市 場 ・文 化 ・生 態 系 にお け る水 の価 値
―ア メ リカ 西 部 史 の 事 例 を越 え て―小
塩
和
人
越 境 す る水 の 商 品 化 水 は再 生 可 能 な 資 源 だ と広 く考 え られ て い る。 しか し,時 と場 合 に よ っ て 使 い尽 くさ れ る こ とが あ る。 人 口 や 消 費 量 が 増 加 す る の に従 って,給 水 の限 界 点 に近 づ き,そ して 問 題 の兆 候 が 我 々の 目の 前 に立 ち現 れ る。 た と えば ア メ リカ合 衆 国(以 下 ア メ リカ と略 す)西 部 を流 れ メ キ シ コに 注 ぐ コ ロラ ド川 の 場 合,1920年 代 に アル ド ・レオ ポル ドが 「乳 と蜜 の した た る ウ ィ ル ダ ネ ス」 と形 容 した 景 観 は,20世 紀 末 に サ ン ドラ ・ポ ス テ ル が 同 じ場 所 地 図 「コ ロ ラ ド川 と 南 カ リ フ ォ ル ニ ア 」を訪 れ た 時 に は姿 を消 し 「泥 が 乾 き塩 が 吹 くひ か ら び た場 所 」 に変 容 して い た。 それ は コ ロ ラ ド川 の 水 が,ロ サ ンゼ ル ス都 市 圏 へ の 都 市 ・産 業 用 水, ラス ベ ガ ス の ネオ ンサ イ ンを照 らす 安 価 な水 力 発 電,そ して,イ ンペ リア ル渓 谷 の砂 漠 で ア ル フ ァル フ ァな どの 農 作 物 を栽 培 す る た め の 灌 漑 用 水 と して 消 費 され,米 墨 国 境 の南 側 に 位 置 す る河 口 に 届 か な くな っ た か らで あ る1)。 水 が果 た す 経 済,文 化,生 態 系 に お け る機 能 は 極 め て多 様 で あ る。 開 発 の手 段 と して の 資 源,霊 的 な る もの の 根 源,そ して 全 生 物 に と って の生 命 維 持 基 盤 と して の 役 割 な ど が あ る。 水 が 豊 富 に 存 在 して い る(と 認 識 され る)限 り,こ れ らの 異 な った価 値 は共 存 で き るが,い った ん 稀 少 性 が認 識 され る と壮 絶 な争 奪 戦 が 繰 り広 げ られ る。 マ ー ク ・ トウ ェ イ ンに よ る と, ア メ リカ西 部 で は,飲 む もの が ウイ ス キ ー で あ り,水 は戦 うた め に存 在 す る。 と くに 降 水量 が 東 部 と比 べ て 極 端 に少 な い 西 部 で は,水 に 稀 少 性 が 付 与 され,い や お う な く問 題 が深 刻 化 す る。 こ う して,水 を め ぐ る紛 争 を処 理 す る に は ど う した らよ い か とい う課 題 が浮 上 す る。 選 択 肢 は多 々あ るが, 水 環境 の 保護 を 目的 と した 裁判 所 の 命 令,行 政 に よ るよ り厳 格 な 利 用 規制, 一 般 市 民 に対 す る啓 蒙 教 育,意 思 決 定 過 程 の透 明化 と参 加 者 拡 大,さ らに は水 の 「商 品 化 」 「市 場 化 」 な どが 解 決 策 と して 挙 げ られ て 久 しい。 いず れ の 選 択 肢 も合意 形 成 に は長 い 時 間 を 要 す る もの ば か りで あ る2)。 本 論 の 目的 は,現 在 進 行 中 の水 の 商 品 化,市 場 化 と い う政 策 指 向 性 を批 判 的 に 分 析 す る こ とに あ る。 つ ま り,水 を 自然 か ら人 間 へ の(常 に 一 定 と は 限 らな い)「 贈 り物 」 と み な す の で は な く,市 場 が 果 た す と考 え られ て い る経 済 効 率 を基 に水 を再 配 分 しよ う とす る動 きの是 非 を 問 う もの で あ る。 市 場 に 参 加 で きる の は誰 な の か,独 占 を 排 除 す る手 段 は あ る の か,グ ロ ー バ ル化 の 中 で 慎 重 な検 討 を 要 す る。 それ は,多 国籍 企業が アメ リカ国内の 水 会 社 を 吸収 合併 して い る問題 と も関 連 して い る。 た とえ ば フ ラ ンス の ヴ ィ
ヴ ェ ンデ ィ社 が ア メ リカ のUSフ ィル ター 社 を,ド イ ツのRWE AG社 が ア メ リカ ン ・ウ ォ ー ター ・ワ ー ク ス社 を,そ して2000年 に は ス エ ズ社 が ユ ナ イ テ ッ ド ・ウ ォ ー ター ・ リソ ー ス社 を買 収 した 。 水 市 場 が 定 着 し拡 大 し て い く中 で,多 額 の 収 入 を 見込 ん だ 短 期 的 利 益 の 投 資 対 象 と な って よ い も の か 。 社 会 的 公 正 や 生 態 系 へ の 配 慮 は ど う反 映 され る の だ ろ うか 。 課 題 は 山 積 して い る3)。 確 か に,現 在 の 水 の 使 い方 が不 適 切 だ と考 え る人 が 増 え,彼 らは 水 の 果 た す 役 割 を再 評 価 しよ うとす る原 理 原 則 に同 意 して い る。 そ の 重 要 な一 要
因 と して,い か な る 国 の 政 府 も灌 漑 農 業 用 水 と都 市 ・産 業 用 水 の イ ンフ ラ ス トラ ク チ ャー を建 設 ・維 持 ・管 理 す る こ とが,様 々 な理 由 で 極 め て難 し くな って い る とい う事 情 が あ る。 歴 史 を振 り返 る と,後 で詳 し く述 べ るが, 政 府 の 水 事 業 に付 随 した 補 助 金 が ば ら撒 か れ,水 の 効 率 的 な利 用 は妨 げ ら れ て きた。 た とえ ば,水 の値 段 は実 際 の 建 設 ・維 持 ・管理 費 用 を 「外 部 化 」 つ ま り助 成 金 で補 って 隠 し,安 い水 の大 量 利 用 を 促 進 す る よ う料 金 が極 め て 低 く設 定 さ れ て きた 。 貴 重 な水 を文 字 通 り 「湯 水 の よ う に」 浪 費 す る悪 癖 が 生 まれ た の で あ る。 こ う した状 況 を 反 省 した結 果,1992年 に リオ デ ジ ャネ イ ロで 開 か れ た 国 連 地 球 サ ミッ トは 行 動 計 画 を採 択 し,事 実 上,水 の 供 給 を市 場 化 す る考 え 方 が 『ア ジェ ン ダ21』 に採 択 さ れ た。 つ ま り,水 の 開 発 ・管 理 ・維 持 費 用 を 「内部 化」 す る こ とで 値段 が上 昇 して も,そ の 費用 を払 え る人 に水 を使 っ て も らお う,と い う新 しい考 え方 で あ る。 また 値 段 が 上 昇 す れ ば無 駄 使 い が減 り,そ の結 果 と して 大 型 の ダム や水 利 施 設 の 建 設 が 抑 制 で き る よ うに な る だ ろ う,と い うの で あ る。 リオ会 議 と同年,ア イ ル ラ ン ドの ダ ブ リン 市 で開 か れ た 国 際 水 会 議 に採 用 さ れ た 四 原 則 の一 つ で も水 は商 品 と して扱 わ れ る こ と が謳 わ れ,翌1993年 の世 界銀 行 の 政 策 報 告 書 に お い て も同様 の 原則 が 採 択 さ れ た。 こ う して 新 しい水 利 政 策 の 時 代 が,ア メ リカ西 部 を含 む地 球 の あ らゆ る場 所 で 幕 を開 け た こ とに な る。 水 の 商 品 化 ・市 場 化 は, 問題 解 決 の万 能 薬 とな るの か 。 水 市 場 は,い か な る将 来 を予 見 す る もの と な る のか 。 本 稿 で は,歴 史 的 回 顧 を基 に した 問 題 提 起 を試 み た い4)。 ア メ リカの 公 的水 利 開 発 21世 紀 を迎 え,灌 漑 農 業 の た め に大 規 模 ・多 目的 水 源 開 発 が 行 な わ れ た 「西 部 開 拓 時 代 」 は終 焉 した,と い わ れ て い る。 と くに西 部 に お い て急 増 す る都 市 あ る い は 自然 環 境 の た め の水 需 要 に対 して,有 効 な手 立 て を連 邦 政 府 に期 待 す る の に は 無 理 が あ る,と い う理 由 か らで あ る。 で は,そ もそ も水 を 「資 源 」 つ ま り国 土 開 発 の 手 段 と考 え,大 規 模 な公 共 投 資 を行 な っ て ダ ムや 水 路 を建 設 して き た背 景 は何 だ った の か。 どの よ うに して伝 統 的 な水 利 政 策 は展 開 して き たの か 。 そ して,い か な る結 果 を導 い た の か。 一 つ の時 代 の終 焉 を 迎 え て い る今 こそ,こ れ らの 歴 史 的 な命 題 を考 察 して お く必 要 が あ る だ ろ う。 19世 紀 の 西 部 にお け る主 な経 済活 動 は,鉱 業,牧 畜 業,乾 地 農 業 だ った。 しか し,南 北 戦争 後,こ れ らの産 業 は衰退 し,西 部 の地 域 開 発 の 中心 が 徐 々
