日本型産業構造・生産システムと不況の深刻化
藤 田 実
目 次 はじめに 1.2000 年代日本の経済・産業のモノカルチャー化 2.日本型モノカルチャー経済の「崩壊」 3.日本型生産システムによる不況の深刻化 4.内需の総崩れによる不況の深刻化 おわりにはじめに
2007 年 7 月に表面化したサブプライム住宅ローン問題に端を発する金融危機は、08 年 9 月には ついにアメリカの大手投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻、それに引き続いてバブルに踊ったア メリカの投資銀行などの経営危機へと広がった。アメリカ発の金融危機は、イギリス、アイルランド、 アイスランドなどヨーロッパ諸国の金融機関へと拡大し、08 年 9 月から 11 月にかけて世界金融危 機を引き起こした。 欧米で金融危機が勃発したあと、日本経済の 10 月の月例経済報告は「景気の状況がさらに厳し いものとなるリスクが存在することに留意する必要がある」と警戒感を示していたものの、「景気 は弱まっている」「当面、弱い動きが続く」として急激に落ち込むことは予想していなかった。し かしアメリカ市場での急速な消費需要の縮小により、日本からの輸出も大幅に減少したことで、日 本国内での生産も急激に減少し、恐慌状態に突入した。08 年 10 〜 12 月期の GDP は、-3.2%(年 率換算-12.3%)と大幅に減少した。減少幅は第 1 次石油危機に見舞われた 74 年 1 〜 3 月期の年 率 13.1%減に次ぐ大きさで、日本経済の危機の大きさを誰の目にも明らかにした。しかも輸出も大 きく落ち込み、企業の設備投資も個人消費も低迷し、日本経済を支える柱が失われる状態になった。 経済の急激な落ち込みは、恐慌の震源地のアメリカやアメリカ市場に依存している日本だけで はなく、EU 諸国にも波及し、世界金融危機は世界恐慌に転化していった。そのなかでも、日本は 急速な経済不況に突入し、生産の縮小にあわせて派遣労働者や請負労働者などの契約解除が相次 ぎ、派遣村に代表されるように多数の労働者が路頭に迷うというかつてない事態が引き起こされ た1)。 本稿は、こうした 08 年後半からの世界恐慌の深化により、なぜ日本の製造業がかくも急速に、 そしてより深刻な不況に転化したのか、産業構造と生産システムの観点から分析しようとするものである。1.2000 年代日本の経済・産業のモノカルチャー化
(1)外需依存の成長構造 日本経済は 02 年ごろより景況判断では長期の「景気回復」過程にあるとされ、08 年 3 月期には トヨタをはじめ、過去最高の収益をあげる企業が続出した。これら企業の最高益の源泉は、一つ は正規社員の賃金抑制や正規雇用から非正規雇用へ置き換えを進めるなど、賃金コストを削減し たことによる2)。これは、労働生産性の上昇率と賃金との関係を見ても了解できる。すなわち 00 年から 05 年の製造業の労働生産性をみると、3.2%上昇しているのに対し、賃金は逆に 9.7%減少 しているからである。同様に 03 年から 04 年も生産性は 5.7%上昇しているのに、賃金は 1.5%減少 している。04 年から 05 年も、生産性は 2.4%上昇しているのに対し、賃金は 0.6%しか上昇してい ない3)。このように労働生産性は上昇しても、その成果の多くを企業が収得したことが最高益の源 泉となったのである。 もう一つの利益源泉は、外需依存ということである。企業は賃金を抑制し、生産コスト削減を進 めたとしても、利潤を実現するためには販路の問題が重要となる。国内で生産された財やサービ スは国内で消費や投資に当てられるか、輸出に回るしかない。内需の柱である国内の最終需要で ある消費支出は、『家計調査』によれば 00 年の 386,963 円を 100 とすると、年々低下し、07 年に は 95.0 の 367,779 円まで減少している(勤労者世帯)。もう一つの柱である企業設備投資は、00 年 度の 7.2%増、03 年度 6.1%増、04 年度の 6.8%増など 90 年代に比べれば、高い増加率を示してい る(第 1 図表)。しかし設備投資増の要因は、消費支出が低迷しているのだから、輸出しかありえ ない。輸出が好調なほど、生産が活発になり、それに対応して設備投資が活発になるというわけ である。とくに賃金抑制などによるリストラが盛んになり、それによって企業収益を高めるように なった 90 年代後半以降は輸出が設備投資を誘発する構造が定着している。第 2 図表から、業種別 設備投資と売上高輸出比率の相関を見ると、80 年代から 90 年代前半までは、輸出比率との相関 が少ないから、設備投資は国内需要を基盤とする業種も多かったということである。ところが、90 年代後半以降は明らかに輸出比率の高い業種ほど設備投資の増加率が高くなっていることがわか る。設備投資も、国内需要に依拠しないで、海外需要に依拠して行われるようになったということ である4)。こうして現段階の日本経済は、ますます外需に依存するようになった結果、今回の世界 同時恐慌の影響を最も深刻に受けることになったのである。 このように内需が停滞する一方、財貨・サービスの輸出の推移を見ると、00 年度の 9.5%増から 02 年度の 11.5%増、04 年度の 11.5%増を初め、9%以上の増加を示す年が続いている。その結果、 輸出の GDP に対する寄与度は 90 年代後半の 0.9%(97 年)、-0.4%(98 年)、0.6%(99 年)とい う低い寄与度に対して、00 年以後は IT バブル崩壊後の 01 年度の-0.9%を除けば、1.1%から 1.5% と高い寄与度を示している。こうした数字からも、02 年以来の景気拡大は輸出に依存したもので あることが明らかになる。