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スポーツ史におけるイデオロギーと無意識: 概念史、人物史、制度史

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スポーツ史におけるイデオロギーと無意識:

概念史、人物史、制度史

阿 部 生 雄 *

Ideology and Unconscious in Sport History:

Conceptual History, Confirmed Ideology, and Institutionalization

ABE Ikuo*

総説論文

原稿受理:2018 年 1 月 20 日

*筑波大学名誉教授、東京学芸大学非常勤講師 Professor Emeritus, University of Tsukuba; Lecturer, Tokyo Gakugei University

識によって人々の行動を規定するようなマトリク ス」と定義しておく。 今までの体育・スポーツ史研究の主要テーマを、 ①無意識的なイデオロギー(スポーツの概念史)、 ②明示的なイデオロギーの思想構造(トマス・アー ノルド(Thomas Arnold)や筋肉的キリスト徒の 人物史・思想史)、③スポーツの制度論(パブリッ クスクールにおける課外スポーツの制度化)、④ イデオロギーの伝播と受容(F.W. ストレンジと 武田千代三郎)という4つに絞って論じたい。勿 論、これらの研究の内容に深く立ち入ることは紙 幅の関係上できない。これらの研究を通じて得ら れた研究成果と研究方法の知見を、体育・スポー ツ史の研究法という視点から意義付けてみたい。

2.スポーツ「概念」の無意識的・潜在的

イデオロギー

グランドセオリーから突き放され、何を根拠に 「スポーツ」や「体育」の歴史を論じ得るのか。 最も基礎となる概念は、どのように捉えられてい たのか、どのように時代によって変化したのか。 こうした最も素朴な疑問を、辞書を用いて体育・ スポーツ史にとって基本的な用語の通時的な変化 を確認しようとしたのが一連の「スポーツ」の概 念史である。

1.はじめに:歴史研究におけるイデオロ

ギーと無意識

「イデオロギー」と「無意識」を学術的に定義 することは哲学者、社会学者、心理学者や社会思 想家等に委ねるべき困難な仕事であろう。この発 表は、1970 年前後のマルクス主義の神学論争や その後の一連の「現代思想」の綾なす理論提示に も消化不良を起こした一研究者が取り組んできた 体育・スポーツ史研究の残滓を振り返る試みであ る。従って、「イデオロギー」と「無意識」に、 厳密な学術的検討を経た概念規定を付与すること はできない。予めご了解いただきたい。自分の思 想的拠点に深い混迷を自覚し、自らの立脚点を 人々と共有する「無意識」的被拘束性に関心を寄 せ始め、「集合的無意識」という概念に気を惹か れ始めたのもこの頃であった。 ここでは、「イデオロギー」を「人間の考えや 思想、行動、制度的営み等を支配し形成する広い 意味での信念体系、観念形態」と定義し、極めて 鈍らな分析道具として用いている。一方、「無意識」 は、ユング(C.G. Jung)の壮大な「集合的無意識」 と次元を異にするのだが、「自らを含めた〈人々〉 が捕われている〈無意識〉的被拘束性や、意図せ ぬうちに進行している〈常識〉の形成を規定して いる暗黙の意識や共同幻想」、或は「潜在的な意

