• 検索結果がありません。

D ・ ヒ ュ ー ム

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "D ・ ヒ ュ ー ム"

Copied!
27
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

D ・ヒューム

ーヒューム社会科学の基礎 の経験論的人間学の研究︵十四︶

︵三︶一

古賀 勝次郎

序文第一章 ヒュームのキリスト教神学批判

       ︵第四十一・二号︶第二章 ヒューム体系の哲学的基礎

 第一節 ヒュームの知覚論︵第四十三号︶

 第二節 ヒュームの因果論︵第四十四・五号V第三章ヒュームの方法論

 第一節 懐疑主義と自然主義︵第四十六号︶

 第二節 ヒュームの道徳哲学方法論  ︵iV 近代自然科学の方法論

  ︵・11︶ ヒュームの実験的・経験的方法論

       ︵以上第四十七号︶

  ︵⁝m︶ ヒュームの歴史的方法論︵第四十八号︶

  ︵.W︶ ﹁存在﹂と﹁当為﹂の問題

第四章 情念について 第一節同一性の関係 第二節 ﹁知覚の束﹂としての心 第三節 情念の分類 第四節 間接的情念と直接的情念 第五節 必然と自由について  ︵i︶ 自由意志論争  ︵㎜11︶ 両立説︵ooヨB二ぴ島ωヨ︶  ︵⁝皿︶ 必然と自由と人間の責任 第六節 情念と理性第五章 ヒューム社会科学の基礎 第﹁節 第二節  ︵i︶  ︵i︶

  ︵⁝m> ︵第四十九号︶

︵以上第五十号︶

ヒュームの先駆者達︵以上第五十一号︶

ヒュームの道徳論

合理主義道徳論批判

利己主義と利他主義︵以上第五十二号︶ヒュームの道徳感覚論

早稲田社会科学研究 第54号  97(H.9).3

3

(2)

(1)

﹁自然﹂概念の転換㈲ 古代・中世の自然概念

㈲ 近代の自然概念

 eり 合理主義の自然概念︵以上第五十三号︶

 @ 理神論とケンブリッジ・プラトン主義 ㈲ 経験主義の自然概念

 ㈲ ロック︑バ!クリの自然概念︵以上   本号︑以下続く︶ 第六章第七章第八章

第九章    ㈲ 道徳感覚学派の自然概念   ω ヒュームの自然概念②ヒュームの道徳感覚論㈹ スミスの道徳感情論共感︵ω鴫日ロ讐げ︽︶についてヒュームの正義論統治論近代の経済社会

4

   ω 近代の自然概念

 上述したように︑近代合理主義の自然観は機械論的自然観であった︒それは人間の理性を本質存在とする近代合

理主義の根本的考えから当然導かれた結論であって︑自然は必然主義的因果関係によって結合された機械だった︒

しかし機械の背後に人間が存在する如く︑近代合理主義の背後にもーホッブズを除いて1神が存在していた︒

だがその神と自然との関係は︑思想家によって違いはあるけれども︑ア・プリオリに想定されていた︒その関係は

ある意味では︑つまり必然主義的関係という意味では︑自然の内部の関係と同じであった︒近代合理主義における

後者の関係に対するヒュームの批判については︑既に因果論を扱ったところで論じている︒しかし︑前者の神と自

然の関係は︑以下で取り挙げる理神論者やケンブリッジ・プラトン主義者のそれとも︑また︑ロック︑バークリな

どの経験主義者やシャフツベリー︑バトラーなどの道徳感覚論者などのそれとも違っていた︒

 即ち︑理神論者以下の思想家達においては︑程度の差はかなりあるが︑神と自然の関係はア・ポステリオリな関

(3)

D・ヒュームの経験論的人間学の研究(十四)

係になっていて︑それ故︑その神の存在証明では設計論的証明がハッキリ出てくる︒そしてヒュームは︑既に論じ

たように︑この神の存在の設計論的証明の背景にある思想様式︑つまり神を作為の主体とする二分法的思考様式︑

そしてその不可避的帰結としての必然主義的1この場合は形而上学的意味での必然主義的−因果論が社会理論

を歪めているとして神の存在の設計論的証明を批判したのだった︒しかし一方でヒュームは︑上述したように︑近

代合理主義の必然主義的1この場合は自然科学的意味での一因果論を批判した︒当然ながらこの近代合理主義

の必然主義的因果論は︑何れにせよハイエクのいうように︑﹁設計主義︵8器け毎︒江≦のヨとに向わざるを得ない

が︑ヒュームはそこに見られる思考様式︑つまり人間の理性を作為の主体とする二分法的思考様式を批判したので

ある︒要するにヒュームは︑一方で︑近代合理主義の自然科学的必然主義︑そこに見られる人間理性を作為の主体

とする二分法的思考様式を批判し︑他方では︑経験主義の1中世から受け継いだi神と自然の関係︑そこに見

られる形而上学的必然主義と神を作為の主体とする二分法的思考様式を批判したのだった︒

 ところでヒュームは︑前者の近代合理主義はこれを全面的に斥けたが︑後者の経験主義の方は︑その形而上学的

必然主義︑二分法的思考様式が︑人間学︑殊に情念論を含む社会科学を歪めるとして批判したけれども︑ロック︑

バークリなどによって展開された経験主義の基本的考えはこれを継承したのである︒しかし︑その形而上学的必然

主義︑二分法的思考様式を受け容れなかったことで︑ヒュームの人間学は︑ロックやバークリなどのそれとは違っ

て︑一貫した斉合的な人間学となり得たのであった︒

 だが結論を急ぐ前に︑理神論者以下の思想家達が捉えていた自然の概念︑また神と自然との関係についていま少

し詳しく見ておかねばならない︒

5

(4)

     @ 理神論とケンブリッジ・プラトン主義

 理神論︵α虫ωヨ︶は︑語源的にはラテン語の神︵山Φ二ω︶から来ているので︑ギリシア語の神︵窪Φ○ω︶に由来す       ︵1︶る有神論︵岳蝕ωヨ︶と同じ意味を有していた︒しかし︑9虫ωヨがその意味をその後も持ち続けたのに対し︑

αoδBの意味は著しく変った︒理神論者という語を最初に使ったのはカルヴァンの弟子ピエール・ヴィレといわれ

るが︑一五六四年の著作﹃キリスト聖教講﹄︵ミ絵ミら職§G隷惹§§鳴︶の中で︑万物の創造者である神は信じる

が︑イエス・キリストとキリスト教義を否定する者を︑ヴィレは理神論者と呼んでいる︒またR・パートンは︑一

六二一年の著作﹃憂欝の解剖﹄︵﹄ミミ§︑旦ミ町ミミ壽︒膏︶の中で︑理神論者と無神論者とを同一視している︒こ

のように︑理神論という言葉は︑既に十六世紀から十七世紀にかけて︑その本来の意味をスッカリ失い︑宗教的異

端派の代名詞となっていたのである︒

 もっとも理神論者といっても︑色々の考えの者があって︑例えばサミュエル・クラークは︑理神論者を四つに分

けている︒即ち︑e︑摂理︵嘆︒<監①昌︒Φ︶を否定する者︑口︑自然宗教では摂理を認めるが道徳においては認め

ない者︑日︑来世は否定するけれども神の道徳的役割は認める者︑四︑来世も自然宗教の他の教義も認める者︑で

ある︒しかし理神論者が︑人間の理性に多大な信頼を置き︑人間の理性を基準に宗教を捉えようとした点では共通

している︒この点で理神論は︑自然宗教︵づ義歯巴﹃9ひQ圃op︶︑自然神学︵昌都遷巴昏Φo一〇ひq︽︶と重なっているので

ある︒理神論者にとっても自然的︵う鉾当身は合理的︵建ぼ︒づ巴という意味であった︒

 そしてそこから理神論は︑積極的側面と否定的側面を持つことになる︒一般的に言えば︑理神論は︑上に述べた

近代合理主義と同様︑世界を一つの機械として捉え︑神を機械工と理解する︒また︑理神論は合理的倫理あるいは

6

(5)

