『金光明最勝王経音義』所載「以呂波」のアクセント
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(2) アクセント史資料研究会『論集』XI(2016.2). 1.はじめに 承暦三年(1079)「抄了」の識語をもつ大東急記念文庫所蔵本『金光明最勝 王経音義』は、その日本語学上の学術的価値が非常に高いものであると認め られている。一方、その成立事情や冒頭に記されている「伊呂波」の大字小 字の使い分け、そこに注記されている声点が何を表すのかなどをはじめとし て、多くの重要な問題が未解決のまま残されている。 本音義は全 14 枚の冊子本で「前書き」・「本文」・「後補」のおおよそ三つの 部分から構成されている。最初の 2 枚(1 丁表~ 2 丁裏)が前書き、3 ~ 12 枚 目(3 丁表~ 12 丁裏)までが本文、13・14 枚目(13 丁表~ 14 丁裏)が後補であ る。ただし 14 枚目は音義とは直接関わらない引用である。 前書きには序文に続けて「先可知所付借字」「次可知濁音借字」「次可知レ ゝ二種借字」「次可知声」として万葉仮名と声点の用法について記したの記事 と図が記されている。これらは本音義本文の凡例に相当する。清音の借字(万 葉仮名)の一覧である「以呂波」は七字区切りで示されている。各音を表す借 字には大字と小字のペアがあり、平声あるいは上声位置に、両者が異なるよ うに声点(朱単点)が注記されている。「濁音借字」では五十音図の形式でバダ ガザの 4 行が示されている。借字はすべて濁音を専用に表示するための濁音 仮名が用いられており、平声あるいは去声位置に濁声点(朱双点)が注記され ている。「レゝ二種借字」は呉音の発音に関する注記で、喉内韻尾[ŋ]を表す 「レ」には「件のレ音宇ニハ異也」、舌内韻尾[n]を表す「ゝ」には「件の音 ムニハ異也」との注記がある。「声」を示すための声点図は平声軽と平声重、 入声軽と入声重を区別する六声体系の差声方式によるものである。声点図の 各声点には「平」「上」「去」「入」「東」「徳」の文字が記されている。 本文は『金光明最勝王経』から巻ごとに難字を抜き出し、そこに割り注形 式で音注と和訓をほどこしたものである。本文最後の 12 枚目裏には「承暦三 年[己未]四月十六日抄了」の識語がある。掲出字に注記された声点の差声方 式は四声体系であり、呉音声調を表している。掲出字の大多数には割り注形 式で右側に音注、左側に和訓が施されている。音注の形式には図版 1 のよう な反切形式によるものと、図版 2 のように類音(直音)注形式のものとがある。 音注に用いられた借字に声点は注記されていない。和訓は万葉仮名表記で濁 音を表す場合多く濁音仮名が用いられているが、清音仮名を濁音表示に流用 する例も少なからず見られる。和訓の仮名には六声体系の声点注記がある。 なお、本音義の声点はいずれも朱星点かつ単点である。. -2-.
(3) アクセント史資料研究会『論集』XI(2016.2). 函 不 牟 比 ツ. 可 牟 反. 図版1 反切. 蛭 比 流. 七 音. 図版2 類音注. 図版 1「函」字には平声点、「不牟比ッ」には〈上上平平〉の声点注記があ る。図版 2「蛭」には平声点、 「比流」には〈平東〉の声点注記がある。なお、 「渧(去). 天伊反」のごとく反切の借字の声調は帰字(掲出字)の声調を表し. ていない(「以呂波」では「天」 「伊」ともに上声点注記字)。金田一春彦(1957) はこれらの声点注記例の一部の声点注記位置が「以呂波」大字・小字の声点 位置に対応していることを発見し、本音義で一種のアクセント仮名遣いが行 われていることを指摘した。 後書のうち 13 枚目表には万葉が表記の和訓若干を記し、同裏には片仮名書 きの「五音又様」「五音」と特殊ないろは歌をいずれも片仮名で記している。 『金光明最勝王経音義』の日本語学的資料価値は、冒頭に掲載する「伊呂 波」がいろは歌として現存最古であること、和訓の万葉仮名訓が古態をとど めていること、和訓に注記された声点によって示されるアクセントもまた図 書寮本『類聚名義抄』よりも古い時代のものと推定されることなど、枚挙に 暇がないほどである。アクセント資料としての規模は大きくないものの、六 声体系の差声方式であること、形容詞終止形語末の仮名には例外なく平声軽 点が注記されていること、特に二拍動詞第二類語末(「八徒〈平東〉(恥)」)、 二拍名詞第1拍(「尓自〈東平〉(虹)」)の平声軽点注記例は他資料に類例が ないことなどから、その資料的価値は非常に高い。 小論の目的は前書きに掲げられた「伊呂波」声点のが何を表しているのか を明らかにすることである。タイトルを「「伊呂波」のアクセント」としたの は、小論が「伊呂波」の声点がいろは歌のアクセントを反映しているとの立 場からの考察であることを踏まえてのことである。前書き「以呂波」声点と 本文和訓の声点の性質の違いに着目し、両者の差異は編者が依拠した抄出元 の資料と編者が作成した前書きとの間の時代差ではないかとの仮説を立て、 そのうえで本音義の成立事情についての新見解を提出したい。 なお、小論における考察は築島裕編(1981)『金光明最勝王経音義』(古辞書 音義集成 12. 汲古書院)のカラー版複製に拠る。. -3-.
(4) アクセント史資料研究会『論集』XI(2016.2). 2.研究史 『金光明最勝王経音義』の研究史は長く、すでに多くの研究成果の蓄積が ある。ここでは研究史を詳述することを避け、研究書籍・論文・索引を年表 形式で示し、それをもって研究史の概略に代えることにする。なお、ここで は著者名と書名・論文名のみ記す。その他の書誌については小論稿末の文献 一覧を、また、詳しい研究史については個々の論文を参照していただきたい。 特に近藤泰弘(1981)はそれ以前の研究をよく整理したうえで批判的に検討を 加えている。 表1 『金光明最勝王経音義』研究史年表 著者名. 発行年. 木村正辞 木村正辞. 『書名』/「論文名」. (1859)『金光明最勝王経音義攷証』 『金光明最勝王経音義和訓索引』. 平井秀文. (1940)「承暦本「金光明最勝王経音義」に就いて」. 平井秀文. (1940)「承暦本金光明最勝王経音註国語索引」. 川瀬一馬. (1955)『古辞書の研究』. 馬淵和夫. (1955)「「いろはうた」のアクセント」. 金田一春彦(1957)「金光明最勝王経音義に見える一種の万葉仮名遣について」 吉田金彦. (1958)「金光明最勝王経音義」の項目. 川瀬一馬. (1959)「承暦鈔本金光明最勝王経音義について」. 川瀬一馬. (1959)「承暦鈔本金光明最勝王経音義解説」. 小松英雄. (1959)「承暦鈔本金光明最勝王経音義索引」. 馬淵和夫. (1959)「いろは歌(二)金光明最勝王経音義の「いろは」」. 相磯. (1979)「承暦三年本「金光明最勝王経音義」の「古」と「己」」. 裕. 小松英雄. (1959)「平安末期機内方言の音調体系Ⅰ」. 小松英雄. (1959)「平安末期機内方言の音調体系Ⅱ」. 馬淵和夫. (1963)『日本韻学史の研究Ⅱ』日本学術振興会. 馬淵和夫. (1971)『国語音韻論』笠間書院. 小松英雄. (1971)「平安末期機内方言の語調体系―下降調音節の導入による再体系化のこ ころみ―」. 白藤禮幸. (1977)「金光明最勝王経音義」の項目. 小松英雄. (1979)『いろはうた』中央公論社. 清水. (1979)「承暦三年鈔本. 史. 金光明最勝王経音義音注攷―意訳漢字の場合・声母篇. ―」 野間達子. (1979)「金光明最勝王経音義の和訓に関する一考察」. -4-.