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1) 『 ス ポ ー ツ の 概 念 史 』 で は The Oxford English Dictionary(OED)を用いて「スポーツ」 概念の構造とその意味の通時的変化を追った。 〈sport〉、〈game〉、〈athletics〉、〈recreation〉の用語 を取り上げ、それぞれの言葉の意味構造と概念的 位相を通時的に明らかにしようとした。この研究 を通じて、語源の意味構造は強く保持され、それ ぞれの言葉が持つ互いに類似した意味を形成しつ つも、異なった語源の構造により「意味」上の差 異をもたらしていることを確認した。 2) 『「スポーツマンシップ」の近代的語義の 成立時期査定のための基礎的研究:主に英・米・ 日の辞書を中心に』では「sport」に倫理的な意味 が付与される時期を英(28 冊)・米(25 冊)・日(英 和 32 冊、国語 33 冊)の辞書によって確認しよう としたものである。    「本研究は主に日常言語としての sportsman と sportsmanship に焦点を定めた。何故なら、 これらの用語が、より広次に共同幻想化され たイデオロギーとして定着することこそが問 題とされねばならないからである。従って、 多くの日常言語を収録しようとし、その意味 を簡潔に記述し、その用法を明示しようとす る国語辞典(英・米・日)を主要な資料とし た。辞書はある語のもつ意味を明示するだけ でなく、その語の概念領域を調節し、時にそ の適用(外延)の拡大を、時にその矮小化を 指示するという一種のイデオロギー機能を保 持している。このことは時として辞書がある 言葉の意味をメタファ化し、ある特定の意味 を肥大化し、通念化させるとい役割を担って いることを意味している。この意味において、 辞書は時代的、社会的、文化的制約を逃れ得 ず、権威化されたイデオロギーを無意識の裡 に表出する。本研究は一種の無意識的、有意 識的イデオロギーの操作を経て、ある言葉や 用語の意味や概念や定義を記述し、明示する という辞書のこの機能に着目しつつ、主に sportsman、sportsmanship の概念変容を明ら かにしようとするものである。」(「〈スポーツ マンシップ〉」の近代的語義の成立時期査定 のための基礎的研究 宇都宮大学教養部研究 報告 第 18 巻第1部、1985 年、184 頁)    「ある用語が造語されたり、言葉の概念が変 容したり、新たな比喩、換喩や隠喩、俗語表 現などが獲得される場合、通常それらの新た な表現の実際上の出現よりも、辞書には後発 的に記載されてくる。概念変容の時期査定に あたって、このタイム・ラグは常に想起され ねばならない重要な点である。」(同上 186 頁) この調査の結果として、以下のようなスポーツ マンシップの概念変容の時期査定の表を作成した。 この表が示唆することは、「sport 概念が狩猟的 概念を脱して競技的スポーツ概念に転成した時期 に、 倫 理 的 ニ ュ ア ン ス の 濃 厚 な sportsman、 sportsmanship概念が生じてきたという事実であ る。その時期は 19 世紀末から 20 世紀にかけてで あり、専門用語でいうところの組織的ゲーム (organized game)とアスレティシズム(athleticism,) の組織化と興隆の時期に、一定のタイム・ラグを 置いてまさに呼応するのであり、更にオリンピッ クの復興が象徴する世界的なスポーツ促進運動の 時期と対応しているのである。このことは、スポー ツと教育の関係を強化したパブリックスクールや 大学における athleticism の一つの歴史的意義を暗 示しているといえよう。」(同上、p.210) 「(概念変容の時期は)日本の英和辞典では、こ れらの概念変容の時期が 20 世紀初期と遅延化す るものの、その変化の傾向は殆ど英米系と差の無 いものであった。これらの用語の受容(導入)と いう点では日本は比較的早期に英米系の水準に追 随したといえよう。しかし、日本の国語辞典では、 同じく 20 世紀初期に sport(s)という用語が「競 技 」 と い う 概 念 で 定 着 し、sportsman、 sportsmanshipという用語が極めて倫理的ニュアン スの強い言葉として定着したといえる。」(同上、 209-210)

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3.人物史、思想史におけるスポーツの明

示的なイデオロギー構造の解明

1) トマス ・ アーノルド(Thomas Arnold) 研究者として自覚的に研究し始めたテーマはラ グビー校校長のトマス・アーノルドの教育思想に 関してであった。この研究では、特にトマス・アー ノルドの教育思想がパブリックスクールであるラ グビー校のスポーツ実践にどのような影響を及ぼ し、どのように彼の言説が生徒の遊戯、スポーツ、 ゲーム活動を奨励、制約したのかをアーノルド校 長自身の言葉で明らかにすることであった。アー ノルドに関する一連の研究は、主に彼の説教集を 中心にして明らかにしようとするものであった。 こうしたアーノルド研究からスポーツやゲームが 「教育」へと変質する視点を確認した。この点を 要約すると、①「クリスチャン・マンリネス」と いう用語に集約される少年期の短縮と「大人」へ の早熟な成長の奨励、②少年期から「大人」への 過渡期にスポーツが単なる「健康」と「レクリエー ション」のための活動から学校が意図すべき「道 徳」鍛錬の領域となり始めたこと、③具体的には フランス革命を契機にイギリスで興隆してきたナ ショナリズムを背景に成長を遂げた団体意識の強 調、④リーダーシップ養成のために生徒間の統治 原理として存在していたプリーフェクト・ファギ ングという家父長的・伝統的な制度を擁護するこ と等、となって現れた。 「最高学年の少年に与えられている一般的な権 威に属すクリケットやファイヴズでボールを見晴 らせること、伝言を運ばせることなど、様々な奉 仕が残るであろう。これらは一般的権威に属して おり、それ故今や合法的な権威に、かつ当然のこ ととして要求されている。しかし、もしそうした 権威がなければ、そうした奉仕は強者から弱者に 要求されるであろう。何故なら、もし明確な社会 を構成して共同生活をしている二百人の生徒を持 つことになれば、他の社会と同様、指揮する者と 服従する者とが出るであろうということは、一定 の事実のように思えるからである」(J.J. Findlay, Arnold of Rugby, Cambridge, p. 232, 1897)

