中国自動車市場における個人消費者の購買行動につ いて
著者 西川 純平
雑誌名 同志社大学ワールドワイドビジネスレビュー
巻 10
号 1
ページ 168‑179
発行年 2008‑09‑30
権利 同志社大学ワールドワイドビジネス研究センター
URL http://doi.org/10.14988/re.2017.0000015924
35.1%
11.6%
53.4%
所有している 所有していない 以前は所有、現在はない
《研究ノート》
中国自動車市場における 個人消費者の購買行動につい
1
て
西 川 純 平
(金沢学院大学経営情報学部准教授)
は じ め に
2007年の中国の自動車販売台数は879万台(内,乗用車は472万台)に達しており,中国 は世界第2位の自動車市場となってい
2
る。このような中国の自動車市場の拡大を支えているの は,国営企業や行政機関による自動車の購入ではなく,一般の個人消費者(以下,消費者)に よる自動車の購入によるものである。例えば2007年の中国の自動車保有量は5,697万台であ ったが,その内,個人の保有台数は全体のおよそ6割となる3,534万台にものぼってい
3
る。
一方で,中国では自動車を購入しようとしている,あるいは購入した消費者の多くがエント リー・ユーザー,つまり生まれて初めて車を買う客であると言われている。ここで問題となる のは,特にエントリー・ユーザーは自動車の購入に関する情報をほとんど持っていない点であ る。では,中国の消費者は自動車の購入においてどのような購買行動をとっているのであろう か。
結論から言えば,自動車を購入しようとしている中国の多くの消費者は親類や友人,ユーザ ー(主に購入を予定している車種の所有者)から購入に必要な情報を得て,これを購入の判断 材料としている。先ほど,中国にはエントリー・ユーザーが多いと述べたが,一方で,北京な どの大都市ではすでに自動車を保有している消費者が多く見られる。実際,2007年8月に北 京市アジア村汽車交易市場で行ったアンケート調査では,図1にあるように,すでに自動車を 保有している消費者は5割程度存在していることが明らかとなった。すなわち,このような自
図1 自家用車の保有について
出所:2007年8月,北京市アジア村汽車交易市場での調査結果による。なお,回答数は251件。
動車購入を経験した消費者,つまりユーザーからの情報「口コミ」が特にエントリー・ユーザ ーの自動車購入には大きな影響を与えているといってよいだろう。
そこで本稿は,先ほども述べたが,北京市アジア村汽車交易市場で昨年に行ったアンケート 調査の結果を基に,中国の自動車販売における消費者の購買行動を明らかにすることを目的と する。そのために,自動車購入に際する消費者の判断基準,およびこの判断の基となる情報源 を明らかにし,その購買行動を検証する。そして,中国の消費者の購買行動に対して自動車メ ーカーやディーラーはどのような対応をとるべきなのか考察を行う。
蠢 中国における消費者の自動車購入(購買行動)の現状
それでは以下,具体的に中国における消費者の自動車購入(購買行動)について,昨年度行 ったアンケート調査の結果を基に検証していきたい。
まず表1を見てみよう,表1は中国の消費者が自動車を購入する際に最も重視する要素(内 容)をまとめたものである。表1にあるように,中国(北京市)では多くの消費者が,車を購 入する際には「安全性」を重視し,次いで「故障のしにくさ」,「燃費の良さ」,「走行安定 性」,「アフター・フォロー」を重視している。つまり,中国の消費者は価格よりも車の安全性 や品質,そして購入後のアフターサービスを重視していることが分かる。一方で,表2は表1 と同じ質問に対する日本の消費者の回答を示したものである。
表2を見ると,日本の消費者は購入の際に「燃費のよさ」や「価格」,「運転しやすさ」を念 頭に置いていることが伺える。中国の消費者が上位にあげていた「安全性」は,ここでは4番
