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栃木方言の尻上がり調における句末上昇-聴取実験による上昇調との比較-

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栃木方言の尻上がり調における句末上昇

Phrase-final Rising of "Shiri-agari Cho" in Tochigi Japanese ―聴取実験による上昇調との比較―

―The Comparison with Rising Intonation of Standard Tokyo Japanese―

高 丸 圭 一

概  要 本論文では,栃木方言の尻上がり調について,特に東京式アクセントを獲得しつつあ る若年層における現状に着目し,どのような位置で,どのような「尻上がり」が生じる かについて分析を行った。栃木方言の尻上がり調の出現位置は,標準語においてもピッ チが上昇しやすい位置であることが分かった。また,栃木方言の若年層は,句末の上昇 度合いによって「標準語の上昇調」と「栃木方言の尻上がり調」を区別して聞き分けて いることが明らかになった。これらのことから,栃木方言が「尻上がり調」と呼ばれる 要因は,句末上昇の頻度や位置にあるのではなく,尻上がり(上昇)の度合いの特徴に あるものと結論付けられた。 目  次 1 はじめに 2 尻上がり調の出現位置 3 自由会話音声中の「尻上がり調」 4 句末の上昇の度合いと方言性 5 まとめ

1 はじめに

筆者はこれまでに,栃木方言話者による自然談話を対象としたイントネーションの特 徴分類,聞き返しの疑問形に着目したピッチパタンのモデル化などに取り組んできた。 高丸・松田(2006)では,栃木方言話者の自由談話を聴取し,特徴的なピッチパタンを分 類した。この結果,栃木方言らしさの要因となる特徴的なピッチパタンは,平叙文での 句末の昇降調,疑問文での昇降調,高い平板調からの下降調,依頼形などに見られる平 進調(句全体の単調微上昇)等であることを明らかにした。高丸・松田(2008)では,栃

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木方言の特徴的なピッチパタンの一つである聞き返しの疑問形における昇降調に着目 し,上昇および下降の度合いについてモデル化(定式化)を試み,合成音声によって方 言らしさについての確認を行った。 これらの研究を待つまでもなく,栃木を含む北関東の方言には「尻上がり調」の特徴 があることが知られている。森下(2004 p.22)は栃木県のイントネーションの特徴として, 「東京式アクセントを除く地域,つまり足利市以外の地域は,平板調または尻上がり調 になる傾向が強い」と述べている。さらに,平板調,尻上がり調それぞれについて,連 続して一気に発話される場合は平板調に,区切って発音すると尻上がり調になると述べ ている。森下(2010 p.19)では,尻上がり調が生じる要因として,『(1)親しい間柄にある人 と話すとき。隣近所の人と話すとき。(2)自分の意志や考えなどを相手(聞き手)に理解 してもらおうとするとき。(3)「それから」「∼ども」「∼けど」など接続詞や接続助詞の 末尾音。(4)無アクセントであること。』の4点を挙げている。 一方,近年,標準語話者にしばしば観察される―特に若年層の女性話者に多くみられ るとされる―句末を引き延ばしながら昇降させる「尻上がりイントネーション」が知ら れている。佐々木(原)(2004 pp.89-90)によると,この“いわゆる「尻上がり」イントネー ション”は,(1)「カラ」「ノデ」「タラ」「ケレド」などの接続詞,接続助詞。(2)「∼ト カ,∼トカ」や「∼シテ,∼シテ」など例を列挙するときに使われる助詞等。(3)話し始 めや「マズ」「ヤッパ(リ)」などの副詞,話題転換直後に現れる「デモ」,「ダカラ」など の接続詞。(4)提題・対比の助詞「ハ」などの最終拍において出現しやすいとされている。 栃木方言の尻上がり調について,特に東京式アクセントを獲得しつつある若年層にお ける現状に着目し,どのような位置で,どのような「尻上がり」が生じるかを分析する ことが本論文の目的である。まず,第2章では,栃木県で生育した若年層および老年層 の自由会話を対象として,句末上昇の出現箇所を分析する。老年層の発話では,森下が 述べる栃木方言の尻上がり調の特徴が確認されることが予想される。若年層の発話に観 察される句末上昇は,栃木方言の尻上がり調の特徴と標準語で観察される尻上がりイン トネーションのどちらの特徴をもつのかは非常に興味深い課題である。次に,第3章で は,栃木県の若年層が発話した尻上がり調を含む文の方言性について検討する。文音声 を栃木県の若年層に聴取させ,方言的と知覚した音声と標準語的と知覚した音声を比較 する。更に,第4章では,尻上がり調のピッチパタン(上昇の度合い)に着目した聴取 実験を行い,栃木方言若年層における栃木方言の尻上がり調と標準語の上昇調の知覚的 な閾値について検討を行う。

