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現代韓国語の〈依存名詞構成〉に関する研究

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(1)

現代韓国語の〈依存名詞構成〉に関する研究

―形態的側面を中心に―

金 美玹

【요지】

본고는 의존명사를 중심으로 2 이상의 구성요소로 이루어지는 복합구성〈연체절 ( 관 형절 ) +의존명사+용언〉형식을〈의존명사구성〉이라고 부르며 형태적인 측면에서 각 구성요소가 굳어져서 하나의 형식으로 성립하는 밀착도에 주목해서 연구를 한다 .

연구 대상은 다음과 같이 3 단어로 이루어지는 5 형식을 대상으로 하는데 용언이 존재 사로 나타나는 ‘-ㄹ / ㄴ / 는 수 있다 / 없다’ , ‘-ㄹ / ㄴ / 는 적 있다 / 없다’ , ‘-ㄹ 리 있 다 / 없다’ , 형용사로 나타나는 ‘-ㄹ / ㄴ / 는 것 같다’ , 동사로 나타나는 ‘-ㄹ / ㄴ / 는 줄 알다 / 모르다’ 이다 .

이들 형식은 복합구성으로 이루어진다는 점에서 공통점을 갖지만 용법에 따라 다의적 인 의미와 기능을 가진다 . 예를 들어 ‘-ㄹ / ㄴ / 는 것 같다’ 형식은 단순한〈연체절+의 존명사+형용사〉구조로 분석될 뿐만이 아니라 ‘-ㄹ / ㄴ / 는 것 같다’ 자체가 하나의 분 리되지 않는 하나의 융합체로 ‘-ㄹ / ㄴ / 는+것+같다’ 각각의 의미와는 따로 추측을 나 타내는 문법적인 의미를 가지기도 한다:

【-ㄹ / ㄴ / 는 것 같다】

1)‘N이 N(과) 같다’ 의 문장구조로 사용되는 경우:

   ex) 몸무게가 아이 둘의 몸무게를 합쳐 놓은 것(과)같았다 . 2)〈추측〉의 뜻으로 쓰이는 경우:  

   ex) 연락이 없는 걸 보니 무슨 사고가 난 것 같다 .

본고에서는 동 형태가 다의적인 의미를 나타낼 때의 조건에는 용법에 차이가 있다고 보고 본고에서는 이와 관련해서 형식을 이루는 각 단어가 가지는 원래의 기본기능 그리 고 형식 중에 있을 때의 기능을 비교했다 . 예를 들어 , 의존명사 하나를 봐도 보편성의존 명사인 ‘것’ 은 자립적인 특징을 지니는 점에서 다른 의존명사와 구별이 된다 . 그러나〈의 존명사구성〉형식 중에 나타났을 때의 ‘것’ 은 격조사와의 공기에 있어서 원래 ‘것’ 이 가 지는 격조사의 관계하고 차이를 보였다 . 이들 연구를 통해서 알 수 있었던 것은 각 단어 가 형식을 이루는 데에는 ①의존명사에 다른 자립어를 대치할 수 있는 대치가능성 , 그리 고 ②격조사와 용언 간의 관계에서 보이는 분리가능성이 형식에 큰 영향을 주고 있음을 알 수가 있었다 .(1)

본고에서 말하는 대치가능성이란 형식 중의 의존명사에 자립적인 단어를 대치할 수 있는지를 살펴본다 . 분리가능성이란 형식 내의 뒷부분에 위치하는 용언을 분리시켜서 문 법적인 의미가 이루어지는지 이 때 의존명사에 후속하는 격조사에는 어떠한 영향을 미치 는지를 살펴보는 개념이다 .

(2)

1.序論

 本稿では、2つ以上の単語から成る統辞的構成のう ち、依存名詞中心の構成を持つ〈連体節+依存名詞+

用言〉の形式を〈依存名詞構成〉と呼び、これらの形 態的、意味的側面から分析をおこなうことにする。(1)

〈依存名詞構成〉は、複数の構成要素が集まって1形 式を成し、2つ以上の多義的意味を持つことがある。

例えば、下にある例のように1)各々の語のもつ本来 の意味で用いられる場合と、2)1つのまとまった塊 として全く別の文法的意味で現れる場合のように2パ ターンがある。参考に以下の例をみてみることにしよ う:

【-ㄹ/ㄴ/는 것 같다】

 (1)a.‘-ㄹ / ㄴ / 는 것 같다’が‘N 이 N(과)같다’

の文構造として用いられる場合:

ex)몸무게가 아이 둘의 몸무게를 합쳐 놓은 것

(과)같았다 .

(体重が、子供ふたりの体重を合わせたの と同じだった/合わせたようだ。)

b.「〜のようだ」という〈推測〉の意味で現れ  る場合:

ex)연락이 없는 걸 보니 무슨 사고가 난 것 같다. 目次

1. 序論

2. 依存名詞の代置可能性からみた〈依存名詞構成〉の密着度   2.1.‘수’の代置可能性

  2.2.‘적’の代置可能性   2.3.‘리’の代置可能性   2.4.‘것’の代置可能性   2.5.‘줄’の代置可能性   2.6.  代置可能性のまとめ

3. 分離可能性からみた〈依存名詞構成〉の密着度

  3.1. {-ㄹ / ㄴ / 는+ N(P) 있다 / 없다}形式の分離可能性   3.2. {-ㄹ / ㄴ / 는 것 같다}形式の分離可能性

  3.3. {-ㄹ / ㄴ / 는 줄 알다 / 모르다}形式の分離可能性 4. 結論

5. 今後の課題

(連絡がないのをみると、何か事故があっ たようだ。)

【-ㄹ 것이다】

 (2)a. ‘- ㄹ 것이다’ が【N이 N 이다】の文構造と して用いられる場合:

ex)이건 내가 먹을 것이다.

(これは私が食べるものだ。)

b.「〜つもりだ,だろう」という〈推量〉の意

 味で現れる場合:

ex)올해도 봄은 올 것이다.

(今年も春が来るだろう。)

 ‘- ㄹ / ㄴ / 는 것 같 다 ’ 形式も ‘- ㄹ 것 이 다 ’ も 意味の用いられ方には2パターンが存在している。

‘- ㄹ / ㄴ / 는 것 같다’形式においては(1)a.のように、

[- ㄹ / ㄴ / 는(〜する)+것(こと)+같다(同じだ)]

の1つの纏まった形式ではなく、1つ1つの語の本来 の意味で用いられ、複合構成を分離できる形式で用い られる場合と、(1)b.のように ‘- ㄹ / ㄴ / 는 것 같다’

自体が1つの形として融合し、「〜のようだ、らしい、

みたいだ、〜の気がする、〜と思う」といった〈推 測〉の文法的意味をもつ場合の2つの用いられ方があ る。ここでいう融合とは分離可能な単体が密着して複

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合構成をなし、全く別の意味へ変化することをいう。

 とりわけ(1)a.の場合、【N이 N와/과 같다】とい う文構造をしており、「〜Nがすること(と)同じだ」

の意味で用いられるという特徴をもち、文中における 述語は「同じだ」の ‘같다’ となるが、文脈によって は「〜のようだ」という文法的意味で用いられること も可能である。単語本来の意味をもって表れる場合と、

