サイバーフィジカルシステム:4.実体情報学が拓く世界 -サイバーフィジカルを指向した人材育成プログラム-
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(2) ④実体情報学が拓く世界─サイバーフィジカルを指向した人材育成プログラム─. メリカのインテュイティヴ・サ ージカル社が開発した da Vinci. (ダ・ヴィンチ)は,世界中の病. 症例. 医療支援. 症例DB. 症例. XXXX エンジン. 患者情報. 院で手術支援システムとして導 入されている.ダ・ヴィンチは, 低侵襲の手術において医師の支. 高速計算. 援を行う装置である.医師はコ. 臓器. ンソールに座り,3 次元立体視. 患者依存の 最適施術パラメタ. で患者体内の術野を観察しつつ, 手元のレバー(マスターコント ローラ)で,3 本のアームに装 着された鉗子,そして内視鏡カ メラを自在に操り手術を進めて. 病院 高精度 手術ロボット. 高度 診断機器. 病院 図 -1 次世代高度医療システムにおける情報と機械. いく.術野を明瞭に見ることが でき,さらに鉗子を高精度で制御できることから,. 図である.図の左下は医療支援の機器である.図の. 医師の手術の技量を格段に高めることができ,手術. 上部には,さまざまなカルテや症例などのデータベ. 支援システムのスタンダードとして普及しつつある.. ースをクラウドとして描いてある.医療支援データ. ただし,これは純粋に機械システムによる手術支援. 参照エンジンやカルテの検索エンジンなどから構成. であり,手術の技量や知識は,マスターコントロー. され,手術中に参考となる症例の提示,手術に必要. ラを操作する医師にゆだねられる.. な最適パラメータの設定が高速かつ自動的に実現で. 一方,病院への情報技術の導入の 1 つとして,カ. きる.. 術後の経過データなど,きわめて多くのデータ,い. ▶自動運転とインタフェース. わゆるビッグデータが一元管理できるようになると,. 自動車の自動運転,運転者へのサービス支援など. さまざまな手術における臨床参考例としてきわめて. の技術は,ITS(Intelligent Transport Systems)と呼. ルテの電子化がある.各病院での手術のデータ,手. 有用である.これを手術中に,その患部の状況に似 た症例を瞬時に検索し,手術例とその結果などが分 かれば,医師の知識を飛躍的に広げたことと等価と. ばれ,1994 年から国際会議が開始されるなど,こ. こ 20 年ほどで急速に技術開発が進んでいる.自動. 車は機械と情報との融合システムの代表例であり,. なり,効果的な手術が行える.そのためには,現在. またそこに必ず人間が操縦者としてあるいは環境の. の患部と手術の状況を瞬時に認識・判断し,データ. 住人としてかかわっていることも,システム設計に. ベースに照合し,結果を医師にフィードバックする. おける特徴である.. 必要がある.その技術は,高速計算技術であり,ネ. 現在は,ナビゲーションシステムが,ルート案内,. ットワーク技術であり,各種データのマッチング技. 移動時間予測や高速料金算出,渋滞や事故のリアル. 術である.. タイム交通情報に基づく迂回路の提示などの情報を. これまで手術支援として独立して開発されていた. 提供しており,このサービスはますます拡大しつつ. ロボット技術がクラウド・ビッグデータ・高速計算. ある.自動車本体については,先行する自動車との. の情報技術と融合することで,手術のみならず,あ. 距離を計測し,自動車の運転状態の検出を基に,衝. らゆる高度医療に変革をもたらすと考えられる.. 突回避のブレーキ補助や先行車追従など,安全面で. 図 -1 は,上記の次世代高度医療システムの概念. 人間のサポートをするシステムが導入され始めた.. 情報処理 Vol.55 No.9 Sep. 2014. 929.
