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<論説>変動取引による相場操縦に関する若干の考察 ─市場構造と規制理論─

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(1)変動取引による相場操縦に関する若干の考察. 論 説. 変動取引による相場操縦に関する若干の考察 ──市場構造と規制理論──. 芳賀 良 1.はじめに 2.株式市場における価格形成過程 ─マーケット・マイクロストラクチャーの視点から─ 3.アメリカにおける取引型相場操縦に対する規制理論 4.考察─日本法への示唆─ 5.むすび. 1.はじめに 金融商品取引法(以下、 「金商法」とする。 )159 条 2 項 1 号は、有価証券売 買等のうちいずれかの取引を誘引する目的(以下、 「誘引目的」とする。 )をもっ て、有価証券売買等が繁盛であると誤解させ、又は取引所金融商品市場におけ る上場金融商品等若しくは店頭売買有価証券市場における店頭売買有価証券の 相場を変動させるべき一連の有価証券売買等又はその申込み、委託等若しくは 受託等をすることを禁止する。即ち、本号は、取引による相場操縦の禁止類型 として、誘引目的をもって、①有価証券売買等が繁盛であると誤解させる一連 の有価証券売買等(以下、 「繁盛取引」とする。 )と②相場を変動させるべき一 連の有価証券売買等(以下、 「変動取引」とする。 )を規定している。このよう 53.

(2) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). に、本条は、現実の取引による相場操縦を禁止する規定である。 と こ ろ で、現実 の 取引 に よ る 相場操縦 は、取引型相場操縦(Trade-Based Manipulation)と 契約型相場操縦(Contract-Based Manipulation)に 分類 で き る 1)。取引型相場操縦とは、ある株式を大量に購入する変動取引により当該株 式の価格を上昇させ、上昇した市場価格が相場操縦開始前の水準に下落する前 に、購入した当該株式を売却することによって利益を確定させる類型である 2)。 取引型相場操縦には、後述するように、その実行可能性に疑義が生じている 3)。 本稿 で は、マーケット・マ イ ク ロ ス ト ラ ク チャー(Market Microstructure) という視点から明らかにされた取引型相場操縦に関するアメリカ法の知見を参 考に、変動取引による相場操縦規制を考察することとする 4)。. 1)拙稿「公開市場における相場操縦─詐欺禁止規定と 『相場操縦』概念の関係性について─」 横浜法学 23 巻 3 号 23 頁(2015 年) 。上記論文 は、 「公開市場 に お け る 相場操縦」概念 のうち、契約型相場操縦を主に検討したものである。なお、取引型相場操縦は、公開市 場 に お け る 原初型相場操縦(Naked Open Market Manipulation)と 称 さ れ る 場合 が あ る。以下 の 文献 を 参照。Merritt B. Fox, Lawrence R. Glosten and Gabriel V. Rauterberg, Stock Market Manipulation and Its Regulation, 35 Yale J. on Reg. 67, 74 n. 22 (2018) ; Gina-Gail S. Fletcher, Legitimate Yet Manipulative: The Conundrum of Open-Market Manipulation, 68 Duke L.J. 479, 502─503 (2018). 2)‌以 下 を 参 照。Daniel R. Fischel & David Ross, Should the Law Prohibit “Manipulation” in Financial Markets?, 105 Harv. L. Rev. 503, 506 (1991). 3)‌アメリカにおける相場操縦規制緩和論の主張については、Fischel=Ross・前掲注 (2)503 頁以下を参照。また、上記の規制緩和論に対する批判の嚆矢として、以下を参照。Steve Thel, $850,000 in Six Minutes-The Mechanics of Securities Manipulation, 79 Cornell L. Rev. 219 (1993─1994) .なお、以前、筆者も相場操縦規制緩和論とその批判について検討したこと がある(拙稿「相場操縦規制──規制緩和の是非に関する若干の考察」山口経済学雑誌 49 巻 2 号 375 頁(2001 年)以下) 。本稿 は、高頻度取引(High Frequency Trading)の 勃興など市場構造の変化を織り込んで、取引型相場操縦に対する規制理論を再検討する ものである。 4)‌本稿におけるアメリカにおける相場操縦規制の分析は、主に、Fox=Glosten=Rauterberg・ 前掲注 (1)67 頁以下、Fletcher・前掲注 (1)479 頁以下 に 依拠 し て い る。ま た、本稿 に おけるマーケット・マイクロストラクチャーの分析については、主に、以下の文献に 54.

(3) 変動取引による相場操縦に関する若干の考察. 2.株式市場における価格形成過程 ―マーケット・マイクロストラクチャーの視点から― 本節では、株式市場における価格形成過程を、マーケット・マイクロストラ クチャーの視点から概観することとする。まず、マーケット・マイクロスト ラクチャーの意義を確認しよう。 「マーケット・マイクロストラクチャーとは、 取引及び市場構造を研究する金融経済学の一分野である 5)」とされている。つ まり、 「明示的な取引ルールの下で行われる資産取引の過程とその成果を研究 する 6)」学問分野である。そして、この研究対象は、金融商品の組織化された 取引である 7)。つまり、市場における価格形成過程がどのように機能している のかを明らかにするために、市場構造やその取引メカニズムを分析するもので ある 8)。このことから、マーケット・マイクロストラクチャーの研究は、市場 構造と価格の関係性を明らかにする点に意義がある 9)。. (1)取引の主体 マーケット・マイクロストラクチャーにおいては、トレーダーの属性を、① 依 拠 し て い る。Larry Harris, Tradin. and. Exchanges : Market Microstructure. for. Practitioners (2003). なお、本書の邦訳として、ラリー・ハリス著、宇佐美洋(監訳) ・ 濱田隆道=小野里光博=山岡博士(訳) 『市場と取引 : 実務家のためのマーケット・マイ クロストラクチャー』 (東洋経済新報社、2006)上・下巻がある。 5)Harris・前提注 (4)3 頁。 6)Maureen O'Hara, Market Microstructure Theory 1 (1997). な お、本書(1995 年版)の 邦 訳 と し て、Maureen O'Hara 著,大村敬一=宇野淳=宗近肇(訳) 『マーケット・マ イ ク ロストラクチャー ─株価形成・投資家行動のパズル』 (金融財政事情研究会、1996 年) がある。 7)Harris・前提注 (5)4 頁 8)同上参照。 9)同上参照。 55.

(4) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 情報に基づいて取引を行うトレーダーと②情報に基づくことなく取引を行うト レーダーとに分類することが基盤となる 10)。本稿では、相場操縦規制への影 響を考察する観点から、①情報トレーダー(Informed Trader)と②非情報ト レーダー(Uninformed Trader)という分類に加えて、③ノイズ・トレーダー (Noise Trader) 、④アンチ・ノイズ・トレーダー(Anti-Noise Trader)と⑤流 動性供給業者(Professional Liquidity Supplier)を加えて検討することとする 11)。 ア.情報トレーダー 広義の情報トレーダーは、 「ある株式について、現在の株価に示されたもの を超えた評価を提供する私的な情報に基づいて、当該株式を売買する 12)」こ とに特徴がある。換言すれば、 「情報トレーダーは、現在の市場価格が含意す る当該株式の価値をより正確に評価することを可能にする情報に基づいて、当 該株式を売買する 13)」のである。要するに、情報トレーダーの取引動機は、 情報である 14)。狭義の情報トレーダーは、証券のファンダメンタル・バリュー 情報(Fundamental Value Information)に基づいて取引を行う 15)。ファンダ. 10)‌Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)86 頁注 54 参照。なお、本稿において、トレーダー という用語は「投資家」という意味で使用する。大村敬一=宇野淳=川北英隆=俊野雅 司『株式市場のマイクロストラクチャー : 株価形成メカニズムの経済分析』 (日本経済新 聞社、1998 年)22 頁注 14 参照。 11)この分類は、Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)86 頁以下に依拠している。 12)‌Merritt B. Fox, Lawrence R. Glosten & Gabriel V. Rauterberg, Informed Trading and Its Regulation, 43 J. Corp. L. 817, 825 (2018). な お、Fox=Glosten=Rauterberg・前 掲 注 (1) の 文献との混同を避けるため、本稿では、本文献を “Fox ほか・前掲注 (12)” として引用す ることとする。 13)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)86 頁。また、Harris・前提注 (5)194 頁。 14)大村ほか・前掲注 (10)22 ~ 23 頁参照。 15)Harris・前提注 (4)194 頁参照。 56.