(第 1 図表)第 1 図表 GDP と個人消費、設備投資、輸出の動向(前年度比) 1997年度 1998年度 1999年度 2000年度 2001年度 2002年度 2003年度 2004年度 2005年度 2006年度 2007年度 GDP 0.0 -1.5 0.7 2.6 -0.8 1.1 2.1 2.0 2.3 2.3 1.9 家計最終消費支出 (前年度比) -1.1 0.0 1.0 1.0 1.3 1.2 0.5 1.2 1.8 1.1 1.0 (寄与度) -0.6 0.0 0.5 0.6 0.7 0.7 0.3 0.7 1.0 0.6 0.6 民間企業設備 (前年度比) 4.0 -8.2 -0.6 7.2 -2.4 -2.9 9.1 6.8 6.2 5.6 2.3 (寄与度) 0.6 -1.3 -0.1 1.0 -0.3 -0.4 0.8 0.9 0.9 0.8 0.4 財貨・サービスの輸出(前年度比) 8.8 -3.9 6.0 9.5 -7.9 11.5 9.8 11.4 9.0 8.3 9.3 (寄与度) 0.9 -0.4 0.6 1.0 -0.9 1.2 1.1 1.4 1.2 1.2 1.5 出所:『国民経済計算』 第 2 図表 業種別設備投資と売上高輸出比率 出所:斉藤俊輔(2009) (2)アメリカ市場依存の成長構造 02 年以後の長期にわたる「景気拡大」を支えたのは輸出であるが、その内訳を見ると、相手先 ではアメリカに大きく依存している(第 3 図表)。すなわちアメリカへの輸出は、2000 年で 29.7% を占め、その後中国に逆転されるものの、2007 年でも 20.1%を占めている。アメリカは最大の輸出 先となっていただけではなく、日本の恐慌=急速な景気後退の原因ともなった。2008 年 9 月の金融 危機の勃発によるアメリカの急激な景気後退が日本に与えた影響の大きさは、2008 年の貿易にお けるアメリカへの寄与度が-3.3%と大きな割合を占めていることからもわかる(第 3 図表)。 第 3 図表 アメリカと自動車主導の輸出構造 (単位:10 億円) 1990年 1995年 2000年 2005年 2006年 2007年 2008年 金額 構成比 金額 構成比 寄与度 金額 構成比 寄与度 金額 構成比 寄与度 金額 寄与度 金額 構成比 寄与度 金額 構成比 寄与度 総額 41,457 100.0% 41,631 100.0% 51,654 100.0% 65,657 100.0% 75,246 83,931 100.0% 81,018 100.0% 地 域 アメリカ 13,057 31.5% 11,333 27.2% -4.1 15,356 29.7% 7.8 14,805 22.5% -0.8 16,934 2.8 16,896 20.1% 0.0 14,214 17.5% -3.3 中国 2,218 17.0% 4,662 11.2% 5.9 6,204 12.0% 3.0 12,806 19.5% 10.1 15,033 3.0 17,411 20.7% 2.8 17,128 21.1% -0.3 産 業 電気機器 9,527 23.0% 10,647 25.6% 2.6 13,670 26.5% 5.8 14,549 22.2% 1.3 16,076 2.0 16,950 20.2% 1.0 15,368 19.0% -2.0 半導体等電子部品 3,830 9.2% 4,576 8.9% 1.4 4,402 6.7% -0.2 4,855 0.6 5,243 6.2% 0.4 4,625 5.7% -0.8 映像機器 1,878 4.5% 963 2.3% -2.2 1,395 2.7% 0.8 1,791 2.7% 0.6 1,774 -2.3 1,696 2.0% 0.0 1,530 1.9% -0.2 自動車関連 7,359 17.8% 6,762 16.2% -1.4 8,794 17.0% 3.9 12,730 19.4% 6.0 15,323 3.4 17,672 21.1% 2.8 13,736 17.0% -4.9 自動車 7,359 17.8% 4,980 12.0% 6,930 13.4% 3.8 9,929 15.1% 4.6 12,300 3.1 14,317 17.1% 2.4 10,671 13.2% -4.5 自動車部分品 1,782 4.3% 1,864 3.6% 0.1 2,801 4.3% 1.4 3,023 0.2 3,355 4.0% 0.3 3,065 3.8% -0.4 注:中国には、香港を含んでいる。 出所:財務省『貿易統計』各年版
個別企業の動向を見ても、02 年以来の企業収益拡大は輸出や海外売上高に依存したものである ことが明瞭である。例えば、トヨタの輸出比率は 00 年の 42.8%から 07 年には 59.9%へと大きく高 まったし、ホンダも 51.6%から 67.6%へ、日産も 41.0%から 56.2%へと増加している(第 4 図表)。 もともと日本経済は高度成長の後半期以来、主としてアメリカ市場への一極集中的輸出拡大を 経済成長の起動力としてきた。80 年代のアメリカ経済の停滞を主因とする日米経済摩擦の激化の 中で内需拡大が叫ばれて以来、何度も内需主導型経済への転換の必要性が指摘されてきたが、基 本的な構造としてアメリカへの輸出依存という性格に変わりはなかった。輸出相手国としては、07 年にはアメリカに変わり、中国が第一位になるという変化はあったが、それは中国に基幹材料を輸 出し、そこで完成品に仕立てアメリカに輸出するという、いわば中国を経由してのアメリカへの迂 回輸出というもので、最終輸出市場という点ではアメリカ市場に依存していたと言える。 輸出だけではなく、海外生産を含めての売上高や収益の地域別セグメントでみても、アメリカ依 存は明確である。とくにトヨタにおけるアメリカの地位の大きさは際だっている。アメリカの地域 別売上高の構成比 35.8%は電機の東芝の 11.7%、精密機器のキヤノンの 16.2%の 2 倍以上に達し ている(第 5 図表)。とくにトヨタの場合、東芝やキヤノンと比較しても、売上高の割合でも損益 でもアメリカの割合が高いのが特徴である。すなわち、トヨタのアメリカでの営業利益率 3.2%は、 東芝の 0.6%、キヤノンの 0.8%と比較してもはるかに高い(第 5 図表)5)。 第 4 図表 日本の自動車企業の輸出比率 出所:各社有価証券報告書
