博士(経営学)蟹江 章
学位論文題名
フランス監査制度に関する研究
― 情報 監査 と実 態監 査の融合一
学位論文内容の要旨
本稿では,監査主体としての会計監査役の資格および責任という観点,ならびに会計監 査役に与えられている職務という観点からフランスの監査制度を分析している。これによ って明らかにされているフランス監査制度におけるひとつの特徴として,情報監査(情報 の質そのものに対して意見を表明する監査)と実態監査(情報の背後に存在する行為に対 して意見を表明する監査)を融合する形で会計監査役の基本職務が組み立てられていると いう点を指摘することができる。
現代の監査は,あまりにも情報監査に特化しすぎたことによって法令・基準違反等や継 続企業の問題に対して適切に対応できず,社会的な批判を浴びあるいは不信感を引き起こ している。こうした事態を背景にして,今日にわかに実態監査に対して注目が集まるよう になってきた。しかしながら,実際には実態監査の有効な実施は容易なことではない。ひ とっには監査主体と被監査企業の関係に由来する困難さがあり,他方では実態監査にかか わる評価基準設定の難しさが指摘されている。
こ うし た困 難が ある にも かか わらず フラ ンス の監 査制度が情報監査と実態監査の融合 を達成しているのは,ひとっには監査主体たる会計監査役の位置づけに理由・があるように 思われる。専ら被監査企業の外部に位置して監査を行うアメリカなどの公認会計士とは異 なり,フランスの会計監査役は被監査企業における監査機関として企業内部からの視点を もって職務に臨むことができる立場にある。こうした事実こそが情報監査と実態監査の融 合を可能にしているひとつの要因であると考えられる。
情報監査においては,監査の主題たる会計情報について「ー般に認められた会計基準」
(GAAP)と いう 一般 的評 価基準が存在し,これに照らして監査の結論を導き出することが できる。このため,監査主体が被監査企業の外部に位置するということが監査実施の障害 と は な ら ず , む しろ 独 立 性 の 確 保 と い う 観 点 か ら 望 ま し い こ と と 考 え ら れて い る 。 一方実態監査においては,企業経営にかかわる様々な行為が監査の対象となる。このた め,これらに関する一般的な評価基準を設定することが困難である上,企業外部から監査 の対象となる行為を観察するのは容易ではない。企業の内部に軸足を置き,特定の関係者 との 間で 特定 の目 的を もっ て合 意され た評 価基 準を 設定することではじめて実態監査の 有効な実施が可能になる。こうした事実に鑑み,会計監査役が企業の機関として位置づけ られ,現在株主の保護という目的が設定されることによって実態監査が機能しうる環境が ―28−
成立していると考えることができるのである。
このように,フランスの会計監査役監査は情報監査と実態監査を融合する形で成立して いるが,これによって現代の監査が抱えている重大な課題,すなわち法令・基準違反等な ら ぴに 継続 企業 の問 題へ の対 応に つい て制 度レ ベルでひとつの解決策を提示することに 成功している。っまり,法令・基準違反等や経営の継続性を損をう事項を実態監査の手続 によって把握し,それを考慮に入れて情報監査の監査意見を形成する仕組みが確立されて いるのである。
情報監査における監査意見形成の論理としては今日の国際的な潮流であるりスク・アプ ローチが採用されており,表明される監査意見に託されたメッセージについてもその他諸 国におけるものとの間に本質的な相違は見受けられない。しかしながら,監査意見の形成 に当たっては,実態監査によって把握された会計情報の背後にある行為の適法性・正当性 あるいは経営の継続性にかかわる経営者の対応などが考慮される。したがって,単に会計 情報が会計基準にしたがっているかどうかという形式的な評価ではなく,被監査企業の取 引 実態 を適 切に 反映 し得 る会 計規 則お よび 方法 が採用されているかどうかという実質的 な判断が可能になるし,またそうした判断に基づいて監査意見が表明されることになるの である。
