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ゲ-テの「童話」 : 「閑談集」とその「メ-ルヒェン」について

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Academic year: 2021

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(1)79. ゲー テの 「童話 」 ― 「 閑談集」 とそ の 「 メール ヒェ ン」 につ いて一. 橋. 村. 良. 孝. メール ヒェ ン…… この 言葉 の 持 つ 響 きには,な にか浪 漫 的 な空想 と イ ロ ニー が漂 っているように感 じられ る。 ドイツ18世 紀末 に出現 した ロマ ン主義 文学 の道標 ともな った,こ の空想 の世界 ,空 想 は人 間 を夜陰 に夢裡 に捉 へ. ,. 薄 明 の 中 に人 間 を支配 し,無 限 の憧憬 へ と駆 りたてる。「長靴 をはいた牡猫」 (Der gestiefelte Kater,1797)で 知 られ る ロマ ン派 の 詩人 ルー ドヴ イ ヒ・ テ ィー ク (Ludwig Tieck,1773-1853)は ,1804年 に発表 した戯 曲 の序文 で. ,. 「妖 しくも心 と らえる 月 に輝 く魔法 の夜 よ 不思議 に充 ちた童話 の世界 よ 立 ち昇 れ ,古 き壮 麗 の 装 いとと もに /」. と詩 い,憧 憬 に萌 える建 め く童話 の世界 を一切 の詩 の女 王 と して表 出 したの で あった。 また一方 で は,ヴ ィー ラ ン ト (Christoph Martin Wieland,1733. -1813)は 「高. ドイツな らび に低 ドイツ古民 謡」 (Alte hoch一 und nieder‐. deutsche Volkslieder,1805-1808)を 蒐集 ,グ リム兄弟 は「 ドイツ伝説集」. (Deutsche Sagen,1816-1818)と 「子 どもと家庭 の ための童話」 (Kinder 一 und Hausmarchen,1822)を 編 纂 ,ブ レ ン ター ノ (Clemens Brentano,.

(2) ゲ ーテの「童話 」. 1778-1842)と アルニム (Ludwig」 oachim vOn Amim,1805-1808)は 「少 年 の魔 の角笛」 (Des Kanben WunderhOrn,1805-1808)の 民謡集 に よって 古 い民 間 の宝 庫 に脚光 を浴せ ,更 には「黄金 の壼」 (Der goldne TOpf,1814) や「 クル ミ割 りとネ ズ ミの王 様」 (Nu3knacker und Mausekё nig,1819)な ど に 夢 ほ の か な童 話 的 幻 想 を織 りな した ホ フマ ン (E.T.A.HOffmann,. 1776-1822),こ れ ら一連 の人 々は,一 つの ささやかな民謡 に ダ ンテの「神 曲」 を,ま た一 つの童話 の 中 に,一 大叙事詩 を見 たのであった。 この メール ヒェ ンの世界 に,フ リッツ・マ ル テ ィーニ (Fritz Martini)が 「 フ ィクシ ョン芸 術 の 傑 作 で あ り,ロ マ ン派 の 創作童話 の 原動 力 となった」 と指摘 して い る よ う に,ゲ ー テ は ロ マ ン派 の 先 輩 と して 新 しい童 話 文 学 (eigentliches. Kunstmarchen)の 典 型 を作 り 出 そ う と 試 み た。 そ れ は 後 に ゲ ー テ が Novelle形 式 の典型 とす べ き作 品 を書 き "NOvelle“ と題 したの と同 じ試 みで あったと言 え よう。. ゲ ー テは幼 時 よ り童 話話術 の豊 かな天賦 に恵 まれた母 か ら民話 や物語 を聞 か されてお り,彼 自身 も幼 な友 だ ちの前 で さなが ら即興的 に発表 し,喝 策 を 博 した こ とが あっ た。彼 の 自叙 伝 「詩 と真 実」 (Dichtung und Wahrheit) の 中 で,「 想像 力 が 呼 び起 こ し,つ かむ こ との で きるす べ ての もの を,明 る く力 強 く表現 した り,人 に知 られ た童 話 を作 り直 した り,ま た別 の童話 を創 り出 して物 語 った り,更 に は物 語 なが ら創作 す る」 才能 を母 か らさず か っ た こ とを告 白 している。世 に 多 くの 詩的作品 を遺 した彼 で はあったが ,そ の うちで本格 的 な創作童話 と思 われ るの は次 の三 編 である。. 「新 しいパ リー ス」 (Der neue Paris,18H) 「新 しい メル ジ ー ネ」 (Die neue Melusine,1816) 「 メー ル ヒェ ン」 (Das Marchen,1795). これ らの三 編 は,不 思議 な こ とに,全 く独立 した作品 であると見倣 されて.

(3) 橋. 村. 良. 孝. い るが ,そ れ ぞれ他 の作 品 の 中 に挿入 されて いるので ある。即 ち,「 新 しい パ リース」は「詩 と真実」の第 1部 第 2章 に,「 新 しいメル ジー ネ」は「 ヴ ィ ル ヘ ルム・ マ イス ターの遍歴時代」の第 3巻 第 6章 に,そ して「メ ール ヒェ ン」 もま た「 ドイツ避 難民 閑談集」 (Unterhaltungen deutscher Ausgewan―. derten)の 中 に,い わ ばその作 品 の締 め くく りと して組 み込 まれている。作 品構成上 ,こ の事実 にどの ような解釈 がな されな けれ ばな らないか。 まず創案 と創作 の時期 に焦点 を合 わせて考 えてみると,「 新 しいパ リース」 な らびに「新 しい メル ジー ネ」 につ いては,「 詩 と真実」の第 1部 第 2章 で. ,. ゲ ー テ 自身 が「わ た しが仲 間 にたびたび くり返 して話 さな けれ ばな らなか っ (3). たか ら,い ま もなお はっき りと想 像 と記憶 の うち に うか ん で くるので す 」 と「新 しいパ リース」 につ いて語 っている こと,そ してまた他方 の 「新 しい メル ジー ネ」につ いて も,「 残念 なが らわた しは,い ま (1817年 ),こ の童話 を. ,. そ の もとの ままの 自由 さで ,は っき りとはつ たえ られない。それ はず っとの ちになって書 かれ たので,そ の現在 の姿 は,わ れわれがかの地 (ゼ ーゼ ンハ イ ム )で 夢 中 にな っていた時期 よ りも,も っと成熟 した時期 が しめ されて い る」 と,こ れ ら二 つ の 作 品 の 創作 の 時期 につ いて 明 白 に して い る。 この事 と両作 品 の題 に冠 して ある「新 しい」 (neu)と ぃ う意 味 の形容 詞 の こと を 合 わせ考 えるな らば,こ れ らの作 品が晩年 の ゲ ー テの完全 なフ ィクシ ョンで はない こ との 明確 な示 唆 であると考 え られ よう。 つ ま り,ゼ ーゼ ンハ イムの 牧 師館 で 語 った,か っての 「メル ジーネ」 に現在 の姿 を与 え,「 詩 と真実」 に挿入 されている童 話「新 しいパ リース」の 内容 に,現 在 の形式 を与 えたの は. ,. 晩年 の ゲ ー テ自身 なの であった。も しこの解釈 が 当 を得 た もので あるな らば. ,. これ ら三 編 の童話 の なかで ,「 メール ヒェ ン」 だ けが,創 案 と同時 に創作 さ れ た唯一 の ゲ ー テの創作童話 とい う ことになる。. 次 いで ,そ れぞれの童 話 の母体 ともなっている作品 「遍歴 時代」,「 詩 と真 実」,「 閑談集」 と,こ れ らの作品 のかかわ り,即 ち内容 につ いて観照 を試 み る。.

