岡大構内遺跡出上の自然遺物 について
附
編
岡大構 内遺跡出土の自然遺物 について
―井 戸 出土 の種 子 を中心 に一
山 本 悦 世
(1)
はじめに1983年に岡山大学埋蔵文化財調査研究セ ンターの前身である埋蔵文化財調査室が設置されて 以来
,発
掘調査 によって多 くの遺構・遺物が出土 している。それらは,随
時,発
掘調査報告書 として報告 されて きている。 しか し,報
告書の中心 となるのは検出遺構,あ
るいは土器・石器 表1
種子一覧表1:雑草メロン・マクワウリ
2:ザ
クロ草・イヌピユ・シツ科・カラムシ・ タカサブロウ3:マ
クワウリ4:オナモ ミ
5:マ
クワウリ・キカラスウリ6!コ
ギシギシ 番号 種 類
調査地点 遺構香号 (発掘時)
時 期
モ モ ウ リ ヒョウタン ト チ クルミ カ シ センダン│コ メ ム ギ その他 1
2 3 4 5 6 7 8 9 10
■ 12
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
10 30 30
○
○
○
○
○
○
○
○
○ O
雑草・貝 イヌガヤ
貝
雑 草
鹿田1次 鹿田 1次 鹿田2次 鹿田 1次 鹿田 1次 鹿田 1次 鹿田1次 鹿田 1次 鹿田 1次 鹿田 1次 鹿田 1次 鹿田1次
井戸1 井戸2 井戸1 井戸6 井戸7 井戸8 井戸10 井戸12 井戸13 井戸14 井戸15 井戸17
弥生中期後半 弥生後期前半 弥生後期前半 弥生後期後半 弥生後期後半 弥生後期後半 弥生後期後半 弥生後期末 古墳初頭 古墳初頭 古墳初頭 古墳初頭
○
○
○
03 ○
○ ○
○
○
貝 貝
鹿田1次 鹿田2次 鹿田5次
井 戸20 井 戸 4 井 戸(3)
平安(9c)
平安(9c)
平安
○
○
○
○
○ 0 50 30500
○
○
○
○
O
○
○
○
O
○ 一呈
骨 草 草 草 骨 貝 獣 雑 6雑 雑 獣
鹿田1次 鹿田 1次 鹿田1次 鹿田 1次 鹿田3次 鹿田1次 鹿田1次 鹿田2次 鹿田2次 鹿田5次 鹿田5次 鹿田5次
井戸 21 井戸22 井戸 23 井戸 26 井戸 2 井 戸28 井戸 30 井戸5 井 戸6 井戸0
井戸② 井 戸(4)
平安末(1lc後半)
平安末(12c初頭)
平安末(12c) 平安末(12c) 平安末(12c) 鎌倉(13c前半)
鎌倉(13c前半)
鎌倉(13c前半)
鎌倉(13c後半)
平安末 鎌倉 鎌倉 O
O
O ○ 獣 骨
鹿田4次 津島6次 津島2次
濤2 濤 濤18
平安(9c)
平安 近世
な どの遺物 であ り
,自
然遺物 の多 くは,本
文 中 に記載 される程度 で総括 的 に取 り上 げて報告 し て きた とは言 い難 い。 ここで は,岡
大構 内遺跡で出土 している種子・骨・貝 な どの 自然遺物 の 中で,分
析 に耐 え うる数 の出土例 が あ り,一
定 の検 出 レベ ルが保証 されている もの につ いて, 現在,種
日の同定が終了 している もの を基礎 に,時
期 的変遷 を考 えなが ら出土状況 を検討 し, い くつかの問題点・意義 を考 えてみたい。具体 的 には,種
子 で は雑草類 を除 く大型 の種子 に限 定 し,そ
のほかには獣骨 を対象 とする。貝 については資料数が少 ないため,デ
ー タを挙 げるにとどめる。木製品 について も
,樹
種 の問題 を とりあげて,近
年 中 に総括 的報告 が為 される予定 であなため,略
す こととす る。 また,自
然遺物 が 出土 す る遺構 と して,井
戸 ・濤 。河道 。土器 溜 り 。貯蔵穴が挙 げ られるが,土
器溜 りにつ いて はその例 が構 内遺跡 で少 ない こ と,貯
蔵穴 出土 の種子 については
,残
念 なが ら,現
在,同
定が進行 中のため完全 な形 で報告 で きない ことか ら,井
戸 ・濤・ 河道 に限定す る。取 り上 げる時期 は,構
内遺跡 で確認 されている弥生時代 〜古 墳時代初頭 ・平安 時代・平安末 〜鎌倉時代 の四時期 で ある, ここでは便宜的 に各 々をI〜Ⅳ期 として扱 うこととする。 また,種
類 の同定が終了 した構 内出土 の種子・獣骨・貝 の一覧 を表1〜3に挙 げてお く。
表
3
貝一覧表 表2
獣骨一覧表番 号 種 類 調 査 地 点 遺 構 番 号
(発掘時番号) 期
ウ マ ウ シ シ カ イノシ イ ヌ マ ダイ
○
○
○
○
○
○
○
○
○ ○
鹿 田1次調査 鹿 田3次調査 鹿 田4次詞 査 鹿 田5次調 査 鹿 田5次調査 津 島3次調査 津 島6次調査
井戸22 河道
1可道 井戸(2)
井戸(7)
包含層
1可道
平安末(12c初頭)
平安(9c)
平安 やc)
鎌倉 平安末 縄文 平安
番 号 種 類 調 査 地 点 遺構番号(発掘時番号) 時 期
ヤマ トシジ ミ・ ハ イガイ・ ヘ ナ タ リ ヤマ トシジ ミ・ ハ イガイ・ ヘ ナ タ リ・ マ ガキ