に 灌 漑 農 業 へ と移 行 した。 この 歴 史 的 潮 流 の 変 化 は,経 済 的 権 力 構 造 が一 部 の特 権 的 集 団 に集 中 して い く時 代 と軌 を一 に して い た。1879年 に連 邦 政 府 の官 僚 ジ ョ ン ・ウ ェ ス リー ・パ ウ エ ルが 著 した 『乾 燥 地 帯 の 土 地 に関 す る報 告 書 』 は,貴 重 な水 が 独 占資 本 の 手 に落 ち て い く可 能 性 に つ いて,次 の よ う な懸 念 を 表 明 して い た。 「水 の 独 占 が 確 立 され て 農 業 全 体 が 支 配 さ れ るよ うな 状 況 は,ア メ リカ 国民 が 最 大 多 数 の 人 々 の た め に静 観 で き る よ うな事 態 で は な い」 と。 彼 が 表 明 した よ うな 問 題 関 心 は,私 企 業 が 灌 漑 農 業 に十 分 な 資 金 を 提 供 で きな い だ ろ う と い う予 測,つ ま り西 経 百 度 線 以 西 の乾 燥 地 帯 に お いて,大 規 模 な 灌 漑 政 策 を展 開 す る た め に は,ど う して も 公 的 資 金 を導 入 しな け れ ば な らな い だ ろ う とい う結 論 を導 い た。 短 期 的 な 利 益 を求 め る企 業 に は,長 期 的 視 点 に立 った しか も初 期 投 資 が 巨額 な事 業 を受 け て立 つ だ けの 基 盤 が 欠 落 して い る,と 考 え られ た の で あ る5)。 そ こ で,連 邦政 府 が 西 部 地 域 の 灌 漑 農 業 開 発 に 関 わ る に は,少 な く と も 二 つ の 法 律 が 欠 か せ なか った。 ま ず 州 の レベ ル で,ラ イ ト法 が1887年 に カ リフ ォル ニ ア州 議 会 で 制 定 され た。 本 法 は灌 漑 管 轄 区(irrigation district) と い う形 を と って,公 的 組 織 が 灌 漑 施 設 を 所 有 す るた め の法 的 基 盤 を整 備 した 。 本 法 に よ って,地 元 の土 地 所 有 者50名 以 上 の 署 名 が 集 ま れ ば,郡 議 会(County Board of Supervisors)に よ る灌 漑 管 轄 区 創 設 が 可 能 に な った。 この 法 律 は,ト マ ス ・ジ ェ フ ァ ソ ンの 政 治 的 思 想 を 反 映 した もの で,地 方 自治,独 立 自営 農 民,共 同 体 意 識 な ど の 価 値 観 を重 要 視 した もの だ,と 評 価 され て い る。 ライ ト法 制 定 後 の十 年 間 で,他 の西 部 諸 州 に お い て 類 似 の 法 律 が 次 々 と制 定 され た。 灌 漑 管 轄 区 の 理 事 会 は,事 業 執 行 上 の財 政 的 な 責 任 を 負 う一 方,地 域 内 の 固 定 資 産 に課 税 し,さ らに 灌 漑 用 水 の値 段 を 決 定 す る こ とが で き る よ うに な っ た。 つ ま り,公 共 事 業 に 関 わ る利 益 と費 用 を分 配 す る に あ た って,私 的 個 人 で は な く公 的 集 団 で事 に 当 る こ とが可 能 に な った の で あ る。 ライ ト法 は,地 方 分 権 的 な 行 政 を 可 能 に した が,他 方1902年 の ニ ュー ラ ンズ灌 漑 法 は さ らに歩 を進 め,連 邦 政 府 が 西 部 地 域 に お け る灌 漑 用 水 の 開 発 に携 わ る こ とを 可 能 に した。19世 紀 末 まで に,連 邦 政 府 に よ る灌 漑農 業 開 発 を支 持 す る者 は,連 邦 議 会 に お いて 政 治 的 発 言 力 を増 して い た。1901 年,連 邦 法 案 が 米 国 地 質 調 査 所 の 水 文 部 門 長(U.S. Geological Survey Chief Hydrographer)フ レデ リ ッ ク ・ニ ュ ー ウ ェ ル に よ って 作 成 さ れ た 。 法 律 制 定 に 向 けて,連 邦 議 会 で は西 部 地 域 の上 院 議 員 な らび に下 院 で は ネ バ ダ州 選 出 の フ ラ ン シス ・ニ ュ ー ラ ンズ議 員 が活 発 に動 い た 。 当 然 な が ら,東 部
や 中西 部 の 議 員 は 自 らの 選 挙 民 に 利 益 を も た らさず,人 口 の 少 な い 西部 の 住民 の た め に 全 国 の 納 税 者 に負 担 を 強 い る,と い う理 由 か ら法 案 に 反 対 し た。 ま た,東 部 の 農 業 従 事 者 は,連 邦 助 成 金 を得 た西 部 の 農 産物 と競 争 さ せ られ る,と い う恐 怖 心 を抱 い た 。 それ は,東 部 や 中西 部 の 農 場 で 既 に余 剰 生 産 が 行 なわ れ て い た か らで あ る6)。 こ う した 反 対 論 を受 け て,ニ ュ ー ラ ンズ法 案 に修 正 が加 え られ た 。 そ の 要 点 を ま とめ る と,以 下 の 四 点 に集 約 で きる。 第 一 に,連 邦 政 府 に よ って 開発 され た水 利 事 業 の 費 用 は,西 部 に お け る公 有 地 売 却 益 な ら び に灌 漑 用 水 利 用 者 が 支 払 う料 金 に よ って 返 済 さ れ る。 第 二 に,土 地 所 有 が 一 部 に集 中 す る危 険 性 を回 避 す る た め,160エ ー カ ー 以 下 の農 場 所 有 者 に 限 って 配 水 す る。 第 三 に,連 邦 水 利 事 業 の恩 恵 を受 け た 農場 で 生 産 され た作 物 は, 東部 地 域 の農 業 に対 して 脅 威 と な らぬ よ う,西 部 地 域 で 消 費 す るか,あ る いは海 外 市 場 に 出荷 す る。 第 四 に,新 しい 開拓 地 は,都 市 の 余 剰 人 口 の み な らず,東 部 の労 働 者 や 製 品 の受 け皿 とな る。1902年 に ニ ュ ー ラ ンズ開 拓 法 が連 邦 議 会 に お い て 承 認 さ れ た 時,連 邦 水 利 事 業 を 推 進 して き た 人 々 の 間 に は,政 治家 に よ る私 的 介 入 を排 除 す るた め,科 学 的 管 理 法 に依 拠 した 中 立 な 公 的組 織 に よ って 本 法 が運 営 され る こ とを 望 む 声 が 強 ま った7)。 この よ うな連 邦 政 策 は,多 くの結 果 を もた ら した。 た と え ば,公 共 財 と して の 水 資 源 が よ り大 々的 に 開発 ・利 用 で き る よ う に な った。 乾 季 で あ っ て も,灌 漑 用 水 の お か げ で大 規 模 な 農 業 生 産 が 可 能 に な った。 貴 重 な水 を 多 目的(水 源 開 発,水 力 発 電,洪 水 防 止 な どの)利 用 に供 す る こ とが可 能 に な っ た。 そ して 農 業 ・都 市 ・産 業 用 水 の 利 用 者 が 支 払 う料 金 が低 く抑 え られ た。 これ は,連 邦 補 助 金 を潤 沢 に 受 けて 大 型 の 公 共 工 事 が 行 な わ れ る 「革新 主 義 時 代 」 の始 ま りを 意 味 して い た の で あ る。 こ う して 国 庫 か ら多 額 の補 助 金 が 連 邦 灌 漑 事 業 に注 入 さ れ た。 本 来 は, 工 事 費 用 を 十 年 以 内 に無 利 子 で返 却 す る こ とが 義 務 付 け られ て い た が,灌 漑 用 水 の 利 用 者 で あ る農 民 た ち に 経 済 力 が 不 足 して い る との理 由 で,返 却 期 間 の 延 長 さ らに返 却 義 務 の 無 効 化 が 行 なわ れ る よ うに な った 。1920年 代 か ら30年 代 にか けて,連 邦 議 会 は こ う した政 策 変 更 を次 々 と承 認 した 。 政 治 的 な理 由 か ら行 な わ れ た この よ うな 政 策 転 換 は,結 果 と して 多 くの 無 駄 を生 じさせ る よ うに な った,と 批 判 され て い る。 た とえ ば,資 源 経 済 学 者 の テ リー ・ア ン ダー ソ ンに よ る と,「 事 業 計 画 の ず さん さ,土 地 へ の投 機, 予 想 を は るか に越 え た 工 事 費 用,事 業 の展 開 と農 産 物 生 産 の 時 間 差,そ し て農 産 物 の 大 幅 余 剰 」 と い っ た要 因 が 重 な った結 果,西 部 へ の 移 住 者 が支