「私自身は、年も若く男性的でもない少年が、 年齢においても性格においても数段進んでいるよ うな少年に合法的に服従することを悪いことだと 考える者の一人ではない。そのような服従は堕落 ではない。何故なら、その服従は専横な優越者に 表1:スポーツマンシップの概念変容の時期査定 「〈スポーツマンシップ〉の近代的語義の成立時期査定のための基礎的研究」 宇都宮大学教養部研究報告 1985 年、 210 頁

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従うことではなく、真の優越者に従うことだから である。それは主として自分自身のためでなく、 その社会全体のために行使される力に対して示さ れる服従だからである。また、私はそのことを抑 圧的であるとは考えない。というのはよく規制さ れたファギング制度のもとで施される従順さの程 度と種類は、服従するものにとって有益だからで ある。」(ibid,233) 「彼ら(少年たち)が自分たちの年齢を道徳的 に乗り越えようと努力していると分かれば、われ われも・・・同じようにその年齢を早めることを 楽しみにしているのだと云いたい。つまり、成人 期に示される原理の確かさに近づこうとすること が、成人期の人格高潔さへの資格を与えるものと して考えられるべきなのである。また、彼らが自 らの道徳的、知的劣等性を減じようと努力すれば、 それだけ彼らの年齢の劣等性を忘れるべきなので ある。このことは真に高潔で賢明な、一言でいえ ば、真にキリスト教的な鍛錬であろう。」(「スポー ツ教育とチームスピリット:アーノルド」 『体育・ スポーツ人物思想史』所収、不昧堂出版、1979  pp.233 − 305) 保守的で古典主義的なリベラリズムを基調とす るアーノルドの紳士教育論は、産業革命という荒 波の中で、産業・商業ブルジョアジーのレッセ フェール(自由放任主義)が導く自由教育の方向 性に対して、保守的な理想主義的反動の示唆する 古典的自由教育による修正をもたらしたと言えよ う。自由と平等の完全な実施は自由放任主義を導 き、組織の凝集性を希薄化し統制の機能を低下さ せる。この自由放任と無政府状態を秩序化するた めには、構成員が自己の能力と位階を超えた対象 に「共感」を示し、服従することがなければなら ない。こうして、彼は権威の側に立って権威を強 化する服従を主張することになる。 アーノルドの擁護したプリーフェクト・ファギ ング制度とは、プリーフェクトの統治と下級生の 服従という家父長的・位階制的機能を重視した「自 治」であった。また、彼は自由と平等ばかりを前 面に押し出す近代個人主義を批判しようとしてい たとも言えよう。こうして、従来、自由放任主義 的に行われていたゲームやスポーツ活動に位階制 的、家父長的な集団統制の機能を維持した「自治」 機能が導入されていく。こうした 「自治」が課外 活動を支配することにより、教師の教授し得ぬ「課 外」も「教育」になり得た。 2)筋肉的キリスト教徒:トマス・ヒューズ、チャー ルズ・キングズリ キングズリ(Charles Kingsley)と、アーノルド の教育を受けたヒューズ(Thomas Hughes)は、 共にキリスト教社会主義運動の立ち上げに挺身し た。彼らの運動の中核的理念となった「協同主義」 (Associationism)は、ヒューズの小説『トム・ブ ラウンの学校生活』(1857)において、チームス ピリットの礼賛として発露する。校長寮対学校側 (その他の生徒逹)のフットボール試合に勝利し たトム・ブラウンの属する校長寮のキャプテンは、 試合後の祝勝会で、その勝利の原因を説く。 「それはわれわれが、学校側よりもお互いをよ り一層信頼し合っているため、同僚生意識がより 強いため、同胞意識がより濃厚であるためだと思 います。相手に比べてわれわれは、それぞれに隣 の選手をよりよく知っており、よりよく頼ること ができます。今日の試合に勝ったわけはここにあ るのです。われわれは団結し、彼らは分裂してい る。秘密はそこにあるのです。」(T. Hughes 著、 前川俊一訳 トム・ブラウンの学校生活、岩波文 庫(上)、pp.147 − 148) キリスト教社会主義に挺身した筋肉的キリスト 教が求めたものは、「1国2国民」(two nations in one country)に分断された英国民の統合、つまり 愛の「協同主義」(associationism)によって、 民 衆と指導者階級とを結びつけて、一つの「国民」 を構築しようとするナショナリズムであった。そ のプロパガンダはキングズリの小説、『オールト ン ・ ロック』(1850)の中でスポーツを通じて表 現された。階級的に対立するケンブリッジの学生 たちのボートレースに初めて接したチャーチスト のオールトンが示す興奮、スポーツを媒介とした