゛/・デミ
ヤマ トシジ ミ・ ハ イガイ シジ ミ
ヤマ トシジ ミ・ ハ イガイ・ ヘ ナ タ リ・ ハマ グ リ ムラサキガイ・ ゴマノフタ・ サザエ・オオタニシ ヤマ トシジ ミ
シジ ミ・ハ イガイ シジ ミ
鹿田1983年度立会 鹿田1次調査 鹿田1次調査 鹿田2次調査 鹿田1次調査 鹿田1次調査 鹿田1次調査 鹿田4次調査 鹿田5次調査
員塚 土 器溜 り2 井戸1 井戸3 井戸 12 井戸20
井戸21 河道 井戸(3)
弥生後期初頭 弥生後期末 弥生中期後半 弥生後期後半 弥生後期末 平安(9c)
平安末(1lc後半)
平安Oc) 平安
岡大構内遺跡出上の自然遺物について
(2)
各時期 の概 要a.I期
(表4)本時期 には獣骨 の出土 は見 られないため
,こ
こで は井戸 出土 の種子 について検討 を行 うこと と したい。出土 す る種子 の種類 としては
,モ
モ・ ウリ・ ヒ ョウタンに加 えクル ミや トチ といった堅果類 が挙 げ られる。出土す る遺構 としては井戸 に集 中 してお り,現
在 までの ところ,他
の遺構 か ら の例 は認 め られていない。井戸 は,鹿
田遺跡 に集 中する。 これは,津
島地 区が弥生時代 以 降水 田 として利用 されていたのに対 して,鹿
田地区は集落 を形成 していたためである。1〜6次
の 調査 によって合計49基 の井戸 を検 出 している。本時期 に属す る ものは,そ
の内の22基 で,種
子が出土する井戸 は11基
,全
体 の50%を
占める。で は, こうした種子 は何 を表 しているのであろ うか。井戸 か ら出土す る遺物 を考 える上で問題 となるのは
,井
戸 の最終的 な廃棄方法 である。つ ま り,た
だ単 に使用済みの もの として放置 して 自然埋没 した ものか,何
の行為 もな く埋 め戻 され た ものか,あ
るい は何等 かの行為 を行 いなが ら人為 的 に埋 め られた ものか, とい う点である。前 の二者 であれ ば
,出
土遺物 は偶然性 の高い もの となって しまう。 しか し,何
等 かの行為,つ
ま り
,井
戸 を埋 め るに当たって為すべ き非 日常的行為 (以下,便
宜 的 に祭祀 的行為 と称する)が存在 する とするな らば
,出
土遺物 は必然性 の高 い もの とな り,そ
れ らの動 向 は注 目に値す る。このよ うに出土遺物 の意味 を考 える上で は
,そ
う した行為 の有無 を決 めることが不可欠であ り,出土種子 について も
,考
える前提 として, この点 を詰 めてお く必要がある。本論 とはやや離 れ るか も知れないが,井
戸廃棄時の祭祀的行為 について ここで簡単 に検討 を加 えたい。、
井戸 にお ける祭祀的行為 を復元する ことは非常 に難 しい問題で はあるが, ここでは
,注
目する要素 として遺物 の出土状況 と埋上 の状況 を取 り上 げ
,そ
れぞれについて特異 な項 目を選 び出 して検討する ことによって,そ
う した行為 の有無 を決定 し,そ
の上 で種子 との関係 を考 える こ ととする。まず
,遺
物 の出土状況 については次 の2項目が挙 げ られる。1点
は遺物が不 自然 な状態でお かれている ことである。つ まり,完
形 あるいは完形 に近 い状態の土器が,流
入土 とは考 えられない中層 〜底 のある位置 にまとまって出土 し
,本
来 は故意 におかれた と判断 される場合 である。2点は特殊 な器種 がある一定条件 の もとに入 れ られている と判断 される ことをあげたい。具体 的 には
,非
日常 的な要素 の強い ミニチ ェア土器 あるいはそれに類す る土器が,完
形 あるいは完 形 に近 い状態で井戸 の底 か ら出土する例 に限定 している。他 の例,つ
ま り,特
殊 な形状 の壺 や 手焙 り形土器 な どの出土例 も認 め られる(1次
調査井戸17)が ,一
定 の条件 での斉一性 が認 め られ ない こ とか らここで は除外 した。埋土 について は次 の4項
目を設定 した。1点は純粋 な炭・灰層 がl cm以上認 め られる ことあるいは多量 の炭化物 を包含する層が認 め られる こと, 2 点 は焼土 が多量 に堆積 す る こと
, 3点
は井戸下半 に植物質 を含 む厚 い有機物層 が明瞭 に認 め ら れる こと, 4点
は赤色顔料 を包含する ことである。 これ ら6項目につ いてその有無 を取 り上 げ,6項目中半数の3項目が認 め られる もの に関 して は祭祀 的要素 を強 くもつ井戸 と考 える ことと した。
以上 の前提 で各井戸 を検討 し
,種
子 との関係 を示 したのが表4である。祭祀的要素 の強 い井 戸 として12基 が抽 出で きる。全体 (22基)に
占める割合 は55%で
ある。 また,種
子 が出土す る 井戸11基 の うち9基