(5) アクセント史資料研究会『論集』XI(2016.2). 山崎. 馨. 近藤泰弘. (1979)「金光明最勝王経音義」の項目 (1981)「承暦本金光明最勝王経音義の以呂波歌について―音図と色葉歌との交 渉―」. 築島. 裕編(1981)『金光明最勝王経音義』. 築島. 裕. (1981)「金光明最勝王経音義解題」. 築島. 裕. (1981)「金光明最勝王経音義索引」. 遠藤和雄夫(1983)「『金光明最勝王経音義』の「五音又様」小考」 西崎. 亨. (1995)「金光明最勝王経音義」. 松本光隆. (1996)「金光明最勝王経音義」の項目. 吉田金彦. (1980)「金光明最勝王経音義」の項目. 小松英雄. (1985)「金光明最勝王経音義」の項目. 沖森卓也. (1994)「金光明最勝王経音義」の項目. 金田一春彦(2000)『日本語音韻音調史の研究』 金田一春彦(2005)『金田一春彦著作集 白藤禮幸. 第九巻』. (2007)「金光明最勝王経音義」の項目. 本資料の日本語学上の特色と価値については、沖森卓也(1994)による「経 典辞書。1 冊。著者未詳。1079 年(承暦 3)の識語があり、成立はそれよりす こし古いかと推測される。『金光明最勝王経』の巻音義で、436 の漢字を掲出 し、字音注、意義注を記し、万葉仮名で和訓を付す。上代特殊仮名遣いのコ の甲類・乙類や清濁、アクセントの万葉仮名による書き分け、韻尾のウと三 内撥音(はつおん)尾のそれぞれの区別、字音の四声や和語のアクセントの施 声など、音韻認識のうえで注目される。とくに、アクセントの平声(ひょうし ょう)と平声軽(ひょうしょうかる)との区別は貴重である。また、現存最古の いろは歌と、醍醐寺(だいごじ)蔵『孔雀経音義(くじゃくきょうおんぎ)』に 次ぐ古い五十音図とを所載している。大東急記念文庫蔵」や松本光隆(1996) による「本音義の仮名づかいは、ア行のエとヤ行のエの区別はなく、ハ行転 呼による混用例が存する。語頭のオとヲ、語中尾のイとヒヰ、エとヘヱ、オ とホヲには混用例は認められない。又、上代特殊仮名づかいのコを表す「古」 「己」が使用され、一例を除き古例に叶っているが、この問題に関しては諸 説が存する。一般には、上に掲げた事象などから、その成立が、10 世紀には 遡りにくいと考えられている」という記述にほぼ尽くされている。 本音義の成立事情について触れた川瀬一馬(1955)には「国訓は凡て真仮名 を以て表記し、その表記の字体は左表の如くであつて、巻首の「以呂波」の 表記の文字と合致するものも多いが、又、互いに出入がある点から推すと、 或は承暦三年に抄出した筆者が巻首表記の字体に統一せんとする意図の下に 本文所記の字体を改正したものもあると思はれるが、また原文の儘に抄出し たものもある事と察せられる。巻首表記の字体と巻中の国訓に使用のそれと. -5-.
(6) アクセント史資料研究会『論集』XI(2016.2). が互いに出入が多い事は、かゝる事実を意味するものであらうと思ふ」との 注目すべき記述がある。すなわち万葉仮名の和訓は「原文の儘に抄出」され たものとの見解を示されているのである。さらにその万葉仮名訓の成立時期 に関しても「真仮名の異体字は新撰姓氏録・日本現報善悪霊異記・新撰字鏡 等に相似している点が見られるのは、その表記の年時を暗示するものと思は れるのであつて少なくともその国訓の性質は平安中期以前のそれを伝へるも のと認むべきであらう。即ち、国語史料としての価値も亦承暦以前の内容を 伝へる点に存すると考へる」としており、松本光隆(1996)の「一般には、上 に掲げた事象などから、その成立が、10 世紀には遡りにくいと考えられてい る」とする見方と対立する。また川瀬一馬(1955)には「承暦三年の抄出者は は恐らく僧都であらう。その巻首の附載は、法華経単字の巻末附載若しくは 法華経音の分算法並びに巻末附載等、音韻上に関する僧都の研究が次第に進 展しつゝあつた時勢の動向を示すものとして注意すべきものである」とする 本音義成立の学問的背景についても重要な指摘がある。 以上のように本音義の成立事情や「以呂波」の解釈については諸説があり、 いまなお多くの問題が残されているが、吉田金彦(1980)の「音注・声点は和 音(日本漢字音)・四声史の有力な資料となり和訓は語彙研究上有益な資料と なり、単に仏典の特殊辞典というに止まらず、辞書発達史・国語史・国語学 史上重要な文献である」とする本資料の高い評価は現代でも変わらないとい えよう。 前書き・本文は同筆と考えられているが、後書については同筆・別筆の両 説がある。また、前書きと本文の借字と声点について、いずれも編者の手に なるとするもの、声点は編者の差声とするものとする説があるが、小論では 本文の借字と声点については抄出元の資料のそれを編者が字面・声点注記位 置のいずれも改変せずに引用したものと考える。「以呂波」の字母には編者に よる追加・改変があると考える 3.「以呂波」の復元 前書きに記された「以呂波」には欠損部分があり、借字と声点の有無が判 別しがたい箇所がある。また「し」の音節を表す借字の字母が判別しがたい。 さらに「し」の 2 番目の小字は大字の真下に位置しており、欠損部分には第 3 の小字が存在した可能性がある。表 2 は前書きの「伊呂波」を翻字したもの である。原文の縦書きをここでは横書きとし、声点は(. )内に「平」「上」の. 文字をもって示した。「×」は声点注記がないことを示す。なお、借字の位置 を示すために表の横軸に1~7の数字を、縦軸に a ~ g のアルファベットを. -6-.
