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日本型野外教育を考える: 沖縄地域学リポジトリ

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Academic year: 2021

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Title

日本型野外教育を考える

Author(s)

高野, 孝子; 張本, 文昭; 佐々木, 豊志

Citation

野外教育研究 = Japan outdoor education journal, 11(1): 31-36

Issue Date

2007-10

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/10137

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日本書置野外教育を考える

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分科会:日本型野外教育を考える

。パネリスト : 高 野 孝 子 (NPO法人 ECO乱,us)1)

: 張 本 文 昭 (てい だキッズミュージアム)z) :佐々木豊志 (くりこま高原自然学校),3) 。コーデイネーター:大石康彦 (森林総合研究所多摩森林科学園)4) 日本で実践きれている野外教脊活動には、 欧米に棋を持つものが少な〈ありません。日 本には人伺の働きかけを通して自然環境が形 成、維持され、その菌検環境にわたしたちの 生活・文化が背まれるという永年続いてきた 関係があります。ぞれは自然と対峠してきた 欧米とは異なるものです。自然からの一方通 行ではなく、島鈴とわたしたちをつなぐ双方 向性の蕪け轄としての野外教育‘自然や社会 の持続可能性に貢献できる野外教育、日本型 野外教育のあり方について語をしてみません か。 コーヂィネーターとしての思いと骨科舎の 意図 この分科会では、日本型野外教育を考える ことをテーマに掲げましたが、日本型と対置 して考えられる欧米型との相違点を明らかに し、線引きをしようなどと考えたわけではあ りません。そこには、野外教育をとらえると きに、教育に自が拘きがちではないか、野外 1) NPO法 人 医DPWS 苧101-0044千代田区鍛冶町2ふ 路4F 2)てい だキッズミュージアム 〒 如3・悌02 都覇市首塁大名IIIfl・277 3)くりこま高原自然学校 〒989・5371 栗原市栗駒沼倉毒性築中 57・1 4)森林総合研究所多摩森非科学園 〒193心843 八王子市tt里町1833-81 にもっと目を向ける必要があるのではない か、という思いがありました。野外に居を向 けますと、植物の炭酸同化作用といったレベ ルでは世界共通のものがありますが、生えて いる植物の種類はどうか、自然環境を構成し ている要素はどうか、きらにはその自然と地 域の人々とのかかわりにまで目を向ければ、 日本と他国とが違うだけでなく、日本圏内で も地域によって糠々だといえます。そのよう な野外で、野外について、野外のために活動 を行うのであれば、日本における野外教育の あり方を、地域における人と自然のかかわり に自を向けて一度考えてみることが必要だろ うというのが、この分科会の意図です。 話題提供は、地境性を生かした活動を展開さ れている佐々木きんと張本さん、そして世界各 地の野外措動を見開きされた上で日本での活動 も展開されている高野さんからいただきまし た。さらに、分科会劉時全員が日本の野外教 育現場で活動している当事者の立場で自由に議 論し、日本における野外教育が大切にしたい共 通項や方向性の共有を試みまーした。 J ECOPWS 2・5・2ι4

Kajimachi,Chiy“お μ01-00(4) 2 1円~dalddsmω'eum 1・277Shurl-o側acho,Naha (903"()802) 3 Kur.説。'ma!(ougen Nature Schoo/ 57-1 Kouel-na知,KUIぜ知'manumakura,Kurihara (989・5371) 4 Fores町 側dForestI'roducts Research Ins伽 te 1833-81 Todori, Hachiohji (l9J"('制lJ)