が この中に含 まれ,祭
祀 的要素 の強い井戸 の75%を
占める。前述 したよ う に全体 の井戸 の中に占める割合が50%で
あるの に比べ て高 い数値 となる。種子 を含 んでいて3 項 目以上 に達 しない井戸 は2基(1次
調査 の井戸 2と 井戸9)が
確 認 されている。井戸2は井 戸枠 を有 し,底
部 に完形 に近 い高杯 が入 っている。周辺 には僅 か に炭化 物が認 め られた。井戸 9はや は り底部 に完形 の奏・小形鉢が認 め られている。 いずれ も埋土 に特異性 が認 め られず,項 目的 には要素 が低 くな っているが
,土
器 の出土状 況 か ら何等 かの行為 が存在 した ことを想定 す る こ ともで きる。 そ して,全
く何 も要素が認 め られない井戸 で は種子 は検 出 されていないの である。以上 の ことか ら,祭
祀 的要素 の強 い井戸 と種子 が密接 な関係 を有 していた,つ
ま り,種子 が祭祀 的行為 の中で重要 な一要素 となっていた可能性 は高 い と考 え られる。
で は
,種
子 の中での各 々の種類 は どのよ うな状況で出土 しているのであろ うか。 まず,出
土している種類 は
,前
述 したよ うにモモ・ ウ リ 。ヒ ョウタ ン・堅果類 である。それぞれの出土件 数 を数 える と,モ
モが10基 の井戸 か ら,以
下,ウ
リ3基
, ヒ ョウタン2基,堅
果類5基
で ある。祭祀性 の高 い井戸 12基 の中での割合 で はモモ
8基 (67%),ウ
リ3基(25%),
ヒ ョウタン2基 (16%),堅
呆類4基 (33%)と
なる。モモの出土率 が7割近 い値 を示 し他 と比べ て突 出 して いる点 は注 目に値 する。 また,種
子 を出土 す る井戸 でモモが含 まれない もの は1基
のみで,出
土種子 は堅果類 の果皮 に限定 されている。1例だけのため
,取
り上 げる には問題があるか も知 れないが,モ
モな どの収穫時期 が夏,そ
して,堅
果類 の果皮 に限定 される ことを考 える と, こ の井戸 の廃棄時期 が秋か ら冬 にかけてであ ったため,モ
モが入 らなか った可能性が想定 される。このよ うに
,モ
モ・ ウ リ・ ヒ ョウタン・堅果類 とい った種子 は祭祀的行為 に結 びつ く可能性 が高 いが,そ
の中で も特 にモモはその中心 を為 してお り,重
要 な要素 として考 え られていた こ とが窺 われる。そ して,井
戸 の廃棄時期 について も,渇
水期 にあたる夏期 がその中心 となって いた ことも種子 の出土状況か ら言 えるので はないだろ うか。岡大構内遺跡出上の自然遺物 について
表 4 I期 (弥生〜古墳初頭
)の
井戸時
期 調査地点 遺構番号 (発掘 時)
種 子
貝 主 要 項 目
モ モ その他
① ② ③ ④ ⑤ ⑥
合 計 中期後半後期前半
1次調査
ク
ク
2次
調査1
3 1
0 6
ウ リ
,雑
草ヒ ョウ タ ン トチ
,ク
ル ミイ ヌ ガ ヤ
× クル ミ
○ △ ◎ ◎ ◎ ◎
○
×
△
×
×
×
◎ × ◎ ◎ ○ ×
◎ × ◎ ○ ○ × 4 4 1.5
後期後半 1次調査
2次
調査ク
1次調査
ク ク ク
ク ク ク ク
4 2 3 5 6 7 8 9 10 11 12 13
0 0 0 0 6 4 0 1 2 0 0 12
×
×
×
×
×
×
×
×
X
×
トチ
,ク
ル ミウ リ, ク ル ミ カ シ
○
○
◎ × ◎ ◎ × ×
○
×
×
×
O X
×
×
×
×
○
×
X×
× ×X×
◎ ○ ◎ ○ ◎ ×
◎ ○ ◎ ◎ × ×
○
×
×
X
××
○
×
×
○
×
×
○ × ◎ ○ ◎ ◎
× × △ × × ×
◎ × ○ × ○ △
○ × ◎ ◎ ○ ○ 0.5 3.5 5
3
2
1
0
5
4
1
2
3
古墳 初頭 ク
//
ク ク ク ク
5次
調査 14 15 16 17 18 19 (8)1 6 0 0 0
0
ヒ ョウ タ ン り
草
× ウ
× 雑
×
○
○
◎ × ◎ ○ ◎ ×
◎ × ◎ ○ ○ ×
XO◎
× × ×◎ × ◎ × ◎ ×
○
×
◎
×
×
×
〈破壊で不明〉
○
×
×
×
×
× 4 4 2 3 2
①:完形あるいは完形に近い遺物が不自然な状態で置かれていること
②:ミニチェア土器あるいはそれに類する土器が底部に置かれていること
③:炭・灰層あるいは多量の炭を包含する層の存在
④:焼土を多量に包合する層の存在
⑤:植物質を中心 とした有機物を多量に包含する層の存在
⑥:赤色顔料の存在
◎:非常に顕著
○:認められる,①では点数が少ないが完形の場合を示す。
△:類する状況
×:認められない
モモについては出土数を示す。
合計ポイントは◎○を1点,ぃ△を05点で計算 している。
b.Ⅱ
期本時期 は
,種
