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新宿区における喘息児童の夏期短期合宿

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(1)

(東女医大誌 第49巻 第5号頁.450ッ456 昭和54年5月)

〔原 著〕

新宿区における喘息児童の夏期短期合宿

東京女子医科大学衛生学教室 第1講座(主任:

      坂 木  佳寿美

      サカ   キ      カ   ス   ミ

諸岡妙子教授)

(受付 昭和54年2月21日)

      E飾cts of Short Period Summer Camp fbr Children w董tL        Bronc車ial A帥ma h真Shhljuku・ward, Tokyo        Kasumi SAKAKl

      Department of Hygiene(Dircctor:Pro£Taeko MOROOKA, M.D.)

       Tokyo Women s Medical College

   Short period summer camp was held in two successive years at Ashigara, Kanagawa Pre飴cture,

R)rchildren with bronch五al asthma living in Shi司uku−ward, Tokyo. The camp was held during the fbllowings:

   First camp      August 18−23,1977    Second camp     August l 6−20,1978

   These camps were organized by the Department of Publ五。 Health, Shi可uku−ward. On the staff were three medical doctors, three nurses, three teachers,10 volunteer student leaders and seven staff members of the Iocal government fbr l977 camp, and three medical doctors, R)ur nurses, one teacher,

21volunteer student leaders and eight staπmembers of the local government fbr I 978.

   The children with bronchial asthma were 33 boys and I 5 girls in 1977, and 58 boys and 45 girls in 1978.

   The primary o切ectives of these camps were:

   1) To teach each camper to handle his own asthma through environmental control, proper medication and breathing exercises with various R)rms of physical conditioning and e功oy the Rln of outdoor activities, and

   2) To allow the camper to look a貨er himself and improve psychosocial relationship with his parents畳

   The desirable eHbcts seemed to be realized in each camper along with above mentioned o切ectives.

       はじめに       たのに始まり,日本1)でも1877(明治10)年頃か

 大気汚染が公害として問題になったのは,外   ら工場地帯(東京・大阪)の煙突から出る黒煙に 国1)では1273年にイギリスで石炭の燃焼を禁止し   目が向けられ,関心が寄せられた.以後,文明が

(2)

11』

発達発展するに伴って大気汚染被害の発生頻度も 多くなり,1972年6月2),ストックホルムで開か れた国際人間環境会議は「人間宣言」を採択する に至った.大気汚染は慢性気管支炎,気管支喘 息,肺気腫,慢性閉塞性肺疾患,慢性非持異性呼 吸器疾患など一連の呼吸器疾患を惹起する他,肺 癌,小児の発育不良,侮一病等の誘因1)3)ともな

ると言われている.大気汚染の数の年々の急増加 は,人のみならず動植物・微生物に至るすべての 生態系に危機を与えると同時に,医療費,生活費 等経済的にも莫大な負担を強い,社会問題となっ

ている.

 国は法令,規則など,さまざまの環境規制措置 をとって,大気汚染防止に努め,昭和48(1973)

年10月,公害健康被害補償法4)が制定され翌49年 9月より施行されている.同法施行令には次の4 疾病が規定4)されている. (1) 慢性気管支炎お

よびその続発症(2)1気管支ぜん息およびその続 発症(3)ぜん息性気管支炎およびその続発症

(4)肺空しゆおよびその続発症.

 新宿区も昭和49(1974)年11月に大気汚染指定 第1種地域5)となったが,以後,呼吸器疾患の認 定数は表1にみるとおり年々増加を示している.

そこで新宿区では,昭和52年から公害対策の呪環 として,公害健康被害者転地療養事業を気管支喘 息児に対し昭和52年第1回,昭和53年に第2回夏 期短期合宿を実施した.なお,この事業は将来続 行が予定される区の事業の一つである..

 この気管支喘息児夏期短期合宿は,新宿区に所 在する東京女子医科大学6)(小児科学教室ならび

に公衆衛生学教室)が,独自で昭和48年から試み ていたこと,そして昭和49年からは区立足柄学園 を使用していること等から,過去4回の経験をふ まえて,地域医療という観点から東京女子医科大 学小児科三教室ならびに衛生学教室と新宿区役 所(昭和52年度は厚生部,昭和53年度からは衛生 部)が提携して実施することになった.