(4) ゲーテの「童話」. 82. まず「新 しい メル ジー ネ」の母体 である「遍歴 時代」には,こ の作品 の ほか. ,. 「裏切 り者 は誰 だ」 (Wer ist der Verrater?),「 五 十 の男」 (Der Mann von funfzig Jahren),「 危 険 な賭」 (Die gefahrliche Wette)な ど,い くつ かのそ. れ ぞれ独立 した短 編 ,あ るいは創 作 ,あ るいは翻訳 ものが混 っていて, しか もなか には全編 に何 の 関係 もな いと思 われ る もの までが含 まれている。 だが ゲ ー テ の 読書子 には周知 の事 で はあるが ,「 遍歴 時代」 は決 して何 の脈絡 も な いば らば らの小説 で はな く,そ こには一つの理念 が貫 かれている。 その理 念 と は,「 行」 (Tat)で あ る。「遍 歴 時 代」 が 「諦 念 の 人 々」 (order die. Entsagenden)と い う副題 を持 っている ことを想起 し,人 間 の 「行」 が諦念 に よって到達 され るもの ,と 解釈 す るな らば,そ こにこの「新 しいメル ジー ネ」 が挿 入 されている必然 性 が理 解 され よう。そ して もう一方 の「詩 と真実」へ「新 しいパ リース」 を挿入 したの は,フ ァウス ト第 2部 を念頭 におき,諸 々考察 を加 えるな らば,ギ リシア再生 の理念 が彼 の詩的生涯 の始源 か ら存在 してい た こ とを,62才 の ゲ ー テが 少年童話 と して示 そ うと した ものであったと解釈 され よう。. さて,「 閑談集」 とそ の 「 メール ヒェ ン」 につ いて論 じる前 に,こ の作 品 の 成 立 周 辺 の 事 情 とそ の 歴 史 的 背 景 につ いて,主 に 「年 代 記」 (Annalen,. oder Tag一 und JahreShefte als Erganzung meiner sonstigen Bekenntnisse,. 1830)に 依 って示 してみた い。 この 小説 「閑談集」 の 冒頭 に於 いて「 ドイツと ヨーロ ッパ に,更 にはその 他 の世界 に も,実 に悲 しい結果 をもた らしたあの不幸 の 日々」 と,ゲ ー テは 筆 を起 こ しているので あるが ,こ の作品 の成立時期 の前後 1793年 ∼1796年 は. ,. 1789年 にバ ス チ ィーユ で端 を発 したフラ ンス革命 に続 く混 乱 が全 ヨーロ ッパ に波及 した時代 で ある。 ゲ ー テ 自身 も「年 代記」 の 中 で,「 この世界 を嚇 か して いる非常 に重大 な変革 の 直接 の 目撃者 とな り,市 民 に も農民 に も兵士 に (5). も起 り得 る最大 の不幸 を眼 の あた りに し」 ,「 活動的 ,創 造的 な精神 の具 え. ,. 真 に愛 国的 な感 情 を懐 いて,自 国 の文学 を促進 しつつ ある人が ,あ らゆる現.

(5) 橋 村. 良 孝. 存 す る ものが覆 え され るの を見 て, しか もそれか ら何等 らよ り善 きものが. ,. 否 ,単 に何 か別 の物 で も生 れて くることの仄 かな予感 す ら有 り得 ない時 ,こ の様相 に愕然 とす るもの も世 の人 は諒 とす るであろう。 また この ような状態 の影響 が ドイツ にまで も拡 が って来 て ,狂 気染 み た,下 劣 な人 々が勢 を張 る 事 が ,上 述 の ような人 を不快 にさせ るの も,一 般 の 同感 す ると ころであろ う。 この 意 味 で 『市民将軍』 (Der Burgergeneral,1793)は 書 かれ ,同 様 に 『激 昂 せ る人 々』 (Die Aufgeregten,1793)が 起 草 され ,次 にまた『 ドイツ避難 民 閑談集』も書 かれ た。これ らの作品 の す べ て は,そ の最初 の起源 か らいって. ,. そ の仕上 げか らいって も,大 低 はこの年 (1793)と その翌 年 に属 す る もの で あ る。 」 と,述 べ て いる。当時 の社会 的状況 が ,歴 史的事実 が ,当 時 の作 品 の なか に,『 ドイツ避難民 閑談集 』の 中 に も反映 されて いる こ とは,こ れ に よって明 白である。 更 にまた この作 品「閑談集」 の成立周辺 の事情 につ いて も,「 あの 時 (悲 しむ べ き政治 と不幸 な有名無実 の党派的精神 が ,す べ ての友情 を絶 たせ ,す べ ての学術 上 の 会合 を破 棄 せん と して いた あ の時 ),も しシラーの勧告 が な か った ら,今 の 自分 が どんなになっていたか殆 ん ど見当 がつ きません。 も し ま た 『ホー レン』 (HOren,1795-1797)と. 『詩 人年鑑』 (Musenalmanach,. 1796-1800)に 原稿 が不足 す る ような ことが なか った ら,私 は 『 ドイツ避 難民 閑談集』 を書 き,『 ツェ リーニ』 (Leben des Benvenuto Cellinis)も. 翻. 訳 す る こ とはなか ったで しょう。年鑑 に出 た諷詩 と歌 謡 もす べ て創作 す る こ と はなか った ろ う し,『 ローマ 悲 歌』 (Rё mische Elegien)は 少 な くと も当 時 は出版 され る こ とはなか ったろう し,『 諷詩』(Xenien)は 共 同制作 で きず. ,. そ して一般 につ いて も個 々の こ とにつ けて も,ま るで ちが った ものにな って い たろ うと思 われ るものが沢 山 にで きた ことであ りま しょう」 と,回 想 して い る。「最初 の接近 の 時 か ら,哲 学 的教化 と美 的活動 の絶 え ざる進展 が あつ た」,こ の シラー との愉快 な関係 を喜 び,沢 山 の専 門 に於 いて,彼 と共 同 の 仕事 がで きる希望 を得 て,当 時 の ゲ ー テにとって はまさ しく「新春 ともい う べ き もので あって ,す べ て はよろ こば しく勢揃 して芽 を咲 き,閉 じた種 と枝.

(6) ゲーテの「童話」 “ か ら発 して くる」思 いで あった。 ゲ ー テが寄稿 し,シ ラーが主宰 する雑誌「ホ ー レン」は政治問題 と宗教 問題 の討議 を排 除 し,ま た気 軽 な娯楽 を除外 して. ,. 1795年 1月 に発刊 。 また この散文 を主 と した「ホー レン」 の姉妹編 とももく され る 「詩人年鑑」 が 出版 され たの は1796年 の ことであった。因 みに,両 詩 人 が 「ホー レン」 に載 せ た作品 をあげれ ば次 の とお りである。. ゲ ーテ. :. ・ 「 ドイツ避難民 閑談集」 (Unterhaltungen deutscher Ausgewanderten) ・ 「第 一 書簡詩」 (Erste Epistel) 。「第 二 書簡詩」 (Zweite Epistel) ・ 「 ローマ悲歌」 (Rё mische Elegien) ・ 「文芸上 の サ ンキ ュ ロテ ィスムス」 (Literarischer Sanculotismus) 。「 アポ ロ讃歌」 (Hymnus auf den Apollo) ◆「 ゴ ッ トハ ル トヘ の 旅 か らの 手 紙」 (Briefe aus einer Reise nach dem Gotthard). ・ 「ス タール夫人 の詩論 の翻訳」 (Versuch uber die Dichtungen,Essais sur les fictiOns). ・ 「 ツェ リーニの 自叙伝 の翻訳」 (Leben des Benvenuto cellinis). ンフー. .. ・ 「人 間 の 美 的 教 育 に つ い て の 書 簡」 (Briefe uber die asthetische Erziehung des Menschengeschlechts). ・ 「素朴文学 と感 傷文学 について」 (も ber die naive und sentimentale Dichtung) ・. この他詩編 多数掲載。. 本稿 の主 テ ーマ である作 品「 ドイツ避難民 閑談集」 は一 連 の短編小説 の全 体 に名付 け られ た表題 であって,こ れは説話文学 の ジャンルの宝 庫 とも目 さ.