(5) 変動取引による相場操縦に関する若干の考察. メ ン タ ル・バ リューと は、 「そ の 金融商品 の『真実 の 価値』 (True Value)16)」 である。つまり、 「当該金融商品を保有することに伴う現在及び将来の全便 益と全費用について期待される現在価値 17)」である。狭義の情報トレーダー (Informed Trader)に 属 す る 典型例 と し て、バ リュー・ト レーダー(Value Trader)がある 18)。バリュー・トレーダーは、 入手可能な情報に基づいて、 ファ ンダメンタル・バリューを評価する 19)。 広義の情報トレーダーが依拠する情報は、①ファンダメンタル・バリュー情 報、②アナウンスメント情報(Announcement Information) 、③発行者を情報 源とする内部情報(Information from Inside an Issuer) 、④発行者以外を情報 源とする内部情報(Information from Inside a Non-issuer Source)の 4 つ(以 下、これら 4 つの情報を総称して「ファンダメンタル情報等」とする。 )であ る 20)。②アナウンスメント情報は、発行者又は他の機関により発表される発 行者の将来のキャッシュ・フローに関する情報である 21)。そして、③発行者 を情報源とする内部情報は、発行者が保有する発行者の将来のキャッシュ・フ ローの予測に関する情報であり、且つ、未公表のために市場価格に織り込まれ ていない情報である 22)。また、④発行者以外を情報源とする内部情報は、発 16)同上 222 頁。 17)‌同上。ファン ダ メ ン タ ル・バ リュー情報 は、 「現在価値 と し て 割 り 引 か れ た あ る 株 主 に 対 す る 将来 の キャッシュ・フ ローへ の 評価」に 関 す る 情報 で あ る と も い え る (Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)86 ~ 87 頁) 。 18)Harris・前提注 (4)194 頁。狭義の情報トレーダーは、ファンダメンタル・バリューに 対する見解をどのように形成し、且つ、利用するかによって、分類される。詳細は、 Harris・前提注 (4)194 頁参照。 19)Harris・前提注 (4)194 頁。 20)Fox ほか・前掲注 (12)826 頁。 21)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)87 頁。 22)同上。 57.

(6) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 行者以外の者が保有する発行者の将来のキャッシュ・フローの予測に関する 情報であり、且つ、未公表のために市場価格に織り込まれていない情報であ る 23)。 狭義の情報トレーダーによる取引は、ファンダメンタル・バリューに関す る情報を市場価格に織り込む効果がある 24)。他方、広義の情報トレーダーは、 社会的に望ましくない帰結をもたらす可能性がある 25)。 イ.非情報トレーダー 非情報トレーダーは、 「現在の市場価格よりも正確にその株式の評価ができ る情報を保有せずに、当該株式の売買を行う 26)」点に特徴がある。つまり、 非情報トレーダーは、 「金融商品がファンダメンタルの観点から過大評価又は 過小評価されているかを知らない 27)」のである。そのため、非情報トレーダー は、株式の価値に係る確固たる見解を形成できない、或いは、当該見解を形成 しないにもかかわらず、取引をすることになる 28)。非情報トレーダーの取引 動機は多岐にわたる 29)。相場操縦を行う者(以下、 「相場操縦者」とする。 )も、 ファンダメンタル・バリューに関する情報を保有していないことを知りなが ら、価格を操作するために売買注文を発するのであれば、非情報トレーダーに 該当することになる。. 23)同上。 24)同上。 25)Fox ほか・前掲注 (12)898 頁参照。 26)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)87 頁。 27)Harris・前提注 (4)177 頁。 28)同上参照。 29)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)87 ~ 88 頁参照。 58.

(7) 変動取引による相場操縦に関する若干の考察. ウ.ノイズ・トレーダーとアンチ・ノイズ・トレーダー 狭義のノイズ・トレーダー(Noise Trader)とは、ファンダメンタル・バ リュー情報に基づかずに取引を行う者である 30)。狭義のノイズ・トレーダー は、非情報トレーダーである 31)。そして、広義のノイズ・トレーダーとは、 実際にはファンダメンタル情報等を保有していないにもかかわらず、ファン ダメンタル情報等を保有していると信じて取引を行う者を含む概念である 32)。 相場操縦者も、ファンダメンタル・バリューに関する情報を保有していないこ とを知りながら、価格を操作するために売買注文を発するのであれば、狭義の ノイズ・トレーダーに該当することになる。 他方、ノイズ・トレーダーとは反対方向の取引を実行する者が、アンチ・ノ イズ・トレーダー(Anti-Noise Trader)である 33)。つまり、アンチ・ノイズ・ トレーダーは、まず、将来における発行者のキャッシュ・フローに関する新情 報が存在するか否かを調査する 34)。新情報がなければ、現在の価格変動はファ ンダメンタル情報等に基づかないノイズであることが分かる。そこで、 アンチ・ ノイズ・トレーダーは、新情報がないと判明した段階で、利益を得るために、 ノイズ・トレーダーが引き起こした価格変動とは反対の方向に取引を行うので. 30)‌Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)88 頁及び Fox ほか・前掲注 (12)827 頁参照。Fox ほか・前掲注 (12)827 頁によれば、 「ノイズ・トレーダーは、現在の価格が反映している ものより正確なある株式の評価を提供する情報を自らが保有していると信じている」と する。 31)‌Harris・前 提 注 (4)194 頁。ノ イ ズ・ト レーダーが バ リュー・ト レーダーと 異 な る 点 は、ノ イ ズ・ト レーダーが 取引 に 利用 す る 情報 が、①既 に 価格 に 反映 さ れ て い ること、或いは、②価格をより正確に形成することに影響を及ぼさないことである (Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)88 頁) 。 32)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)88 頁、Fox ほか・前掲注 (12)827 頁。 33)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)88 頁参照。 34)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)88 頁、Fox ほか・前掲注 (12)827 頁。 59.

