に関する知識を持っていることを前提にして書かれているが,そこで前提にしている知識は大学 の1年生が学ぶ程度の基礎的なものである。

教科書がそういう状態であるから,大学生は入門の会計学を学んだら,中級クラスを飛ばし て,すぐに専門・上級の講義を受けることになる。例えば,入門の会計学の時間には,決まって

「企業会計原則」というルールブックの話を聞くであろう。その冒頭に書かれている「真実性の 原則」,「継続性の原則」「正規の簿記の原則」などについては,会計原則としていかなる意味を もっているかを学ぶであろう。しかし,これらの「原則」が,実はとんでもなく不可解な,ある いは不合理なものであるかについては聞かされることはない。どの教科書にも,そうしたことは 書いてない。

詳しいことは後で述べるが,ちょっとだけ「真実性の原則の不思議」を紹介しよう。企業会計 原則には,こう書いてある。「企業会計は,企業の財政状態及び経営成績に関して,真実な報告 を提供するものでなければならない。」

「真実な報告」という表現はどこか日本語離れしているが,「報告を提供する」となったら日本 語ではなかろう。言わんとすることを簡潔に表現すれば,「ウソをつくな」「本当のことを述べ よ」くらいであろうか。「ウソをつかない」のは当たり前のことであって,そんなことを書く ルールブックは他にない。刑法にだって「ウソをつくな」といった倫理的なことは書いてなく,

「ウソをついたら○×の刑」と書くことで「守るべき倫理」を示唆している。ところが企業会計 原則には,「ウソをつくな」と書いてあるにもかかわらず,罰則規定がないのである。何とも不 思議なルールブックではないか。

分かりやすい事例を1つ挙げただけである。初級・入門の会計学では真実性の原則というもの があることは教えられても,その原則が何とも得体のしれない,摩訶不思議なものであることは 話にも出てこない。もちろん,全国版のテキストにもローカル版のテキストにもそういうことは 書いてない(私の読んだり見たりした限りではあるが)。

入門の会計学を学んだあと,そうしたことを学ばずに,上級・専門の科目(財務諸表論,国際 会計論,監査論など)にジャンプすると,自分が学んだ会計学と新規に学習する上級科目との接 点を見つけられないか,会計に対する関心を失うであろう。そうなると,上級科目の多くは,た だ単位を取るだけの科目になってしまいかねない。

何も会計学に限った話ではないと思う。社会科学系の科目は,現在,極端に細分化(専門化と いえば聞こえがいいが,実態は「タコツボ化」)され,入門の科目と専門科目群の間をつなぐ中 級科目がなく,さらに悪いことに,どの科目を履修しても,専門科目群をリンクするような話は

(3)

聞くことができない。知識が脈絡なく,断片的にしか耳に入ってこない。

本稿を書く理由はここにある。入門の会計学を履修した後,専門・上級の科目に入る前に学ん でおくべき「中級会計学」の試みである。アメリカの大学のカリキュラムでは,「会計学入門

(Introductory Accounting)」,「中級会計学(Intermediate Accounting)」,「上級会計学(Advanced

Accounting)」に分かれていることが多く,そこで使われるテキストも,入門,中級,上級の3

種類が用意されている。わが国でも,「中級会計学」の講義とテキストを用意する必要があるよ うに思われる。

以下の諸章では,会計学入門を終えた学生を想定して,「中級会計学」を構想したものであ る。ただし,何分にもボリュームのあるものになるであろうから,何回かに分けて書かなければ ならない。また,特定の入門書を前提としていないために,精粗があったり体系的に書かれてい ないことをお許しいただきたい。この試みがどの程度の首尾になるかは,全体が完結してからご 判断いただきたい。

私は,神奈川大学経済学部で20年間(その前の愛知学院大学を含めると42年間)にわたっ て,会計学の入門クラスと専門科目(経営分析,現代会計学,会計監査論,税務会計論など)を 担当してきた。2014年3月末の定年退職に当たって,心残りがあるとすれば「中級会計学」の 講義とテキストを用意する機会を失ったことである。本稿は,定年退職するに当たって学生諸君 に贈る「最終講義」でもある。

第1章 世界の会計はどうなっているのか

―日本の会計基準が「複雑怪奇」になった原因―

1 こんな会計基準を理解できるか

現在の日本の会計制度や会計基準を正しく理解するためには,この15年間ほどの間に起こっ た「会計の国際化」や「会計ビッグバン」と,それが日本の会計界に与えた影響を知っておく必 要がある。遠回しな話のように思われるかもしれないが,実は逆なのだ。最近は,「財産法(資 産負債アプローチ)」を根拠として新しい会計基準(新会計基準)が設定されているが,これら は,会計の国際化を背景としているから,国際化の原因やその影響を先に知っておいた方が正し く理解・解釈できるようになるのである。

読者諸賢がこれまで最近の会計基準を読んでいて不思議に思ったことはないであろうか。資産 除去債務の話は納得しているであろうか。将来に負担する資産除去費用を,何と,当期の資産と して計上するのである。10年後か20年後に支払わなければならない費用を,今年の資産にする のである。「こんなのは,会計ではない」という声も聞かれる。私もそう思う。

退職給付引当金のことを思い出していただきたい。この引当金は,「今日,全社員が退職した としたら会社が支払わなければならない全額を費用計上して,それに見合う引当金を設定する」