第 5 図表 企業の海外売上高・損益(2008 年) (単位:億円) トヨタ 東芝 キヤノン 売上高 営業損益 利益率 売上高 営業損益 利益率 売上高 営業損益 利益率 金額 構成比 金額 構成比 金額 構成比 日本 153,158 58.3% 14,403 9.4% 61,445 59.3% 1,528 2.5% 33,171 46.8% 5,598 16.9% 米州 94,232 35.8% 3,053 3.2% 12,082 11.7% 76 0.6% 11,453 16.2% 90 0.8% 欧州 39,934 15.2% 1,415 3.5% 10,394 10.0% 256 2.5% 13,414 18.9% 265 2.0% アジア 31,209 11.9% 2,564 8.2% 18,553 17.9% 375 2.0% 12,874 18.2% 403 3.1% その他 22,941 8.7% 1,439 6.3% 1,134 1.1% 37 3.3% 12,874 18.2% 3.1% 消去又は全社 78,582 171 26,930 105 29,972 合計 262,892 100.0% 22,703 8.6% 103,610 100.0% 2,583 70,914 100.0% 6,357 出所:各社有価証券報告書 (3)自動車産業依存の成長構造 輸出におけるアメリカ依存の構造は産業構造の観点から言えば、自動車産業依存ということで もある。1995 年からのアメリカへの輸出品目を見ると、自動車が第 1 位であるのは変わりないもの の、01 年からは自動車の部分品が第 2 位となり、07 年にはこれら自動車関連品(自動車 + 同部品) で輸出総額の 37.3%を占めるまでになっている。これに対して以前は、自動車と並んで輸出品の太 宗を占めていた半導体等電子部品は 95 年の 8.4%、電算機類(部品を含む)の 11.5%から、07 年 には半導体等電子部品は 2.2%、電算機類は 5.2%へと激減している(財務省『貿易統計』から算出)。 世界全体への輸出品で見ても 95 年には、自動車関連は輸出総額の 16.2%で、半導体等電子部品は 9.2%であったのが、07 年には自動車が 21.1%に高まったのに対し、半導体等電子部品は 6.2%に低 下している(第 3 図表)。しかも 05 年以後鉄鋼の世界市場への輸出割合は、自動車、電気製品に 次いで第 3 位になっているが、この鉄鋼輸出品目の内訳を見ると広幅帯鋼や亜鉛メッキ鋼板など 自動車用途と思われる製品が多いことから、鉄鋼の輸出も自動車に依存していると推測できる。 自動車の輸出が日本の輸出全体に与えた影響は、第 3 図表の輸出寄与度をみてもわかる。自動 車の輸出寄与度は 05 年度には 6.0%、07 年でも 2.8%と電機よりも大きな値を占めている。 こうして輸出先ではアメリカ、産業別では自動車が中心となるというのが、00 年代の輸出構造 の実態なのである。これを組み合わせて、アメリカへの輸出における自動車の割合をみると、00 年以後アメリカへの輸出は金額では IT バブル崩壊後、やや低下し、05 年頃から急増し始める(第 6 図表)。輸出金額の推移以上に注目すべきは、00 年以後アメリカへの輸出に占める自動車の割合 が常に 30%以上を占めることである。日本の最大の輸出相手先アメリカへの輸出の三分の一以上 を自動車が占める、これが 00 年代の日本の輸出の姿なのである。つまり、00 年代の日本の経済・ 産業システムは自動車産業を中心として、それがアメリカ市場への輸出に依存する外需主導、言 い換えればモノカルチャー型の経済・産業構造に転換したということができよう6)。このモノカル チャー型の経済産業構造が 00 年代の日本の成長を牽引したのである。
第 6 図表アメリカへの自動車輸出割合の変化(億円) 出所:財務省『貿易統計』
2.日本型モノカルチャー経済の「崩壊」
(1)アメリカにおける金融バブル崩壊による輸出市場の「消滅」 02 年以後の日本の景気拡大を支えたアメリカ市場であるが、それは金融中心のバブル経済に支 えられたものであった。アメリカ経済は、60 年代に始まる日本・ヨーロッパ諸国との経済競争の 激化により、またアメリカ企業の海外展開に起因する産業の空洞化により、国際収支の赤字状況 が続くなど 70 年代以後アメリカの経済状況は悪化していった。 81 年に登場したレーガン大統領は、「経済再生計画」を打ち出し、規制緩和政策、小さな政府、 富裕層に対する減税などいわゆる新自由主義的政策を推し進めた。レーガン政権は、金融機関の 規制緩和、金融の自由化を推し進め、それにより家計の金融資産が証券投資に向うようになり、ア メリカの証券市場の隆盛を招くことになった。いわゆるレーガノミックスである。証券市場の隆盛 を背景に、99 年には銀行と証券の垣根が撤廃され、銀行の証券業務進出が可能となるなど金融の 自由化が徹底されていった。具体的には、民間、市場に依存した方が効率的であるという考え方 にもとづき、金融業務は銀行ではなく証券市場中心にするという考え方、リスクそのものを金融工 学的手法で「商品」化し、販売するという考え方が広まっていった。この考え方に立つ金融の自 由化はアメリカによって世界中に強制され、多くの国がそれを受け入れていった。こうして、リス クを証券化する金融商品が次々と考案され、世界中に販売されていった。デリバティブやサブプ ライム・ローンを組み込んだ各種の証券化商品がそれである。 金融の大幅な規制緩和と金融工学に基づく金融商品の開発で、アメリカの金融業は隆盛を極め、 アメリカ経済に占める金融業の比重は高まり、アメリカは金融本位の経済となった。GDP に占め る製造業と金融業等の比率を見ると、50 年は製造業が 29.3%に対し、金融業等(金融・保険・不 動産)は 11.3%であった。これが、06 年になると製造業は 11.7%に対し、金融業等は 20.9%と、 アメリカは圧倒的に金融業優位の経済構造を創り上げたのである。