1.はじめに 幼稚園教育要領における表現領域では、「感 じたことや考えたことを自分なりに表現するこ とを通して,豊かな感性や表現する力を養い, 創造性を豊かにする」と示されている。そして そのねらいを「(1) いろいろなものの美しさな どに対する豊かな感性をもつ。 (2) 感じたこと や考えたことを自分なりに表現して楽しむ。 (3) 生活の中でイメージを豊かにし,様々な表現を 楽しむ。」としている。 筆者が担当する弾き歌いの授業では、学生が 「表現」することを意識せずに演奏しているこ とに問題を感じている。本稿では、領域「表現」 の指針を元に、保育者養成校の学生の弾き歌い 授業に求められる「表現」とはどのようなもの か、また学生に指導する上でどのようなことに 注意したら良いかを、筆者のピアノ個人レッス ンの経験を交えながら考察する。 2.「表現」について 以下、幼稚園教育要領でいう「表現」領域に おける「感性」「表現する力」「創造性」とはど ういうことであるかについて、帝京大学の若谷 啓子氏による文章を引用する(金指初恵編著『ア イディアいっぱい 保育者のための音楽表現』 大学図書出版 p.7-8)。1) 「感性」とは、「外界の刺激を心に感じ取る能 力のことを言います。子どもが生きていく上で 出会う事物や出来事などあらゆるものについて どのように感じ、考えるかといった人間として の価値観を形成する上での感じ取る力とも言え ます。感性は自然に育つというものではありま せん。豊かな感性は、何かを感じ考えさせられ るようなものに出会い、それを表現し合うこと を積み重ねることで、磨かれていきます。様々 な感じる体験が充実されるよう、保育者は保育 内容を工夫する必要があります。また、そのた めに保育者自身の感性も問われ、体験の中で感 じる力、感じ取る力を豊かなものとなるように 努めなければなりません。」 「表現する力」については「子どもは生活の 中で、多様な事物に出会い、不思議さや面白さ を感じ、心を動かしているものです。出会いや 出来事を通して、感じる、考える、イメージす ることからその思いや考えを多様な方法を使い 表現するようになります。〜中略〜 表現の方 法について考えると、その内容は多岐に渡るこ とがわかります。音楽による表現をはじめとし て、その他、造形、言葉、身体といった方法が 挙げられるでしょう。音楽による表現は “ 歌う ” “ 歌いながら手遊びする ” “ 楽器を鳴らす ” “ 歌 に合わせて動く ” 等の行為が考えられますが、 それらの行為を眺めてみると、音楽だけでなく 身体、言葉などが複合された形で成り立ってい ることがわかります。」 「表現」については表出との比較で説明され ている。「「表出」は表現と比較すると、“ 自然 に出てしまう行為 ” であり、〜中略〜 一方、 表現する力とは他者との出会いや出来事により 育まれていくものであると言えます。」 表現力とコミュニケーション 佐山 直子
Possibility of lessons of playing the piano with singing at the preschool teachers college For expressive performance and Communication
Naoko SAYAMA
キーワード:弾き歌い、表現力、イメージ、コミュニケーション
「創造性」とは「「新たに作り出す力」です。 子どもにとって新たに作り出すとは、少しでも 違ったものであればそれは全て創造活動から生 まれた創造性の芽です。創造性の芽が豊かにな り育まれることで、創造性は養われると言われ ています。」と述べられている。 以上の説明から考察すると、幼稚園教育要領 で求められている内容を養成校の授業で学ぶた めには、ただ単に「ピアノを弾きながら歌う」 演奏という行為だけでなく、子どもの感性、想 像力に働きかけるような演奏内容、顔の表情、 音楽に連動した身体の動き、目配り(子どもの 様子を読み取る力)によるコミュニケーション 等、演奏技術以外にも必要な要素があり、それ には保育者自身の「感性」「表現する力」「創造 性」を養っていくことが求められるであろう。 3.学生の現状と問題点 保育者養成校の学生の演奏技術レベルは各人 各様だが、その能力に関わらず、楽譜上の音符 (音高とリズム)のみに注意を払っていて、そ れぞれの歌の持つ内容や雰囲気を「伝えよう」 という気持ちが感じられない演奏が多い。