(3) 特集:サイバーフィジカルシステム 果的に人間の快適性向上を実現す. 地図・混雑具合 などのDB 搭乗者の 搭乗者の気分 運転者の行動DB 緊急度合い 最適計算. 顧客 パーソナル DB. 移動における 情報支援. 顧客 カテゴライズ. 搭乗者の 状態/意図推定. 高速計算. るハードウェアの調整・駆動が可 能となる.. ▶ラピッド・システムプロダ クション 「実体」が情報技術と結びつく ことによって,情報技術の強みが. 移動支援機器. 次世代インタフェース. 自動車. 移動支援機器(自動車). 搭乗者の状態(意図,意思,気持ち)とインフラ 状態(地図,混雑状況)を統合し,安全・安心, 気持ちよく,効率的に移動. 図 -2 自動運転とインタフェース. モノづくりに活かされることにな り,生産の在り方にもさまざまな 変化が期待できる. 新たな生産形態の代表例として は,IoT によって実現される高度 管理生産が挙げられる.IoT では,. しかし,上述のナビと安全システムの連携,たと. 「あらゆるモノ」がインターネットに繋がり,実世. えば,数キロ前方での事故情報を基に,運転者に対. 界にかかわる膨大なデータが情報サービスに給せら. して適切な運転方法を提示し,場合によっては半自. れ,ビッグデータの解析処理を通じてそのリアルタ. 動運転モードを設定して事故を回避するといった,. イムでの高度利用が可能となる.この環境は,生産. 機械である自動車の制御情報とさまざまな情報通信. の文脈では,部品,機器,プロセスから生産態勢ま. システムから得られる情報との連携は技術課題とし. で生産にかかわるすべての状況が正確に把握され,. て残されている.すなわち,自立分散ネットワーク. 生産のための最適な方策が選択されることを意味す. や高速通信による交通情報あるいは運転サポートサ. る.これによって,生産性は飛躍的に高まり,新規. ービスコンテンツを提供する情報系と,実際に自動. 製品の市場投入までの時間(Time-to-market)は短. 車を動かし速度や燃料消費などの状態を制御する動. 縮化し,需要に応じた生産(Production on Demand). 力システムおよび人間が操作するハンドルやブレー. も可能となる.こうした情報管理による生産の効率. キのヒューマンインタフェースシステムといった機. 化は,多かれ少なかれすでに一般的に行われている. 械系とが具体的に接続され,トータルシステムとし. ことであるが,これが情報分野で発展した Service. て人間を支援することはいまだ実現できていない.. Oriented Architecture(SOA)に中で位置づけられれ. 図 -2 は,運転者と搭乗者に快適な状態をもたら. 930. ば,さらにその強みは増すことが期待できる.それ. すための情報系と機械系の連携を描いたシステム案. ぞれにあるまとまった機能を持つサービスが提供さ. である.目指すところは,人間の状態や意図を,過. れ,これらを組み合わせて簡単迅速に多様なサービ. 去の運転・搭乗履歴データベースの参照,道路状況. スを実現できることが SOA の強みであるが,多様. の瞬時の把握,運転状態データ取得などから総合的. な製品をより短い期間で市場に投入することが求め. かつ高速に推定し,効果的なルート提示,適性スピ. られるこれからの生産の場においては,SOA は有. ードやブレーキングの提示などの運転支援を行うこ. 効に機能することが期待される. とである.情報システム(ナビなど)にとっては,. 情報技術の強みをモノづくりに活かすことによる. ハンドリングを含め自動車の機構に適した情報の提. 生産形態の変化のもう 1 つの例としては,機械シス. 1)2). .. 供が可能となり,機械システム(自動車の動力系と. テムのオープンソースハードウェア化がもたらすシ. インタフェース)にとっては,得られる情報から効. ステムの高機能化・多様化およびその開発スピー. 情報処理 Vol.55 No.9 Sep. 2014.