(7) 橋 村. 良 孝. れているボ ッカチオ の 「デカメロ ン」 に,ゲ ー テがその範 を採 った,い わゆ る枠 物語形式 の説話 で ある。「デ カメロ ン」 で は,流 行 しは じめたペ ス トの 「を慰 めるため 暴威 を逃 れて郊外 に避難 したフ ィ レンツェの市民 たちが ,無 り に,互 いに物話 を語 り合 うの で あるが ,ゲ ー テにあって は,先 に触 れた歴 史 的背景 ,つ ま リフランス革命軍 の進攻 によって領地 を追 いだ され た貴族 の一 家 の 団彙 の場 で,物 語 が交 され るとい う設定 になっている。 この戦 いの経過 は ゲ ー テ 自 身 が ヴ ァ イ マー ル の 大 公 に 随 行 ,縦 軍 し,「 滞 仏 陣 中 記」. (Campagne in Frankreich,1822)と 「 マ イ ン ツ攻 囲」 (Belagerung von. Mainz,1822)で 報告 していると ころである。 この物語 の外枠 に出 て くる封建貴族 の一 家 の 中 に も,革 命 を支持 し論 陣 を 張 る若者 が いることは,フ ランス革命 の旗 印 である 自由 とい う美名 が,い か に 当時 の ドイツ の 青年 層 の 心 に も訴 え る もの を持 って いたか を物語 って い る。作 中 の青年 カ ール もその一人 で,猛 烈 な保守主義者 で古 い体制 の利害 を 主張 す る枢密顧 問官 と対立 して ,二 人 は腕力沙汰 とまで はいか ないまで も. ,. 大衝突 を起 し,団 業 の場 に気 まず い空気 を作 りだす。 そ こで一 家 の 主 で あ る男爵夫人 が ,居 合 わせている人 たちに 自制 を促 し,時 事 問題以外 の ことに つ いて話 し合 って,雰 囲気 をと りもどす よう提案 す る。 まず老 牧師 が彼 の物 語 の コ レクシ ョンのなかか ら話題 を提供 し,さ ま ざまな由来 の短編風 の話 を 楽 しむのである。ここで興 味深 い こ とは,ゲ ー テが登場人物 の 口 を借 りて「文 芸論」 を語 り,話 の筋 を展開 させている こ とである。 「私 は この世 の 中 に もう長 い こ と生 きて きて,そ の間ず っと,い ろ い ろな 人物 の 出合 った出来事 に注 目 して きま した。大 いなる歴史 を概観 す るための 力 も勇気 も私 には あ りません し,世 間 の出来事 の一 つ 一 つ に私 の頭 は混乱 す るばか りです。 しか し真実 の もので あれ ,偽 りの もので あれ ,一 般 の人 々が 知 っていて,ひ そか に語 り合 っているた くさん の個人的 な物語 のなかには. ,. 新 しさの魅 力 よ りも,も っと純粋 です ば らしい魅力 を持 った, しゃれた転換 に よって絶 えず私 たちを朗 らか に しようと して いる もの ,人 間性 とその 内面 の秘密 とを一 瞬露 わに して くれ るもの ,さ らにはその馬鹿 さ加減 で ,私 たち.

(8) ゲ ー テの「童 話」. れ た生 活 の を楽 しませて くれ る もの ,な ど数 々の物語 が あるの です。 あ りも、 中 で私 たちの注意 や腹立 ちを誘 う物語 ,そ の 当事者 である人 々 やそれ を物 語 る人 々と同様 にあ り. /Sゝ. れ た物 語 が 数 多 くある 中 か ら,何 か一 つ で も特 色 を. 持 っているように思 われ る物語 ,私 の頭 に,私 の心 に触 れ る ものが あ り感 情 を催 させて くれ る物語 ,そ して繰 りかえ しそ の こ とを考 える度 に,一 瞬 で も 純 粋 な落 ちつ い た 明 る さを私 に感 じさせ て くれ る物語 を,私 は集 め たの で す。 」一 「 もちろん観察者次第 で,ど ん な側面 か ら事柄 を提 え ることが 出来 るか によって,決 って くる ことが ,た くさんあ ります。しか し私 は,も ちろん. ,. 昔 の 本 や言 い伝 えか らも,い ろいろ材 料 を取 った ことを否定 す るつ も りはあ りません。 」― 「それ に前 もって申 しあ げてお きますが ,私 の お話 し申 しあ げようとす る ことには,そ れ 自体 なん らの値 うちもな い もので す。 しか し. ,. も しも皆 さまが真面 目 な話 の後 で, しば らくの気体 め をな さるとか ,い ろい ろお い しい もの をたっぷ り召 しあが つた後 で,軽 いデザ ー トをお求 めにな ら れ るような場合 には,お 話 を申 しあげる用意 があ ります。 」 と語 る。そ こで 幽霊物語 ,道 徳物語 ,恋 愛物語 などが 次 々と語 られ るのである。 この外枠 では,会 話全体 に大 きな比重 がおかれていて,ま るで戯 曲 を思 わせ る ような, しば しば発 言者 の 名 に直接言葉 の 引用 が続 くとい う当時流 行 の形 式 が用 い られて いる。 そ してそ の語 り回 は,シ ラー やエ ー リッヒ・ トル ンツ も指摘 しているように,簡 潔明解 で,全 体 が均整 の とれ た構成 となっている。 また シラーは,こ の外枠 の 内容 に触 れて,当 時枢密顧 門官 で もあったゲ ー テ に,政 治的判断 を考慮 し,登 場人物 のル イーゼ及 びカールの性格付 けにつ い て. ,. 「公衆 に対 す る公 開状 で,政 治的 な判断 に於 ける自分 たちの純潔 を標榜 し たい とは思 いますが ,あ なたが (作 中 の )顧 門官 の言 に帰 せ しめているとこ ろに,民 衆 の或 る党派 が,そ して少 なか らざる人 々が反対 しな いか どうか と い う こと を考 慮 に入 れ て ほ しい」 とか 「余 り辛 く当 りす ぎる遠 慮 の ない話 相手 の令嬢 ル イーゼか ら老牧師 を守 ってや って下 さい」.

(9) 橋. 村. 良. 87. 孝. な どと助言 を与 えていることは興味深 い。内枠 の第 一 話 は幽霊物語 で,ゲ ー テが ,ア ウ グス ト公 が 有 名 な フ ラ ンスの女優 ク レー ロ ン (Clairon)に つ い て パ リか ら受 け取 っ た 報 告 を も と に した 「女 優 歌 手 ア ン トネ リ」 (Die sangerin Antonelli)で ある。 これ にはゲ ー テは相 当 の 自信 が あつた らしく. ,. 「幻覚 と予感 の叙述 に於 いて ,偉 大 な先輩 のそれ におと らな い ように願 って い ます。 」 と,シ ラーに語 っている。 (1795年 1月 31日 付 ,シ ラー宛 )。 第 二 話 は 「謎 の ノッ ク の 話」 (Die Geschichte von dem ratselhaften. K10pfen)で あ り,第 二 話 は後 にホ フマ ンス タール も取 りあ げて いる有名 な 「 パ ッソ ンピエ ール宮 内官 の話」 であって ,17世 紀 フランスの将軍 フランソ ワ 。 ド・パ ッソ ンピエ ール (Frasois de Bassonpiere,1579-1646)の. 回想. 録 を,ゲ ー テは1794年 か ら翌年 の冬 にか けて,ワ イマールの宮廷 図書館 か ら 借 り出 して読 んだ もので,そ の なか の二つの挿話 を作 中 の カールに語 らせて い るの で ある。そ して第 五 話 に入 る前 に,ゲ ー テは ここで も作 中人物 の男爵 夫 人 に,自 分 の 間 きたい物語 につ いて大変面 白 い注文 をつ けさせて いるので ある。 つ ま り. ,. 「『千夜 一 夜 物語』風 に,一 つ の 出来事 が他 の 出来事 の 中 に嵌 め こまれて いて ,一 つの 関心 が他 の 関心 によって排 除 され るような物語 は,私 は少 しも 面 白 いとは思 いません」. と,ま るで本作 品 がデカメロ ンを模範 と していな いかの ような この言葉 には 異論 をは さむ余地 はあるが ,こ れ もまた例 の ゲ ー テ独 特 の イ ロニ ィー と解釈 す べ きな のだ ろ うか 。男爵夫人 は更 につづ けて. ,. 「登場人物 も出来事 も少 な くて ,着 想 も構成 もうま く,真 実 らしく,自 然 ら しく,低 俗 でない,そ して どう して も不可欠 な筋 の展 開 と,ど うして も必 要 な意 見 だけを含 む物語」一 「 こ うで あ りた い とい うような人間像 ,完 全 で.