D・ヒュームの経験論的人間学の研究(十四)

道徳的神学︵轟口︒⇒巴Φ甘ぼ︒ω自蓬蓬餌一筈Φoざひq団︶を強調し︑宗教は合理的であるべきで︑人間の行為に対しルー

ルを提供しなければならないと説いた︒理神論には以上のような積極的側面がある一方で︑否定的側面があって︑

時代の経過と共に後者の否定的側面の方が︑より強く出てきた︒即ち︑理神論は︑奇蹟︑啓示︑神霊といった宗教

の神秘的側面を否定し︑また︑聖書の歴史的真実性を批判したのである︒しかし︑上述したように︑理神論者によ

って様々な考えがあるので︑思想家別にいま少し詳しく見てみよう︒       ︵2︶ 理神論の最初に置かれるのは常に︑﹁理神論の父﹂といわれるチャーベリーのハーバート卿である︒ハーバート

は︑﹃真理について﹄︵b鳴竹篭ミ蛍一斗蔭︶や﹃世俗人の宗教について﹄︵b鳴葡災喧§鴨O§職ミミしOOω︶などを著

わし︑その後の理神論の展開に大きな影響を与えた︒

 ハーバートは︑デカルトやスピノザなどと同じく︑人間の理性を強調し︑宗教は合理的でなくてはならないとし

た︒ハーバートによれば︑真理には理性の真理と生得的真理の二つある︒自然宗教は︑生得的真理に基づいている

けれども︑理性の真理によって説明される︒そしてハーバートは︑宗教は以下のような五つの生得的な原則からな

っているという︒①至高の力︑即ち神︑が存在する︒②至高の力は信仰されなくてはならない︒③徳と敬慶

が信仰の主要部分である︒④罪と悪は幕張によって窺われる︒⑤来世においても酬いと罰がある︒これらの原

則は︑生得的なものだから︑普遍的で絶対確実なものである︒しかしハーバートは神の存在証明については殆ど関

心を示さなかった︒神の存在を生得的真理︑ア・プリオリな真理と考えたからである︒

 ハーバートの後︑理神論の普及に与って力あったのが︑チャールズ・プラントとジョン・トーランド︑アンソニ

ー・コリンズ︑マッシュー・ティンダールなどであった︒プラントはハーバートの合理主義的方向を更に進める一

7

(6)

方︑経験主義的傾向を強めていった︒そしてこの経験主義的傾向を一層推し進めたのがトーランドだった︒その経

験主義的認識論はJ・ロックのそれに極めて近かった︒トーランドは﹃キリスト教は神秘的ならず﹄︵Qミ恥§ミ電

≧ミさ恥尉適︒蚤団$9の中で次のように述べている︒﹁観念がわれわれのすべての推論の唯一の成分であり基礎で

ある︒知識はつまるところ︑わんわれの観念間の一致・不一致の知覚以外のなにものでもない﹂︑と︒しかし知識

にも論証可能な知識と蓋然的知識とがあり︑これらの知識が︑トーランドにとって︑理性の即ち真偽を判断する基

準である︒そしてトーランドはこの基準を宗教に通用したのだった︒自然宗教は理性宗教であり︑理性宗教は論証

的知識か蓋然的知識のどちらかに基づいていなければならない︒しかるにトーランドは︑奇蹟︑啓示︑﹃聖書﹄の

中の多くの記述はこの基準を満たしていないとして拒否した︒アンソニー・コリンズも大体トーランドの考えを踏

襲している︒

 コリンズも奇蹟や啓示については︑トーランドと略々同様の考えを持っていた︒また︑﹃自由思想論﹄︵b塗

Sミδ鴨勲︑ミミミ§ミ鑓レ謡︒︒︶の中でコリンズは︑特に宗教における寛容と思想の自由を擁護し︑迷信や神秘性を

払い清めるのは精神的自由のみである︑と論じた︒自然や人間についての知識を発見したり普及したりすることが

できるのは︑自由があって初めて可能となるという︒しかしコリンズは︑奇蹟や迷信に対する不信が不道徳に導く

とは考えなかった︒ティンダールは︑﹁理神論者の聖書﹂といわれた﹃天地創造と共に古いキリスト教﹄︵G字義や

、焼?§駐Oミ蕊ミ僑O越匙職§︑OきミQOo魯象匙肉§ミミ勘ミ賊§魚ミ鴨肉職喧§ミ冬ミ仁多︒︒O︶の中で︑その

タイトルがまさしく示しているように︑天地創造と共に自然宗教が存在し︑そしてそれがキリスト教であったと論

じた︒その初期の状態においては堕落から免れ︑全く合理的で自然的であった︒神は︑道徳規範の贈与者として︑

8

(7)

D・ヒュームの経験論的人間学の研究(十四)

自然の永久の完全な普遍的な法を認識させる目的で︑人聞に理性を与えた︒この自然の法は︑神と人間との関係そ

して道徳に関するものであるから︑このような法に従うことが自然宗教を構成している︒そして︑すべての宗教の

目的︑その本質的特徴は道徳にあるのだ︑とティンダールは説いたのであった︒

 以上︑簡単に理神論者達の議論を見てきたが︑最後に一言付け加えておこう︒それは︑ハールバト三世もいって

いるように︑彼等は神の存在証明についてはそれ程関心を示さなかったけれども︑基本的には設計論的証明を採用

していたということ︑その限りでは︑彼等は有神論者だった︑ということである︒

 ケンブリッジ・プラトン主義は︑プラトン哲学やネオ・プラトン主義に共鳴し︑狂信的なカルヴァン主義に反対

して宗教における理性の役割を強調し︑ホッブズやスピノザの唯物主義を批判し︑新しい科学としてのデカルト主

義に一定の理解を示した人々によって説かれたものである︒B・ウィチカット︑J・スミス︑S・バトリック︑∫

N・カルヴァウェル︑R・カッドワース︑H・モア︑A・コンウェルなどが有名で︑彼等の多くはケンブリッジ大

学の神学者︑哲学者だったが︑J・ノリスやJ・グランヴィルのようにオックスフォード大学で活躍した者も若干

いる︒ ケンブリッジ・プラトン主義者には︑ケンブリッジ大学のカルヴァン主義の知的中心地だったエマニュエル・カ

レッジに学んだ者が多い︒しかし彼等は︑カルヴァン主義のドグマ主義︑非合理主義に対し強い嫌悪を示した︒狂

信的な宗教は真の宗教や道徳に反する︒﹁人間の精神が︑冷静︑沈着︑穏やかさを欠いているところでは︑宗教の

真の適しい効果などは無い﹂とウィチカットは述べている︒カルヴァン主義においては︑人間の信仰や行為などす

べてが神の意志によって決定されている︒しかしそのような神は恣意的な神で本当の神とはいえない︒神は本質的

9

(8)

に理性的なものである︒﹁理性に反抗することは神に反抗することである︒人間の理性の要求することを行うのと︑

出自ら命ずることを行うのとは︑全く同じことである︒理性は人間生活の神聖な支配者であり︑神の紛れもない言

葉である﹂とウィチカットは言う︒またJ・スミスも︑理性に従うことが神に従うことだと説いた︒要するに︑宗

教においても理性に従うべきだというのである︒

 ケンブリッジ・プラトン主義者の中で︑後世に最も大きな影響を与えたのはカッドワースであった︒生前には︑

﹃宇宙の真の知的体系﹄︵ぎQ§ミ§嚇§N岩見鷺§ミミQ§帖竃お魯お﹃︒︒︶しか出版していないが︑死後︑﹃永遠不

変の道徳論﹄︵寒ミ§G§らミミ並肉鷺§ミ§織﹂ご§ミミ寒ミ︒§N登発券︶︑﹃自由意志論﹄︵ぎ亀職︒・鳴ミ隷僑

ミミH︒︒ω︒︒︶などが出ている︒カッドワースの哲学は︑︽b亘︒ωo℃臣四bΦおづ巳ω︾であって︑自然哲学と形而上学が

全体において統一されたものであった︒この意味で︑それは︑古代ギリシアのピュタゴラスの哲学に近い︒しかし

カッドワースによればその後︑哲学は後退を余儀なくされた︒即ち︑自然哲学と形而上学の分離が始まったのであ

る︒レウキッボスやデモクリトスは専ら自然哲学を対象としたが︑他方プラトンは形而上学の方向に進んでいった

ため︑形而上学と自然哲学が不幸にして分離することになった︒カッドワースはこの分離された両者をいま一度統

合しようと企てたのであった︒

 カッドワースの哲学は三層からなっている︒即ち︑神︑形成的自然︑世界がそれで︑形成的自然︵包pω匡︒ ︵3︶昌讐霞①︶にカッドワースの独自性があるといえばある︒形成的自然は神の精神的代理人であって︑神が物理的宇宙