(7) アクセント史資料研究会『論集』XI(2016.2). 付した。. 表2 前書き「以呂波」翻字 1 伊(上). a. 以(平). b. 千(平). 知(上). 与(平). c. 餘(上). d. 良(平). e. 耶(上). 羅(上). 也(平). 2 路(上). 呂(平). 安(平). 阿(上). 八(平). 波(上). 理(上). 利(平). 沼(上). 奴(平). 太(平). 多(上). 礼(上). 連(平). 无(上). 牟(平). 宇(上). 有(平). 末(平). 万(平). 介(平). 計(平). 麻(上). f. 3. 作(平). 佐(上). 気(上) 幾(上). 伎(平). 4. 5. 尓(上). 耳(平). 保(上). 本(平). 留(平). 流(上). 曽(上) 謂(平). 布(平). 年(平). 祢(上). 乃(平). 能(上). 不(上). 王(平). 和(×). ツ(上). 津(平). 為(上). 反(平). へ(上). 遠(平). 乎(上). 祖(平). 6. ×(×). 於(平). 古(上). 己(平). 延(平). 衣(上). 會(平). 恵(平) 廻(上). 皮(平). 比(平) 非(上). 文(上). 毛(上). 都(上). 止(平) 可(平). 加(上) 奈(平). 那(上) 九(上). 久(平) 弖(平). 天(上). 符(×) 由(上). 喩(平). 馬(平). 女(上). 弥(上). 美(平). 面(平). g. 7. 世(平). 勢(上). 志(平). 之(上)七(×) (四)(×). 寸(平). 須(上). 裳(平). b6「和」に声点注記がないのは本文和訓借字に「和」が使用されていな いことによるか。和訓では語中の「ワ」の音節を「八」で表記している。 f5大野透(1962)によれば「馬」「面」は万葉集だけ用いられている稀用字 である。本音義編者は「驢(去)宇佐伎馬〈平上上上〉」の「馬」を「メ」の仮 名と誤認したか。観智院本名義抄に「驢. ウサキムマ〈平上上上双上〉」(鎮. 国守国神社本は〈平上双上双上上〉)とあり「馬」は漢字表記である。なお金 田一春彦(1957)は「ウサキマ〈平上上上〉」と読んでいる。 f 7「七」「(四)」は d 7に「九」があることによる。「(四)」は「七」の左 に1字分のスペースがあることからその存在を推定した。「七」「四」はいづ れも類音注として使用されているが反切には使用されていない。平井秀文 (1940)・川瀬一馬(1955)・金田一春彦(1957)は「志」の左側の文字を「士」. -7-.
(8) アクセント史資料研究会『論集』XI(2016.2). とし、近藤泰弘(1981)は「?」とする。 d6「於」に上声字がないのは平安時代に「オ」の音節を表す適当な仮名 が存在しなかったためだろう。 e7の「弖」の平声点とf7の「之」の上声点は極薄いものでが複製で確 認できる。g3「裳」の平声点はさらに薄いがおそらく平声点だろう。 小字が複数ある場合の配列順は、大字と異なる声調の字を左側に配置する のが大原則で、例外がない。大字の右側に配置される借字には大字と同じも のと異なるものがある。このことから右側の小字は追加されたもので在る可 能性が高い。 「以呂波」の個々の借字の声点がどのような基準によって決定されている のかについては金田一春彦(1957)に「しかして、「法華経音」・「法華経単字」 などの文献を参照すると、この音義の本文の中で上声の点が差され、且この 「いろは」歌でも上声の点が差されている文字が、大体は呉音で上声又は去 声の文字であり、この音義の本文並びにこの「いろは」歌において平声の点 が差されている文字は、大体呉音で平声または入声の文字であることが知ら れる」との説がある。例外については「但し総てが総て呉音の四声に合って いるわけではない。それらは呉音から転じたという和音の四声に依ったもの かと思う。「津」「女」などは和訓のアクセントによったものであろう」とし ている。この金田一春彦(1957)の主張はその後の研究では必ずしも受け入れ られているわけではないが、小論では基本的に金田一説を受け入れる。それ は「伊呂波」声点によって示された声調が、呉音声調における一音節去声字 の上声化と和語アクセントの上昇調から高平調への変化を反映していると考 えられることによる。一音節去声字の上声化についての研究である佐々木勇 (1987)によれば「以呂波」借字として使用されている一音節去声字は以下の ようになっている。 親鸞筆『観無量寿経』(鎌倉時代極初期写) 句頭において上声点注記のある字…「不」 句中上声点注記のある字…「不」「婆」弥「波」「流」「須」「之」「何」「於」「无」「為」 「羅」「多」 句頭去声点注記のある字…「不」 「婆」 「弥」 「流」 「須」 「之」 「何」 「持」 「於」 「无」 「為」 「羅」「多」 句中去声点注記のある字…「弥」「波」「須」「之」「何」「持」「无」「羅」「多」 聖衆来迎寺『妙法蓮華経』(院政時代末期写) 句頭上声点注記のある字…「都」「婆」「不」 句中上声点注記のある字…「婆」「不」「阿」「為」「求」 句頭去声点注記のある字…「都」「婆」「不」「阿」 句中去声点注記のある字…「阿」「羅」「為」. -8-.
(9) アクセント史資料研究会『論集』XI(2016.2). 保延本『法華経単字』 句頭上声点注記字…なし 句中上声点注記字…「於」「不」「為」「求」「夫」「麻」「祖」 句頭去声点注記字…「持」「奴」「都」 句中去声点注記字…「知」「之」「非」「九」. 佐々木勇(1987)によれば一音節去声字の上声化は、句中字から始まり句読 字に及んだことが知られるのである。『金光明最勝王経音義』前書きの「次可 知レゝ二種借字」にあげられた例のうち「天(去)テゝ」 「本(平)ホゝ」 「文(去) モゝ」は同じく前書きの「以呂波」では「天(上)」「本(平)」「文(上)」とな っている。本音義の編者にとって呉音「天」「文」の声調は去声だったが借字 としての声調は上声だったのである。同時に「ヌ(沼)」「メ(女)」の和語とし ての声調は去声だったと考えられる(他の訓仮名「チ(千)」 「ツ(津)」 「モ(裳)」 の平声は平安時代の和語アクセントに合致することから)が借字(訓仮名)とし ての声調は上声だったのである。このことから一音節の借字(万葉仮名)では 呉音声調(去声)に基づく音仮名と和語アクセント(上昇調の音調をもつ1拍名 詞には去声点が注記される)に基づく訓仮名が承暦三年時点でともに去>上の 変化を遂げていたことを知るのである。なお、大野透(1977)によればg3「文」 字を「モ」の仮名に用いることは『出雲風土記』の地名表記に 1 例だけに見 られる稀用中の稀用字であり、 「以呂波」に掲載されていることが疑問である。 「次可知レゝ二種借字」にある「天」「本」につられてしまった編者の勇み足 か。 4.「以呂波」の借字 承暦本『金光明最勝王経音義』前書き所載の「伊呂波」の仮名字母はどの ように決定されたのだろうか。以下に①~⑥の6種の借字の字母一覧表を五 十音図形式で作成し、相互の関連の有無を確認する。 ①凡例「伊呂波」 ②凡例濁音五音 ③本文掲出字反切借字 ④本文掲出字類音注借字. ※1拍のみ. ⑤本文和訓借字 ⑥参考:凡例「レゝ二種借字」の借字 表 3 を見ると川瀬一馬(1955)の指摘する「新撰姓氏録・日本現報善悪霊異 記・新撰字鏡等」の文献以外にも『新訳華厳経音義私記』万葉仮名和訓の字. -9-.