そうではなく複合構成を1つの塊として用いる場合の 二重の意味で表すことができるのである。

 一方で、(1)b.のような融合された形式である場合、

‘-ㄹ/ㄴ/는 것 같다’ は1つの単位として扱われ、補 助用言のようなものとして解釈ができるため ‘같다’

を述語として扱うのではなく、依存名詞 ‘것’ を修飾 する動詞が文の核となる。そのため、意味は「〜のよ うだ、らしい、みたいだ、〜の気がする、〜と思う」

といった〈推測〉の文法的意味をもって表れ、話し手 の事態に対する主観を表わすこととなる。

 ‘-ㄹ 것이다’ においても同様に(2)a.においては複 合構成を「〜-ㄹ/을(〜する)+것(こと)+이다(だ)」

のように、機能も意味も分離可能となり、【N이 N 이 다】の文構造をなしているので、‘이건(これは) は 내가 먹을 것(私が食べるもの) を表すこととなる。

(2)b.では1つの纏まった形式として捉え「〜つもり だ、だろう」という話し手の展望や推測、または主観 などを表わす意味で用いられる。このような分け方は 신선경(1993)では、‘것이다’ 構文について① ‘이다’

の典型的な構文 ‘N1이 N2이다’ の枠組みのなかで説 明するパターンと② 것’ と ‘이다’ の再構造化され たパターンの2つに分けて説明をしている。

 ‘-ㄹ/ㄴ/는 것 같다’ や ‘-ㄹ 것이다’ のような形 式を通してみると、複合構成からなるものは、必ずし も単語本来の意味が付与された語彙意味的な単位のよ うに用いられるのみならず、多義的に別の意味を持ち 合わせていることが多々あることが分かる。〈依存名 詞構成〉のように各単語が結合する場合、ある一定の 統辞的環境がそろうと、‘같다’ ‘이다’ は、述語とし ての意味が喪失し文の核とはなれず、依存名詞 것 に前接する動詞が核となり、それにつく本形式は1つ

の塊として補助するような働きを持つようになるので ある。

 既存の研究では、このような形式における韓国の学 校文法での正式な位置づけはされておらず、もっぱら モダリティ、文法的連語の分野で意味的側面からの接 近が主であった。これらの形式を形態的側面から取 り扱ったものは数少ないが、李翊燮・任洪彬(1983;

1984:280)では、‘-ㄹ/ㄴ/는 수 있다/없다’、‘-ㄹ/

ㄴ/는 줄 알다/모르다’ などの複合構成を、名詞句補 文化と関係化という2つの項目から考察している。こ れらは依存名詞を修飾する冠形節(連体節)があると いうことにおいて共通しており、前者は補文名詞が冠 形節内部の1成分になれないが、後者は冠形節内部 の1成分になれるものを表わす。さらに、前者は依存 名詞を修飾する補文子として連体形語尾に制約がみら れるが、後者はそうではない。結局このような差異か ら、意味的にも違いがみられてくるとするものであ る。안효경(2001: 47)では、依存名詞を中心に語彙 的、統辞的、意味的、文法化の4つの側面から考察を している。とりわけ、文法化の側面から、同じ依存名 詞であっても文法化の進行の程度性によって他の構成 要素との結合に制約がみられると述べている。また、

신선경(1993)では ‘것이다’ を再構造化という概念 のもと文法的意味の説明を行い、直接関連しないが、

서승현(2002)では 名詞−助詞−用言 の緊密形式 を述べるのに、やはり再構造化という概念を取り入れ 考察している。

 本稿では、同形式が多義的意味を持つのには統辞的 環境の差異によって異なりをみせているのではないか、

どのような統辞的環境のなかで1つの塊として密着し ようとするのか、より発展させて1つの塊として意味 を成すということは、形式内の構成要素間の密着の程 度性(密着度)と密接な関係があるのではないかを踏 まえ、これらを明らかにすることを本稿の目的とする。

本稿では密着の程度性を導くのに、構成要素間におけ る形態的側面から考察する。そのためには客観的判断 が必要となり、各構成要素の様相を順序立てて分析す る必要があるであろう:

(4)

 ◆〈依存名詞構成〉内の密着度は如何なるものか。

  a) 依存名詞に自立的な語を置き換えたときの意 味における影響は?

 ここでは、まず依存名詞に自立的な語を置 き換えることができるか否かを問い(=代 置可能性)、代置可能性がある場合は、形式 内における密着度が弱く語彙的意味を表すが、

代置可能性がない場合には形式内における密 着度は強く文法的意味を表すのではないのか を考える。

  b) 格助詞との共起が〈依存名詞構成〉の密着度 に及ぼす影響は?

ex)存在詞 ‘ 있 다/없 다 ’ がとる格助詞の

様相と、‘-ㄹ/ㄴ/는 수 있다/없다’、

‘-ㄹ/ㄴ/는 적 있다/없다’ ‘-ㄹ 리 있

3 つの構成要素からなる〈依存名詞構成〉

分類①〈連体形+依存名詞+存在詞〉

-//는 수 있다/없다 -//는 적 있다/없다

-ㄹ 리 있다/없다

分類②〈連体形+依存名詞+形容詞〉

-//는 것 같다 分類③〈連体形+依存名詞+動詞〉

-//는 줄 알다/모르다

 分析は用例分析に基づいて論をすすめることとする が、用例は세종말뭉치(2009)のコーパスを用いて検 証し、テクストは1990年代、2000年代を主に対象と したもので、うちジャンルを脚本、新聞、小説、雑誌 の4つとしている。

2.依存名詞の代置可能性からみた〈依存名 詞構成〉の密着度

 ここでは〈依存名詞構成〉内の「依存名詞」を中心 に考察する。以下の表1は本稿で対象とする〈依存名 詞構成〉の中心に位置する依存名詞に他の自立的な語 を置き換えた場合の例である。通常の依存名詞の特徴

다/없다’ 内の ‘있다/없다’ のとる格助 詞の様相を比較する。

  c) 〈依存名詞構成〉内の後部に位置する用言の 置き換え、省略による形式内の密着度に及ぼ す影響は?

 形式内の用言を省略、または他の用言に置 き換えることで形式内への影響があるのか否 かについて考える。このときの〈依存名詞構 成〉内の用言の切り離しを〈分離可能性〉と 呼ぶ。

 以上のことを踏まえ、本稿ではおって考察すること にするが、本稿で扱う研究対象は数多くある〈依存名 詞構成〉のうち、3つの構成要素からなるものを対象 とする。以下は研究対象を表で現わしたものである:

と形式内にある依存名詞の特徴とではどのような差異 がみられるのであろうか:

 表1の例文をみると、{- ㄹ / ㄴ / 는+수 있다 / 없다} 形式は、依存名詞 수 に他の語「가능성(可能性)」

「경우(場合)」「방법(方法)」「능력(能力)」など自 立的な語に置き換えをすることができる。他の形式も また同様である。自立的な語に置き換えができるとい うことは、形式内の依存名詞に語彙的な意味が少なか らず色濃いことの表れとも考えることができるが、機 能面においては形式内の依存名詞が果たして、各々の 依存名詞独自がもつ本来の特徴と一致しているのかは、

同形態が意味や機能の異なる特徴をみせることが多分 にあるため明らかでない。そのため、ここでは依存名

(5)

詞本来の特徴と、形式内の依存名詞とを比較する。密 着の程度性の高いものであれば、形式内に位置する依 存名詞は他の構成要素と密着するため、依存名詞本来 のもつ機能とは異にしていると解することができる。

一方、依存名詞本来の特徴と一致すると、一単語とし ての機能が強いと考えることができ、複数の単語が密 着する程度が弱いと推測できる。

表1.{- ㄹ / ㄴ / 는+ N(P) 있다 / 없다}形式の場合

用 例 語 彙

묻는 것이 가장 손쉬운 방법일 수(=가능성)가 있다 .