子 ・獣骨 につ いて井戸 と滞・河道 でのあ り方 を検討 す る。①
井戸 (表5)
検 出井戸 の総数
4基
の内で種子 を出土 した井戸 は3基である。I期 と同様 に して,祭
祀 的要素 の存在 を探 るため
,諸
要素 を挙 げたのが表5である。 まず,埋
土 の状況 か らは,炭
化物層 が少 し認 め られる程度 で
,際
だ った要素 を抽 出す る ことはで きないが,遺
物面 で は種子 を出土 し た井戸3基
につ いて は,表
で もわかるように,非
常 に共通性 の高 い状況が認 め られ る。つ ま り, いずれ も大形の井筒 を持 ち,井
戸 の底 か ら斎 串・櫛 ・尖 り棒・刀子 。曲物 とい った木製品。鉄 製 品が組合 わ さって出土 す るのである。I次
調査 地点 の井戸20出 土 の刀子 は木製 であ り,明
らか に祭祀具である。 また
,斎
串 につ いて も呪符 的 な要素が認 め られ るな ど,い
わゆる祭祀具 と見 なす こ とので きる遺物 が集 中的 に出土 している。 こうした中で
,種
子 の出土状況 をみてみる と,モ
モが3基
(祭祀 的要 素 の強 い井戸 に占め る割合:100%)の
井戸 か ら出土 し,以
下 セ ンダン
2基
(同 :約67%),
ヒ ョウタン2基
(同 :約67%),
ドング リ・ マ クワウ リが各1基 (同i33%)で
ある。セ ンダンが新 たに出現 しているが,全
体 的な傾 向 はI期と同 じで,モ
モが祭祀 的要素 と深 く結 び付 き
,他
に ウ リ・ ヒ ョウタンが続 くとい う状況 は変化 していない。 このよ うに,本
時期 には,井
戸廃棄時 の祭祀 的行為 において,種
子 について は従来通 リモモが密接 に 関わ っている と考 え られるが, I期
と異 なる点 として,斎
串・櫛 ・刀子・ 曲物 な どのいわゆる 祭祀具が重要視 されて きている こ とが挙 げ られる。②
溝・河道
獣骨 ・種子 を出土 す るの は, Ⅲ期 の段階の鹿 田地区 と津 島地区の遺構 である。
鹿 田地 区で は
3'4次
調査 において,河
道 か ら種子 ・獣骨 が出土 している。種子 として はモ モが1点,そ
して,獣
骨 と して はウマ・ シカ 。イヌが認 め られている。少 し詳細 に出土地点 の 状 況 を説明する と,
この河道で は,カ
ヤ 。モ ミ属・ アカマ ツの柱6本
が確認 され,橋
脚遺構 の存在 が想定 されている。 それ に加 えて
,護
岸 あるい は堰 の機能 を有す る と考 え られる多数 の杭 群 も検 出 された。調査面積 は狭 くそ うした重要 な構造物が集 中 した地点であった。 ここか ら出表
5
Ⅱ期 (平安)の
井戸調査地点 遺構番号 (発掘時)
種 子
貝 木製 品な ど (点数)
内 物 土 化 埋
炭 備 考
モ モ そ の 他 斎 串 櫛
尖棒
刀子 曲 物
1次調査 2次調査 5次調査
20 4 い い
︲0 8 2 0
ヒ ョウ タ ン,センダ ン
ウ リ,クル ミ,カシ
ヒ ョウ タ ン,センダ ン
○
×
3 1 1(完
形)6(底,破片)
1 1 0
1 2(底,破片)
○
○
半オ ク ク か阪
筒
壊
岡大構内遺跡出上の自然遺物について
土 したの は馬の顎骨及 び歯 の部分である。取 り上 げ後接合が進 み
, 1頭
分 が復元 された。 出土 した獣骨が頭部 に限定 されている ことは注 目される。 シカ・ イヌが出土 した地点 は,同
一 の河道 内で はあるが, この杭群 か らは離 れた地点で
,構
造物 な どは認 め られない。津 島地 区で は
,津
島岡大6次
調査 において,条
里 の坪境 に当たる と考 えられる位置 に東西方 向の大濤 が検 出 され,そ
の中か ら種子・獣骨が出土 した。種子 はモモ・セ ンダン,そ
して,獣
骨 は ウマの歯 で ある。 出土地点 の状 況 は鹿 田 と似 た状況で
,水
利調節用 の杭群 が広範囲 に検 出 されている。このよ うに
,河
道 あるいは滞 のなかでその機能上重要 な地点 において,モ
モや ウマに関連 し た ものが出土する傾 向が窺 える。1。 Ⅱ期 の井戸 でモモの出土例 が多 い ことと共通する点 は重 要 である。C.皿
期 (表6)鹿 田地 区で は この時期 に属する井戸 で底部 まで確認で きた ものは23基 である。その中で
,種
子 を出土す る もの は10基
,全
体 の43%を
占める。数値 だけをみる と, I期
の井戸総数22基 に対 して種子 出土井戸11基 の割合 と大差 は認 め られず,井
戸 と種子 の関係 に変化 は無 いよ うに思 え る。 しか し,詳
細 に検討 する と,そ
の様相 にはかな りの隔 た りが生 じている。それ を明確 にす るため には,や
は り,井
戸 の埋没状況 を明確 にする必要がある。い くつかの要素 に注 目して ま とめた ものが表6である。これ を概観 する と