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高野・張本・佐々木 話題提供者が提供した内容 最初にNPO法人ECOPLUSの高野孝子さん が、ヨーロッパ各地の野外教育から見える人 と自然の関係や、北方地域などの先住民族違 のそれを過して、日本の世界観や文化、野外 教育の意味と可能性について話されました。 次に、てい だキッズミュージアムの張本文 昭きんが、沖縄での活動を通じて、肌身で感 じた琉隷の自然観や世界観、そして里山や星 海で出会う人々の暮らしについて紹介され、 日本における人と自然の関係について話され ました。最後に、くりこま高原自然学校の 佐々木豊志さんが、東北が持つ歴史、自然、 文化、風土を背景に展開されている、新たな 野外教育のあり方と可能性について話きれま した。 ' 話題提供者1:高野孝子 (NPO法 人 配O乱US) 日本型野外教育という題目を与えられ、日 本型の前に野外教脊つてなんだろうと考えま した。日本でも色々な議論があり、欧米でも 定まった定義はありません。野外教育という 雷葉が外から入ってきたポーランド、ハンガ リーなどでも、日本と同様に野外教育は自国 の言葉ではなく、それまでになかった概念と してとらえられています。日本で行われてい る、野外や自然環境を基盤に行われる括動プ ログラムのほとんどはアメリカ由来です。 イギリスでは野外教育、環境教育、持続可 能性教育の融合が始まり、野外教育に関わる 人遣が持続可能な社会にどう貢献できるか、 という議論をしています。参加者と自然の関 係に注目した取り組みが増えていて、物理的 にも精神的にも人聞が自然と離れていったこ とが、環境破壊につながっていくのではない か、という議論があります。ヨーロッパの学 者逮は、日本を含んだアジアや先住民族のも っている自然との関係に注冒していますが、 突っ込んだ識論はあまりなされていません。 プログラムとして、意図的に人と自然の関 係を作ろうとしているところに行って調べま した。イギリスでは、野外での体験は日常の 生活ではなく非日常の難しみです。体験の目 的は環境保全や保護ですが、彼らが思う野外 や環境は概念的なものです。一方、北アメリ カの先住民族にとっての環境や自然は命その もので、幸福とも強〈結びついています。特 定の場所で、そこの自然に関わり、そこのも のを食べ、そこで亡くなった人のことを語る といったプログラムが多くみられました。そ れらを突き詰めるとアイヂンティティに関係 していて、自分は何者かを見つけるためにそ のプログラムがあります。研究から得た結論 は、人と自然のつながりを築きたいのなら、 その勉域にしかない、生き鞠、水、空気、砂 漠、いろんな環境、伝統や文化、暮らし方が 重要な役割をもっている、ということです。 日本ではお花見をします。また、江戸時代 には虫聴きというものがありました。虫の音 を聞いていいなと言うのは、日本人だけなん です。自然から離れて暮らせるようになった のはほんの数十年の語なので、私たちには先 祖から延々と受けつがれてきた自然との深い つながりがあります。ぞれを探るのもいいと 思います。アラスカは150年位前から占領さ れ、色々なことが変わりました。私の調査で は、それでも自然との関係が棋本的な変容を してないということ治宝みえました。アメリカ 人になってしまった先住民族ですが、彼らの 自然に向き合う姿勢は一般的なアメリカ入の それではありません。 普遍的な主流のプログラムには、良いとこ ろも、良くないところもあるというのが、ひ とつの問題提起です。教曹には共通すべきと ころと、その場所でなければ生まれてこない ものがあるはずです。個々人が必要とする知 識や情報、生きていくための力も違うと患い