 大気汚染による呼吸器疾患の治療としては,第 一に空気汚染環境から遠ざけ ることである.1  七かし,それには生活基盤を変更しなくてはな

らないので,経済的にも地理的にも実現はとても 難しいことである.また,多数の人間集団が居住

し,科学・技術の進歩が著しい文明社会では,』

汚染,公害というのは必然的に生じ,避けること はできない.人間が作り出した「公害」に対して は,人間が対処しなくてはならない.一方で人類

表1 新宿区公害患老認定状況  新宿区衛生部保鰹課

年度

   疾病

? 年齢

慢性気管支炎 気管支喘息 喘息性気管支炎 肺気腫

15歳未満 15歳以上 15歳未満 15歳以上 15歳未満 15歳以上 15歳未満 15歳以上 15歳未浩 15歳以上

15 玉73 48 34 13 207 76

女 12 97 65 29 1 126 78

昭和、51年度

27 270 113 63 14 333 154

計 27 383 63 14 487

29 224 88 43 1 玉7 267 135

女 23 123 117 30 3 153 143、

52

N度

52 ・347 205 73 1 2Q 420 278

52 552 74 20 698

41 266 125 51 1. 18 317 185

女 26 146 164 28 5 174 ig5

53

N度

67 412 289 79 1 23 491 380

67 701 80. 23 87玉

(3)

の健康を冒しながら,他方では科学・技術の進歩 に嬉々としていることは,片手落であることを自 覚しなくてはならない.そのためには広大な視野 に立って,都市計画,法令,規則等の徹底,科 学,医学,技術の改革に努めなくては,公害問題 は今後続々と生じてくるものと思われる.

         目  的

 転地療養事業を謳ってはいるものの,短期の転 地生活がどのように公害,またはその他の原因に

より起こったと思われる気管支喘息の療養に効果 があるか急速には判定し難いから,この短期合宿 に参加したことで何らかの成果をあげたいという 願望をも含めて,事業の目的を設定せねぽならな

い.

 気管支喘息はアレルギー性疾患であって,問二 二に起こる発作により可逆的呼吸困難の発作を繰

り返すが,発作が起こらない時は普通児と変わら ない.基礎には体質的遺伝要因7)8),すなわち気 道内径が小さい,免疫機能が充分に発達していな いということ等が挙げられている.その他に発作 の誘因として,環境,天候,精神・心理,感染 等角8)多くの因子が関与している。したがって,

アレルゲンに対して療法を施せば必ず全部が治る というものではない.中でも,精神・心理的なも のも強く影響し,その因子としては患者の性格と 親子,特に母子関係も関連し,子供を親から離す

(parentectomy)と発作が軽減するという事実も 報告6)されている,また正しい呼吸法を体得し,

運動に親しむことによって体力がつき,発作時の 呼吸困難を軽減させるのに役立つという報告9)10)

もある.

 第1回(昭和52年),第2回(昭和53年)とも 転地療養の目的を

 1)親から離れて集団生活の中で自律心を養

う.

 2) 日頃,運動,スポ「ツ,ゲームをすること を禁じられているので,今回実践することで今ま で経験がないという劣等感現実から.の逃避から 脱して自信を持たせ,運動に親しませるとともに

他人との協調心を養う.

 3)喘息体操により腹式呼吸を体得する.

 生活面では以上3点を主軸にし,これらめ目的 をよりょく遂行するために,毎日の健康診断と肺 機能検査を実施した.生活面を主軸にした上記目 的を果すためには,大人も子供も起居を共にし,

一緒に運動をし,同じものを食べ,笑い,泣き,

怒り,短期間ではあるが人間同志,血の,心の通 った一つの家族のような合宿にしょうとした.

癒お一方,日頃は苦しい発作を止めること,起 こさないことにのみ集中して近視眼的になってい る喘息児の親達には,短期ながら親子が離れてみ て,今まで子供に対しての対応の仕方め良否,子 供の気持,親の気持の喰い違い,医療面について の対応の仕方等々を,反省してみる機会にしても らいたいという意図をも含めた.

     対象ならびに期間・場所

 「あしがら合宿」と称される夏期短期合宿の対 象は,新宿区在住の公害健康被害補償法による認 定患者のうち,障害程度が3級,または言外の比 較的軽度の小学生である.