表1 車を購入する際に最も重視する要素(中国)
最も重視する 安全性
故障のしにくさ 燃費の良さ 走行安定性 アフター・フォロー 環境性能
価格
乗り心地のよさ ブランド 維持費の経済性 残価
デザイン
78.5%
71.8%
61.1%
59.0%
58.6%
49.8%
48.0%
45.9%
42.6%
40.2%
35.4%
31.8%
出所:図1に同じ。回答数は244件
表2 車を購入する際に最も重視する要素(日本)
最も重視する 燃費のよさ
手ごろな価格 運転しやすさ 安全性の高さ 室内空間が広いこと 使い勝手が良いこと 維持費や税金 走行性能の高さ 収納の広さ 楽しい車であること 環境にやさしい バランスが取れている 質感が高いこと
70.2%
69.5%
67.6%
59.7%
56.6%
45.7%
39.7%
39.3%
38.0%
37.4%
35.5%
25.5%
24.8%
出所:「2005年 男性が選んだ次に買いたい車」
マクロミル,http : //www.macromill.com/cli- ent/r_data/trendview/20050302 car/20050302 _car.pdf, 2007年11月1日参照。
目であり,「故障のしにくさ」は本回答には見当たらない。これは日本の自動車の品質が高い ことが背景にあると思われる。つまり,日本の消費者は自動車を購入する際には,経済性や使 い勝手を考慮しているのである。では,中国そして日本の消費者は自動車の購入に際して必要 とする情報をどのように入手しているのであろうか。この問に関する回答結果が次の表3であ る。
表3を見ると,まず消費者の約4割が自動車の購入にあたって「知人・親戚の口コミ」を重 視しており,次いで「ネットでのユーザーの評価」と「マスコミでの評価」をそれぞれ2割程 度の消費者が重視している。ここで注目すべきことは,中国の消費者が購入しようと検討して いる車種のユーザーの意見を,自動車購入における重要な情報源としている点である。これは 先ほども指摘しているが,中国では自動車を生まれて始めて購入する消費者(エントリー・ユ ーザー)が圧倒的に多いことがその背景となっているものと考えられる。
つまり,高額商品である自動車を購入するにあたって,中国の消費者には「(自動車メーカ ーやディーラーに)騙されて損をしたくない」と
いう心理が働き,第三者の意見を聞くという慎重 な購買行動をとっているのであろう。したがっ て,表3にあるように中国の消費者は自動車メー カーや販売店からの情報をあまり重要視していな い。
一方で,ほぼ同じ質問を日本の消費者に対して 行った場合,表4にあるように,日本では先ほど 述べたこととほぼ反対の結果となっている。表4
表3 車を購入する際にどのような情報 源を重視するか(中国)
最も重視する 知人・親戚の口コミ
ネットでのユーザーの評価 マスコミの評価
マスコミの広告 ネット上の評価 ネット上の広告 販売店の推薦
38.1%
21.6%
20.8%
19.8%
18.3%
12.3%
9.4%
出所:図1に同じ。回答数は245件。
表4 車を購入する際に参考とした情報源(日本)
ディーラーに行って 54.1% チラシ 10.9%
車のカタログ 52.4% 雑誌広告 7.3%
インターネットの自動車メーカーサイト 46.1% 新聞広告 6.4%
ディーラーの営業マン 37.9% 街頭イベント・展示会 5.9%
インターネットの自動車専門サイト 26.4% ブログ・SNS 4.9%
インターネットの掲示板・口コミサイト 23.5% テレビ番組 3.6%
雑誌記事 18.9% 新聞記事 3.6%
テレビCM 17.9% その他 1.7%
友人・知人 17.9% ラジオ番組 0.6%
インターネット広告 10.9% ラジオCM 0.6%
出所:「自動車購入者に関する調査」Yahoo!リサーチ,2006年,http : //blogs.yahoo.co.jp/y_research _blog/22996619.html, 2007年11月1日参照。