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民族的な同朋意識と階級を超えた共感に最もよく 表現されている。 「『思い邪なる者に災あれ』。これは高尚なるス ポーツであった。もし望めば、女々しく街をぶら ついていることもできる 100 余名の若者達が自ら 進んで労苦の快楽を求めて情熱的な努力をしてい たのである。そこには真のイギリス魂があっ た。・・・地上のあらゆる国民の中でイギリス人 のみが所持する厳しく真剣で頑強なあのイギリス 魂を、僕の偏見にもかかわらず感じたのである。 僕は彼らがあたかも自分の兄弟達であるかのよう に、その騎士たちのような若者を誇りに思った。 ―彼らの示す勇気と忍耐(その青くなった顔や、 息切れしている唇から、それが決して子供の遊び ではないことは誰にも分かった。)・・・僕も男で ありイギリス人であるので、僕の血は沸き熱い涙 が溢れてきた。特に二番目のボートでいとこが歯 をくいしばり、目を光らせて漕ぎ、一挙に漕ぎあ げる毎に腕の筋肉を隆起させているのを目にした 時、僕は熱狂した者達の中で先頭に立って走り、 そ し て、 叫 ん で い た。」(Charles Kingsley, Alton Locke. Tailor and Poet. Everyman's Library, 1970, pp.36-37. 訳は『愛の社会主義』高谷実太郎、早 稲田大学出版部、大正 11 年を参照)

「筋肉的キリスト教徒」(muscular Christian)は、 ヒ ュ ー ズ の 小 説『Tom Brown at Oxford』(1860) において、単なる「筋肉人」(muscle man)では なく、「人間の肉体は鍛えられて服従に伏すため に与えられており、弱者を守るため、あらゆる正 しい理由の進歩のため、そして神が人の子らに与 えた俗界を制圧するために用いられるという、昔 の騎士的でキリスト教的な信念」を持つ者と定義 さ れ た。(Thomas Hughes, Tom Brown at Oxford. Macmillan & Co. Limited. 1860(1900 年版を使用), p.99) 仮令これらの言説が小説からとられたもので あったにせよ、パブリックスクールのスポーツや ゲームの制度化、課外活動を正当化する言説と なってゆく。キングズリは 1874 年に出版した『健 康と教育』(1874)で自信を持って次のように主 張している。 「ゲームは単に身体的健康のみならず、道徳的 にも貢献する。少年達は運動場で、どのような本 も彼らに与えることのできない徳、勇気や忍耐力 だけでなく、より優れた穏やかさ、冷静さ、自由、 公正、名誉、他人の成功を妬まずに認めること、 さらに世の中に出たときに非常に役立つもので、 それなしでは彼の成功は常にまったく役立たない ものとなり、部分的なものとなってしまうような あの〈持ちつ持たれつ〉(give and take) という生 き方の徳のすべてを得ることができるのである。」 (Charles Kingsley, Health and Education, London,

