(東女医大誌 第49巻 第10 11号頁 1042〜1048 昭和54年11月)
〔臨床報告〕
全身性クリプトコッカス症の1剖検極
東京女子医科大学第二病理学教室(主任:梶田
渋谷由紀子・教授梶田
シブ ヤ ユ キ コ カジ タ昭教授)
昭
アキラ
消化器病センター(所長:小林誠一郎教授)
山 名 泰 男・長 岡
ヤマ ナ ヤス オ ナガ オカ タカネ
(受付 昭和54年7月11日)
はじめに
クリプトコッカス症は酵母状真菌の一種である Cryptococlcus neoformans(以下C・neoformansと 略称する)の感染症で1),本邦では従来比較的希 な疾患とされており,渡辺ら2)によれば1971年ま での10年間の報告例は127例に過ぎない.しかし 近年は急速に増加しており,カンジダ症,アスペ ルギルス症に次ぐ程になっている。日本病理学会 に報告された症例に関しては,1911年から1973年 までについて奥平3)がまとめている.感染頻度も 最近3年間の日本病理剖検回報4)で検討すると,
主病変,副病変のいずれかにクリプトコッカス症 ないしククプトコッカス感染と記載されている症 例は174例(総:剖検:数71,584例)である,このう ち全身性・原発性クリプトコッカス症は16例であ る.著者らは最近,臨床的に膵臓癌とその脳転移 と診断されたが,剖検により全身性の原発性クリ プトコッカス症と判明した1例を経験したので報
告する.
症 例 患 者371歳,男性.
家族歴:特記すべきことはない.
既往歴=30継代に肺炎に罹患,以後喘息があり,40歳 時からはリウマチ様関節炎がある.69歳時に右前頭部を 打撲した.
昭和53年6月頃より頭痛を自覚するようになり,以前 からあった高血圧のためと思い放置していたが,9月初 旬には食欲不振,嘔気,嘔吐が出現するようになった.
三選での検査で胃底部の異常陰影を指摘された.
現症と経過=同年10月5日東京女子医科大学消 化器病センターに入院し,胃生検を行なったが,
良性瀕痕と判明した.食欲不振,ロ区吐は増強し,
10月17日のX線検査で十二指腸下行脚内側に腫瘍 状陰影を認めた.逆行性膵胆管造影では膵,胆管 系に閉塞や狭窄はみられていない.肝シンチグラ ムで肝腫があり,膵シンチグヲムで膵全体にRI の取込みが減退し,膵機能低下が認められた.エ0 月20日の胸部X線像では特に異常は認められず,
EMI scanでも異常所見がなかった.その後次第 に傾眠状態となり,尿失禁,健忘,失見当識が出 現し,11月7日には37.8℃の発熱があり,血圧が 180/105と上昇し,11月8日死亡した.
Yukiko SHIBUYA, Ak置ra KIAJ亘TA, M.D. The Second Department of Pathology,(Director:Prof. Akira KAJITA)Tokyo Women,s Medical College, Yasuo YAMANA, Tak狐e NAGAOKA The Institute of Gas−
trQenterology,(Directorl Prof. Seiichiro KOBAYASHI)Tokyo Wo皿en s Medical College=Generalized Crypto−
coccosis−Report of an autopsy case.
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検査所見:一血液検査では,血小板カミやや低値
(16〜19万/mm3)を示し,白血球数は12月4目 に9,900/mm3とやや上昇したが,分核に異常は なく,血液理化学的にも門門はみられていない.
肺機能検査(10月7目)では肺活:量2,830ml,
深吸気量1,440ml,予備呼気量1,390ml,安静時1 回換気量359ml,安静時分時換気量7.2Z/min,最大 分時換気量27・11/min,1秒率75%で,軽度の拘束 性の換気障害がみられた.
肝・腎機能検査,尿検査には異常はなかった.
剖検所見
肺臓は,左860g,右1,100gと著明に重量が増 し,表面には多数の点状出血がある.割面は充実 性で粘液寒天様の外観を呈し,肺尖部および胸膜 下肺組織には軽度の:気腫がある (写真1,2).
組織学的には肺胞および細気管支腔内に無数の C・neoformansが壁着性ないし下冷に集落を作っ てみられ,また胞隔の破壊も目立つ(写真3).
ヘマトキシリン・エオジン染色でみると,菌体は 青く淡州し,その周囲には粘液様物質があり,被 膜を形成し,輪状に抜けてみえる.ムチカルミン 染色やPAS反応では,導体周囲に赤色ないし紫 赤色に染まる放射状構造がみられる (写真4).