,埋
土 につ いて はI期 と同様 に炭化物層 の存在 が比較的多 く認 め られる。そのほかで はあ まり特徴 的あるいは共通性 の高 い土層 関係 は認 め られない。一方
,遺
物 のあ り方 で は
,器
種 的 な偏 りをみ る と,曲
物 ・椀 。小皿 の出土例 の多 さが 目を引 く。 ここで数多 く出 土 する曲物 は径15〜20cm,高 さ15cm前 後 の小形 の完形 品あるいは底板 の可能性が高 い ものであ る。 いずれ も井戸 の底部 あるいは底 に近 い位置か ら出土する。23基 中10基,全
体 の43%を
占め る。木器 出土井戸 の中で は15基 中10基 とな り約67%と高 い数値 を示 す。次 に多 い箸 が5基
で33%程
度 で あ り,木
器 の中での偏 りは明瞭で ある。 しか し,出
土数が多 い ことだけでそれが祭 祀 的行為 に結 び付 くとは言 い難 い面 も残 っている。つ ま り,曲
物 が井戸利用 に関 わる機 能 を持 つ場合 は当然使用時の偶然性 が高 くなる ことは考慮す る必要があろ う。 この点 についてはもう 少 し検討 を加 える必要が ある とは思 うが, ここでは曲物 の形状 か ら釣瓶的機能 を想定するには 紐掛 け部分 が無 い こ とや出土す る底板 は全体 の1/3〜 1/2程 度の破片である ことが多 く,接
合 す る ものはほ とん ど無 い ことな どか ら,使
用 時 の破損 とは考 え難 い点 を重視 し,何
等 かの意味 をもって入 れ られた可能性 を考 えたい。
土器 については
,井
戸全体 か ら出土 す るわ けで はな く,出
上位置 は大 きく上層 。中層 ・下層〜底部の
3ヶ所に分げられる。その中で ,最 も必然的行為と結び付く可能性が高く ,検 出例の
多 い下層 〜底部 で出土す る もの に注 目 してみ よ う。下層 〜底部 と言 うよ うに幅が あるのは井戸 の埋没時の底面が どこにあるか によって底面 レベルの移動が考 えられるか らである。底面が上 昇す る条件 は様 々であ り
,そ
れ らを区別する ことは困難 であることか ら,井
戸下半 にお いて最 初 に完形 に近 い土器が置かれた状態 の ものはこの範囲 に入 る と考 えている。器種的 に最 も多 いもの は椀 で
,井
戸底部 まで確認 した20基 中11基 において認 め られている。全体 の55%に
のぼる。小皿 について は5基
,25%で
ある。古 い段 階で は小皿が比較 的多 いが12世 紀 には椀 が中心 とな る。 このよ うにある器種がある位置 に集 中する現象 はやは り意識 的な もの と見 なす ことがで き る。今 回の 目的 とややずれるため これ以上の検討 は略すが,本
時期 で の井戸廃棄時 の祭祀 的行 為 の要素 として は少 な くとも炭化物層 の存在,曲
物 の存在,椀
・小皿 の存在 が挙 げ られる可能 性 が高 い と考 える。以上 の よ うな前提 で祭祀 的行為 を想定 させ る井戸 を抽 出す る と19基 にのぼり
,全
体 の83%を
占める。種子 について は前述 の3要素 か ら祭祀 的要素 の強 い と考 え られる井戸 19基 の うち
9基
か ら出 土 してお り,47%を
示 す。 ある程度 の数値 はでているが, I期
で は12基 中9基
で75%,
Ⅱ期 で は3基
中3基
で100%に比べ る と低下現象 は明瞭である。 また,そ
の中で種類別 にみてみる と,モモ・ ウ リが19基 中
5基 (26%),以
下,堅
果 類2基 (11%),
ヒ ョウ タン・ セ ンダン各1基
(5%),穀
類3基(16%)と
い う出土状 況 を呈 し,か
つ て非常 に高 い比率 を有 していたモモ表 6 Ⅲ期 (平安末〜 中世
)の
井戸 ○:普通・出土例あり,◎ :多量調査 地点 遺構番号 (発掘時)
種 子 獣
骨
木製 品他 (点数)
井戸底部 出土遺物
埋 土
炭・焼土 備 考
=モ 穀類
その他 曲
箸
その他
物 1次調査
5次調査 1次調査
3次調査 1次調査
2次調査 5次調査 1次調査 2次調査 1次調査 5次調査 6次調査
2︲ 0 22 23 24 25 26 27 1 2 28 29 80 5
②
⑭ 3︲ 6 32 33
① ω
1
2
1
1 3
○
コメ ウ リ コメ他 ウ リ オナモ
コ メ ウリ,
クル ミ ウ リ, クル ミ
ウ マ
ウ シ
2
スリコギ,刀子O O
椀,下駄,杓子1 1
浮 き,扇子 1(井 筒)
1
1
1
1(完) 1
○ ○
○
○ 栓 櫛 毬 棒 浮 毬
○(完)
椀・皿・木器 椀
曲物・椀
/1ヽ皿
椀・小皿
椀 椀・木器
ク・曲物 ク・小皿 小皿・ウシ
椀
椀
◎ 稲
◎
◎
◎
◎
◎
◎ ○
◎ (稲)
◎ (稲)
○
◎
○ 木組枠
破壊
下半未掘