というものである。「今日,全社員が退職する」という前提はあまりにも非現実的ではないであ

(4)

ろうか。

資産除去債務のときは,将来に支払う義務のある費用を資産に計上するのに対して,退職給付 のときは,同じ将来に支払う義務のある費用を引当金で処理するというのである。会計の理論と か基準間の整合性とかを考えると,どこかちぐはぐで一貫性がないように感じる方も多いのでは なかろうか。

今の日本の会計基準では認められてはいないが,国際会計基準が導入されると,「負債の時価 評価」という話が出てくる。これは,借金を時価評価するという話である。会社が社債を発行し たとしよう。1口100円の社債を98円で1億口発行したとすると,会社に98億円の現金が入っ てくる。負債額は98億円である。発行直後の社債の時価(社債を買い戻すとしたらいくらかか るか)が98円であるから,いま負債を全部返そうと思ったら98億円かかる。

ところが,発行後この会社の格付け(信用度)が下がったとすると,この社債の時価も下が る。時価が80円になったとしよう。この会社がいま負債を返済する(発行した社債を買い取 る)には,80億円で済むことになる。負債を返済しても手元に18億円が残る。国際会計基準で は,こうしたときに負債を時価で評価して,時価評価益の18億円を計上する。会社の信用が落 ちれば落ちるほど,評価益が大きくなる。会社が倒産しそうになれば,負債のほとんどが儲けに 化けるのだ。読者の皆さんは,こうした会計を「正しい」と考えるであろうか。

通常の経済感覚を持った人であれば,どれもこれも「おかしい」と感じるのではなかろうか。

会計学を少しでも勉強した人なら,これまで学んできた会計とはかなり違うことに違和感を覚え るであろう。世界中の企業はこれまで,「原価・実現主義」,つまり,資産は原価をもって貸借対 照表に記載し,収益は実現したものだけを損益計算書に計上するという会計観に立脚して記帳と 決算を行ってきた。それが,2000年を境に新たに設定される新しい会計基準群は,「時価・発生 主義」に立脚しているのである。つまり,資産は時価で評価し,収益は発生したと考えられるも のを計上するという会計観である。

新しい会計基準群は,上にのべた「会計の国際化」によって日本に入ってきたものであるか ら,これらの基準を理解するには,国際会計基準の成り立ちと特質を知らなければならない。そ こで,以下では,最初に「会計の原点」と「会計基準がなぜ必要なのか」を述べたうえで,国際 会計基準について詳しく紹介することにする。

2 会計の原点と会計基準の必要性

主要な経済先進国には,それぞれの国の経済環境や法律・歴史・国民の経済感覚などに合った 独自の会計基準がある。アメリカにはアメリカ独自の会計基準(US−GAAP,ユーエス・ギャッ プと発音する)があり,フランスにはフランス会計基準,ドイツにはドイツ会計基準が発達し た。日本にも,日本の経済環境や国民の経済感覚に合った日本会計基準がある。

ところが最近では,世界中の国々で使う会計基準を1つに集約して国際会計基準にしようとす

(5)

る動きが活発になってきている。各国に独自の会計基準がありながら,なぜ,世界の会計基準を 1つにするのであろうか。この疑問に答える前に,なぜ,各国で会計規制と会計基準が必要なの

かを書くことにする。

規模の大きい会社の経営者は,多数の,経営に直接関与しない投資家(株主,債権者など。経 営に直接に関与しないことから「不在投資家」と呼ばれる)から資金を集め,それを元手として 事業を行っている。経営者は,投資家から預託された資金を,どのように活用し,それからどれ だけの成果を上げ,また,預託された資金が現在どのような形で会社に残っているかを,資金提 供者である投資家に継続的に報告するのである。これを「ディスクロージャー(企業内容の開 示)」という。

資金を預けた投資家にとって,利益の計算や期末財産の計算は一番重要な話である。その一番 重要な計算を,普段の付き合いもない,あるいは遠く離れたところにいる経営者にまかせっきり にするわけにはいかないので,経営者と投資家との間で計算や報告のルールを決めておく必要が ある。そのルールは現在の投資家が納得するだけではなく,将来その会社に投資する人たちも納 得するものでなければならないであろう。

そうした事情から多くの国では,企業の決算や会計報告に関する規制(ルール)を法律に書い ている。わが国でいえば,代表例が会社法である。上場しているような大規模会社の場合には,

さらに金融商品取引法(金商法)という法律がある。

ところが,わが国だけではなく英米などのコモンロー諸国では,こうした法律にはあまり詳細 な会計規制は書かれないのが通例である。法律には規制の骨子なり趣旨を書くにとどめ,実際に 企業の決算や会計報告をする場合には,「会計基準」と呼ばれるルールを定める。

そこでは法に書かれるルールも会計基準に書かれるルールも,同じ役割を果たすことが期待さ れている。わが国の会計基準である「企業会計原則」には,「企業会計原則は,……必ずしも法 令によって強制されないでも,すべての企業がその会計を処理するに当って従わなければならな い基準である」と書いてある。会計基準(昔は会計原則と呼んでいた)は,法律と同じように守 らなければならないルールと考えられているのである。