(8) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). ある 35)。このため、 アンチ・ノイズ・トレーダーの取引は、 ノイズ・トレーダー の取引による価格変動効果を減殺することになり、価格正確性に貢献すること となる 36)。多くの場合、 アンチ・ノイズ・トレーダーは、 広義の情報トレーダー と重複することになる 37)。もっとも、アンチ・ノイズ・トレーダーによる調 査は時間を必要とするため、調査が完了して反対方向の取引が開始されるまで、 ノイズ・トレーダーの取引による価格変動は継続することになる 38)。 エ.流動性供給業者 流動性供給業者(Professional Liquidity Supplier)とは、市場において買い 注文や売り注文を発することにより、相場での株式売買に備えている者をい う 39)。流動性供給業者 は、株式 を 安 く 購入 し、当該株式 を 高 く 売却 す る こ と に よ り 利益 を 得 る 40)。流動性供給業者 の 典型例 は、高頻度取引(High Frequency Trading)を行う高頻度トレーダー(High Frequency Trader)で ある 41)。高頻度トレーダーは、高頻度に、指値注文を発注・取消し・変更す ることにより、株式の安価購入及び高価売却を実現し、利益を得るビジネス形 態である 42)。高頻度トレーダーは、株式の発行者に関する情報に重きを置く 35)同上。 36)Fox ほか・前掲注 (12)827 頁。 37)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)88 頁及び Fox ほか・前掲注 (12)827 頁参照。 38)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)88 頁。 39)‌Fox ほか・前掲注 (12)827 ~ 828 頁参照。また、Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)89 頁も参照。 40)Fox=Glosten= Rauterberg・前掲注 (1)90 頁、Fox ほか・前掲注 (12)828 頁。 41)同上。 42)‌大墳剛士「諸外国 に お け る 市場構造 と HFT を 巡 る 規制動向」 (金融庁金融研究 セ ン ター・ディス カッション・ペーパー、2016 年)7 頁(https://www.fsa.go.jp/frtc/seika/ discussion/2016/04.pdf) 。 60.

(9) 変動取引による相場操縦に関する若干の考察. よりも、高速回線を利用して、株式の取引及び相場に関する市況を入手し、指 値を変更する傾向がある 43)。このことから、流動性供給業者は、ファンダメ ンタル・バリュー情報に関する非情報トレーダーに分類される 44)。その意味 で、流動性供給業者は、狭義の情報トレーダーではない 45)。もっとも、アナ ウンスメント情報についてはマーケット・メーキングを行う際に当該情報を監 視するため、アナウンスメント情報に基づいて取引を行っていると評価できる 46)。. (2)市場の価格形成メカニズム 以下では、上記のような市場におけるプレイヤーが価格形成に対してどのよ うな役割を果たしているかを検証することとする。ここで、マーケット・マ イクロストラクチャーに関連する用語を整理しよう。まず、ビッド・アスク・ スプレッド(Bid/Ask Spread)とは、最良買い気配と最良売り気配の価格差 である 47)。例えば、ビッド・アスク・スプレッドが小さく、且つ、未約定の 指値注文が多く存在する場合、その市場には流動性があることになる 48)。次 に、ビッド・アスク・スプレッドの構成要素は、①取引費用スプレッド構成 要素(Transaction Cost Spread Component)と ②逆選択 ス プ レッド 構成要素 (Adverse Selection Spread Component)である 49)。①取引費用スプレッド構. 43)‌Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)89 頁。ま た、Fox ほ か・前掲注 (12)828 頁参照。 なお、アメリカにおける HFT の実態については、大墳・前掲注 (42)40 頁以下参照。 44)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)89 頁、Fox ほか・前掲注 (12)828 頁。 45)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)89 頁参照。 46)Fox ほか・前掲注 (12)828 頁注 34 参照。 47)Harris・前提注 (4)70 頁。 48)‌同上。なお、 「ある市場に流動性があるとは、トレーダーが価格に重大な反作用を与え ることなく取引を行うことができる場合をいう」 (Harris・前提注 (4)70 頁)とされる。 49)Harris・前提注 (4)299 頁。 61.

(10) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 成要素とは、ビッドとアスクを提供する者が経費を回収するために必要となる 費用に係る要素である 50)。これに対して、②逆選択スプレッド構成要素とは、 情報トレーダーとの取引による損失を補填するための要素である 51)。そして、 「現在の市場価格により示される株式の価値は、全米最良売り気配(National Best Offer(NBO) )と 全米最良買 い 気配(National Best Bid(NBB) )の 中間 点である 52)」とされる。この価値の基準となる中間点は、売り気配と買い気 配の変動によって、上昇又は下落する 53)。 なお、議論を単純化するために、以下では、①市場における指値注文はすべ て流動性供給業者である高頻度トレーダーにより発注されていること及び②流 動性供給業者以外のトレーダーはすべて成行注文を発注することを仮定する 54)。 ア.流動性供給業者と情報トレーダー 情報トレーダーは、ある株式について、流動性供給業者が提示する売り注文 の価格よりも当該株式の価値が高いと判断する場合にのみ、当該流動性供給業 者から当該株式を購入する 55)。また同様に、情報トレーダーは、ある株式に ついて、流動性供給業者が提示する買い注文の価格よりも当該株式の価値が安 いと判断する場合にのみ、当該流動性供給業者に当該株式を売却する 56)。換 50)Harris・前提注 (4)299 頁参照。 51)‌Harris・前提注 (4)299 頁。な お、Glosten-Milgrom の 定理(Glosten-Milgrom Theorem) については、Harris・前提注 (4)320 ~ 321 頁参照。 52)‌Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)91 頁。ま た、価格 と ビッド・ア ス ク・ス プ レッ ドの関係について、 「情報が十分反映されると、価格はビッド・アスク・スプレッドの 2 分の 1 に合致する」 (Fox ほか・前掲注 (12)831 頁注 38)とされる。 53)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)93 頁参照。 54)同上 90 頁。 55)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)90 頁、Fox ほか・前掲注 (12)829 頁。 56)同上。 62.

(11) 変動取引による相場操縦に関する若干の考察. 言すれば、流動性供給業者は、ある株式について、①情報トレーダーが評価す る価格よりも安く当該株式を当該情報トレーダーに売却し、②情報トレーダー が評価する価格よりも高く当該株式を当該情報トレーダーから購入することに なる 57)。このことから、 「流動性供給業者が、情報トレーダーと取引する際に 損失を被る本質的理由は、情報トレーダーが、現在の株価よりもその株式の価 値を正確に評価できる場合にのみ、取引を行うことにある 58)」とされる。そ れ故、情報トレーダーと取引する者は、何人も損失を被ることになる 59)。 流動性供給業者は、情報トレーダーとの約定を回避することができない。な ぜなら、取引の時点で、注文の相手方が情報トレーダーであるか否かを識別す ることができないからである 60)。つまり、流動性供給業者は、より正確な価 格情報を有する情報トレーダーとの取引を事前に予測し、その取引を回避する ことができないのである。このような情報の非対称性が回避できないことから、 流動性供給業者は自己に不利益な取引を行うリスクがある 61)。 他方、流動性供給業者は、非情報トレーダーと取引して利益を得る可能性も ある 62)。非情報トレーダーは、私的情報を有していないため、現在の株価が 誤りであると判断する根拠も有していない 63)。このため、流動性供給業者は、 ある株式について、非情報トレーダーから全米最良買い気配で購入し、或いは、 57)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)90 ~ 91 頁。 58)Fox ほか・前掲注 (12)829 頁。 59)Fox ほか・前掲注 (12)829 頁。 60)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)90 頁及び Fox ほか・前掲注 (12)830 頁参照。 61)‌情報トレーダーと取引を行う流動性供給業者について、 「流動性供給業者は、情報の非 対称性という状況で取引を行い、それ故、取引が自らの利益に反する場合にのみ取引を 行う、という恒常的な脅威に直面している」 (Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)91 頁注 64)という指摘がなされている。 62)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)91 頁及び Fox ほか・前掲注 (12)829 頁参照。 63)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)91 頁。 63.

