宇宙システムのつくりかた:2.宇宙システムの開発プロセス -「こうのとり」を題材に-
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(2) 宇宙システムの開発プロセス─「こうのとり」を題材に─. レベル. 02. 内容. TRL9. 実際のモデルの宇宙環境でのミッションの成功を通じた「フライトプルーブン」. TRL8. 実際のモデルの地上ないし宇宙環境での試験ないし実証を通じた「フライト認定」. TRL7. フライトモデルの宇宙環境での実証. TRL6. プロトタイプモデルの地上ないし宇宙環境での実証. TRL5. エンジニアリングモデルの相当環境での検証. TRL4. ブラッドボードモデルの実験室環境での検証. TRL3. クリティカル機能や特性分析的および実験的コンセプト証明. TRL2. テクノロジーコンセプトやアプリケーションの明確化. TRL1. 基本原理の観測と報告. 表 -1 TRL のレベルと対応する内容. に設計検証は EM で終了しているため,このモデ. 求された機能・性能が実現されたことがあるもので. ルで行われる検証は,製造検証と呼ばれる.この. あり,リスクが小さいものと識別されている.実際. ときに開発するモデルを PFM(Proto Flight Mod-. の開発では,レベルが低い技術は,地上において宇. el)と呼ぶ.このような理由により,一般的にラ. 宙環境を模擬した試験をするなどしてレベルをなる. イフサイクルにおいて 2 回の V モデルを実施する.. べく高くすることで,宇宙で動かなくなる可能性を. 日本では,1 回目の V モデルの左側(つまり設計). 小さくする.このため,その部分だけ個別に作成す. までを基本設計フェーズ,2 回目の V モデルの左. ることなどが行われる.この場合には,その部分の. 側を詳細設計フェーズ,それ以降を維持設計フェ. み V モデルの回数が増えるということとなる.この. ーズと呼んでいる(図 -1).. ように現実の開発では,そのシステムに合わせて V. ♦♦技術成熟度. モデルの範囲や回数は変更される.これは開発プロ セスの設計であり,一般的な開発プロセスは存在す. ただし,これらはあくまでも一般的な話である.. るが,それに固執するのではなく,開発対象に合わ. 実際には,プロジェクトごとの特徴に合わせてさら. せて適切に設計することが重要となる.. に変更が加えられる.このプロジェクトごとの特徴. これは V モデルの中でもいえる.一般的に,人. を捉えるための仕組みとして,技術成熟度(TRL:. 工衛星は,システム,サブシステム,コンポーネン. Technology Readiness Level)というものが活用され. トの 3 レベルで開発が進められる.これは大規模. 4). る(表 -1) .この技術成熟度は,特定の技術がど. なシステムを分野ごとのサブシステムに分解し,そ. れほど成熟しているかを評価するための指標である.. れぞれのサブシステムをさらにコンポーネントに分. 宇宙システムは,一度宇宙に持っていくと,そのあ. 解する.それぞれのコンポーネントを開発したあと. とにメンテナンスを実施することが大変難しい.そ. は,それらをインテグレーションすることで,シ. こで,宇宙に持っていって適切に作動しないリスク. ステムとする.しかし,現在の ESA の ECSS による. をなるべく小さくしたい.どの技術が適切に作動し. と,このシステム─サブシステム─コンポーネント. ないリスクが小さいのかを評価するためにつくられ. の 3 段階の開発は,伝統的アプローチ(Traditional. ているのが技術成熟度である.技術成熟度は,レベ. Approach)と呼ばれており,標準的な開発にシステ. ル 1 からレベル 9 まで設定されており,レベル 1 は. ム─コンポーネントの 2 段階のアプローチを採用し. 基本原理が分かったレベルで,まだまだ宇宙に持っ. ている.これは,人工衛星システムが巨大で開発が. ていくにはリスクが大きすぎる.一方で,レベル 9. チャレンジングであった時代には,その複雑性を制. は,すでにその技術が宇宙で利用されて,さらに要. 御するために 3 段階のアプローチが適切であったが,. 情報処理 Vol.56 No.8 Aug. 2015. 765.