会計基準は法令ではない。しかし,企業が会計処理するに当たってはこれに従わなければなら ないというのである。大陸法の法思考に慣れ親しんだ日本人には違和感のある話かもしれない。

3 なぜ世界中の会計基準を統一するのか

会計先進国といわれるアメリカ・イギリス・日本では,直接金融を前提とした「投資家のため の会計」「資金調達と資金運用結果を報告するための会計」が行われ,ドイツやフランスでは,

経営者のための会計や国家のための会計(広い意味での「管理のための会計」)が行われてきた。

ところが大規模企業の活動やその血液ともいうべき資金は,国という枠を超えて,世界を1つ の経済市場・資本市場として活発に動くようになり,会計もこれまでのような国ごとに違う制

(6)

度・基準では新しい動向に対応できないと考えられてきたのである。

投資家は,これまでは主として自国の企業に投資(株や社債を購入)してきたが,世界を見渡 せば,他の国や地域には,より投資効率がよいと考えられる企業や自分のポートフォリオに合う 企業がありそうである。そうなれば,投資家は自国の企業にこだわらず,他国の企業などに投資 する機会をもちたいと考えるであろう。

そうした投資家にとって大きな障害は,投資したいと考える企業が,それぞれその国の会計基 準に従って財務諸表(会計報告書)を作成しているために,簡単には比較できないということで ある。ある国の法律や会計基準に従って作成した財務諸表が,別の国の法律や会計基準に従って 作成した財務諸表と大きく異なるとすれば,投資家は多大な努力なしには正しく比較することが できないであろう。

こうした場合に,投資家が,A国の企業が作成する財務諸表とB国の企業が作成する財務諸 表を単純に比較すると,誤解してしまう恐れがある。C国の企業とD国の企業の比較でも同じ である。

会計基準を国際的に統一しようという考えは,こうした国による会計基準の違いをなくして,

どこの国の企業同士でも,財務諸表を容易に比較できるようにしようとするものである。

考え方としては素晴らしいと思う。世界の会計インフラを同じにして,どこの国の会社も同じ

「ものさし」で評価できるようにしようという話である。ところがこれを実現するには,数えき れないくらいの大きな障害がある。何せ,この発想は,世界中で話したり書いたりする言語(英 語,ドイツ語,スペイン語,フランス語,中国語……)がたくさんあると不便なので,この際,

各国語をやめて,英語に統一しようという話と同じだからである。英米人には何の不都合もない であろうが,英語を母国語とする国以外の人たちにとっては不便この上ない話ではないだろう か。この原稿も,英語で書かなければならず,大学の講義も英語で,レポートや定期試験も英語 で出題・解答することになると思ってみるとよい。

では,いよいよ国際会計基準の話をしよう。いえ,本当は,Let’s talk on the International Fi- nancial Reporting Standards with you. Are you ready?というべきであろうか。

4 国際会計基準の特質

国際会計基準(IFRS:正しくはInternational Financial Reporting Standards:国際財務報告基 準)には,次のようないくつかの特質がある。多くは,これまで世界が共有してきた会計観(収 益・費用アプローチと原価・実現主義をベースとした会計)から大きくかけ離れているものであ る。

(1)「清算価値会計」を志向していること

(2)実現主義を否定して「発生主義的な会計処理」を求めていること

(3)資産・負債を時価・フェア・バリュー(公正価値―経営者が合理的と考える価値でもよい)

(7)

で評価し,評価差益を利益として報告すること

(4)収益力情報(営業利益や当期純利益に関する情報)よりも「企業売買に必要な処分価値情報」

を重視していること

(5)細かな規定を設けない「原則主義」に立脚すること

(6)法の形式よりも経済的実質を重視する「実質優先主義」を採用し,それを実行するために

「離脱規定」を置いていること

(7)連結財務諸表にだけ適用することを予定した基準であること(個別財務諸表への適用を想定 していない)

(8)M&Aを掛けようとする企業やファンドを「投資家」とみて,彼らが欲しがる情報を「会計 情報」として提供しようとしていること

以下では,上に紹介したIFRSの特質を,もう少し詳しく紹介することにする。

▽ IFRSの清算価値会計

国際会計基準が目指している世界は,企業の資産・負債をバラバラに切り離して処分したとき の価値,「即時処分価値」あるいは「清算価値」の計算・表示である。そこでは,本業のもうけ を示す営業利益も今年のもうけを示す当期純利益も「邪魔もの」でしかないようである。一度減 損処理して出した減損損失も資産を取り巻く状況が変われば「戻し入れ」(過年度に計上した損 失を取り消して利益に戻し入れること)を行うのも,資産の処分価値が上昇したのであるから当 然の処理ということになるであろう。

「買い入れのれん」を減価償却しないのも,研究開発費のうち開発段階の支出(日本もアメリ カも即時償却)を資産計上(無形資産)させるのも,企業が保有する資産の処分価値を表示させ たいからである。

国際会計基準が目指すのはそうした企業資産・負債の「処分価値会計」であり「清算価値会計」

である。営業利益とか当期純利益といった「収益力情報」や,付加価値のような企業の「社会的 貢献度を示す情報」は,現在という「瞬間風速的な企業価値」を測定するには不要な,「ノイズ」