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日本滋野外教育を考える ます。同じ鞠を与えてこれをやればいいとい うことではなく、それに加えて、個々人のア イデンテイティにつながるものが必要です。 個人の成長ほ野外教育のひとつの目的だと思 いますが、ぞれは個々人によって遣い、社会 によっても変わります。イギリスやアメリカ のように個の自立を目指す社会と、韓国や目 本のように人との関係において自己を寵識し て生きる社会があります。ですから、文化を 趨えて全てにあてはまる理論も、少し危険か もしれません。どこの誰の、何のためにやる のかということも、明確にしなければいけま せん。その地域の伝統や文化、世界観を踏ま えた基礎、それを色々な人から教えてもらい、 学際的にアプローチすることが大事だと思い ます。 ' 語 題 提 糊2:張本文昭 (てい だキッズミュージアム) 償は持縄で生まれ育ったわけではなくて、 いわゆる移住組の人間です。沖縄に来てから 11年目になります。本土からきた別の文化を もった人間がみた沖縄といったニュアンスで とらえていただきたいと恩います。 首里にある農の自宅の隣にお墓がありま す。東側も空き地をはさんでお墓があります。 お墓の隣には沖縄で雷う御轍(うたき)とい う所があり、いわゆる神合意降臨する場所です。 そこにご神体はないのですが、時々おばさん からおばあさんあたりの年代の方が来て、お 参りされています。家の南側に拡がっている 森の小道をしばらく歩くと広場があり、ここ も御畿です。色々な所にお墓や御撮がありま す。これは僕の家のまわりが特殊なのではな 〈、沖縄本島に限れば、どこでも言えること だと患います。キャンプでいろいろな所へ行 きますが、そういった場所で座って祈る人に よく会います。 琉球王朝の時代の王様はノロと呼ばれる神 人(かみんちゅ}に政策をうかがっていたの ですが、神に栓えるノロは女性であり、ノロ が司る行事は男子禁制でした。御識でお掛り する人が女性ばかりなのは、そういった信仰 に由来があります。御撮には場所を示す呼び 名(倒えぽ世界遺産壁録きれている斎場御織 など)はありますが、そこにいらっしゃる神 様に名前はありません。たぶん御棋によって 意味があると思いますが、神道に出てくるよ うな神様ではありません。 沖縄海洋博公園の近くの集落へ、空き家を お借りしての里由キャンプに行きます。その 集落を何百年も支え続けた、本が語いている ところがあります。そこで遊んでいると、海 でとったモズクを能いに来たおばちゃんや、 梅で採った魚をさばくおじさんとよ〈出会い ます。歩いていると、大きくなった冬瓜を持 って行きなさいと、 2人I偶ずつ記られて.と ても重かったりします。梅に行くと、タコや 魚をとるおばちゃんやおじちゃんがいます。 畑をつくったり、海で魚を取ったりしている 方は、農業や識業をされている方ではな〈て、 自分の生活の一部分としてそうしている感じ です。 戦争の傷跡が至る所にあると感じます。自 然が残っているからと僕らが好んで出かける 公園や、あまり人が近づかない森には、大抵 戦争の暢跡が残っています。ガケがあってお もしろそうだと行くと、お骨があったりしま す。 沖縄の若者には掠げない人が多く、僕らが キャンプで行くような曲奥にもあまり行きま せん。お年寄は、海には行くな、ハプをみた ら殺せとよく言います。お年寄り世代が若い 頃、海で亡くなったとか、ハプで亡くなった 方が現実にいらっしゃったので、若い人には そういう患いをさせたくないということはあ ると患います。僕は峰、さいころからヘピを甘 く見ている面もありましたが、ヤンパルの森

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高野・磁本・佐々木 の中で2メートルを超えるハプに曲会ったと き、そのハプをみて、自分より也はるかに強 い存在に感じて、いわゆる畏れみたいなもの を感じました。 今思えば、僕は学生の時は欧米に視差した 野外教育なりキャンプをやったと患います が、沖縄では色々な理由があってそれがまっ たく通じなくて、今沖縄でやっている括動が 野外教育だとは自信をもって言えません。ひ たすら遊ぶことだけを目的としていて、なん ら効果や成果を求めてないキャンプをしてい ます。沖縄では欧米に棋差した野外教育がで きなくて、だからこそこういうことが見えて きたのではないかなと患っています。僕が沖 縄の土地なり自然なり人から野外教育された というのが、実感としてあります。

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話題提供者3:佐々木豊志 (くりこま高原自然学校) 自然学棋を始めた当初は、学生の時に学ん だ野外教曹を基礎にやろうとしましたが、地 域とのつながりや社会の色々な動きの中で、 この地域ならではの資源を使って出来ること をやるようになり、考えていたのとは遣った 展開になっています。子どもたちのキャンプ や悩みを抱えた子どもの支援、遊びの支援な ど多角経営ですが、持続可能な豊かな暮らし を作っていこうというのが基礎にあります。 自然学校の活動の特徴は、日常生活の中の 「ケjの活動と、自然体験など非日常の「ハ レ

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の活動を融合させていることです。

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ケj の活動では、自給自足で無農薬野菜を作った り、ニワトリを時々絞めて食べたりしていま す。最近の「ハレjの活動では、盛岡から太 平洋までの:t

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aを8泊9日で下りまし た。「ハレ

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の状態は非常に物事が入りやす いです。一昨日の晩ご飯は「ケjの食事だか らそのおかずは覚えていませんが、旅先の食 事風景は「ハレjだから後まで覚えています。 キャンプで子どもたちの何が変わるかという のがありますが、