岡大構内遺跡出土の自然遺物について
の激減が特徴 的である。 また
,種
子 の組合せ をみて もかつては種子 出土井戸 の90%以
上 を占めていたモモが
,10基
中6基,60%ま
で下が っている。行為 の不 明確 な丼戸 か らの出土例 も1例 認 め られる。以上 の ことか ら,全
体 的 に祭戸E的 行為 の中に占める種子 の重要性 の低下が進 み,特 に
,モ
モ については従来 か ら担 っていた他 の種子 とは区別 されるその特異性 を消失する とい う変化 が認 め られる。 ところが,こ
う した流 れの中で,新
た に出現 する種子 もある。 コメ・ ム ギ とい った穀類 である。3基
の井戸 か らの出土 ではあるが,意
識 の変化 が生 じている ことを示 すかの よ うで興味深 い。 そのほかに獣骨 の出現 も注 目に値する。 ウマ・ ウシの骨が1例づつ認 め られる。 これについては,特
に祭祀 的要素が強 い状態で検 出 された。1次調査地点 の井戸22 で は井戸 の上部 に多量 の炭化物 を伴 って1頭の馬骨が出土 した。それ らの骨 の上部 に頭骸骨が 置 かれた状 態 で,頭
骨 には致命傷 となった傷が確認 されている。解体後 の埋納が考 えられる。下層 か らは椀が出土 している。 また
, 5次
調査 地点 で は木組井戸 の底部 中央 ににウシの頭骸骨 が1個,逆
転 して置かれている。下顎骨 は無 い。周囲の四隅 には小皿が立 て られていたよ うで ある。いずれ も頭部が特別扱 い されている点で共通す る。前述 の コ期 の濤で は既 にウマの出土例 が認 め られて お り
,Ш
期 には広範囲 にそ うした意識が 普及 す る ことが窺 われる。(3)ま
とめ以上 のよ うに見て くる と
,井
戸 にお ける祭祀的行為 の中で 自然遺物 の占める位置が時代 と共 に変化する ことがわかる。 ここで全体 をもう一度 まとめてみたい。まず
,種
子 と井戸 における祭祀的行為 との関係 について見 てみよ う。図1は表7に挙 げた井戸総数 に占める祭祀的要素 の強い井戸 の割合 を示 し
,そ
れ に種子 を出 土 した井戸 の割合 を重 ねたグラフである。祭祀性 の高 い井戸 の全体 に占める割合 の変化 はI期 には55%程
度で あるが, Ш期 には75%,Ⅲ
期 で は83%に
まで上昇する。 Ⅱ期 の井戸 については 先述 の よ うに数が少 ない上,そ
の性格上,他
の時期 と同一 に考 える ことはやや問題が残 るが,少 な くともⅢ期 には内容 の差 はあれ
,何
等 かの祭祀的行為が大半の井戸 で行 われ はじめている こ とが想定 される。 そ う した状況 の中で,種
子 の出土 す る比率 を見 る と, I期
で は全体 で は50%,祭
祀性 の高 い井戸 の中で は75%,
Ⅱ期 には前者 で75%,後
者 で100%,Ⅱ
期 で は前者 で43%,後
者 で は47%で
ある。 これでわかるよ うに, Ⅱ期 とⅢ期 の間で大 きな変化 が存在 する。I・ Ⅱ期で は祭祀性 の高 い井戸 に占める割合が非常 に高 く
,全
外 に占める割合 と大 きな差 を示 す。 それ に対 して,Ⅲ
期 には,両
者 間に差 は認 め られず,数
値 も低 い。つ ま り, I・ Ⅱ期 には,特 に祭祀 と種子 の結 び付 きが強い可能性 を窺 うことがで きる。
次 に
,種
子 の中での各種類 の状況 を見てみよ う。図
1
祭祀性 と種 子の関係図
2
井戸出土種子組合せ表
7
各時期の井戸 に占め る自然遺物一覧国 祭〒B性の高い井戸 剛 種子出土井戸
lllllllモモ 国 ウ リ
厖Z堅果類
圏 セ ンダ ン
匡□ 穀類
時 期 I Ⅲ I〜 Ⅲ合計
井 戸 総 数 4
祭祀井戸数 (総数比) 12(55%) 3(75%) 19(83%) 種子出土井戸数
対総数値
対祭祀値
11(50%) 9(75%)
3(75%) 3(100%)
10(43%) 9(47%)
24(49%) 21(62%) モモ出土井戸数
対総数値
対祭祀値
10(45%) 8(67%)
3(75%) 3(100%)
6(26%) 5(26%)
19(39%) 16(47%) ウリ出土井戸数
対総数値
対祭祀値
3(14%) 3(25%)
1(25%) 1(33%)
5 (22%) (26%)
5
9(18%) 9(26%)
とョウタン出土井戸数
対総数値 女寸安烏斤巳ftL
2(9%)
2(16%)2(50%) 2(67%)
1(4%)
1(5%)
5(10%)5(15%)堅果類出土井戸数
対総数値 対祭祀値
5(23%) 4(33%)
1(25%) 1(33%)
2(9%)
2(11%)8(16%) 7(20%)
センダン出土井戸数
対総数値 対祭祀値
0 0
2(50%) 2(67%)
1(4%) 1(5%)
3(6%) 3(9%)
穀類出上井戸数
対総数値 対祭祀値
0 0
0 0