表2 「あしがら合宿」構成人員

学年 小学P 2 3 4 5 6 中学1

年度

年齢 6 7 8 9 10

U

12

3 8 8 6 6 2 33

昭和52年度

3 4 1 2 2 3 15

6 12 9 8. 8 5 48

9 11 12 11 4 8 3 58

53

N度 5 9 11 8 4 3 5 45

14 20 23 19 8 11 8 ユ03

年度   スタッフ

医師 看護婦 教師 指導員 事務局

1 4 5 10

昭和52年度

2 3 3 6 2 16

計 3 3 3 10 7 26

1 10 6 17

53

N度 2 4 1 11 2 20

3 4 1 21 8 37

(4)

13

 参加した児童昭和52年48名,昭和53年103名の 内訳は表2に示す.

 期間は昭和52年は8月18日〜23日の5泊6日,

昭和53年は8月16目〜20日目4泊5日である.

 実施場所は静岡県駿東郡小山町(足柄地区)大 字竹之下599にある新宿区立足柄学園で,転地療 養というには最適な空気清浄の富士山東麓に.位

、し,・250名収容可能である.学園内には教室,図 書室,診療室,雨天体操場と宿舎があり,戸外に は広いグランドを備えている.

 スタッフ総数は,昭和52年26名,昭和53年37名 で,内訳は同表2に示してある.

       短期合宿の実施

 喘息学童の短期転地養療合宿を「あしがら合 宿」と命名した.昭和52,53両年度とも朝8時 30分に区役所に集合,点呼後,指導員とともに新 宿駅へ行き,そこで付添の親達と別れ,9時40分 の小田急ロマンスカー「あさぎり2号」で出発,

足柄に二つた.帰路は大型パス2台で新宿区役所 に午後3時30分到着,解散した.この時,親や家 族達には区役所まで迎えに来てもらった.高学年 児童は自分で家へ帰るようにすべきかという考え もあったが,発作を起こすかもしれないことを思 い,すべての児童が家族の出迎えを受けることに

した.

  「あしがら合宿」の生活設営には,医療,生 活,事務局の3本を主軸に,東京女子医科大学と 区役所があたった.昭和52年度は,児童を学年別

に1班7〜11人として男子4班,女子2班に分

け,指導員はチーフとサブの2名が各班に配属さ れ,児童とともに食事当番,掃除,洗濯,検奪 等,すべての生活面で班ごとに行動した.翌昭和 53年度には,全体を低学年(1〜3年)と高学年  (4〜中学1年)に2分し,男女混合で10班(1

班9〜12名)に分け,指導員は男女各1名,各班 に配属し,前年と同様,生活面はすべて班ごとに 行動した。ただし,部屋は男女別にした。

 また,52年度は医療,生活,事務局の大人達も 全員各班のいずれかに所属し,児童との接触を

表3 「あしがら合宿」の日課

6:00んM.起床,洗面,ラジオ体操,乾布まさつ,

     掃除 7 00   朝食 8 3Q   検査,診察

10 30   日記,手紙(室内での活動)

12 00   昼食 Q 45P.M.昼休み

1 30   戸外運動,ボールゲーム 3 00   おやつ,自由時間 4 0Q   入浴,洗濯 6 00   夕食

7 00   夜の行事(花火,映画,室内ゲーム)

9 00   消灯

持つたが,翌53年度は参加人数も多く,医療生』

活,事務局おのおの仕事を分けて,それぞれ分担 した仕事のみをすることとした.

 上記両法には一長一一短があるかと思われるが,

後に考察したい.

 合宿の日課の概略は,両年度とも表3に示すと おりである.午前中は検:査,診療,日記,手紙 感想文等,室内,学園内の行動を主とし,午後は 運動,スポーツ等の戸外運動にあて,夜は花火,

映画,室内ゲーム,歌唱等の行事に参加し,9時 には消灯,就寝という日課である.児童各自に持 たせた「合宿のしおり」には,あしがら学園に関 する事項(場所,見取図等),合宿の構成員,合 宿のルール,行事予定が記されており,合宿中,

児童各自が食事・おやつの献立,日記を書き入 れ,医師による毎日の診察,肺機能検査の結果や 指導員が児童に関して気付いた点なども書き込む ようになっている.合宿終了後,家庭に持ち帰 り,保護者にもこの指導員や医師側からの観察記 録,意見等を子供の日記と併せて読ませ,子供が

どのような合宿生活をしたかをある程度把握する ようにして,数週間後に短期ながら子供と離れた 間の,子供の24時間の家でない所での態度,生活 に対しての他人の観察を読んでの親の感想を書い てもらって回収し,次年度の参考にした.