(10) ゲ ーテの 「童 話」. はないが善良 であ り,異 俗 ではないが興味深 く,愛 らしい人間像 が登場 す る 物語」. をと,要 求 す るのである。この要求 に応 じて語 られ る第 五 語 が ,シ ラー をも 「全 く驚喜 させ た」 (1795年 3月 19日 付 ,ゲ ー テ宛 の書簡 ),「 弁護士 の 話」 (Der. PrOkutOr)な の で あ る。 これ は長 期 間 ,若 妻 を家 に残 し,旅 に出 る夫 の 貿 易商 が ,思 慮分別 ある立派 な男 な ら,と い う条件付 きで妻 に浮気 を許 すが. ,. 彼女 がみそめた当 の相手 の男 は,彼 女 の意 にそ うよう にみせか けなが ら,そ の実 ,断 食 に よって彼女 の 肉体 を衰弱 させ煩悩 を断 つ ,と い う賢明な法律家 の 話 。この 寓話 は,ゲ ー テが フラ ンス=の 短編 集「サ ン・ ヌー ヴェル,ヌ ー ヴェ ル」 か らほぼ忠 実 に取 つた ものであるが ,シ ラーの1795年 3月 19日 付 の書簡 に よると「 ここ (弁 護 士 の話 )で ,も しあなたがボ ッカチ オの原本 をすてて しまはなか ったな らば,私 はきっと不満足 な こ とで したろ う」と述 べ ている。 そ の いずれ に しろ,ゲ ー テは結末 の三 角関係 の解決 で,第 二人 目の男 (弁 護 士 ) の 賢明 さに由来 す るように改案 して いるの である。 第 六 話 は「若 き フェル デ ィナ ン ト」 (Der junger Mensch Ferdinand)の 物 語。主人公 の青年 フェルデ イナ ン トが ,恋 人 の歓心 を買 うため に父親 の金 を何度 もくす ね るのだが,遂 いには罪 の意識 に さいなまれ ,こ れ までの行為 を自 らそれ とはな しに父 に教 え,更 に有利 な商売 によって穴埋 めを計 ろ うと す るのであるが ,そ の 直前 ,母 親 に発覚 され ,盗 み も しない金 のぬ れ ぎぬま で きせ られ るのだが ,最 後 にはその疑 い も晴れて,メ デ タシ,メ デ タシ,で 終 る断念 と 自己克服 をテーマ と した物 語。 なお,こ の物語 のモ チ ー フにつ い て付 言す るなれ ば,こ の物語 はゲ ー テ 自身 の完全 な創作 であるとす る意見 と イ フ ラ ン ト (Ao W.Iffland,1759-1814)の 「野心 の 罪」 (VerbrOchen aus. Ehrsucht)か らヒ ン トを得 た もの で あ る とす る二 つ の 意見 に分 かれ て い る ようである。そ して本編 の最後 を飾 るのが ,本 稿 の 中心 的課題 で もった「 メー ル ヒェ ン」 である。.

(11) 橋. 村. 良 孝. ゲ ー テは1795年 7月 8日 付 の書簡 で シラーに宛 てて「私 は当地. (カ. ルルス. バ ー ト)へ 来 る旅 の途 中,二 三 の古 い童話 を検討 して,そ れ らの手法 につ い て色 々の ことが頭 を掠 めて います。私 は早速 ,私 たちの原本 となるような も の を一 編書 いてみ ようと思 っています」 と,書 き送 っている。先 の「閑談集」 の外枠 で物語 に入 る前 に,い わば,ジ ャ ンル論 と して説話芸術 の理論的考察 を展 開 したの と同様 に,「 メール ヒェ ン」 で も,ま たゲ ー テは登場人物 の 口 を借 りて ,老 牧師 とカ ールの対話 を通 じて,ま ず メール ヒェ ン論 とで もい う べ もの を挿入 しているの である。本作 品 で はカールがまず老牧師 に. ,. 「 メール ヒェ ンをお話 し下 さいませんか 。想像 力 が現実 に起 った出来事 を 潤色 しようと した りす るの は嫌 いなんで す。想像 力 の作 りだす幻 の姿 が独 自 の ジャ ンルの産物 と して現 われ る場合 には,私 たちは大 いに歓迎 す るので す が ,こ れが真実 と結 びつ くと,大 低 は化 け物 を生 み 出す だけで,悟 性 や理 性 と通常矛盾 す るように私 には思 えるのです 。私 の考 えで は,想 像 力 は現実 の 対 象物 に依存 した り,そ れ を私 た ちに押 しつ けよ うと して はい けな いの で あって,芸 術作品 を作 りだすつ も りな ら,も っぱ ら音楽 の ように,私 たちに 働 きか け,私 たち 自身 の 内部 で感 動 を与 え, しか も この感動 をもた らした も のが ,私 たちの外 にあるのだ とい う ことを忘 れ させて くれ るような もの でな (17). けれ ばな らない ので す」. と,こ れ に対 して老牧師 は. ,. 「想 像 力 の産物 に対 す るあなたの ご要求 をそれ以上詳 しく述 べ られ るの は. ,. おやめになって下 さい。 」「要求 をせず に,た だ楽 しむ とい うの も,こ うい う 作 品 の楽 しみ方 の一 つ です 。想像 力 その もの は要求 を出す ことが出来 ず ,与 え られ るもの を待 っていなけれ ばな らな いのですか ら。想像 力 は計画 などた てず ,な んの道 も準備 せず ,自 分 自身 の翼 に運 ばれ ,導 かれ るもので あ り. ,. そ う してあち こ ち飛 びなが ら,方 向 が絶 えず 変幻 自在 す る実 に不思議 な軌跡.

(12) ゲーテの「童話」. を描 くの です。 ………今晩 はひとつ 皆 さまが何 ごと も思 い起 さず,そ れでい (18). てす べ ての こと を思 い起 す ように して差 しあげることをお約束 します」. と語 っている。 この ようにゲ ー テは牧 師 の 口 を借 りて,簡 潔 に,的 確 に,彼 自身 の メール ヒェ ン論 を展 開 させて いるの である。即 ち,メ ール ヒェ ンは. ,. 一切 の経験的 な現象 か ら超脱 し,理 性 や法 則 の絆 を離 れ ,何 の要求 も,目 的 も. ,. 計画 もな く,た だ 自分 自身 の翼 に運 ばれ ,変 幻 自在 に飛翔 す る想 像 力 の不思 議 な戯 れの世界 であ り,そ れ はあたか も音楽 の ように何 の観念 も促 がす こと な く,た だ人間 の 内面 を揺 り動 か し,読 者 に あって は「何 も想 い出 さず ,そ れでいてす べ ての ことを思 い起 す」 であろうような もの,こ れが メール ヒェ ンで あると述 べ ているのである。. ゲ ー テは1795年 8月 17日 付 の シラー宛 ての書簡 で. ,. 「『童話』,私 は『閑談集』 の終 りを これ で結 ぼ うと考 えています。そ して この 『閑談集』 が想 像 力 の産物 によって,い わば無限 な もの となる ことであ れ ば,悪 くない こ とと思 います。 」. と,書 き送 り,更 に翌 日の1795年 8月 18日 付 の手紙 では. ,. 「 あの物語 (閑 談集 )の 終 円 と『童 話』 へ のか け渡 しは,で きるだけ早 く お送 りします。………私 は『童 話』その もの には好 も しい元 気 を感 じています 。 それ は私 を楽 しませて くれ ます。それですか ら幾分 は他 の人 たちに対 して も 面 白 い ものだろ うと思 います。 」. と,次 いで 8月 21日 の手紙 で は. ,. 「私 の今度 の寄稿 は,市 民生活 か ら『童 話』 へ のか け渡 しというよ りはむ.

