143 śŨŲŅĢġȦ˺ʐ Vol.19 『非戦・対話・NGO ∼国境を越え、世代を受け継ぐ私たちの歩み∼』 本学会による 2017 年度の隅谷三喜男賞を受賞し たのは『非戦・対戦・NGO ∼国境を越え、世代を 受け継ぐ私たちの歩み∼』の編集委員会の方々で あった。同委員会のメンバーは、大橋正明、谷山博 史、宇井志緒利、金敬黙、中村絵乃、野川未央であ る(敬称略)。 * この受賞記念シンポジウムが 2018 年 6 月 22 日 に開催された。会場となった聖心女子大学・グロー バルプラザには、かつて青年海外協力隊の広尾訓練 所があった。あらためて周りを見ると、大通りから 斜めに緩やかに登ってゆく坂になんとなく覚えが ある。僕は 1981 年の春に一か月ほどここで過ごし た。協力隊員として、マレーシア・ボルネオ島に赴 任したのは、その年の 7 月末。生態調査という職種 で、サンダカンの町のはずれにあるセピロック森林 研究所に勤務した。生物好きにとって熱帯はあこが れの地である。将来、ぼんやりと生物学者になるの を考えていたころだが、その後の二年間の熱帯地域 での生活は、結局自分の人生を大きく変えることに なった。 * いきなり個人的なことを記したが、本書の執筆者 も、主題である「非戦」の前にまず自分史について 語っている。それが本書の特徴であり、魅力のひと つである。というより、「非戦」について語るには、 まず自分が何者であるかをふり返らなければなら ないのである。それが極めて重要だと思う。 本書は「非戦」とは何かを明らかにするのが目 的ではない。ひとつの「非戦」があるのではなく、 個人の経験に裏打ちされたそれぞれの「非戦」が あることを示そうとしている。それは、たとえば カンボジアやシリアの難民キャンプでの活動の体 験から、あるいは開発援助や教育の現場で感じた 違和感から、生まれたものである。また「沖縄の 問題」が「自分たち日本の問題」であることを知っ たことから、あるいはヒバクシャでなくても「ヒ ロシマ」を理解し語ることに意味があることに気 がついたときから、「非戦」を考えはじめている。 もともとごく普通の市民である一人一人が、理念 ではなくそれぞれの経験をもとに考えた複数の「非 戦」があることを伝えようとしている。 むろん世界の行く末が混沌とし見えにくくなる なかでは、しっかりとした理念が必要である。ただ 理念はそれ自体が力をもつものではない。理念は、 それを支える一人一人の身体的ともいえる経験と、 理念をめぐる人と人の共感があって初めて世界を 動かす力となりうる。「非戦」は、この点でつくら れつつある理念である。 谷山博史さんが「はじめに」で記しているように、 「ただの人」で始まって今も「ただの人」である執 筆者たちが、国内外でのさまざまな活動の中で知 ることになった世界の不条理や構造的暴力。アイ ヌの人たちへの差別と暴力は過去のものではない。 現代社会は今もあらたに弱者を生産しつづけてい る。そしてその非対称性の中に、善意の援助や教 育すらもとらわれて動きを止めてしまう。たとえ ば、本来どちらにとっても益となるはずの貿易です ら、弱い立場の者の生活や命を奪いさる手段となっ てしまう。亡くなられた村井吉敬さんが「僕はフェ アトレードといういい方は嫌いだ。もともとトレー ドはフェアでなければならないじゃないか」と言っ
『非戦・対話・NGO
∼国境を越え、世代を受け継ぐ私たちの歩み∼
』
NGO 非戦略ネット 編 新評論社(2017 年)
阿 部 健 一(総合地球環境学研究所) 【書評】144 śŨŲŅĢġȦ˺ʐ Vol.19 阿部 健一 ていたのを思い出した。本書の意義を認め、出版を 喜んでいる一人だと思う。 その村井さんが以前から言っていた「小さな民」 あるいは「ただの人」の役割が、ますます重要になっ ている。平和構築だけではなく、地球環境問題でも、 一人一人の努力が問題を解決できると考えられ始 めている。平和をもはや国家に託せないように、環 境問題も、一人一人が、地球と人との未来を考えて、 生き方やそれを支えてきた価値観を少しずつ変え てゆくことでしか解決できない。地球の環境を劣化 させたのは、地球でも国家でもなく、われわれ一人 一人の生活の積み重ねだからだ。かつての国家が主 役だった時代から、いまは個人が行動を起こすこと が必要な時代へと確実に変わっている。 ただその「行動」をなかなか起こせない個人が多 いことも事実である。環境問題の深刻な事実や世界 中に「構造的暴力」で苦しんでいる人がいること を誰もが知って、社会を変えなければならないこ とを理解している人が大勢いるにもかかわらずだ。 行動を起こす前に、きっかけがないとか能力がない とか言い訳を探したり、しょせん自分一人が頑張っ てもなにもできないなどと開き直ったりしてしま う人が、残念ながらまだ多い。 一人一人の「ただの人」が行動を起こすために 必要なことがある。それはまさに本書の著者たち が紹介する「出会い」と「対話」である。環境問 題も平和構築も、具体的な行動のためには、知識 ではなく共感が大切である。「出会い」と「対話」 により、リアリティを他者と共有することが必要 なのである。 人生は出会いの連続である。ある出会いから何を 得て、それをどのように社会を変えてゆくことにつ なげてゆくことができるのか。本書は、社会よりも まず自分が変わってゆくことの大切さを教えてく れる。それが「関係することのリアリティ」である。 花崎皋平は、関係性のリアリティの獲得について 「主体形成を軸にしない対象認識も、対象認識を欠 いた主体性もリアリティを持ちえない」と書いてい る。「人と人との出会いが、人の出会いといえるに ふさわしい出会いとなるためには、人は自分の人生 を精一杯生きなければならない」。 そのための方法が対話だ。まず声をかけ、返って きた相手の言葉に耳を傾け、自分の考えを述べてみ る。簡単なようで難しいし、難しいようで、意外と、 簡単でもある。梶谷真司は、考える方法として「哲 学対話」という手法を提唱している。対話は、一人 で考えるとしんどいことを、みんなで考えることを 可能にする。 対話はつなげてゆくための方法でもある。他者 がいなければ「対話」は成り立たない。相手も「た だの人」であると、逆に人と人がつながりやすい。 現代社会を動かすのは、この国境を越えたつながり である。それは国家という枠組みをもたやすく超え ることができる。それが、大橋正明さんのいう「グ ローバル市民」の成立であり、「社会のグローバル 化」ということなのだろう。 * シンポジウムのパネリストの一人である畑野研 太郎さんが冒頭、「今日は執筆者の方々と会えるの を楽しみにしてまいりました」と話された。僕もそ う思った。シンポジウムの会場に身を置き「非戦」 を生きている人たちと対話できたことは幸運だっ た。彼らとの出会いと対話は、本書でもできる。と いうより本書は、今気が付いたが、そのために編ま れたようだ。