払 い義 務 を 果 た さ な くな った,と い う ので あ る8)。 連 邦 政 府 に よ る大 型 公 共 事 業 と して の 灌 漑 政 策 に対 して ベ ン ジ ャ ミ ン ・ ヒバ ー トは 「1902年 に開 拓 法 を制 定 した時,私 た ちが 明 確 に忘 れ て い た の は,ミ シ シ ッ ピ ー川 流 域 に居 住 者 不 在 の 何 百 万 エ ー カ ー もの 肥 沃 な 土 地 が 存 在 して い た こ とで あ る。 こ の場 所 を 耕 地 に変 え る た め に は 排 水 す るか あ る い は開 墾 の た め に 森 林 伐 採 をす るだ けで よ か った 。 ア メ リカ国 民 が 食 物 供 給 に関 して懸 念 が あ る な らば,冷 静 に 自問 自答 して,大 規 模 灌 漑 事 業 が 未 成 熟 な段 階 で は,最 も安 くて 最 も簡 単 な 方 法 で 農 産 物 増 加 を 計 画 す る こ とが で き た は ず だ」 と振 り返 った。 確 か に,連 邦 政 府 の 灌 漑事 業 は砂 漠 に 花 を咲 か せ た が,と うて い経 済 的 に正 当 化 で きな い深 刻 な財 政 問 題 が起 こ っ て い る,と 連 邦 灌 漑政 策 を 非 難 す る者 は指 摘 して い た の で あ る9)。 こ う した 「非 経 済 性 」 が 水 資 源 管 理 に伴 った結 果,連 邦 補 助 金 が 膨 らみ, 灌 漑 用 水 の利 用 者 た ち は数 十 年 もの間,一 般 納 税 者 の 出費 に 依 存 し続 けた。 た とえ ば1980年 代 の半 ば の 時 点 で,カ リフ ォ ル ニ ア州 の セ ン トラル バ レー 事 業 に お いて,灌 漑 農 家 が 返 済 した額(3800万 ドル)は 初 期 投 資額(9億 5000万 ドル)の4パ ー セ ン トに留 ま って い た 。 言 い 換 え れ ば,国 民 が残 額 (9億1200万 ドル)を 負 担 して い た こ と に な る。 この いわ ゆ る 「無 賃 乗 車 」 に よ って,農 業 従 事 者 は効 率 的 な 水 利 用 を可 能 にす る は ず の 施 設 改 善 に 投 資 す る こ とな く,気 候 条 件 に 合 わ な い作 物 を選 び,経 済 的 に 価 値 の低 い 水 の 使 い方 を続 け る結 果 と な った。 一 方,急 速 に拡 大 を続 け る西 部 の都 市 と 産 業 は,よ り少 な い水 を め ぐ って 奪 い,さ らに 多 くの 峡 谷 を せ き止 め,遠 方 の 川 か ら水 を 引 いて こ よ う と奮 闘 したの で あ る。 こ う して 早 晩,西 部 にお け る主 た る水 利 用 者,つ ま り灌 漑 農 業 に対 す る 圧 力 が か か る こ とは想 定 内 の 出来 事 で あ っ た。 ほ とん ど の西 部 にお け る河 川 が少 な くと も法 律 上 で は配 分 し尽 く され,新 しい 給 水 源 を見 出 す こ と が 日 に 日に 難 し くな った た め,農 村 に お け る水 の 浪 費 を 見 過 ごす こ とが で き な くな った の で あ る。 特 に1960年 代 後 半 以 降 水 に対 して 付 加 され た様 々 な価 値 に ゆ っ くり と,し か し着 実 な変 化 が み られ,都 市 住 民 が 求 め る もの に は,単 な る都 市 用 水 や産 業 用 水 だ けで は な く,環 境 保 護 を 目的 とす る価 値 が 新 た に加 わ っ た。 自 由 に流 れ る河 川 や ダム に よ って せ き止 め られ て い な い峡 谷 は,そ れ らが 激 減 す る に伴 い,そ こ に生 息 す る魚 や野 生 生 物 の 生 息 地 と して だ け で はな く,美 意 識 お よ び 野 外 娯 楽 の た め に不 可 欠 だ,と す る 考 え が 急 速 に広 ま った。 換 言 す れ ば,利 水 ・治 水 か ら保 水 ・親 水 へ と価 値 観 が 多 様 化 した の で あ る。
よ り多 くの ダ ム と運 河 を 建 設 す る よ り も,新 しい需 要 に応 え るに は,む しろ既 存 の 供 給 を再 配 分 す る方 が 手 っ取 り早 か った 。 これ は,灌 漑 農業 用 水 が 削 減 され る こと を 意 味 して い た。 そ こで 本 質 的 に水 利 政 策 論 議 は,次 の二 点 を め ぐっ て 展 開 す る こ と に な った。 水 を どの よ うに再 配 分 す れ ば よ い の か。 そ して,水 を失 う共 同 体 で は何 が 起 こ るの か,と い う論 点 で あ る。 大 き く分 け る と水 の 再 配 分 に は次 の三 つ の方 法 が 考 え られ た。 ま ず,裁 判 所 の 命 令 。 次 に,無 駄 使 い を規 制 す る政 府 行 政 機 関 の 命 令 。 そ して,自 由 意志 で 自 らの水 を売 り た い と願 う者 と買 い た い と欲 す る者 が 構 成 す る, いわ ゆ る 「水 市 場 」 で あ る。 既 述 の通 り,20世 紀 末 にか け て水 を商 品 と し て 売 り買 いす る こ と は,公 正 で効 率 的 な再 配 分 方 法 で あ る,と 広 く世 界 各 地 で 認 識 され る よ うに な って い た。 徐 々 に 環境 保 護 団 体 と都 市 用 水 供 給 公 社 は この 新 しい政 策 概 念 を受 け入 れ て い った。 そ れ は,稀 少 資 源 を割 り当 て る際,公 的 資金 に よ る補 助 あ るい は司 法 や 行 政 によ る規 則 とは対 照 的 に, 効 率 と公 平 さ とい う二 つ の 目標 を 同 時 に達 成 す るた め に は,市 場 と い う機 能 が よ り効 果 的 で あ る と認 識 して い た か らで あ る。 水 市 場 は,少 な く と も理 論 上 は,次 の よ うに 機 能 す る はず で あ った。 商 品化 され た水 は,市 場 に出 る こ とに よ って,適 正 な値 段 が 付 き,そ れ によ っ て低 い経 済 的 価 値 か らよ り高 く評 価 さ れ る もの へ と利 用 価 値 が 変 化 して い く。 そ の際,市 場 は 既 存 の 水 利 権 を侵 害 す る こ とな く,そ の結 果 と して水 利 権 所 有 者 は市 場 に お け る水 の売 買 の量 や速 度 を 規 定 す る こ とが で き,実 際 に水 利 権 が転 売 され た 時 に は そ れ な りの 補償 を受 け る こ と に な る。 こ う して水 利 権 の売 買 が 行 な わ れ れ ば,高 い値 段 を 灌 漑 農 家 に支 払 う余 裕 が あ る都 市 と環 境 保 護 団 体 は,新 し く水 を必 要 とす る地 域 に必 要 な だ け の水 を 動 か す こと が で き る。 こ う して 水 市 場 は,21世 紀 の 水 政 策 の 中 核 と な る だ ろ う,と 期 待 さ れ た の で あ る。 1980年,カ リフ ォル ニ ア州 議 会 は,他 の水 利 用者 に 極 め て 重 大 な損 害 を 与 え な い限 り,水 利 権 は 転 用 で き る,と 定 め た。 この 決 定 を受 けて,最 高 値 を 付 け た 者 が 水 を 落 札 す る こ と が で き る よ うに な り,そ の 結 果 と して 「よ り高 い価 値 の 用 途 」 つ ま り特 別 な農 作 物 を 生 産 す るた め や産 業 な らび に都 市 用 水 へ と水 の利 用 方 法 が 劇 的 に変 化 す る だ ろ う,と 期 待 す る者 が増 え た。2年 後 の1982年 に 連 邦 議 会 は,実 際 に水 を動 か した り一 時 的 に貯 め た りす る際,連 邦 機 関 が 所 有 管 理 す る運 河 や ダム の 使 用 を 可 能 にす る法 的 措 置 を講 じた。 しか し同 時 に連 邦 議 会 は,干 ば つ とい う非 常 事 態 を除 き, 連 邦 補 助 金 に 支 え られ て い る灌 漑 用 水 を 同一 地 域 の 外 へ と移 す こと は違 法
で あ る,と 定 め た。 これ らの 州 と連 邦 の諸 立 法 に よ って 新 しい 水 利 政 策 が 可能 に な っ た,と 楽 観 的 な 機 運 が 一 気 に広 ま っ た。 と こ ろが 「市 場 原 理 に よ る水 の 再 配 分 は難 しい だ ろ う」 と歴 史家 ノ リス ・ハ ン ドレー は論 じた 。 「西 部 の 灌 漑 農 業 が 多 大 な 助 成 金 を 支 給 され た ま まで 残 る限 り,水 市 場 が 展 開 す る と,一 般 大 衆 が 適 切 な保 護 を要 求 しな け れ ば,野 生 生 物 と環 境 へ の 破 壊 的 影 響 は大 き くな るだ ろ う」 と警 告 を 発 した。 そ れ は,環 境 保 護 団 体 と比 べ て 都 市 ・産 業 用 水 を供 給 す る組 織 の 方 が,は るか に 大 き な 資 金 力 を 備 え て い る か らだ と い う10)。 事 実,水 の 「市 場 」 は様 々 な理 由 か ら,従 来 の 「市 場 」 に 類 似 して い る と は言 い切 れ な い。 た とえ ば,長 い 間 助 成 金 を支 給 され て きた こ と に よ っ て 水 利 用 者 の 間 に 既 得 権 益 意 識 が生 ま れ,ま た水 が 多 様 な 公 的 価 値 の維 持 に欠 か せ な いの で,私 的 な財 とす る考 え を歓 迎 しな い 向 き もあ る。 した が っ て,市 場 を介 した 水 の 転 用 を評 価 す る時,十 分 な 注 意 を払 わ ね ば な らな い の で あ る。 水 が市 場 を 介 して転 用 され る こ とに よ って,市 場 取 引 に 直接 関 与 しな くて もそ の 結 果 に影 響 を受 け る 「第 三 者 」 に多 大 な 損 失 を与 え る こ とが あ る が,そ の 内 容 は具 体 的 ・明 示 的 な場 合 が あれ ば,測 定 す る の が 難 しい場 合 もあ る。 た と え ば,小 さ くて 貧 しい村 落 や 先 住 民 や ヒスパ ニ ッ ク 共 同 体 は,都 市 と郊 外 が求 め て い る新 しい水 を 需 要 す る場 合,最 も大 きな 損 害 を被 る と予 測 され た が,そ の 結 果 は一 元 的 な 経 済 価 値 に還 元 で き るほ ど単 純 で な い。 