(たずねることが最もたやすい方法で有る可能性がある。) <2BB9316>

가능성

(可能性)

흔히 단전호흡을 복식호흡과 착각하는 수(=경우) 가 있는데, 단전호흡은 배꼽위는 그대로 두고 단전만 내밀었다 당겼다 하는 것이다.

(よく丹田呼吸を腹式呼吸と間違えることがあるけど、丹田呼吸は腹上をそのままに、

丹田だけ押し上げたり、ひいたりすることだ。) <2BB9317>

경우

(場合)

그 사람을 이기는 수(=방법)가 있다.  

(その人に勝つ方法がある。) <안효경(2001)の例>

방법

(方法)

톡톡히 치른 끝에 무사히 설득을 시킬 수(=능력)가 있었다.

(たっぷり払った後に、無事説得をすることができた。) <BRBB0063>

능력

(能力)

일본 규슈 지방의 아소산 칼데라(Caldera)를 본 적(=경험)이 있다.

(日本の九州地方の阿蘇山のカルデラを見たことがある。) <2BB9301>

경험

(経験)

가다가 속이 맥맥하고 부아가 끓어오를 적(=때)이 있지 않냐.

(途中、途方にくれてしゃくにさわる時が、あるじゃないか。) <2BEXXX18>

(時)

설마 그럴 리(=까락 , 이치)가 있나?

(まさか、そんなことがあろうか/そんなはずがありえようか。) <BRBB0063>

까닭, 이치

(理由、

理知)

2.1.‘수’の代置可能性

 국립국어원(2008)では 수 において品詞を名詞 と依存名詞の2つに設定しており、前者は「일을처리 하는 방법이나 수완(事を処理する方法や手腕)」を 意味し、後者は「어떤 일을 할 만한 능력이나 어떤 일 이 일어날 가능성(ある作業をする能力やあることが 起こる可能性)」を意味している。

 안효경(2001: 123)では、依存名詞 수 において、

文脈によって 경우 、 가능성 、 능력 、 허락 な ど多義的意味をもつことを前提に、とりわけ〈方法〉

を意味する 수 と、〈可能性〉を意味する 수 の 2つを比較し、これらが異なる旨を説明していた。以

下は안효경(2001: 123)から引用したものである:

 (3)a.특별한 수가 없다.     (特別な方法がない。)

   b.그 사람을 이기는 수를 알고 있다.     (その人は、勝つ方法を知っている。)

   c.그 팀이 승리할 수를 하나 알려 주겠다.

(そのチームが勝利する方法を1つ教えてあ げよう。)

 上記の例は、수 が〈方法〉の意味を持つ場合である。

〈可能性〉の 수 の場合には冠形詞形語尾(連体形 語尾)に一定の制約がみられるのだが、〈方法〉の 수

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の場合には「冠形詞形語尾(連体形語尾)との統合に おいて特別な制約はない」としている。そもそも、「依 存名詞 수 は〈方法〉の意味を持っている漢字語 수

(手)から始まったものであり、統辞的な環境が制約 され、その統辞的な環境では〈可能性〉という意味を 表すようになりながら依存名詞へと転換して使われる ようになった。」という。つまり、統辞的な環境で制 約をうけない 수 〈方法〉は依存名詞ではなく、そ もそも自立名詞的(漢字語根)なものであったといえ るのである。自立名詞的な 수〈方法〉 は、その他 に連体形語尾の無制約のみならず、格助詞においても 制約がみられない:

 (4)a.좋은 수가 생각나다 .

    (良い方法が思い浮かんだ。)

   b.수를 쓰는 데야 별수 없지요 .     (何をやっても無駄でしょ。)

 안효경(2001:123) では依存名詞 수 を、自立名詞 的な 수 から依存名詞 수 にかけて変化していると いう点で、1つのものから派生していったという見解 を示している。また、〈方法〉の 수 は、冠形詞形 語尾(連体形語尾)の無制約など限りなく自立名詞的 である一方で、{- ㄹ / ㄴ / 는+수 있다 / 없다}形式 の 수 は、慣用化され 可能性 としての意味を表わ すようになったとし、決定的に異なりを示している。

 남기심・고영근(1985;2007:107)では、{- ㄹ / ㄴ / 는+수 있다 / 없다}における 수 を1つの主格助詞 のみしか許容しないということで主語性依存名詞とな づけており、 수 が自立名詞的にではなく依存名詞 として用いられる場合には、明らかに冠形詞形語尾(連 体形語尾)と、格助詞との関係において制約的である ということについて共通している。

 以上のことを踏まえると、上記の{- ㄹ / ㄴ / 는+

수 있다 / 없다}の表1.の例文4つは、他の自立的な 語に置き換え可能であるものの、うち〈方法〉の意で 用いられる 그 사람을 이기는 수(=방법)가 있다 . は、 수 が依存名詞ではなく、自立名詞的というこ

とができる。その他の語においては、自立的な語に置 き換え可能であるが、機能面においては非自立名詞的 であると推測することができるであろう。

 このことをかんがみると、文中において、自立名詞 的傾向にあるものは、文中で語彙としての自立的側面 を強調しているといえ密着度の程度が弱いものの、非 自立名詞的傾向にあるものは、形式内の他の語と密着 する程度が強いと推測することができる。

2.2.‘적’の代置可能性

 국립국어원(2008)は依存名詞 적 を「그 동작 이 진행되거나 그 상태가 나타나 있는 때 , 또는 지나 간 어떤 때(その動作が進行したり、その状態が現れ ている時,または過ぎ去ったある時)」とし、「時」を 表すものとして取り扱っている。 적 は 수 と異 なり、自立名詞としての機能はない。上記の{- ㄹ / ㄴ / 는+적 있다 / 없다}形式において、적 は「때(時)」

だけでなく、「경험(経験)」という語に置き換えるこ ともできる。「経験」の意を表すときは比較的、前部 に位置する用言の連体形語尾は過去連体形語尾 - ㄴ が位置しやすく、「時」を表す場合には基本、制約は ないが、未来連体形語尾が位置しやすい傾向にある。

안효경(2001:114)では、基本的に 적 は冠形詞形 語尾(連体形語尾)や内包文の叙述語(述語)と特別 な制約は持たないとしつつも、 적 が「経験」の意 味を表わすときには、「連体形語尾 -ㄴ とだけ結 合をし、これ以外に内包文の主語が経験の主体になる」

ことを条件であるとしている:

 (5)a.이곳에 건물이 들어선 적은 없었다 .

    (この場所に建物が入った{時/こと}はな かった。)

   b.나는 그 사람과 친하게 지낼 적이 있었다 .