を統治するための道具である︒その意味で︑形成的自然はプラトン的な︒巳旨p8毒9に近い︑というよりそれに

由来するといった方がよいだろう︒またカッドワースにとっては︑神の見えざる手を明そうとして提起したもので

10

(9)

D・ヒュームの経験論的人間学の研究(十四)

あった︒しかしカッドワースの自然哲学は機械論を受け容れており︑その意味では近代的であった︒物質は冒①ほ

なもので︑その特性は︑運動︑静止︑分割可能性にある︒しかし物体は自動力を有せず常に他の何物かによって動

かされる︒上のような物質の特性は物質そのものの観念から演繹される︒従って︑スコラ哲学のような実体的形相

といったものを持ち出さずとも理解できる︒しかしこのことは非物理的実体の存在を排除するものではない︒カッ

ドワースやスミスなどが︑古代ギリシアの原子論を批判したのは︑それが無神論を導くことを恐れたためであっ

た︒スミスは︑物質の中に運動が内在するとしたエピクロス主義を徹底的に批判した︒

 次にカッドワースとデカルトとの関係だが︑カッドワースのデカルト主義評価はいま一つハッキリしない︒もっ

ともカッドワースは︑多くの基本的な点でデカルト主義を受け容れている︒数学を科学の範型と考え︑確実性の基

準として観念の明晰・判明の原理を採り︑また感官・知覚︵ω①づωΦ・O艘08口︒巳は絶対的知識を導き得ないなど

と論じている点で︑カッドワースは明らかにデカルト主義を継承している︒しかしカッドワ:スは専ら自然哲学か

らなるデカルト哲学に満足しなかった︒勿論デカルトにも形而上学があり︑神が運動の第一原因であった︒しかし

デカルトは主意主義︵<o冒コ富ユωヨ︶に立っていた︒カッドワースは先ずそこを批判する︒カッドワースによれ

ば︑神の主意主義的概念は神が恣意的に行動することを意味する︒その結果として︑真理の基準︑更には道徳の基

準が無くなる恐れがある︒というのは︑真・偽︑善・悪︑正・邪が万能の神の恣意に依存することになるからだ︒

それは︑懐疑主義への道を開くことになる︒善性や知恵という自然が神の意志に先行して存在しているのである︒

またカッドワースは︑デカルトが神の存在に関する設計課的証明を認めなかったことを批判している︒カッドワー

スは︑神と自然的世界との関係を設計者と建物とのアナロジーで考えていたのである︒

11

(10)

      ︵4︶ モアはイギリスにおいてデカルト主義を普及させた最初期の一人であった︒現在でもモアはデカルトの著書の翻

訳者︑デカルトと書簡を交わした哲学者として知られる︒これらはモアがいかに強くデカルト主義の影響下にあっ

たかを示しており︑確かにモアは公理的方法をはじめデカルトの自然科学の多くを受け容れている︒しかしモアは

デカルトの厳格な二元論には憐らなかった︒デカルトにおいては物質と霊魂とが結合不可能なまでに対立してい

る︒しかしモアの関心は︑霊の存在︵9Φ①×一ω8昌ooo臨ω〇三け︶︑魂の不死性︵一打目︒ほ益田団︒︷︒︒o巳︶にもあった︒

いやそちらの方が強かった︒モアがデカルトによって厳格に分かたれた物質と霊魂とを再び結合しようと企てたの

も自然の勢いだった︒

 言うまでもなくデカルトは︑精神と物質を実体として︑前者の属性を思惟︑後者の属性を延長とした︒しかしモ

アにとって︑デカルトの精神は余りに抽象的な概念だったので︑物質への浸透は考えられなかった︒だがモアは︑

物質に浸透し物質を動かすようなもの︑即ち霊︵ω葺葺︶が存在すると考えた︒モアにあっては霊が一種の実体に

なっている︒従って延長も︑物質的延長︵b日鋤彫Φ﹃凶手一 Φ×けΦコけ凶Oコ︶と非物質的延長︵巨細讐①ユ2ρ一Φ×8口鉱8︶とがあ

る︒前者の特性は︑分割可能性︑不可透性であり︑後者のそれは︑分割不可能性︑可透性である︒即ちモアによれ

ば︑霊は分割不可能性と可透性という特性を有した活動︵荒男8︶なのである︒そのことをモアは﹁自然の霊﹂

︵ω里謡ohロ応診①︶と呼んでいるが︑カッドワースの形成的自然と非常に近い概念である︒当然︑動物にも自然の

霊は働くのであるから︑モアはデカルトの動物機械論を否定した︒

 モアの思想の中でユニークなのは空間︵ω冨︒Φ︶の考えであろう︒モアは空間を物質とは違った延長︑しかも無

限で非物質的な延長と考えた︒その意味で︑空間は霊や神と似ていた︒モアは︑神を無限に拡大された空間と理解

12

(11)

D・ヒュームの経験論的人間学の研究(十四)

した︒それを逆にいえば︑そこでは空間は神聖化されている︒モアは空間を神聖な延長のぼんやりした影︵鋤コ

︒σωo霞①ωげ四αo甫ohU圃≦昌ΦΦ×けΦ昌甑︒づ︶と見倣していた︒かようなモアの空間の概念が︑後にニュートンの絶対的

空間の概念に影響を与えたともいわれる︒

 モアはデカルト主義を受け容れながらも︑それに橡らず霊といったものを持ち出し︑それを克服しようとした︒

﹁世界の現象は︑単に機械論的に解明できるものではない︒物質とは異なった実体︑即ち霊あるいは非物質的存在       ︵5︶の支援が必要である﹂そしてそこには︑ハールバト三世がいうように︑設計論的神学︵O①ω貫づ9Φoδぴq︽︶が見ら

れる︒モアは次のようにもいう︒﹁全体の創造︑またそのすべての部分は︑恰も最も精巧な理性あるいは知識が工       ︵6V夫して作ったかの如く秩序づけられているので︑このすべてが神の作品であると結論づけることは自然である﹂︑

と︒ ノリスはモアの礼讃者だったといわれ︑その哲学は極めてプラトン的であった︒ノリスは世界を二つに︑即ち理

想︵念V的世界と自然的世界とに分けた︒そして︑理想的世界こそが真理の世界であって︑必然的︑永久的︑不変

的に存在する実在とされる︒これに対し自然的世界は︑理想的世界を範型として作られたもので︑偶然的であり変

化する世界である︒理想的世界は神の全形態であり︑自然的世界は神の不完全な反映である︒われわれに確実に知

られ得るのは理想的世界だけで︑自然的世界は確実には知られ得ない︒自然に関するあらゆる真理︑実在︑秩序︑

美は︑理想的世界との一致によって成っており︑理想的世界との一致に従って考量されるべきだ︑とされる︒       ︵7︶ コンウェイはモアの弟子で︑モアのデカルト主義を通して哲学に入った︒彼女にもデカルトの著書と同じタイト

ルの著書︑即ち﹃哲学の原理﹄︵㍗§ら膏討き§魯ミ量一$O︶がある︒しかしコンウェイはデカルト主義を批判

13

(12)