そ れ は実 際 問 題 と して,水 の喪 失 を余 儀 な くさ れ る 人 々 に と っ て社 会 文 化 的 意 味 を数 値 化 す る こ とが 難 しいか らで あ る11)。 市 場 取 引 に よ って 発 生 す るだ ろ う望 ま し くな い状 況 を 是 正 す る事 は容 易 で な い。 個 別 に既 得 権 益 を 強 く持 つ 集 団 に対 して 忍 耐 強 く働 き か け,水 を 管 理 す る組 織 に対 して は 全 く新 しい使 命 感 を 説 き,水 利 政 策 の実 施 に 当 っ て 従 来 の 中 央 集 権 的 体 質 を 分 権 化 す る こ とに よ り,地 元 の 供 給 者 や 使 用 者 が 運 営 な らび に説 明 責 任 を 負 う よ う促 す必 要 が あ った。 ほ と ん ど の 政 策 分 析 は,水 利 転 用 にか か る取 引 費 用 を いか に下 げ られ る の か,議 論 して きた。 しか し,往 々 に して 無 視 さ れ て い るの は,水 利 転 用 に よ って 引 き起 こ され る第 三 者 に対 す る影 響 で あ る。 水 利 転 用 に望 ま れ て い る成 果 を 発揮 す る た め に は,意 志 決 定 過 程 に お い て 第 三 者 へ の潜 在 的 悪 影 響 を 慎 重 に考 慮 す べ き な の で あ る。 以 下 の 南 カ リフ ォル ニ ア地 域 に お け る水 利 転 用 は,こ う し た 問 題 を考 慮 す る た め に不 可 欠 な 事 例 と言 え よ う。
南 カ リフ ォル ニ アの 事 例 カ リフ ォル ニ ア史 上 の 「水 戦 争 」 で最 も劇 的 で 際 立 って い るの は,村 落 と都 市 の間 で 繰 り広 げ られ て き た水 利 用 をめ ぐる紛争 で あ る。20世 紀 初 頭, シ エ ラ ネバ ダ山 脈 の東 側 に位 置 す る オ ー エ ン ス渓 谷 か らロサ ンゼ ル ス市 へ 水 利転 用 が 開 始 さ れ る と,灌 漑 に基 盤 を 置 く農村 経 済 が 破 壊 され,村 落 共 同 体 が 都 市 に対 して抵 抗 感 を 生 み 出 す契 機 とな った 。 農 村 に住 む 人 々 は 自 発 的 に彼 らの水 利 権 を 譲 渡 しな い た め,市 政府 は村 落 の 土 地 を買 い 占 め る こと に よ っ て水 利 権 を 獲 得 し,給 水 源 を補確 保 しよ う と努 め た。 それ 以 来, 村 落 共 同 体 で は都 市 ・産 業 用 水 の需 要 が拡 大 す る こ と に警 戒 心 を強 め て き た の で あ る12)。 1970年 代,悪 化 す る財 政 状 況 や 自然 環 境 に対 す る懸 念 か ら,大 規 模 な公 共事 業 が終 わ りを 告 げ た時,水 の稀 少 性 が 強 く意 識 され,現 存 す る水 資 源 を よ り効 率 的 に 使 用 す る必 要 性 が認 識 され 始 め た。 そ こで,カ リ フ ォル ニ ア州 で は,85パ ーセ ン トの水 を消 費 して い る農 業 セ ク ター が,10パ ー セ ン ト使 用量 を 減 らす べ きだ,と 論 じ られ た。 州 内 の 全 給 水 量 の8割 を 占 め る 農 業 用 水 の うち1割 は,都 市 お よ び産 業 用 水 が 必 要 とす る年 間300万 エ ー カ ー ・フ ィ ー ト以 上 の水 に 匹敵 して い た。 そ こで,カ リ フ ォル ニ ア に お け る水 不 足 を 解 決 す る た め の 「10パーセ ン ト処 方 箋 」 と水 利 政 策 論 者 は 命 名 した。 同 時 期 に,カ リ フ ォ ル ニ ア 州 法 に 明 記 さ れ て い る 水 の 「有 益 な 使 用 (beneficial use)」 とい う名 の 法 律 上 の 障 害 が,徐 々 に取 り除 か れ て い った。 カ リフ ォル ニ ア州 に お け る水 利 権制 度 は,水 を使 用 しな けれ ば権 利 を失 う, と い う法 的 基 盤 に立 脚 して い た。 この 原 則 は,水 の使 用 権 を失 うか も しれ な い と い う警 戒 心 か ら,皮 肉 に も 自発 的 節 水 努 力 や水 利 転 用 を 抑制 して い た。 しか し,1979年 に立 法 府 が 水利 法典 第1011項 を修 正 して 「有 益 な使 用」 の定 義 の 中 に節 水 を含 め,節 水 に よ って 余 った水 を転 用 で き る こ と を明 文 化 した。 こ う した法 律 改 正 に よ って 水 市 場 が 機 能 し,政 府 の 役 割 が 小 さ く な り,ダ ム建 設 に よ る環 境 破 壊 が な くな り,税 金 の無 駄 使 い が な くな る, と い う効 果 が 同 時 に期 待 され,本 来 な ら主 義 主 張 が食 い違 う はず の 自 由主 義 者,環 境 保 護 主 義 者,資 源 経 済 学 者 の間 に合 意 が成 立 した か の よ う に思 え た ほ どで あ る。 た とえ ば 環 境 防 衛 基 金 の トマ ス ・グ ラフ は 「西 部 に お いて 最 も重 要 な 資 源 で あ る水 は,こ れ まで 資 本 主 義 で は な く,む しろ社 会 主 義 的 な原 則 に基
づ いて 配 分 され て きた の は パ ラ ドック ス で あ る」 と述 べ,さ ら に 「自 由 に 水 を 市 場 で 取 り引 きす る こ とが で き る な ら,納 税 者 は途 方 もな い ほ ど高 価 で 破 壊 的 な ダ ム に助 成 金 を 支 給 す る必 要 は な い」 と,断 言 した。 ま た環 境 NGOシ エ ラ ク ラ ブ の南 西 部 地 域 代 表 マ ギ ー ・フ ォ ッ ク ス は 「水 の 節 約, 廃 水 の 再 利 用,農 業 用 水 の 水 利 権 売 買 が進 め ば,従 来 よ り もは るか に少 な い 費 用 で 多 くの水 を作 り出 す こ とが で き るか も しれ な い」 と水 市 場 に期 待 を 寄 せ た。 そ して 資源 経 済 学 者 ウ ィ リア ム ・マ ー チ ン は,市 場 で 水 が売 り 買 い さ れ た な ら,「 連 邦 助 成 金 に よ って 人 工 的 に 低 く抑 制 され た 価 格 よ り も,真 の 値 段 を反 映 して 上 昇 す る だ ろ う。 そ して,商 品 の 価 格 が 上 昇 した 場 合,我 々 は よ り控 え め,よ り効 率 的,よ り知 的 に 商 品 を使 用 す る傾 向 が あ る」 と水 に対 す る意 識 が 格 段 に向 上 す るだ ろ う,と 予 見 した の で あ る13)。 南 カ リフ ォル ニ アの 増 え る水 需 要 と減 る供 給 とい う文 脈 に お いて,主 に
都 市 ・産 業 用 水 を 供 給 して きた 都 市 圏 水 道 局(Metropolitan Water District of Southern California)は,水 利 政 策 を 矢 継 ぎ早 に提 案 し た。 水 を 商 品 化 して 市 場 で 売 買 す る こ と,農 業 用 水 を 都 市 へ 転 用 す る こ と,資 金 を 提 供 し て 節 水 さ せ る こ と,(ダ ム の代 わ り に)地 下 水 帯 に地 表 水 を 貯 め る こ と, な どで あ る。 これ らの 政 策 提 言 を実 現 す る に は,複 雑 な技 術 的,法 的,制 度 的,政 治 的 問 題 を解 決 す る必 要 が あ った 。 水 市 場 だ けで は南 カ リフ ォル ニ ア に お い て 必 要 な 水 を 供 給 す る の に十 分 で な い が,と 前 置 き した 上 で MWDの マ イ ロ ン ・ホ ルバ ー ト副 局 長 は 水 市 場 が 「地 下 水 と地 上 水 お よ び 貯 水 施 設 の 管 理,な ら び に廃 水 再 利 用 な ど他 の プ ロ グ ラ ム を 含 ん だ 包 括 的 水 供 給 戦 略 の重 要 な一 部 と な る だ ろ う」 と結 論 づ け た14)。 水 利 政 策 の改 革 を 支 持 す る人 々 は,水 市 場 が 乗 り越 え な け れ ば な らな い 障 害 は少 な い と考 え て い た。 しか し,問 題 を生 じて 当 た り前 の 懸 念 につ い て は真 剣 に払 拭 を試 み ね ば な らな か った 。 それ は,市 場 原 理 に 基 づ く水 の 転 用 や 交 換 が 合 理 的 ・理 性 的 で あ るは ず に もか か わ らず,メ デ ィア に よ っ て大 々 的 に報 じ られ て 「記 憶 」 が蘇 り,感 情 的 な紛 争 に発 展 す る可 能 性 が 存 在 したか らで あ る。 問 題 の 出現 形 態 は事 例 に よ って 異 な るが,乗 り越 え な けれ ば な らな い政 策 障 害 に つ い て は 共 通 点 もあ る。 た と え ば,MWDと イ ンペ リア ル 灌 漑 区(Imperial Irrigation District)の 間 で 検 討 さ れ た水 利 転 用計 画 は,新 しい水 源 開 発 に関 わ る典 型 的 難 問 群 を 例 示 して い る と考 え
て よ い。