2 尻上がり調の出現位置

本章では,栃木県に生育した老年層と若年層の発話において,尻上がりがどのような 位置で生じるかについて分析,検討を行う。

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2.1 調査の方法 老年層の音声資料として,国立国語研究所編「ふるさとことば集成(栃木・茨城編) CD-ROM」を用いる。このCD-ROMには,昭和54年に収録された男性3名,女性1名の計 4名による自由会話が収められている。本調査では,このうち,女性話者の発話(以下 「老年層話者」と呼ぶ)を分析対象とする。老年層話者は明治42年生まれであり,生育 地は日光市である。若年層の音声資料には筆者が録音したものを用いる。これは,昭和 60年生まれの那須塩原市で生育した女性話者(以下「若年層話者」と呼ぶ)を含めた2 名の自由会話を平成22年に収録したものである。 まず,それぞれの自由会話音声データから,老年層話者,若年層話者それぞれの発話 区間のみを切り出す。発話区間の切り出しは文を基準とするが,長いポーズや,他話者 の割り込み等による中断があった場合には,そこで発話区間を区切ることとした。自由 会話の収録の総時間と切り出した発話区間の合計は結果とあわせて表1に示す。 これらの発話区間から尻上がり調と判断される部分を聴取によって抜き出した。栃木 方言で尻上がり調と呼ばれる句末には,ピッチが句末まで上昇し続ける上昇調の場合と, ピッチが一旦上昇し,その後下降する昇降調の場合がある。標準語の句末においては, 上昇調と昇降調は,知覚的に異なることはもちろん,その機能や役割も異なるため,標 準語化進む栃木方言の分析においても分けて分析することが望ましい。そこで,本章の 分析では,昇降調のみを対象として比較を行うこととする。なお,尻上がりであるかど うかは,筆者を含めた複数人の聴取に基づいて判断した。 2.2 結果 老年層話者では14回,若年層話者では41回の尻上がり調が観察された。しかし,老年 層話者と若年層話者の音声資料は発話時間の長さが異なる。発話時間を正規化して割合

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を求めたとしても,尻上がり調の出現は文脈に依存するため,発話内容が異なる2つの 音声資料における尻上がり調の出現数そのものを直接比較することは適当ではない。そ こで,老年層話者,若年層話者それぞれの発話における,尻上がり調を出現位置(句 末/文末)および,助詞との共起関係に基づいて分類した。この結果を表1に示す。出 現位置,助詞との共起には老年層と若年層とでは,次節以降に述べるような異なる傾向 が観察された。 2.3 老年層の尻上がり調 老年層話者の尻上がり調の出現位置は約80%が文末であった。助詞との共起ついては 以下の2つの特徴が見られた。なお,分類作業における非公式聴取では,老年層話者の 尻上がり調は,標準語の若年層の使う“いわゆる尻上がりイントネーション”と比べて 急峻にピッチが昇降していた。 ● 文末で終助詞「ね」との共起が多い (例) 食べりゃいい味だかんね 馬車屋でやったったね ● 提題・対比の助詞「は」と共起が多い (例) うちの裏の稲荷様は白狐だったの そのお饅頭もらったのはみっちり抱えたんで… 2.4 若年層の尻上がり調 若年層話者の尻上がり調の出現位置は約96%が句末(非文末)であった。助詞との共 起ついては以下の特徴が見られた。なお,分類作業における非公式聴取では,若年層話 者の尻上がり調は,老年層話者と同様に,標準語の若年層の使う“いわゆる尻上がりイ ントネーション”と比べて急峻にピッチが昇降していると知覚された。 ● 句末(非文末)に多く出現する若年層の尻上がり調は,間投助詞「ね」「さ」など と共起する例もあるが,接続助詞「から」「けど」「て」などと共起するものが多い。 (例) お父さんもお母さんも公務員だから, 自分も公務員になりたいって志望してて