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ハレj の状態の子どもは 心を聞いているので、そこに言葉なり影響あ る体験をさせれば入っていくと思います。も ちろん

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ケjで日々コツコツやるということ も大事です。行事としての「ケ

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と「ハレ

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はありますけれど、自分の心の中で

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ケj と 「ハレjをコントロールできる人は、豊かな 暮らし方が由来ると思います。不登校、引き こもりの子どもたちは、そのコントロールが できません。これがちょっとでも出来るよう になれば、生き方が変わってくるような気が します。 不壁枝、引きこもりの子どもたちだけでな く、仕事が出来ない、職場に行けない大人が 来ることも増えています。野外教育で車生労 働省のニート就労支援事業をやっているとこ ろは、うちだけです。 自閉症のキャンプでは、支鎮の仕方によっ ては非常に効果が出るとわかりました。自問 傾向があっても、 ーつの事を覚えるとやれる のですが、それを覚えるのに時聞がかかりま す。グローパル経済の中でゆっくりトレーニ ングする時闘がないので、はじかれて居場所 が無くなります。彼らが出来ることを提供す れば、彼らが出来る場面はたくさんあります。 ぞれは田舎や第一次産業、自然学校のいろい ろな作業や生活の中にあります。 子どもたちの課題はそれぞれ違い、教育的 アプローチで解決できる子、心理的なうrアが 必要な子、あるいは精神医療の範晴、薬の治 療が優先される子たちが来ます。教育的なア プローチで来ている子は、短期間で自立して いきます。特に非行の子は、自然の中を連れ 回して、彼らといろんな部分でもみあうこと で立ち直れます。心理的なケアが必要な子は、 少しずつ環境に慣れなければならないので、 就労体験を繰り返して地域を広げていきま す。医療的なケアが必要な子は非常に難しい ので、社会支援の制度が必要だと思います。

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日本型野外事主脊t-考える 東北は還れていますが、人と人のかかわり方 とか、根本的な生き方を考えるフィールドと しては患いと自負しています。 自然学校を経営するに当たり、グローパル なお金に翻弄されないようにしようと考えて います。グローパルな価値観と

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結ぃ」とか 「エコマネ

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、両方の価値観を共宥してやる べきだと思います。グローパルな価値観から すれば、東北はまだ開発されていませんが、 こちらの部分では非常仁洗練された豊かな価 値観を持っている地域だと思います。自然学 校ではその両方をとらえて、課題のある人た ちを支援しているということです。 告耕舎での主な質問・臨論・意見など 3つの詣題提供の畿、話題提供者を囲んだ3 グループに分かれて自由に議論しました。机 を動かし向かい合つての議論は、各グループ それぞれ大変盛り上がり、その金貌を記録し てここに整理することはできませんが、いく つかのトピッタを拾って鼠下に紹介します。 高野グループ 欧米のパッケージプログラムが日本人にし っくりこないという体験を持っている参加者 が何人かいて、日本人の国民性や性質がそう いうプログラムを作った抱の圏の人と異なっ ているからではないかという話が出ました。 日本型というのは、他を排除するということ ではなく、アイヂンテイティを持った上で、 他との共通点を見出すことではないか、とい った意見が出きれました。地域の文化を生か した活動を、学校教育の中に取り入れられな いかという話がありました。一方で、欧米型 につくられた施設では難しいという話もあり ました。さらに、自分たちが住んでいる地域 の、おじいちゃんなどとかかわっていくのが いいという話になっていったのですが、それ では都会に住んでいる人はどうするのか、と いった鵡題もみえました。日本には暖味な部 分があるので、欧米型に代表される連成感を 追求するやり方はなじまない、といった話も 幽されました。 強本グループ 沖縄の話の他に北海道のヒグマの話題も出 ました。ハプやヒグマに襲われたら危険だが、 それをどうするかという話しです。ハプに出 会った時に、じっと見つめたらハプが韻って どいてくれるという話がありました。自然に 対する畏敬、おじゃましますという気持ちで 自然の中に入らせでもらうということが大事 であるということです。ハプは危険だから気 をつける、というだけではなく、私たちだっ て自分の家のまわりを知らない者がウロウロ したら嫌です戸外から来た指導者は、地域の 文化を伝え縛るのかという課題があります が、自然や環境の中にいると地域の人から情 報や控意をくれるので、そういった地域で自 換とつながった人とかかわることに意味があ る、という括しも街ました。 怯々