このように,情報監査の監査意見に実態監査の結果を反映させることによって,あくま で も情 報監 査の 論理 およ び枠 組み の中 で実 態監 査を実施するという形はアメリカなどに も見られるものである。これに対してフランスの監査制度においては,情報監査の監査意 見とは別に実態監査の監査意見が単独で表明される場合があり,しかもそれが情報監査の 監 査意 見と 同一 の監 査報 告書 にお いて なさ れる という点に大きな特徴を見出すことがで きる。制度上,実態監査の監査意見が情報監査の監査意見と同等に位置づけられているこ とがわかる。
さらに,実態監査によって把握された法令・基準違反等や経営の継続性にかかわる疑念 に基づぃて,会計監査役は今日一般に認識されている監査の論理と枠組みを越えた職務を 与えられている。違法行為の共和国検事への告発ならびに警告手続がそれである。これは,
フランスの監査制度の問題というよりは,商事会社法による企業の監督制度の問題として 議論すべきものかもしれない。しかしながら,これらは会計監査役が実施する情報監査な らびに実態監査によって明らかになった事実に基づぃて遂行される職務である。また,会 計監査役の監査職務を背景にしてこそ所期の目的が達成され得るものである。このように 考えると,これらの職務と監査制度との関連性を完全に断ち切ることはできないようにも 思われる。この問題については今後一層の理論的分析が必要であると考えるが,例えばこ れは情報監査と実態監査を統合する,革新的な監査理論ならびに監査制度の構想に対して 重要な示唆を与えている可能性もある。場合によっては,監査研究のパラダイムを転換す る可能性をも秘めているかもしれないのである。フランスの監査制度におけるこうした職 務 の論 理を いか に一 般化 し新 たな 監査 理論 を構 築するかが今後に残された研究課題であ ると認識している。
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学位論文審査の要旨
主査 教授 早川 豊
副査 教授 友杉芳正(名古屋大学経済学部)
副査 助教授 吉見 宏
学位 論文題名
フ ラ ン ス 監 査 制 度 に 関 す る 研 究 ―情報監査と実態監査の融合一
本論文は、第27回日本公認会計士協会の学術賞受賞論文、「企業の存続能カに関する情 報と監査報告書の役割」会計(1998年4月号)、「監査の役割と監査人の役割一企業の存続能 カの評価を題材として」北大経済学研究(1998年6月号)を基礎に体系化されたものである。
本論文は、フランスの監査制度を分析し、今後あるべき監査制度の方向性を示し、また監 査 理 論 の 発 展 に 貢 献 し 得 る イ ン プ リ ケ ー ショ ン を 提 示す る こ とを 意 図 して い る 。 ー般に、今日最も進んだ監査制度と監査理論はアメリカのものであるとされているので、
わが国における監査理論研究もアメリカを中心とするものが多い。そうした状況下で敢え てフランスを研究する意義は、フランスにはアメリカに見られなぃ特徴的な制度とそれを 支える論理が存在するからである。それが同時に、わが国における監査制度のあり方に重 要な示唆を与えるものであり、監査理論研究のパラダイム転換にっながる可能性を秘めて いるのである。
わが国の監査制度は、ドイツ法の流れを汲む商法監査役制度とアメリカに倣った公認会 計士による財務諸表監査制度が並存するものとなっている。公認会計士による財務諸表監 査は、財務諸表によって提供される情報の信頼性を保証して監査意見を表明するものとな っている。こうした形態の監査は情報監査と呼ばれている。
一方、わが国の商法監査役制度は、監査役による取締役の職務執行における違法または 不当な行為の指摘を目的とするものであり、実態監査と呼ぱれているものの、それが実質 的に機能していないと言われている。