(10) アクセント史資料研究会『論集』XI(2016.2). 母と共通するものが多いことが知られる。比較的稀用に属すると考えられる 「延」「智」「祖」「耳」「年」も両者に共通する。平安時代の万葉仮名字母に ついては鈴木豊(1988)などを参照していただきたい。 近藤泰弘(1981)は本音義の「伊呂波」を五十音図形式に配列し直した場合 にア段とエ段の大字に上声点注記字が集中し、イ段とウ段には平声点注記字 が集中することを指摘した。オ段にはそのような偏りがない。今仮に五段の 借字が 表3 前書き「伊呂波」の借字字母一覧 あ 阿・安. い 以・伊. う 有・宇. え 衣・延. お 於・. か 加・可. き 伎・幾. く 久・九. け 計・介気. こ 己・古. さ 佐・作. し 之・志七(四) す 須・寸. せ 勢・世. そ 曽・祖. た 多・太. ち 千・知. つ 津・ツ. て 天・弖. と 止・都. な 那・奈. に 耳・尓. ぬ 奴・沼. ね 祢・年. の 能・乃. は 波・八. ひ 比・皮非. ふ 不・布符. へ ヘ・反. ほ 本・保. ま 万・末麻. み 美・弥. む 牟・无. め 女・馬面. も 毛・文裳. や 耶・也. ゆ 喩・由. ら 良・羅. り 利・理. わ 和・王. ゐ 為・謂. ※大字・小字. る 流・留. ゴシック体=上声点字. よ 餘・与 れ 連・礼. ろ 呂・路. ゑ 恵・會廻. を 乎・遠. □=声点注記なし. 本来は「上平平上平」のように配列していたと考えると現「伊呂波」の借字 との一致数はア段 7 / 9、イ段 7 / 9、ウ段 6 / 9、エ段 6 / 9、オ段 5 / 10 となり、合計 31 / 46 での一致率は 67.4 %(「和」字を上声と見なせば 32 / 47 で一致率は 68.1 %)となる。ア段からエ段の高い一致率を偶然と見ることは難 しそうであるが、例外があること、オ段の一致率が高くないことの説明もま た難しそうである。このことについては第5章で考えたい。 表4 前書き濁音五音の字母一覧 が 我・何. ぎ 義・疑. ぐ 具・求. げ 下・夏. ご 吾・五. ざ 坐. じ 自・事. ず 受. ぜ 是. ぞ 増 *. だ 駄・堕. ぢ 地・持. づ 頭・徒. で 弟・(傳). ど (土). ば 婆*. び 毘♯. ぶ 父・夫. べ 倍. ぼ 菩. - 10 -. *虫損. *平声も.
(11) アクセント史資料研究会『論集』XI(2016.2). ※大字・小字. ※ゴシック体=去声点. □=声点注記なし. ※(傳)(土)は欠損箇所だが本文借字の使用例から推定して補った。. 濁音の借字に注記された声点は平声点と去声点と二種類だけである。小字 には声点注記がない。大字「婆」のみ平・去の二声点が注記されている。ア 段~エ段について表 3 で見られたような「上平平上」という声調の特別な偏 りは見られない。 表5 本文掲出字反切借字の字母一覧 あ 阿. い 伊以. う 宇. え 衣. お. か 可火化. き. く 可火化. け 介計. こ. さ. し 志所. す 須. せ 世. そ. た 太. ち. つ. て 天. と. な. に. ぬ. ね 祢. の. は 八波. ひ. ふ 布. へ ヘ. ほ. ま. み. む 牟. め 女. も. や. ゆ. ら 良. り. わ. ゐ. が 我. ぎ. ざ. よ. る. れ 礼. ろ. ゑ. を. ぐ. げ. ご. じ. ず. ぜ. ぞ. だ 堕. ぢ. づ. で. ど 土. ば. び. ぶ. べ 倍. ぼ 菩. 合拗音を表す「火」「化」、拗音を表す「所」を除くと他はすべて「以呂波」 「濁音の五音」に用いられている借字と一致する。 表6 本文掲出字類音注借字の字母一覧(1拍字のみ) あ 阿. い. う. え. お. か 迦化花. き 奇幾. く 俱九苦. け 計. こ 古故. さ 佐. し 四七之子. す 須. せ. そ. た 他. ち 知. つ. て. と. な. に 二. ぬ. ね. の 能. は. ひ 比彼皮. ふ 符♯. へ. ほ 本. ま 麻. み. む 武牟. め. も. や. ゆ 喩. ら 良羅. り 利理. わ. ゐ. が 夏♯. ぎ 貴♯儀. よ 与. る 流 ぐ. - 11 -. れ. ろ. ゑ. を. げ. ご 五.
(12) アクセント史資料研究会『論集』XI(2016.2). ざ. じ. ず. ぜ. ぞ. だ 陀駄蛇. ぢ 尼♯. づ. で. ど 土. ば. び. ぶ 部父. べ. ぼ. 表 6 には「千」「鉢」「計」などの2拍字や「居」「主」「龍」など拗音を含 む字を含まない。「伊呂波」の字母と一致するものが多い。 表7 本文和訓借字の字母一覧 あ 阿安. い 以伊. う 宇有. え 衣. お 於. か 加可. き 伎き幾. く 久九. け 介計. こ 古己. さ 佐. し 之志. す 須寸. せ 勢世. そ 曽. た 多太. ち 知智. つ ツ. て 天. と 止. な 奈那. に 仁尓. ぬ. ね 祢. の 乃. は 八. ひ 比非. ふ 不布. へ ヘ. ほ 保. ま 万末. み 美. む 牟. め 女. も 毛. や 也耶. ゆ 由. ら 良. り 利リ理. わ. ゐ 為. が 何. ぎ 疑. ざ 坐. よ 与. る 流留. れ 礼. ろ 呂. ゑ 會恵. を 乎. ぐ 具. げ. ご. じ 自. ず. ぜ. ぞ. だ 堕太. ぢ. づ 徒. で 傳. ど. ば 婆. び. ぶ 父夫. べ. ぼ. ※「わ」の音節にはハ行転呼のために「ハ」の借字が用いられている。. このうち「以呂波」にあって本文和訓借字に使用されていないものは「延」 「気」 「作」 「祖」 「千」 「津」 「弖」 「都」 「耳」 「奴」 「沼」 「年」 「能」 「波」 「反」 「本」 「麻」 「弥」 「无」 「面」 「裳」 「喩」 「餘」 「羅」 「連」 「路」 「和」 「王」 「謂」 「遠」である。これらの仮名は編者が補った可能性が高い。一方、本文和訓 借字として使用されていながら「以呂波」の借字に採用されていないものは 「智」「仁」「り」がある。 濁音借字は「太」を除くとすべて前書きにある濁音の五音に示された借字 と一致する。「太」字は本文和訓では清濁両用字である。濁音を表すのに清音 字が使用されている例として他には「伎」「久」「ツ」「不」「保」(以上本文) 「幾」(後補)がある。 前書き「レゝ二種借字」では濁音には万葉仮名を用いているが清音には片 仮名を用いている。これは編者が本文から用例をとったのではなく凡例にふ. - 12 -.