し︑それを克服しようとした︒特にコンウェイは︑精神と物質とを厳格に分けるデカルト主義の二元論を批判し

た︒何故︑人間は身体の病に冒された時︑精神の苦しみに悩むのか︒もし精神と身体とが全く切り離されているな

らば︑精神の苦しみに悩むことなどないのではないか︑と︒彼女はその﹃哲学の原理﹄の中で︑この間に答えて︑

一元論的存在論を展開した︒精神と物質とが全く相容れぬというデカルト的二元論は幻想である︒精神と物質は神

性︵一︶蝕蔓︶から流出した一つの実体である︒われわれが物理的対象と呼んでいるものは︑この一つの実体の凝結

した微粒子から構成されている︒そしてコンウェイによれば︑この実体が神の完全さから遠ざかれば遠ざかるほ

ど︑それはより物質的となる︒しかしにも拘らず︑各微粒子はその最初持っていた精神的純粋性を再度取り戻すこ

とができる︒全体的にいえば︑コンウェイの哲学はモアよりもっと生気論的であった︒

 またコンウェイの哲学が︑ライプニッツの哲学ーモナド論や弁神論  の形成に影響を与えたことも注意して

よかろう︒これはライプニッツ自身次のように言っている︒﹁私の哲学は︑故コンウェイ伯爵夫人の哲学にかなり

近く︑プラトンとデモクリトスの中間の立場に立っている︒私は一方で︑すべてのものは︑デモクリトスやデカル

トがヘンリー・モアや彼の後継者達に反対して主張したように︑機械的に起ると考えるが︑にも拘らず他方では︑

すべてのものは生ける原理︑目的因に従って起る一つまり︑すべてのものは︑原子論者の見解とは反対に︑生命      ︵8︶と意識に満ちている  と考えているからである︒﹂

     ㈲ 経験主義の自然概念

 以上述べた理神論とケンブリッジ・プラトン主義は︑西洋近代思想上では︑デカルトに由来する合理主義とロッ

クに始まる経験主義の中間に位置するものといえる︒﹁理性﹂を最も信頼できる能力と認めた点では合理主義的で

14

(13)

D・ヒュームの経験論的人間学の研究(十四)

あったが︑しかし︑理神論にしろケンブリッジ・プラトン主義にしろ︑デカルト哲学をそのまま受け容れた訳では

必ずしもなかった︒特に︑ケンブリッジ・プラトン主義派の多くは︑デカルト的二元論を明確に拒否した︒もしイ

ギリスに︑ロックやバークリなどが現れなかったとすれば︑理神論やケンブリッジ・プラトン・字義の後に展開され

たのは︑フィヒテ以後のドイツ観念論に似たものとなっていたかもしれない︒ロックは︑理性の能力を重視しなが

らも︑﹁理性を越えるもの﹂も認めた点でトーランドとは達っていたし︑また︑ハーバートやモアなどが﹁生得観

念﹂︵一昌口90けΦ 凶αΦ帥︶を認めたのに対し︑ロックは﹃人間知性論﹄の冒頭でそれを否定したのである︒ここにイギリ

ス経験主義がその誕生を告げたのだが︑ロックからヒュームへの道は決して平坦なものではなかった︒その間に

は︑バークリやシャフツベリからハチソンに至る道徳感覚派の思想家達︑そしてマンドゥヴィルなどがいて︑経験

主義も複雑な展開をする︒しかしヒュームの思想体系を正確に理解するには︑そのような経験主義の展開を見てお

かねばならない︒

       ㈲ ロック︑バークリの自然概念

 ロック思想の背景には︑﹁神学﹂が色濃く横たわっていた︒J・ダンなどは︑ロックの思想を﹁神中心的﹂       ︵9︶︵窪ΦooΦコ鼠︒︶とまで言って︑それが神学的色彩の殆ど見られないヒュームとの決定的違いだと論じている︒しか

しロックは︑自らの神学︑その創造説︑また神の存在証明についてまとまった形では必ずしも論じてはいない︒そ

れらは︑その恕しい著作や論稿や書簡の中に散見されるに過ぎない︒にも拘らず神学が︑ロックの思想の骨格を形

作っていることは疑いを容れない︒A・W・スパークスがいうように︑ロックの思想は︑神学を前提に形成されて

いるのである︒

15

(14)

 ロックの創造説︵蝉畠09﹁冒Φoh臼$口︒ロ︶は︑例えば﹃人間知性論﹄の中の次のような文章の中に見られる︒       しるし﹁並外れた知恵と力能の目に見えて明らかな標印は創造︵9$ぼ8︶の全作品︵巴=三局︒蒔ω︶にわたってきわめ

て平明に現われているので︑理知的被造物がこれらの作品をまじめに省察しようとさえすれば︑神性者︵p       ︵10︶b無電︶なるものを発見しそこなうはずはない︒﹂ここでは︑万物は神によって創造された作品であり︑人間はその

理知的被造物とされている︒

 また︑ロックは﹃統治二重﹄︵8ミ︒製織駐禽黛Oo竃§§§ひH①︒︒㊤︶の前篇で次のように述べている︒﹁一つの

器官を取ってその構造を見るだけで︑十分︑全知の設計者︵餌づ︾〒書ωΦOo暮﹁守Φ同︶の存在を確信させられる︒

この設計者が人間を自己の作品︵≦o美ヨ餌づω匡O︶であると主張し得ることは明らかで︑神の普通の名称が︑聖書       ︵11︶で︑﹃我等を作れる神﹄︵Oミ︒ミ§譜検︶︑﹃我等を作れる主﹄︵ミ臓卜︒ミ◎ミミ暮ミ︶となっている程である︒﹂

ここでは︑神はOo算﹁貯2︵設計者︑事案者︶であり︑三聖9︵我等を作れる者︑造物主︶で︑人間はその作品と

されている︒では神と人間の関係はどのようなものであろうか︒ロックは﹃統治二論﹄の後篇で例えば次のように

述べている︒﹁人間は皆︑唯一全能でかぎりない知恵を備えた造物主︵ζ9︒犀Φこの作品︵匪Φ乏︒蒔8碧ω銘O︶であ

る︒すなわち人間は︑唯︷なる最高の主の命によってその業にたずさわるために地上へ送られた召使い︵QD①学      ︵12︶<鋤葺ω︶であり︑主の所有物であり︑主の作品であ﹂る︑と︒ここでは人間は︑神の召使いであり所有物とされて

いる︒ 周知のように︑ロックは﹃統治争論﹄の前篇で︑R・フィルマーの王権神授説を論駁した︒フィルマーの王権神

授説は次のように正当化されていた︒神はアダムに世界および世界を支配する権力を与えた︒それは丁度︑父親が

16

(15)

D・ヒュームの経験論的人間学の研究(十四)

生命と生存を与えているので子供に対して権力を持っているのと似ている︑と︒ところでロックが批判して止まな

いのは︑父親が子供に対し権力を持っているというところというより︑寧ろ︑父親が子供に生命と生存を与えてい

るというところにある︒ロックは以下のような議論をする︒人間︑従って父親がたとえ子供を作る能力を具えてい

ても︑子供を作ることは﹁予め設計せずに︵雪煙︒耳αΦ巴σq三コひq︶﹂できる程簡単なことではない︒子供を作ること

を設計︵αΦω凶ひqコ︶したり欲しがったりする人間は︑子供に生命を与える機会になっているに過ぎぬ︒いまだ生存し

ていないものに生命を与えるのは︑﹁一つの生き物を作り︑身体の各部分をこしらえて︑各々の機能に適合させ︑

調和を計り︑組合せた後︑これに生きた魂を吹き込むことである﹂︒そしてこの﹁生命の息を吹き込むことが出来       ︵13︶るのは神だけである﹂︒要するにロックは︑子供に生命を与えるのは父親ではなく︑神だというのである︒