       実施成績

新宿区立小学校36校から参加した児童の集団生

(5)

活で,しかも短期であるため,慣れる,仲良くな る等のことが心配されたが,子供達は往路の小田 急ρマンスカーの中で,お互いにすぐ仲良くな

り,合宿中三下ともに問題はなかった.

 日常生活では,児童達が自分のことはすべて自 分でしなければならない立場におかれるので,彼

らなりに,時間はかかるが出来るようになった.

一方,親から離れ,・緑の自然の中におかれた解放 感から,騒ぎ過ぎること が多.く,、エスカレートし て二二もあったがジ児童達自身で解決し・子供 社会のルールは守られているようだった.もちろ ん,指導員の指導が適切であったことも見逃がせ ない要素と思われる.

 次に運動面からは,今までは「運動をすると発 作を起こすから」と規制され,・児童自身も親も怖 れて運動から逃避する傾向にあったが,各人バッ

トを,ボールを,グローブを持って試合をし,そ の結果「発作が起こらなかった」,「ルールが判 った」ということは,児童にとって大きな自信と なり,運動へも積極的に参加するようになったこ とは大きな効果である.昭和52年は連日雨天で,

晴れ間をみては戸外運動をしたが,翌53年は晴天 に恵まれ,予定通リプログラムを遂行できた.

 喘息体操は,発作による呼吸困難を軽減させる ために,特に呼気ができるように腹式呼吸を主と し,呼吸運動に使用する筋引を強化する目的で,

11の動きを取り入れ,、創作した.

 このような反復練習により体得するトレーニン グ的なものはゴ.短期問で,その上1日数回程度の 実施で体得することは困難なように思われたが,

腹式呼吸とはいかなるものか,各自理解してきた ように思われた.事実,発作時にこの腹式呼吸法 をいかにうまく用いるかは,腹式呼吸に対する精 神的集中効果も併せて,だんだん判ってきたよう である.

      反省と今後の課題

 つづいて2年度に亘った夏期短期合宿を省み,

次のようなことが今後の課題として残されたよう に思う.

 1)「わずか5日間の合宿を実施するにあたって

は,「 レ的遂行に対し,医療,生活,事務局3者の 職務分担,細かい点の実施方法に関して,医療 側,生活指導側,行政側のそれぞれの立場から意 見を出し,相互によく話し合い,理解し合ってゆ くことが望ましい.一方,真の転地療養という意 味での長期に亘る集団転地療養は,現段階では実 現不可能といわざるを得ない.

 2)指導員は,1年目は心理学専攻の学生が多 く,事前の打ち合わせ不足もあり「子供の自発的 行為を待つ」という指導方法がとられたので,

児童は騒ぎ気味で,指導員が収拾できない場面が あった.2年目の指導員は体育学専攻の学生で,

1年目とは逆に「実践を通しての指導」という方 法をとった.そめ結果は,具体的な躾の面で「食 事の行儀が良くなった」, 「偏食がなくなった」,

「自律心ができた」等,2年目の方が人数が多か った(103名)にも拘わらず,規律があった.両 者とも児童に対しては,それぞれの方法で親身に なって面倒をみていたが,保護者の感想文,アン ケート11)に「合宿後良くなった」点について親達 は,特に2年目に成果を認めているようであっ

た1吊 サの反面,この程度の躾もしていない 現代 の家庭教育の実態 をも浮きぼりにしている.

 この2回の経験から,児童には身体の温みを媒 体にして善悪と厳しさとやさしさの区別をはっき

りさせ,指導してゆくことが適切だと思われる.

特に喘息児は疾病に逃避し易い傾向にあるので,

まず自分の身体をもつて経験をし,自信をもつよ う指導することが疾病克服の一助となろう.この ことは親も理解し,短期間の指導で良くなった 点,あるいは良くなろうとしている子供の成長を 無駄にしないように,家庭で育て協力してゆく姿 勢が必要と思われる.