となる情報だということになる。

▽ IASBが想定する「投資家」

負債の時価評価には一般の経済感覚からはまったく説明のつかない現象(「負債時価評価のパ ラドックス」という)があることはよく知られているが,国際会計基準が目指す清算価値会計で は,企業が抱える負債の決済価額(いくらで負債を返済できるか)でバランス・シートに乗せる ことが重要なのである。要するに,国際会計基準の世界では「負債時価評価のパラドックス」は 存在しないのである。

IFRSの設定を担当している国際会計基準審議会(IASB)は,将来的には流動資産も固定資産

(8)

(土地も工場も機械も)も,負債もすべて時価で評価する「全面時価会計」に移行することを ゴールとしているようである。国際会計基準が「公正価値(フェア・バリュー)」を重視してい るとか「公正価値会計」を目指しているようにいわれるが,そこでいう「公正価値」は「即時処 分価値」であり「即時清算価値」に他ならない。

▽ 「物づくりの利益」より「評価益」を重視

これまでの世界の会計は,製造業や流通サービス業を想定して,その年の売上高(収益)から その年に使った費用を差し引いて,残りがあれば利益とする会計方式であった。企業の努力

(使った費用で測定される)とその成果(収益の額で測定される)が「当期純利益」として報告 される。

この方式は,年間を通して安定的な事業を営み,中長期にわたって継続的な経営を続ける企 業,たとえば,「物づくり」の国である日本や欧州・アジアの諸国の会計として最もふさわしい ものである。世界中の国々では,少なくとも,ここ80年間(アメリカが大恐慌を経験した1920 年代以降,ごく最近まで)は,この会計方式(最近では「収益・費用アプローチ」と呼ばれる)

を採用してきた。

ところが,世界の最強国であるアメリカが,「物づくり」の国から脱落してしまった。20年ほ ど前までは,アメリカの企業が稼ぐ利益の半分は製造業であったが,いまでは,それが3割にま で落ち込んでしまっているという。

▽ キャッシュ・フローの裏付けのない評価益

金融業は主として手数料で稼ぐビジネスであるから,物づくりと違って,収益(売上高)から 費用を支払って,残りが出れば利益という計算ではほとんど利益が出ない。アメリカでは四半期 報告だから,3カ月ごとにグッド・ニュースを流さなければ高株価経営が続けられない。その結 果,目を付けたのが時価を使った「評価益」であった。時価をうまく使えば,四半期でも半期で も,思い通りに利益をひねり出すことができる。汗水流して,智恵の限りを尽くして,日に夜を 注いで「物づくり」に悪戦苦闘せずとも,デリバティブ(金融派生商品)などを駆使して,コン ピューター上の数字をちょっと変えるだけで巨万の富が転がり込んでくるのである。

ただ,そうして計上した評価益は,キャッシュ・フローに裏付けられていないという時限爆弾 を抱えており,それが爆発したのが,リーマン・ブラザーズの破綻を契機とした今回の金融危機 であった。

▽ IFRSは連結のための会計基準

IFRSには「この基準は連結財務諸表の作成に使う基準」であるとはっきり書いてあるし,

「IFRSは個別財務諸表に適用することを想定していない」ということも書いてある。わが国は,

このことを十分に認識せずに,個別財務諸表に適用する会計基準としてIFRSを国内基準化して きた。これが,収益・費用アプローチに立脚する日本の会計基準群に資産・負債アプローチに立 脚する「新会計基準」群が紛れ込んできた原因である。

(9)

世界に先駆けてIFRSの強制適用を始めた欧州連合(EU)もIFRSは連結にしか適用していな い。もともと多くの先進国では,財務諸表といえば「連結財務諸表」を指し,一般に公開してい る財務諸表も連結財務諸表だけというのが普通である。個々の企業(親会社を含めて)が作成す る財務諸表(個別財務諸表,単体ともいう)は,その国の会社法や会計基準を適用して作成され 株主総会に提出されるが,一般に公開されることはない。

▽ IFRSは原則主義

会計基準の設定における基本的な考え方として,「原則主義(プリンシプル・ベース)」と「細 則主義(ルール・ベース)」がある。

原則主義とは,会計基準を作るときに,細かなルールを決めずに,基本的な原理原則(プリン シプル)だけを定め,それを実務に適用する場合には,各企業が置かれている状況に応じて,設 定された基準の趣旨に即して解釈するというものである。

原則主義では,成文化される会社法や会計基準は,守るべき最低限のルールであって,そこに 書かれているルールを守っただけでは必ずしも法や基準の目的が達成できるわけではない,と いった考え方をする。企業が置かれている状況に応じて,必要なその他のルールや細則を自ら作 り出すことが必要であったり,まれなケースでは,成文化されている法や基準の規定から「離 脱」することさえ要求されることがある。

原則主義は,IASBの司令塔ともいうべきイギリスでは伝統的な会計観であるのに対して,ア メリカや日本の会計は細則主義を取ってきたために,原則主義にはなじみが薄い。車の運転で言 うと,速度制限,一時停止,進入禁止,Uターン禁止などの細かなルールに慣れ親しんできた私 たちが,急に,ルールは,「事故を起こさないように運転すること」だけと言われるような話で ある。どうしたら事故を起こさないですむかを,ルールに頼らずに自分の判断で行い,万が一事 故を起こしたら自分の責任だと言うのと同じである。そうなったら,好き勝手に運転できると考 える人も出るかもしれない。