を見ると,多くの日本の消費者はディーラーやカタログ,自動車メーカーのサイトから情報を 得ていることがわかる。このような結果となった要因としては,先ほども触れたが,日本の消 費者は日本車の品質や安全性に対してかなり信頼感を持っていることがあげられる。また,そ れは同時に自動車メーカーやディーラーに対しても信頼を置いていると言ってよい。さらに,
日本の乗用車の普及台数から見ても,自動車を購入しようとしている日本の消費者の中にエン トリー・ユーザーが占める割合はそう多くはな
4
い。ただし,表4を見ると,その割合は中国の ものと比べると低いものの,「インターネットの掲示版・口コミサイト」(23.5%),「友人・知 人」(17.9%)と中国の消費者と同様に口コミを参考にしていないわけではな
5
い。
したがって,両国の消費者の車選びを検証すると,中国の消費者は知人,親戚や他のユーザ ーからの口コミ(ネットでの評価を含む)を重視して車を選び,そして購入している。他方で 日本の消費者はメーカーやディーラーからの情報を主な情報源にしながら,ネットや友人から の口コミを参考に車を購入しているものと推測できる。つまり,中国では口コミというものが 個人消費者の購買行動において重要な要素を占めているのである。
そこで,次の章では個別に3人のユーザーに対して行った聞き取り結果を基に,これまで見 てきた中国人消費者の自動車購買行動についてより詳しく検証していこう。
蠡
3
人のユーザーに対するインタビュー(北京市)の結果さて,昨年(2007年)に行った北京市アジア村汽車交易市場での調査ではアンケート調査 だけでなく,個別に3人のユーザーに対するインタビューを行っている。3人はそれぞれ奇瑞 汽車の A 5 ,上海大衆汽車の パサート1.8 T ,そしてメルセデスベンツの E 280 のユ ーザーであり,表5は3人のユーザーの概略と質問に対する回答をまとめたものである。
まず表5にある「保有台数」から見ていこう。保有台数に関しては,3人のユーザーともに 複数台所有している。詳しく見ていくと,A 5のユーザーは以前に奇瑞汽車のQQを所有して おり,これを売却して同じ奇瑞汽車のA 5に乗り換えている。一方で,パサートのユーザー は買い増しであり,一汽−大衆汽車のジェッタをすでに所有している上でパサートを購入して いる。
ところで,今回,こうした買い換え(買い増し)に関して,奇瑞汽車や吉利汽車などの民族 系メーカーのユーザー,上海大衆汽車が広州本田汽車などの外資系メーカーのユーザーそれぞ れに「次に買いたい車のメーカーは」という質問を行った。では,その結果を順に見ていこ う。まず,図2は民族系メーカーのユーザーの回答をまとめたものである。
図2を見て分かるように,第1候補,第2候補ともに民族系メーカーのユーザーの8割が,
次は外資系メーカーの車を購入したいと答えている。これは民族系メーカーの車を所有する
(していた)多くのユーザーが,品質や燃費,走行性能などに不満を持っていたことにほかな
0 20 40 60 80 100%
外資系 83.33 83.33
民族系 16.67 16.67
輸入 0.00 0.00
第1候補 第2候補
らない。例えば,2006年に中国品質協会(中国語名:中国質量協会)が発表した「全国普通 乗用車ユーザー満足度指数」によると,使用開始後2〜6カ月の新車の平均故障発生率は77.1
%と非常に高
6
い。なお,上記の中国品質協会は,同協会に寄せられた自動車の故障や品質上の 問題に関するクレームの内容も発表している。例えば,2008年第一四半期に寄せられたクレ ーム(故障箇所)を表したものが図3である。この図3を見ると,最も故障が多く発生したの はエンジン(25.1%)であり,次いで変速機(21.9%)となり,3番目に多いのは車体の付属
表5 3人のユーザーに対する質問結果