金融業の隆盛を背景にした海外からの資金の流入により、アメリカの株価が上昇したので、家 計の金融資産も増大することになり、これがアメリカの過剰消費を支えることになった。また住宅 価格の上昇を背景に低所得層にも住宅ローンを貸し付けるサブプライム・ローンが増大し、これが 住宅バブルを生み出していった。アメリカ国民は住宅価格の上昇を背景に、より低金利の住宅ロー ンに借り換えることでローンを返済するとともに、ホーム・エクィテイ・ローン(住宅価格から借 入金を引いた正味価値を担保にお金を借りるローン)により住宅を担保にお金を借り、消費支出を 増大させていった。こうしたリスクのあるローンを証券化する金融手法の肥大化は、低所得者にも ローンによる自動車購入を可能にすることで、自動車の販売を増加させた7)。00 年以後のアメリカ での自動車販売台数の推移を見れば、03 年を除けば 1700 万台前後という高原状態が継続しており、 80 年代や 90 年代とは異なる販売増であることが了解できよう(第 7 図表)。 他方、自動車の販売台数増に見られるようなアメリカの消費拡大は、産業構造上の理由(製造 業の空洞化)により中国や日本・韓国からの輸入を増大させることになり、それらの地域の経済を 成長させることになった。これが 02 年 2 月に始まる、戦後最長といわれる日本の景気拡大を導い たのである。 ところがアメリカにおける、住宅バブルの崩壊による住宅価格の低下、証券化商品を組み込ん だ金融商品の価格低下やデフォルト、株価の低下により家計の金融資産も減少し、個人消費は急 速に冷え込んでいった8)。アメリカの消費市場の急速な縮小は、ローン販売に支えられた自動車販 売を直撃し、販売台数は急減することになった(第 7 図表)。2008 年の販売台数は 1349 万台で、 前年より 300 万台も減少した。2004 年からの 3 年間との比較では、400 万台ほど減少している。 第 7 図表 アメリカ自動車販売台数(単位:1000 台) 出所:WardsAuto (2)モノカルチャー経済の「崩壊」 アメリカ市場における自動車の販売減少減は日本からの輸出を急減させることになった。2008 年の輸出急減に占める寄与度は、マイナス 4.9%と最も大きいことからも、アメリカ市場における 自動車販売の急減が日本の輸出に与えた影響の大きさが読み取れよう(第 2 図表)。
80 年代のように自動車と電機という二つの産業が産業構造の基軸となるのではなく、90 年代以 後の日本経済は電機産業の凋落により、自動車のみが基軸となり、その販路がアメリカとなる一産 業・一市場に集約されたモノカルチャー型経済であったがゆえに、アメリカ市場での自動車に対す る需要急減に直撃された日本の自動車企業が生産調整を始めると、自動車の需要減が日本経済全 体に波及することになった。自動車はもともと自動車部品産業以外にも、鉄鋼業や化学工業など多 くの産業と関連を有していたうえに、自動車の電子化により電機産業とも関連を深めていた9)。し たがって自動車企業の生産調整は多くの関連産業の需要を減少させ、それら企業での生産調整に 波及し、日本経済全体の生産活動を縮小させ、不況を深刻化させたのである。内閣府(2009)に よる産業連関分析によれば、自動車需要の減少による負の波及効果は製造業全体で-3.0%、鉄鋼 で-2.3%、電機で-0.6%、化学で-0.9%となっていて、製造業への負の波及は大きい。まさに日 本経済の自動車産業・アメリカ市場依存というモノカルチャー化が不況を深刻にした第一の要因 なのである。 外需(アメリカ)と自動車産業依存のモノカルチャー型経済構造に転換した日本では、世界的 な需要減少を支える産業基軸が存在せず、内需を支える個人消費も急減するなど、経済・産業シ ステムは「総崩れ」状態になり、それが欧米諸国よりも急速に経済を転落させる要因になったので ある10)。
3.日本型生産システムによる不況の深刻化
(1)SCM システムによる過剰生産の累積 日本の急激な景気後退のもう一つの要因として指摘できるのが、情報通信技術を利用したフレ キシブルな生産システムの存在である。これは生産過程と流通過程に関わる取引情報をデジタル 化・ネットワーク化することで、両過程を連結し、市場需要に応じたフレキシブルな生産、市場直 結型と形容できるような生産を可能にするシステムである。まず流通過程では、POS システムで 販売実績もデジタル化され、販売情報として即時に把握できる。したがって,技術的には POS デー タの販売実績情報から需要予測を行い、在庫計画・生産計画・販売計画とマッチングさせ、その 情報を工場への生産指示情報、部品メーカーへの発注情報に変換し、在庫が極小になるように、 生産過程を進行させることができるということになる。こうした生産システムは SCM と呼ばれて、 情報通信技術の発達に合わせて 00 年前後から多くの企業で構築されるようになった11)。 一般的には生産計画は、半年から 1 年という長期にわたる大日程計画、1 〜 3 ヶ月単位で決めら れる中日程計画、突発的な注文や事故に対応する週あるいは旬単位で決定される小日程計画とい うように、市場需要に応じて生産し、できるだけ余分な在庫を持たないように設定されている。部 品調達に関しても、在庫を最小にするために、例えばシャープは翌週に使用する部品の確定発注 を火曜日にするというように、発注から納入までの期間を短期化しようとする傾向にある。そのた めに生産システムは、急な生産変更と発注変更にも対応できるようになっている。しかも企業間取 引のグローバル化に合わせて、生産システムは企業と国境の枠を越え、生産過程と流通過程を結合するシステムを実現している。このように生産過程と流通過程を結合する SCM によって、在庫 を極少にしながら、市場需要に応じて生産計画を柔軟に変更することが可能になった。 SCM で市場需要に応じた生産が可能になることを根拠として、例えば半田(2007)は SCM を 「全体最適の実現」(7P)、「流通過程における不確定性ないし不確実性の縮約を一定程度実現しつ つある」(13P)としている。