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2.5 考察 老年層話者の尻上がり調は文末の終助詞「ね」や提題・対比の助詞「は」などの位置 で多く出現する特徴が見られた。「ね」は同意の意図を表す終助詞であり,標準語の発 話では上昇調を伴って確認要求(求めた同意への返答を求める機能)が行われることが 多い場面といえる。また,「は」は対比や限定の意図をもつため,助詞の卓立が行われ る可能性が高い位置であると考えられる。卓立の実現には,高さ,強さ,長さなどをさ まざまに制御方法がありえるが,標準語においてもピッチの上昇によって卓立が行われ やすい位置であると考えることができる。すなわち,本音声資料の範囲では,老年層話 者が尻上がり調を生じる位置自体は,標準語の発話でもピッチ上昇が生じやすい位置で あるということができる。ただし,ここでいう標準語のピッチ上昇は,昇降調に限定さ れない。特に,確認要求を伴う「ね」の標準語のピッチ上昇は疑問と同様の上昇調であ る。 また,若年層の尻上がり調は,句末において,接続助詞を主として,様々な助詞と共 起して出現した。助詞を伴わずに出現する例も観察された。このような句末上昇の特徴 は,1章で述べた佐々木(原)(2004 pp.89-90)の指摘する首都圏の標準語話者が使用する “いわゆる「尻上がり」イントネーション”が現れやすい箇所とかなり一致する。すな わち,若年層話者は,栃木方言の尻上がり調と知覚されるようなピッチの昇降で,首都 圏標準語話者の若い女性などが用いる“いわゆる「尻上がり」イントネーション”を実 現しているといえる。 これらのことから,老年層話者,若年層話者ともに,尻上がり調は句ごとに毎回出現 したり,ポーズ前に必ず上昇したりするのではなく,いくつかの助詞との共起関係が観 察され,一定の機能を有しているといえることが明らかになった。そして,この出現位 置は標準語の発話においてもピッチ上昇が見られる―少なくとも上昇してもいても不自 然ではない―位置であることが分かった。従って,栃木方言の尻上がり調の特徴は,句 末や文末にピッチが上昇するという現象(頻度や位置)にあるのではなく,ピッチ上昇 が際だって知覚されるという音響的な側面にあると考えられることが妥当であると考え られる。そこで,次章以降では,栃木方言と標準語(東京方言)を使い分ける若年層世 代の発話と知覚について検討を行う。

3 自由会話音声中の「尻上がり調」

これまでの研究(佐藤 1999,鈴木 1997,高丸 2010)から,無アクセントの地域とさ れている栃木県に居住する若年層は,東京式アクセントを弁別する能力を獲得している ことが明らかになっている。彼らは,栃木方言発話と標準語発話を状況に応じて区別し て用いている以上,栃木方言と標準語の音声的特徴を潜在的に理解していると考えられ るが,それを内省によって記述することは容易ではない。そこで本章では,栃木県に居