1882 年版、p.205) こうしたパブリックスクール教育がイギリスの スポーツマンシップを育んだと考えられることか ら、筋肉的キリスト教の権化とされたアーノルド の教え子であるトマス・ヒューズ、そしてキリス ト教社会主義における彼の盟友チャールズ・キン グズリの小説や言説にアーノルドイズムの影響を 見ようとする研究を開始した。つまり、社会にお ける肉体の行使とスポーツに社会的「善」を要求 する傾向である。まだ十分に論証できているとは 考えないが、1850 年代頃から、彼らの小説の影 響(二人ともベストセラーの小説を出した)を受 けてパブリックスクールにおいて自覚され始める 〈教育とスポーツの比喩的関係性〉と〈スポーツ の手段論〉が、明瞭な言語(校長の説教、教師の 言葉、交友会誌に見る生徒の言葉等、として表現 されるイデオロギー)となって発露してくる。アー ノルド→筋肉的キリスト教→近代イギリスのス ポーツマンシップ→クーベルタンという脈絡で博 士論文に取り組んだ。 人物史、思想史研究において決定的に重要なこ とは、その人物を取り上げる研究者の問題意識、 取り上げる人物の思想的背景や業績の精査と定 位、なかんずくそうした人物の意図したことや行っ たこと(業績等)を裏付けるその人物自身によっ て語られる決定的なエヴィデンス(証拠、証言)を、 大海とも思える原資料から見出す執拗さと情熱、 そしてそれらを的確に解釈する力であろう。

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4.課外スポーツの「制度化」:イギリス・

アスレティシズムの制度的基盤

スポーツやゲーム活動が学校教育においてどの ように教育の一環として制度化したのかを 1864 年 に 提 出 さ れ た ク ラ レ ン ド ン 委 員 会 報 告 書 (Report of Her Majesty's Commissioners Appointed to

Inquire into the Revenues and Management of Certain Colleges and Schools)によって明らかにしようと した。この報告書は主に、Eton College, Winchester College、Westminster School、Charterhouse School、 St. Paul s School、Merchant Tailors School、Harrow School、Rugby School、Shrewsbury School と い う 9つのパブリックスクールを調査したものであ る。クラレンドン委員会のこの調査に対する各校 からの回答を一覧表に要約し、主要パブリックス クールにおけるゲーム活動の組織化の状況を把握 しようとした。 クラレンドン委員会はかつてかつてラグビー校 のトマス・アーノルド校長が擁護したプリーフェ クト・ファギング・システムに、アーノルドと同様、 生徒間の統治原理、自治の原理を見出していた。 一方、そうした家父長原理に基づく生徒間の統治 原理には、次第に能力主義の原理が浸透しつつあ ることを確認した。皮肉なことに、プリーフェク ト・ファギング・システムという生徒間の家父長 的な統治原理(支配―被支配)は、生徒の自治(教 師や外部の力に依存しない)に基づく「課外活動」 という制度的基盤を提供した。クラレンドン委員 会はアーノルドのプリーフェクト ・ ファギング制 度の主張に依拠しながらも、より明確に能力主義、 位階制、名誉の感覚を利用したエリート、リーダー シップの育成へと向かう方向を示唆した。 1830 年代頃から、未だ明確な課外活動の「ク ラブ」には至っていないが、その核となるゲーム・ スポーツの同好の集まりや試合が増加し始め、運 動施設(フットボール、クリケット、ボートレー ス、陸上競技、ファイヴズ等のための)も次第に 増加し始めた。このことは、学校当局が生徒のゲー ム・スポーツ活動を黙認から支援へと姿勢を転換 し始めたことを示唆している。イートン校のボー トの試合数、ラグビー校のクリケット試合数の増 加傾向はゲーム活動が 1830 年代を画期として増 加していく様子を明らかにしてくれる。 1830 年代から 40 年代は、いわゆる「アスレティ シズム」の成長が始まった時期と考えられ、生徒 のゲーム ・ スポーツ活動の組織化が急速に進んだ と考えられる。クラレンドン委員会はパブリック スクールのゲーム活動に大きな関心を示し、各校 の回答者達はプリーフェクト制度(ファギング制 度ではない)の持つ自治機能の重要性を強調して いる。    「規律の乱れや小さな抑圧行為を禁止する には、スパイに等しい監視や常時のこまかな 干渉を行う教師なしには効果を持ち得ない。 この故に、少年たちは自分たちによって治め 図1. イートン校のボート試合数の変動 博士論文:「筋肉的キリスト教と近代スポーツマ ンシップ」95 頁 図2. ラグビー校のクリケット試合数の変動 博士論文:「筋肉的キリスト教と近代スポーツマ ンシップ」98 頁