小谷(2007)も「IT 市場経済は柔軟な計画経済に近づく」(37P)と している。渋井(2007)も「資本制生産の下では、無政府性を基本的特徴としていたはずの社会 的分業が、情報技術を通じてある程度意識的・計画的に、しかもグローバルに組織されるという 事例が現れてきた」(50P)と評価している。しかしこれらは生産過程の企業と流通過程の企業に おける情報システムの分断を考えない議論であり、誤りであることは 2008 年 9 月の金融危機によっ て世界的な規模で過剰生産恐慌が勃発したことからも明らかである。 SCM は技術的には市場需要の変動に応じて、生産を柔軟に調整できるシステムであるが、実 際には生産過程の企業と流通過程の企業とが分断されているため、生産過程の企業は流通過程の 在庫情報、販売情報を正確に把握できるわけではない。異なる企業間ではシステムの分断があり, 流通過程での POS 情報は入手できないからである。そのため生産過程の企業は,実際の販売情報 ではなく,注文情報をもとに,過去の出荷実績から統計的モデルによって,需要予測し,それに営 業情報などを加えて修正していくという需要予測システムにもとづいて,生産計画を立てることに なる。しかし出荷実績は実際の販売実績とは異なるため,ここにずれが生じる。好況期には,流 通過程の企業はいわゆる「売れ筋」を確保するために,実際の販売数量よりも多くの発注を行う ようになるから,実需から上方に乖離するようになる。それが流通過程の各段階で行われるように なるから,ますます上方に乖離した発注情報となり,過剰な発注が行われる。生産過程の企業は その過剰な発注にもとづいて,過大な生産計画を立てるから,需要から遊離した過剰な生産が行 われる。しかも生産計画には必要な部品の調達も含まれるから,部品メーカーへの過剰な発注が 発生し,そこでも過剰な生産が行われる。こうして,一つの企業での過剰な需要予測は,原材料 や部品調達に関する SCM のネットワークを通じて自動的に過剰発注となり,それが連鎖的に進行 していき,過剰生産が累積していく12)。 SCM は、生産過程と流通過程における企業間システムの分断により、流通過程での在庫の累積 を正確には把握できないのである。こうして 00 年以後のアメリカでのサブプライム・ローンに基 づく住宅ブームを背景とした自動車などの過剰生産は、SCM システムを通じて多くの産業に過剰 生産を累積させていったのである。 他方で市場需要を反映した生産を可能にするこのシステムは、不況期には需要減を即座に反映 できるということでもある。すなわちセットメーカーは流通過程のどこかで受注減といった変調が 現れると、それに応じて生産調整を始めると同時に、部品メーカーや素材メーカーへの発注の減 少を即座に、全世界的に行う。どの企業もほぼ一斉に情報ネットワークを通じて部品メーカーや素 材メーカーへの発注を減少させるから、急速な景気後退が生じる。IT 技術を利用して、市場需要 に応じて生産し、在庫を持たないというトヨティズム的な生産システムは不況期にはいったん逆回
転を始めると、発注減の連鎖を通じて一挙に不況を深刻化させるのである。 このように SCM は、システムの分断と自動発注システムにより過剰生産を累積しやすくするが、 いったん過剰生産が表面化すると、情報ネットワークの連鎖を通じて急激な生産縮小を招くので ある。これが 08 年 9 月の金融危機が急速に実体経済に波及していった生産システム上の要因であ る。 (2)不況を深刻化させた日本型生産システムにおける労働力のフレキシビリティ さらに不況を深刻化させたミクロ的な要因として、日本型生産システムにおける労働力供給のフ レキシブル化を指摘しておきたい。ここでいう日本型生産システムとは、高い技能水準を持つ現場 労働者により生産のフレキシビリティを極限にまで追求するシステムを意味し、トヨティズムを典 型とするものである。日本型生産システムとしてトヨティズムを考える場合、フレキシビリティを 実現する現場労働者の技能水準の高さとして考えられたのは正規労働者であった。トヨティズム では、現場労働者の改善活動を基礎に標準作業時間を常に短縮させることをめざすとともに、一 つ一つの仕事は単純であるとはいえ、多数の工程をこなせる多能工を育成することで、需要変動 に応じたフレキシブルな労働力配置を実現してきた13)。現場労働者が積極的に改善活動に参加し、 多能工となるために OJT や Off-JT などのさまざまな研修の機会を設け、改善能力の高度化や多 工程を担当する能力の育成に努めてきた。 しかし生産台数を市場需要に感応的にするという意味での量的なフレキシビリティを実現する 基礎には、期間工などの非正規労働者の存在があった。一般的に年間の販売予想から算出された 生産計画に基づいて所要労働力量は算出されるが、すでにみたように実際の受注は 2 〜 3 ヶ月前 に確定することが多く、その時点で必要とされる投入労働力量も確定される。しかし突発的な受 注もあり、生産計画は週単位あるいは旬単位で修正されるのが普通である。そして確定した生産 計画、また変更された生産計画にもとづいて、部品企業に必要な部品を発注していく。同時に常 に変動する生産を平準化し、在庫を最小限にするためには、変動する生産計画に合わせて労働力 の投入を弾力的にする必要がある。そのために年間の生産計画には最初から期間工や派遣労働者 など非正規労働者の投入が前提されており、その上に市場需要に応じた生産というフレキシビリ ティ・システムが成立している。日本型生産システムでは、固定的な投下労働力をフレキシブルに するシステムとして非正規労働者の存在はなくてはならないものなのである。 しかし非正規労働者をフレキシブルな労働力投入の手段として利用するという日本型生産シス テムは、不況を深刻化させる要因としても働く。SCM を通じて生産減の連鎖が即座に波及すると、 生産過程と流通過程の各段階で労働力の排出(雇い止め)を行うことができたのは、直接雇用の 期間工だけではなく、派遣や請負といった間接雇用が増大していたからである。間接雇用の場合、 労働契約も派遣元(請負人)の企業と派遣先(注文者)の企業との商取引という性格をまとって 行われるから、派遣先(注文者)は派遣元(請負人)に契約解除を伝えることで、「解雇」という 形式をとらずに、容易に派遣労働者や請負労働者を労働過程から「排出」できるからである。非