このように目的と論理を異にする監査の並存が、わが国監査役制度と公認会計士制度の 最大の特徴であり、欠陥でもある。このニ本建の監査制度はアメリカには見られないもの であり、わが国の監査制度を見直すためには、アメリカ以外にその方向性を示唆する論理 を求める必要がある。ここに、職業専門家による晴報監査を主としながらも、商法監査と しての実態監査を合わせて実施しているフランス監査の論理を研究する意義が見出される。
本論文は、フランス監査制度に関する研究であり、フランスにおける会計監査役の資格 と責任(第I部)、その職務と役割(第n部)から構成され、第I部では、フランス監査制度の
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生成過 程(1章 )、「 名簿」 登録制度と会計監査役の職業組織(2章)、会計監査役の要件と責任 (3〜4章 ) 、 第H部 では 、 会 計 監査 役 の 職 務と 役 割 と して 、 会 計 監査 役 監 査 の制 度 的枠組 み と監査 基準(5章)、会計監査役の基本職務(6章)、基準違反、違法行為と会計監査役の役割(7 章)、 継続企 業問題 への対 応と警告手続(8章)、監査意見と監査報告書(9章)から構成されて いる。
本論文 は、フ ランス の監査 制度に ついて 監査主 佑としての会計監査役f公認会計士等が登録、
よって 公認会 計士よ りも権 威が上)の資格および責任という観点、並びに会計監査役に与えられ て いる 職 務 の 特異 な 点 を 以下 の よ う に分 析 し て いる 。 フ ラ ンス 監 査 制 度に お け る特徴 とし て、情報監査(情報の質そのものに対して意見を表明する監査)と実態監査f情報の背後に存在する行 為に対 して意 見を表 明する 監萄を 融合す る形でフ ランス の会計 監査役 の基本職務が組み立てら れていると主張している。
日 米 の 監 査が あ ま り にも 情 報 監 査に 特 化 し すぎ た こ と によ っ て 、 法令 ・ 基 準 違反や継 続 企 業の 問 題 | ご対 し て 適 切に 対 応でき ず、社 会的な 批判を 浴び、 あるいは 不信感 を引き 起こ していることは周知の通りである。
こ う し た 事態 を 背 景 にし 、 今 日 にわ か に 実 態監 査 に 対 して 注 目 が 集ま る よ う になって き た 。し か し な がら 、 実 際 には 実 態 監 査の 有 効 な 実施 は 容 易 なこ と で は ない 。 一 方では 監査 主 体と 被 監 査 会社 と の 関 係に 由 来 す る困 難 さ が あり 、 他 方 では 実 態 監 査に か か わる評 価基 準 設定 の 難 し さが 指 摘 さ れて い る 。 しか し 、 フ ラン ス の 監 査制 度 が 情 報監 査 と 実態監 査の 融 合を 達 成 し てい る の は 、監 査 主 体 であ る 会 計 監査 役 の 位 置づ け に よ るも の で ある。 アメ リ カな ど の 専 ら被 監 査 会 社の 外 部 監 査を 行 う 公 認会 計 士 に 対し て 、 フ ラン ス の 会計監 査役 で は、 被 監 査 会社 に お け る監 査 機 関 とし て 会 社 内部 か ら の 視点 を も っ て職 務 に 臨むこ とが で きる 立 場 に なっ て い る 。こ う し た 事実 こ そ が 情報 監 査 と 実態 監 査 の 融合 を 可 能にし てい る要因であると考えられると主張している。
情 報 監 査 にお い て は 、監 査 の主 題であ る会計 情報に ついて 「一般 に認め られた 会計基準 」 (GAAP)と い う 一 般 的 評 価 基 準 が 存 在 し 、 こ れ に照 ら し て 監査 の 結 論 を導 き 出 す こと が で き る。 こ の た め、 情 報 監 査で は 、 監 査主 体 が 被 監査 会 社 の 外部 に 位 置 する こ と が監査 実施 の 障 害 と は な ら ず 、 む し ろ 独 立 性 の 確 保 の 観 点 か ら 望 ま し い こ と と 考 え ら れ て い る 。 