感染巣周囲には四体を貧食した巨細胞,多核巨細 胞,リンパ球や形質細胞などの炎症細胞浸潤,泡 沫細胞,フィブリン析出が少量みられるが,菌の 繁殖の程度に比べると炎症性細胞反応の程度は極 めて軽く,肉芽組織の形成はあまりない.肺胞内 出一血が右回にみられる.C・neoformans菌感染とは 別に,非特異的な気管支肺炎を合併している.
脳は1,600gと重く,浮腫状に腫大し,くも膜 は混濁している.小脳および大脳の後頭葉と側頭 葉下面には点状・斑状のくも膜下出血がある.割 面では大脳,小脳,橋,延髄に軟化巣が多数みら れ,小嚢胞形成を伴なうものもある(写真5).
大脳では基底核,視床に病変が強く,中脳蓋には 米粒大の出血もみられた.組織学的には,脳およ び頚髄のくも膜下腔やウィルヒョウ・ロバン腔は 拡張し,多数のC・neoformanSの繁殖がみられ る.これらの菌の周囲には炎症細胞浸潤はみられ
ないが,細い静脈の周囲にはリンパ球の浸潤がみ られる(写真6),大脳,小脳,橋,延髄の脳内 病変は周囲との境界が明瞭で,軟化・脱髄を伴な った脳実質内に小豆大までの多数の菌の繁殖をみ
る.炎症細胞やダリア細胞の反応はみられない.
血管の増生もない.脳内病変にはくも膜一ド腔やウ ィルヒョウ・ロバン腔の病巣と連続するものが少 なくない(写真7).
肝臓は2,240gで著明に腫大して重く,被膜下 に米粒大の出」川州が散在している.割面では粟粒 大から米粒大の多数の灰白色結節が肝臓全体にわ たってあり,その他うつ血と軽度の脂肪化がみら れた(写真8).組織学的には,無数の粟粒大,
小結節性の菌増殖が小葉内にも小葉間にもみられ る(写真9).小結節には多数の繁殖した菌と共 に肝細胞の変性・壊死があり,少量の巨細胞や円 形細胞浸潤をみることもある.また軽度の線維化 がみられるところもある.
脾臓は重量が120gでやや重く,割面でみると 粟粒大の多数の灰白色病巣がある(写真10).組 織学的には,無数の菌の小結節1生繁殖巣で,小結 節内には少量の壊死があり,巨細胞形成や周辺の 円形細胞浸潤もみられる.これらの病巣は白脾 髄,赤門髄ともにみられる(写真11).リンパ濾 胞細胞は僅かに残存するが,多くは消失してい る.赤監置には中等度のうつ血がみられる.
腎臓は左220g,右180gで,やや腫大している.
割面では皮質および皮髄境界部に粟粒大の白色感 染巣が数個散在してみられたが,組織学的には尿 細管内腔および糸球体毛細血管内に多数の繁殖巣 があった.
副腎セこは米粒大,数個の繁殖巣がみられた,
全身リンパ節はいずれも肉眼的に著変はなかっ たが,組織学的に検索した頚部,肺門,後縦隔,
膵頭部,腸間膜,後腹膜リンパ節のうち肺門,後 縦隔,膵頭部,後腹膜リンパ節に顕微鏡大の繁殖 巣がみられた.扁桃にも顕微鏡大の繁殖巣があ る.腸管リンパ装置への浸潤はない.
その他,肉眼的には病変の明らかでなかった膵 臓,骨髄,右心室壁,甲状腺,顎下腺にも顕微鏡
的大きさの繁殖巣が単発ないし多発性にみられ
た。
その他の臓器所見としては,心臓(3809)の軽 度の肥大,胃の5×3mmの浅い潰瘍,胃腸管粘 膜下のうつ血と浮腫,食道粘膜の歴欄と粘膜下出 血,下行結腸の腺腫様ポリープ,軽度の膀胱炎,
前立腺の萎縮などがみられた.
考 察
真菌感染症はステロイド剤,抗生物質,抗癌剤 などの使用により重篤な疾患の治癒率が向上して いるのに反し,むしろ増加の傾向にある.真菌感 染は症状が不定で弱いことや,有効な血清学的診 断法がないことより,正確な臨床診断を下すこと が困難な場合もあり,剖検ではじめてその存在を 認めることも少なくない.本症例も臨床的に原発 性膵臓癌とその脳転移と診断されたが,剖検によ
り全身性原発性クリプトコヅカス症であることが 判明したものである.