(12) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 全米最良売り気配で売却することができる 64)。このことから、流動性供給業 者の期待収益は、非情報トレーダーとの各取引(非情報トレーダーからの購入 及び非情報トレーダーへの売却)における最良買い気配と最良売り気配の価格 差の半額となる 65)。流動性供給業者が、情報トレーダーとの取引に起因する 損失を非情報トレーダーとの取引に起因する利益で補填することを考えるなら ば、情報トレーダーとの取引に起因する損失を非情報トレーダーとの取引に起 因する利益によって相殺できる程度に、最良買い気配と最良売り気配の価格差 がなければならない 66)。 イ.流動性供給業者の指値設定 上記のように、流動性供給業者は、株式を安く購入し、当該株式を高く売却 することにより利益を得る。そうであるならば、流動性供給業者は、自ら発す る売り注文の指値を買い注文の指値より高くしさえすれば、単純に利益を得ら れそうである。しかし、現実に 2 つの矛盾する障害がある。まず、①他の流動 性供給業者よりも高い買い注文や安い売り注文でなければ、約定することがで きない 67)。他方、②情報トレーダーと約定する場合には、流動性供給業者は 損失を被る恐れがあるため、収支が合う程度に、売り注文の指値を高く、買い 注文の指値を安く設定する必要がある 68)。このように、情報トレーダーとの 売買による損失を予測して、売り注文と買い注文の価格差を大きくする必要が あるが、価格差が大きくなり過ぎると、やはり約定することが困難となる 69)。 64)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)91 頁及び Fox ほか・前掲注 (12)829 頁参照。 65)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)91 頁、Fox ほか・前掲注 (12)829 頁。 66)同上。 67)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)90 頁参照。 68)Fox ほか・前掲注 (12)830 頁。 69)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)90 頁参照。 64.

(13) 変動取引による相場操縦に関する若干の考察. 合理的な流動性供給業者は、次に到来する注文が買い注文であることを予測 すれば株式の評価を引き上げ、次に到来する注文が売り注文であることを予測 すれば株式の評価を引き下げる 70)。現実には、次に到来する注文を正確に予 測することは困難であるから、売り・買いそれぞれについて、次に到来する注 文を条件とした価格を前提に売り注文と買い注文の各指値を設定する 71)。情 報トレーダーによる注文が到来する確率が高いと判断するならば、前述のよう に、売り注文の指値はより高く、買い注文の指値はより安く設定するため、改 訂される指値の幅は大きくなる 72)。結果として、流動性供給業者が情報トレー ダーによる注文が多くなると予測するほど、市場の流動性は低下する 73)。そ の理由は、情報トレーダーによる注文に対応するため、流動性供給業者が売り 注文の指値はより高く、買い注文の指値はより安く設定することから、本来の あるべき最良指値注文から乖離し、注文量も減少し、注文板における待機注文 量(板の厚み)が薄くなるからである 74)。 上記をまとめると、次のようになる。流動性供給業者は、取引に応じて、常 時、株式の評価を更新する 75)。そのため、個々の取引により流動性供給業者 が指値を変更することから、株式の相場は変動し、ビッド・アスク・スプレッ ドの中間点である株式価値も変動する。流動性供給業者とされる高頻度トレー ダーは、頻繁に指値注文を発することにより、株式を安く購入し、当該株式を 70)Fox ほか・前掲注 (12)830 頁。 71)同上。 72)‌Fox ほか・前掲注 (12)830 頁参照。なお、非情報トレーダーによる取引量について、 「平 均して、非情報トレーダーによる買い注文と売り注文は、同数になる」 (Merritt B. Fox, Lawrence R. Glosten, Gabriel V. Rauterberg, The New Stock Market: Sense and Nonsense, 65 Duke L.J. 191, 219 (2015).)とされている。 73)Fox ほか・前掲注 (12)830 頁。 74)同上。 75)Fox=Glosten= Rauterberg・前掲注 (1)92 頁。 65.

(14) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 高く売却することにより利益を得る。高頻度トレーダーにおいて、指値注文に おける価格設定が重要である。そのため、取引に応じて、常時、株式の評価を 更新し、既存注文を取消し、指値や注文量を変更する。このため、相場も取引 によって変動することになる。. (3)分析 以上のように、現代の株式市場では、高頻度トレーダーが、流動性供給業者 として、売り注文と買い注文を発注することによって、市場に流動性を提供し ている。高頻度トレーダーは、 売り注文と買い注文の双方を発注することによっ て、売買を希望する投資者の取引の相手方となっているのである。つまり、高 頻度トレーダーは、 高頻度に注文の発注と取消しを行うことを通じて、 マーケッ ト・メーキングを行っていることになる。 ところで、流動性供給業者は、匿名性のある市場において、相対する売買注 文の発注者である相手方が情報トレーダーであるのか、 又は、 非情報トレーダー であるのか、を識別することはできない。仮に、相手方が情報トレーダーであ る場合には、流動性供給業者は取引時点での売買注文を残存・継続させること は損失の拡大につながる。なぜなら、情報トレーダーは価格を更新させる情報 を知って取引しているため、流動性供給業者が情報トレーダーから購入する場 合には、流動性供給業者の発注価格は過大評価されており、流動性供給業者が 情報トレーダーに売却する場合には、当該発注価格は過小評価されているから である。流動性供給業者は、ビッド・アスク・スプレッドが利益の源泉である から、取引に応じてビッド・アスク・スプレッドを変更する。このことが、最 良気配を更新することにつながり、相場を変動させる。つまり、マーケット・ メーキングを担っている流動性供給業者の発注行動の変化が、価格を変動させ るのである。 仮に、非情報トレーダーである相場操縦者が流動性供給業者の相手方になっ ても、流動性供給業者は、匿名性のある市場であるため、相手方の属性を識別 66.

(15) 変動取引による相場操縦に関する若干の考察. することはできない。流動性供給業者は、非情報トレーダーである相場操縦者 を情報トレーダーであると誤信して、ビッド・アスク・スプレッドを変更する 可能性がある。このことにより、価格が変動する。従って、相場操縦者による 売買注文に起因して、価格が変動する余地があるのである。. 3.アメリカにおける取引型相場操縦に対する規制理論 (1)取引型相場操縦の実行可能性 取引型相場操縦は、取引により価格を変動させる類型である。取引により価 格を上昇させる方法として、①流動性効果(Liquidity Effect)及び価格圧力効 果(Price Pressure Effect)による直接的な方法と、②情報効果(Information Effect)による間接的な方法の 2 つがある 76)。以下では、取引型相場操縦を分 析するために必要な範囲で、流動性・需要効果と情報効果を概観することとす る。 ア.流動性効果及び価格圧力効果について まず、流動性効果について概観しよう。迅速に大量の株式を購入又は売却を 希望する投資者は、当該売買の反対側において売買を希望する市場参加者が十 分に存在しない場合、市場価格で当該売買を行うことはできない 77)。売買を 成立させるためには、相対する側の売買注文を誘引する必要がある。他者の売 買を誘引するために、当該購入者は購入価格を上昇させ、当該売却者は売却価 格を下げる 78)。このため、 大量の売買注文により流動性が乏しくなることから、 76)以 下 を 参 照。Charles R. Korsmo, Mismatch: The Misuse of Market Efficiency in Market Manipulation Class Actions, 52 Wm. & Mary L. Rev. 1111, 1143 (2011). また、Fischel=Ross・ 前掲注 (2)514 ~ 516 頁。 77)‌Fischel=Ross・前掲注 (2)515 ~ 516 頁。また、Korsmo・前掲注 (76)1145 頁注 161 参照。 78)Fischel=Ross・前掲注 (2)516 頁。また、Korsmo・前掲注 (76)1145 頁注 161 参照。 67.