正規労働者が次々と「解雇」されることで、国民も不況を実感し、「消費よりも貯蓄」という形で 消費行動に抑制的になる。消費支出が減少することは需要減少を意味するから、それに合わせて 財やサービスの生産も減少する14)。 消費支出の減少は、直接的には消費財産業の生産を減少させるが、消費財産業の生産の減少は、 その産業の設備投資の減少などを通じて投資財産業の生産も減少させ、不況は全産業に波及して いく。生産減少に合わせて非正規労働者を解雇するというフレキシビリティを「発揮」した日本型 生産システムはそのフレキシビリティのゆえに、総需要を引き下げ、その結果さらに企業の収益性 を低下させ、不況を深刻化させることになったのである。
4.内需の総崩れによる不況の深刻化
外需主導の下で「モノカルチャー」化した日本経済は、00 年以後のサプライサイド重視の「構 造改革」によって経済を支える内需を堀り崩していったために、金融危機という外的ショックを受 けると、たちまち深刻な景気後退に陥った。 内需のうち GDP の約 60%を占める家計消費支出は、すでにみたように、00 年比で 07 年には約 2 万円減少している。この理由は、「景気回復」状況にあるにも関わらず平均賃金の抑制により、 世帯実収入が 97 年から連続的に低下したことで、可処分所得も低下したからである(第 8 図表)。 この消費の停滞は直接には賃金の停滞からくる可処分所得の減少であるが、それだけではなく 生涯所得についての不確実性の増大も大きい15)。現在は、企業存続についての不確実性が増大し ているほか、成果主義賃金の普及により生涯所得の見通しが不確実になっているため、国民は家 計防衛の意識から家計消費支出を切り縮めているものと思われるからである。 労働政策研究・研修機構(2005)によれば、同一部門・課長レベルの正社員における実際の年 収格差に関して、過去 5 年間の 趨勢を尋ねると、「広がった」という回答が 45.7%と最も多いし、 今後の動向についても「個人業績の連動部分の拡大」という回答が 65.5%と最も多い。賞与に関 しても、「個人業績と連動する部分の拡大」をすでに実施している企業が 54.4%、「企業業績と賞 与の連動を強化」した企業が 50.4%と、すでに多くの企業で業績連動方式の賞与支給方式を導入 している。こうして年収は個人業績や企業業績に左右される側面が強くなったため、生涯所得の 見通しが不確実になっており、それが消費の低下に結びついている可能性が強い。 しかし消費の停滞は、生涯所得の見通しの不確実性だけに求めることはできない。それは高度 成長期に形成された労働者の生活保障システムに根本的原因があるとみなすべきである。従来の 日本の労働者の生活保障は、年功賃金と諸手当による直接賃金の上昇と企業の福利厚生に依存し て、安定的な生活を営むというものであった16)。ところが、90 年代から賃金が停滞しただけでな く、企業の福利厚生負担も削減されるようになり、企業に依存して生活の安定を図るという旧来の システムが揺らいできた。他方で、90 年代の度重なる景気対策で積みあがった財政赤字削減のた めに、02 年度から毎年 2200 億円の社会保障費の抑制が始まり、国民の間に将来不安が強まった。 また 99 年の派遣法改正により、低賃金のため、生活必需品以外を消費する金銭的余裕すらない派遣労働者など非正規労働者が激増したことも消費を停滞させることになった。 さらにバブル崩壊により、大都市圏の一部を除いて、地価が継続的に下落していることも消費を 停滞させることになった。借入金で土地や住宅などの資産を購入した家計にとって、地価の継続 的な下落は資産価値の低下を意味するから、債務負担が増大することになる。したがって資産価 値が下落した家計は投資や消費より債務の返済を優先することになる。こうした家計行動が消費 を停滞させたのである。 第 8 図表からもわかるように、賃金が抑制されたうえ、社会保障費負担の増加や将来不安により、 世帯実収入が低下したことで、可処分所得が減少し、それが家計消費支出を減少させたのである。 第 8 図表 個人消費基盤の縮小 注:平均賃金は所定内給与額、世帯実収入・家計消費支出・可処分所得は勤労者の二人以上世帯 出所:平均賃金は厚労省『賃金構造基本調査』、世帯実収入・家計消費支出・可処分所得は総務省『家計調査年報』による。 消費に次いで需要が大きい項目である設備投資は、1 図表で見たように 02 年以来高い伸び率を 示しているが、日本の資本係数は 2.0 を超えており、GDP を 1 単位増やすのに必要な資本量が極 めて大きくなっているので、資本効率が低下しているということに注意しなければならない(第 9 図表)。したがって日本経済はもともと投資が増加しない構造になっているのである。 また 1990 年代後半からの設備投資は外需に依存したものであることはすでに見たとおりである。 この外需に主導された設備投資は、内需型産業には波及しなかった。なぜ内需に依存した産業で 設備投資が高まらなかったかと言えば、第一には公共投資の減少や消費の停滞により設備投資を 誘発する要因そのものが減少したことが考えられる。公共投資の減少や消費の減少により、企業 は過剰設備を抱えることになり、それだけ設備投資を誘発しづらくなっているということができよ う。
第二には内需型産業でイノベーションが停滞したことが大きい。消費を刺激する画期的な新製 品の登場や生産性を高めるような画期的な機械・装置の開発が停滞したことや、画期的な新製品 が開発されても、製造工場が海外に移転していったことで、設備投資の群生が妨げられた17)。し たがってイノベーションを軸に、当該部門から製造機械・装置製造部門、原材料製造部門など関 連部門に設備投資が波及するという連関が強くは作用しなかった可能性が強い18)。 こうして消費であれ投資であれ、内需を支える基盤が「縮小」し、内需の柱が「喪失」した状 態になったことが、日本経済を深刻な不況の縁に落ち込ませた原因であるといえよう。 第 9 図表 資本係数の推移 出所:『国民経済計算年報』