(13) 橋 村 良 孝. 9r. 」 しろ飛躍 といつたような もの にな ります。それで我慢 してやって下 さい。. と,こ れ に対 して シラーは 8月 29日 付 の書簡 で次 の ような返事 を して いる。. 「『童話』 は多彩 で面 白 い もので す。 あなたか らかねて きかせ ていただ い た こ との ある『お互 い 同志 の助 け合 いとお互 い同志 の拒 み合 い』の イデ ーが. ,. 美 しく生 か されて あるの を発見 しま した。私 の妻 はこの作 品 を大 きな満足 と して います。彼女 はそれがボル テ ールの趣 味 であると云 っています。そ して 私 は妻 に同意 しなけれ ばな りません。とにか く,あ なたは この取扱 い方 によっ て ,一 つ の こ らずす べ てが象徴 である こと を,ど う して も読者 が思 わなけれ ばな らな い ように して います。人 々はす べ て に一 つの意味 を探 さないわ け に はいか な くなっています。四人 の王 様 の 出 はす ば らしく美 しい ものです。橋 と しての蛇 は じゃれ た比 喩 です。小百姫 も彼女 の神 もはなはだ性格 的 です。 全体 はす べ て悦 ば しい気 分 の産物 である ことがわか ります ……」. と,書 き送 っている。ここで シラーは,こ の作 品「全体 がす べ て」ゲ ー テの「悦 ば しい気分 の産物」 であると し,こ の作品 自体 に対 して も「満足 の意」 を表 明 し,「 多彩 で面 白 く」,「 お互 い 同志 の助 け合 い とお互 い 同志 の拒 み合 い」 の イデ ーがみ ごとにいか されて いる」 と解釈 し,更 に読者 あるいは聞 き手 に 対 して は「一 つの こ らず,す べ てが象徴 であ り,す べ てに一 つの意味 を探 し 出 さな ければな らな い ような」 で き栄 えであると評価 し,四 人 の王様 の 出 に つ いて も「す ば らしく,美 しい もの」 と云 っての けて いる。成程 「四人 の王 様 の 出現」は部分 的 には,シ ラー も指摘 す るように「す ば らしく,美 しい もの」 で あるか も知 れないが ,そ れが「 メール ヒェ ン」全体 の有機 的 な必然性 とい う点 で は論察 す べ き こ とが ある ように思 われ る。「す べ て に一 つ の意味 を探 し出 させ ようと して いる」 とす る シラーの言葉 は当 を得 ている。 だが,あ ま りに も複雑 で,瞥 見 しただけで は容易 にその意味 は探 し出 せない。 いったい ゲ ー テの い うと ころの "bedeutend“ であって ,同 時 に"deutunglos“ な作 品 と.

(14) ゲーテの「童話」. 92. は何 なのか 。 そ してまた,こ の作品 がわれわれ にとって,ど の ような意 味 で "bedeutend“ gslos“. であ るの だろ うか。 この作 品 「メール ヒェ ン」 が ただ. "deutun―. な「何 ごと も思 い起 さず,そ れ でいてす べ て の こ とを思 い起 す」. nichts und an alles erinnert werden“. の み ,わ れわれ に. "bedeutend“. "an. ようなイ 乍品 であるとい う こ とに よって. 「意味が ある」 と考 えれ ば,そ れで よいので. あろ うか。引用 が 多 くなるが「メ ール ヒェ ン」 の概要 を次 に示 す. :. 河 の ほ と りの 小 さな小屋 で,昼 間 の 仕事 に疲 れ はて た年 老 い た渡 し守 が 眠 っていた。真夜 中 ,高 い声 を聞 いて彼 は 目覚 めた。旅人 たちが河 の 向 へ渡 して欲 しい といっている声 であった。戸 の外 へ 出 てみ ると,二 つの大 きな鬼 火 が ,も や ってある小舟 の上 に飛 んでいた。鬼火 たちは非常 に急 いでいるの で一 刻 も早 く向 う岸 に渡 してほ しいと言 った。老人 はす ぐに舟 を出 して,流 れ を横切 っていった。鬼火 たちが舟賃 と して くれ た金 貨 を渡 し守 は岩 の割 れ 日 に落 と して隠す。それ を美 しい緑 色 の蛇が のみ こむ。蛇 は岩 か ら出て金 貨 の落 と し主 を探 していると,鬼 火 たちに出合 う。鬼火 たちは美 しい百合姫 の い る宮殿 に行 きたが っている。 この物語 はこの ような奇妙 な情景 の連続 で語 られている。 百 合姫 は悲 しみ に沈 んでいる。彼女 の手 に触 れ ると生 あるものはす べ て死 んで しまうか らである。河 をへ だてて住 む若 い王 子 が彼女 の視線 をうけてあ こがれの思 いに捕 われて,み すば ら しい姿 で さまよっている。河 の こ ち ら側 の 百合姫 の 国 は純 な美 しさに輝 いてはいるが ,生 命 が欠 けて いて,植 物 が実 を結 ばない。二つ の 国 が結 ばれれ ば万事 は幸福 に解決 され るはずなのだが. ,. この 河 には橋 がない。両岸 の 間 の渡 しは勿論 ,時 と しては可能 であるが ,こ の 国 の住民 が往来 出来 る恒常 の橋 はない。 まず一人の渡 し守 が いる。小舟 で 河 を渡 して くれ るが ,向 う岸 へ 渡す だけで,こ ち らの岸 へ連 れ戻 す こ とは許 され ない。更 に もう二つ の渡 しの可能性 が ある。「美 しい緑 色 の蛇」 と「巨 人 の影」 である。真昼 に蛇 の背 をつ たわって,あ るいは夕方 に巨人 の長 い影 を利用 して行 く方法 だが,人 間 には思 うに まかせない。向 う岸 の寺院 は,地.

(15) 橋 村. 良 孝. 中深 く岩 の 中 に建 て られて いて近 づ けな い。地下 の寺院 の 中 には,四 人 の王 様 が いる。金 の王 ,銀 の王 ,銅 の王 ,三 種 の金属 の混合 の王 である。 救 いの 時 が近 づ く。 ランプをもつ 老人 が現 われ る。そ の ラ ンプは,あ らゆ る もの に生命 を与 える力 をもって いる。救 いは個 人 の 力 でできる ことではな く,一 時 の気 ま ぐれでで きる こ とで もな い。す べ ての者 が有機的 な組織体 と な って力 を合 わせ な くては実現 しない,と 老人が い う。それ を聞 いて,蛇 は 自分 の 身 を犠性 に して橋 になる。 そ の橋 を渡 った王 子 は百合姫 の胸 に身 を投 げ,生 命 を奪 われて倒 れる。 こ の絶望 的 な行為 が ,ラ ンプ をもつ 老人 を出現 させ る。王 子 の生命 が よみが え る。「そ の 時 が来 た」 と老人 が三 度 となえ ると,地 中 の寺 院 が 姿 を現 わ し. ,. 二人 の王 が立 ちあが り,混 合 の金属 の王 は くずれて沈 む。 王子 は百合姫 と抱 き合 う。第 四 の 力 である「愛」 と出合 って王 子 は完全 に 呪 いは砕 かれ ,二 人 の王 に祝福 され ,結 ばれ た若 い夫妻 と 新 しい生 命 を得 る。. ,. 二つ の 国 は幸福 になる,と い うハ ッ ピーエ ン ドで終 る。. これ が 「閑談 集」 の終 りを,こ れ で結 ぼ うと考 えてい ます」 と,シ ラー に知 らせ た「メール ヒェ ン」の概要 であ り,想 像 力 の翼 にのせて飛翔 する世界. ,. われ われ に「何 ごと も思 い起 さず ,そ れでいてす べ ての こと を思 い起 こ させ る こと」 を約束 した世界 なのである。そ して「想像 力 の産物 に よって,い わ (22). ば無 限 な もの とな る ことで あれ ば,悪 くな い ことと思 う」 と言 ったゲ ー テ の 言葉通 り,「 ホ ー レン」 に掲載 された当初 よ り話題 を呼んだのである。 と りわ け,ロ マ ン派 の 人 々か らで はあるが ,「 この ジャ ンルの ものか ら期 待 され う るす べ て の特性 を もった もの」 とか ,あ るいは「か って想 像 の 天 (24). か ら乾 燥 した地上 に降 って来 た ものの うちで最 も見事 な もの」 とか ,更 に は「 この ジャ ンルの最 も秀 れた作品」などと最高 の評価 と賞讃 をお しみな く. ,. この 作 品 に 与 え て い る の で あ る が ,他 方 に 於 い て は,シ ュ タ イ ン夫 人. (Charlotte von Stein,1742-1827)の ように「ゲ ー テはもう全 くま じめに 著作 を して いない ように思 われ ます」 と,こ の作 品 を通 じて非難 を浴 びせ て.

