- 1 - 富山県におけるコシヒカリの作付けは 1972 年に奨励 品種に採用されてから急激に増加し,1990 年代半ばの約 40,000ha をピークとして,現在では約 26,000ha となってい る.普及当初の 1970 年代から 1980 年代にかけては,しば しば甚だしい倒伏に見舞われ,その回避に向けた技術の確 立が急務であった.その後,1990 年代には栽培技術の改 善と普及により倒伏は徐々に減少したが,一方で,それま での多収を目指した栽培から品質・食味を重視した栽培が 求められるようになった.さらに,2000 年代に入ると気候 の温暖化に伴い,白未熟粒や胴割れ米の発生が顕著となり, 高温条件下での品質の安定化が重要な課題となっている. このように,コシヒカリには現在に至るまで,生産者の 栽培技術の習熟度や実需者の要望,環境の変化などにより 様々な課題が生じたことから,その都度,対応技術の開発 や普及に取り組んできた. 1.コシヒカリの倒伏とその対応策 コシヒカリが本県の奨励品種に採用された当時は,まだ 作付面積は 4,600ha 程度であり,県全体の水稲作付面積の 8%に過ぎなかった.その後,食味が高く評価され,米価 にも反映されたことなどから年々増加し,1978 年には 20,000ha,1989 年には 30,000ha を超えた.コシヒカリの 作付増加に伴い,水稲全体の倒伏面積も増えていることか ら,1970 から 1980 年代は,ホウネンワセや越路早生など コシヒカリ以外でも比較的倒れやすい品種が作付けされて いたが,やはり倒伏面積の増加には,コシヒカリの影響が 大きいと考えられた(川口 1991).この様に,コシヒカリ の栽培が始まって 20 有余年は,倒伏の回避が最も重要な 課題であった. その後,コシヒカリの倒伏軽減に向けた研究が進められ, 節間伸長期の解析に基づく追肥法が確立されるとともに,
北陸作物学会報(The Hokuriku Crop Science)55:1~3(2020)
北陸作物・育種学会賞
(功労賞)
水稲「コシヒカリ」の安定生産及び高品質良食味栽培技術の開発・普及
川口祐男
* (*富山県農林水産総合技術センター,富山市,〒 939–8153)Development and Extension of the Stable Production and Cultivation Technology for
High Grain Quality and Good Eating Quality in Rice Cultivar,“Koshihikari”
Sachio KAWAGUCHI* (*Toyama Prefectural Agricultural, Forestry & Fisheries Research Center, Toyama, 〒939–8153, Japan) キーワード:高温,コシヒカリ,食味,倒伏,品質,籾数Key Words:Eating Quality, Grain Quality, High-temperature Conditions, Koshihikari, Lodging, Number of Grains
田植時の植付本数を適正化することが耐倒伏性の向上に結 びつくことが明らかとなった(山本ら 1989).この様な技 術対策が普及するなか,筆者らは,倒伏が中程度までであ れば収量には影響がないことを解明したうえで,生育期間 中の草丈と茎数から高い精度で倒伏の予測を行った.さら に,出穂 14 日前の草丈が 80cm(幼穂形成期では 70cm) 以下の場合,倒伏が中程度未満になることを明らかにした (川口ら 1987,1988, 第 1 図).この生育診断基準は,現 在でも県内の技術指導に活用されている. 2.コシヒカリ栽培における適正籾数の解明 佐々木ら(1993)は,ササニシキを用いて㎡当たり籾数 と収量,精米窒素含有率の関係を明らかにし,籾数を 35,000 粒とすることにより,収量を維持しながら食味向上 第1図 倒伏程度の実測値と予測値の関係(1988). 倒伏程度は 0 ~ 5(無~甚)で評価した.