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住する若年層に対して,複数の栃木県若年層の自由会話音声を聞かせ,文単位の発話を 方言的か標準語的か聞き分ける聴取実験を行う。この聴取実験で,方言的と判断された 文音声と標準語的と判断された文音声の比較を行うことで,栃木県に居住する若年層が, どのような音響パラメータ基づいて方言的特徴を区別しているか,基礎的な考察を行う。 3.1 提示音声と被験者 提示する音声は,栃木県で生育した若年層女性話者2名(話者A,Bとする)の自由会 話である。話者Aは第2章でも用いた若年層話者の自由会話である。話者Bは,さくら市 で生育した昭和62年生まれの女性話者の発話(男性1名,女性2名の自由会話)を平成22 年に収録したものである。この話者A,Bの発話から予備聴取において尻上がり調を含 むと判断された58文(話者Aによる発話40文,話者Bによる発話18文)を聴取させる。 被験者は,栃木県に居住する若年層(18∼20歳)男性1名,女性3名の計4名である。 3.2 実験と結果 4名の被験者に対し,『流れる音声全体が「方言のように聞こえる」(1)から,「標準語 のように聞こえる」(5)の5段階で評価してください。』と教示し,コンピュータに接続さ れたヘッドフォンを通して58文の音声をランダムに5回ずつ提示した。被験者は,それ ぞれの文音声について画面に表示された「1(栃木方言)」「2」「3」「4」「5(標準語)」のい ずれかをマウスで選択した。各文音声に対して行われた各20回(4名×5回)の判断につ いて,栃木方言的であったか標準語的であったかの5段階評価を2点から-2点に割り当て 得点化した。すなわち,得点がプラスの値のものは方言的であり,点数が高いほどより 方言的であると評価されたことを意味する。また,値がマイナスのものは標準語的であ り,点数が低いほどより標準語的であると評価されたことを意味する。 話者ごとのスコアの概要を表2に,分布を図1に示す。那須塩原市で生育した話者Aの 発話はすべてが0以上であり,平均スコアは31.8であった。また,6個(15%)の音声が 40点満点であった。これらのことから,話者Aは概ね栃木方言話者と判断されていると いうことができる。一方,話者Bは平均スコアが-15.8であり,最大スコアが13であった。 話者Bのほとんどの発話はスコアがマイナスであり,被験者からは標準語的な発話であ ると判断されている。しかし,標準語話者の発話であればより-40に近い分布を示すもの を予想される。本実験の範囲では,方言性が高いと判断された話者Aと対比して,“比較 的標準語的”であるという判断が行われたものと推測される。すなわち,被験者Bは標 準語的特徴を含む栃木方言話者であると判断されていると考えられる。 このスコアの分布から,被験者は話者AとBの方言性の違いに気づき,発話者がAであ るかBであるかを手掛かりに判断を行った可能性がある。このため,次節では,話者間 の比較は行わずに,同一話者内でのスコアの違いと句末の尻上がり等の音響的特徴につ

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いて考察を行う。 3.3 考察 話者Aの発話で方言性が低い(標準語に近い)を判断された発話を図2に示す。また, 方言性が高いと判断された発話を図3に示す。方言性が低いと判断れた音声には,句末 の上昇が緩やかである,標準語アクセントがある,モーラ継続時間長が長い(発話速度 が遅い)という特徴が見られる。一方,方言性が高い音声には,句末上昇が急激である, 無アクセントで平板調である,発話速度が比較的速いという特徴が見られた。また,方 言性が低い音声は,音声自体が短く,音韻的な方言特徴が含まれなかったことが,この 判断の原因となった可能性もある。 話者Bの発話で,方言性が低い(標準語に近い)を判断された発話を図4に示す。また, 方言性が高いと判断された発話を図5に示す。話者Bで方言性が高いと判断された音声で は,急激な句末上昇は観察されなかったが,発話の中間に見られる疑問形の部分以外の 発話が平板調である様子が観察される。このことが,方言的と判断された原因と考えら れる。