(私は、その人と親しくする{時/経験}があっ た。)

 上記の例文は、(5)a.は「連体形語尾 - ㄴ で

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はあるものの、内包文の主語が経験の主体になりえな い場合」であり、このときの 적 は「経験」の意味 をもたない。(5)b.は一般的には「時」を表わすが、

ここでは「経験」の意味も表わし得る。これは、内包 文の主語が経験の主体になることができる有情名詞で あるためであるとしている。

 윤용선(1989:295)は、 적 が経験の意味をもつ のには、意味がそうであるのではなくて、それが実現 する統辞構造に原因があるとみている。とりわけ、未 来連体形語尾 - ㄹ と処格助詞 - 에 が結合する 場合に「時」の意味を表すとして「 - 에 と結合し て内包文の動詞と上位文の動詞の間の時間関係を表す 副詞語として用いることによってその時間関係につら れて補文子が固定される」と記述している。 적 は 依存名詞の用法しかもたないものの、統辞的環境の制 約を概観すると、「時」の 적 は「経験」の 적 よりも連体形語尾と格助詞の制約が少なく、その面で 名詞の 수 と類似した環境を有しているということ ができるのである。

 この点において考慮すると、自立的語に置き換え可 能である2つの 적 は、各々異なる機能を持ってお り、制約の少ない「時」の 적 は、「経験」の 적 より自立的な傾向にあるということができる。よって、

「時」の 적 が「経験」の 적 に比べ、文中にお いて 적 自身が自立的傾向にあるということは、〈依 存名詞構成〉内の他の構成要素と密着する程度が弱く、

「経験」の 적 は〈依存名詞構成〉内において強い ため、- ㄴ+적 있다 / 없다 ではじめて文法的意味「経 験」の意味を成すものと考えられる。

2.3.‘리’の代置可能性

 依存名詞 리 は국립국어원(2008)で「까닭 , 이 치의 뜻을 나타내는 말(理由、理知の意味を表すこと ば)」の意味をもつとしている。 - ㄹ 리 있다 / 없다 内の依存名詞に前接する連体形語尾は未来形のみを選 択し、他の連体形語尾を選ばない。連体形語尾を - ㄹ のみしか選ばないのには、안효경(2001:124)による

と、 리 に「「推定」の意味が内包されており、推定 の対象になる補文の内容を仮定的に話すためである」

と述べている。さらに、남기심・고영근(1985;2007:76)

では、主格助詞と統合され主語として用いられる点で、

主語性依存名詞となづけている。

  리 は、 수 、 적 と異なり、統辞的環境が明ら かに制約的である。また、 리 は「理由、理知」と いう語への置き換えが可能であるものの、 수 、 적 のように置き換えされた語によって統辞的環境に異な りがみられるということもない。

 以上のことを踏まえると、 리 は、 - ㄹ 리 있 다 / 없다 内でしか現れることのない依存名詞という ことができ、形式内における密着度は強いものである と推測する。

2.4.‘것’の代置可能性

 依存名詞 것 は국립국어원(2008)で以下のよう に意味付けをしている:

1) 「사물 , 일 , 현상 따위를 추상적으로 이르는 말

(事物、仕事、現象などを抽象的に成すことば)」

2) 「사람을 낮추어 이르거나 동물을 이르는 말(人

をさげすんで指したり、動物を指す語)」

3) 「(사람을 나타내는 명사나 대명사 뒤에 쓰여)

그 사람의 소유물임을 나타내는 말(人を表わ す名詞や代名詞の後ろに使い)その人の所有物 であることを表わす語」

4) 「(‘- 는 / 은 것이다’ 구성으로 쓰여)말하는

이의 확신 , 결정 , 결심 따위를 나타내는 말

(‘- 는 / 은 것이다’ 構成で使われ)話者の確信、

決定、決心等をあらわす語」

 안효경(2001:93)は 것 について、「依存名詞の うち最も名詞性の強い部類」であるとし、この部類に 属する依存名詞に 것 , 분 , 손 , 이 , 자 , 치 , 데 , 바 などを挙げており、 것 はそれが示すことのできる対 象に殆ど制約がないとしている:

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 (6)a.이것은 집단장면에서 하나의 독특한 역할을 한다 .

(これは、集団場面で1つの独特な役割をす る。)

   b.이것들은 별개의 보다 깊은 친밀감과 집단 결 속력을 촉진한다 .

(これらは、別のより深い親密感と集団の結 束力を促進する。)

 (6)a.は指示詞と結合し代名詞的に使われる場合で あり、(6)b.は複数標示 들 が結合された場合であ る。 것 が指示詞や 들 と自由に結合することが できるという事実は、他の依存名詞に比べて 것 が 自立名詞としての性格が色濃くあることを表す(안효 경(2001:93))。さらに、 것 には固定された意味が あるというよりは先行する名詞句を代置することで反 復を防止し、代用機能を持つ。(윤용선1989:288)

 また、 것 は先行要素に名詞句や冠形詞節をすべ てとることができ、依存名詞に後続する格助詞との結 合においても特別な制約がないのみならず、特定の上 位文の述語に関する制約もない。このような 것 は 述語 같다 と結合して、話者の発話態度と関連した 様態の意味を表わす機能をもつとしている(안효경

(2001:98))。안효경(2001:99)は - ㄹ / ㄴ / 는 것 같다 は「外形的には依存名詞と統合された形式をとってい るが、隣接形式と有る程度の密着がなされた構成」で あると見ている:

 (7)비가 올 것 같다 .    (雨が降りそうだ。)

 この形式内における依存名詞 것 は、他の自立的 な語に置き換えることができない。また、通常、依 存名詞 것 は格助詞との共起が自由であるものの、

- ㄹ / ㄴ / 는 것 같다 内の 것 は格助詞が後続す ることができない。これは、依存名詞 것 本来の特 徴とは決定的に異なる部分であり、もしも形式内の 依存名詞 것 を他の語へと置き換えをした場合には、

「〜のようだ」という〈推測〉の文法的意味を持たな くなる。依存名詞 것 自体は統辞的制約がないため 機能的には名詞的志向が強いはずであるが、形式内の 依存名詞 것 は、制約が生じ、他の語への置き換え が不可能になる点で、 것 が形式内で強く密着して しまったと推測できる。

2.5.‘줄’の代置可能性

 국립국어원(2008) は依存名詞 줄 を「어떤 방법 , 셈속 따위를 나타내는 말(ある方法、心づもりなどを 表すことば)」としている。

 依存名詞 줄 は連体形語尾 - 을 /- ㄹ と共起 すると - ㄹ 줄(방법)을 알다'のように 방법(方法)

に置き換えすることができ、この時の文法的な意味は

「〜することができる」という〈能力/不能力〉の意 味を表す。一方、 - ㄹ / ㄴ / 는 と共起する - ㄹ / ㄴ / 는 줄 알다 / 모르다 形式は、〈〜だろうと思う〉

という意味をもつが、この時の 줄 には自立的な語 に置き換えをすることができない。 줄 にはそもそ も2パターンが存在し、他の自立語に置き換えが可能 なものとそうでないものとがあることが分かる:

 (8)상민오빠두 웃을 줄(方法)아는구나 .     (サンミン兄さんも笑えるのね。)

<CE000025>

 (9)자기 앞만 가리고 사는 줄(×)로 알았더마는 .  (自分の将来だけみて生きてるんだと思ってた けど。)       <2BEXXX05>

 남기심・고영근(1985;2007:77)は、 줄 が目的 格 - 을 /- 를 をとることと、副詞格 - 으로 /- 로 と統合することがあるとし、このような依存名詞を副 詞性依存名詞であるとなづけている。