楽譜 上では歌詞は平仮名で書かれているため、詞の 持つ意味を考えずに一文字ずつをリズムに合わ せて歌っているのみで間違いも多く、また音楽 用語や演奏記号も見ないために音楽的内容が伝 わらないのである。ピアノ演奏経験が長く、習 熟度の高い学生では「きれいに弾きたい」とい う気持ちと強弱には気を配っている演奏に出会 えることもあるが、そのような演奏でも歌詞の 内容をよく考えて弾いているか、というと、ピ アノの演奏技術を高めることに関心が向いてい て、歌詞と曲想が結びつかないことが多い。ま た初学者には拍子感やリズム感、フレーズ感 を感じながら演奏することが難しく、どの曲 もバタバタとした固い印象になってしまう傾 向がある。 学生に困っている点を問うと、「ピアノ演奏 をするだけで精一杯」「思ったように演奏でき るほどの練習時間が取れない」等ということの ほかに、「人前で歌うのが恥ずかしい」「歌う時 にどのように発声したよいのかわからない」「歌 の発声法に慣れていない」といった答えが返っ てくるが、歌詞の内容や曲想、現場で子ども達 を前にどうしたら曲のメッセージが伝わるか 等、表現に関する問題については触れられるこ とがない。 このことから、まだ学習者としての立場にい るために、概して関心は「自分の」演奏技能や「自 分の」気持ちにあり、その演奏が子ども達の表 現活動に直接つながるのだという認識に乏しい ことがわかる。 4.子どものピアノレッスンの観点から 筆者は、3 歳から小学校低学年くらいまでの 子どもたちにピアノ個人レッスンを行ってき た。初心者には歌詞のついたピアノ教則本を使 用し、童謡やアニメ、映画の曲なども取り入れ ながら、ピアノ演奏と歌うことの両方に重点を 置いて指導している。ピアノレッスンであるに も拘らず「歌う」ことを重視するのは、主にソ ルフェージュ的な音高に対する感覚やリズム感 を養う目的もあるが、より音楽に親しみを持っ てもらうと共に、それぞれの持つ曲の魅力に触 れて興味を持って欲しい、という狙いによるも ので、幼稚園教育要領の「感性」の目標に通じ る部分がある。 レッスンは通常、週1回 30 分行われる。幼 稚園や保育園といった集団の音楽教育とは形態 が異なるが、子どもの反応を直に見てきた経験 から、ある女の子(5 歳)を例にして、保育者 養成校の弾き歌い授業に活かせる事項について 考察する材料としたい。 使用しているテキストの中で多くの子どもに 好まれる曲として、初心者向けのピアノ教則本 (樹原涼子作曲『ピアノランド②』音楽之友社 p.14-19)2)に次の3曲がある。各曲見開き2 ページで、これら3曲は目次順に5番から7番 までである。 それぞれが対照的な曲想を持ち、個別で歌っ てもよいし、続けて歌うとより個性が際立つよ うな並べ方になっている。
5番 〈がんばれ うんどうかい〉 筆者はアクセントを効かせながら、出来るだ けリズミカルに元気に模範演奏をすると、女の 子は一緒に頭を振りながら聴いている。特に最 後の小節は弱拍の2拍目で力強く終わるのでイ ンパクトを感じさせるように演奏する。2度目 に一緒に歌うと、目は絵をじっと見つめながら、 一生懸命大きな声で歌っている。 歌い終わると「この間の運動会でね、私のク ラスが勝ったんだよ」「(絵を指して)この子、 転んじゃったね」などと話している。歌詞の内 容だけでなく、絵の内容もイメージを膨らませ ているようである。 6番〈まーちゃんのバナナ〉 5番とは対照的に、動きの少ない、しかし和 声の美しい曲である。「おいしい」と2度歌う ところで3度上行するところが印象的である。 ここでは女の子の好きな3文字の果物の名前と どのような味かを聞き、例えば「いちご」が好 きで「あまい」いちごがよい、と答えたら、そ の女の子の名前と「いちご」、「あまい」の歌詞 を当てはめて、即興で替え歌を作って歌う。す ると女の子は恥ずかしそうに、嬉しそうに笑っ ている。
7番〈オバケやしき〉 出だしのコソっと音がしたような音型の後、 2拍目以降は休符が続く。3小節目から急激に クレッシェンドをして、オバケが近付いて来る ような怖さを表現した後、突然ピアニッシモに 戻り、ギィっとドアが開くような7小節目の和 音など、休符や強弱が効果的に使われている曲 である。 女の子は 3 小節目からの急激なクレッシェ ンドに、怖いような驚いたような様子を見せた が、すぐにクスっと笑った。急激な音量の変化 を楽しんでいるようである。 「オバケっているかな?」の問いに、「いない よ!怖くないもん」と答えているが、表情を見 ると少し険しい顔をしている。実は少し怖がっ ているようにも見える。 