(16) いるの をは じめ と して,ヴ ィー ラン トは「統 一 と心 を楽 しませ る何 かが欠 け てい る」 と している し,テ ィー クもまた「余 りに抽象的 で一 般的 であ り,寓 喩化 が不 明瞭 であると して非難 している。更 に K・ グ リュ ー ン (Karl Grun) に至 って は「感 覚 と理 性 に対 す る明 白な絶 望」 とまでい っての けて い るほ どである。 最 も権威 の あると評価 されているゲ ー テ全 集 の一 つ であるハ ンブル グ版 の 注釈 者 トゥル ンツ (Erich Trunz)氏 は,こ れ までの 解釈 を分 析 し,19世 紀 の 解釈 は,主 に寓意的 であ り, しか もそれ は政治的 に解釈 す ることによって 認識 され得 るとす る解釈 であ り,20世 紀 で は「メール ヒェ ン」 の 中 に象徴 を 見 て はいるが ,そ の象徴 も,寓 意 よりはるか に慎重 に取扱 われていて ,さ ま ざまな意 見 となって示唆 されてあ り,多 義的 で 多面的 であると解説 し,ゲ ー テの他 の諸作 品 に於 ける象徴 との比較 が ,こ の作 1を 理解 す るうえで役立 つ 『 と述 べ ,普 遍 へ の相 互扶助 と犠性 が,た だ純粋 な形式 で存在 す るのみで,こ の作 謂lは 一 つの夢 の世界 であ り,同 時 によ り高 い理想 の形象 であるが ,教 訓 的 で はな く,音 楽 の ように,そ れ は空 想 の戯 れであると述 べ るにとどめてい る。 ハ ンブル ク版 の注釈者 に して,一 方 で は他 の作 1と の比較 に於 いて,こ 『 の作 1が 理解 され ると しなが らも,他 方 では,単 なる空想 の戯 れ に過 ぎない 『 と して ,自 己 の解釈 をさけて いる。他 の 多 くの解釈 ,も しくはその見解 が気 にな るところである。以下 ,そ れ らの諸解釈 (先 に触 れ たもの除 く)を 分類 すれ ば (勿 論 ,相 互 に関連性 があ って,明 確 に区分 で きない もの も含 まれて はいるが )大 約 ,次 の ような こ とになる。 ・ 政治的 0社 会的解釈 の試 み 例 えば :J.Hoffmeister,A.BielschOwsky,Eo Steiger usw. ・ 道徳的 ・ 宗教的 ・教訓的立場 にたった解釈 例 えば : Hermann Schneider,Ko Goedecke usw. ・ 象徴的解釈 を試 みている もの 例 えば :Rudolf Steiner,Wilhelm Emrich usw..

(17) 橋. 村. 良. 孝. ・ この作 品 を空想 の戯 れ ,あ るいは解釈 が不可能 ,も しくは作品 その もの の価値 を認 め ようと しない もの 例 えば. :. A.Widschoお ky:「 この童話 はゲーテが 『閑談集』 の 中 に編纂 したつ ま ら ない話 を勿体 らしくま とめた もので ,『 メ ール ヒェ ン』 と して発表 しなか っ たな らば,私 たちは これ を ドイツ小説史 にとって意義 あ りとは いえ,ゲ ー テ の作 品 か ら除 いておきたい もの である」 。. Gundor:「 意識 的 に謎 めか して表 現 せ られ てい るゲー テの意 図 を一 つ 一 つ に亘 って付度 す る こ とは無意味 に思 われ る。 われわれ はゲ ー テが 多 くの深 い人 間 と同 じく,明 らかな神秘 に対 す る喜 びか ら時 々9謎 や彼 には明白 な. ,. 他 の者 には至 極曖昧 な符号 で語 る こ とを好 んだという こと を知 るだ けで十分 で ある」。 Kari Viё. tor「 物語 の筋 はある隠 れ た意味 を暗示 して いるよ うに思 われ る。. しか しそれ は確 か に個 々においてそれ とな く示 してはいるが,全 体 と して は 把握 で きな い。 ここで は形姿 と理 念 によって想 像 力 は無 限 の活動 へ と駆 られ (30). るが ,同 時 に理性 は出 国 のない迷路 へ と誘 われ る」。 Eo Steiger「 ゲ ー テ 自身 によ り嘲笑 された,無 数 の イ ンタープ レタチオ ン (31). に更 に一 つ 加 えるの は無意味 な試 みで ある」。. G.Brandes:「 私 は これ を幾度 も注意 して読 んで見 た けれ ども,こ の骨 の 折 れ る紛糾 した作 の 中 に意味 を見 い出す ことは遂 に出来 なか った。 この話 は 読者 に謎 をか ける例 の癖 か ら,恰 度 バ アキ の予言 の ように,生 れ た もの らし い,… …私 と して は,如 何 なる意味 が あるか どうか とい う ことは,そ れ はど うで もよ い こ とで,芸 術 の任 務 は錯 雑 した不 可能 の比 喩 を造 る ことで はな (32). い 」。. 以上 の ように多種 多様 な批 評 が あるが,こ の作 品 「メール ヒェ ン」 を無 価 値 な もの ,単 なる戯 れ ,な どと決 めつ けず ,そ こに何 らか の解決 の糸 口 を見 出 し,解 釈 を試 みている側 の ひとびとのそれ には,こ の作品 を全 く独立 した.

(18) ゲ ー テの「童 話」. 一個 の 「メ ール ヒェ ン」 と してで はな く,こ れ を「閑談 集」全体 の総活 と し て 見倣 している傾 向 が うかが え る。即 ち,彼 らは当時 の社会的 ,政 治的背景. ,. フ ラ ンス革命 との 関連 に於 いて ,あ るいは シラー とゲ ー テとの 関係 に着 目 し. ,. 美 的教育理論 よ り諸力 の相互援助 に光 を当 てた り,あ るいは寓意的 ,象 徴的 な観点 か ら,あ る もの はこの作 品 にヴ ォール テ ール やハ ミル トンの趣 味 を見. ,. ヨハ ネ福音書 を連想 ヒ ノ,「 鬼火」 に啓蒙哲学 ,フ ランス革命 の理念 を,「 巨人 の影」 にフラ ンス革命 の影響 を観 ているのである。 だが これ らの諸解決 は「 メール ヒェ ン」が「閑談集」の なか の一 説話 ,「 閑 談集」 の総括 であるとい う前提 の もとに成 り立 っている。そ れ故 ,彼 らの解 . . . . ●● ● 。 。(印 ). 釈 は「 メール ヒェ ン」 の それで はな く,い わば註釈付 の「メール ヒェ ン」解 釈 な の であ った。この観点 か ら,こ れ らの諸解釈 が理 解 され得 るのであって. ,. またそ の ように理解 す ることによって,こ れ らの諸解釈 が誤 りであるとす る 根拠 も消滅 す る。 しか し「 メール ヒェ ン」 を「閑談集」の総括 と見倣 し,解 釈 す ることには. ,. なお疑 間 の余地 が残 る。はた してゲ ー テはそ の構想 の最初 か ら「 メール ヒェ ン」を念頭 において執筆 したのであった ろうか。 「閑談集」とその「メ ール ヒェ ン」 の創作過程 を振 り返 って展望 す る時 ,雑 誌 「ホ ー レン」 の主宰者 シラー と寄稿者 ゲ ー テとの往復書簡 が この疑間 によ く答 えて くれている。 その書簡 とは :1794年 12月 5日 付 の手紙 であ り,1795年 7月 8日 付及 び1795年 8月 17 日付 の それである。. 1794年 12月 5日 付 の書簡 :「 原稿 (閑 談集発端 の訂正 )を お送 りします。 時 間 を許すだ けで いた しま した… …私 は終 りの しる しを消 しておきま した。 それか ら又 きつとうま い工 合 いに続 きを書 けるとい う気 になったか らです」。 1795年 7月 8日 付 の書簡 :「 私 は当地. (カ. ルルスバ ー ト)へ 来 る旅 の途 中. ,. 二三 の古 い童話 を検討 して,そ れ らの手法 につ いて色 々の ことが頭 を掠 めて い ます。 私 は早速 ,私 たちの原本 となるような もの を一 編書 いてみ ようと思 っ ています」。.