 안효경(2001:125)では「先行成分として冠形詞節 のみをとるのだが、内包文の述語や冠形詞形語尾との 統合では制約がなく、上位文の動詞では 알다 / 모르 다 のような認識動詞との結合をし、目的語としての

(9)

み機能する依存名詞」であるとし、意味においては「状 況」と「方法」の大きく2パターンに分けている。前 者は連体形語尾との統合において制約がないものの、

後者は連体形語尾 - ㄹ とのみ統合するものとして いる。

 そのため、 줄 の基本的な意味は「状況」とした うえで、制約的な環境では「方法」という拡大された 意味を表わすのであるが、上位文の主語と内包文の主 語が同一で、内包文の述語が動作動詞である時、そし て、事実的表現に限ってのみ「方法」という意味を表 わす。

 「方法」の 줄 は、自立的な名詞へと置き換えが 可能であるという点で、意味的には自立的傾向にある

と判断しがちであるものの、機能的には「方法」の 줄 がより制約的であるため、「状況」の 줄 よりも形 式内における密着度という点ではどちらがより強く結 びついている形式かは不明である。

2.6.代置可能性のまとめ

 下記の表は、依存名詞に他の自立的語を置き換えた 場合の可否を表わしており、それをとりまく統辞的環 境の制約有無を提示したものである。本稿では、他の 語に置き換え可能な依存名詞は自立性があり、自立性 のあるものは語彙的意味で用いられやすく、依存名詞 構成内での機能の面でも密着度が弱いと推測していた。

表 2.【統辞的環境における依存名詞の意味分類】

連体形語尾 依存名詞 格助詞 用言

制約なし  (方法) 制約あり{- 가 / 이 , 을 / 를 }

制約あり {- ㄹ } (可能、場合等) 制約あり  {- 가 / 이 } 있다 / 없다

制約なし (時) 制約あり {- 에 }

制約あり {- ㄴ } (経験) 制約あり  {- 가 / 이 } 있다 / 없다

制約あり {- ㄹ } (意味) 制約あり  {- 가 / 이 } 있다 / 없다

制約なし (×) 制約なし

制約なし (×) 格助詞なし 같다

制約なし (×) 制約あり  {- 을 / 를 } 알다 / 모르다

制約あり {- ㄹ } (方法) 制約あり  {- 으로 / 로 } 알다 / 모르다

 ところが、上記の表で知り得ることは、依存名詞は 同形態であっても、統辞的制約(機能)によって意味 が異なる旨を示しており、自立的語の代置可能性のみ をもって、依存名詞の自立性有無を述べることはでき ないということが分かった。つまり、他の語の代置可 能性有無をもって、形式内における密着度の判断をす ることは難しいと思われる。

 しかしながら、表から気づく点は、本稿で扱う依存 名詞構成内の依存名詞は、同形態でありつつも、比較 的前後に位置する構成要素が制約的傾向にあるという ことがわかり、このことが形式内における構成要素間 の密着度と関連があるものと考える。

3.分離可能性からみた〈依存名詞構成〉の  密着度

 ここでは、〈依存名詞構成〉内の後部に位置する用 言が、単独で用いられた場合の文中における格助詞と の共起様相と、〈依存名詞構成〉内の用言の形式内に おける格助詞との共起様相を比較する。同用言が形式 内とそうでないのとでは格助詞の様相に変化がみられ るのかを考察し、〈依存名詞構成〉形式内の構成要素 の分離の可否を検討する:

(10)

3.1. {- ㄹ / ㄴ / 는+ N(P) 있다 / 없다}

形式の分離可能性

 存在詞 있다 / 없다 は、主格助詞 - 이 / 가 や 副詞格助詞 - 에 - 에게 とともに用いられ、語 彙的な意味として〈存在/非存在〉という基本的な意 味をなす:

 (10)다음 주부터 중간고사가 있다.

    (来週から中間試験がある。)

          ⇒  【N가 / 이 있다 / 없다】  (11)책상 위에 책이 있다 / 없다.

    (机の上に本がある。)

          ⇒  【N에 N가 / 이 있다 / 없다】  (12)나에게는 지금 단돈100원도 없다 .

    (私には今100円もない。)

         ⇒ 【N에게 N가 / 이 있다 / 없다】

 一方、下記の〈依存名詞構成〉においても、主格助 詞 - 이 / 가 をとる点において、存在詞 있다 / 없다 が単独で用いられる場合ととりわけ差がみられていな い。下記の〈依存名詞構成〉をみてみよう:

(13)묻는 것이 가장 손쉬운 방법일 수(Ø, 가 ,에 ,

에게) 있다 .

(たずねることが最もたやすい方法で有る可 能性がある。)          <2BB9316>

(14)흔히 단전호흡을 복식호흡과 착각하는 수(Ø, 가, 에,에게) 있는데 , 단전호흡은 배꼽위는 그대로 두고 단전만 내밀었다 당겼다 하는 것 이다 .

(よく丹田呼吸を腹式呼吸と間違えることが あるけど、丹田呼吸は腹上をそのままに、丹 田だけ押し上げたり、ひいたりすることだ。)

        <2BB9317>

(15)일본 규슈 지방의 아소산 칼데라(Caldera)를 본 적(Ø, 이 ,에 ,에게) 있다 .

(日本の九州地方の阿蘇山のカルデラを見た

ことがある。) <2BB9301>

(16)게다가 속이 맥맥하고 부아가 끓 어오를 적(Ø, 이 , 에 , 에게) 있지 않냐 .

(そのうえ、途方にくれてしゃくにさわる時 が、あるじゃないか。) <2BEXXX18>

(17)누구보다 정의감이 강한 친군데 그런 무모한 짓을 할 리(Ø, 가 , 에 , 에게) 있나 . 

(誰よりも正義感が強い人なのにそのような 無謀なことをすることがありえようか。)

<BREO0308>

(18)한국 산악인이 가보고 싶은 곳 가운데 하나인 일본의 ‘북알프스산 ' 을 그가 그냥 지나칠 리

(Ø, 가 , 에 , 에게) 없었다 .

(韓国の登山家が行きたい場所の1つである 日本の「北アルプス山」を彼がそのまま見過 ごすはずがなかった。) <2BB9403>

 主格助詞と共起をする点で、存在詞を単独で用いた 場合も、そうでない依存名詞構成内の用言(存在詞)

も同じである。一方で、副詞格助詞との共起において は依存名詞構成においては共起が不可であり、その点 は異にしていた。

 存在詞 있다 / 없다 が主格助詞と共に用いられる と、主語と述語からなる主格構文になりうるように、

上記の〈依存名詞構成〉も主格助詞と共に用いられた 場合、主語と述語の2分からなる主格構文になりえる。

とりわけ、{- ㄹ 수 있다 / 없다}形式では主格助詞が 挿入された状態での実際の用例は、助詞がØの場合 よりも、多いに上回って出現していた。

 시정곤・김건희(2009)では、{- ㄹ / ㄴ / 는+N(P)

+있다 / 없다}形式自体が主格構文になりえる旨を述 べ、意味的な側面においては主格助詞 - 이 /- 가 の有無による特別な変化はみられていないという。あ えて主格助詞 - 이 /- 가 が挿入されることで何か 意味的に変わるというのであるならば、「〜すること ができる」のように、強調された意味になるというこ とである。主格助詞の存在は、機能面においては主語、

(11)

述語に2分するという点において影響を及ぼしている と考えられるものの、意味においては主格助詞の存在 有無は特別な影響を及ぼしていないといえるのであ る。

 上記の点から、依存名詞構成内における存在詞は、

単独で用いた場合とで格助詞との共起様相が異なるこ とがわかる。では依存名詞構成内における用言(存在 詞)を省略した場合は、文法的意味をくずさずに分離 が可能であるのかを考察する:

 【可能/不可能】

(19)묻는 것이 가장 손쉬운 방법일 수가 .→있다?