おわりに
アメリカのサブプライム・ローン問題に端を発する金融危機が実体経済に波及して、世界恐慌 に転化したが、そのなかでも日本は不況が深刻な国のひとつである。その理由は、本文で分析し たように 00 年代の日本の経済・産業構造がアメリカ一辺倒、自動車産業一極というモノカルチャー 型構造に集約されたからである。そのうえにフレキシブルな生産システムにより、日本企業は需要 が収縮すると、またたくまに生産調整と労働力の排出に動き、そうした動きがまた総需要を引き下 げ、不況をより深刻化させたのである。したがって日本の経済・産業構造のなかに内需中心の産 業が位置づけられ、内需主導で成長できる構造が形成されていれば、アメリカの需要縮小がかく も急速に、かくも深刻に波及することはなかったと思われる。 内需主導への転換は 80 年代から叫ばれ続けてきたが、今回の事態は外需主導で投資に依拠し たり、消費を抑制したりする経済は長続きしないということを明らかにした。以下では、内需主導型経済成長を実現するための課題を提示しておきたい。 第一には産業構造面での新たな産業基軸の形成である。自動車産業に依存したモノカルチャー 経済が、日本の実体経済の急激な悪化をもたらしたことからすると、自動車と並ぶ産業基軸の形 成が必要である。その点では、自動車・電機など機械産業のグリーン化は一つの方向であるが、 この分野でイノベーションが群生し、設備投資が拡大する必要がある。それは、80 年代の ME 技 術革新で、IC の投入額が 75 年の 3346 億 6800 万円から、80 年の 1 兆 985 億円へと急拡大したこ とが、80 年代の「電子立国」の基盤となったことが想起できよう。 第二に、将来を見通せる社会の実現である。すでに見たように、年金・医療などの将来不安が 日本社会を覆っているため、個人消費が停滞しているのだから、年金・医療制度を充実させるこ とにより、生活に安心をもたらすことが必要である。また教育費負担の大きさが、家計からゆとり を奪っているのだから、教育の社会化による家計にゆとりをもたらすことが必要である。さらに労 働条件の向上も、内需創出のためには不可欠である。労働者生活にゆとりと安心が生まれ、労働 時間が短縮されれば、余暇を活用したさまざまなサービスへの需要が拡大し、新たな産業基軸が 創出されることになろう。また職業訓練や高等教育の拡充は、それだけ労働者の能力を高めること になり、経済の発展にも寄与することになるであろう。 このように、産業政策では新たな産業基軸を創り出すことで、設備投資の群生を通じて、雇用 と消費の拡大が期待できるであろうし、社会保障や教育の充実による安心とゆとりのある社会を実 現することは、直接個人消費を拡大することになろう。 〈付記〉本稿は、08 年の世界経済危機に関する私の旧稿(「世界恐慌と日本型生産システムの危機」 『前衛』2009 年 7 月号、「日本経済の成長構造と内需」『経済』2009 年 10 月号)を基礎に、加筆・ 修正し、新たにまとめたものである。 注 1) 今回の事態を世界恐慌と呼ぶかどうかは、議論のあるところであろう。1929 年大恐慌と比較すると、世界に波 及した要因も異なるし、失業率や生産指数の落ち込みも異なるし、何よりも現在は市場調整メカニズムが発展 していること、国際的な協調による政策展開が実行されていることなどいくつかの相違点を挙げることができ よう。しかし、今回の事態は 90 年代以後展開されてきた資本主義のグローバル化とそれを促進するためにと られてきた新自由主義的な政策の暴走の結果であることからすると、1929 年世界大恐慌が資本主義の新たな段 階(国家独占資本主義)の起点となったように、資本主義の新たな展開(危機)の起点となる可能性が含まれ ているという点で、世界恐慌と規定してもそれほど的外れでないように思える。 2) 労働分配率の推移を見ると、全企業平均で 00 年の 73.2 から 01 年に 75.1 に高まった後、景気回復にともない 緩やかに低下し始め、04 年には 69.8、06 年には 69.3 となっている。これを 10 億円以上企業でみると、00 年 の 60.7 が 06 年には 53.3 まで急激に低下している。こうした労働分配率の動向を厚生労働省(2008)は「資本 金 10 億円以上の大企業では、人件費が横ばいとなっている中で 付加価値が増加したことから、労働分配率は 引き続き低下している」(45 ページ)として、賃金と付加価値の逆相関的な動きを認めている。 3) 労働生産性上昇率は労働政策・研修機構『2008 国際労働比較』、賃金上昇率は厚生労働省『賃金構造基本調査』 から産出した。 4) 設備投資が輸出に依存するようになった背景には、友寄英隆(2009)が指摘するような、90 年代以降外需依
存をめぐる状況の変化がある。すなわち「多国籍企業化に伴う輸出増大は、生産の海外移転と国内市場の開放 とが同時並行的に進んでいくために、輸入の拡大と国内産業の空洞化をもたらす。」(29P)という事態である。 5) トヨタは、アメリカ市場に特化した大型ピックアップトラック専用工場としてテキサス工場を新たに 06 年に建 設したほど、アメリカ市場での収益拡大に力を入れていた。 6) 00 年以後の日本経済・産業をモノカルチャー的構造と言うとき、想起されねばならないのは、いち早く戦後重 化学工業の本質を「加工モノカルチャー」と喝破した南克巳の戦後重化学工業分析である。南(1976)は「モ ノカルチャー」という言葉で、鉄鋼業を中心とする戦後重化学工業の成立が原材料の確保から販路の確保まで まるごとアメリカ依存(アメリカの冷戦体制依存)で可能になったことを象徴的に示した。南が分析した「モ ノカルチャー」経済は、日米経済摩擦を生起させながらも、日本経済の基本的特質として深く埋め込まれてきた。 