 3)保護者は児童の持ち帰った「合宿のしお り」の日記を読み,合宿中の生活を知り,家庭で は見受け られなかった一面を発見したり,合宿後 の児童の変化に気づいた点等々,それぞれ反省の 機会を持つたように思われる.親子関係のあり方 が児童にとって,心理的ストレスとなって発作を 誘発する傾向があることが指摘12)されているが,

(6)

15

1年目は2人,2年目は合宿中1人も発作が起こ らなかったということが,これを裏付けているの かも知れない.全般に感情表現ができず,それに 対しての緊張持続からくる疲労,親に意志が通じ ないという不安から発作を誘発していることもあ るらしいので,精神・心理的なものがいかに作用 しているかが判る.したがって,親側としては長 期に亘って,careしてゆく覚悟と厳しさを改め て考えてゆくことが必要となろう.

 4) 日課表では,時間ごとに予定が組まれてい るので,次から次へと追われ,継続しているゲー ム等を途中で止めることは,興味を減少させる結 果となったが,集団生活でわがままは通用しない

こと,次の行動への切り替えの必要性は理解でき たと思う.内容では,男女児とも低学年と高学年 の体力差が大きく,低学年は高学年についてゆけ なかったので,その時の参加対象者をよく把握 し,天候も考慮して適切な計画,指導が必要と思 われる.それと共に,児童と一日中行動を共に し,児童の各人に適応しようとする指導員の 苦 労と疲労 を考えると,短期間とはいえ,5泊6

日,4泊5日は限界と思われる.夏休みの楽しい 思い出の一コマとして,しかも鍛練の効果をあ げ,医療面からも良い影響を得たいという実施者 側の欲求と,短期ということで慣れる時間が少な いのに盛り沢山なプログラムが,指導員の毎日に 多大の消耗を余儀なくしたことも反省される.

 5) 医療には,東京女子医科大学の医師,看護 婦と,区役所の保健婦があたったが,心配された 発作を起こした児童は1年目は2名(軽度),2 年目は皆無だつた.毎日運動をし,夜は花火をた のしみ,発作の誘因が多々あったにも拘わらず,

発作が起こらなかった理由として,次の事柄が挙

げられる.

 (1)対象者が軽症の喘息児童であったこと.

 (2)実施の時期が,気圧配置からみて,発作 の少ない8月中旬頃 3)14)であった.

 (3) 自然環境が良く,空気清澄の場であっ

た.

 (4)親から離れているために,心理的抑圧が

ない.加えて,児童自身,独りで期間中を過さね ばならないという気張り,頑張りというのも手伝 つたこと.

 なお,保護者からは「主治医に参加してもらう と安心で嬉しい」という声があった.

 6) 運動に参加させた結果,

 (1)運動を禁止する必要はなく,却って,運 動に積極的に参加するようになった.

 (2) 咳込んだ時,腹式呼吸をゆっくりさせ,

発作時にどのように対処すべきかを,児童なりに 掴んでいたようだ.

 (3) 創作,指導した喘息体操,腹式呼吸の方 法,呼吸筋の強化法,乾布まさつは,下手ながら 出来るようになった,しかし,合宿後も続行して いる児童は103人中2人に過ぎず,乾布まさつの みの続行も103人中6人である.

 飯倉らlo)も入院生活で規則正しい,厳しい生活 を身につけても,退院したら実行していなかった という報告をしている.

 この現実をみて,指導者として望むことは,鍛 練は毎日実行することにより効果が現われ,身に ついてゆくものであるから,児童だけでなく,そ の児をとり巻いている家族,環箋が同一姿勢で,

自然に,気張らず,取り組んで欲しいということ である.

         おわりに

 地域の中での医療を考えるに,1960年代後半の 公害の激化に伴ない環境行政面に新風が吹き込ま れ,1970年代には地域住民の医療に対する関心が 高まり,行政面で地域医療に力を入れだした 5).

新宿区の2回の合宿もその雫環であり,行政,医 療,地域住民の三者の理解と協力と実践を伴った 協同体で実施されなければならない.

 しかし,1970年代にやっと開眼した地域医療と いうものに対し,それに携わる人達の認識が,日 も浅いせいもあろうが不充分であることは否めな い.一方,医学・科学は日進月歩,ますます複雑 化しつつある現代社会で,目前に起きた問題障 害を近視眼的に解決しても,それは真の解決には ならない.今までの医学が治療医学のみに進歩を

(7)

みせゴ予防医学を疎かにしていた結果が今日の公 害病を生み出していると言っても過言ではない.