3(13%) 3(16%)
3 (6%) (9%)
3
牛・馬出土井戸数
対総数値 対祭祀値
0 0
0 0
2(9%) 2(11%)
2(4%) 2(6%)
岡大構内遺跡出上の自然遺物について
出土種子 の種類 と して はモモ・ ウ リ・ ヒ ョウタン・ 堅果類 ・セ ンダン・穀類 が挙 げ られる。
種類 の数 として はかな り限定的であ り
,選
択 された種子 と考 える ことも可能であろ う。この各種子 の出土率 を検討 したい。図3は各種 子 の出土率 を表 している。 円周部が100%の 出土率 となる。 ここにお いて も
, IoⅢ
期 とⅢ期 との差 が明瞭 に見 て取 れ る (図3‑1)。
I・ Ⅱ期で は新 たに出現す る種子 の存在 を除 くと
,共
にモモ にピー クがあ り,祭
祀 的要素 の高い井戸 に占める割合 (太線
)が
全体 の井戸総数 に占める割合 (細線)を
上 回る差 について もほ ぼ共通 している (図3‑2・ 3)の
に対 して,Ⅲ
期で は ピー クもな く両者 の差 も認 め られず,種子 の占める割合 も極 端 に縮小 して いる (図
3‑4)。
図3‑5で
は祭祀性 の高 い井戸 の中で の種子 の出土率 を示 しているが,そ
うした傾 向はよ リー層明瞭 に認 め られ,そ
の ライ ンはI・Ⅲ期 で はほ とん ど一致 している。次 に
,図
2にか え って各 々の種子 の組合せ を見 てみ よ う。I・ Ⅱ期で はモモの出土 を示す部分 に他 のほ とん どの種子が重複 している。例外 はI期の堅果 類 のみ を出土す る1基だけである。 ところが
,Ⅲ
期 で はモモ とウ リが同率 を占め,両
者 の重複※太線 :祭祀性の高い井戸 に対する値 細線 :井戸総数に対する値
I期
Ⅱ期
Ⅲ期
3.I期
の出土率図
3
種 子 の 出土 率ヒ ョ ウ タ ン ヒ
ョ ウ タ ン
″
1.井戸 に対する種子の出土率 (I〜Ⅲ期)
5
種子出上の祭紀井戸 に占める割合4
Ⅲ期 の出土率2 1期の出土率
は1基のみである。 そ して
,他
の種子 はウ リと重複する傾 向が強 く,堅
果類・ セ ンダン・穀類 が含 まれる。モモ との重複 は堅果類1例のみである。以上 のように,種
子 の中で はI・ Ⅱ期 に はモモが他 の種子 に対 して,圧
倒 的優位 を占めているが,Ⅲ
期 にはそのモモの出土数 の低 下 か ら種子全体 の祭祀的行為 に占める割合 も減少 し,あ
るい は種子 の中で は,ウ
リに とって代 わ ら れる可能性 も考 えられる。 このように,種
子 の種類 や組合せ において もⅡ期 とⅢ期 の間 に差 が 認 め られる。井戸 出土 の種子 か らは以上 の よ うな ことが わか って きた。 それ に加 えて
,獣
骨 の出現 も考 え 合 わせ る と, Ⅱ期 まで は祭祀上,重
要 な役 目を果 た して いた種 子,特
にモモ の存在 とそれ に とって代 わるかのよ うにⅢ期 に出現 する牛 。馬 (特に頭部)。 穀類 の出現,そ
して Ⅲ期 にはす で にある程度 のセ ッ ト関係 が成立 していた と考 え られる祭祀具の存在 な ど, Ⅱ期,つ
ま り平安時代 を境 とした祭祀上 の様 々な変化 を窺 うことがで きるよ うで ある。
こうした現象 は
,井
戸 が その集落内で どうい うもの として存在 したか,そ
の社会的違 いの現 れである と考 え られる。 このよ うに,自
然遺物 か らも様 々 な】犬況 を考 える ことがで きる。 とも すれ ば見落 とされが ちな遺物 で はあるが,今
後 の積極 的 な分析 を期待 す る。1
註 種子・獣骨についての報告 としては以下の報告がある。
藤下典之「鹿田遺跡から出上 したメロン仲間Cucumtt mdo L.の 種子,特に雑草メロン型の小粒種子 について」F鹿田遺跡I』 岡山大学構内遺跡発掘調査報告 第 3冊 1988年
松谷暁子「岡山大学構内遺跡から出上 した炭化種子 と灰像について」F庇田遺跡 Ⅱ』岡山大学構内遺跡 発掘調査報告第 4冊 1990年
松井章「鹿田遺跡 (Ⅲ・Ⅳ次調査地点)出上の動物遺存体」F鹿田遺跡I』 岡山大学構内遺跡発掘調査 報告第 4冊 1990年
これまで構内遺跡で出土 したものについては以下の方々の御協力によって同定が成されている。
木器:畔柳
鎮,能城修―
,
種子:笠原安夫,武田満子,粉川昭平,松谷暁子 骨:鳥海徹,松井
章
,
貝:稲葉明彦2
3
種子 については同じ種類の遺構 においても,その採集方法 によって検出されるものに差が生 じることが 考 えられる。本来ならば,対象 となる遺構 の土壌 あるいは可能性のある部分の上壊の全てを同一の レベ ルで水洗 。選別 して比較する必要がある。 しか し,現状では多 くの遺構で一部の土壌の洗浄にとどまっ ているため,草本類 を中心 とする小型の種子の確認例 は僅かである。 また,遺構内に入る偶然性の確率 を考 えた場合,モモ・ウリなどのような大型のものに比べ小型種子の確率が高いと想定 される。以上の ことから, ここでは草本類などの小型種子 を対象物か ら除外 している。4