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表2. 各校におけるゲーム活動の状況

「クラレンドン委員会報告書(1864)にみるゲーム活動の状況」 東京学芸大学紀要 第5部門 芸術・体育第 35 集、昭和 58 年、163 頁

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られる統治体の方に喜んで服従するのであ る。全ての大きな学校では、何人かの少年が 残りの少年の上に立つ権威を常に所有するで あろう。この権威は単に横暴な体力や弱くて 幼稚な個人的影響力の持ち主にではなく、年 令や性格にふさわしい少年や、学校で首席を 占めるような者に与えられるべきである。ま た、このことは責任を自覚することや、既成 のルールによって統制されるべきことが伴う べきである。このような基盤の上において、 幾分なりとも伝統や慣習によって現存してい るこのシステムは、少年と教師によって尊重 され、高く評価されている。」(「近代スポー ツマンシップの誕生と成長」筑波大学出版会、 2009 年、146 頁)    「それは(少年間の governing の原理)非 常に実りのあるものを生み出す教育にとって 最も価値あるサービスである。それは高尚で 格調ある感覚と意見を創造し、存続させるの を助けてきたし、また、性格の独立と男らし さを伸張し、そしてまた、偉大なイギリスの 最大の特色の一つである規律と秩序を大いな る自由に結合することを可能にしてきたと思 われる。」(同上 146 頁)    「ファグとその主人との関係は、一般的に 友好的であり、ある程度、庇護や保護の関係 を持っており、時として、その関係は親密さ を増すものである。それは彼らに許容され、 広く行き渡っている自由を行使する中で、少 年 た ち 自 身 に よ っ て 創 造 さ れ た 制 度 (institution)である。」(同上 146 − 7 頁) 一方、こうした言説と同時に、各校における運 動クラブの設立年度の確認、規約の収集、運動施 設の拡充動向、その費用と経営基盤の確認等を行 い、より精度の高い課外運動クラブの設立経緯と 目的とを考察する必要がある。また、上記のよう な年齢と能力の位階による自治が、「民主的」な運 動部に移行するのか、確認する必要があるだろう。

5.スポーツ・イデオロギーの日本への伝

播と受容:ストレンジと武田千代三郎

最後に、異文化間の文化的コミュニケーション としてのスポーツを、人的交流に伴う文化の伝播 と受容という観点から行った研究を取り上げる。 近年では、こうした人物史を核にしたスポーツ史 研究が次第に増えてきているように思う。ここで は特にイギリスからのお雇い外国人で東京大学予 備門、第一高等学校の英語教師となり、日本で陸 上競技、漕艇等のスポーツを導入したストレンジ (Frederick William Strange)と、それらの活動を 積極的に受容し、定着させる最初期の活動を組織 的に試みた武田千代三郎の研究を中心に取り上げ たい。特に強調したいことは、この種の研究は海 外の研究者との協同が重要である、ということで ある。渡辺融先生の『ストレンジ考』(1973)は、 解像度の高いストレンジ像を提起した。この日本 におけるストレンジ像をもとに、阿部生雄は『イ ギリスの F.W. ストレンジ』(1996)で彼の出生と 来日に到るまでの学歴の一部と、江戸幕府の派遣 した留学生達との出会いを明らかにした。これら の研究を基にして、高橋孝蔵氏はリチャード・ル イス氏とレイ・フェザー女史と協力して来日する までのストレンジの生い立ちと学歴をほぼ完全に 突き止めた。 一次資料による極めて解像度の高いストレンジ 像は、彼がイギリス・パブリックスクールのアス レティシズムの中で育った真性のスポーツマンで あったこと、ストレンジのスポーツに込めたエネ ルギーとスポーツマンシップが武田千代三郎に感 受され、受容されたことを明らかにした。幼い頃 から儒学を学んだ武田は、ストレンジが示し教え たこと以上に、「室外教育」と呼んだ実践的修養 の場を通じて、より詳細で道徳的、倫理的な「競 技道」を提唱した。ここには、最も日本的、否、 最も東アジア的なスポーツ受容の典型が見られる と思う。スポーツマンシップ = イギリス固有 の精神、という等式は、その「受容」の一端を説 明しても、その「受容」のメカニズムを何等説明 するものではない。イデオロギーは 100 パーセン

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表3.武田千代三郎の「競技道」

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トの同質性を伝播することはないのであり、同様 にしてその 100 パーセントの受容もあり得ない。 様々な「受容」と「変種」の誕生が、国際的な「ス ポーツマンシップ」 理解を豊かにし、われわれの スポーツ理解を深めてゆくのだろう。