多くの国がIFRSを採用・許容するのは,こうした原則主義の「自由度の高さ」にあるのでは ないだろうか。経理の自由度が高まれば,各企業は,企業が置かれた実態にそぐわない細かな ルールに縛られることなく,自らが置かれた状況に合わせた決算と財務報告ができるようにな る。その反面,必ずしも適切とは言い難い,むしろグレーといえるような決算・報告が行われる 可能性が高まる危険性もあるのではなかろうか。

5 では,どう考えたらよいのだろうか

国際会計基準は,私たちが伝統的に使っている会計―「原価・実現主義」による期間損益計算 を仕事する会計―とは違い,企業を売買するために必要な財務情報を作成するものである。企業 を買収して,その資産・負債をバラバラに切り売りしたらいくらで売れるかをバランス・シート に書かせるための会計である。

(10)

そう考えると,最初に紹介したような「不思議な話」が不思議でもなんでもなくなる。資産除 去債務をバランス・シートに計上させるのは,ある企業を買収しようとしたときに将来払うべき 債務(資産除去債務)が明示されていないと困るからである。

退職給付引当金も同じである。全社員が今日退職したらいくらの退職費用を払わなければなら ないかを知りたいのだ。企業を買収しても,事業を続けるのではなく,資産・負債をバラバラに 切り売りするから,従業員も解雇する。企業を買収してみたら,資産除去債務や退職給付が「隠 れ債務」になっていたというのでは,計算が狂うからである。

負債の時価評価も同じ考えである。企業を買収するときに,その企業の負債(社債)をいくら で返済できるかを知りたいので,期末ごとに負債を時価評価するのである。ここでの狙いは,評 価益を出すことよりも,負債を清算するために必要な金額を知ることである。

資産・負債アプローチに立脚する新会計基準群が,こうした「清算価値会計」「企業売買会 計」を目的としていることが分かれば,伝統的な会計基準群と整合性が取れていないことに悩ま されることもなくなるであろう。

第2章 会計に関する法規制と財務諸表の役割

―誤解されてきた連結財務諸表の位置づけ―

1 会計規制の必要性

私企業の会計は,本来,「私的自治」の世界の話である。個人が集まって何かをするとき,原 則として,その個人個人の意思のままに行動したり決定したりすることが許される。何人かが集 まって企業を作るとして,利益をどのように計算するか,その利益を誰にいくら分配するか,資 本からの配当(蛸配当)を認めるかどうか,といったことは,出資した全員で自由に決めて構わ ない。これが「私的自治」であり,「近代私法の基本原理」とされている。

ところが,わが国に限らず,どこの国でも,企業の会計には法律による規制や慣行による拘束 がある。わが国の例では,会社法,金融商品取引法,法人税法といった法律や会計基準がある。

いくつもの法律があるのは,それぞれの法律の目的が違うからである。

2 会社法と会計規制―債権者保護

株式会社の場合,経営者は多数の,経営に直接関与しない投資家(株主や債権者)から資金を 集め,それを元手として事業を営む。経営者は,投資家から預託された資金を,どのように活用 し,それからどれだけの成果(利益)を上げたか(経営成績),また,預託された資金がどのよ うな形で運用されているか(財政状態)を,資金提供者である投資家に,継続的に報告する義務 がある。

株式会社に資金を提供するのは,株主と債権者(銀行,保険会社,社債の購入者など)である が,会社の最高位の意思決定機関は株主総会であり,債権者はそれに参加できない。そのため

(11)

に,会社法では,株主が身勝手な,債権者の利益を害するような意思決定をしないように,つま り,債権者の利益を守るために,資産の評価の方法や減価償却などを規定している。これを「債 権者保護」と言う。

株式会社の場合,年に1度,定時株主総会を開くが,その招集通知には,計算書類(会社法の 呼び方。次の金融商品取引法では財務諸表と呼ぶ)を添付しなければならないし(会社法437 条),さらに,決算期ごとの計算書類を,本店に5年間,支店に3年間備え置いて,株主と債権 者の閲覧に供さなければならないことになっている(会社法442条1,2,3)。

会社法では,このように現在の株主と債権者に対しては必要な情報が報告されるような仕組み を設けているが,それ以外の人たちへの情報提供は重視していない(会社法に「決算公告」の制 度があるが,公告の中身がない上に,この制度を守る会社はきわめて少数である)。

会社法には,「会社法施行規則」「会社計算規則」という細則が設けられている。まとめて「会 社法施行規則等」と呼ばれている。

3 金融商品取引法と会計規制―投資家保護

この法律が適用されるのは,証券取引所に上場している会社など,ほぼ大規模会社である。大 規模会社の場合,巨額の資金を必要とするので,株式や社債を,国内外の多数の一般投資家に販 売して資金を集める。いったん発行された株式や社債は,証券市場(証券取引所)を通して,売 買される。

金融商品取引法(金商法)は,証券市場の健全な育成・運営と投資意思決定に必要な情報が市 場に提供されるようにするために必要な制度を定めたものである。会社法が「債権者保護」を目 的としているのに対して,この法律は,より広く,債権者も含めた「投資者保護」を目的として いる。

この法律には,細則として「財務諸表等の用語,様式及び作成方法に関する規則」が設けられ ている。名前が長いので,通常は「財務諸表等規則」または「財規」と略して呼ばれている。