(13) アクセント史資料研究会『論集』XI(2016.2). さわしい簡略な字を選んだことによるだろう。この条に示された例はは編者 による作例であり、「抄出」によるものではないのである。濁音に片仮名を用 いていないのは片仮名に濁声点を用いることが一般化していなかったからだ ろう。清濁は編者にとっていまだ漢字音に属する概念であったと考えられる。 以上表 3 と表 4 ~表 7 を比較してみた結果、両者間の一致度が高いことを 知るのである。 表8 参考:前書き「レゝ二種借字」の字母一覧 あ. い. う. え. お. か カ. き キ*. く ク. け 介. こ. さ. し シ. す. せ. そ ソ. た タ. ち チ. つ. て. と 止♯. な. に. ぬ. ね. の. は ハ. ひ. ふ. へ. ほ. ま. み. む. め. も. や. ゆ. ら. り. わ. ゐ. が 我. ぎ 義. ざ. *異体. よ. る. れ. ろ. ゑ. を. ぐ 具. げ 下. ご 五. じ 自事. ず. ぜ 是. ぞ. だ 堕. ぢ 地. づ. で 弟. ど 土. ば 婆. び. ぶ. べ 倍. ぼ. 「伊呂波」の借字は本文の字音注・和訓のそれとすべて一致しているわけ ではないが、編者は本文和訓や反切の借字を網羅しようとしたようである。 おそらく編者はまず本文から借字を採り、次に平声・上声のペアを作るため に不足する借字を補ったと考えられる。 5.いろは歌のアクセント 5.1 差声方式と声点図 図版 3 は前書きに示されている声点図を翻字したものである。図版 4 は前 書き「伊呂波」の声点、図版 5 は前書き濁音借字の声点、図版 6 は本文掲出 字の声点、図版 7 は本文和訓の声点から作成した声点図である。図版 8 は一 般的な呉音声調を示す声点図である。. - 13 -.
(14) アクセント史資料研究会『論集』XI(2016.2). 上 ●. ● 去. 東 ●. ● 徳 ●. ●. 平. 入. 図版3 凡例の声点図 ●. ●●. ●. ●●. 図版4 前書き例伊呂波の声点図 ●. ●. 図版5 前書き濁音借字の声点図 ●. ● ●. ●. ●. 図版6 本文掲出字の声点図 ●. ●. ●. ●. 図版7 本文万葉仮名和訓の声点図. 図版8 一般的な呉音声点図. 図版 3 の前書き声点図の差声方式は六声体系である。漢音声調に基づいて いると考えられるが、声点図の下に呉音声調に関すると考えられる「和音上. - 14 -.
(15) アクセント史資料研究会『論集』XI(2016.2). 声去声随便相通」の記述がある。この記述は本来は図版 8「一般的な呉音声点 図」を別途示してそこに付されるべきものである。図版 4 前書き「伊呂波」 声点の差声方式は四声体系(ただし去声点・入声点はない)である。図版 5 書 きの濁音借字声点の差声方式は四声体系(すべて双点による濁声点、平声点と 去声点の二声調で、上声点の注記はない)である。図版 6 本文掲出字の声点の 差声方式は四声体系(ただし上声点は稀)である。図版 7 本文万葉仮名和訓の 声点は六声体系(ただし去声点・徳声点・入声点はない)。以上の声点図を差 声方式によって分類すると以下のようになる。 図版 3 前書きの声点図 六声体系 図版 7 本文和訓 図版 4 前書き伊呂波 図版 5 前書き濁音借字. 四声体系. 図版 6 本文掲出字. 図版 3 に示したように前書きには六声体系の声点図が示されているだけで あり、四声体系の声点図は示されていない。本来は図版 8 に示した四声体系 の一般的な呉音の声点図がり、そこに「和音上声去声随便相通」の注記があ ってしかるべきである。四声体系は呉音声調を背景とする差声方式、六声体 系は漢音声調を背景とする差声方式である。通常四声体系の平声点と六声体 系の平声重点がその注記位置を同じくすることはない。たとえば岩崎本『日 本書紀』の声点は呉音声調を示す場合は図版 8 のような四声体系により、漢 音声調を示す場合は図版 3 のような六声体系によっており、呉音の平声点と 漢音の平声重点の位置が紛らわしいような例がない(鈴木豊 2008 参照)。小松 英雄(1971)は図版 3 の声点図を四声体系と六声体系を合わせて示した「複式 声点図」であると解釈するが、疑問である。序に記すように本音義が初学者 のための入門書として作成されたものであれば、別途呉音声調を示すための 四声体系の声点図を記すべきではなかろうか。本音義では漢音読する漢字が 存在しないため、本文の掲出字には四声体系による声点が、本文の和訓には 六声体系による声点が注記されており、両者の識別に困難をきたすことがな い。しかし凡例として作成した「伊呂波」の借字および「濁音借字」が、す で第4章で見てきたように、多く本文和訓の借字と共通するものであること を考えるとき、そこに四声体系による声点注記を施すことは理解しがたいこ とである。六声体系による声点注記がある和訓借字の凡例として作成された 「伊呂波」借字に四声体系による声点注記がなされたのは、この音義の編者 が六声体系の声点注記が意味するところ、つまり声点がどのようなアクセン. - 15 -.