 このようにロックにあっては︑︼≦9︒評臼︑Oo葺﹁乱筆としての神と︑白︒蒔B讐ω三℃︑Qo臼く9︒再としての人間の間

には︑非常に緊密なしかし極めて厳しい関係が存在していた︒つまりロックの神学は︑中世の神学に近かったので

ある︒ロックは一般に︑近代哲学の祖︑近代政治思想の父と呼ばれてはいるけれども︑その神学はトマス・アクィ

ナスに近いところさえあったのである︒スパークスは次のように言っている︒﹁ある物を現にそう存在しているよ

うに作ることは︑その物にその本質︵ミミ越11自然︒筆者︶を与えることであるし︑また現にそのように存在して

いるということは︑それで何をなさねばならないかということと密接に関係している︒﹂ロックのこのような﹁作      ︵14︶る﹂あるいは﹁存在﹂についての考えは︑T・アクィナスの形而上学に似ている︑と︒

 また︑上の引用文から容易に想像できることであるが︑ロックが神の存在について支持していた証明は設計士的

証明であったということであるが︑だがこれについては︑既に本研究の第一章で論じており︑また以下で触れるこ

17

(16)

とになるのでここには述べない︒ただ︑神の存在証明についてロックは︑設計論的証明の他に宇宙論的証明︵Oo甲

ヨ︒δαq甘巴費直壁︒暮︶も支持していたので︑ここにそれを一言しておこう︒自然の世界はすべて因果関係によっ

て制約されている︑とすれば因果の系列を遡っていけば︑最早やいかなるものの結果でない原因︵第一原因︶に達

する︑これが神である︑というのが宇宙論的証明である︒ロックは例えば︑﹃人間知性論﹄第四巻第十章﹁神なる

ものの存在﹂についての中で次のように述べている︒﹁人間は直観的絶対確実知によって︑単なる無がなにか実在

 も の      も のの存有者を産めないことは無が二直角に等しいことのできないのと同じだと︑知る︒⁝⁝もし⁝⁝ある実在の存有      も の       も の者があり︑非実有はどんな実在の存有者も産めないと︑私たちが知れば︑永遠からある事物があったと明白に論証      も  のされる︒というのは︑永遠からいなかったものは始めをもったし︑始めをもったものは他のある事物によって産み       ︵15︶だされなければならないのである︒﹂しかしこのような神の存在の宇宙論的証明は︑後に一・カントによって批判

されることになる︒

 さてロックにあっては︑以上のような神学とその社会科学の認識論や諸理論ーロックの社会科学については以

下で屡々取り扱うことになろう一とを結びつけるものが自然法︵爵巳鑓二勉ぎ冨≦o︷轟ε﹁①︶であった︒ロック

の自然法に関する議論は︑﹃人間知性論﹄︑﹃統治経論﹄にも見られ︑自然法が両著の基底となっているが︑自然法

が比較的まとまった形で論じられているのは︑﹃自然法論﹄︵漂G・塁の§ミ鴨争心ミミ≧ミミ舜一①罐︶である︒ロック

は同書において自然法を様々な角度から論じているけれども︑ここでは︑自然法をわれわれは何によって知り得る

かについてのロックの議論に限定して述べることにする︒この議論は︑同著の特に︑第二論文と第四論文において

なされている︒

18

(17)

D・ヒュームの経験論的人間学の研究(十四)

 自然法の歴史については︑何れ後に触れる機会があるので︑ここには述べないが︑古代ギリシアのソフィスト以

後の非常に長い歴史を有する自然法に見られる特徴は︑それが優れて﹁理性の法﹂だったということである︒これ

はキリスト教が支配していた中世においても変らなかった︒だが中世では︑自然法は神と人間とが共有する能力の

こととされ︑その能力は神から賦与されたものと考えられたので︑自然法は碧玉︵一Φ×9≦§︶の一部であるとさ

れていた︒そしてロックによれば︑この雲母は︑神の﹁啓示の声﹂によって定められた法︑あるいは﹁自然の光﹂

によって広められた法︑であった︒ではロックは︑自然法はどのように認識できると考えたであろうか︒

 ロックは﹃自然法論﹄の第︸論文で︑神の存在についての設計論的証明の議論から始め︑そこにおいて︑自然法

が存在していることを論証する議論を行っている︒そして第二論文においてロックは︑自然法は﹁自然の光﹂

︵ピヨ①コ昌讐ξ巴①︶によって認識できるかを問うて︑これを肯定する答えを与えている︒自然法を認識する方法は︑

他の場合と違って自然の光による︑とロックはいう︑従ってここでは既に︑神町を認識する方法の︸つだった﹁啓

示の声﹂は問題にされていない︒ロックのいう自然の光とは︑人間が自然によって賦与された諸能力を正しく用い

るならば︑一人で真理に到達することを可能にするものを意味する︒

 ロックによれば自然法を認識する方法としては刻印︵宣ωo﹁出自︒︶︑伝承・伝統︵需帥良習︒︶︑感覚︵ω①霧島︶の三     ︵16︶つが考えられる︒刻印︑即ち生得的知識︵子爵8犀昌︒乱①αoqΦ︶は︑第三論文で論じられているが︑自然法の認識

方法としては否定されている︒もし生得的に自然法が存在するのならば︑それは並日遍的に認められるべきであろう

が︑実際にはそうではない︒このことは︑精神が感覚によって印象を受け入れる前は白紙︑つまり冨ぴ霞鎖鑓︒︒ロで

あることを示している︒次に伝承︑即ち伝承的知識であるが︑自然法の教えは伝承的知識によって伝えられるかも

19

(18)

しれぬが︑それは知識の原初的源泉ではない︒何故なら︑伝統の最初の創始者はいかにしてその知識を得たかを問

うことができるからである︒このように︑自然法を認識する方法として︑伝承・伝統は斥けられる︒こうして残っ

たのは感覚ということになる︒

 ロックは第四論文において︑理性︵富鉱︒︶は感覚を通して自然法を認識できるかを問うて︑これを肯定する︒

即ち︑自然法を認識できる自然の光は︑刻印でも伝承でもなく︑理性と感覚というのである︒ロックは次のように

いう︒理性と感覚の二つの能力が︑﹁人々の心を教え育て︑自然の光にふさわしいものを与える︑つまりまったく

未知のかくされたものを意識の前にもちだし︑認識させ︑いわばのぞきこませることができるのである︒この二つ

の能力が相互に助け合い︑感覚が理性に個々の対象の観念を与え︑推論の対象を提供し︑他方理性が感覚能力をみ

ちびき︑感覚から生ずる事象の観念をならべていくと︑⁝⁝精神がこの二つの能力に支えられて反省し推理す

︵17︶れば﹂︑自然法の認識に達し得る︑と︒

 ロックは更に詳しく論じる︒自然法も法である以上︑他の法と同様︑次の二つのことが前提とされる︒の人々

が正当に服従すべき立法者が存在しているということ︑口立法者が人々に示す意志が存在していて︑人々はその

意志に従って生活行動をなさねばならないということ︑がそれである︒実に︑理性と感覚が相互に助け合ってなす

ことが︑これら二つの前提を人々に知らしめることなのである︒先ず感覚だが︑感覚が人々に明らかにしてくれる

のは︑自然界に知覚し得る対象が存在しているということであり︑この知覚し得る世界は︑驚くべき巧妙さと規則

性とをもって構成されていて︑人間もその世界の一部であることなどである︒次に理性は︑感覚が知覚したこの世

界の構造を考察し︑その対象の美しさ︑秩序︑運動を考慮し︑その原因の探究へと進み︑この素晴らしい作品の製

20

(19)

D・ヒュームの経験論的人間学の研究(十四)