この3曲を歌っている間の女の子の様子を観 察していると、聴覚だけでなく、視覚情報も しっかり捉えて想像力を働かせているようであ る。また、曲ごとにコメントを述べたり、関連 した自分の体験談を話すなど、筆者とのコミュ ニケーションを楽しんでいる様子が伺える。 5.保育者養成校での授業 前の項目で挙げた女の子の反応は、前出の若 谷氏の説明する「表現する力とは他者との出会 いや出来事により育まれていくもの」を証明し ている一例であるが、ここでは〈ぞうさん〉と〈た なばたさま〉を例に、養成校の学習者の注意す べき点を考え、子ども達に積極的に働きかける 表現方法を探る。 〈ぞうさん〉 学生は出だしの2小節の左手をつなげて弾く ことが多い。しかしここは歌の出だしと同じフ レージングであるからアーティキュレーション を付けるべきであろう。この左手のメロディー で象の体の大きさや重さがイメージできるよう に、深く重いタッチで始めるのが望ましい。 歌の出だしの歌詞「ぞうさんぞうさんおはな がながいのね」は「ぞうさん」に対する呼びか けである。 そして続く「そうよかあさんもながいのよ」 という返答。この歌詞は二者の応答が特徴であ る。節を付けず、実際にセリフを話すように声 を出して読むことで「どのような状況で、どの 位の距離にいる二者が、どのような感じで話し ているのか」ということを具体的にイメージで きるようになる。 返答部分の「かあさん」というところで旋律
の最高音 D と、伴奏の最低音 F が鳴って音域 が一気に広がり、最も盛り上がる部分となり、 このぞうさんの最も大切な存在が「かあさん」 であることが強調されている。 この二者の対話という状況を表すための工夫 として、落語のようにそれぞれ話す者の向きを 変えて歌うことも可能であろう。また、クライ マックスの「かあさん」の部分は上半身も大き く揺らしながら弾き歌いすることで、より強調 することが可能である。 〈たなばたさま〉 この曲には細かく強弱が示されているが、前 奏から四分音符の刻みで進むために、学習者は どの音も均等に鳴らしてしまう傾向がある。こ こでも歌詞に出てくる「ささのは」が「さらさら」 と「のきばにゆれる」様子、「おほしさま」が「き らきら」と輝き、「きんぎん」の「すなご」の ように美しい、といったような一つ一つの単語 に関するイメージや雰囲気を味わった上で、音 の高さが上がるにつれてクレッシェンドをし、 フレーズの終わりに向かってデクレッシェンド をかける、という演奏をすると、初めに演奏し たものとは全く異なる、丁寧で美しい演奏にな る。また「おほしさまきらきら」の部分では上 を向く等、若干の演劇的要素を取り入れて、子 どもの創造性を刺激することも有効であろう。 6.結論:保育者に求められる演奏 以上2曲の例にあるように、楽譜に書かれて いる作曲者や作詞者の意図を理解することや、 想像力を働かせる(イメージを持つ)ことで、 演奏そのものがより豊かな表現力を持ったもの になり、聴いている子どもたちにより良い刺激 になると思われる。 しかし、「2. 表現について」の最後で述べた ように、子どもの感性、想像力に働きかけるよ うな演奏内容の充実のほかに、保育者に求めら れることは何であろうか。 近年、歌唱の伴奏を安易に CD の使用に頼っ てしまうことも多いと耳にするが、保育者が演 奏する意味は、子どもと音楽を通してコミュニ ケーションできるところにある。「4. 子どもの ピアノレッスンの観点から」で記したレッスン 風景からは、生徒と指導者が曲そのものを楽し むほか、音楽や絵を通して曲から発展した会話 をし、コミュニケーションを楽しんでいる様子 がうかがえる。 コミュニケーションがあることで、お互いの 信頼が出来、子どもは自由に表現能力、主体性、 自発性を発揮できる。社会性も身につく。従っ て、常に模範的な演奏ばかりが求められている のではなく、人との繋がりの中で成長する機会 が生まれると言える。 楽譜やピアノの鍵盤ばかり見ていては、この ようなコミュニケ−ションは成立しない。保育 者には演奏しながら子どもの様子をよく観察 し、子どもの心理状態に合わせて声の調子や声 量、ピアノ伴奏の音量やテンポを即興的に調節 し、演奏出来るように技術を磨くことも併せて 必要であろう。 【引用文献】 1)金指初恵編著『アイディアいっぱい 保 育者のための音楽表現』大学図書出版 p.7-8 2)樹原涼子作曲『ピアノランド②』音楽之 友社 p.14-19
3)鈴木恵津子、冨田英也監修・編著『改訂 ポケットいっぱいのうた』 p.111,116