上の「会社法施行規則等」と比べると,規定の内容や精祖がかなり違う。会社法施行規則等 は,大規模な会社だけではなく,街角のパン屋さん,電器店,レストランなど,株主は少数で あっても株式会社形態を取るすべての会社に適用される。そのために,中小規模の会社でも財務 諸表を作成できるように,またそうした会社の株主が財務諸表を理解できるように,比較的簡素 な規定にとどめている。株主に会計の知識があまりなくても,会社の成績や資産・負債の状況の ことがある程度わかるように配慮してあるのである。

それに対して財務諸表等規則(財規)は,証券取引所に上場して多数の株主や債権者から資金 調達する大規模会社に適用することを想定した規則であるから,経営者にも投資家にも,ある程 度の専門知識があることを前提にして財務諸表が作成されるように規定されている。

(12)

4 法人税法―法人所得への課税のあり方

法人(会社)が稼いだ利益のことを,税法では「所得」と呼ぶ。この所得には,法人税が課さ れる。法人税に関する規定は,「法人税法」に定められている。ただし,法人税法は会社の所得 を計算する規定を設けていない。法人税法は,課税する所得の前提となる企業所得を自らの法の 中では規定せず,会社法上の利益を使っている。

株式会社の場合は,定時株主総会において計算書類(俗に決算書とも呼ばれている)を承認・

確定する。ここで確定した計算書類に書かれているのは「会社法に従って計算した利益」である が,法人税法ではこれを「法人の企業所得」とする。このことから,法人税法では「確定決算主 義」「確定決算基準」が採られているといわれている。ただし,株主総会で確定した利益の額を そのまま課税所得とするのではなく,税収の確保とか課税の公平などを考慮して,会社法上の利 益を一部修正して税を課している。

このように,日本では,会社の会計に関して3つの法律がある。会社法は,債権者保護を目的 とし,金商法は投資家保護を目的として,さらに法人税法では,税収の確保と課税の公平という 観点から,企業の会計に規制をかけているのである。

ところで,会社法の計算書類にも金商法の財務諸表にも,個々の会社の計算書類・財務諸表

(以下,合わせて財務諸表という)と,企業集団を構成している場合の連結財務諸表がある。前 者は,「個別財務諸表」あるいは「個別」とか「単体」と呼ばれ,後者は「連結財務諸表」また は「連結」と呼ばれる。

この「個別」と「連結」は,同じ「財務諸表」という名前で呼ばれるために,しばしば同じ役 割をもった計算書であるといった誤解を招いてきた。わが国の会計界では,現在でもこうした誤 解が払しょくされていない。そこで,以下では,個別と連結の役割の違いについて詳しく述べた いと思う。

5 日本会計の国際化

前章では,「世界の会計はどうなっているのか」というテーマで,日本の会計基準がなぜ複雑 怪奇なものになってきたかの原因を書いた。これまでの日本の会計基準は,第2次世界大戦後 に,アメリカの基準をモデルにして設定したものである。その後,日本の事情を反映してたびた びの修正が行われてきたが,それが国際的にみて遅れているという批判の声があり(主としてア メリカからであるが),2000年以降,日本は積極的に海外(主としてアメリカの基準と国際会計 基準)の会計基準を日本に導入してきた。

最初は,連結財務諸表である。それまで日本では,上場会社が証券取引法(現・金融商品取引 法。金商法)に従って作成・公表する「有価証券報告書」の中で,最初に個別財務諸表(個々の 企業の財務諸表。単体)を記載し,その後ろに,企業集団の財務諸表として連結財務諸表を記載 していた。要するに,それまでは,個別財務諸表が主たる財務諸表で,連結財務諸表は「付録」

(13)

か「補足表」みたいな扱いだったのである。

それが,平成9(1997)年に企業会計審議会から「連結財務諸表制度の見直しに関する意見 書」が公表されて,個別財務諸表と連結財務諸表の位置づけが逆転して,連結財務諸表がメイン の財務諸表で,個別財務諸表は「参考資料」的な存在になった。なぜそうしたことが起こったの であろうか。このことを知るには,会社法(旧・商法)と金融商品取引法(金商法。旧・証券取 引法)の役割の違いを認識しておく必要がある。

6 なぜ連結財務諸表を作成するのか

最初に,個別財務諸表と連結財務諸表の違いを説明する。個別財務諸表に比べて,連結財務諸 表の役割については,随分長い間,誤解されてきた。「誤解」という表現がふさわしくないなら

「正しく理解されてこなかった」と言ってもよいであろう。

大規模な企業の場合,多くの場合,単独で事業を展開するのではなく,たくさんの企業が集 まってグループとして活動する。例えば,日立製作所は,日立金属,日立化成工業,日立電線な どの上場会社を含めて1000社を超える子会社をもって事業を営んでいるし,本田技研工業も子 会社が300社を超えている。

こうしたグループを構成する企業群の場合,製造部門と販売部門を別会社にしたり,多角化・

分社化によって新事業や関連事業に進出したり,地区別に販売会社や修理会社を配置したりする ために,親会社(あるいは子会社)だけの会計数値(財務諸表)を入手しても,会社やそのグ ループの実態をつかみきれないことがある。