(3) 小特 集. 宇宙システムのつくりかた. システム設計. システム試験. PDR サブシステム試験. サブシステム設計 CDR. フェーズ A. 基本設計 フェーズ. 詳細設計 フェーズ. 維持設計 フェーズ. 製造 PDR. フェーズ B フェーズ C. CDR. ゲートレビュー (a)一般的なレビュータイミング. (b)宇宙開発のレビュータイミング. 図 -2 レビュータイミング. すでに多くの人工衛星を開発し,理解も進んだ結果. づくと,それぞれの V モデルに対して PDR と CDR. として,3 段階でなくとも開発できるようになった. が存在することとなる.しかし,宇宙システムでは,. ため,よりオーバヘッドの少ない 2 段階での開発を. 多くの場合に,EM 製造前のレビューとして PDR,. 行うようになったといえる.このように,開発プロ. PFM の製造前のレビューとして CDR を実施する.. セスの在り方とは,必ずしも固定的ではない.. つまり,本来の PDR の位置づけとなるレビューは. ♦♦レビューの考え方. なく,それぞれの V モデルにおいて CDR としての 位置づけで行われる場合が多い(図 -2(b)).た. 開発プロセスを通じて品質を高めるために,チ. だし,これもあくまでも一般的な例であり,個別. ェックポイントを用意する.大きく分けて,ライ. のプロジェクトによって,その特徴に合わせて決. フサイクルのステージをまたがるときに確認する. められる.. Decision Gate といわれるものと,V モデルで定義 されるレビューとがある.システムズエンジニア リングの標準では,これらは明確に別のものとし て書かれている. 5). が,実際にはこれらを合わせて. ♦「こうのとり」の特徴 ♦. 全体として品質を上げるためにどのようにするか. 上述したライフサイクルや V モデルについて,実. を決める.たとえば,V モデルで定義されるレビ. 際に宇宙ステーション補給機「こうのとり」(HTV :. ューとして,PDR(Preliminary Design Review)や. H-II Transfer Vehicle)ではどうだったかを取り上げ. CDR(Critical Design Review)がある.システム. ながら説明する.. ズエンジニアリングの標準的な考え方によると,シ. 「こうのとり」は,その規模がこれまでの宇宙機. ステム設計の結果をサブシステム要求として確定. にない大規模であり,さらに,対有人システム(宇. するなど,上位のレベルから下位のレベルに要求. 宙飛行士が滞在する宇宙ステーションへ向かう宇宙. を出すときに行うレビューを PDR と呼び,”Design. 機システム)であるという特徴がある.. to” のレビューという(図 -2(a)).また,製造の. 766. 「こうのとり」における開発プロセス. 前に行うレビューを CDR と呼び,”Build to” のレビ. ♦♦フライトセグメントとグランドセグメント. ューという.宇宙システムの開発では,明示的には. 「こうのとり」は,宇宙空間にあるフライトセグ. Decision Gate を用意せず,この PDR と CDR を活用. メントと,フライトセグメントを運用するために地. する.ただし,位置づけが少し異なる.. 上にあるグランドセグメントから構成される.. 上述したとおり,宇宙システム開発の多くの場. フライトセグメント,特に「こうのとり」本体は,. 合が V モデルを 2 回実施する.一般的な定義に基. 初号機の開発では,システム全体としては V モデ. 情報処理 Vol.56 No.8 Aug. 2015.