質問項目/所有車種 A 5 パサート1.8 T ベンツE 280 年齢
性別 家族 職業 年収 住居 運転歴 購入年 保有台数 以前の車
車の購入決定の要因 購入の際に相談した人物 情報源
購入決意までにかかった 日数
購入金額 購入資金 1ヶ月の走行距離 主に運転しているの 利用の用途
38歳 男
5人(両親と子供)
銀行マン
10万元(160万円)
北京市 15年
2006年5月1日 2台(ジェッタとA 5)
奇瑞QQ
ブランド,値段,信頼性
(奇瑞QQの使用経験から)
妻
QQやA 5などのユーザ ーのコミュニティサイト 20日
9.88万元 現金 3,000 km 本人
通勤,レジャー
40歳 男 3人 エンジニア 無回答 北京市 11年 1998年
2台(ジェッタとパサート)
買い増し
性能,品質,安全性,価格 妻と娘
友人の紹介やインターネ ットでの評価。
20日間。娘の通学のため の送迎のために買い増し。
22.7万元 現金
1,000〜2,000 km 妻
通勤,通学(娘の送迎), レジャー
39歳 男 3人
会社経営(紡績業,法人 代表)
200万元 山東省煙台 6年
インタビュー当日 3台(ベンツ以外に瑞風 輜9人乗り商用車輓,ジェ ッタ,都市先鋒)
売った
品質,ブランド,ディー ラーの対応の良さ 妻(決定は半々で決めた)
口コミ(メイン)とイン ターネットでの評価(付 属的)。
1ヶ月 61.8万元 現金 3,500 km 本人 会社接待用 出所:図1に同じ。
図2 民族系メーカーの車を所有している(していた)ユーザーが次に購入したい車は?
出所:図1と同じ。回答数は36件。
25.1%
21.9%
6.1% 4.4%
8.9%
2.6%
10.5%
13.1%
7.4%
0.0%
5.0%
10.0%
15.0%
20.0%
25.0%
30.0%
エンジン 変速機 クラッチ 舵取り 装置
ブレ ーキ
前後車軸及び
サス ペン
ション タイ
ヤ 車体
の付属部品
及び電 装系 空調機器
部品,電装系(13.1%)となってい
7
る。つまり,中国の自動車は重要な箇所に問題を多く抱え ていることが伺い知ることができる。このような問題はやはり民族系メーカーの車種に多く存 在しているようである。というのも,民族系メーカーの車に対する中国の消費者の印象が余り よくないことからも伺い知ることができるからである。表6,表7は先ほどの調査結果(全国 普通乗用車ユーザー満足度指数)をまとめた中国品質協会が発表した車種別の満足度(ワース
ト5,ベスト5)である。表6(車種別満足度ワースト5)を見ると,外資系メーカーである長
安鈴木のアルトを除きすべて民族系メーカーの車種がランクインしている。
一方で,表7(車種別満足度ベスト5)を見ると,すべて外資系メーカーの車がベスト5に ランクインしている。つまり,故障を数多く経験し,不満を持った民族系メーカーの車のユー ザーは,必然的に故障の発生が少ない外資系メーカーの車に流れてしまうことは想像に容易 い。逆に,図4にあるように,外資系メーカーの車のユーザーが,次に購入したい車として外
図3 寄せられたクレームの内容(故障箇所)
出所:「2008年度第一四半期中国自動車製品及びサービスに対する苦情分析の報告(CAAS)」(中国 語:2008年一季度中国汽$!品与服%&量投"分析#告(CAAS))中国品質(質量)協会,
http : //www.caq.org.cn/html/Download/Download_CAQ_Han/131729.asp, 2008年5月28日参照。
表6 車種別満足度(ワースト5)
順位 車種 メーカー 満足度指数
1 美日三廂 吉利汽車 60.4
2 QQ 奇瑞汽車 61.0
3 アルト 長安鈴木 63.9
4 豪情 吉利汽車 64.1
5 風旗雲 奇瑞汽車 65.5
表7 車種別満足度(ベスト5)
順位 車種 メーカー 満足度指数
1 パサート 上海大衆 79.7
2 ティアナ 東風日産 79.6