6.結語

グランドセオリーに過度に依拠していたなら ば、スポーツ固有の意味の通時的変化、タイムス ケールを作り出すことはなかったであろう。手近 に試みられ、精緻化できる、ある事象を解明する ための資料づくりが存在する。気づかぬうちに変 化してゆく概念がいつの間にか人々の考えを拘束 し、常識化してゆく。また、明確な信念を持つ人々 の言説は、いかに観念論的(イデオロギー的)で あったにせよ、全てではないが、ヘゲモニーの作 用の中で常識化し始め、明確な制度を構築して、 人々を取り込んでゆく。無意識、イデオロギー、 そして制度化、そうした連鎖を一旦遮断し、自ら の思想的拠点を再確認する必要がありそうだ。ス ポーツの本質、文化的 ・ 社会的価値を再考するた めに、それらの問題を自らの思考回路に位置づけ 直すことによって、新たなスポーツ文化を展望す ることが重要なのかもしれない。しかし自らの思 想的拠点や思考回路を構成してゆくのは社会的存 在としての自分であり、「個」に他ならない。そ の存在を規定するものは、イデオロギー(上部構 造)なのか、あるいは経済過程(下部構造)なの か。おそらく両者なのかも知れないが、再び社会 思想家のグランドセオリーとの対話を開始する必 要がありそうだ。

主な関連著作論文

1.スポーツの概念史関連著作論文  ① 『スポーツの概念史』(宇都宮大学教養部研究報告第 9号1部、97 − 117 頁、1976 年 12 月) ② 『スポーツの概念史』(『体育史講義』大修館書店、 120 − 125 頁、1984 年2月)   ③ 『「スポーツマンシップ」の近代的語義の成立時期査 定のための基礎的研究:主に英・米・日の辞書を中 心に』(宇都宮大学教養部研究報告第 18 号1部 183 − 214 頁、1985 年 12 月)

④ A Study of the Chronology of the Modern Usage of Sportsmanship in English , American and Japanese Dictionaries International Journal of the History of Sport, Vol.5.No.1, pp3 − 28 May 1988) ⑤ 『辞書に見る スポーツ 概念の日本的受容 』(『外来 スポーツの理解と普及』創文企画、1995 年7月、9 − 72 頁) ⑥ 『スポーツマンシップの概念史』(『近代スポーツマ ンシップの誕生と成長』筑波大学出版会、2009 年1月、 1− 25 頁) 2.人物史、思想史におけるスポーツの明示的なイ デオロギー構造の解明関連著作論文 ① 『Rugby 校改革期に於けるスポーツ教育の成立事情に 関する研究―Thomas Arnold スポーツ教育論と関連し て―』(東京教育大学教育学部大学院研究科 昭和 46 年度修士論文) ② 『第1章 スポーツ教育の歴史 1.イギリス中等 教育におけるスポーツ教育の成立』 (影山、中村、 川口、成田編 『シリーズ・スポーツを考える 3』、 大修館書店、1978 年1月、28 − 94 頁) ③ 『アーノルド:イギリススポーツ教育の功労者』(体 育科教育 25 巻 11 号 45 − 50、1975 年 10 月) ④ 『スポーツ教育とチームスピリット:アーノルド』(『体 育・スポーツ人物思想史』不昧堂出版、232 − 305 頁、 1979 年1月) ⑤ 『キングズリ〈健康と教育〉』(『人間の教育を考える  身体と心の教育』講談社、92 − 113 頁、1981 年 12 月) ⑥ 『〈筋肉的キリスト教〉の位置づけについて:P.ベ イリーと J.A. マンガンを中心に』(世界教育史研究会 会報 第 25 号、3−8頁、1989 年 10 月) ⑦ 『筋肉的キリスト教の理念―男らしさとスポーツ』(体 育の科学第 47 巻6号、415 − 419 頁、1997 年6月) ⑧ 『筋肉的キリスト教の思想と近代スポーツマンシッ プ:トーマス・ヒューズを中心に』(筑波大学、博士 論文(博士(教育学)1− 498、2001 年)

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⑨ 「Muscular Christianity in Japan: The Growth of a Hybrid (International Journal of the History of Sport, Vol.23, No.5,