(16) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 結果として、取引により価格が変動するのである 79)。留意すべきは、流動性 効果は、大量の売買を行おうとする投資者の発注価格の変化に着目している点 である。 次に、価格圧力効果についてである。 「もし有価証券に対する需要と供給が 完全に弾力的でないとすれば、取引により価格変動が生じ得る 80)」とされる。 そして、ある有価証券の完全な代替性が欠け、当該有価証券の特性が重視さ れる場合、当該有価証券の需要について、下降需要曲線(Downward-Sloping Demand Curve)となることが指摘されている 81)。つまり、ある株式の需要曲 線が右方向に下降している場合、取引により需要が影響を受けるので、当該株 式の売買により、当該株式の価格が変動することになる。 上記のような流動性効果及び価格圧力効果は、 「効率的市場よりも非効率的 市場において適用される可能性が高い 82)」とされる。ここで市場における効 率性の意義が問題となる。そもそも、 「価格が、常に、利用できる情報を『完. 79)Korsmo・前掲注 (76)1145 頁参照。 80)‌Fischel=Ross・前掲注 (2)516 頁(なお、引用した文献において、価格圧力効果は「価 格圧力仮説」 (Price Pressure Hypothesis)と 称 さ れ て い る) 。ま た、Korsmo・前掲注 (76)1145 頁参照。価格弾力性の概念については、ハウェル・ジャクソンほか著、神田秀 樹=草野耕一(訳) 『数理法務概論』 (有斐閣、2014 年)274 頁以下参照。 81)‌Korsmo・前掲注 (76)1145 頁。下降需要曲線は、縦軸をある株式の 1 株当たりの価格、 横軸を当該株式に係る売買の量とした場合、右方向に需要曲線が下降していることを示 す(Thel・前掲注 (3)230 頁注 52 における図 2 を参照) 。なお、投資者の期待が非均質性 (Heterogeneous Expectations)を帯びることを前提に、下降需給曲線となることを主 張する見解について、以下を参照。Lynn A. Stout, How Efficient Markets Undervalue Stocks : CAPM and ECMH under Conditions of Uncertainty and Disagreement, 19 Cardozo L. Rev. 475 (1997). また、需要曲線と相場操縦の関係について、仮屋広郷「ファイナンス論と企業法 ─自己株式の取得・相場操縦を素材として─」徳本譲ほか編『会社法の到達点と展望─ 森淳二朗先生退職記念論文集』 (法律文化社、2018 年)102 頁以下参照。 82)Korsmo・前掲注 (76)1146 頁。 68.

(17) 変動取引による相場操縦に関する若干の考察. 全に反映する』市場は、 『効率的』である 83)」とされる。換言すれば、 「効率 的な市場においては、企業の価値に関する情報が、迅速且つ正確に、株価に織 り込まれる 84)」ことになる。そして、相場操縦の文脈において、市場が効率 的であることに関する機能的要件として、 ①需要曲線が水平であること、 ②ファ ンダメンタル・バリューから乖離した価格に対する裁定取引者が十分に存在す ること、が挙げられている 85)。注目すべきは、上記①の需要曲線が水平である、 という点を市場の効率性のメルクマールとしていることである 86)。この点に ついて、West v. Prudential Securities, Inc. 事件判決は、 「いかなる会社の株式 も、有効需要曲線は水平になるほど多くの代替物がある。この需要曲線は新し い情報によって上昇又は下落することはあるが、物質的生産物の需要曲線のよ うには傾斜しない 87)」とした。そのため、需要曲線が水平であれば、流動性 83)‌Eugene F. Fama, Efficient Capital Markets: A Review of Theory and Empirical Work, 25 J. Fin. 383 (1970). ま た 以下 を 参照。Ronald J. Gilson & Reinier H. Kraakman, The Mechanisms of Market Efficiency, 70 Va. L. Rev. 549, 554 (1984). 84)‌Zohar Goshen & Gideon Parchomovsky, The Essential Role of Securities Regulation, 55 Duke L. J. 711, 721 (2006). ま た、Fletcher・前掲注 (1)490 頁注 30 参照。な お、市場 で 形成 さ れる価格が情報をどの程度反映しているかによって、市場の効率性は、①弱度(Weak Form) 、②準強度(Semi-Strong Form) 、③強度(Strong Form)の 3 つに分類される(黒 沼悦郎『金融商品取引法』 (有斐閣、2016 年)11 頁) 。 85)‌Korsmo・前掲注 (76)1146 ~ 1147 頁。な お、上記文献 は、本文① に つ い て、Brett W. King, The Use of Supermajority Voting Rules in Corporate America: Majority Rule, Corporate Legitimacy, and Minority Shareholder Protection, 21 Del. J. Corp. L. 895, 924 (1996) を 引 用 し、 本文② に つ い て、Jeffrey L. Oldham, Comment, Taking “Efficient Markets” Out of the Fraudon-the-Market Doctrine After the Private Securities Litigation Reform Act, 97 Nw. U. L. Rev. 995, 1003, 1016 (2003) を引用している。 86)‌需要曲線が水平であるとは、縦軸をある株式の 1 株当たりの価格、横軸を当該株式に係 る売買の量とした場合、需要曲線が横軸と平行になることを示す(Thel・前掲注 (3)225 頁注 29 における図 1 を参照) 。 87)‌282 F.3d 935, 939 (7th Cir. 2002). なお、本判決の法廷意見は、Easterbrook 判事によるも のである。 69.

(18) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 効果や価格圧力効果は機能しないことから、 新しい情報がない限り、 取引によっ て価格は変動しないこととなる。 イ.情報効果について 流動性効果や価格圧力効果がなくとも、情報効果により、取引は価格を変動 させることができる 88)。また、前述した West v. Prudential Securities, Inc. 事 件判決も、 「効率的市場の基本的属性の一つは、理論上は、需要ではなく、情 報が株価を決定する 89)」ことも指摘している。つまり、 「相場操縦者は、その 取引を通じて、他のトレーダーに取引が新しい情報の存在を反映したという 誤った信念を作出することにより、価格を変動し得る 90)」のである。この誤っ た信念とは、①機関投資家においては、その相場操縦者がなんらかの新しい未 公開情報を保有している、という判断であり、②個人投資家においては、価格 変動は当該株式に係るいわゆるモメンタム(momentum)を反映している、と いう判断であるとされる 91)。換言すれば、他人をして、相場操縦者による取 引は未公表の情報に基づいていると確信させる場合、当該取引は価格に影響を 及ぼし得ることになる 92)。 このような情報効果に対しては、 「匿名性のある市場(Anonymous Market) における取引は、この効果を有しないように思われる 93)」という批判がある。 88)Korsmo・前掲注 (76)1148 頁。 89)282 F.3d 935, 939 (7th Cir. 2002). 90)‌Korsmo・前掲注 (76)1148 頁。なお、情報効果は、完全な市場効率性という極端な概念 とは、両立しないとされる(Korsmo・前掲注 (76)1148 頁注 1149) 。強度の効率性にお いては、未公開情報もすべて価格に織り込まれるからである。 91)‌Korsmo・前掲注 (76)1149 頁。なお、モメンタム・トレーダーとは、ある有価証券の市 場価格が上昇時に当該有価証券を購入し、当該価格が下落時に当該有価証券を売却する 。 者を指す(Harris・前提注 (4)261 頁) 92)Fischel=Ross・前掲注 (2)517 頁、Korsmo・前掲注 (76)1149 頁。 93)Fischel=Ross・前掲注 (2)517 頁。 70.