(16) アクセント史資料研究会『論集』XI(2016.2). トを表しているかを、十分には理解できなかったことによるのではなかろう か。正確な平声軽点の注記位置は和訓の声点が編者によって差されたもので あるとみる立場は、本音義の声点注記位置が正確であること、特に平声軽点 の注記位置が明瞭であることに支えられている。小論では声点注記位置の正 確さが差された声点であることによるのではなく、それが注意深く抄出され たことによっていると考える。和語に六声体系の声点注記がある代表的資料 である岩崎本『日本書紀』、半井本『医心方』、図書寮本『類聚名義抄』のい ずれの声点も移点を経たものであることは鈴木豊(2012)(2013)に記したが、 小論が対象とする本音義の声点もまた声点付き和訓を抄出することによって 作られた文献ということになる。本音義の和訓の声点がおそらく平安時代中 期以前の非常に古いアクセントを反映しているにもかかわらず、その凡例と して書かれた前書きの中に不審な点が見られるのはこのような事情によるも のと考えられる。 5.2 「伊呂波」のアクセント 本音義前書きの「伊呂波」大字の声点が何を表しているのかについては以 下のような諸説がある。 A 馬淵和夫(1955)…旋律 B 金田一春彦(1957)…いろは歌のアクセント C 小松英雄(1959)…字音声調の型 D 近藤泰弘(1981)…元の五音図 馬淵和夫(1955)は主として鎌倉時代のアクセント資料によっていろは歌の アクセントを再構築して「伊呂波」の声点と比較し、「こうしてくらべてみる と、一致する部分もあるが、全体としてかなり相違しているということにな ろう。まず最初の七音が全く一致することが注目をひく。これはおそらく、 最初の部分であるため、まだ原義が意識されていて、そのためにアクセント も破壊されていないのであろう。(中略)第二句以下は「ヨ」 「ケフ」 「ウヰ」 「ア サキ」などにアクセントを保存しているが、全体としてまったくある種のふ しまわしのためにアクセントが破壊されていると解される」と記している。 金田一春彦(1957)は「これは著者が当時の京都方言において「いろは歌」 を唱える場合のアクセントを考慮においたのであろうと思う」とするもので、 いろは歌の意味にしたがって読んだ場合のアクセントなのかある種の旋律を 含むものなのかが明確ではないが前者に重きを置いた説と考えることにする。 小松英雄(1971)は「これが、「色は匂へど……」という意味をそえてよんだ ばあいの、当時の語調をしめしているはずがないことは、七拍くぎりにとと のえられていることだけからもあきらかであるが、念のために、他の文献を. - 16 -.
(17) アクセント史資料研究会『論集』XI(2016.2). 資料として再考されたたかちと照合してみても、やはり大部分はくいちがっ ている。このことは、すでに、馬淵氏によって例証されている。たまたま合 致している少数の例も、偶然とみなしてよいであろう。また、これが、自然 な朗読の調子ともちがっている」として大字と小字の声調は漢字音の声調を 学ぶために工夫されたものであるとする自説を展開している。 すでに第3章で触れたように近藤泰弘(1981)は「伊呂波」が五十音図の組 み替えであるとする仮説を立てているのでアクセントの反映を否定している ことになる。 さて、以下にいろは歌のアクセントを反映すると考える金田一説について 改めて検討する。ここでは馬淵和夫(1955)による復元アクセントに加えてい ろは歌の「あさきゆめみし」を「浅き夢見じ」ではなく「浅き夢見し」と解 釈する読み方にしたがい(桑田明(1959)参照)別途復元したいろは歌のアクセ ントを示す。アクセントは便宜上各音節の「低」と「高」で示す(「高」に上 線を付した)。以下「低」を「L」・「高」を「H」と表示する。 ○『金光明最勝王経音義』「伊呂波」声点のアクセント イロハニホヘト. チリヌルヲ. ワカヨタレソ. ツネナラム. ウヰノオクヤマ. ケフコエテ. アサキユメミシ. ヱヒモセス. ○馬淵和夫(1955)によるいろは歌の復元アクセント イロハニホヘド. チリヌルヲ. ワガヨタレゾ. ツネナラム. ウヰノオクヤマ. ケフコエテ. アサキユメミジ. ヱヒモ. セズ. ○「浅き夢見し」の解釈によるいろは歌の復元アクセント イロハニホヘド. チリヌルヲ. ワガヨタレゾ. ツネナラム. ウヰノオクヤマ. ケフコエテ. アサキユメミシ. ヱヒモセズ. 「有為の奥山」は LHHLLHL。字音語「有為」に助詞「の」は高く接続する。 「夢を見る」の意味の「夢見」は LLL が一般的かもしれないが、LHL もあり うるか(秋永一枝(1991)参照)。この「浅き夢見し」の解釈によるいろは歌の 復元アクセントと「伊呂波」声点を比較して各音節ごとに一致/不一致を見. - 17 -.
(18) アクセント史資料研究会『論集』XI(2016.2). ると以下のようになる。一致=○、不一致=×、声点注記がない「和」は△ とした。 イロハニホヘド. チリヌルヲ. ○○○○○○○. ×○○○○. ワガヨタレゾ. ツネナラム. △○○×××. ○○×××. ウヰノオクヤマ. ケフコエテ. ○○○○○○○. ○×××○. アサキユメミシ. ヱヒモセズ. ○○○○○○×. ○××○×. 全 46 字のうち一致 32 字、不一致 14 字で一致率は 32 / 46 = 69.6 %、不一 致率は 30.4 %となる。この数字は「伊呂波」が依拠した元の「五音図」(近藤 泰弘(1981)参照)の声調を仮に「上平平上平」とした場合の一致率 68.1 %(31 字/ 46 字)とほとんど変わらない。「伊呂波」声点といろは歌のアクセントの 一致率がおよそ 70 %にとどまるのは、「五音図」から「伊呂波」への組み替 えが行われたさいに、大字には稀用字を避けて一般的な仮名を用いる方針が 導入されたためではなかろうか。いろは歌のアクセントを完全に反映ようと すると稀用字を用いなければならなくなるので、この作業は途中で断念され たのだろう。同様に「五音図」段階で各行の借字が完全に「上平平上平」に 配列されていたかについても、やはり稀用字を使わなくてはならなくなるの で疑問が残る。 すでに述べたように「伊呂波」の声点は呉音に基づいているが、時代的に 「新しい」アクセントを反映している(それは 1079 年の編者自身のアクセン トである)。本音義編者は四声体系の差声方式により、自分自身のアクセント を「伊呂波」に反映させようとしたことになる。「伊呂波」冒頭の「伊呂波耳 本ヘ止」は D 説(元五音説)によってもアクセントが一致する。これは偶然で あるが編者は冒頭の一句がいろは歌のアクセントに一致することからヒント を得て他の部分の借字の入れ替えを試みたのかもしれない。 ここまで述べてきたような本音義の成立に関する仮説を、編者がたどった であろう段階を踏まえて検証する。表 9 の五音復元図は表 2 でアイウエオの 各段が「上平平上平」となっていない「万」「羅」「之」「為」「須」「不」「流」 「計」「連」「恵」「曽」「能」「毛」「餘」「乎」を入れ替えたものである。小字 が複数あるものは本来の小字と考えられる字を採用する。「和」字は「王」に 平声点注記があることから上声字であると考える。表中のゴシック体は上声. - 18 -.