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4 句末の上昇の度合いと方言性

前章の検討から,同一の話し相手の短時間の発話においても,話者内で方言的な発話 と方言性が低い発話が混在することが分かった。音声には方言性に寄与するさまざまな 成分が重畳したされている。このため,本章では,句末の上昇に対象を限定して,一つ の発話の句末のピッチパタンだけを変化させた加工音声を用いた聴取実験を実施し,句 末の上昇の度合いと方言性の関係について考察する。 4.1 刺激音声と被験者 本実験では,前章で方言性が高いと判断された話者Aから句末上昇が生じている文節1 つを抜き出して刺激音を作成することとした。使用する原音声を図6に示す「あんた は/うちで/農業だね/とか/つって」の発話の3文節目「農業だね」である。この文 節は,句末の「ね」が尻上がり調の上昇をしており,かつ,先行する有核の名詞「農業」 が東京式アクセントで発話されている。このため,この文節の「ね」の上昇の度合いを 加工することで,文節全体を「栃木方言的に句末上昇をしている(尻上がり調)」「標準 語的に句末上昇をしている(上昇調)」「標準語的に上昇していない(平調)」と聴取さ せることが可能であると予想され,本実験に適したものであるといえる。 原音声では,「農業だね」の句末「ね」のピッチは,上昇した後に若干下降している。 事前の非公式聴取では,この句末では昇降調のようなピッチ下降は聞き取れなかったこ とから,この下降は昇降調を形成する下降ではなく,上昇後に声帯を緩めることで生じ た自然下降であると考えられる。また,標準語の文末における「ね」は,確認要求の意 図で上昇調になることが知られている。さらに,これまでに検討から,方言的な上昇の 方がより急激であり,標準語的な上昇はそれと比べて傾きが緩やかであることが示唆さ れている。そこで本実験では,この刺激原音声を基準として,傾きを徐々に緩やかにな るように,以下の方針で16段階(ST00∼ST15)の刺激音声を作成する。

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● 最終拍「ね」のピークの基本周波数を10Hzずつ下げる。

● 最終拍「ね」のピッチパタンが直線上になった後は,句末の基本周波数を10Hzずつ 下げる。

刺激音声のピッチパタン(折れ線近似)を図7に,「ね」のピークと句末の基本周波数 を表3に示す。刺激音声の作成にはPraat(Paul Boersma and David Weenink 2011)を用い た。手順は以下のとおりである。 ① 原音声のピッチパタンを折れ線近似(Stylize)する。 ② 「ね」のピークおよび句末に相当する節点(Tier)を削除する。 ③ 削除した節点と同じ時刻に目的の基本周波数の節点を新たに作成する。 ④ 新しいピッチパタンを生成する。 ⑤ 生成したピッチパタンに基づいて,overlap add法を用いて分析再合成する。 一連の処理を実行するpraatスクリプト(ST15)を図8に示す。 被験者は,栃木県で生育した19∼22歳の若年層7名(男性1名,女性6名)である。本 聴取実験は,句末上昇を栃木方言的であるか,標準語的であるかを聞き分けて,その閾 値を得ることが目的であるため,被験者には,事前に栃木方言と標準語(東京方言)の 発話をいくつか聞かせ,それらを区別できることを確認した。

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4.2 実験と結果 句末上昇を図7および表3に示したように16段階に加工した音声刺激を用いて知覚実験 を行う。『流れる音声の「農業だね?」の「ね?」部分が栃木弁に聞こえたら「栃木方 言的な上昇」を標準語的に聞こえたら「標準語的な上昇」を上昇していなければ「上昇 していない」をクリックしてください。』と教示し,コンピュータに接続されたヘッド フォンから各刺激を5回ずつ(計80回)ランダムに提示し,音声が1つ流れごとに,画面 に表示された「栃木方言的な上昇」「標準語的な上昇」「上昇していない」のいずれかの ボタンをクリックさせた。聴取実験には,praatに実装された多肢強制選択(Multiple Forced Choice)実験アルゴリズムを用いた。 各刺激音声について7名の話者が5回ずつ,計35回の判断を行った結果を図10に示す。 この図は各刺激音声について,それぞれの選択肢が全35回のうち何%選ばれたかを表し ている。図8から,「ST00」から「ST06」までの刺激音声では,半数以上が句末の上昇 を栃木方言的な上昇と知覚し,「ST07」から「ST13」までは,標準語的な上昇と,さら に,「ST14」「ST15」では,上昇していないと知覚していることがわかる。 4.1 上昇の度合いに基づく考察 図9を各刺激音声のピッチ上昇の度合い(傾き)に基づいて整理すると,図10のよう になる。この図から,句末の「ね」のイントネーションは,傾きが約0.8[Hz/ms]を超え ると,栃木方言の句末上昇であると知覚され,傾きが約0.2[Hz/ms]から約0.8[Hz/ms]の 範囲では,標準語の句末上昇であると知覚されることが分かる。 判断が切り替わる閾値自体は,話者の平均的な声の高さやその他の要因によって変動 するものと考えられるため,さらに広範囲の調査が必要である。しかしながら,句末の