(19) 変動取引による相場操縦に関する若干の考察. つまり、売買を行う投資者が匿名性を帯びる場合には、情報に基づく取引であ るか否かを識別することが困難であることを前提に、情報効果による価格変動 を否定する批判である、と評価することができる。この批判に対しては、前述 したマーケット・マイクロストラクチャー、即ち、市場構造に関する知見に基 づく価格形成過程を前提に、 「匿名性のある市場における流動性供給業者にとっ て、ある株式に関するすべての取引は、潜在的に情報トレーダーとの取引であり、 それ故、少なくとも、若干の範囲で価格は変動する 94)」という反論がなされて いる。つまり、匿名性のある市場においても、流動性供給業者は情報トレーダー による取引を想定して対応するので、取引により価格変動が生じることになる。 この見解は、現在の市場構造を前提にすれば、情報効果による価格変動が生じ うると解しているのである。このように、匿名性のある市場においても情報効 果が生じるとする見解によれば、取引型相場操縦の実行も可能となる。 上記の取引型相場操縦の実行が可能とする見解は、①相場操縦による価格 歪曲(Price Distortion)と い う 局面 と ②相場操縦終了後 の 価格修正(Price Correction)という局面に分離して理解している 95)。この見解によれば、 第一に、 価格歪曲の局面(上記①)において、取引型相場操縦は、当該相場操縦がなけ れば形成されたであろう価格から遊離した価格を形成させるので、 「少なくと も一時的に (しばしば長期的に)価格正確性を低下させるであろう 96)」とする。 株式に係る価格正確性とは、 「ある株価が、当該株式を発行者が存在する間に 保有する者が受領できうる将来のキャッシュ・フロー(配当及びその他の分 配)に係る予測因子としてどの程度適切か、ということに関するものである 97)」 94)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)103 頁。 95)同上 94 ~ 96 頁参照。 96)同上 101 頁。 97)‌Merritt B. Fox , Randall Morck, Bernard Yeung & Artyom Durnev, Law, Share Price Accuracy, and Economic Performance: The New Evidence, 102 Mich. L. Rev. 331, 344 (2003). また、 Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)83 頁。 71.

(20) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). とされる。相場操縦は、このような価格正確性を害するのである。また、上記 見解は、相場操縦が流動性を害するとする 98)。流動性とは、 「大規模な量の取 引を安価な費用で迅速に行う能力 99)」とされる。つまり、ある取引を行う場 合に、市場価格に影響を及ぼすことなく、迅速に当該取引が消化しうる能力を 示す概念である 100)。このように、相場操縦は、価格の正確性はもちろん、流 動性も害するのである。第二に、価格修正の局面(上記②)においては、価格 修正が遅延した場合や価格修正が生じない場合には、 「相場操縦の効果が及ぼ す価格正確性に対する危害はより重大なものとなる 101)」とする。 ところで、価格正確性と流動性は相互依存の関係にある。即ち、流動性が情 報トレーダーによる取引を市場に呼び込むことから、流動性は価格正確性を導 くことになる 102)。他方、流動性は価格正確性を高めることが、価格正確性は 流動性を高めるのである 103)。そして、市場の効率性を決定する要因は、価格 正確性と流動性である 104)。そうであるならば、取引型相場操縦が行われるこ とにより、価格正確性と流動性双方が害され、結果として市場の効率性が低下 するおそれがある。. 98)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)102 頁。 99)Harris・前提注 (4)399 頁。 100)Fletcher・前掲注 (1)490 頁参照。 101)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)101 頁。 102)‌以 下 を 参 照。Nicholas L. Georgakopoulos, The Logic. of. Securities Law 144 (2017). ; Patricia A. McCoy, Andrey D. Pavlov & Susan M. Wachter, Systemic Risk Through Securitization: The Result of Deregulation and Regulatory Failure, 41 Conn. L. Rev. 1327, 1373 (2009). また、Fletcher・前掲注 (1)490 頁注 33。 103)Fletcher・前掲注 (1)490 頁。 104)Fletcher・前掲注 (1)490 頁及び Goshen=Parchomovsky・前掲注 (84)714 頁参照。 72.

(21) 変動取引による相場操縦に関する若干の考察. (2)相場操縦後の反対売買による価格変動について 取引により価格が変動する場合、取引型相場操縦は、相場操縦に該当する取 引(例:ある株式の購入)が完了した後に、 利益を確定するため反対売買(例: 購入した株式の売却)が行われる。そのため、相場操縦後の価格変動が、当該 相場操縦の利益に影響を与えることとなる。 流動性効果や価格圧力効果においては、相場操縦に該当する取引により生じ た価格変動は、当該相場操縦後の反対売買による価格変動によって相殺される という一種の対称性が指摘されている 105)。相場操縦による価格変動と相場操 縦後の反対売買による価格変動が常に対称性を帯びるのであれば、相場操縦者 は、購入価格よりも高い価格で売却することができないので、相場操縦を自重 する可能性がある 106)。 それでは、相場操縦に該当する取引によって生じた価格変動と当該相場操縦 後の反対売買による価格変動は非対称になる場合(以下、 「価格反応の非対称 性」とする。 )は、現実にあり得ないのであろうか。この点について、市場構 造に関する知見を前提に、価格反応の非対称性が発生し得ることを主張する見 解もある 107)。この見解によれば、取引型相場操縦の場合において、相場操縦 によって生じた価格変動と当該相場操縦後の反対売買による価格変動に非対称 性が生じる場合として、①情報トレーダーによる取引がある時点より前に予想 される場合、 ②ストップ・ロス注文(Stop-Loss Order)が設定されている場合、 ③注文板に脆弱性がある場合の 3 つが例示されている 108)。以下で検討しよう。 105)Korsmo・前掲注 (76)1145 頁、Fischel=Ross・前掲注 (2)519 頁。 106)Fischel=Ross・前掲注 (2)519 頁。 107)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)93 頁参照。 108)‌Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)104 ~ 106 頁。なお、一般論として、相場操縦後 の反対売買による価格変動は、①相場操縦による価格変動は根拠がないことを公表する ことにより価格変動が生じる類型、②アンチ・ノイズ・トレーダーの取引により価格変 動が生じる類型、③漸次に価格変動が生じる類型、④相場操縦後の価格変動が発生しな い類型の 4 つがある(Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)96 頁) 。 73.