能城修一氏 によって構内遺跡出上の木製品についての総括的な分析が行われてお り,津島地区の遺物 に ついては 1〜6次調査分の報告が本年度刊行予定の 『岡山大学構内遺跡発掘調査報告 第5冊』 に, ま5
6
7
岡大構内遺跡出上の自然遺物 について
た,鹿田地区出土の遺物については1〜5次 調査分が来年度刊行予定の F鹿田遺跡Ⅲ
岡山大学構内遺 跡発掘調査報告』にそれぞれ掲載する予定である。
近年の調査では,津鳥地区において検出した縄文時代の貯蔵穴内埋上の上壊をほとんど全て洗浄 し種子 を選別する作業を実施 している。様々な種子が出上 しており,種子の同定に期待がかけられている。
F鹿田遺跡I』 岡山大学構内遺跡発掘調査報告 第 3冊 1988年
岡山大学埋蔵文化財調査研究センター
『鹿田遺跡Ⅱ』岡山大学構内遺跡発掘調査報告 第4冊 1990年
同山大学埋蔵文化財調査研究センター
『同山大学構内遺跡調査研究年報5』 1988年
岡山大学埋蔵文化財調査研究センター
「祭祀的行為」 と言 う名称について,そ の内容が明確にされない状態で使用するのは問題ではあるが, ここでは,何かを意識 して故意に行われた非 日常的な行為 として便宜的に呼称 したい。
8
井戸の祭祀 を考 える場合,井戸廃棄時の行為の他 に,使用時のそ うした行為の存在 も考慮する必要があ る。 しか し,現象的に得 られるデータは廃棄時の状態であ り,特に,後者 を区別することは困難である ことか ら,ここでは本論の目的 ともはずれるため厳密な区別をせず,廃葉時 に重点 を置いた形で祭祀性 を考 えることとする。井戸の祭祀についての指摘 は以下のような研究においても行われている。
水野正好「竹筒をのこした一井 とその秘呪」‖草戸千軒』Ns36 1y6年
広島県草戸千軒町遺跡調査研究所 中野雅美「弥生・古墳初頭の井戸」F考古学 と関連科学』1988年
鎌木義昌先生古稀記念論文集刊行会
9.種
子 を出上 しない井戸1基はその半分 を他の井戸 によって破壊 され,本来の状態 を残 していない。10.鹿田遺跡の平安期の井戸 については,その出土遺物に墨書土器・転用硯 。木街・丹塗 り上師器などが含 まれていることや,他の遺構群 との関係か ら,公的な要素 を強 く有 していた可能性が高い。そのため,
前後の時期 と同一 レベルで比較することは問題が残ることは否めない。 しか し,少な くとも,種子 に対 する意識がこの段階 まではI期と変化 していないことは明白である。
11『鹿田遺跡 Ⅱ』岡山大学構内遺跡発掘調査報告 第4冊 1990年
同山大学埋蔵文化財調査研究セ ンター 12『岡山大学構内遺跡調査研究年報6』 16〜 17頁 1989年
同山大学埋蔵文化財調査研究セ ンター
13 ここでは種子 との関係が本論であるため,鹿田遺跡で出土例の多い曲物 にのみ注 目して検討 したが,他 の遺跡では箸なども多量に出土する例が多々認められてお り,他の遺物 についても要素 として取 り上げ られる可能性 はある。
14 1期 (弥生時代〜古墳時代初頭)の井戸から穀類が出土 した例 として,川入遺跡が挙げられる。弥生時 代後期 に属 し,炭化米・親が検出されている。報告書では詳細 は不明であるが,土器の器壁 に付着 して 出上 した可能性が高い とい うことである。 こうした出土状況 を考 える と,祭戸E的行為に伴 って必然的に 入れられたものではな く,土器 に伴 う偶然性の高い資料 と考えられるため本論での対象 とはないもので ある。
F山陽新幹線建設 に伴 う調査 Ⅱ』岡山県埋蔵文化財発掘調査報告書 第2集 1974年
岡山県教育委員会 15.『鹿田遺跡I』 岡山大学構内遺跡発掘調査報告 第3冊 1988年
同山大学埋蔵文化財調査研究セ ンター 16.『岡山大学構内遺跡調査研究年報5』 1988年
岡山大学埋蔵文化財調査研究センター
鹿田5次調査の発掘調査報告 は現在作成中で来年度に刊行予定である。
17 図 3は 円周部 を100%と して出土率 を示 している。図
3‑1は
各種子出土率 を井戸総数に対するものと 祭祀的な丼戸 に対するもの とにわけて表 し,図3‑2〜
4では図3‑1を
時期別に分離 している。図3‑5は
祭祀性の高い井戸の中で種子 を出上 したものに対する各種子の出土比率 を示す ものである。全体 の井戸 に対するものについては,対祭祀井戸の図 と大差ないため省略 している。発行
岡 山 大 学 構 内 遺 跡 調 査 研 究 年 報 8 1990年度 編集
岡山大学埋蔵文化財調査研究セ ンター 発行
岡山市津島中 3丁 目2番 1号
(0862)52‑1111(内線246) 印刷
サ ンコー印刷株式会社
総社市真壁871‑2 (08669)3‑2121G