また,本症例は治療の全くなされなかったクリ プトコッカス症の症例であり,剖検時には肺臓,
脳,肝臓,脾臓にC・neoformansによる広汎かつ 重篤な病巣を認め,その他に小さな病変を腎臓,
副腎,リンパ節,膵臓,骨髄,心筋,甲状腺,顎 下腺などに認めた.
肺病変は両肺臓のほぼ全葉にわたってびまん性 にみられ,割面はC・neoformansの奏膜多糖体 により粘液寒天様の外観を呈した.組織学的に は,無数のC・neoformansが肺胞内,細気管支 腔内に繁殖しており,これは精密な喀:疾検査が行 なわれていれぽ,菌の検出が可能であったことを 示唆する所見である.肺クリプトコッカス症で喀 疾内に真菌を証明できる頻度は19%といわれてい る5).肺は最も病変のおこりやすい部位である が,その起り方には炎症性細胞反応をあまりおこ
さずにびまん性に広く拡がって真菌性急性肺炎を おこす型と,肉芽腫を形成して比較的遷延化し,限 局する傾向のある型がある.C・neoformanSの病 巣で二炎症細胞反応が欠落する理由については説明 されていない.菌体周囲の豊富な粘液物質が菌体 よりの毒素の拡散を阻止しているとも考えられる
が,高野6>は実験的研究から,クリプトコッカス 病巣では血管透過性因子,白血球増多因子が証明 できないと述べている.
脳は肺臓とともに好発部位であり,病変は髄膜 炎の型をとることカミ多く,頭痛,悪心,嘔吐,項 部強直,ケルニッヒ症候,意識障害などの臨床症 状を示す.自験例も髄膜炎をおこして,肉眼的 にくも膜は混濁,組織学的にはくも膜下腔にC・
neoformansの多数の繁殖をみた.また大脳,小 脳,橋,延髄の脳実質には多数の小病巣を認め た.C・neoformansが脳に病変をつくりやすい理 由は真菌の繁殖に都合の良い栄養素,特にチアミ ン,グルタミン酸,糖質などが豊:富なためと考え られている7).
肝臓は報告例でみると重篤な病変が少ないよう だが,自験例では無数の繁殖巣が肝臓全体にあ って,肝臓は腫大し,重量も2,240gと増してい る,しかし,肝機能検査ではGOT, GPT, LDH,
アルカリホスファター・ぜ,ビリルビンなどに著変 を認めていない.
脾臓は120gであまり重くないが,組織学的に はC・neofgrmansの粟粒大の繁殖巣が赤脾髄にも 白干髄にも多数みられる.
腎臓では尿細管腔や糸球体毛細.血管内に C・
ne・formansの繁殖を認め,真菌が血行性に全身 に撒布されていることがうかがえる.副腎は全身 性クリプトコッカス症では病変がおこりやすい部 位だが8),自験例でもみられる. リンパ節に真菌
の繁殖を認めたのは肺門,後縦隔,膵頭部,後腹 膜リンパ節であり,病変は小さく,またこれらの リンパ節の病変も肺臓,脾臓,膵臓,腎臓の繁殖 巣に由来する局所的変化と考えられ,リンパ節は それ程好発臓器とは言えないようである.
河合ら9)はクリプトコッカス深部感染症で全身 型といわれるものの中には,真菌増殖の主座が未 だ主要孤立臓器病変にある播種型と,真菌増殖と 血液網内系との関連の著明な型があり,後者を真 の全身型とよぶべきとしている.
C.neoformansは非伝染性の真菌で,人から入 への直接感染はなく,土壌中などの真菌からの外
一1044一
渋谷・他論文付図〔1〕
写真2 肺臓割面の肉眼像.肺臓は充実性で,粘液 様外観を呈する.
写真1 肺臓割面の肉眼像.肺臓割面でみると,
肺臓は全体に充実性である.
写真3 肺臓の組織像.PAS反応 ×300.肺胞内にはC. neQfor−
mansが集落を作ったり,孤立して繁殖し,懸隔の破壊も目立っ.
この部では炎症性細胞反応や肉芽組織形成がみられる.
写真4 肺臓の組織像.ムチカルミン染色 ×500.
C.neoformansはムチカルミン染色で,菌体は赤 染し,菌体周囲に淡赤色に染まる豊富な粘液様萸 膜を有する.分芽胞子による増殖像もみられる.
難繍
::懸樋
幾1蓼
写真5 大脳割面の肉眼像.大脳基底核には軟化・
渋谷・他論文付図〔皿〕
写真6 脳の組織像.K−B染色 ×30.髄膜はやや 肥厚し,拡張したくも膜下腔には,C・neoformans の繁殖や出血がみられる.