(22) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). まず、①情報トレーダーによる取引がある時点より前に予想される場合の例 として、収益に関する情報が定期的に開示される場合が挙げられる 109)。この 場合、開示の時期は明らかである。また、収益に関する情報が開示されれば、 開示前に有していた収益に対する予想の真偽が明らかになる 110)。つまり、公 表後、当該情報が取引により価格に織り込まれることから、株価は上昇又は下 落する可能性がある。収益に関する情報を開示する発行者に属する内部者や当 該情報の伝達を受けた情報受領者が当該発行者の発行する株式を取引するとき には、当該内部者や情報伝達者は情報トレーダーとなる 111)。情報トレーダー による取引のため、当該情報が開示されるまでの間、売買注文の不均衡が生じ 得る 112)。流動性供給業者は、このような情報トレーダーによる取引を想定し て、ビッド・アスク・スプレッドを拡大させる 113)。相場操縦を試みる者によ る発注も、真実とは異なり情報トレーダーによる発注と認識されることから、 価格を変動させることになる 114)。収益に関する情報が開示された後、情報ト レーダーによる取引の恐れもなくなることから、流動性供給業者はビッド・ア スク・スプレッドを修正するため、相場操縦者は、価格への影響を抑えなが ら、利益を確定することができる、という指摘がある 115)。もっとも、この場合、 109)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)104 頁。 110)同上。 111)この場合、内部者取引規制への抵触は問題にしないこととする。 112)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)104 頁。 113)同上。 114)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)104 ~ 105 頁参照。 115)‌Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)105 頁。これは、相場操縦者の取引の方向(例: 購入)と内部者による取引の方向(例:購入)が同一である類型であろう。これに対して、 相場操縦者の取引の方向と内部者による取引の方向が異なる類型では、相場操縦を者 は損失を被ることになる(Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)105 頁) 。このような リスクがあることから、得られる利益は限定されるが、情報が開示される前に相場操 縦により取得した株式を売却する取引型相場操縦の戦略も考えられる。 74.

(23) 変動取引による相場操縦に関する若干の考察. 株価の上昇を予測して売買を行う適法な投機行動と相場操縦を客観的に識別す ることは困難である 116)。そのため、相場操縦の目的を証明する電子メールな どの客観的な証拠がなければ、この場合において、取引型相場操縦を立証する ことは困難である 117)。 次に、②ストップ・ロス注文が設定されている場合である。ストップ・ロス 注文とは、トレーダーの有するポジションに対して不利に価格が変動した場合 に、損失を限定するために発せられる注文形態である 118)。例えば、ある株式 の空売りをした者の場合、株価が一定価格を上回ったときに当該株式を購入す る注文である 119)。また、 ある株式を保有する者の場合、 株価が一定価格を下回っ たときに当該株式を売却する注文である 120)。株式を購入するストップ・ロス 注文が多数ある場合、相場操縦者による買い注文によりストップ・ロス注文が 発動されるため、価格の上昇速度が加速する 121)。他方、相場操縦者が購入し た株式を売却する場合、下落する市場価格は当該株式を売却するストップ・ロ ス注文の発動価格を上回ることがあるため、ストップ・ロス注文による売却が. 116)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)106 ~ 107 頁参照。 117)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)107 頁。 118)‌Harris・前提注 (4)78 頁参照。なお、日本法において、ストップ・ロス注文は、政令で 定めるところに違反して行う場合、禁止されている(金商法 162 条 1 項 2 号) 。しかし、 現時点で、所定の政令は指定されていない。そのため、日本でもストップ・ロス注文 を実行できる。このことから、アメリカのストップ・ロス注文の議論を日本法の比較 対象とすることができる。 119)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)105 頁。 120) ‌Harris・前提注 (4)78 頁参照。な お、空売 り を す る 相場操縦者 が、ス トップ・ロ ス 注 文による売却を利用して急速に価格を下落させる相場操縦の類型もある。Larry Harris, Trading. and. Electronic Markets : What Investment Professionals Need. to. Know 15. (2015). 121)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)105 頁参照。 75.

(24) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). ないことから、価格が相場操縦者の売却により急落することはないことが指摘 されている 122)。ストップ・ロス注文の存在及びその数について、当該情報は 開示されていない 123)。そこで、相場操縦者は、テスト注文を発することにより、 ストップ・ロス注文の存在を探索するのである 124)。 第三に、③注文板に脆弱性がある場合である。注文板における脆弱性は、注 文板における待機注文量が通常よりも少ない場合に生じる 125)。例えば、売り 注文において、最良売り気配に近接した価格帯において、通常よりも売りの 待機注文の数量が少ない場合、買いの成行注文に対応できない状況が生じ得 る 126)。このように一方(例:売りの待機注文)にのみ脆弱性がある場合には、 買い注文に対応できる売りの待機注文量が相対的に少ないことから、相場操 縦者は、買いの指値注文により価格を急速に変化させることが可能になる 127)。 そして、相場操縦者が反転して購入した株式を売却する段階においては、相場 操縦者の売り注文に対当する買いの待機注文量は豊富であるから、相場操縦者 の売り注文は吸収され、相場操縦後の反対売買により価格が下落する影響は緩 和されるのである 128)。この場合においても、価格変動の非対称性が生じるの である。注文板の脆弱性を利用する前提として、注文板に表示されていない注 文の有無を確認する必要がある 129)。注文板に表示されていない注文を確認す 122)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)105 頁。 123)同上。124)同上 105 ~ 106 頁。 125)同上 106 頁参照。 126)‌同上。買い注文についても、注文板の脆弱性は生じ得る(Fox=Glosten=Rauterberg・ 前掲注 (1)106 頁) 。 127)Fox=Glosten= Rauterberg・前掲注 (1)106 頁参照。 128)同上 106 頁。 129)‌アメリカにおいては、各取引所が HFT による発注を誘引するために、注文板に表示さ れない注文形式も認められている。拙稿「HFT は『悪』か?─株式の高速取引が及ぼ す日本市場への影響」ビジネス法務 2020 年 3 月号 4 頁以下参照。 76.

(25) 変動取引による相場操縦に関する若干の考察. る手段として、小規模の注文を発注し、注文板における注文の補充の有無を確 認する方法が指摘されている 130)。つまり、相場操縦者は、少量の発注行為に より、注文板の脆弱性を検証することができるのである。また、高頻度トレー ダーが注文板の脆弱性を利用する場合、そのアルゴリズムは、①直近において 大規模な買い注文または売り注文が発生する可能性を判断し、②大規模な買い 建玉(又は売り建玉)を検知した場合には、 注文板における売りの待機注文(又 は買いの待機注文)の脆弱性を検出するために小規模の注文を送信し、③注文 板における売りの待機注文(又は買いの待機注文)に脆弱性がないことが判明 したときには、 購入(又は売却)を控え、 ④注文板における売りの待機注文(又 は買いの待機注文)に脆弱性があるときには、積極的に購入(又は売却)を行 い、⑤予期される約定可能な買い注文(又は売り注文)に対当する売却(購入) を行って、利益を確定させるものとなる 131)。. (3)法的規制の執行可能性 相場操縦を「不正な意図」 (Bad Intent)に基づき利益を得る取引と位置付 けるならば 132)、違法な相場操縦と適法な取引とを区別するメルクマールは、 「不正な意図」の有無に求められることになる。このため、客観的な行為によ り、相場操縦に該当する取引と他の目的で行われる取引を識別することができ ない旨の批判がある 133)。重要な点は、違法な相場操縦と適法な取引活動を客 観的に識別することができるか否かである。そもそも、取引型相場操縦は、大 量の株式を購入して価格を上昇させ、購入した株式の売却することにより利益. 130)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)106 頁。131)同上 79 ~ 80 頁。 132)Fischel=Ross・前掲注 (2)510 頁。 133)同上 519 頁。 77.