(4) ④実体情報学が拓く世界─サイバーフィジカルを指向した人材育成プログラム─. ドの高速化が挙げられる(図 -3 参 照) .オープンソースハードウェア. 機械システム 設計のオープン フレームワーク. とは,ソフトウェアの世界で育った オープンソースソフトウェアの文化. XYエンジン. コーディネーション サービス. を主にコンピュータや電子回路の設. 仕様. 計・制作に広めたものである.昨今 3D プリンタやレーザカッタの普及. 概念設計. に伴い,オープンソースの文化が機. プロダクション システム. 設計コード. 械システムにまで拡張されてきてい. 詳細設計コード. る.重要なことは,設計図が公開され, これを自由に変更し,再配布するこ. 開発サイト. とが許されることで,多くの技術者 がシステム開発に参加する環境が整. 高信頼設計 エンジン. 実空間 相互作用 解析エンジン. デザイン パターン (ノウハウ). Webのシステム開発パラダイムを実システムに!! プロトタイピングの域を超えた 実システム簡易開発のための「仕組み」づくり 製品. 図 -3 オープンハードウェア化が実現するラピッド・システムプロダクション. い,プレイヤ(開発の担い手)が増 えることである.大勢のプレイヤがある既存システ. ▶カリキュラム. ムの改良に取り組めば,そのシステムの機能や信頼. 先見力付与のためには,「イノベーション事例研. 性は飛躍的に向上し,また既存システムを基にそれ. 究」および「価値創造とマネージメント」を必修科. ぞれ新たなシステムの開発に取り組めば,さまざま. 目として配した.先見力とは,国際的な視点で世の. なアイディアに基づく多様なシステムが実現される. 中の流れを読んだ上で,革新的イノベーションに繋. こととなる.加えて,技術を共有することでプレイ. がる本質的課題を発見する力である.流れを読む力. ヤ全体のレベルアップにも繋がる.. は,イノベーションの連鎖に注目して歴史を正しく. SOA にせよ,オープンソースソフトウェア/ハ. 理解することから始まる.イノベーションは境界条. ードウェアにせよ,その効果を根幹で支えるのはプ. 件を変え,変化した境界条件はまた異なるブレイク. レイヤの増加であり,部品の再利用に基づく資源の. スルーを欲し,さらにこれを解決することで新たな. 共有にある.情報分野で育ったこれらの開発パラダ. イノベーションが生まれる.こうした過去一連のイ. イムの強みを理解し,これを「モノ」の世界に持ち. ノベーションの連鎖が,いかなる境界条件の変化の. 込むのが実体情報学の 1 つの側面である.. もとで,何を本質的なブレイクスルーとして成立し. 実体情報学プログラム . 得たかを読み解く力を,洗練したケーススタディを 通じて与えた上で,現代が抱える問題のさらに一歩 進んだ問題解決に向けて課題を設定する力を与える ことを目指した.. 本プログラムの目的は,前章に述べた事例に代表. 構想力付与のために,実体情報学の基盤を構成す. される実体情報学が扱う世界においてイノベーショ. る情報分野・機械分野双方のシステム開発方法論を. ンを先導する人材を輩出することにある.前章の事. バランスよく押さえた上で,先端技術を幅広く履修. 例実現のために博士修了生が備えるべき資質として,. できるカリキュラムを用意した.構想力とは,設定. 先見力,構想力,突破力を掲げ,これらの力を養成. した課題を,情報,通信,機械,環境エネルギー,. するために,下記のカリキュラムを用意した.. さらには経営に広くかかわる先端技術,あるいは広 い意味でのシステム構成の問題に落とし込む力であ る.具体的な筋のよい問題解決の方法論に落とし込. 情報処理 Vol.55 No.9 Sep. 2014. 931.
(5) 特集:サイバーフィジカルシステム むために,それぞれの分野における State of the Arts. 仕掛け,ものごとの本質的問題に目を向ける習慣を. の技術および問題解決パラダイムを,各自の基盤と. 育てるとともに,異分野の方法論について深い理解. なる専門分野にとらわれることなく幅広く習得させ. を与える.また,学生同士互いのアイディア・研究. た上で,さまざまな課題に対する適用可能性を柔軟. について「透過」かつ「インタラクティブ」な状態. に思考し,さらには新たな問題解決パラダイムとし. を作る.これらによって,学生の研鑽への意識は高. て昇華させる力を与えることを目指している.. まり,異分野の融合研究が容易に誘発され,イノベ. 具体的には,機械系学部出身者には,情報系学部. ーション創出の力に繋がると期待している.. 必修の基盤科目である「情報ネットワーク」「ソフ. 工房の主たるコンセプトを以下にまとめる.. トウェア工学」を,逆に情報系学部出身者には,機. ・ 壁で仕切らない広がりのあるオープンな空間によ. 械系の「デザインエンジニアリング」 「構造材料生 産技術」を必修とした.選択科目においても,情報 系,機械系,経営システム系を俯瞰的に履修できる ように,科目設置と単位履修要件を設定した. 