1979年 に大 干 ば つ が一 段 落 着 き,水 の 効 率 的 利 用 が 広 く認 知 され た ころ, カ リフ ォ ル ニ ア大 学 の研 究 者 二 人 が,大 規 模 な 水 利 転 用 を 提 言 し た。 市 場
原 理 に 基 づ い て,IIDか らMWDへ,つ ま り経 済 的 負 担 を い と わ な い 豊 か な 利 用 者 へ,水 の 再 配 分 を 提 案 し た 。MWDは,新 し い 大 型 建 設 事 業 に 予 算 を 注 ぎ込 む よ り も,灌 漑 用 水 を 買 い 上 げ た 方 が 安 上 が り だ,と 試 算 し た 。 元 州 水 資 源 局 長 ウ ィ リ ア ム ・ ワ ー ン は 「こ の よ う な 提 案 が な さ れ る こ と 自 体,も っ て の ほ か だ 。 人 口1100万 人 を 抱 え るMWDが,全 米 有 数 の 農 業 生 産 性 を 誇 る イ ン ペ リ ア ル 渓 谷 か ら大 切 な 水 を 収 奪 し た ら,世 論 は ど う反 応 す る だ ろ う か 。 州 全 体 の 経 済 に 与 え る悪 影 響 は い う に お よ ば ず,灌 漑 用 水 に 頼 る 農 民 の み な ら ず 周 囲 の 共 同 体 へ の 波 及 効 果 は 計 り し れ な い 」 と警 告 し た 。 し か し,嫌 税 運 動 に 端 を 発 す る地 方 財 政 難 や 環 境 配 慮 な ど,伝 統 的 な 利 水 ・治 水 事 業 の 行 詰 ま り は 明 白 で あ り,代 替 政 策 と して の 水 市 場 と い う政 策 志 向 は 確 実 に 注 目 を 集 め つ つ あ っ た15)。 イ ン ペ リ ア ル 渓 谷 は 砂 漠 地 帯 だ が,大 規 模 水 利 事 業 の お か げ で20世 紀 を 通 して 農 業 生 産 が 拡 大 し た 。 連 邦 内 務 省 開 拓 局 に よ っ て 建 設 さ れ た 全 長80 マ イ ル の オ ー ル ア メ リ カ ン運 河 が コ ロ ラ ド川 の 水 を 運 び,100万 エ ー カ ー 以 上 の 灌 漑 農 場 を 支 え,最 終 的 に は 灌 漑 廃 水 が ソ ル ト ン湖 に 注 い で い る 。 1950年 代 以 降IIDは,ソ ル ト ン 湖 の 水 位 を 保 つ た め に 節 水 と 排 水 制 限 を 呼 び か け,他 方 で ソ ル ト ン 湖 周 辺 に 保 有 し て い る土 地 を 娯 楽 目 的 に 貸 し 出 し て き た 。 北 米 最 大 の 人 造 湖 は,「 釣 り天 国 」 と 野 生 動 物 の 宝 庫 と して 知 ら れ る よ う に な っ た 。 しか し,1970年 代 に コ ロ ラ ド川 か ら の 取 水 量 が 大 幅 に 増 え る と,灌 漑 用 水 の 配 水 量 が 増 加 し,排 水 量 も急 増 し,最 終 的 に ソ ル ト ン湖 に 大 量 の 廃 水 が 流 れ 込 み,自 然 景 観 と 政 治 環 境 に 変 化 を も た ら し た 。 ソ ル ト ン湖 が あ ふ れ て,ジ ョ ン ・エ ル モ ア と ス テ フ ァ ン ・エ ル モ ア が 所 有 す る 湖 畔 の 土 地 に 損 害 が 及 ぶ と,1980年6月17日,彼 ら は 州 水 資 源 局 (Department of Water Resources)にIIDを 相 手 取 っ て 申 し立 て を し た 。 DWRは,IIDが1年 あ た り43万8000エ ー カ ー ・ フ ィ ー トの 水 を 無 駄 に し
て い る と 見 積 も り,具 体 的 な 節 水 計 画 を 提 出 す る よ うIIDに 対 して 命 令 を 下 し た 。 し か し,1982年9月29日,IIDは 水 の 使 い 方 が 無 駄 使 い に 当 ら な い と し てDWRの 命 令 に 従 う こ と を 拒 否 し た 。 そ こ で,エ ル モ ア 兄 弟 は 新 た な 申 し 立 て を カ リ フ ォ ル ニ ア 州 水 資 源 統 制 委 員 会(State Water Resources Control Board)に 対 し て 行 な っ た 。SWRCBは1983年9月 と12 月 に 公 聴 会 を 開 き,1984年6月21日,IIDに 対 し て1985年2月1日 ま で に SWRCBへ 無 駄 使 い を し て い な い 証 拠 を 提 出 す る よ う に 求 め た 。 そ こ で 問 題 と さ れ た の は,IIDの 排 水 量,排 水 施 設,排 水 の 一 時 的 貯 蔵 施 設,水 量 計 測 の 改 善,節 水 計 画 の 日 程 と そ の た め の 資 金 源,で あ っ た16)。
節 水投 資 と余 剰 水 の交 換 案 に対 す る初 期 の 反 応 は複 雑 で あ っ た。 「こ れ で一 大 産 業 が立 ち上 が り,(節 水 と い う名 の)最 大 の 作 物 を 育 て 上 げ る こ とに な るか も知 れ な い」 と,ブ ロ ー リー で農 業 を 営 む ジ ョ ン ・ベ ー ジ ー は 歓 迎 した。 な ぜ な ら,農 家 が水 利 権 や 土 地 を都 市 住 民 に売 り渡 す の で は な く,MWDが 灌 漑 節 水 施 設 を建 設 す る た め の 費 用 を負 担 し,そ こで 生 ま れ た余 剰 水 を 都 市 に転 送 す る こ とで,利 水 ・治 水 ・保 水 ・親 水 す べ て の 問 題 が解 決 で き る と考 え られ たか らで あ る。 そ れ と は対 照 的 に,『 イ ンペ リア ル バ レー ・プ レス 』 紙 は 「MWDが それ ほ ど まで 欲 す る な ら,我 々 が 失 う 水 に 際 限 が な くな る」 「MWDが 一 旦 ボ ー ル を拾 って 走 り出 した ら,誰 も 止 め る こ とは で き な い 」 「オ ー エ ン ス渓 谷 で の大 惨 事 を 再 現 す る可 能 性 が あ る政 策 に は,何 が何 で も反 対 す る」 とい った 否 定 的 反 応 を報 じた 。 こ う した 賛 否 両 論 に振 り回 され るIIDと の 交 渉 をMWD局 長 カ ー ル ・ボ ロ ンケ イ は 「始 ま ったか と思 うと終 わ り,終 わ っ たか と思 うと再 び始 ま る茶 番劇 」 と こ きお ろ した17)。 1985年7月 にIIDの 理 事 会 は,MWDが 毎 年1000万 ドル をIIDに 対 して 支払 う代 わ りにIIDは 節 約 した10万 エ ー カ ー ・フ ィー ト分 の 水 をMWDに 供 給 す る,と い うMWDに よ る最 初 の 提 案 を拒 絶 した。 そ れ は,MWDが 支 払 う金 額,IIDの 節 水 量,そ して カ リ フ ォ ル ニ ア 水 利 法 の 解 釈 が 問 題 に な っ たか らで あ る。 つ ま り,MWDはIIDの 使 わ な い 余 剰 水 を 使 用 す る権 利 が あ り,コ ロ ラ ド川 か ら引 い た 水 をIIDが 節 水 して も地 域 外 へ運 ぶ こ と は 法 律 的 に許 され て い な い,と 解 釈 した 。 そ れ に 対 して,IIDはMWDに 対 して 水 を売 る こ と が で き る,と 主 張 した 。IIDが 依 拠 した の は,節 水 に よ って 使 用 量 が減 った 場 合 は専 用権 を 放 棄 した こ と に な らず,む しろ そ れ が 適 正 か つ 有 益 な 使 用(reasonable and beneficial use)と 見 な され,さ ら に節 約 され た分 の 水 は売 る,貸 す,別 の 場 所 に移 す こ とが 諸 法 に照 ら して 許 され る,と 規 定 す る カ リフ ォル ニ ア州 水 利 法 典1011項 で あ った18)。 1988年,IID内 の 変 化 と外 か らの 圧 力 に よ って 状 況 が 一 挙 に進 展 す る。 まず 地 方 選 挙 でIIDの 理 事 が大 幅 に入 れ 替 わ る と,彼 ら は公 聴 会 を開 か ず に,1フ ィー トあ た り100ド ル か ら128ド ル に支 払 い額 を 増 や した合 意 案 を 取 りつ け にか か った。 理 事 の一 人 ドン ・コ ック ス は,一 般 有 権 者 の 関与 を 省 略 して も 「市 民 を 代 表 す る政 府 機 関 」 で あ るIIDは 公 共 の利 益 を害 す る こ と は な い と 自 己弁 護 した。 そ もそ も水 利 政 策 は本 質 的 に複 雑 で あ り 「十 分 な 時 間 と関 心 を も って あ らゆ る問 題 を 徹 底 的 に研 究 す る こ との で きな い 一 般 人 に決 定 を委 ね る こ と は で きな い」 と結 論 づ け た 。 さ らにIIDは1914