3 アコード 広州本田 79.4
4 ボーラ 一汽−大衆 79.1 5 アウディA 6一汽−大衆 78.6 出所:「中国品質協会,2006年度全国乗用車ユーザー満足度調査の結果を発表」日経Tech-On!,
http : //techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20061116/123772/を参照し作成。2008年5月25 日参照。
0 20 40 60 80 100%
外資系 91.46 94.87 88.89
民族系 2.44 5.13 11.11
輸入 6.10 0.00 0.00
第1候補 第2候補 第3候補
資系メーカーの車をあげている割合を見ると,第1候補から第3候補までほぼ90% にも及ん でおり,外資系メーカーの車の方が信頼度(満足度)は高いようである。
さて,表3に戻り,次に「購入の際に重視する内容」「購入の際の情報源」の質問項目に注 目しながら説明していこう。まず,「購入の際に重視する内容」をユーザーごとに見ると,奇 瑞汽車のA 5のユーザーはまず価格をあげており,次いで以前所有していた奇瑞汽車のQQ の使用経験に基づく信頼性をあげている。先ほど,中国ではエントリー・ユーザーが多いと指 摘したが,第蠢章で述べたように,今回の調査では自動車を購入しようしている消費者の約半 分が買い換え(買い増し)客であった。すなわち,このA 5のユーザーを含め,大都市圏で はこうした買い換え(買い増し)客が過去の経験を踏まえて車を購入している現状が見られつ つある。
そして,次いでパサートのユーザーを見てみよう。パサートのユーザーは性能や品質,価格 をあげているが,特に安全性を重視している。これはあくまで推測ではあるが,使用目的を見 ると娘の送迎に使用すると回答していることから,交通事故死が年間十数万人とも言われてい る中国において大切な家族を安全な車で送迎したいというユーザーの感情が背景にあるのでは ないだろうか。なお,このパサートのユーザーはパサートを購入する以前にジェッタを所有し ており,ジェッタ(一汽−大衆汽車)の使用経験を踏まえた上でパサートを購入している。
さて,3人目のベンツEクラスのユーザーを見ると,先のA 5,パサートのユーザーが共通 して品質,価格をあげているのに対し,Eクラスのユーザーはブランドやディーラーの対応の 良さをあげている。これは奇瑞汽車のA 5や上海大衆汽車のパサートといった大衆車のユー ザーと,ベンツのEクラスという高級車のユーザーとの購入基準に差が存在していることに 起因しているのであろう。しかし,3人のユーザーともに車の信頼性や品質を重視している。
これは先ほどのアンケートの結果(表1)とほぼ同じ解答と言えよう。
では最後に,「購入の際の情報源」について見ていくことにしたい。情報源としては,3人 のユーザーがそろって口コミとインターネット(コミュニティサイト等での評価)をあげてい る。したがって,購入の際の情報源に関しても,アンケートの結果(表1)と同様の回答を得
図4 外資系メーカーの車を所有している(していた)人が次に購入したい車は?
出所:図1に同じ。回答数は94件。
たことになる。ただし,Eクラスのユーザーは,「新しく出てきたものについて,ネット上で いくら『良い』と評価されても,生の声が聞こえないと信用し難い」と慎重な意見を述べてい る。
この点に関しては,先ほど紹介した「中国のユーザーが車を購入する際にどのような情報源 を重視するか」というアンケート結果(表3)に関連している。その中では,中国のユーザー はネット(コミュニティサイト等)におけるユーザー評価よりも,知人や親戚からの情報を重 視していた。すなわち,Eクラスのユーザーの意見を踏まえると,中国のユーザーは同じ口コ ミでも 顔の見える評価 を重視する傾向が強いようである。実際,自動車の購入には友人や 知人が立ち会っている光景が多く見られ,日本のように一人でディーラーに赴いて営業スタッ フと交渉を行うことはあまり中国では見受けられなかった。