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プ 非行少年、自閉症、発遼障害、知的障害を かかえた子どもたちをどうやって野外教育で パックアップしていくか、という話しをしま した。問題のある子どもたちを野外教育で後 押ししていくために必要とされるのは、教育 者だけではなく、心理や医療の専門の方々が 我々の分野に関心を示してもらうことと、 我々も教育だけの範鴫だけにとどまらず飽の 専門分野にも関心を示す人たちを増やしてい かなければならないが、どうしていったらい いかという話が出ました。一方で、そういう 問題のある子どもたちの問題を、それだけ切 り取って特別に扱うのではない対応が必要だ という話しも出ました。障害などのラベリン グが一人歩きしているが、それは状態をあら わしているのであって、個々の課題は見えて

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高野・張本・佐々木 こない。障害も広汎性、スペタトラムという ことで、きっちりと線引きできない。そうい うことをどうやって理解してい〈かという問 題がある。周囲が理解できる社舎をつくらな ければならない、という話しも出されました。 コーディネーターとしての感想 (分科会、基調講潰、金体舎をふり返って) 百本型野外教育を考えるに当たって、地域 における人と自然のかかわりに自を向けよう と意図した分科会でしたが、話題提供やそれ を受けての議論を通じて見えてきたものは、 人と自然のかかわりに、地域における人と人 のかかわりや人と社会のかかわりを加えた、 より広い捉え方でした。三氏から提供された 話題には、いずれも土着の人とよそ者両方の 視点があり、それらの視点から地域における 人と自然、人と入、人と社会のかかわりが浮 き彫りにされていたように感じました。 したがって、野外教育を考える際には、自 然と人のかかわり、人と人のかかわり、人と 社会のかかわりが問題になります。自然と人 とのかかわりの具体的な姿としては伝統、文 化があり、そこには自然に対する畏敬がある。 また人と入、人と社舎のかかわりでは、障害 などをかかえている人の問題がある。先住民 族は自らを自然の一部として見ている、沖縄 の人々も諸所に神を見て自然とつながってい る。また、障害のある者とない者は並べば違 いがあるが、両者の聞はグラデイエーション で連なっていて明確な線引きはできない。 したがって野外教育を考えるとき、特定の 場所や特定の人を区別して、その場所や人の ことだけを考えるのではなく、自分とその場 所やその人のつながりに目を向けなければな らない。つながりを築くには、その地域の地 理や独特な環境、伝統や文化、暮らし方が重 要な意味を持つ。他を排除するということで はなく、個人のアイデンテイティを持った上 で他との共通点を見出すというようなもの が、日本における野外教育には必要なのでは ないだろうか。日本では沖縄や東北になお存 在しているような、自熱環境と共生した豊か な暮らしゃ精神文化がある。そういったもの は都舎では失われたようにみえるが、私たち の中にその光が残っているのではないだろう か。高野氏の報告によれば、持続可能や桂会 への貢献という視点から野外教育、環場教育、 持続可能性教育の融合が始まっているとい う。長い歴史の末に今なお豊かな自然を伴っ ている

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本には、東北や沖縄といった各地域 から、自然と人がつながり、人と入、人と社 会のつながりを再構築していくカがあるので はないだろうか。それは、持続可能な豊かな 生き方の創造につながるものであり、そこで 野外教育が果たす役割は大きなものがあるは ずである。そして、日本がそのように進むこ とが、世界各地域からの同様な動きと呼応し て、新たな価値観を生み出し、地球全体を持 続可能なあり方に変えていくこととなっ た・・・と後世に伝えられるかもしれませ ん。 そんな夢をみたと振り返るだけなく、一歩 でも前進するために、今回示された、自然と 入、人と入、人と社会がきれめなくつながっ ている。自分と自然、自分と他者の聞にはか かわりがある、という視点を大切にしていき たいと改めて患いました。 分科会で話題を提棋していただいた、高野 孝子氏、張本文昭氏、佐々木豊志氏と、分科 会に参加された皆さんに改めて、お札と感謝 の意を表したいと思います。ありがとうござ いました。

参照

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