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傾きのみを加工した本実験によって,栃木県に居住する若年層は,句末の上昇の度合い によって,栃木方言と標準語を聞き分けているこということができる。すなわち,「非 上昇(平調)」,「標準語的上昇(上昇調)」「栃木方言的上昇(尻上がり調)」には,傾き に基づく知覚カテゴリが存在することが本実験から明らかになった。 本実験は,栃木方言の尻上がり調を知っている被験者を対象としたものであった。栃 木方言の尻上がり調を日常生活で聞いた経験がない人に対しては,本実験の同じ質問項 目を用いた調査を行うことはできないが,栃木方言を知らない人たちにおいても,標準 語で上昇調をとることが不自然ではない句末において,その上昇が一定値を超える傾き になったときに,標準語らしくない―標準語では実現されない―ピッチパタンと知覚す ることが予想される。これについては,今後改めて調査したい。 4.2 被験者別の聴取結果 被験者別に詳しく見ると,方言的上昇と標準語的上昇の判断がはじめて入れ替わる点 の傾きの最大値は1.34[Hz/ms]から0.44[Hz/ms]とばらつきがある。図11,12に被験者別 の聴取結果を示す。これらの図では,各被験者が5回の同一刺激の提示に対し,「栃木的 上昇」「標準語的上昇」「非上昇」をそれぞれ何回選択したかを折れ線によって表してい る。 被験者別の聴取結果を見ると,被験者は本実験の刺激音声の間で「栃木的上昇」「標 準語的上昇」「非上昇」を知覚するグループと「栃木的上昇」「標準語的上昇」のみを知 覚し「非上昇」が50%を超えることがないグループに分けられる。図11に示した4被験 者(被験者A,D,F,G)は前者,図12に示した3被験者(被験者B,C,E)は後者であ る。

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図11では,被験者Aは上昇の変動の差を敏感に知覚して3群の判断を知覚しているが, 被験者Fでは,折れ線が上下し,判断に揺れがあることが観察される。また,被験者Dで は「非上昇」が,被験者Gでは「標準語的上昇」が最大でも5回提示中3回の回答であり, 確信をもって知覚しているとはいえない可能性がある。(被験者Dは,本刺激の範囲で 「非上昇」を知覚した図11のグループと「非上昇」を知覚していない図Xのグループの中 間に位置づけることも可能であろう) 図12では,被験者B,C,Eが「栃木的上昇」の判断と「標準語的上昇」の判断が,何 度か交互に入れ替わっていることが観察される。特に,被験者Eでは,ST05からST10の 間で大きく判断が入れ替わっていることが分かる。すなわち,これらの被験者は,「栃 木的上昇」と「標準語的上昇」の知覚の間に「どちらとも判断がつかない」という範囲 が存在しており,句末上昇の傾きが下がっていくにつれて,「栃木的上昇」>2つの中 間段階(どちらどもいえない)>「標準語的上昇」という知覚を行っているものと考え られる。 イントネーションの知覚においては,(特に,訓練された被験者ではない場合)被験 者間で聴取結果が一致しないこと(林・田中・佐藤 2010)や,中間的な判断が多く観察 されること(井上 2009)が指摘されている。本実験においても,被験者別の分析から, 同様のことを指摘することが可能であるといえる。このように,閾値や知覚の段階に個 人差があるものの,すべての被験者が句末上昇の傾きの度合いによって「栃木的上昇」 と「標準語的上昇」を区別していることが確認された。図7に示したように,刺激音声

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の句末のピッチパタンはもっとも傾きが低いものでも上昇しており,本実験の範囲内で, 上昇の傾きが小さい刺激音声を「上昇調の範囲内」と知覚することも,「上昇調と判断 するには十分に上昇していないために,非上昇である」と知覚することも妥当であると いえる。上昇調(標準語的上昇)と平調(非上昇)の知覚閾値については,今後別に改 めて検討することとしたい。