蠱 むすびにかえて
さて,これまで「購入の際に重視する内容」「購入の際の情報源」を中心に,中国における 消費者の購買行動について検証を行ってきた。その中では,中国では自動車の購入に際して,
消費者は価格よりも安全性や品質を重視しており,またアフターサービスに対しても期待して いることが明らかとなった。さらに,自動車を購入する際の情報源として,中国の消費者は知 人・親戚,ネットなどからの「口コミ」を重要視していたこともわかった。そこで最後に,中 国の消費者は口コミを購買行動においてなぜ重要な情報源としているのかを考察し,そして,
こうした中国の消費者に対して,自動車メーカーやディーラーはどのように自動車販売を行う べきなのか考察してみよう。
1.なぜ「口コミ」が重要視されるのか
なぜ中国の多くの消費者は口コミを購入判断の情報源としているのであろうか。エマニュエ ル・ローゼンは口コミについて次のように述べてい
8
る。まず,消費者の購買活動において口コ ミの重要性が増す要素としては, ノイズ(情報・広告が多すぎてノイズになる), 懐疑的な 態度(都合のいい広告を信じなくなる), つながり(インターネットの拡大によって,広範 囲な人と人とのつながりが可能に) という三つの要素があげられるという。そこで,これら を中国における消費者の自動車購買行動に当てはめて考えてみよう。
まず ノイズ に関して考えよう。中国には多くの自動車メーカーが存在しており,こうし た自動車メーカーはテレビ,新聞,雑誌,インターネットと様々な媒体を通じて膨大な広告
(情報)を流している。先ほどから指摘しているように自動車を購入しようとしている消費者 の多くは車を初めて購入するエントリー・ユーザーであるため,多くの消費者は自動車メーカ ーからの無数の情報を消化することができるはずがなく,このような自動車メーカーからの情
報は消費者にとってはただの ノイズ にすぎない。また,言うまでもなく,このような情報 の多くは,原則的にメーカーにとって都合の良い内容であり,ネガティブな内容のものは通常 存在しえない。したがって,このような自動車メーカーからの宣伝活動(情報提供)は,中国 の消費者に 懐疑的な態度 をとらせる方向に向かわせてしまう。つまり,このような混沌し た購買環境の中で,中国の多くの消費者は口コミ,すなわち人と人との つながり に依存す ることになる。日本でもそうだが,人と人とのつながりと言えば,現在ではインターネットを 見逃すことはできない。
李澤建は,中国における消費者は「自分が判断できないから,相手も信用したくない,結果 として,第三者からの意見をより重視する」傾向があるとし,こうした状況の中でインターネ ットの存在は消費者にとって重要な情報源として認識されていると指摘してい
9
る。すなわち,
インターネットの拡大(特に自動車のコミュニティーサイトの増加)が,中国での自動車購入 にあたって口コミの重要度をさらに高めていると言える。重複するが,第蠢章の表3にもある ように,中国の消費者は自動車の購入の際に「ネットでのユーザーの評価」を「知人・親戚の 口コミ」に次いで重視している。
すなわち,自動車自体の商品特性や自動車購入に関する情報をほとんど持ち合わせていない 中国の消費者,特にエントリー・ユーザーにとっては,自動車購入における不確実性が高くな る。つまり,結果として消費者と自動車メーカーやディーラーとの間には多かれ少なかれ情報 の非対称性が生じていると言えよう。自動車社会(産業)が未発達な中国においては,すべて の自動車メーカー,ディーラーが安全性や品質,価格などに関する正確な情報(シグナル)を 消費者に提供しているとは決して断言できない。また,こうした自動車メーカーやディーラー の生産,販売活動に対して,中央政府や地方行政機関の監視(モニタリング)機能が完全に働 いているとも言うことはできない。したがって,自動車販売(購入)において情報の非対称性 が解消されない現状では,中国の消費者は知人,親戚,ネットにおける口コミに依存せざるを 得ないのである。それでは中国の自動車メーカーやディーラーは,このような口コミに依存す る消費者に対して,どのように販売活動を行うべきなのであろうか。