/ 없다?

(たずねることが最もたやすい方法であり→

うる?/えない?)

 【体験】

(20)일본 규슈 지방의 아소산 칼데라(Caldera)를 본 적이 .→있다? / 없다?

(日本の九州地方の阿蘇山のカルデラを見た ことが→ある?/ない?)

 【理由・理知】

(21)누구보다 정의감이 강한 친군데 그런 무모한 짓을 할 리가 .→있다? / 없다?

(誰よりも正義感が強い友人だが、そのよう な無謀なことをすることが→ある?/ない?)

 上記のように 있다 / 없다 を省略すると、「묻는 것이 가장 손쉬운 방법일 수가…」「일본 규슈 지방의 아소산 칼데라(Caldera)를 본 적이…」「누구보다 정 의감이 강한 친군데 그런 무모한 짓을 할 리가…」の ように1文における正しい意味を伝えることは難しく なり、文が完成していないものと思われる。しかしな がら韓国語母語話者がこの例文をみると、 있다 / 없 다 が次に後続するであろうという内省が自動的に働 き、後続する語は 있다 / 없다 であろうと推測でき る。次の例は存在詞 있다 / 없다 がなくとも用いら れる例である:

 (22)그럴 수가 ....

그렇다면 유독 자신한테만 악당처럼 보이려고 하는 이유가 뭔가 말이다 .

(そんな…だとしたらたとえ自分にだけ悪ふ ざけのようにみえようとも理由が何かだ。)

      <BREO0084>

(23)니가 뭘 잘못 알았지 , 얘 잘못 알았어 어떻게 그럴리가 .          <CJ000230>

(お前の勘違いだよ、勘違い、どうしてそん なことが(ありえようか))

  그럴 수가 .... は{形容詞그렇다+ - ㄹ 수가 있 다 / 없다}の構成からなっている。コーパスで検索 したところ、171例中3例が上記のように存在詞 있 다 / 없다 がない形態で現れていた。一方、 그럴 리 가 .... は11例中1例のみが存在詞 있다 / 없다 が ない形態で現れていた。存在詞がなくとも用いること ができ、両者ともに、話し手の想定外の場合に遺憾の 念を表わす表現である。 있다 / 없다 がなくとも用 いられるものの、 있다 / 없다 と共に用いるのが主 流のようである。

 また、コーパスの調査によると 수 が〈場合〉の 意味で用いられる場合、用言は 있다 / 없다 ではな く、 많다(多い) とのみ共起することがあり、この 時の連体形語尾は現在連体形語尾の - 는 のみとだ け共起するという様相がみられた:

 【 수 が〈場合〉の意味で用いられる名詞の場合】

(24)우리는 살아가는 동안에 때와 장소를 가리지 않고 멋의 아름다움을 발견하는 수가 많습니 다 .

(私たちが生きていく間に時と場所を選ばず、

格好の美しさを発見する{場合/方法}が多 いです。)        <2BB9301>

(25)흔히 오늘날 우리 사회의 파국의 증후를 정치 경제적 위기에서 찾는 수가 많다 .

(今日、多々我々の社会の破国の症後を政治経

(12)

済的危機から見つける{場合/方法}が多い。)

       <2BA91B39>

(26)따라서 이들의 빠른 발걸음 속에 뒤늦게 뛰어 드는 일반투자자들로서는 다 오르는 데 내가 산 것만 떨어진다는 한탄을 하게 되는 수가 많 다 .

(よって彼らの早い足踏みの中で遅くに駆け 込む一般投資者たちとしては、皆上がるの に、私が買ったものだけが落ちていくと嘆く

{場合/方法}が多い。)   <2CA93D05>

 一方で、依存名詞構成と同形態でありつつも、比較 的、統辞的環境の制約がない次のような意味で用いら れる場合には以下のようになる:

 【 수 が〈方法〉の意味で用いられる名詞の場合】

(27)그 사람을 이기는 수(=방법)가 →있다? / 없다?

(その人に勝つ方法が→ある?/ない?)

          <안효경(2001)の例>

그사람은 이기는 수를 →있다? / 없다? (×)

그사람은 이기는 수를 →알고 있다  (○)

 【 적 が〈時〉の意味で用いられる場合】

(28)어렸을 적(=때)에 나만이 본 그 무엇들은 한순간 불현듯 떠올라 당혹스럽게 하거나 미 소짓게 하는 기억의 신비함을 가져오지 않았 던가 .       <2BB9301>

(幼いころに私だけが見たその何ものをも一 瞬に浮かび、驚かせたり、微笑みたくなるよ うな記憶の神秘感をもたらしたのではなかっ たか。)

 形態は依存名詞構成であるものの統辞的制約が比較 的ない場合には、後方に来るであろう用言は全く予想 しえない。〈依存名詞構成〉形式の全てにおいて共通 しているのは、主格助詞の存在である。構造格を担っ ている主格助詞 - 이 /- 가 の存在は、どれも存在詞 있

다 / 없다 が次にくるであろうことの内省を働かせる と思われる。これは、主格助詞が述語に対する主語の 特別な関係を表わしているためだと思われる。反対に 主格助詞 - 이 /- 가 以外の格助詞、例えば - 을/ - 를 が来ると 있다 / 없다 以外の用言がくること を想像させる。 있다 / 없다’ 以外がなくとも成立す る 그럴 수가 .... 、그럴 리가 .... などは、主格助詞 の格表示をした状態であれば、存在詞がなくとも意味 としては成立するため構成要素間の分離は可能である。

3.2. {- ㄹ / ㄴ / 는 것 같다}形式の    分離可能性

(29)나이가 그 친구와 같다.⇒【N이 N과 같다】

(年があの友人と同じだ。)

(30)나는 그 사람과 학교가 같다.

⇒【N이 N과 N이 같다】

(私はあの人と学校が同じだ。)

(31)그 친구하고는 나이가 같다.

⇒【N이 N이 같다】

(あの友人とは、年が同じだ。)

 単独で形容詞 같다 が用いられた場合の、格助 詞との共起様相である。形容詞 같다 は「他のも のと比較してそれとは異ならない意」をもち「同じ だ」と訳される。2つ以上の対象物と比較することか ら論項を2つまたは3つとることのできる述語であ り、副詞格助詞 와 / 과 と共起する特徴をもつ。一 方、{- ㄹ / ㄴ / 는 것 같다}形式内の 같다 がもつ 格助詞との共起様相は以下の通りである:

(32)자책감이 비틀어져서 여기저기 마구 터져나올 것(Ø, *이 , *과) 같다 .