August 2006, pp.714 − 738) ⑩ 『近代スポーツマンシップと男性アイデンティティ: 筋肉的キリスト教徒トマス・ヒューズの言説空間』(現 代のエスプリ 別冊『セルフ・アイデンティティ: 拡散する男性像』至文堂、157 − 179 頁、2007 年4月) ⑪ 『近代スポーツマンシップの誕生と成長』(筑波大学 出版会、I − XI、1− 336 頁、2009 年1月) 主に「第 II編イギリス近代スポーツとその精神の形成」の「第 5章イギリス ・ スポーツ教育精神―課外教育と自治 の発見」、「第7章パブリックスクール教育と〈制度〉 としてのゲーム活動―近代スポーツマンシップの温 床」、「第8章ゲーム活動組織化の原理―能力主義の 神話とノーブレス ・ オブリージの残存」 等を参照。 3.課外スポーツの「制度化」:イギリス ・ アス レティシズムの制度的基盤関連著作論文 ① 『エリート教育とスポーツ』、『イギリスの体操科と スポーツ』(『世界教育史大系』講談社、124 − 136 頁、 155 − 169 頁、1975 年5月) ② 『クラレンドン委員会報告書(1864)にみるゲーム 活動の状況』(東京学芸大学紀要第5部門芸術・体育  第 35 集、153 − 168 頁、1983 年 10 月) ③ 『パブリック・スクールにおけるゲーム活動の組織 化の原理:能力主義の神話とノーブレス・オブリー ジの残存』(体育史研究 第1号、日本体育学会体育 史専門分科会、16 − 20 頁、1984 年5月) ④ 『ナショナルシステムの成立:イギリス教科体育の 成立とナショナルシステム』、『19 世紀イギリスにお ける近代スポーツの形成』(『現代体育スポーツ大系』 講談社、120 − 128 頁、166 − 179 頁、1984 年6月) ⑤ 『ラグビー校における運動施設の出現と拡充動向に 関する一考察』(筑波大学体育科学系紀要第 18 巻、 41 − 52 頁、1995 年3月) ⑥ 『パブリック・スクールマッチ論争に関する一考察 ― ウィカミスト会議事録(1858)を手懸りとして』(体 育史研究 第 13 号 日本体育学会体育史専門分科会、 53 − 69 頁、1996 年3月) ⑦ 『アスレティシズム興隆時期区分に関する一考察:〈パ ブリック・スクール〉の出現と生徒数の変動と関連 して』(筑波大学体育科学系紀要第 27 巻、21 − 42 頁、 2004 年3月) ⑧ 『ウィリアム・ウェッブ・エリス神話と〈ラグビーフッ トボールの起源〉(1897)』(筑 波大学体育科学系紀 要 第 30 巻、12 − 23 頁、2007 年3月 4.スポーツ ・ イデオロギーの日本への伝播と受 容関連著作論文 ① 『イギリスの F.W. ストレンジ』(『成田十次郎先生退 官記念論文集:体育スポーツ史研究の展望―国際的 成果と課題』 不昧堂出版 168 − 190 頁 1996 年6 月)

② 「Dairoku Kikuchi and F.W.Strange: Japanese Earliest Encounter with Athleticism(The 3 rd International ISHPES Seminar on Sports History, at Shunde, Guangdong, China, September 16 - 22, 1996.(中国広東順徳) ③ 「Sportsmanship − English Inspiration and Japanese

Response: F. W. Strange and Chiyosaburo Takeda (International Journal of the History of Sport, Vol.19, No.3,

September, pp.99 − 128) ④ 『武田千代三郎の「競技道」の系譜とその歴史的性格』 (筑波大学体育科学系紀要第 25 巻、31 − 48 頁、2002 年3月) ⑤ 『武田千代三郎と「競技道」−スポーツマンシップ の日本的受容』(『近代スポーツマンシップの誕生と 成長』筑波大学出版会、257 − 303 頁、2009 年1月) ⑥ 『武田千代三郎』(『柳川市郷土学副読本やながわ人 物伝』 柳川市・柳川市教育委員会、176 − 189 頁、 2009 年3月) 編集委員会付記 本論文は 2013 年5月 11 日(土)に明治大学和 泉キャンパスで行われた、体育史学会第2回大会 における研究方法セミナー「スポーツ史における イデオロギーと無意識:概念史、人物史、制度史」 (演者:阿部生雄、筑波大学名誉教授・東京学芸 大学非常勤講師、司会:榊原浩晃・福岡教育大学) を論文にしたものである。

参照

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