年 以 前 に得 た水 使 用権 を基 に,水 使 用 の 適 正 さ に関 してSWRCBが 是 正 措 置 を 求 め る権 限 を持 ち う る の か,裁 判 所 に 訴 え て 争 って い た が,1988年4 月13日,カ リフ ォ ル ニ ア 州 高 等 裁 判 所 はSWRCBの 見解 を 支 持 し,IIDに は節 水 計 画 を立 案 す る義 務 が あ る旨 の 解 釈 を示 した。 この 司法 判 断 は,州 憲 法 第10条 第2項 「州 内 の水 資 源 は可 能 な限 り最 大 限 有 益 な使 用 に 供 す る 必 要 が あ る」 に依 拠 した もの で あ る。 同年9月7日 に,SWRCBは 行 政 文 書88-20をIIDに 対 して 最 後 通 牒 と して 送 りつ け,水 の適 正 か つ 有 益 な 利 用 を 行 な うた め の 協 定 を即 時 締 結 す る よ う強 く求 め て きた。 そ こで,最 終 的 にIIDとMWDと の 「節 水 計 画 の 実 施 な らび に水 利 用 の た め の 協 定 」 は 1988年12月22日 に合 意 をみ た。1989年1月17日,MWDとIIDの 代 表 団 は, 総 額2億3300万 ドル の40年 協 定 に調 印 し,年 間10万 エ ー カ ー ・ブ ィー トの 水 を イ ンペ リア ル渓 谷 で節 約 し,そ の分 を南 カ リフ ォ ル ニ ア都 市 圏 で使 用 す る こ と に合 意 した の で あ る。 こ の合 意 は,翌 年10月29日 に全 米 水 エ ネ ル ギ ー節 約 賞 を受 賞 す るほ ど,専 門 業 界 か ら高 い評 価 を 受 け た19)。 しか し,業 界 の 外 に お け る評 価 は か な らず し も高 くな い。 「この 合 意 が 果 して成 功 な の か 定 か で は な い」 とい う慎 重 論 が 支 配 的 だ 。 第 一 に,節 水 施 設 の建 設 費 が 見 通 しよ り もは る か に 高 い こ とが 予 想 され た。 第 二 に,節 水 に よ って ソル トン湖 へ 流 れ 込 む水 の量 が 減 る こ とで,思 わ ぬ 問題 が起 こ りえ た。 今 回 の 水 利 転 用 を決 定 す るに 当 た り,そ の 過 程 に参 加 で きな か っ た人 た ち や 自然 に 損 害 が 及 ぶ と考 え られ た 。 「人 工 と は いえ ソ ル トン湖 は, 自然 愛好 家 た ち に と って 価 値 の高 い場 所 で あ り,そ の価 値 が損 な わ れ る責 任 を 誰 か に 取 って も ら う必 要 が あ る」 そ して 「パ ー カ ー ダム と イ ンペ リア ル ダ ム との 間 の コ ロ ラ ド川 沿 い の植 生 が 破 壊 され る」 こ とは評 価 で き な い と い う。 そ れ まで イ ンペ リア ル ダ ムか ら取 水 され て きた灌 漑 用 水 が 上 流 の パ ー カ ー ダ ムで 取 水 され て都 市 圏 に 運 ば れ る と,こ の 間 の 河 川 水 量 が 激 減 し,こ れ が 生 態 系 に悪 影 響 を 及 ぼ す こ とが 懸 念 さ れ た か らで あ る20)。 IIDとMWDの 間 で 協 定 が 締 結 され た 直 後 の1989年2月1日,コ ア チ ェ ラ渓 谷 灌 漑 区(Coachella Valley Water District)が 訴 訟 を 起 こ し,IIDか らMWDへ 水 の使 用 権 が 移 行 す る こと に異 議 申 し立 て を行 な った。CVWD が問 題 と して認 識 した点 は,コ ロ ラ ド川 の水 をIIDが 使 用 す る場 合,IID の管 轄 区域 内 に お け る飲 料 と灌 漑 用 水 に限 られ,IIDに は 自 らの 水 を地 域 外 に移 送 す る権 利 が な い こ と,ま た 「七 者 合 意(Seven Party Agreement)」 に よ っ て 割 り当 て られ た水 使 用 権 は 四 番 目 に割 り 当 て られ て い るMWD よ り もCVWDの 方 に優 先 権 が あ り,そ して 連 邦 内 務 長 官 に は,コ ロ ラ ド
川 の 水 使 用 権 をMWDに 譲 渡 す る権 限 が な い,と い う こ と で あ っ た 。 お よ そ10ヶ 月 の 協 議 の 末,同 年12月12日 に,CVWDは 自 らの 水 利 権 が 保 守
され る こ とを 確 認 した上 で,訴 訟 を 取 り下 げ た21)。
MWDとIIDと の 合 意 に つ いて,CVWDと 並 ん で も う一 つ の 「第 三 者 」 で あ るパ ロ ヴ ェ ル デ 灌 漑 区(Palo Verde Irrigation District)が そ れ を1989 年12月19日 に 承 認 した た め,よ うや く灌 漑 用 水 節 水 計 画 が 実 現 に 向 けて 動 き出 す こ とが で き た。 翌 朝 の 『イ ンペ リア ル バ レー ・プ レス』 紙 は 「歴 史 的 な水 の転 送 協 定 が 最終 的 な障 害 を乗 り越 え た こ とで,よ うや く節 水 に よ っ て 使 え る水 が 南 カ リフ ォ ル ニ ア 都 市 圏 に運 ば れ る こ と に な り,南 は エ ル セ ン トロか ら北 の ロサ ンゼ ル ス に 至 るす べ て の水 関 係 者 た ち は,胸 を な で お ろ した こ とだ ろ う」 と報 じた 。 初 め てIIDとMWDが 協 議 を 開 始 して か ら 6年,さ らに両 者 が 合 意 して か ら13ケ 月 の交 渉 の 末,よ うや く転 用 を念 頭 に置 い た灌 漑 用水 の 節 水 が 始 め られ るの で あ る。 両 者 の交 渉 が 始 ま った 時 に は イ ンペ リ ア ル 郡 の 農 務 地 方 行 政 官 を 務 め,合 意 が 成 立 した 時 に は MWDの コ ンサ ル タ ン トと して 働 い て い た ク ロ ー ド ・フ ィ ネ ル は7年 余 の 協 議 過 程 を 次 の よ う に要 約 して い る。 「そ れ は ち ょ う ど典 型 的 な イ ンペ リ ア ル 渓 谷 で の 出来 事 だ っ た と い え よ う。 特 に こ こ3カ 月 は,あ たか も妊 娠 期 に あ る か の よ うに,お 互 いが ぶつ か り合 うよ うな 日々 が 続 い たの だ か ら」 と22)。 こ こで 検 討 した 事 例 が意 味 す る と こ ろ は,MWD副 局 長 ホ ル バ ー トが 主 張 す るよ う に 「ど ん な 水 の 転 送 も,そ れ に 関 連 す る制 度 ・技 術 ・法 的 な課 題,さ らに は共 同 体 や 自然 環 境 に関 わ るあ らゆ る問 題 が 完 全 に 解 決 す る ま で,先 行 きが不 透 明 だ」 とい うこ とで あ る。 乾 燥 ・半 乾燥 地 域 の 西部 に あ っ て,最 も稀 少 と さ れ る水 は,拡 大 す る農 業,増 加 す る エ ネ ル ギ ー 開 発,サ ンベ ル ト現 象 で 膨 張 を続 け る都 市,先 住 民 や ヒ スパ ニ ッ ク共 同 体 が 保 持 す る水 利 権 の 見 直 し,河 川 に一 定 の 水 量 を求 め る環 境 保 護 ・余 暇 利 用 ・美 的 感 覚,な ど異 な っ た使 用 目 的 と価 値 観 が 衝 突 す る中 で,さ らに問 題 解 決 が 難 し くな って い くこ とが 予 測 さ れ る。 したが って,政 策 立 案 な らび に分 析 者 に と って,数 多 くの 政 策 要 因 を 考慮 に入 れ る必 要 が 生 じ,必 然 的 に交 渉 の 速 度 を減 速 させ る こ と に な る。 と はい え ホ ル バ ー トは 「十 分 な 時 間 を費 や す こ と で 問題 を 解 決 す る こと が で き る な ら,水 利 転 用 や転 送 は ア メ リカ 西 部 で 急 増 す る水 需要 に応 え る解 決 策 の 重 要 な部 分 と な る だ ろ う」 と論 じ て い る23)。
水をめ ぐる多様 な価 値 ア メ リカ西 部 に 限 らず,水 を商 品化 して 市 場 で 取 引 しよ う とす る動 きに 関心 を 寄 せ る人 が 増 え て い る。 そ の理 由 は多 岐 に渡 る。 灌 漑 農 業 は大 量 の 水 を使 用 す る上 に,農 産 物 価 格 の下 落,光 熱 費 の 上 昇 ,公 共支 出が抑制 さ れ る,な ど の 理 由 か ら,農 業 用 水 を確 保 す るた め の 新 しい水 利 事 業 を立 ち 上 げ る こ とが 極 め て 難 しい。 加 え て,連 邦 助 成 金 を た よ り に事 業 を起 こす た め に必 要 な農 村 部 の 票 田 は,都 市 化 ・郊 外 化 が 進 ん だ た め に 弱 小 化 して 久 しい。 灌 漑 排 水 に よ って 引 き起 こ され る塩 害 を は じめ とす る水 質 問 題, 環 境 問 題 が 顕 在 化 して い る。 要 す るに,市 場 重 視 の価 値 観 と政 治 的潮 流 と が あ い ま って,水 を め ぐる政 策 環 境 が根 源 的転 換 を 余 儀 な くされ て い る。 今 日,水 の 配 分 と再 配 分 に 関 わ る連 邦 と州 の政 策 担 当 者 は,多 様化 し複雑 化 す る水 需 要 す べ て に応 じ る こ とが で き る よ う,効 率 的 か つ 公 正 な方 法 を 模 索 して い る。 彼 らが 考 慮 しな けれ ば な らな い課 題 は 多 い。 た とえ ば,水 の 買 い手 と売 り手 以 外 に,水 利 転 用 に よ って影 響 を受 け る の は,誰 で あ り,ど の よ うな影 響 を受 け るの だ ろ うか。 一 般 的 に考 え られ て い る の は,以 下 の 通 りで あ る。 