2.中国の消費者の「買い方」に対するディーラーの「売り方」
結論としては,自動車メーカーあるいはディーラーが現在求められていることは,自社製品 の購入時,また使用時において,いかにしてユーザー(消費者)に「安心感」を与えられるか につきる。この安心感とは,車の品質(信頼性)や走行性能,そして価格といった部分的な安 心感に留まるものではなく,購入後のアフターサービスを含めたトータルとしての安心感であ ることは言うまでもない。このような点で,ディーラーが果たす役割は大きい。というのも,
ディーラーはエンドユーザー(最終消費者)に直接接触する場であること。また,自動車は購 入後のサポートが重要であり,このサポートの善し悪しでディーラーはもとより自動車メーカ
20
42.5 43.3
56.2 56.1 13.3 69.2
10
7.5 7.8
10.1 14
7.7
46.7 70
42.5 37.8
29.2 28 17.9
6.7 5 10 4.5 1.9 2.6
3.3 2.5 1.1 2.6
30
0%
20%
40%
60%
80%
100%
2001年以前 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年
その他
一般業販店
汽車交易市場
1S店(メー カー指定店)
4S店(メー カー指定店)
ーに対する信用度が大きく左右される。そして最終的に再び同じ自動車メーカーの車に買い換 えてもらえるかどうかにつながるからである。表8にあるように,店舗選択の際に,中国の多 くの消費者は自動車購入後のことを重視し,次いで信用できる店かどうかを重視している。
こうした店舗選択が消費者によってなされる中で,問題となるのは,中国では1 S店や4 S 店などの様々な形態のディーラーが存在していることであ
10
る。しかし,例えば1 S店は新車の 販売機能しか有していないのに対し,4 S店は漓新車販売,滷部品販売,澆アフターサービ ス,潺顧客情報の管理と情報のフィードバック(顧客管理輙カスタマー・リテンション輓の徹 底のために販売店とメーカーが顧客情報を共有すること),といった四つの機能を備えてい る。また,多くの4 S店はディーラースタンダード(ディーラーが従うべき規約)に則ってお り,例えば外観や店内の構造,販売スタッフ,サービススタッフの服装に至るまで統一されて いる。したがって,中国の消費者にとって安心感,特に購入後のアフターサービスに関する安 心感は,いわゆる「うりっぱなし」の可能性が高
い1 S店より4 S店の方が上であることは言うま でもないであろう。実際に,図5にあるように,
2001年以前は中国の消費者の30% 程度しか4 S 店を選択していなかったのに対し,年々4 S店を 選択する消費者が多くなっており,2006年には 全体の7割が自動車を購入する際に4 S店を選択 している。
したがって,自動車メーカーは4 S店を中心に ユーザー(消費者)に対して徹底したアフター・
表8 店舗選択の際に以下の要素をどれほ ど重視しますか
最も重視する アフターサービスが良いか 79.8%
信用できるか 74.9%
価格が安いか 61.7%
接客が良いか 54.5%
比較できるか 46.5%
交通の便が良いか 37.0%
出所:図1に同じ。回答数は244件。
図5 中国での自動車購入における店舗選択
出所:孫飛舟「自動車購買者の店舗選択−2007年8月北京ユーザー調査から−」
『中国におけるユーザーの購買行動−クルマの選び方・乗り方・売られ方
−』,2007年11月3日報告資料。
情報収集 意志決定 購入
点検・修理
買い換え 売る側はどうしたらよいのか?