作者は誰であるかを見出そうとする︒すると理性はそこに宇宙と人類を創造した全知全能の神を見出す︒人間が無

生物や人間より完全でない動物によって創造されたとは考えられないし︑自分自身の努力によって創造されたとは

勿論考えられない︒何故というに︑神を除いては自己自身の原因ではないからである︒デカルトは神の観念から神

の存在を証明しようとしたが︑それは﹁刻印﹂︵生得的知識︶に基づいた議論で根拠に欠けている︒しかしこの世

界に生きているすべての人間は感覚と理性を行使し得るので︑﹁自然﹂によって自ら神を発見することができる︒

万物の創造者︑製作者である神を信じることは次のことを意味する︒即ち︑世界は神の目的をもって創造されたの

であり︑人間は人間に賦与されている感覚と理性を用いて行動すべきであると︑神は望まれているということであ

る︒神を信仰することは人間の義務の一部だが︑また人間は︑その自然的能力である理性と感覚を使って神の作品

に考慮を払い︑社会において他の人々と生活を共にすることも︑自らの義務としなければならない︒つまり人間

は︑神と自分自身と隣人に対して義務を持っているのである︒

 以上が﹃自然法論﹄第四論文の要約だが︑そこにおいて︑神学と社会科学との結合が自然法の認識方法の議論を

通してなされていることが分かる︒ロックにとって自然は神と人間とが共有するものであったが︑人間により近い

ところにあり︑人間だけでも認識し得るものであった︒紐帯は啓示の声と自然の光によって認識されるものであっ

たが︑自然法は自然の光だけで認識され得る︒そしてこの場合その自然の光は理性と感覚という能力である︒これ

らの能力は神から賦与されたものであるとはいえ︑人間が行使できる人間の自然的能力である︒近代の経験主義は

実にここにこのようにして誕生したのであった︒ロックの経験は︑理性と感覚とが略々半々の力を出し助け合って

獲得されたものだったが︑その後経験主義がバークリ︑ヒュームへと展開していくにつれて︑次第に感覚の方が強

21

(20)

調されていったのである︒

 ロックについて簡単にもう二点ほど述べてバークリに行くことにしよう︒一つは︑ロックが身体と精神の関係を

どう考えていたか︑ということであり︑いま一つは︑近代の自然科学をどう考えていたか︑ということである︒

 既に述べたように︑デカルトは︑精神と身体とを実体的に異なるものとして厳格に区別した︒これに対しロック

は︑精神と身体との実体的区別を受け容れず︑両者の相互作用を認めた︒つまりロックは︑精神と身体とを相対的

に区別しただけであった︒精神と身体との相互作用を可能にさせているのが︑知覚︵O臼︒①98︶と意志︵琶ε

の二つの精神的能力である︒知覚は︑感覚︑記憶︑比較︑抽象といった能力である︒ロックは次のことは絶対確実

だという︒即ち︑身体にどのような変更が加えられても精神に達しなければ︑外部にどのような印銘︵一目冒Φω−

ωδ包がなされようとも内部で覚知されなくては知覚はない︒また意志は︑有意的に行為する能力のことである︒

ロックが意志の機能として重視するのは︑行為という身体の運動であって︑したがって意志の機能は身体を動かす

力能︵℃○≦Φこであるとされる︒

 次に︑近代の自然科学に関するロックの考えであるが︑これについては﹃人間知性論﹄の中にかなり詳しく論じ

られているけれども︑ここでは﹃教育に関する考察﹄︵惣ミ僑寒︒蓉冴ら§ミ§帖鑓罫ミ§ミし$ω︶の中から二︑

三拾うに止めよう︒ロックによれば︑自然の﹁作品は︑一つの万燈によって設計されていて︵9Φ 乏︒蒔ω 費①

oo三﹁凶くΦ仙ξ9薯δαoヨ︶人間の発見能力︑理解力を超えているため一つの学問にまとめることができない︒自然

科学︵爵け霞巴9まω8ξ︶は︑事物のあるがままの原理︑特質︑作用に関する知識であって︑それには二つの部

門がある︒一つは通例形而上学に属すもので︑色々の精霊︵ω且葺ω︶とその本性・性質を扱う部門で︑いま一つが

22

(21)

D・ヒュームの経験論的人間学の研究(十四)

物質物体を琢つ部門で麺・﹂そして︒・クは・前者の研究が後者の研究に先行すべきであると説いている.そ

の理由は︑われわれの感官は何時も物質に親しんで︑人間の心が物質に囚われやすくなっていて︑精霊や非物質的

な存在を認める余地を残していないからである︒自然の偉大な現象は︑単に物質と運動のみによっては説明でき

ず︑超越的存在の意志の命令に訴えざるを得なくなる︒このように︑自然科学の真理と確実性を最終的に保証して

いるのは神である︒この点では︑ロックの考えはデカルトと同じであるが︑自然観に関する両者の考えは著しく異

なっていた︒それは︑理性と共に感覚を重視したロックと︑すべてを理性によって捉えることができるとしたデカ

ルトとの違いからきている︒

 バークリ哲学は︑ロックのそれ以上に神学的色彩の濃いものであるが︑人間の感覚を強調していて︑ロックの経

験主義を一歩前進させている︒そしてやはりバークリの哲学においても最も重要な課題は︑神と自然と人間の関係

を明らかにすることであった︒それもロックの場合と同じく︑神の存在証明の議論の中に最もよく現れている︒し

かもバークリの場合も基本的には設計論的証明が採られているのである︒バークリの設計論的証明については︑既      ︵19︶に本研究の第一章で扱っているが︑簡略であったのでここでいま少し詳しく述べてみたい︒

 ﹃視覚新論﹄︵︾§穿ω塁帖§織§郎﹀⑤ミ§ミ越ミ募帖§一嵩OO︶は︑バークリ哲学の出発点であったが︑そこ

には既に︑その後発展される殆どすべての考えが打ち出されていた︒神の存在についての議論も部分的になされて

いる︒神の存在に関する議論は︑主著である﹃人知原理論﹄︵︾ぎ織駐鳴ら§亀ミ軸簾ミ恥℃適§ら電8駄ミ矯§ミ

さ︒竃貯譜魯H謡O︶において更なる発展をみ︑そして﹃アルシフロン﹄︵国智曹隷さ§03§鳴ミミミ引き帖ご偽愚ミき

嵩︒︒N︶においてその全貌が明らかになった︒しかし︑﹃ハイラスとフィロナスとの三つの対話﹄︵§越偽窯ミ§塁

23

(22)

い職ミ鳴§$翁亀謡駄き賊ご謡︒多し名目ω︶や﹃視覚論弁明﹄︵§僑§鳴︒遷ミ募&§ミ藻§︑卜織毒⑦ミミ謹ミQ

§§鴨§欝ぎ恥§ミ§概︑こミ§嵩融9§b竃§ミミミ§鷺織§織彗§ミ9嵩︒︒ω︶などにも︑バークリの神の存

在に関する重要な議論が見られる︒

 バークリにおいて神と自然と人間の関係を最も凝縮的に表現したものが﹁自然の著者の言語﹂︵い雪αq§αq①oh号①

﹀昌げ︒同︒胤Z⇔εお︶という成句だが︑バークリの神の存在の設計論的証明も︑その理解に達するために用いられ

ているのである︒そしてバークリはその設計論的証明を︑視覚野郎語論と﹁存在するとは知覚されることである﹂

︵①のω①一ωb①﹁O一℃一︶という認識原理の二つの方向から行っている︒

 バークリの視覚論において先ず指摘されているのは︑視覚観念と触覚観念とが基本的に異質であるということで

ある︒バークリによれば︑眼は距離を見ることができない︑視覚が対象とし得るのは︑種々の程度の明暗を持った

光と色だけである︒これに対して︑触覚は距離や大きさの位置の知覚の起源とされる︒従ってわれわれが︑対象の

距離や大きさを知るようになるのは︑視覚観念と触覚観念とが習慣的に結合される︵ぽ鋤甑ε巴60きΦ6江8︶から

である︑とバークリはいう︒視覚の対象が事物そのものでないのは︑われわれが書物を見る時われわれが見る直接

の対象が文字と言葉だけで︑それらの意味でないのと同じである︒われわれが文字や言葉の意味を理解するのは︑

それらが習慣上表現するようになっている他の事物の符号として見倣すことによってである︒そしてバークリの視

覚論は︑視覚観念と触覚観念の習慣的結合によって機能する視覚を﹁自然の造り主の言語﹂としている︒バークリ

は﹃視覚新論﹄の中で次のように述べている︒﹁視覚の固有な対象は︑自然の造り主の普遍的言語︵荘①ご三くΦ誘巴

ピ凶ロひq轟σqΦo︷Z讐霞Φ︶ともいうべきものを構成している︑⁝⁝人間の取り決めによる言語や記号が︑それによっ

24

(23)