第 一 に ,他 の水利権所持者。第二 に,農 業 共 同 体 全 体 。 第 三 に,環 境(た と え ば,自 由 な 河 川 の 流 れ,沼 沢 地 ,水 質,あ るい は生 態 系)。 第 四 に,都 市 ・産 業 用 水 の利 用 者 。 第 五 に ,先 住 民 や ヒスパ ニ ック共 同体 。 第 六 に,農 業 に従 事 しな い 村 落 共 同 体 構 成 員 。 第 七 に,納 税 者 一 般 。 第 八 に,将 来 の 世 代 。 誰 の視 点 に立 つ か に よ って,市 場 原 理 に基 づ く水 利 転 用 の効 果 は,肯 定 的 で も否 定 的 で もあ り う る。 収 入,雇 用,お よ び商 機 を含 む経 済 効 果 は, 比 較 的 数 量 化 して検 証 しや す い。 対 照 的 に定 量 化 しに くい の は,共 同体 の 社 会 的 構 造 が 影 響 を受 け た り,地 方 自治 とい う感 覚 が 失 わ れ た りす る,と い う意 味 の 社 会 文 化 的 な衝 撃 で あ る。 こ う した感 覚 が,従 来 は市場 で算定 され て こな か っ た。 た と え ば 先住 民 の 共 同 体 に関 す る事 例 に 注 目 した全 米 学 術評 議 会 は,伝 統 的 社 会 は文 化 的 ア イ デ ンテ ィテ ィを維 持 す るた め に水 を利 用 して きた,と い う。 した が って,水 利 転 用 が 行 な わ れ る際,先 住 民 の共 同 体 は州 政 府 の 行 政 機 関 と連 携 を取 り合 い,先 住民居留地 内の水が外 へ 転 用 され る時 に は ,市 場原理 に基づ く数量化 可能 な要素以外 の多様 な価 値 観 を 評 価 ・評 定 す るた め の 明 確 な手 順 を確 立 され な けれ ば な らな い,と い うので あ る。 同 様 な こ とは環 境 に対 す る影 響 事例 に も見 られ た。 した が っ て,公 平 性 と環 境 の要 因 を 市 場 取 引 に いか に して取 り入 れ るか は,残 さ れ
た 課 題 と言 え よ う24)。 さ ら に,水 を再 配 分 す る過程 で は,直 接 的権 利 を持 た な い個 人 や 集 団 に 対 して も,水 利 権 保 持 者 と同 様 に 配 慮 が 欠 か せ な い。 ま た 持 続 可 能 性 の 問 題,あ る い は長 期 的 な水 量 ・水 質 を 考 慮 す るに 当 り,現 在 の 政 治 過 程 に参 加 す る こ とが で き な い将 来 世 代 の 関 心 を無 視 す る こ と もで き な い。 地 方 自 治体,州 な ら び に連 邦 機 関,先 住 民 部 族 政 府 は,新 しい 政 策 構 想 を 開 発 し な け れ ば な ら な い。 判 断規 準 を 拡 大 し,意 思 決 定 過 程 を拡 大,透 明 化 す る こ とに よ って,水 を め ぐる 多様 な 価 値 観 に対 応 して い く必 要 が 生 じて い る の で あ る。 よ り効 率 的 で,公 正 で,か つ 生 態 学 的 に み て 害 の 少 な い,持 続 可 能 な水 利 用 の 問 題 は,ア メ リカ に 限 られ な い。 多 様 な 価 値 観 を 基 に水 を評 価 して こな か った こ と こ そが,世 界 中 で 水 不 足 を 引 き起 こ して き た の だ,と 反 省 さ れ る よ うに な って 久 しい。 価 値 付 けが 明 確 に行 なわ れ な い こ とに よ って, 水 は 際 限 な く使 う こ と が で き る と い う幻 想 が生 まれ,チ リで あ れ 日本 で あ れ 水 の使 用 法 を真 剣 に論 ず る こ とが 軽 ん じ られ て き た の で あ る。 た と え ば, メ キ シ コで 灌 漑 用 水 を使 用 して い る人 は,原 価 の1パ ー セ ン ト,イ ン ドネ シア とパ キ ス タ ンは約13パ ー セ ン トしか 支 払 って い な い,と い う。 世 界 第 三 位 の食 糧生 産 を 誇 る イ ン ドで は,収 穫 物 の価 値 の2か ら5パ ー セ ン ト程 度 の額 を 灌 漑 用 水 の使 用料 と して 払 って い る に 過 ぎ な い。 極 端 に水 が不 足 して い る エ ジプ トの 場 合,灌 漑 用 水 の 利 用 自体 に 課 金 さ れ る こ と は な か っ た25)。 確 か に,よ り高 い値 段 を付 け て,よ り透 明性 の 高 い市 場 で 取 引 を行 な え ば,結 果 と して経 済 効 率 を 引 き上 げ る こ と に つ な が る だ ろ う。 それ は人 間 の 経 済 活 動 を 中心 に考 え る価 値 観 に 基 づ け ば,大 変 に肯 定 的 な 結 果 だ とい え よ う。 で は,ど う した ら経 済 効 率 の み な らず,社 会 文 化 的 に公 正 で生 態 学 的 に持 続 可 能 な 結 果 も同 様 に導 き出 す こ とが で き る の だ ろ うか 。 数 値 化 す る こ とが 困 難 な 価 値 を認 識 す る た め に,ソ ー シ ャ ル ・エ コ ロ ジス トは人 間 社 会 内 の正 義 の追 求 を 重 要 視 し,デ ィ ー プ ・エ コ ロ ジス トは水 を管 理 す るに あ た って人 間 の経 済 活 動 ば か りを 考 慮 す る の で は な く,人 間 と水 とを よ り大 き な全 体 の 中 で 関 連 し合 う部 分 とみ な す よ う,歴 史 的 な 発 想 の転 換 が必 要 だ,と 主 張 す る。 市 場 ・文 化 ・生 態 系 の 間 で 水 を め ぐ る価 値 の均 衡 を模 索 す る こ とが,新 し い水 政 策 の課 題 とな っ た。 そ して,こ れ を実 施 す る に は(仮 に 降 水 量 や 河 川 の 水 量 が,「 平 均 値 」 と さ れ る数 字 か ら大 き く 逸 脱 しな くて も)乗 り越 え て いか ね ば な らぬ 数 多 くの 障 害 が 待 ち受 け て い
る の で あ る。
註
1) Sandra Postel, Pillar of Sand: Can the Irrigation Miracle Last? (New York: W.W. Norton, 1999), 197.
2) Barbara Rodes and Rice Odell, comp., A Dictionary of Environmental Quotations (Baltimore: Johns Hopkins University Press, 1992), 134.
3) Steven P. Erie, Beyond Chinatown: The Metropolitan Water District, Growth, and the Environment in Southern California (Stanford: Stanford University Press, 2006), 174. 4) ア メ リ カ 史 に お け る 水 関 連 の 研 究 史 は,Norris Hundley, Jr., "Water and the West in
Historical Imagination," Western Historical Quarterly 27 (Spring 1996), 5-31; idem., "Water and the West in Historical Imagination: Part Two-A Decade Later
," The
Historian 66 (Fall 2004), 455-490が 網 羅 し て い る 。
5) John Wesley Powell, Report on the Lands of the Arid Region (Washington, D.C.: Government Printing Office, 1879), 43.
6) William D. Rowley, Reclaiming the Arid West: The Career of Francis G. Newlands (Albuquerque: University of New Mexico Press, 1995).
7) Samuel P. Hays, Conservation and the Gospel of Efficiency (Cambridge: Harvard University Press, 1959); Donald J. Pisani, To Reclaim a Divided West: Water, Law, and
Public Policy, 1848-1902 (Albuquerque: University of New Mexico Press, 1992), 286-
287.
8) Terry L. Anderson and Pamela Snyder, Water Markets: Priming the Invisible Pump (Washington, D.C.: Cato Institute, 1997), 73.
9) Benjamin H. Hibbard, A History of the Public Land Policies (Madison: University of Wisconsin Press, 1939), 449.