また,例えば,親会社の売上げが伸び悩んだときには,不良在庫(売れそうもなくなった在 庫)を子会社に高く売りつけたり,子会社の在庫を安く仕入れて親会社の利益をかさ上げするよ うなことも行われる(親会社は子会社のオーナーであるから,子会社は,不都合なことでも親会 社の指示に従わなければならないのである)。親会社の財務諸表をきれいに見せるために,親会 社の損失を子会社に付け替えたり,子会社の利益を親会社に付け替えたりもする。そうした操作 は,親会社の財務諸表だけを見ても発見できない。

このように,親会社の単独決算(そこで作成される個別財務諸表)では,必ずしもその会社の 経営実態や財政状態を表さないこともあることから,親会社と子会社の業績や資産・負債の状況 をひとまとめにした財務諸表を作るのがよいとされるようになった。

個々の会社(これは法律上,独立した存在)の決算を「単独決算」,そこで作成する財務諸表 を個別財務諸表(あるいは「単体」)と呼ぶのに対して,グループをひとまとめにした決算を

「連結決算」,そこで作成される財務諸表を「連結財務諸表」と呼ぶ。

7 虚構の連結財務諸表

連結財務諸表は,親会社,子会社,孫会社という法律的には独立した別会社を1つの経済実体

(14)

(企業グループを1つの会社)と仮定して,あたかもそうした会社が実在するかのように仮装し て作成した財務諸表である。いわば「虚構の財務諸表」なのだ。

会社がわざわざ子会社や孫会社という法的に独立した別会社を設立するのはそれなりの理由や 目的があるはずであるが,連結財務諸表はそうした会社の意図や思惑を無視して,会社の支配力 の及ぶ会社群(子会社,孫会社)をひとまとめにして「ありもしない会社」の財務諸表を作るの である。

なぜそうした虚構の財務諸表(連結財務諸表)を作成するのかというと,英米の投資家は,こ の企業グループの連結財務諸表を見て,そのグループの親会社の株式に投資するからである。わ が国の例で言うと,例えば,日立製作所を親会社とする企業グループの連結財務諸表を見て,親 会社の日立製作所の株式を購入する(投資する)かどうかを判断するのである。

日立製作所の株に投資するなら,日立製作所の財務諸表(個別財務諸表)を見て判断すればよ いではないか,という疑問が生じるかと思う。確かに,グループを構成する各企業は法的には独 立した存在で,それぞれ株主がいるし株主総会も開く。法の形式から見ると各社は独立している のであるが,経済的実質を見ると,親会社と子会社群は一体となって事業を営んでいる。子会社 の株主は,多くの場合ほぼ100%,親会社である。子会社は,親会社の支配下に置かれており,

事業も経理も親会社の指示に従う。子会社は,法的には親会社から独立していても,実質的には 親会社がオーナー(過半数株式の所有者)であるから,親会社が右といえば右,左といえば左を 向くしかない。それが,企業グループ経営の実態であり,そうしたグループ内の取引を修正して グループ経営の本当の姿を表そうというのが連結財務諸表なのである。

親会社の財務諸表だけを見てもグループ全体としての経営成績や財政状態を把握することは困 難である。加えて,上に書いたように,親会社と子会社の間で,しばしば利益や損失の付け替え や不良資産・負債の移し替えといった操作が行われることもある。連結財務諸表ではそうした

「内部取引」は消去されるから,投資家を惑わすこともないと考えられている。

8 個別と連結の役割

このように,現在では,親会社と子会社のような企業集団で事業を営む場合には,個々の企業 が作成する個別財務諸表と,企業集団を1つの経済実態とした場合の連結財務諸表が作成される

(金商法でも会社法でも,大規模会社は両方の財務諸表を作成する)。

では,この2種類の財務諸表は,同じ役割を課せられているのであろうか。表現を換えると,

この2種類の財務諸表は,同じ目的で作成され,同じ機能を果たしているのであろうか。

だいぶ昔であるが,わが国に初めて連結財務諸表の作成を求めるルールが設定されたのが,昭 和50(1975)年に企業会計審議会が公表した「連結財務諸表の制度化に関する意見書」であっ た。そこでは,「証券取引法に基づく企業内容開示制度は,投資者のための投資情報を開示させ ることにより,投資者保護に資することを目的とする」と述べている。ここでは連結財務諸表

(15)

は,「投資家のための投資情報」として開示されることを明かにしているのである。

会社法や旧・商法のように,株主に対して,当期に稼いだ利益(当期純利益)と期末に残存す る資産・負債の実態を報告する会計とは違う。言葉を換えると,会社法や旧・商法の会計は,株 主から資金の運用を委託された経営者が出資者である株主に資金運用の「顛末」を報告する会計 であり,金商法や旧・証取法の会計は,一般投資家に向けて,「わが社への投資」を勧誘するた めの手段なのである。

9 会計ビッグバン

その後,わが国の会計制度や会計基準を国際的な水準に高めることを目的として,「会計ビッ グバン」と呼ばれる動きがあった。平成9(1997)年に公表された企業会計審議会の改訂意見書