開発 生産
安全性、品質、燃 費の向上
メーカー
入庫の案内
イベントの案内 適切な対応
口コミ〔家族・知 人・ネットなど〕
購入者との関係づくり
販売店
情報公開
フォローを行う必要があろう。つまり,まず,自動車メーカー,ディーラーは自社の車を購入 したユーザーに対して誠心誠意対応し信用を得ることが重要となる。
例えば,その活動は図6に示したように,具体的には点検の入庫案内や修理における適切な 案内・対応を行うことであり,またはイベントの開催の案内,そしてリコール情報や点検,修 理費用などの情報公開を積極的に行うことである。このような活動によって,自動車メーカ ー,特にディーラーはユーザーとの信頼関係を構築し,次回の買い換えにつなげていかなけれ ばならない。こうした積極的かつ地道な活動の結果が口コミとなって家族,知人,ネットを通 して新たな顧客の創造を生むと言えよう。
※本稿は,文部科学省学術フロンティア推進事業(平成16年度〜平成20年度)の研究助成金による研 究成果の一部である。
注
1 本稿は,2007年11月3日に行われた京都大学上海センター中国自動車シンポジウム『中国におけ るユーザーの購買行動−クルマの選び方・乗り方・売られ方−』における筆者の報告「ユーザーの 車の買い方,ディーラーの車の売り方」を基にしている。また,本稿に用いられているデータの多 くは,筆者も参加した中国自動車流通調査チーム(代表:京都大学経済学部塩地洋教授)によっ て,2007年8月に北京市において行われた調査結果を基に構成されている。なお,本調査結果を 用いた本稿の文責は筆者にある。
2 中国情報局「自動車生産台数22% 増の888万台−2007年」http : //news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=
2008&d=0116&f=business_0116_015.shtml, 2008年5月26日参照。人民網日本語版「2007年自動 車販売台数トップ10社が公開」,http : //j.people.com.cn/2008/01/14/print 20080114_82499.html, 2008 年5月26日参照。
3 中国情報局「個人保有の自動車が20% 増の3534万台−07年」http : //news.searchina.ne.jp/
disp.cgi?y=2008&d=0229&f=buisiness_0229_004.shtml, 2008年7月25日参照。
4 日本自動車工業会の調べによると,2006年現在の乗用車の普及台数は57,521,043台であり,100世 帯あたりの乗用車普及台数の全国平均は111.2台となっている。 http : //www.jama.or.jp/industry/four _wheeled/four_wheeled_3 g 4.html, 2008年5月3日参照。
5 インターネットの掲示板では購入者同士,購入者と購入予定者などとの間で値引きの金額,初期不 良,走行性能などの情報が交換されている。例えば,Carview(http : //www.carview.co.jp/)や価 格.COM(http : //kakaku.com/)などが代表的なサイトである。
図6 ディーラーの売り方について 出所:筆者作成。
6 日経テックオン「中国品質協会,2006年度全国乗用車ユーザー満足度調査の結果を発表」http : //
techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20061116/123772/, 2008年5月26日参照。
ただし,この「全国普通乗用車ユーザー満足度指数」は翌年(2007年)にも発表されており,
この年には平均故障率は59% にまで下がっている。しかし,故障箇所もエンジンやトランスミッ ションといった車の主要部分に多く見られており,中国自動車産業の技術レベルがまだ発展途上で あることを示している。
7 中国品質協会「2008年度第一四半期中国自動 車 製 品 及 び サ ー ビ ス に 対 す る 苦 情 分 析 の 報 告
(CAAS)」中国語(2008年一季度中国汽$!品与服%&量投"分析#告(CAAS))http : //www.caq.
org.cn/html/Download/Download_CAQ_Han/131729.asp, 2008年5月28日参照。
8 Rosen, Emanuel.,The Anatomy of Buzz−How to Create Word−of Mouth Marketing,New York : Dou- bleday, 2000.(エマニュエル・ローゼン『クチコミはこうして作られる−おもしろさが伝染するバ ズ・マーケティング−』日本経済新聞出版社,2002年,28−33ページ。)
9 李澤建「インターネット情報の影響分析」京都大学上海センター中国自動車シンポジウム『中国に おけるユーザーの購買行動−クルマの選び方・乗り方・売られ方−』,2007年11月3日報告資 料。
10 1 S店や4 S店,汽車交易市場に関しては,塩地洋『自動車流通の国際比較 −フランチャイズ・
システムの再革新をめざして−』有斐閣,2002年や,孫飛舟『自動車ディーラー・システムの国 際比較 −アメリカ,日本と中国を中心に−』晃洋書房,2003年。また,塩地洋,孫飛舟,西川 純平著『転換期の中国自動車流通』蒼蒼社,2007年などを参照されたい。