(4) 宇宙システムの開発プロセス─「こうのとり」を題材に─. 02. ルを 2 回実施した.ただし,一部,開発要素の高. 施し,PDR 終了時に NASA の安全審査を受けた.次. い(TRL が低い)機器については,その前に BBM. に,ハザードコントロールの詳細とそれをどのよう. (Breadboard Model)をつくることでリスク低減を. に検証するかを詳細設計フェーズに実施し,CDR 終. 実施した. ここで,初号機の開発に限定したのは, 「こ. 了時に同じく安全審査を受けた.最後に,打ち上げ. うのとり」はいわゆる量産機のため,開発要素がな. 1 年前に検証がすべて完了していることの安全審査. く,設計の検証が十分にできたと判断できた段階で. を受けた.実際には,安全審査において,一部設計. 検証項目を順次減らしてきているためである.. が認められず,再設計をする必要などもあった.通. 一方で,グランドセグメントは,いわゆるウォー. 常の宇宙機でも,打ち上げ前および打ち上げ時の安. ターフォールモデルといわれる,開発のライフサ. 全審査を実施するが,宇宙空間に行ったあと(軌道. イクルを通じて 1 回の V モデルで開発が行われた.. 上)についての安全を要求しているものは,現状宇. ただし,唯一,訓練系のサブシステムの一部である. 宙ステーションプログラムしかない.. 分散シミュレーション設備だけは,V モデルを 7 回 繰り返すスパイラルモデルで開発を行った.この分 散シミュレーションは,ヒューストンにある NASA. 活用のポイント. の宇宙ステーションのシミュレータと筑波にある. 宇宙システムの開発プロセスについて,一般的な. JAXA の「こうのとり」のシミュレータをリアルタ. アプローチと,実際に宇宙ステーション補給機「こ. イムに接続して,運用の訓練を実施するためのもの. うのとり」ではどのように適用されたかについて紹. である.開発開始当初,技術的な実現性も分からな. 介した.開発プロセスは,標準とされるものが用意. かったため,実現性の評価,高いリスク要素の開発. されているのが普通であるが,あくまでも標準であ. を繰り返し,7 回のスパイラルで完成し,グランド. り,具体例から分かるとおり,技術的な特徴だけで. セグメント全体のシステムに統合するという開発プ. はなく,マネジメント的な特徴も考慮して開発プロ. ロセスをとった.. セスそのものはデザインされる必要がある.このと. また, 「こうのとり」は規模が大きいため,「こう. き,TRL という概念を活用することは,技術リスク. のとり」本体だけでも,V モデルは通常の 3 段階モ. を持つ開発において汎用的に活用できる考え方であ. デルではなく,4 段階モデルを採用している.具体. り,宇宙開発以外の分野でも活用が始まってきてい. 的には,システム─モジュール─サブシステム─コ. る.読者の開発プロセスの検討の際に役立てば幸い. ンポーネントの 4 段階となっている.. である.. ♦♦安全審査 「こうのとり」は,宇宙ステーションプログラム であったため,NASA の安全要求に従い安全審査を 受ける必要があった.このため,上述したような PDR,CDR だけでなく,開発の進捗に合わせて安全. 参考文献 1)システムズエンジニアリングの基本的な考え方,JAXA. 2)NASA Systems Engineering Handbook, NASA. 3)ECSS E-10 Systems Engineering, ESA. 4)JAXA 技術成熟度(TRL)運用ガイドライン,JAXA. 5)INCOSE Systems Engineering Handbook ver.3. (2015 年 5 月 27 日受付). に関するレビューを受ける必要があった.具体的に は,NASA の要求文書である “SSP30309 Safety Analysis and Risk Assessment Requirement Document” に おいて安全審査を要求している. 「こうのとり」で はこの要求に従い,FTA(Fault Tree Analysis)とハ ザードコントロールの設計を基本設計フェーズに実. 白坂成功(正会員)■ [email protected] 慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科准教 授.東京大学大学院修士課程修了(航空宇宙工学)後,電機メーカ にて宇宙開発に従事.慶應義塾大学後期博士課程修了(システムエ ンジニアリング学).. 情報処理 Vol.56 No.8 Aug. 2015. 767.
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