突破力付与のために,海外を含む数々の学外実習 プログラムを用意し,一線で活躍するリーダとの共. る異分野の仲間との出会い ・ 気軽にアイディアを出し合うティータイムミーテ ィングスペース ・ 少人数で集中的に議論やグループワークができる ディスカッションスペース ・ ロボット,ヒューマンインタフェース,モビリテ. 同作業を複数回経験する機会を設けた.突破力とは,. ィ,ネットワークシステムなどの研究を協働で行. 課題解決のために設計した構想を,人的・物的資源. える実験・工作スペース. を駆使して実行することができる力である.ここで. ・ インタラクティブな研究ミーティング,遠隔講義,. 必要となるのは, 「スキルとしての先導力」すなわ. TV 会議を可能とする大画面プレゼンテーション. ち適切な目的の設定能力とその可視化能力,目的遂 行のためのメタな仕組みづくりの能力であり,また 「人格としての先導力」すなわち信頼を得る力であ る.一線で活躍するリーダを目のあたりにしながら,. 環境. ・ 各スペースに,最新の ICT によるマルチメディア, ユビキタス,環境情報構造化技術を導入. 工房の外観図を図 -4 に示す.. これらの力を修得することを目指している. 具体的な科目としては,「海外英語研修」「海外イ ンターンシップ」 「サマースクール」などを設置した.. プログラムの現状と期待 . 上記カリキュラムにおいて,先見力と突破力のた めの科目は本プログラム特有であり,構想力のため. CPS あるいは,IoT に深く関連する教育プログラ. の科目は,従来の大学院科目の履修方法に新たな枠. ムである早稲田大学実体情報学博士プログラムを紹. 組みを導入したものである.. 介した.2014 年 4 月より本プログラムのために設. ▶工房. の学生が,「工房」での活動を開始している.イノ. 実体情報学博士プログラムの特徴に「工房」の設. ベーション事例研究をはじめとする科目や演習に参. 置がある.プログラム(実体情報学コース)に進入. 加しつつ,自主的なグループディスカッション,異. した学生は,指導教授の研究室から独立した共通の. 分野間の研究プロジェクトを企画するなど,積極. 学舎「工房」に身をおいて,バックグラウンドを異. 的な活動を行っている.近々,本プログラムから. にする学生同士,場を共有して日々の研究・学習生. CPS の世界にイノベーションを巻き起こす優れた. 活を送る.学問的刺激に満ちた空間の中で,洗練さ れたコロキューム,ティータイムミーティング等を. 932. 置した科目群が開講し,選抜試験に合格した 16 名. 情報処理 Vol.55 No.9 Sep. 2014. 人材が輩出されることを期待している..
(6) ④実体情報学が拓く世界─サイバーフィジカルを指向した人材育成プログラム─. 図 -4 工房全体図. 参考文献 1) Atzori, L., Iera, A. and Morabito, G. : The Internet of Things : A Survey, Computer Networks, 54, pp.2787-2805 (2010). 2) Barnaghi, P., Wang,W., Henson, C. and Taylor, K. : Semantics for the Internet of Things : Early Progress and Back to the Future, International Journal on Semantic Web and Information Systems, 8(1), pp.1-21 (2012). (2014 年 5 月 23 日受付). 菅野重樹 [email protected] 1981 年早稲田大学理工学部機械工学科卒業.1986 年同大学院博 士後期課程単位修得退学.同年同大学助手.工学博士.同大専任 講師,助教授を経て 1998 年より同教授.日本ロボット学会技術賞, 日本機械学会論文賞など受賞.IEEE,JSME,RSJ,SICE 各フェ ロー.2007 ~ 2012 年 International Journal of Advanced Robotics 編集 長.2001 ~ 2010 年 NPO 自動化推進協会理事長.2013 年 IEEE/RSJ International Conference on Intelligent Robots and Systems 実行委員長. 小林哲則(正会員) [email protected] 1980 年早稲田大学理工学部電気工学科卒業.1985 年同大学院博士 課程修了.工学博士.同年法政大学専任講師.1987 年同大助教授. 早稲田大学助教授を経て 1997 年より同大教授.MIT LCS 客員研究 員,ATR 音声言語通信研究所 客員研究員,NHK 放送技術研究所 客 員研究員等を歴任.2001 年度電子情報通信学会論文賞,音声・画像 処理などを用いたコンピュータ・ヒューマン・インタラクション, 知的会話ロボット,インタフェースの開発パラダイムなどの研究に 興味を持つ.. 情報処理 Vol.55 No.9 Sep. 2014. 933.
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