(19) アクセント史資料研究会『論集』XI(2016.2). 点注記字であることを、明朝体は表声点注記字であることを示す。 表9 復元五音図. 阿・安. 以・伊. 有・宇. 衣・延. 於・○. 加・可. 伎・幾. 久・九. 気・計. 己・古. 佐・作. 志・之. 寸・須. 勢・世. 祖・曽. 多・太. 千・知. 津・ツ. 天・弖. 止・都. 那・奈. 耳・尓. 奴・沼. 祢・年. 乃・能. 波・八. 比・非. 布・不. ヘ・反. 本・保. 麻・万. 美・弥. 牟・无. 女・面. 裳・毛. 喩・由. 耶・也 羅・良. 利・理. 和・王. 謂・為. 留・流. 与・餘 礼・連. 呂・路. 廻・恵. 遠・乎. 復元された五音図の字母は大部分が万葉仮名字母として一般的なものであ る。この復元五音図をいろは歌形式に配列し直すと以下の表のようになる。 表10 復元「伊呂波」 以・伊. 呂・路. 波・八. 耳・尓. 本・保. 千・知. 利・理. 奴・沼. 留・流. 遠・乎. 和・王. 加・可. 与・餘. 多・太. 礼・連. 津・ツ. 祢・年. 那・奈. 羅・良. 牟・无. 有・宇. 謂・為. 乃・能. 於・○. 久・九. 気・計. 布・不. 己・古. 衣・延. 天・弖. 阿・安. 佐・作. 伎・幾. 喩・由. 女・面. 廻・恵. 比・非. 裳・毛. 勢・世. 寸・須. ヘ・反. 止・都. 祖・曽. 耶・也. 麻・万. 美・弥. 志・之. この段階で冒頭の「色は匂へど」の借字声点が平安時代末京都アクセント の LLHLLHL と一致するのは偶然である。しかし「有為の奥山」は LHHLLHL に一致させるべく大字の字母を「為」「能」「万」に入れ替えたのだろう。こ. - 19 -.
(20) アクセント史資料研究会『論集』XI(2016.2). の句の字母を入れ替えた背後には「謂」字が稀用字であることも関係してい るかもしれない。「浅き夢見し」も HHLLHLH に一致させるべく大字の字母を 「之」に入れ替えたのだろう。「夢を見ること」の意味の名詞「夢見」のアク セントは低平型の可能性もあるがねその場合は「面」字が稀用字であるため にアクセントに一致させるための入れ替えを控えたということになる。 このほかに復元五音図と「以呂波」の間で入れ替わっている大字の字母と して「計」「須」「曽」「不」「毛」「餘」「流」「連」「為」「恵」「乎」の 11 字が ある。このうち「曽」「毛」「恵」は対応する「祖」「裳」「廻」が稀用字であ るために入れ替えたのだろう。残る「計」「須」「不」「餘」「流」「連」「乎」 のうち「計」「不」は「けふ(今日)」のアクセント LL に、「餘」は「よ(世)」 のアクセント H に、「流」「乎」は「散りぬるを」のアクセント HLLLH に一 致させるために入れ替えたのだろう。残る「連」「須」の二字についてはアク セントの一致、稀用字の忌避という二つの観点では説明できない入れ替えと いうことになる。 承暦抄本『金光明最勝王経音義』の「以呂波」は最終的に七字区切りの形 に整えられたので字母の声点がいろは歌のアクセントに一致することはさほ ど重要な意味をもたなくなった。濁音借字には濁声点が注記されているので、 七字区切りの「以呂波」はすべて清音で読むと考えて良いだろう。そのこと がいろは歌のアクセントとの一致率を7割程度にとどまらせているのだろう。 また、このような理由から字母の入れ替えが不完全におわったために、元の 五音図のアクセントがこれもまた7割程度保存されたものと考えられる。 6.おわりに 『金光明最勝王経音義』所載「伊呂波」に用いられている「借字」とそこ に注記されている声点に関し、以下の三つの特徴を指摘することができる ①「伊呂波」大字の声点はア段とエ段に上声点、イ段とウ段に平声点が注 記されており、例外は少数である。オ段は上声・平声ともに注記されて いる。 ②相対的に大字が一般的な仮名、小字が稀用字である場合が多い 。 ③大字の声点はいろは歌のアクセントをある程度反映している。 このことから推定される「伊呂波」の成立事情は以下の通りであ。 (1)本文の借字を中心に五音図形式の借字一覧表を作成した。 (2)借字に呉音声調による声点を注記した。 (3)ア段イ段ウ段エ段オ段が HLLHL のアクセントになるように借字を配列 し、合致するものを大字とした。. - 20 -.
(21) アクセント史資料研究会『論集』XI(2016.2). (4)「新学少者」のために(3)の五音借字をいろは順に配列しなおした。 (5)大字が稀用字である場合は一般的な字母に改めた。 (6)いろは歌のアクセントに合致するように大字と小字を入れ替えた(この 作業は途中で断念された)。 近藤泰弘(1981)の仮説を補強する形で論を進めたが、「須」「連」の二字が なぜ大字に用いられたのかについては説明がつかないままとなった。 本文の古さに対して前書き・後補部分の新しさに着目した。編者自身のア クセントは和訓に注記されている声点のアクセントよりも新しい体系である ために、編者の理解が及ばない点があり、そのことがこの資料にさまざまな 齟齬を生じさせたと考える。 編者は「新学少者」(仏道に入門したばかりの者や幼少の者)のために「借 字」をいろは歌で示すことを思いついたのだろう。借字に呉音声調を付し、 大字の声調をいろは歌のアクセントに合致させる方針は途中で断念されたよ うである。その理由は大字には一般的な借字を用い、稀用字を用いないとい うもう一つの方針を優先したことあるだろう。 承暦 3 年(1079)は『図書寮本類聚名義抄』が編纂されたと推定されている 時代に近い。鈴木豊(2012)に記したように、平声軽点注記が見られる最終期 に当たる。アクセント体系の変化を反映し、以後六声体系の差声方式による アクセント資料は見られなくなる。「伊呂波」の声点はすでに四声体系の時代 の産物であると考えられることから、おそらく編者自身のアクセントにはす でに上昇調はなく、下降調と高平調を区別すること(聞き分けて発音し分ける こと)もできなかっただろう。 文. 献. 相磯. 裕(1979)「承暦三年本「金光明最勝王経音義」の「古」と「己」」『国語国文』48-9. 京都大学文学部国語学国文学研究室 秋永一枝(1991)『古今和歌集声点本の研究. 研究篇(下)』校倉書房. 秋永一枝・上野和昭・坂本清恵・佐藤栄作・鈴木豊編(1997)『日本語アクセント史総合資 料 索引編』東京堂出版 遠藤和雄(1983)「『金光明最勝王経音義』の「五音又様」小考」 『和洋女子大学大学紀要』24-1 大野. 透(1962)『万葉仮名の研究』明治書院. 大野. 透(1977)『続万葉仮名の研究』高山書店. ※ 1977 年. 新訂版. 高山書店. 沖森卓也(1994)「金光明最勝王経音義」の項目 『日本大百科全書』(小学館)所載 小倉肇(2003)「〈大為尓歌〉再考―〈阿女都千〉から〈大為尓〉へ―」『国語学』212 日本 語学会 小倉肇(2004)「〈あめつち〉から〈いろは〉へ―日本語音韻史の観点から―」 『音声研究』8-2 日本音声学会. - 21 -.