鍵 難灘議霧
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翻際・写真7 脳の組織像.K・B染色 ×30.脳実質内 に多発したC・neoformansの繁殖巣.
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写真8 肝臓割面の肉眼像.粟粒大から米粒大の無 数の灰白色結節が肝臓全体にある.
難 灘
写真9 肝臓の組織像.マッソン・トリク・一ム染 色 ×50.C. neoformansの結節性増殖は小葉内 にも小葉間にもみられ,癒合するものもある,
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写真10 脾臓割面の肉眼像.粟粒大の灰白色結節が 脾臓全体に無数にみられる.
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写真11脾臓の組織像.H−E染色 ×50. C・neo−
formansの菌の小結節性増殖が赤色髄にも白色髄 にも多数みられる.
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因性感染による.感染経路については,殆んどの 症例で肺病変を認めることから,肺が最初の感染 部位と考えられる.しかし皮膚に初発病巣を形成 後,肺や他臓器へ血行性撒布がおこるとする考え もある.一方C・neoformansは気道内に常:在菌と して存在することもあるため内因性感染の方を重 視する意見もある10).最近,クリプトコッカス症 が急速に増加しているのは外界のC・neofomlans の数が増えて外因性感染の機会が増加しただけで はなく,内因性感染機序も,この急速な増加に関 与している可能性もある.カンジダ症などでは単 独感染よりも混合感染の方が多いとする意見もあ るが,クリプトコッカス症では組織反応から察す ると,細菌などに対する反応がないことから混合 感染はむしろ少ないと思われる.
C・neoformansの重症感染は自験例のように全 く基礎疾患なく原発性に出現することもあり,ま た他の疾患に合併することもある.基礎疾患の有 無こ関する比率では,ほぼ同数ぐらいとする報告 が多い2)5)11) 13).二本病理剖検野望4)からみると 85,6%が基礎疾患を有することになる.これは臨 床的には症状を呈しないようなクリプトコッカス 感染症がかなり多いことを示している.一方,こ のような潜在的感染巣は,クリプトコッカス症の 発症における原発巣ともなり得る可能性もある.
基礎疾患としては白血病,悪性リンパ腫,その他 の悪性腫瘍であり,一般に記載されているのと同 様の傾向にある,本症がこのような疾患に合併し やすい理由は白血球減少,免疫能低下などに関係 すると思われる,欧米症例では糖尿病が基礎疾患 となるこども多い5)11).しかし,原発性の場合に は発病の機序は明らかでなく,自験例でも急速か つ全身性にC・neoformansの繁殖がおこった理由 を示唆する具体的な所見は得られていない.奥平 ら14)によれば,脳病巣内のCryptococcus cellの 大きさは臨床経過の短かいものでは菌細胞の大き
さが比較的そろっているが,経過の長いものでは 大小不同が著しく,かつ仮性菌糸などの異常形態 を示すものが多くなるという.
真菌症の内科的診断は難しいが,有効な:血清
学的診断のないことがその理由の一つである.
C・neoformansの抗体産生能は低く,凝集反応で みると,培養株の種類によりやや異なるが,いず れも低値を示し,診断的意義をもたない15)16).
C・neoformansが組織内に増殖するにも拘らず,
周囲組織に全く炎症反応を認めないのは,C・
neoformansの炎症惹起能や抗体産生能が低いこと に関連していると思われる.しかし他の真菌や細 菌の感染時に比較して生体の防衛反応が極端に低 いな:らば,C. neoformansはもっと重篤な所見を 示し,全身性の撒布をするものが多くてもよい であろうが,日本病理剖検二三4)の症例からみる
とAspergillus fumigatusやCandida albicansに 比べて全身撒布の傾向が特に強いとは言えない.
C・neoformansの組織学的な診断は比較的容易 である.特殊染色法としてはムチカルミン染色,
PAS反応が有効であるが,その他,蛍光染色や インデアインクによっても診断でぎる.Yasaki et aL17)はレオニン染色による蛍光観察で,蛍光の 強さと菌の活力とは相関があると述べている.喀 疾,脳脊髄液,尿,血液,便の培養も大切であ
る.
結 語
全身性の原発性クリプトコッカス症の1剖検例 を報告した.本症例は臨床的に膵臓癌およびその 脳転移と診断されたため,クリプトコッカス症の 治療はなされておらず,自然経過をとったクリプ
トコッカス症の症例である.
文 献
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