5 まとめ

本論文では,栃木方言の尻上がり調について,特に東京式アクセントを獲得しつつあ る若年層における現状に着目し,どのような位置で,どのような「尻上がり」が生じる かについて分析を行った。尻上がり調の出現位置の分析では,老年層話者は終助詞「ね」, 副助詞「は」など標準語でも上昇調または卓立による上昇が生じる位置に出現すること, 若年層では,首都圏の若年層が用いる尻上がりイントネーションが出現しやすい位置に 出現することが分かった。また,句末の上昇を加工した刺激音声を用いた聴取実験によ って,栃木方言の若年層は,句末の上昇度合いに応じて,中間的な段階を生じながら 「非上昇」<「標準語の上昇調」<「栃木方言の尻上がり調」の順に区別して聞き分け ていることが明らかになった。すなわち,栃木方言の尻上がり調は,標準語においても 上昇が起き得る位置で生じているため,出現位置については必ずしも特徴的であるとは 言えないが,上昇の度合いが標準語の上昇調と区別して知覚できるほど高い傾きである ということができる。これらのことから,栃木方言は,句末上昇の出現頻度や出現位置 が特別なのではなく,上昇の度合いが際立っているために,「尻上がり調」の方言と言

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われているものと結論付けられる。 森下(2010)で指摘されているように,尻上がりが知覚的に際立つことに,先行の部分 が無アクセントであることが寄与している可能性がある。しかし,本研究では,先行部 分が有核語であり東京式アクセントで発話されている若年層の尻上がりに対しても,方 言的な上昇であるという判断が行われた。また,先行研究では,高い音調での連続的な 平板調に続く尻上がり調(尻上がりの直前の拍で一度下げてから昇降調を実現するピッ チパタン)が多く観察された。このため,先行部分のピッチパタン(アクセントによる ピッチ変化の有無)に関わらず,句末の上昇のみで方言的な尻上がり調を知覚可能であ るといえる。 今後は,本論文で扱うことができなかった,方言的尻上がり調と首都圏の若年層が用 いる“いわゆる尻上がりイントネーション”との対比についても,検討を進めたい。ま た,方言性に寄与する音響パラメータを,句末の音調に限定せずに解明するために,複 数の音響パラメータを仮定して主成分分析や判別分析を行うことも検討する。 謝  辞 本研究の一部は,科研費若手研究(B)(No.22720182)の助成を受けた。本研究を進めるにあたり,明海大学外国 語学部井上史雄教授から有益なご示唆を頂いた。本学松田勇一専任講師には栃木方言話者の立場から様々なご 議論をいただいた。音声収録や聴取実験に協力していただいたすべての皆様に謝意を表する。 参考文献 井上史雄(2008)『社会方言学論考』,明治書院 佐々木(原)香織(2004)『日本語音声談話の韻律構造』,東京外国語大学博士論文 佐藤亮一(1999)「無型アクセント地域におけるアクセントの共通語化―宇都宮市における小調査の結果から―」 平山輝男博士古稀記念会編『現代方言学の課題 第2巻 記述的研究編』,明治書院,pp.211-234 鈴木志保(1997)「アクセントの文体差に関する研究―栃木県宇都宮市における世代差―」,東京女子大学言語文 化研究,第6号,pp.122-128 高丸圭一,松田勇一(2006)「那須地域の方言における句末イントネーションの予備調査―基本周波数パタンの 特徴分析と分類―」,都市経済研究年報,第6号,pp.67-77 高丸圭一,松田勇一(2008)「栃木方言における聞き返し疑問形のイントネーションのモデル化」,宇都宮共和大 学論叢,第9号 pp.49-68 高丸圭一(2010)「無アクセント地域の若年層における<じゃね?>先行語のアクセント―収録による調査と音声 を掲示したアンケート調査―」,明海日本語,第15号,pp.1-10 林直樹,田中ゆかり,佐藤亮一(2010)「音調区分方法の一提案−複数人判定に基づく試行−」,日本音声学会第 321回研究例会 森下喜一(2004)『栃木県のことば』,明治書院 森下喜一(2010)『改訂増補 栃木県方言辞典』,随想舎

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