(19) 橋. 村. 良. 孝. 97. 1795年 8月 17日 付 の書簡 :「『童話 』,私 は 『閑談集』 の終 りを これで結 ぼ うと考 えています」。. これ らの書簡 がわれわれ に明示 していることは,ゲ ー テの作品構想 の うち には,当 初 「メ ール ヒェ ン」 がなか ったとい う ことである。 そ してまた この 作 品 「閑談集」 が「千夜一夜」風 の ,い わばつ ぎた し話的 な説話 の体裁 であ る こと を考慮 す るな らば,最 後 に位置 す る「メール ヒェ ン」 が 内容 と形式 に 於 いて も全編 の総括的 な ものでな けれ ばな らない とす る必 然的妥 当性 は見当 らな い。 それ故 ,わ れわれは これ を「 閑談集」全体 の総括 ,註 釈付 のメール ヒェ ンと して解釈 す るの ではな く,や は り「 メール ヒェ ン」 を一個 の全 く独 立 した作 品 と して把握 し,解 釈 す るのが順 当 であると思 われ る。 そ こで ,い ま仮 に,こ の作 品 「メール ヒェン」 に一 個 の人格 を与 え,全 く 独立 した作 品 と して,ゲ ー テの手 か ら切 り離 し,こ の作 品 に関す る予備知識 を持 たない読者愛好家 たちに,こ の作品 を読 む こと を薦 め,読 後 の感想 を求 め たな らば,ど の ような言 葉 が返 って くるの であろうか。興味 の あると ころ で ある。恐 らく,そ の返事 を待 たず とも,先 に挙 げたゲル マニス トたち,ゲ ー テ研 究家 の彼 らが示 した見解 ,そ の一 例 をもって示せ ば「幾度 も注意 して読 んでみたけれ ど,こ の骨 の折 れ る紛糾 した作 の 中 に意味 を見 出す ことは遂 に で きなか った……」 とい う解釈 に近 い,感 想 の言葉 しか得 られな いので はあ るまいか 。 この ように読者 を不可 解 にさせ る原 因 は,彼 の創作 の希有 な発想 ,つ ま り そ の創作原理 にあるので はないか 。 この観点 か らもう一度「想像 力 は美 しい 力」,「 想像 力 はどんな対象 とも結 びつ いてはい けな い,ど んな対象 をも私 た ちに押 しつ けようと してはいけないのです」 と作 中 の老牧師 が語 る言葉 や. ,. 「何 も想 い出 さぬ ような,そ れでいてすべ ての ことを想 い起 す ような話」 を 読 者 に約 束 した言葉 を想 い起 し,反 劉 す る うち に私 の頭 をかす め る もの が (34). あった。それ は「偶然性 の芸術」 という言葉 であ り,か って読 んだ ことの あるホイジ ンガー(Jo Huizinga 1872-1945)の 「ホモ・ ルーデンス」(HomO.

(20) ゲ ー テの「童 話」. Ludens)で あ り,シ ラーが 当時 「ホ ー レン」 に載 せていた「美 的教育 に関す る書簡」 の 中 で説 いている「遊戯衝動説」 であった。 この シラーの 「遊戯衝 動説」をゲ ー テは この作置1の 創作原理 と したので はあるまいか 。この「戯 れ」 "Spiel“. を,ゲ ー テは創作原理 と し,彼 の天性 の純 な想 像 の 自由 な高翔 によっ. て,空 想的 な不思議 の世界 へ 「何 も想 い出 さぬ ような,そ れでいてす べ ての こと を想 い起 こ させ る」 ,,an nichts und an alles erinnert werder`ょ ぅな世 界 へ と,わ れわれ を案 内 しようと したのではないか。 ゲ ー テは,シ ラーの説 く「戯 れ」 の定義 を この作品 の創作原理 と し,言 語芸術 のなか にあって,そ れ に最 も. /S、. さわ しい形式 をそな えた「メール ヒェ ン」 の世界 に,彼 の創造 力. の 産物 を織 りな したので あった。 だが ,「・…… 昔 々 あると ころに……」 とい う この童話形式 が ,た とえ一元 性 であ り,平 面性 であ り,抽 象的様式 をそなえ,孤 立化 と普遍 的結合 の可能 性 を秘 め,モ チ ー フの純 化 と含 世 界性 の 変幻 自在 な世界 で ある とはいえ. ,. 所 詮 ,そ れが一 つ の創作芸術 である限 り,た とえそれが どんなに純 な「想 像 力 の 産物」 とは いえ,「 意味 ある と同 時 に,解 釈 す る こ とので きない もの」 も想 い 出 さぬ よ うな,そ れ で い "zugleich bedeutend und deutunglos“ ,「 何 て す べ て の こ と を想 い起 こ させ る」 "an nichts und an alles erinnert wer‐ den“ ような もの を表現 しようと したと ころに問題 があ り,そ れがその まま. ,. こ.の 作品 「 メール ヒェ ン」 に対 す る数多 くの消極的 な立 場 を取 らせ る意見 を 生 み だす要因 ともなったのでは あるま いか 。. ゲ ーテにはまたす ぐれた視覚器官 と詩的想像 力 に関す る資料 と して, しば しば 指 摘 ,引 用 され る 言 葉 が あっ た。 それ は「規 制 され た想 像 力」 "eine geregelte Einbildungskraft“. の創作原理 につ いて述 べ た もので ある。:. 「私 にはこんな能 力 があった。 目 を閉 じて首 を重 れなが ら視覚器官 の 中央 に一 つの花 を想 い浮 か べ ると,そ の花 は一 瞬 も最初 の姿 の ままで固定 せず 開 いて くる。そ してその 内部 か らまた色 のつ いた,お そ らく緑色 の花弁 か らな.

(21) 橋 村. 良 孝. る新 しい花 が現 われて くる。それ は 自然 の花 で はな く空想 的 な もの だが ,そ れ でいて さなが ら彫刻 のバ ラ模様 の ように規則正 しい もので あった。湧 き出 づ る創造 の泉 を固定 させ ることはで きなか った。反対 に私 の欲 す るままにい つ まで も続 いて,弱 まる ことも強 まる こともなか った。極彩 色 の 窓 ガ ラスの 装飾 を想 い浮 べ たときも,こ れ と同 じ結果 を生 む こ とがで きた。即 ちその装 飾模様 もや は り中心 か ら周辺 へ 向 ってたえず変化 して行 く,そ れ は近 頃 は じ (36). めて発 明 された万 華鏡 と同 じだった…… 。 」. ゲ ー テ は「 あ の不幸 の 時期」 に あって,シ ラ ーの友情 を得 て,「 新春 とも いえ る幸福 な 日々」を迎 え,哲 学的教化 と美的活動 に精進 す るなか にあって. ,. 一 時 ,彼 は 自己 の視覚器官 に映 じた形姿 をば,希 有 な詩的創造 に戯 れて,詩 的精神 を,言 語芸術 の なかで最 もそれ にもゝさわ しい「メール ヒェ ン」 の世界 に飛 ば し,わ れわれ にその万華鏡 を与 え,何 の意 図や概念的誘導 に も妨 げ ら れ ない こ とを期待 しつつ ,読 者 の純 な想 像 力 に委 ね,シ ラー と二 人 して解釈 の収集 にの りだ し,互 いに顔 を見合 わせて会心 の笑 を浮 べ たので はなか った か。 ゲ ーテの この 「 メール ヒェ ン」 は後 ちに著 わ した他 の二つの童話 「新 しい メル ジー ネ」,「 新 しいパ リース」 とは全 くその創作原理 と性格 を異 にす るも ので あった。 この童話 「 メール ヒェ ン」 は,彼 の 自然 へ の憧憬 9否 ,自 然 ヘ の挑戦 ともいえそ うな,彼 の詩的創造 の結実 であ り,ゲ ー テであるが故 に可 能 で あった,あ ま りにも大胆 な試 みで はあった。. 以上,み て きた ように この作 品 の解釈 は多様 である。ゲ ー テが「メ ール ヒェ ン」 で提供 した問題 は,こ の解釈 の 多様 さである。 ある者 は価値 を認 めな い と言 い,あ る者 はゲーテの新 しい試 み と して高 い評価 を与 えている。ゲ ーテ の作 品 が これ ほど極端 な賛否 ,是 非 に分 たれ たの は他 の作 品 で は類 を見 ない。 この解釈 ,評 価 の 多様 さ こそが ,童 話 「メール ヒェ ン」 の真価 と言 えば過言 で あろうか。.