10) Norris Hundley, Jr., The Great Thirst: Californians and Water, 1770s-1990s (Berkeley: University of California Press, 1992), 393.
11) A. Dan Tarlock, "Let Markets Allocate Water-With Brakes," Christian Science Monitor (April 6, 1992); Rodney T. Smith and Roger J. Vaughan, "Taking Water to
Market," Civil Engineering 57 (1985), 70-73; F. Lee Brown and Helen M. Ingram,
Water and Poverty in the Southwest (Tucson: University of Arizona Press, 1987). 12) Abraham Hoffman, Vision or Villainy: Origins of the Owens Valley Los Angeles Water
Controversy (College Station: Texas A & M University Press, 1981); William L. Kahrl, Water and Power: The Conflict over Los Angeles' Water Supply in the Owens Valley
(Berkeley: University of California Press, 1982).
13) Qtd. in James R. Udall, "Just Add Water Marketing," Sierra Magazine 72 (March/April
1987), 40.
14) Myron B. Holburt, Richard W. Atwater, and Timothy Quinn, "Water Marketing in Southern California," Journal AWWA 80 (March 1988), 38.
15) Richard Walker and Michael Storper, "The California Water System: Another Round of Expansion?" Public Affairs Report 20 (April 1979), 5; William E. Warne,
tion of the Department of Water Resources, 1961-1966," an oral history conducted in 1979 by Malca Chall, in California Water Issues, 1950-1966 (Regional Oral History
Office, The Bancroft Library, University of California, Berkeley, 1981), 126.
16) Department of Water Resources, Southern District, Investigation under California Water Code, Section 275, Of Use of Water by Imperial Irrigation District (Sacramento:
the Department, 1981); Thomas J. Graff, "The Colorado River as a future source of water for Southern California," (September 4, 1981); Robert Stavins, Trading
Conservation Investments for Water (Berkeley: Environmental Defense Fund, 1983);
Robert Stavins and Zach Willey, "Trading Conservation Investments for Water,"
American Water Resources Association Proceedings (October 1983), 223-230; Water
Resources Control Board, the State of California, Imperial Irrigation District: Alleged
Waste and Unreasonable Use of Water, Water Rights Decision, Decision 1600
(Sacramento: the Board, 1984).
17) Jim Cole, "Local Growers Like Water Swap Proposal So Far," Imperial Valley Press (July 11, 1985); "Swap: Cafe Poll is against MWD Deal," Imperial Valley Press (July 19,
1985); Carl Boronkay, "Water Marketing: Promises and Pitfalls," (paper presented to
the Scientific and Technical Information Institute, Beijing, China, September 27,
1988), 17.
18) Metropolitan Water District, Annual Report for the Fiscal Year beginning July 1, 1980 to June 30, 1981 (Los Angeles: the District, 1981), 15; Annual Report for the Fiscal
Year beginning July 1, 1981 to June 30, 1982 (Los Angeles: the District, 1982), 11-13;
Annual Report for the Fiscal Year beginning July 1, 1984 to June 30, 1985 (Los Angeles:
the District, 1985), xxxi; Annual Report for the Fiscal Year beginning July 1, 1988 to
June 30, 1989 (Los Angeles: the District, 1989), xxxiii.
19) IID v. SWRCB Cal. App. 3d (1986); Statement of Decision, April 13, 1988 IID v. SWRCB, No. 58706; Willy Morris, "Water Districts Ink 40-year Agreement," Imperial
Valley Press (January 17, 1989); Metropolitan Water District, "MWD and IID Agree on
Landmark Water Swap," Focus 1 (1989), 1; Richard W. Wahl, Markets for Federal
Water: Subsidies, Property Rights, and the Bureau of Reclamation (Washington, D.C.:
Resources for the Future, 1989).
20) Hundley, The Great Thirst, 395.
21) Willy Morris, "Water Agencies OK Settlement," Imperial Valley Press (December 13, 1989).
22) Morris, "Water Officials Express Relief at Historic Pact," Imperial Valley Press (December 20, 1989).
23) Holburt, 45.
24) National Research Council, Water Transfers in the West: Efficiency, Equity, and the Environment (Washington, D.C.: National Academy Press, 1992), 9-10, 12. 25) C.J. Bauer, "Bringing Water Markets Down to Earth: The Political Economy of Water
Rights in Chile, 1976-1995," World Development 25 (May 1997), 639-656; Masahiro
Nakashima, "Water Allocation Methods and Water Rights in Japan," in World Bank,
Water Allocation, Rights, and Pricing: Examples from Japan and the United States
(Washington, D.C.: World Bank, 1993), 45-68; Postel, 165-167.