「連結財務諸表制度の見直しに関する意見書」でも,上の審議会の意見書と同じ見解を踏襲し て,連結財務諸表制度(の改革)は,次の目的に資するものとされている。

1.内外の広範な投資者の我が国証券市場への投資参加を促進する。

2.投資者が,自己責任に基づきより適切な投資判断を行うことを可能にする。

3.国際的に遜色のないディスクロージャー制度を構築する。

要するに,金融商品取引法上の連結財務諸表は,現在・将来の投資大衆に向けて行う情報の公 開・開示であって,「特定の誰かに報告するもの」ではない。報告を求める・報告を受ける権利 を持つ人がいるわけではない。この点で,株主という「報告を受ける権利」を持つ人たちがいる 会社法上の財務諸表(計算書類)とは役割や位置づけが異なる。

10 会計の目的と2つの財務諸表の位置づけ

少し基本に戻って考えてみよう。会計の仕事あるいは目的として,しばしば言われるのは,

(1)企業活動の結果としての期間利益の計算・報告と(2)投資家がどの会社に投資(株や社債 を購入すること)するかを決めるための判断材料として会計のデータを公開すること,の2点で ある。前者を,期間損益計算機能と呼び,後者を投資意思決定情報提供機能と呼んでいる。

会社法(旧・商法)は,主として(1)の目的のために設定されているルールであり,それが 結果として株主の暴走に歯止めをかけ,債権者保護に資するものとされてきた。また,金商法

(証取法)は,(2)の目的のために,株主ではない投資家が企業に投資するときに必要な会計 データを公開させるための規制であると理解されてきた。

会社法の財務諸表(会社法上は「計算書類」と呼ぶ)は,主たる目的が株主(会社の現在の所 有者)に対する決算報告で,会社が1年(あるいは半年,4半期)間にどれだけの利益(当期純 利益)を稼いだかを株主総会で報告するものである。この利益に法人税が課税され,この利益か ら株主への配当が行われる。会社法の財務諸表は企業の財産に変化をもたらすことから「切れば 血が出る決算書」だということが言えるであろう。

(16)

要するに,会社法上の財務諸表(計算書類)は企業の所有者である株主に対する「期間損益と 期末の財産に関する報告書」であり,上の(1)の目的で作成される。ここで計算される期間損 益や財産の額は,現在の株主だけではなく,債権者や将来の株主に対しても公正なものでなけれ ばならない。当期純利益を多めに計算して当期の株主に大きな配当をすれば,企業の財産が弱体 化するから,債権者(企業に資金を貸している人・企業やこの企業に売掛金のある取引先など)

にとって不利益になりかねない。そこで会社法では,債権者の権利を保護するために,株主に対 する分配に一定の制限を加えているのである。

これに対して金商法上の財務諸表は,一般投資家に向けての投資勧誘情報である。投資家に向 けて「こっち(わが社)の水は甘いよ!」と誘う文書であるから,根拠のない,投資家を惑わす ような,企業の身勝手な勧誘文書とならないように,金商法がルールを定めている。

この十数年間,わが国の会計界では,こうした個別財務諸表と連結財務諸表の役割の違いを ちゃんと認識してこなかった。もう一度言うと,会社法上は,連結は個別財務諸表を補足するた めの「参考資料」でしかない。当期の純利益を確定したり,その利益を誰にいくら分配するかを 決める情報を提供したりといった期間利益計算機能は連結にはない。会社法上の連結にも金商法 上の連結にも情報提供機能しかないのだ。

そうしたことを考えると,「連結財務諸表」「連結計算書類」という表現は誤解を与えるのでは ないか。より実態を正しく表すように,「連結会計情報」とか「企業集団開示情報」などのよう に改めるべきであろうと思う。

11 国際会計基準における財務諸表

国際会計基準(IFRS)に関連して問題となっている財務諸表は,金商法上の財務諸表であ り,かつ,連結財務諸表である。会社法上の「参考資料」として作成される連結計算書類がテー マとなっているわけではない。一般の投資家が入手することができるのは金商法の規定に従って 作成・公表された連結財務諸表である。金商法のディスクロージャー制度においては,上に紹介 したように,連結財務諸表は「投資者に対する情報」であって「利益額を確定するための決算 書」ではない。

わが国は,国際会計基準が連結用に開発された基準であり個別に適用することは想定されてい ないことを十分に認識せずに,これを,何と,「株主に分配できる利益」「キャッシュ・フローの 裏付けのある実現した利益」を計算するための会計基準の中に取り込んできた。時価会計,減損 会計,退職給付,資産除去債務……などの「新基準群」である。情報提供用に開発された基準を

「切れば血が出る個別財務諸表」に適用しようというのだから,産業界から大きな批判・反対が 起きるのは当然であろう。

(続く)

参照

関連したドキュメント

A(会計士):条件付取得対価の会計処理は、日本基準と国際会計基準で異なります。まず、日本基準からご説明し

 「時価の算定に関する会計基準」(企業会計基準第30号

 食品事業では、「収益認識に関する会計基準」等の適用に伴い、代理人として行われる取引について売上高を純

最後に要望ですが、A 会員と B 会員は基本的にニーズが違うと思います。特に B 会 員は学童クラブと言われているところだと思うので、時間は

 「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号 2020年3月31日。以下「収益認識会計基準」とい

会計方針の変更として、「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号

当初申請時において計画されている(又は基準年度より後の年度において既に実施さ

基準の電力は,原則として次のいずれかを基準として決定するも