- 2 - を図る一方策を示唆した.しかし,この様な籾数の適正値 は品種によって異なることが想定されたことから,コシヒ カリにおいて,収量,食味に加え,品質も考慮しながら検 討を行った. その結果,収量では,30,000 粒までは㎡当たり籾数が多 いほど収量は高くなった.しかし,それ以上の籾数になる と年によって傾向が異なり,登熟期間の日射量がほぼ平年 並みの場合は 33,000 粒まで収量は増加を続けたが,低日射 年では 30,000 粒を超えると低下した.また,籾数と外観品 質の関係では,全般的に籾数が増えるほど品質は低下した が,平年並みの日射量では 37,000 粒を超えても完全粒率が 80% 以上と高く維持されるのに対し,低日射年では 30,000 粒を超えると急激に低下した.玄米の蛋白質含有率との関 係では,籾数が増加するほど蛋白質含有率は高くなったが, 同程度の籾数で比較すると,平年並みの日射量の年に比べ, 低日射年では蛋白質含有率は高くなった(第 2 図).これ に対応して,籾数と食味官能値との間には負の相関が認め られ,良食味を維持するためには,過剰籾数を回避するこ とが必要であった(第 3 図).以上のことより,コシヒカ リ栽培における適正な籾数は,28,000 ~ 30,000 粒 /㎡であ ることを明らかにした(川口ら 1995). 更に,コシヒカリを適正籾数に誘導するため,主要ステー ジにおける生育量を解析し,第 1 表に示した目安を設定し て,生育期間中の栽培管理に活用した(富山県農林水産部 1994).このような診断手法は,他の品種や直播,晩植な どの通常の稚苗移植以外の栽培法に対しても応用が可能で あり,本県で育成した「来夢 36」(川口ら 1998)を始めとし, 「てんたかく」,「てんこもり」や「富富富」,あるいは湛水 土中直播や不耕起Ⅴ溝直播栽培などにおける適正籾数や生 育量の解明に用いられており(第 2 表,第 3 表),現場で の栽培指導の一助となっている. 第2図 ㎡当たり籾数と玄米の蛋白質含有率との関係(1995). 第3図 ㎡当たり籾数と食味との関係(1995). 第2表 他品種での応用例. 第3表 他の栽培法での応用例. 3.高温条件下におけるコシヒカリの品質安定 本県では,1999 年夏の高温により,それまでほとんど 見られなかった基白粒や背白粒が多発した.その後も温暖 化傾向が続くなか,早生での発生が中心であった胴割れ米 がコシヒカリでも認められるようになった.これらにより, 安定的に 90% を超えていたうるち米の 1 等比率が年々低 下し,2002 年には 50% 台まで下がって、過去 30 年で最 も低くなった.そのため,研究機関や普及組織,JA 等で 実態調査に取り組んだところ,基白・背白粒などの白未熟 第1表 適正な籾数を得るための草丈、茎数の推移 (1994).
- 3 - 長年にわたる研究の実施にあたり,多大なるご支援,ご 協力をいただいた職場の先輩・同僚諸氏,技能主任の方々, 並びに非常勤職員の方々に対し,心より感謝申し上げます. また,技術普及において,様々なご指導,ご協力をいただ いた本県の行政,普及並びに関係機関の皆様に対し,深く お礼申し上げます. 謝 辞 川口祐男ら 1987.日作紀 56 別 (1):38–39. 川口祐男ら 1988.日作紀 57 別 (1):35–36. 川口祐男 1991.北陸作報 26:138–141. 川口祐男ら 1995.北陸作報 30:53–54. 川口祐男ら 1998.富山県農技セ研報 18:45–53. 川口祐男ら 2009.北陸作報 44:19–21. 川口祐男・北條綾乃 2010.北陸作報 45:15–18. 川口祐男 2011.農園 86 巻 4 号:420–425. 佐々木次郎ら 1993.日作東北支部報 36:67–69. 富山県農林水産部 1994.試験研究の成果と普及,19–20. 山本良孝ら 1989.日作紀 58 別 (2):17–18. (2019 年 11 月 19 日受付,2019 年 11 月 19 日受理) 引用文献 第4図 田植時期と基白,背白粒との関係(2011). 粒の主な発生要因として,気象面では登熟期前半を中心と した高温,生育面では穂揃期の葉色低下や過剰籾数などが あげられた.同様に,胴割れ米についても登熟期の高温に 加え,穂揃期から成熟期にかけての葉色低下により発生が 助長されたことが明らかとなった. これらの対策として,4 月下旬~ 5 月上旬に行われてい た田植えを 5 月中旬に繰り下げて出穂を遅らせ,高温を回 避すること(第 4 図),葉色診断に基づく出穂前の窒素追 肥や出穂後の湛水管理により植物体の窒素栄養を維持する こと(川口ら 2009, 第 5 図,第 6 図)などの有効性を明 らかにした.特に,田植え時期の繰り下げについては,兼 業農家が多いことなどから「難しい」という意見も出たが, 県や関係団体が一体となって取り組んだ結果、大部分のコ シヒカリ作付水田で実施され(川口 2011),現在でもしっ かりと定着している.また,葉色の低下による胴割れ米の 発生については,窒素栄養の不足により枝梗や穂軸の枯熟 が進むことで籾への水分移行が断たれ,籾水分の日較差が 大きくなることにより多発することを明らかにした(川口 ら 2010,第 7 図).これらの技術の確立と普及機関の徹底 した技術指導,そして,生産者の熱心な取り組みにより, 現在では概ね品質の安定化が図られている. 第5図 水管理による出穂後の葉色の推移(2009). SPAD-502 を用いて測定. 第6図 成熟期の葉色と基白,背白粒の関係(2009). 第 7 図 籾水分の日較差と胴割れ率の関係(2010).