ー 方 、 実 態監 査 に お いて は 、 企 業経 営 に か かわ る 様 々 な行 為 が 監 査の 対 象 と なる。こ の た め、 実 態 監 査に 関 す る 一般 的 な 評 価基 準 を 設 定す る こ と が困 難 で あ る上 、 会 社外部 から 監 査の 対 象 と なる 行 為 を 観察 す る の は容 易 で は なぃ 。 会 社 の内 部 に 軸 足を 置 き 、特定 の関 係 者と の 間 で 特定 の 目 的 をも っ て 合 意さ れ た 評 価基 準 を 設 定す る こ と で、 は じ めて実 態監 査 の有 効 な 実 施が 可 能 に なる か ら で ある 。 こ う した 事 実 に 鑑み 、 フ ラ ンス の 会 計監査 役が 会 社の 機 関 と して 位 置 づ けら れ 、 現 在株 主 の 保 護と い う 目 的が 設 定 さ れる こ と によっ て実 態監査が機能しうる環境が成立していると主張している。
こ の よ う に、 フ ラ ン スの 会 計 監 査役 監 査 は 情報 監 査 と 実態 監 査 を 融合 し 、 現 代の監査 が 抱 えて い る 重 大な 課 題 、 すな わ ち 法 令・ 基 準 違 反や 継 続 企 業の 問 題 へ の対 応 に ついて 制度 レ ベル で ひ と っの 解 決 策 を提 示 し て いる 。 っ ま り、 法 令 , 基準 違 反 や 経営 の 継 続性を 損な う 事項 を 実 態 監査 の 手 続 によ っ て 把 握し 、 そ れ を考 慮 に 入 れる こ と を 前提 に し て情報 監査 の 監査 意 見 を 形成 す る 仕 組み が 確 立 され て い る 点を フ ラ ン スの 特 色 と いう の で ある。 監査
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意見の形成に当たっては、実 態監査によって把握された会計情報の背後にある行為の適法 性・正当性あるいは経営の継 続性にかかわる経営者の対応などが考慮され、監査意見に反 映される。したがって、会計 情報が単に会計基準にしたがっているかどうかという形式的 な監査(情報監査)だけではなく、被監査会社の取引実態を適切に反映し得る会計諸規則およ び方法が採用されているかど うかという実質的な判断が可能になり、その判断に基づぃて 監査意見が表明されることになる。
このように、情報監査の論 理および枠内の限られた形で実態監査を実施するのは、アメ リカなどにも見られるもので あるが、フランスの監査制度においては、情報監査の監査意 見とは別に実態監査の監査意 見が表明されている点に大きな特徴を見出すことができる。
フランスの監査制度では、同 一の監査報告書上で情報監査と実態監査の意見が表明され、
ニつの監査職務が不可分の構 成要素であるとの主張がなされている。こうした分析結果に より、本論文の副題に「情報 監査と実態監査の融合」という題名がっけられているのであ る。
本論文は、情報監査と実態 監査の融合が有効かつ信頼できる監査制度の確立にとって重 要な意味をもっということを 明らかにしている。それがさらに進んで、情報監査と実態監 査をーつの監査として統合し 、より有効性と信頼性の高い革新的な監査制度、並びにそれ を支える監査理論の構築に対 して重要な示唆を与えるものである。本論文は、監査研究の パ ラ ダ イ ム 転 換 を もた らす 可能 性の ある 内容 をも って いる もの と高 く評 価 でき る。
以上、本論文により示唆された主張が制度f匕されれば学会およびわが国の監査制度を活 性 化させうるし、日本公認会計士協会から学術賞を授与されたことは、本論文の示唆が職 業専門家にもインパクトが大きかったことを示している。審査委員全員、本論文を博士(経 営学)の学位を授与するのに値するものであることを認める。
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