書評:八木良太著『それでも音楽はまちを救う』イースト・プレス, 2020年
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(2) [書評] 『それでも音楽はまちを救う』. のだが、 それに続く第 3 章で、 筆者は読者に対して 「ミュー. 業推進の当事者たち自身がそれを楽しみたいからこそそ. ジックツーリズムを効率的かつ効果的に実践するための. の事業に取り組んでいるという状況があり、その楽しみ. 手順やコツ、留意点など」を指南する。ここでその一部. 自体の追求から、結果として予想もしていなかった事態. を紹介するなら、それらはたとえば「地域の音楽文化の. が生まれるという創発的なプロセスなくしては、こうし. ルーツを掘り起こす」 「共感できるストーリーが大事」. た事業は「成功」とみなされるような事態には至らない. 「ルーツがなければ作ればいい」 「マーケティングの基本. ように思われるのだが、いかがだろうか。少なくとも評. を押さえる」 「インバウンドを狙う」 「アーティストと直. 者には、 「1000 人 ROCK FES. GUNMA」 や 「加賀温泉郷フェ. 接交渉する」 「助成金・補助金で『お墨つき感』を獲得す. ス」といった事例には「創発的戦略」の要素が多分に含. る」等々である。また同章の冒頭では、ヘンリー・ミン. まれるように思われた(他方で「定禅寺ストリートジャ. ツバーグの経営戦略論における「意図的戦略」 「創発的戦. ズフェスティバル」の実施・継続に際しても、地域振興. 略」という対概念を紹介し、前章で紹介した 7 事例のう. に関わるある程度の「意図的戦略」の要素を排除できな. ちの、本格実施に至っていない 2 事例を除く 5 事例を 2. いように思われる) 。 さらに第 3 章の、音楽を地域活性化の手段とすること、. つに分類してみせている。ちなみに「意図的戦略」とは 計画的にねらいを定めた戦略のことであり、 「創発的戦略」. そしてそうした事業を実現させることについての楽観的. とはボトムアップ的な意思決定を通じて知らず知らずの. な姿勢が、評者にはいささか気になった(いや、これは. うちに形成される戦略のことである。そして前者に該当. 同章のみではなく本書全体を貫く姿勢といえるのだが) 。. する事例が「1000 人 ROCK FES. GUNMA」 「加賀温泉郷. 事業目的や実施結果についての反省的視点が、より根底. フェス」 「知多半島春の国際音楽祭」で、後者に該当する. 的な次元で導入されていた方が、一層豊かな学術的知見. 事例が「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」 「高槻. が得られるのではないかと評者は考える。だがその点を. ジャズストリート」なのだという。この第 3 章は第 2 章. カッコに括り、地域活性化の手段としての音楽資源の活. での事例紹介を踏まえたまとめのパートで、本書の理論. 用に論点を絞ったとしても、送り手と受け手による時空. 的な核にあたるといってよい。ちなみに続く 2 つの章は. 間の共有を前提とする音楽イベントの実施には、さまざ. リスクマネジメントとコロナ禍対応についての内容で、. まな検討課題が伏在しているのではないだろうか。たと. 本書全体では補論的な位置づけのものとみなせるもので. えば音楽イベントは、ホール内で実施されると無関心層. ある。. に向けての可視化が困難になるし、反対に野外での実施. この第 3 章だが、まず「意図的戦略/創発的戦略」と. には騒音問題がつきまとうだろう。リスクマネジメント. いう分類については、今少し議論が必要のように思われ. を扱った第 4 章にまで目を通しても、そうした地域住民. る。たしかに筆者の記述によれば、 「1000 人 ROCK FES.. 同士の関係性をめぐる問題についての議論が見当たらな. GUNMA」では渋川市のシティプロモーションとして機. かったのは、評者にとっては少々残念なことであった。. 能することが企図されているとのことだし、 「加賀温泉郷. ところで本書のテーマからは脱線するものの、 (新型コ. フェス」では主催者がイベント実施の目的は観光マーケ. ロナウイルス感染問題が拡大する以前の)2019 年までの、. ティングだと明言しているという。それに対し「定禅寺. 地域における音楽イベントの隆盛については、アーティ. ストリートジャズフェスティバル」では代表者がまちの. スト側の事情に目を向けてみてもよいように思われる。. 活性化やシティプロモーションのためにフェスティバル. 国際レコード・ビデオ製作者連盟(International Federation. をはじめたわけではないと発言している。それらを踏ま. of Phonogram and Videogram Producers)の 2019 年版レポー. えるなら、筆者が先述のような分類を行うことは不思議. トによると、全世界の音楽市場売上は、ストリーミング・. ではない。しかし、一部当事者の発言や見解が事例の本. サービスの普及により前年比で 8.2%の成長を記録したと. 質的特性を捉えているとはかぎらないし(そうした発言. いう。低落傾向にあった世界の音楽市場は、 このストリー. や見解は、まずは当事者の主観的願望の表明として受け. ミング・サービスの成長に牽引され、2015 年以降は一貫. 止めるべきものであろう) 、実際の事業遂行においては意. して回復傾向にある。しかしこのストリーミング・サー. 図的戦略と創発的戦略の双方の要素が複雑に絡み合って. ビス、とりわけ広告収入を前提とした無料ストリーミン. いるのが実情ではないかとも思われる。そもそも、こう. グ・サービスは、アーティストにとっては収益率が低く、. した事業が「成功」するためには、いずれの事業におい. 持続的な音楽活動を阻害しかねないといわれている。. ても創発的側面が必須なのではないだろうか。事業内容. もちろん、よく知られているように日本の音楽市場は. 自体が人々を引きつける魅力的なものであり、そして事. 世界の動向と異なり、いまだにソフトの売り上げが 7 割. 59.
(3) 文化経済学第 18 巻第 1 号(通算 50 号). を超えている(全世界の場合はその売上がすでに約 2 割 まで低下している) 。しかし同時に、日本は現在のところ 音楽市場売上が米国に次いで世界第 2 位とはいえ、世界 全体の動向とは異なりその売上は 2007 年以降減少傾向 のままである。いや、より長期的なトレンドで捉えるな ら日本の音楽市場のピークは 1990 年代後半であって、そ れ以降は縮小傾向にあり、近年の市場規模はピーク時の 約半分である。このことが生み出す相対的剥奪感に加え て、ソフトの売上の減少をストリーミング・サービスが カバーする事態にも至っていない(この事態は早晩変化 するものとは思われるが)ことからもたらされる停滞感 を踏まえると、日本の音楽業界に属するアーティストた ちが楽曲の販売以外の活動、たとえばライブ活動等に力 を入れるようになるのも不思議ではないだろう。 そうした状況と連動してか、あるいはインターネット 時代だからこその 「コト消費」 志向の高まりに呼応してか、 日本国内のライブ・エンタテインメント市場は 2010 年 代に膨らみ続け、その 10 年間のうちに市場規模は 2 倍 以上に拡大した(もちろん、2020 年にはまったく異なる 状況が生まれたが) 。アーティスト側としても市場の確保 と販売促進活動のためにもライブを重視する必要性が高 まったし、 オーディエンス側としても、 音楽コンテンツを、 メディアを通じてではなくライブ・パフォーマンスを通 じて楽しむニーズが高まったというわけである。 日本の各地域における音楽イベントの(2019 年までの) 活況ぶりについては、こうした側面からも研究を進める ことができるように思われる。もちろんそれ自体は本書 のテーマとは無縁のことだが、本書は、そうした文化事 業と地域社会との関係をめぐる問題の奥深さに気づかせ てくれる一冊だといえるのかもしれない。. 60.
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