 医療概念15>での地域医療は,予防,診察による 早期発見,リハビリテーション等の諸機能を包括 する体系として整備され,地域特性に見合う包括 的な医療体系を整え,住民の安全を守ってゆくこ

とが理想と考えられている.そのためには医学 者,科学者,経済学者,社会学者,哲学者,教育 者等それぞれが相互対決の姿勢で構えたのでは,

進歩はみられない.、お互いが相手を理解し,協力 し,提携して初めて,万人の健康維持を目指す予 防医学の実践へと踏み出せるのではないだろう

か.

         摘  要

 1) 新宿区主催の公害健康被害者転地療養事業 として,昭和52年と昭和53年の2回,気管支喘息、

児の夏期短期合宿を実施した.

 第1回は昭和52年『a凋18〜23日,構成人員は,

医師3名,看護婦3名,教師3名,学生10名,新 宿区職員7名,男児33名,女児15名の合計74名.

 第2回目昭和53年8月16〜20日,構成人員は,・

医師3名,看護婦4名,教師1名,学生21名,新 宿区職員8名,男児58名,女児45名の合計140名。

場所は静岡県小山町足柄地区にある新宿区立足柄 学園である。

 2)生活面を主とした合宿で,医療面と生活面 は東京女子医科大学が,行政面は新宿区役所が分 担,提携した.

 3) 合宿の目標は,喘息児の心理的自律,.運動 への参加と実践,ならびに喘息体操,腹式呼吸の 体得であったが,短期間にしては効果が現われた

と思われる.

4)地域医療は,地域住民と医療関係者の両者 が協力し合わなけれぽ遂行できず,前進も難し い.今回の「あしがら合宿」のような公私協力に よる集団医療計画を実施するには,目標を設定 し,行政,医療,地域住民の三者がお互いによく 話し合い,理解し合って,共通の目的に穿って,

時間,費用,労力の無駄を避け,検討を繰り返し

つつ,一歩ずつ前進した事業として育成してゆく ことが望まれる.

 稿を終るに臨み,ご懇篤なご指導,ご校閲を賜わりま した東京女子医科大学衛生学諸岡妙子教授,並びに長年 にわたってご指導賜わりました小児科笠井和教授,また 本事業を実施された新宿区役所衛生部保健課の各位に 厚くお礼を申し上げます.

 (本論文の要旨は,昭和53年10月19日第37回日本公衆 衛生学会総会で発表した.)

      参考文献

 1)渡辺厳一=基礎環境衛生学 朝倉書店 東京.

  (1969)  199〜 209頁

 2>安倍三宿・高桑栄松編:新衛生公衆衛生学南   山堂東京q974) 407〜426頁

 3>口述攻編:公害による疾患南山堂東京   (1971)51佃74頁

 4)環境庁環境保健部・保健企画課・保健事務課   共著:・公害健康被害補償法令集中央法規出版   東京(1975)33〜35頁.ノノ

 5)青山英康:公衆衛生金芳堂東京(1977)230   〜231頁

 6)笠井和・林雅次・五十嵐一枝・坂木佳寿   美・瓜谷美恵:気管支喘息児の夏期短期合宿.・

  東女医大誌47(1)151〜157(1977)

 7)小林 登=小児の喘息とは何か.日本医事薪報   (2454) 3〜8 (1971. 5. 8)

 8)春名英彦:小児気管支喘息の臨床統計と病態   に関する1考察.小児科診療35(6)11〜19   (1972)

 9)田沢昌道=喘息体操及び気管支喘息児の日常生   活の管理.小児科診療39(3)!31〜132(1976)

10)飯倉洋治・弘岡順子・金光武彦・永倉俊和・

  大谷武司・瀬尾 究:喘息児の鍛練法の実態.

  小児保健研究35(4)204〜207(1976)

・搬  東京都新宿区衛生部保健課:あしがら合宿の   記録(1977,1978)

12)森谷朋子・黒坂文武・三岡順子・永倉俊和・

  飯倉洋治・金光武彦=喘息児の心理.小児保   健研:究 37(4) 234ッ238 (1978)

13)笠井 和・小泉とし・伊村和子・浅野知行・

  根本順吉=小児の喘息発作と気圧配置.東女   医大誌32(10) 397〜409(1962)

M)笠井 和:小児気管支喘息発作の予報.小児   医学11(3)440〜456(1978)

15)医療経済研究会編:日本医療の進路.大月書店「

  東京(1977)1〜15,66〜89頁

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