(22) ゲーテの「童話」. Iθ θ. 主 言. (1)Fritz Martini:Deutsche Literaturgeschichte.von den Anfangen bis zur Gegenwart 1978。. (邦 訳 226∼ 227頁 ). (2)Goethes Werke.Hamburger Ausgabe(H.A.)Bd.9S.447. (3)a.a.o.Bd.9S.51 (4)a.ao o.Bd。. 9S.446. (5)a.a.o.Bd.10S.439 (6)a.a.o.Bd.10S.438-439 (7)a.ao o.Bd.10S.444. (8)a.a.o.Bd.10S.444 (9)H.A.Bd。. 6S.209. (10)a.a.0.S.145 (11)a.a.〇. .S.145--155. 02)a.ao o.S.610 (131 Schiller an Goethe 29.Nov.1794. 04)H.A.Bd。. 6S.145-155. (151a.ao o.S.166. (161a.a.oo S.166-167 (171 ao a.oo S.208-209. 081a.a.oo S.209 1191,,zugleich bedeutend und deutungs10s“ (Goethe an Humboldt 27.Mai 1796). Vgl.Goethes Werke(HA)Bd。 6S.597 001H.A.Bd.6S.209"an nichts und an alles erinnert werden`` い)2幼 Goethe an Schiller 17.Aug。 0鋤. 1795. Humboldt an Schiller 20 Nov.1795 Vglo H.Ao S.596 odo Schiller an Goethe 20.Nov。 1795. 0→. August Wilhelm Schlegel an Schiller 9。. Juni 1795 Vgl.H.Ao S.597. 19H.G.Graf:Goethe uber seine Dichtungen Teil I Bd。 lS.337 Korners WOrte.. 161 Karl Grun uber Goethe vom menschhchen Standpunkte,1846S.159. 00H.B.Bd.6S.610-612 00A.BielschOwsky:Goethe Bd.IIo S.50.

(23) 橋 村. 良 孝. rθ I. 29 GundOlf:Goethe(古 典期 の ゲ ー テ,小 日優訳 350頁 00 Karl Viё. ). tOr:Goethe Bern 1949 S.305. 01)E.Steiger:Goethe Bd.Ⅱ ,zurich 1962 S.103. 00G.Brandes:Goethe(ゲ ー テ研究 ,栗 原佑訳 634-635頁 00 Schiller an Goethe 29。. ). Nov.1794シ ラー はゲ ー テの註釈癖 につ いて「私 は二. 三 の 特徴 か ら,特 に この 「小説」 が始 めか ら稽 書 きす ぎてい る… ,あ な たは 物語 の経過 に よ く註釈癖 を弄 す るのですか ら…」. 00偶 然性 の芸術 :芸 術 が作 れ ない とい う こ とを芸 術 を作 りなが ら証 明 してみせ る芸術 の こと。 「芸術」 とは多 かれ少 なかれ意 図的 に作 られ るものであ り,「 偶 然」 とは意 図 か らはみ だ した と ころに起 こるで きごとを示 すか らで ある。 そ れ は不 可能 を不 可 能 と知 りなが ら敢 えてやってみせ る こ とで あ り,そ の行 為 の徒労 さの証 明 で もある。. 09含 世 界性. (1909-. :こ の 言葉 はマ ックス・ リュテ ィー. )の 造語。含世 界. 性 とは,様 式上 の 諸特性 の結 果 ,世 界 の あ らゆ る ものが 現象 を自己 の なか に 包含 す る こ とが で きる。 それ ばか りか,人 間 の 目 にはみえない この世界 の 原 理 をも示 している。そ うい う意味で含 世界性 といわれ る。 0611n Goethes Noten zu purkinies SChrift ,,Das Sehen in subjektver Hinsicht“. 参考文献. (1)Goethes werke,Hamburger Ausgabe,Bd.6.8.9.10 (2)E.Steiger:Goethe Bd.Ⅱ zurich 1962 (3)A.BielschOwsky:Goethe Bd.Ⅱ. Munchen 1911. (4)K.Viё tor:Goethe Bern 1946. (5)Bieder Mann:Goethes Gesprache 1911 (6)J.HOffmeister:Die Heimkehr des Geistes Tell. (7)Wilhelm Emrich:Die SymbOlik vOn Faust. Ⅳ 1946. Ⅱ. (8)Max Luthi:Marchen stuttgart 1979 Sammlung NIetzler Bd.16. (9)GundOlf:Goethe(古 典期 の ゲ ー テ・ 小 口優訳. 00G.Brandes:GOethe(ゲ ー テ研究 ・栗原佑訳. ). ). OD Fritz Martini:Deutsche Literaturgeschichte(ド. イ ツ文学史 ・高木実他訳 ). ビー ダーマ ン編 :ゲ ー テ対話録 αのマ ック ス 。リュテ ィ :ヨ ーロ ッパ の昔話 (小 沢俊夫訳 ,岩 崎美術社 00F。 ライエ ン :メ ルヘ ン (昔 話 )(1上 J室 静訳 ,岩 崎美術社 0の. ). ).

(24) Iθ. ゲ ー テの 「童話」. 2. 09ル ドル フ 0シ ュ タイナ ー :ゲ ー テ 「 メール ヒェ ン」 の解釈 ,ル ドル フ・ シュ タイナ ー研究. 2. 10新 関良 三 :詩 人 シラー,筑 摩書房 は0ヨ ハ ン・ ホ イジ ンガー :ホ モ ・ ルーデ ンス,高 橋英夫訳 ,中 央公論社 住8菊 池英一訳 :往 復書簡 ゲ ーテと シル レル. (_卜 1). は働石井不 二 雄訳 :ド イツ避難民 閑談集 ,ゲ ー テ全集. 00田 中梅 占 :ゲ ーテ と童話 ,旧 ゲ ー テ年鑑. 1. 0D田 中梅 吉 :ゲ ー テとグ リンム,旧 ゲ ー テ年鑑 2υ. 6,潮 出版社. 田中梅 占 :ゲ ー テと「千 夜 一 夜」 ゲ ー テ年鑑. 9. 7(関 西 ゲ ー テ協会. ). に就 いて,旧 ゲ ー テ年鑑 3 0助 小牧健夫 :ゲ ー テの "Marchen“ 00小 牧健夫 :ゲ ー テの "Marchen“ につ いて (承 前 ),旧 ゲ ー テ年鑑 4 '63〕 09高 橋巌 :ゲ ーテの童話とシラーの美的教育論,美 学 〔. 10小 林健祐 :「 メール ヒェ ン」解釈序 説 ,ゲ ー テ年鑑 13 侶η落 合直文 ゲーテのメールヒェンー形体論よリー,リ ュンコイス14〔 '73〕 O①. 飯吉光夫. 29中 山淳子. ゲーテの「メールヘ ン」 ゲーテ年鑑 9 '68〕 ゲーテの "Das Marchen“ プール学院短大紀要 〔.

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参照

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