ただし産業的には、「モノカルチャー」の主役は鉄鋼から、自動車・電機へ、そして 02 年以後の自動車へと変転し、 ついには本文で示したように自動車に集約されることで、世界恐慌のなかで「危機」的状況を迎えることになっ たのである。 7) アメリカでも車を購入したい人は、ローン組むことになるが、ローンの申請書には名前、住所、生年月日、保 険番号、勤め先を記入するだけで、収入に関わりなく自動車をローンで購入できたという。しかもビッグスリー だけでなく、トヨタなど日系の自動車企業も自動車販売拡大のために 0%ローン販売を大規模に展開した。 8) アメリカ商務省の発表によれば、2008 年第 3 四半期(7 月〜 9 月)の個人消費は 3.1%減少した。これは、 1980 年第 2 四半期の-8.6%以来 28 年ぶりの大幅低下であった。 9) 日本経済新聞社(2009)によれば、2007 年の自動車産業の生産額 22 兆 8932 億円に対して、電装品 2 兆 736 億円、 IT 関連 7679 億円など自動車部品関連産業で 34 兆 2917 億円、自動車用タイヤ 9478 億円、自動車用プラスチッ ク製品 1 兆 7702 億円、鉄鋼業 21 兆 1917 億円ほか、自動車産業は多くの産業と関連を有している。 10) OECD 諸国の GDP 成長率をみると、世界恐慌として騒がれるようになる直前の 2008 年第 3 四半期(7 月〜 9 月) では日本は-0.4%、アメリカが-0.1%、フランスが 0.1%、ドイツが-0.5%、イギリスが-0.7%、EU 全体で-0.3% というもので、日本だけが突出して成長率が悪化していたわけではない。ところが、まさに世界恐慌に突入し た第 4 四半期(10 月〜 12 月)になると、日本は-3.2%、アメリカが-1.6%、フランスが-1.1%、ドイツが-2.1%、 イギリスが-1.6%、EU 全体で-1.6%というように、日本だけが突出して経済状況が悪化している。 11) 例えば、SCM そのものの調査ではないが、経済産業研究所(2007)によれば、日本企業の業務分野別 IT シス テムの導入状況で物流管理・商品配送計画は 65%、受発注管理は 86%、在庫管理は 78%、生産計画・生産工 程管理は 67%などとなっており、SCM の領域で IT 技術の利用が進んでいる。 12) 重要なのは、SCM は生産過程と流通過程をネットワークを通じて結合するが、同一企業内のように情報を統 合するわけではないということである。なお SCM が生産の無政府性を拡大することについては、藤田(2007) を参照のこと。 13) トヨタの生産過程におけるフレキシビリティ化についての研究は、枚挙にいとまがないが、本稿で直接参照し たのは、野原・藤田(1988)、猿田(1995)、職業生活研究会(1994)である。 14) 日本の消費支出の動向を見ると、勤労者世帯では世界恐慌として騒がれるようになった 10 月は-6.0、11 月は 1.2、 12 月は-4.1、1 月は-5.7、2 月は-1.0、3 月は 0.7 と大きく減少している。 15) マクロ経済学の消費関数の理論ではローンやクレジットなどの利用が困難な借入制約がある場合には、今期の 消費を決定するのは今期の所得であるが、借入制約がない場合には生涯所得であるとされている。 16) もちろん、こうした手厚い生活保障を受けることができたのは、大企業労働者など一部の労働者であった。労 働者の大部分を占める中小企業労働者の賃金(現金給与総額)は、08 年の『毎月勤労統計調査』によれば 500 人以上規模の労働者と比較して、5 〜 29 人で 53.1%、30 〜 99 人で 66.1%、100 〜 499 人で 78.2%でしか ない。また福利厚生面でも中小企業は大きく劣っていた。しかしこうした中小企業労働者も、日本経済が成長 軌道にある限り、大企業からの受注が拡大し、企業が成長するので、雇用は安定していた。その限りで、生活 も保障されていたということができる。 17) とくにエレクトロニクス製品の場合、デジタル化・モジュール化が進んだため、製造が部品の組み付けと言う 性格が強くなり、その結果容易に海外で製造できるようになった。この点については、藤田(2007)を参照の こと。 18) 設備投資の群生による経済成長のメカニズムについては、井村(2005)P239 - 240 を参照のこと。
参考文献 井村喜代子(2005)『日本経済—混沌のただ中で』勁草書房 経済産業研究所(2007)『IT 戦略と企業パフォーマンスに関する日米韓の国際比較』 厚生労働省(2008)『労働経済白書 2008 年版』 小谷崇 (2007)「IT革命とは何か―一つの中間報告」経済理論学会編『季刊経済理論』第 44 巻 第 2 号 斉藤俊輔 (2009)「設備投資を巡る厳しい環境」『第一生命経済研レポート』2009 年 2 月 猿田正機 (1995)『トヨタシステムと労務管理』税務経理協会 渋井康弘 (2007)「情報化と新しい分業構造」経済理論学会編『季刊経済理論』第 44 巻第 2 号 職業生活研究会(1994)『企業社会と人間』法律文化社 友寄英隆 (2009)「日本経済の現局面をどうみるか」『経済』2009 年 8 月号 新日本出版社 内閣府 (2009) 「自動車の減産が製造業の生産活動に与える影響」(「今週の指標 No918」2009 年 4 月 6 日) 日本経済新聞社(2009)『自動車新世紀・勝者の条件』日本経済新聞社 野原光・藤田栄史『自動車産業と労働者』法律文化社 半田正樹 (2007)「〈情報化〉を視軸に現代資本主義をみる」経済理論学会編『季刊経済理論』第 44 巻第 2 号 藤田実 (2007)「情報通信革命の進展と資本主義の変容」経済理論学会編『季刊経済理論』第 44 巻第 2 号 南克巳 (1976)「戦後重化学工業段階の歴史的地位」『新マルクス経済学講座 5 巻・戦後日本資 本主義の構造』有斐閣 労働政策研究・研修機構(2005)『変貌する人材マネジメントとガバナンス・経営戦略』