D・ヒュームの経験論的人間学の研究(十四)

て表示される事物を示唆する仕方は︑⁝⁝記号とそれによって表示される事物との間に我々が経験によって重い出       ︵20︶した習慣的結合による:⁝・︒﹂このような視覚的言語理論から︑﹃アルシフロン﹄において神の存在の証明が行われ

るのであるが︑その前に﹃人知原理論﹄を見ておかねばならない︒

 国ωωΦ凶ωO興9且は︑﹃人知原理論﹄における根本原理で︑存在するのは知覚されるもの︑即ち観念だけであると

する︒デカルトは精神と物体とを厳格に分離したが︑バークリは両者をできる限り結合しようとする︒バ!クリは

物体を実体とすることを否定し︑物体は書面的事物であり︑従って観念と考える︒バークリにとって世界は︑精神

と観念とから成っている︒バークリは先ず可感的事物︑観念から探究を始めた︒そして精神が自らを認識するのは

可溶的事物について思惟する活動においてであるとした︒ここにおいて︑可感的事物︑即ち観念よりも精神の方が

より根源的とされ︑観念は精神内存在としてのみその存在性が認められるに過ぎない︒もし可感的事物の存在が精

神内以外にあり得ないとすれば︑それが人間の精神によって知覚されぬ場合でも何かの精神内になければならぬこ

とになる︒バークリにとってこの人間の精神以外の精神が神であった︒では人間の精神以外の精神はいかにして知

られ得るのであろうか︒バークリはそれを他我の認識とのアナロジー︵類比︶によって明らかにする︒言うまでも

なく︑こうした方法も︑神の存在の設計論的証明の一つである︒われわれは日常生活において︑他の人々の精神の

存在を推理することによって︑他の人々の存在を確信する︒バークリはそれとのアナロジーによって︑宇宙がある

限り︑それを支える精神が存在するのだから︑その精神の存在を推理することによって神の存在を確信できるとす

るのである︒しかも神の存在を証明する証拠は︑人間の存在を証明する場合と異なり︑無限に近いのであるから︑

神の存在は絶対確実である︒バークリは次のようにいう︒﹁神は︑私たち自身から別個なあらゆる心ないし精神と

25

(24)

同時に︑絶対確実かつ直接に知られる︒いや︑神の存在は人々の存在より遙かに明白に知覚されると主張してさえ

よい︒なぜなら︑自然の結果は︑人間という能作者に帰せられる結果より無限に数多く︑著大であるからである︒﹂

しかも神は言葉によって人間を含む万物を支える︒バークリは次のように続ける︒﹁まことに造物主︵9⑦讐︒円︶

こそ︑その力ある言葉をもって万物を保ちながら︑もろもろの精神のあいだの交わりを維持したもう唯一の御方で      ︵21Vあり︑これによってもろもろの精神は相互の存在を知覚できるのである﹂と︒

 さて以上のような議論を踏まえ︑バークリは﹃アルシフロン﹄の中で︑自らの考えの全体を示しそして結論へと

導いていく︒ここでも﹁知覚し得る結果﹂から﹁知覚し得ぬ原因﹂へと進む因果原理が受け容れられている︒また

ここでの証明にも︑﹃人知原理論﹄に見られた他我の認識とその存在と宇宙の精神の認識と神の存在とのアナロジ

ーに似たものが採ちれる︒ユーフレーナ:は次のようにいう︒可感的事物より構成されている自然界には︑合理的

な秩序︑一貫した運動法則︑動物と植物の間や天体と諸元素の問には緊密な関係が見られる︒そうしたことが見ら

れるのは︑そういったものが同じ目的︵Φ&︶や設計︵11意図︒らΦω碍巳に向かって協力しているからである︒そ

してそうしたことを可能としているのは︑そこに﹁人間の霊魂のもつものとは比較にならぬ大きな力や智慧﹂が存      ︵22︶在しているからだと推理できる︑と︒

 次にユーフレ:ナーの証明は︑神が人間に話しかける視覚的符号よりなる言語の問題へと移る︒アルシフロンは

次のように問う︒もし︑視覚が眼に語りかける唯一の言語であるとすれば︑人間は何時それを学んだのか︑また一

つの言語を作っている非常に多くの記号を学ぶことは極めて困難な仕事である︒にも拘らず︑どんな人もこの﹁視

覚という言語﹂︵い塁αq轟ひqΦo︷≦ωδ巳を学ぶのに多くの時間を費したのか︑と︒これに対してユーフレーナーは

26

(25)

D・ヒュームの経験論的人間学の研究(十四)

次のように答える︒﹁何も不思議なことはない︒われわれは非常に遠い記憶を超えたある時を指定することはでき

ません︒もしわれわれすべてが︑われわれが地上に生まれて以来ずっとこの言語を練習してきたのならば︑また︑

自然の著者︵eげ①﹀二けげO巴O噛H4鋤けq同①︶が常に全人類に対し︑彼等が幼児の時でさえ︑独りでいても仲間といても︑

目が光の中で開いている時は何時でも︑話しかけているならば︑人々がこの視覚の言語のように非常に小さい時か

ら始められそのように絶えず練習された言語をかつて学んできたことに気付かないのは︑私には全然不思議ではあ

  ︵23︶りません﹂と︒

 このように︑バークリの神の存在証明は︑神の視覚超言語理論を以て終るのである︒

 以上からも明らかなように︑バークリの自然概念は︑キリスト教神学のそれに似ていて︑その意味ではバークリ

はロックよりも更に中世に近い思想家であった︒しかしバークリは︑その視覚論に典型的に見られるように︑人間

の感覚から出発し人間の感覚を非常に重視した意味においては︑ロックよりもより経験主義的な思想家だったので

ある︒ 注

 ︵1︶ 以下︑中○ζoωωコΦき..∪①δヨー.層ぎ寒受諾尽Qミ斜ミぎ§防魯電響一二暑.ωN①−ωO.Z①≦属︒葺卿い︒巳︒戸一8N参照︒

 ︵2︶ 以下︑ψ=二洋oP..いoa国①皆①諄ohO﹃①昏目窪餌aO帥重げ﹁己ひq①℃一讐︒ロ凶ω冨.︑ぎbロミ蹄扇ぎ§G︒魯ミ§織ミ恥︾鷺ミ肉ミ暗隷繕苧

   ミ§5巴︒げ矯QQ・bdδ≦コ■即︒自=巴αqΦ国尻8蔓︒︷勺げ自︒ωoOげざく︒ピ<■勾︒二才巴ΦqΦし8①幻.=●国霞げ昇け目層ミミ魯冬ミミ壽貸§職

   ミ鳴b塁蛍毎戸ミ§§5﹁Φ≦給α二三〇P巳︒︒伊︒げ鋤O.劇.︑円O﹂≦o沼コΦびし口帖客愚ミ︑貯鳩額ミ織触隷Q︾鷺ミ肉鳴湧︒§Z①≦磯︒時H

   竃p︒o日一一一〇昌Oo日OきざH㊤ω①.を参照︒

 ︵3︶国昇8Pω魯ミ.−o﹄︒︒. ︵4︶O&≦︒罠勇冨ぎミ勝物q§ミ§蝋薦韓鳴§ミ§駄﹂ぎミ§寒ミqミ登ミミ堕ミ覧︑§9§四折窪む§§富岡ミ

27

(26)

  ミきミ吻愚ミ一㊤蜜■以下︑同書所収のミ妹遷§ら職§を多く参照した︒

︵5︶国霞げ舞二戸即=二愚.ミ.も.㎝︒︒

︵6︶奪ミ.も.訊朝.

︵7︶08≦9︒ざ﹀ヨ①二§鳴聖蕊らミ携ミミ帖ミ婆匹ミ措ミ§織ミq魯§き§的愚婁Φ99.﹀.即O︒巳Φ二β︒巳日O︒﹁ωρ

  Og︒ヨげ﹃己αq①目Φ×けωヨ匪︒国争ω8賓oh勺三一〇ω09ざ一〇〇①.以下は︑同書所収のぎ言︒α二〇二〇昌を多く参照した︒

︵8︶ き軌職.︾層.×××.