(自責感がねじれて、あちこちはじけそうだ。)

<2BEXXX03>

 上記の例文からも分かるように - ㄹ / ㄴ / 는 것 같다 形式は、単独で形容詞 같다 が用いられた

(13)

時のように、主格助詞の - 이 /- 가 、副詞格助詞 の - 와/- 과 をとることができない。しかしなが ら、参考に補助詞においては、 - 도 - 만 との共 起をみせていた。この点において、形容詞の 같다 と、

- ㄹ / ㄴ / 는 것 같다 内に存する 같다 が果たし て同じものであるのかという疑問が生じるところであ る。李南淳(1988:142)では、 - 와 /- 과 の省略に おいて、比較の基準をもって現れた時、主格成分とし て文に実現することができることに注目し以下の例を 提示している:

 (33)a.영이가 꽃과 같다((아름답다는 점이)영이 가 꽃과 같다)

「ヨンイが花と同じだ((美しいという点が)

ヨンイが花と同じだ)」

    b.영이가 꽃 같다((영이가 아름답다))

「ヨンイが花のようだ(ヨンイが美しい)」

a A가 B(꽃과 영이)와 같다.

「AがB(花とヨンイ)と同じだ」

b A가 B(꽃) 같다.

「AがB(花)のようだ」

 (33)a.は比較の例であり、(33)bは比喩の例である。

これらを纏めた形式が(33)a 、(33)b である。(33)a においてはAが不定格で実現することができ、対象 となるBにおいては不定格で実現することができな い(2)。そして美しいという点で、(33)a ではAが基 準となるのが、(33)b では比較基準がBへとずれこ んでいる。換言すると、(33)a.「ヨンイの美しさは花 と同じぐらいだ」であるのに対して、(33)b.「ヨンイ が美しい」と言っているようなものである。これは、

副詞格助詞 - 와 /- 과 の存在・不存在が比較する 対 象 の 比 重 が 移 動 す る こ と を 表 わ し て い る。

- 와 /- 과 が存在すると2つの論考を比較すること に比重が置かれる一方で、 - 와 /- 과 が不存在の場 合には、 - 와 /- 과 の直前部に位置する名詞に比重 がおかれ、結果として「〜のようだ」という〈推測〉

のような文法的意味を担うこととなる。

  - ㄹ / ㄴ / 는 것 같다 形式内に依存名詞 것 と 같 다 の間に格助詞が実現しないのも、比較対象の比較 基準が 것 の方へと移動しているためであると考え られる。比較基準が 같다 の方へ、所謂、右側へと 移動すると密着する程度が強くなり、格助詞の介在が 弱化し、結局、格助詞の挿入がなくなるものと思わ れる。

 {- ㄹ / ㄴ / 는+N(P)+있다 / 없다}形式の依存名 詞N(P)と 있다 / 없다 の間に格助詞が現れるものの、

- ㄹ / ㄴ / 는 것 같다 形式の依存名詞 것 と 같다 の間に格助詞は現れない。後者のほうが密着する程度 がより強いためであると推測する。

 では密着する程度が強いであろうと推測した場合、

- ㄹ / ㄴ / 는 것 같다 形式から反対に形容詞 같다 を切りはなした場合の、文法的意味を崩さずに意味が 成り立つのか分離可能性をみてみる:

(34)자책감이 비틀어져서 여기저기 마구 터져나 올 것 같다 .

(自責感がねじれてあちこちあふれそうだ。)

       ↓       ↓

자책감이 비틀어져서 여기저기 마구 터져나올 것

(自責感がねじれてあちこちあふれること)

  같다 を省略すると、依存名詞 것 は語彙的な「こ と」の意味へと自動的に変わり、名詞句へと変化す る。これ自体は非文ではないが - ㄹ / ㄴ / 는 것 같 다 の「ようだ」という文法的意味が成立しない。ま た、依存名詞 것 に格助詞を付けたとしても、次に 位置するであろう用言に 같다 を想像することはで きず、「ようだ」という話し手の事態に対する心的描 写を表わすような意味を連想することができない。さ らには他の用言に置き換えをしたとしても、その時に は文法的意味ではなく、【名詞句+用言】といった関 係になるのみなのである。

 このことから、 - ㄹ / ㄴ / 는 것 같다 形式の本来 の意味を残しつつ、構成要素を分離することは不可

(14)

能である。よって、{- ㄹ / ㄴ / 는+N(P)+있다 / 없다}形式と比較すると、 그럴 수가 .... 、 그럴 리 가 .... のように存在詞 있다 / 없다 がなくとも本 来の意味を残しつつ分離することのできる特徴等を総 合的に判断すると、 - ㄹ / ㄴ / 는 것 같다 形式の方 が{- ㄹ / ㄴ / 는+N(P)+있다 / 없다}形式よりも密 着度が強いものと判断できる。

3.3. {- ㄹ / ㄴ / 는 줄 알다 / 모르다}形式    の分離可能性

(35)상민오빠두 웃을 줄(Ø , 을) 아는구나

(サンミン兄さんも笑えるのね) <CE000025>

(36)다른 사람들 역시 모두들 힘이 넘쳐 어쩔 줄

(Ø, 을) 모르는 것 같다 .

(他の人たちもやはり、力が過ぎてどうした ら良いのか分からないようだ) <3BE00005>

 {- ㄹ / ㄴ / 는 줄 알다 / 모르다}形式内の 알다 / 모르다 が目的格助詞を選定するのは、単独で動詞 알다’ ‘모르다 が用いられた際に目的格助詞を選定 するのと、とりわけ違いが見られない。次の例文は국 립국어원(2008)、고려대학교 민족문화연구원(2009)

の例であるが動詞 알다’ ‘모르다 の要する統辞的構 造である:

(37)그 아이는 하나를 가르치면 열을 알다.

⇒【N이N을 알다】

(その子は一つを教えると十を知る。)

(38)그 소녀를 천사로 아는 모양이다.

⇒【N이N을N으로 알다】

(あの少年を天使だと思ってるみたいだ。)

(39)그녀와 아는 사이다.     ⇒【N와 알다】

(彼女とお互いに知っている仲だ。)

(40)저는 그사람을 모릅니다.

⇒【N이N을 모르다】

(私はあの人を知りません。)

 {- ㄹ / ㄴ / 는 줄 알다}形式においては、動詞 알 다 が単独で用いられた場合の共起可能な副詞格助詞

‘- 와/- 과 と共起ならず、 - 으로 /- 로 と共起す るという特徴がみられており、‘- 으로 /- 로 との共 起を伴うと意味的にも「〜だろうと」という意味へと 変化する:

(41)자기 앞만 가리고 사는 줄로 알았더마는 .

(自分の将来だけみて生きてるんだと思って たけど。)           <2BEXXX05>

(42)남의 것을 뺏어서 내 재물만 삼으면 좋을 줄로 알던 사람이라 .

(他人のものを取って自分のものにしたらよい だろうと思っていた人なもんで。)<2BEXXX13>

(43)그는 내가 사장인 줄로 알고 절을 꾸벅했다 .

<2BEXXX05>

(彼は私が社長だとおもってぺこりとあいさ つした。)

(44)일 년에 몇 번 당신에 쓰는 돈은 얼마나 되며 , 그 외에는 쓰는 돈이 없는 줄로 아오 ?