(22) アクセント史資料研究会『論集』XI(2016.2). 川瀬一馬(1955)『古辞書の研究』講談社 川瀬一馬(1959)「承暦鈔本金光明最勝王経音義について」『かがみ』1 大東急記念文庫 川瀬一馬(1959)「承暦鈔本金光明最勝王経音義解説」五島昇 『増訂古辞書の研究』(1986 年 雄松堂出版)に再録 木村正辞(1859)『金光明最勝王経音義攷証』 木村正辞『金光明最勝王経音義和訓索引』 金田一春彦(1957)「金光明最勝王経音義に見える一種の万葉仮名遣について」『国語と国 文学』24-11. ※ 1947 発表、金田一春彦(2000)(2005)に再録. 金田一春彦(2000)『日本語音韻音調史の研究』吉川弘文館 金田一春彦(2005)『金田一春彦著作集. 第九巻』玉川大学出版部. 黒川春村『金光明最勝王経音義攷証』 桑田. 明(1959)「いろはうた「あさきゆめみし」の解釈」『解釈と文芸』東京教育大学国. 語国文学会 小松英雄(1959)「『金光明最勝王経音義』索引」. ※複製付録. 小松英雄(1959)「平安末期機内方言の音調体系Ⅰ」『国語学』39. ※小松英雄(1971)に改. 稿のうえ再録 小松英雄(1959)「平安末期機内方言の音調体系Ⅱ」『国語学』40. ※小松英雄(1971)に改. 稿のうえ再録 小松英雄(1964)「阿女都千から以呂波へ」『国語研究』19. 国学院大学国語研究会. ※小. 松英雄(1971)に改稿のうえ再録 小松英雄(1971)「平安末期機内方言の語調体系―下降調音節の導入による再体系化のここ ろみ―」『日本声調史論考』第 5 章. 風間書房. 小松英雄(1971)「阿女都千から以呂波へ」『日本声調史論考』第 7 章 小松英雄(1979)『いろはうた』中央公論社. 風間書房. ※♯年講談社学術文庫に再録. 小松英雄(1985)「金光明最勝王経音義」の項目『国史大辞典. 第八巻』(吉川弘文館)所載. 近藤泰弘(1981)「承暦本金光明最勝王経音義の以呂波歌について―音図と色葉歌との交渉 ―」『訓点語と訓点資料』66. 訓点語学会. 桜井茂治(1970)「「伊呂波」声譜考―アクセント史料として―」『国語国文』39-5 桜井茂治(1977)『新義真言宗伝「補忘記」の国語学的研究』桜楓社 佐々木勇(1987)「呉音一音節去声字の上声化の過程」『鎌倉時代語研究』10. 鎌倉時代語. 研究会 清水. 史(1979)「承暦三年鈔本. 『野州国文学』27. 金光明最勝王経音義音注攷―意訳漢字の場合・声母篇―」. 国学院大学栃木短期大学国文学会. 白藤禮幸(1977)「金光明最勝王経音義」の項目. 佐藤喜代治編(1977)『国語学研究事典』. (明治書院)所載 白藤禮幸(2007)「金光明最勝王経音義」の項目. 飛田良文・遠藤好英・加藤正信・佐藤武. 義・蜂矢清人・前田富祺編(2007)『日本語学研究事典』(明治書院)所載 鈴木. 豊(1988)「乾元本紀所引『日本紀私記』の万葉仮名訓について」『国文学研究』96. 早稲田大学国文学会 鈴木. 豊(2008)「岩崎本『日本書紀』声点の認定をめぐる問題点」『論集Ⅵ』アクセント. - 22 -.
(23) アクセント史資料研究会『論集』XI(2016.2). 史資料研究会 鈴木. 豊(2012)「平声軽点の消滅過程について―六声体系から四声体系への移行―」『論. 集Ⅷ』アクセント史資料研究会 鈴木. 豊(2013)「古代アクセントの終焉―京都方言アクセント体系大変化の要因について. ―」『論集Ⅸ』アクセント史資料研究会 築島. 裕編(1981)『金光明最勝王経音義』古辞書音義集成 12. 築島. 裕(1981)「大東急記念文庫所蔵金光明最勝王経音義解題」『金光明最勝王経音義』. 古辞書音義集成 12 別冊 西崎. 汲古書院. 汲古書院. 亨(1995)「金光明最勝王経音義」西崎亨編(1995)『日本古辞書を学ぶ人のために』. (世界思想社)所収 沼本克明(1976)「呉音の声調体系について」『国語学』107. 国語学会. 野間達子(1979)「「承暦本金光明最勝王経音義」の和訓に関する一考察」『広島大学国語史 研究会会報』5 平井秀文(1940)「承暦本「金光明最勝王経音義」に就いて」『国語・国文』10-11 平井秀文(1940)「承暦本金光明最勝王経音註国語索引」『国語研究』10-11 編集部(1959)「いろは歌(一)いろは歌の常識」 『解釈と文芸』9 月号. 東京教育大学国. 語国文学会 松本光隆(1996)「金光明最勝王経音義」の項目(沖森卓也・倉島節尚・加藤知己・牧野武 則編(1996)『日本辞書辞典』おうふう)所載 馬淵和夫(1955)「「いろはうた」のアクセント」 『国語学』23. 国語学会. ※馬淵和夫(1963). に再録 馬淵和夫(1959)「いろは歌(二)金光明最勝王経音義の「いろは」」 『解釈と文芸』9 月号 東京教育大学国語国文学会 馬淵和夫(1963)『日本韻学史の研究Ⅱ』日本学術振興会 馬淵和夫(1971)『国語音韻論』笠間書院 馬淵和夫(1993)『五十音図の話』大修館書店 山崎. 馨(1979)「金光明最勝王経音義」の項目. 林巨樹・池上秋彦編『日本語史事典』(東. 京堂出版)所載 吉田金彦(1958)「金光明最勝王経音義」の項目. 国語学会編(1958)『国語学辞典』(東京. 堂出版)所載 吉田金彦(1980)「金光明最勝王経音義」の項目. 国語学会編(1980)『国語学大辞典』(東. 京堂出版)所載 ―文京学院大学外国語学部―. - 23 -.
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