︵9V2β冒言.\.牢§国音画①島冨︒冨Σ︒ω8巨︒邑琶ωみ冨σ﹁①更σ①写ΦΦこ︒匿ピ8冨きユ9①ω8三ω﹃国島σq冨§9け㌦.

  一昌勘鴨ミ帖壽神帖亮§織偽§ぎ勘職q喬︑§鳴O韓..穿の遷恥N℃N℃1題堕○β⊃∋σ二αmq①ごゴ一く勺﹁①ロワρ一〇〇QgO.㎝9

︵10︶ いoo評ρ旨・・瓜§騨恥ミq§題§軌轟ミ§§§魯越ミミミ亮讐O×hoこ影身ΦΩ費Φ民8勺﹁①給し㊤刈朝も・㎝O陶前掲邦訳0︑一〇八

  −九頁︒

︵11︶ いooズρ一ぎ︒ぎミ蹄携9曾ミ§§§yΦ匹.9勺..い①匹簿rO鋤日げ﹁乙σq①⊂巳<.℃おωω−お①Oも■嵩㊤.尚︑訳は︑松浦嘉一郎

  訳﹃政治論﹄︵東西出版社︶︑九七頁︒

︵12︶ 奪ミ︒も■b︒﹃一.尚︑訳は︑宮川透訳﹃統治論﹄︵﹃世界の名著﹄27︑中央公論社︶︑一九六頁︒

︵13︶ 奪ミ℃.嵩㊤.前掲︑松浦訳︑九六頁︒

︵41︶ ωO鋤﹁犀Φω魑﹀■ぐ﹃■噛︑.﹈り﹁ロωけ口口匹↓①一ΦO一〇伊q団⁝いOO匠①︑ω℃O=江Oω四コ凪げ一ωUOO叶ユOΦOhO﹁①鋤焦OP噂ド 一昌冒討蕊 卜Oら神辺% G隷謡ら勲︑

  毎恥的塁的§鴨§跨−<O一.同一.①α.げく幻.>rωげOH帥hけこ菊〇二二①ααqρ一㊤㊤どP︸HP

︵15︶ ピoo評Φこ←昌§康の亀き§融§凡亮ミ§黛謡q誌§誘ミ謡ミ鳶︑℃.①b︒O■前掲邦訳鋤︑ 一七六頁︒

︵16︶ ぴOO評ρ︸こ穿的§O§ミ月評匙ミミ≧ミミ惹闇Φ匹.ぴ賓乏.<8ぴ①旨①コO×hOa讐9①O冨﹁Φ巳8℃﹁Φωρ這課も二目旨−︒︒.尚︑邦

  訳として浜林正夫訳﹃自然法論﹄︵﹃世界大思想全集︑社会・宗教・科学篇﹄︑河出圭甲掛新社︑昭和三十七年目がある︒

︵17︶ きミ■もO﹂ま−P前掲邦訳︑一五五頁︒

︵18︶ いoo評ρ﹄・︑§Qミ§ミ帖§轟︑ミミ軌積黛冒ぎト象ぎ○山屋耳凶匹ひq①α乏く.℃おωω﹄㊤①︒︒も℃.ω2−b︒.服部知文﹃教育に関する考察﹄

   ︵岩波文庫︶︑二九八頁︒

︵19︶ 以下︑勺.一.○﹃〇四目P§Qミqミ︑き篤︑禽愚ミ旦OS姦智し︒帖幕鴨薗一包ρo冨多目.w目.=oo犀Φが..しd①蒔①ξ︑ω﹀﹁ひqロヨΦ暮蹄︒巳

28

(27)

D・ヒュームの経験論的人間学の研究(十四)

  ∪Φ︒︒貫コ︑﹂コbq鳴漣災塁︑G識︑勘ミ§職㌧ミ同店謎識竃穿旨趣鉾¢三<ohζぎコΦωo冨℃諾ωρ一〇︒︒ド名越悦﹃バークリ研究﹄︵錦江書院︑

  昭和四十年︶特に第六章︑一ノ瀬正樹﹁﹃視覚新論﹄とバークリ哲学﹂︵バークリ﹃視覚新論﹄︑勤草書房所収︶など参照︒

︵20︶ bu①昂Φヨ○Φo目ぴq①.一身謡騨︒・塁§ミ斜ミ毎卜﹀ベミ憲8曙ミ§軌§﹂コ憲Qミq薄の駄OS礒Q昏漣Q奪曽︒匹.び団﹀.○閃轟ω①びく︒ド

  一・も.b⊇Oρ邦訳﹃視覚新論﹄︵下條・植村・一ノ瀬訳︑勤草書房︶︑=九頁︒

︵21︶ じuΦ昂①望○こム寒轟蓼鳴ミ蕊聴ミ覧薦ミ馬ミミ愚駐黛ミミ亀誌映ミミむ多層ぎ§弛き善画簿も寒隷漣鳴豊Φα噺9>.○

  閃轟ωΦ3<o一﹂oP︒︒おード前掲邦訳︑一六五⊥ハ頁︒また︑バークリは次のようにもいう︒﹁およそ入間の精神ないし入格は観念

  でない︒従って︑感官によって知覚されない︒それゆえ︑或る人間の︹皮膚の︺色や︹身体の︺大小や形態や運動を見るとき︑

  私たちは自分自身の心のうちに直る感覚ないし観念を知覚するだけである︒そして︑これらの感覚ないし観念は種々の別個な集

  合を成して私たちの視界に顕示するので︑私たち自身に似寄った・有限でかつ創造された・精神の存在を私たちに標現するに役

  立つのである︒それゆえ︑誰にもわかるように︑私たちが或る人間を見ると言うとき︑もし人間の意味をもって私たちと同様に

  生命を有して動き知覚し思考するものとすれば︑私たちは人間を見るのでなく︑ただ観念の遺る一定の集合を見るだけである︒

  すなわち︑その集合によって私たちは︑私たち自身に似寄った・思惟および運動の・別個な原理が該集合に伴い︑該集合によっ

  て表示される︑と考えるようになるのである︒︹こうして私たちは自己以外の人間を知る︒︺神を見るのもこれと同様であ.る︒た

  だ︑相違といえば次の点だけである︒すなわち︑観念の慮る有限で狭い集群が特殊な人間の心を指表するに対して︑︹神の場合

  は︺視線をいずれへ向けようと︑私たちはあらゆる時と場所とに神性の明々白々たる表号を見るのである︒けだし︑私たちの見

  たり聞いたり触れたりするすべてのもの︑いや︑感官がなんらかの仕方で知覚するすべてのもの︑それらは神の力能の記号ない

  し結果であり︑人間の産む運動そのものについての私たちの知覚︹さえ︺も同じく神の力能の記号ないし結果なのである︒﹂︵前

  掲邦訳︑ ﹁六六−七頁︶

︵22︶ bσΦ寄稿ざO引合曹譜さ壽︑oき憲鳴ミミミ鳴ぎ畿8魯討ミ﹂ロ§鳴き憂旦OS寒bロ鳴薄Q堂巴.ぴ賓﹀.○喝轟給5<2﹄.も﹂①O.

︵23︶ きミこO︒嵩P

29

参照

関連したドキュメント

郷土学検定 地域情報カード データーベース概要 NPO

市民的その他のあらゆる分野において、他の 者との平等を基礎として全ての人権及び基本

forthcoming2 “A Critical Edition of Bhaṭṭa Jayanta's Nyāyamañjarī: II: The Section on Kumārila's Refutation of the Apoha Theory & III: The Buddhist Refutation of

[r]

ここでは 2016 年(平成 28 年)3

[r]

補足第 2.3.1-1 表  自然現象による溢水影響 . No  自然現象 

補足第 2.3.1-1 表  自然現象による溢水影響 . No  自然現象