(1年におまえに使うお金がいくらかかって、

それ以外に使うお金がないとでも思っている のか?)       <2BEXXX13>

 連体形語尾 - 을 /- ㄹ を選択すると〈能力〉の 意味「〜することができる(=〜する術を知っている)」

で現れ、連体形語尾 - ㄹ / ㄴ / 는 を選択すると〈推 測〉の「〜だろうと思う」という意味で現れ2つの 意味を持ち合わせている。副詞格助詞 - 으로 /- 로 との共起で現れる意味は、後方であるといえるであろ う。しかしながら、 - 으로 /- 로 と一緒に用いると 必ず「〜だろうと」という意味へと変化するのかとい う疑問が残る:

 【~することができる(=する術を知っている)】

(45)상민오빠두 웃을 줄(=방법) 아는구나 . <CE000025>

(サンミン兄さんも笑うことができるんだね。)

(15)

 【~だろうと思う】

(46)난 두 분이 장난하는 줄(=것)로 알았다구요 .

<4BE00014>

(私は2人が悪ふざけしているのだろうと思っ てたんですよ。)

 なぜなら、 - ㄹ / ㄴ / 는 줄 알다 と副詞格助詞 - 으로 / 로 との共起関係がしばしばコーパスに現 れてはいたものの、副詞格助詞がなくともに「〜だろ うと」という意味で用いることが可能であると考えら れるためである。上記の例に他の要素を加えた場合の 以下の例をみてみよう:

 (47)a. 그때 난 상민 오빠두 웃을 줄 알았다구요 .

(その時、私はサンミン兄さんも笑うと思っ てたんですよ。)

   b. 넌 상민 오빠가 웃을 줄 알았구나 .

(君もサンミン兄さんが笑うと思ってたんだ な。)

 上記の【〜することができる(=する術を知ってい る)】という〈能力(可能)〉の意味をもつ「상민오빠 두 웃을 줄(=방법) 아는구나 .」という例に「그때(そ の時:副詞)」、「난(私は:1人称+補助詞는)」、「알

았다구요(思ってたんですよ:動詞)」を挿入した例 が(47)a.であり、「넌(きみは:2人称)」「가(が:

主格助詞)」「알았구나(思ってたんだな:動詞)」を 挿入した例が(47)b.である。これらの例文(47)a. b.は 何ら副詞格助詞 - 으로 / 로 が挿入されずとも、十 分に「〜だろうと思う」という意味を表わしている。

つまり、「A가B 알다」のように - 을 /- ㄹ や - 으로 / 로 の助詞が省略されても「〜することができ る」、「〜だろうと思う」の2つの意味を持ち合わせう るということがいえる。

4.結 論

〈依存名詞構成〉の密着度は如何なるものか。

 以下の表は、本文で個別に考察した代置可能性、分 離可能性をとり纏めたものである。同じ形式であっ ても、意味がことなるものは別に項目を挙げて提示 している。とりわけ、 - ㄹ / ㄴ / 는 것 같다 形式 は、補助詞以外の共起関係がみられていない。一方で、

- ㄹ 리 있다 形式は、補助詞のみが共起不可となっ ており、相対している。また、{- ㄹ / ㄴ / 는+N(P)

있다 / 없다}形式では、統辞的環境に制約がみられる 場合と見られない場合、用言の分離可能性から異なり をみせていた。以下の表を提示する:

Ⅰ)密着度の考察基準別結果【代置可能性、分離可能性】

格助詞 補助詞 依存名詞 用 言

- ㄹ / ㄴ / 는 것 같다 共起不可 共起可 置き換え不可 置き換え不可

- ㄹ 리 있다 共起可 共起不可 置き換え可 置き換え不可

- ㄹ 리 없다 共起可 共起可 置き換え可 置き換え不可

- ㄹ 수 있다 / 없다〈可能〉 共起可 共起可 置き換え可 置き換え不可

- ㄹ / ㄴ / 는 수 있다 / 없다

 〈方法〉 共起可 共起可 置き換え可 置き換え可

- ㄴ적 있다 / 없다〈経験〉 共起可 共起可 置き換え可 置き換え不可

- ㄹ / ㄴ / 는 수 있다 / 없다

 〈時〉 共起可 共起可 置き換え可 置き換え可

- ㄹ 줄 알다 / 모르다〈能力〉 共起可 共起可 置き換え可 置き換え不可

- ㄹ / ㄴ / 는 줄 알다 / 모르다

 〈~だろうと思う〉 共起可 共起可 置き換え可 置き換え可

(16)

 下記の表Ⅱ)は、各々の〈依存名詞構成〉に主に共 起する助詞の一覧を表している。本文では、補助詞に ついて扱っていないが、参考に提示する。薄い部分は 主に共起する部分を表し、濃い部分は本稿で考察した ところ共起可能であると分析したものを表している。

同形式でも意味が多々異なることから、この表では形 態のみで判断し、助詞の様相を表わしている。

 共起しうる助詞の数も知ることができるであろうが、

とりわけ - ㄹ / ㄴ / 는 것 같다 形式と -ㄹ 리 있 다 形式においては相対する様相を見せていることが わかった。一方では補助詞のみを、そして他方では格 助詞のみと共起をするという特性は一体何を意味して いるのか。本稿では、 - ㄹ 리 있다 形式内に格助詞 が挿入可能であるのには、 - ㄹ 리 を1つの体言化 された塊とみなしたところへ、格助詞が挿入されるこ とで文中における機能が付与され、そのことは残る用

言 있다 に用言として独立した機能を与える。つまり、

このことは -ㄹ / ㄴ / 는 것 같다 形式と - ㄹ 리 있다 形式の密着度を区分するうえでの重大な基軸に なるものと考える。さらに、これに関連し、 - ㄹ 리 있다 形式は構成要素の具体的意味によって実現する ものの、 - ㄹ / ㄴ / 는 것 같다 形式はそうではない。

結果、 - ㄹ / ㄴ / 는 것 같다 が最も密着度が高いも のであると判断できると考える。

 その他の形式において、とりわけ{-ㄹ / ㄴ / 는+

N(P) 있다 / 없다}形式、{- ㄹ / ㄴ / 는 줄 알다 / 모르다} 形式は統辞的環境の制約の有無によって、同形式のも つ意味は多義にわたっていた。例えば、 - ㄹ/ㄴ/ 는 수 있다 / 없다 をとっても、依存名詞の意味を「方 法」ととるか、「可能、場合」などととるかによって、

依存名詞の自立的語への代置可能性はあるものの、統 辞的環境の制約においては異なりをみせていた:

Ⅱ)形態的に共起可能な格助詞の様相

Ø 이 / 가 을 / 를 으로 / 로 은 / 는 밖에 - ㄹ 수 없다

- ㄹ 수 있다 - ㄴ 적 없다 - ㄴ 적 있다 - ㄹ 리 없다 - ㄹ 리 있다 - ㄹ / ㄴ / 는 것 같다 - ㄹ / ㄴ / 는 줄 알다 - ㄹ / ㄴ / 는 줄 모르다

 表Ⅰ)とⅡ)を纏め、本稿では〈依存名詞構成〉の密着度の度合いを以下のように結果づけた。

Ⅲ)< 結果 > 密着度の度合い  {- ㄹ / ㄴ / 는 것 같다} >

{- ㄹ 리 있다} >

{- ㄹ 리 없다} 

{- ㄹ 수 있다 / 없다}(可能、場合等)

{- ㄴ 적 있다 / 없다}(経験)

{- ㄹ / ㄴ / 는 줄 알다 / 모르다}(能力)>

{- ㄹ / ㄴ / 는 수 있다 / 없다}(方法)

{- ㄹ / ㄴ / 는 적 있다 / 없다}(時)

{- ㄹ / ㄴ / 는 줄 알다 / 모르다}(推測)

参照

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