(26) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). を得るスキームである 134)。この相場操縦が成功するためには、価格反応の非 対称性が発生して、売却の平均価格が購入の平均価格を超える必要がある 135)。 前述のように、価格反応の非対称性が生じる場合として、①情報トレーダーに よる取引がある時点より前に予想される場合、②ストップ・ロス注文が設定さ れている場合、③注文板に脆弱性がある場合の 3 つがある。ストップ・ロス注 文が設定されている場合(上記②)と注文板に脆弱性がある場合(上記③)は、 相場操縦者がストップ・ロス注文の存否や注文板の状況を検証するための注 文(以下、 「テスト注文」とする。 )を行い、価格反応の非対称性が生じるか否 かを検証することができる。そのため、相場操縦者は、㋐テスト注文、㋑相場 操縦の実行行為として取引(例:購入) 、㋒利益確定のための取引(例:売却) を行うこととなるのである 136)。このテスト注文という客観的事実から相場操 縦の動機を認定することができるのである 137)。. (4)分析 第一に、 匿名性のある市場においても情報効果が生じるとする見解(上記(1) 参照)が、相場操縦時点において、株式の需給曲線が水平であることを前提と しているのか、或いは、下降していることを前提としているのかは明らかでは ない。仮に、株式の需給曲線が水平であることを前提としている場合であって 134)‌取引型相場操縦 の 実行 は 可能 と す る 見解 に よ れ ば、取引型相場操縦 は、①概念上、 他 の 戦略 と 異 な る こ と が 識別 で き る 社会的 な 有害行為 で あ る こ と、②「相場操縦 (Manipulation) 」という辞書的意義にも合致すること、③利益を期待できること、④他 の社会的に有益な行為を抑圧することなく、取引型相場操縦の存在が証明された場合 のみ、法的制裁を課すことができること、という 4 つの特徴を備えているので、規制 の対象とすることができる(Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)93 頁) 。 135)Fox=Glosten=Rauterberg・前掲注 (1)93 頁。 136)同上 107 頁。 137)同上 107 頁参照。 78.

(27) 変動取引による相場操縦に関する若干の考察. も、 情報効果により株価は変動する。匿名性のある市場における情報トレーダー に関する認識については争いがある。流動性供給業者が注文の発注者を情報ト レーダーとして認識してビッド・アスク・スプレッドを構成している、とする マーケット・マイクロストラクチャーの知見を前提とするならば、情報効果に よる価格変動を重視する見解も肯定できる。 第二に、匿名性のある市場においても情報効果が生じるとする見解が、相場 操縦後の反対売買の時点において、株式の需給曲線が水平であることを前提と しているのか、或いは、下降していることを前提としているのかは明らかでは ない。もっとも、情報効果による価格変動を重視する見解は、相場操縦を市場 の流動性を阻害する行為として位置付けている。流動性の低下により市場の効 率性がどの程度悪影響を受けているかに依存するが、価格変動の非対称性を前 提とするならば、株式の需要曲線は下降していることを前提としている、と解 する余地がある。 第三に、取引型相場操縦は、相場操縦により価格を変動させた後に相場操縦 後の反対売買により利益を確定させるところ、相場操縦によって生じた価格変 動と当該相場操縦後の反対売買による価格変動に非対称性が生じなければ、利 益を得られない。このような価格変動の非対称性が発生する場合がありうるの か、ということが問題となる。価格変動の非対称性が生じる可能性があるのは、 ①情報トレーダーによる取引がある時点より前に予想される場合、②ストッ プ・ロス注文が設定されている場合、③注文板に脆弱性がある場合の 3 つが挙 げられる。 ところで、取引型相場操縦の場合、違法な相場操縦と適法な取引活動を客観 的に識別することができるか否かが重要な問題であった。適法行為と違法行為 との区別を客観的な事実で識別できる類型を、取引型相場操縦として規制すべ きこととなろう。この観点から、価格変動の非対称性が生じる可能性がある場 合として、ストップ・ロス注文が設定されている場合(上記②)と注文板に脆 弱性がある場合(上記③)を重視すべきである。なぜなら、これらの類型にお 79.

(28) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). けるテスト注文の存在が、取引型相場操縦の客観的識別要件となるからである。 このような場合において、取引型相場操縦は、①価格変動の非対称性が生じる ので利益を得る可能性があること、②テスト注文という客観的事実の存在が違 法な取引型相場操縦のメルクマールとなることが明らかとなった。. 4.考察―日本法への示唆― (1)日本市場における価格形成過程 前述のように、アメリカの株式市場では、高頻度トレーダーが、売り注文と 買い注文の双方を発注することによって、市場に流動性を提供している。この ため、高頻度トレーダーは、流動性供給業者として位置付けられる。日本にお いても、高速取引行為者が採用する取引戦略の一類型として、 「マーケットメ イク戦略」が挙げられている 138)。この意味で、 「マーケットメイク戦略」を採 用する高速取引行為者は、アメリカの高頻度トレーダーと同様に、流動性供給 業者として位置付けることができる。 流動性供給業者は、匿名性のある市場において、相対する売買注文の発注者 である相手方が情報トレーダーであるか否かを識別することはできない。情報 トレーダーは価格を更新させる情報を知って取引しているため、流動性供給業 者の取引の相手方が情報トレーダーである場合には、流動性供給業者の買い注 文の価格は過大評価されており、また、流動性供給業者の売り注文の価格は過 小評価されていることになる。そのため、流動性供給業者は取引時点での売買 注文を残存・継続させることは損失の拡大につながる。 「マーケットメイク戦 略」を採用する高速取引行為者は、ビッド・アスク・スプレッドから利益を得 るために、取引に応じて売買注文を変更する。このことが、最良気配を更新す 138)‌ 「マーケットメイク戦略」とは、 「売りと買いの両注文を市場に出し、他の投資家の取 引相手となることで、両価格のスプレッド分の利益を得る戦略をいう」とされる(金 融庁「高速取引行為者向けの監督指針(令和元年 12 月) 」III - 3 - 1 - 1(2) ①イ) 。 80.

(29) 変動取引による相場操縦に関する若干の考察. ることにつながり、相場を変動させるのである。 仮に、非情報トレーダーである相場操縦者が流動性供給業者の相手方になっ ても、流動性供給業者は、匿名性のある市場であるため、相手方の属性を識別 できないことは、日本でも同様である。そのため、流動性供給業者は、非情報 トレーダーである相場操縦者を情報トレーダーであると誤信して、ビッド・ア スク・スプレッドを変更する可能性がある。従って、日本においても、相場操 縦者による変動取引に起因して、価格が変動する余地があるのである。. (2)変動取引による相場操縦について ここでは、まず、変動取引による相場操縦規制の必要性について検討するこ ととする 139)。そもそも、日本の株式市場における需要曲線の形態は、相場操 縦の規制理論にも影響を及ぼす 140)。仮に、日本の株式市場において、株式の 需要曲線が下降しているのであれば、変動取引により価格が変動する余地があ る。そのため、変動取引による相場操縦が市場の価格正確性や流動性を阻害す るのであれば、変動取引自体を規制すべきことになる。他方、株式の需要曲線 が水平である場合には、変動取引により価格が変動するメカニズムを検討する 必要がある 141)。 仮に、株式の需要曲線が水平である場合であっても、流動性供給業者が注文 の発注者を情報トレーダーとして認識してビッド・アスク・スプレッドを構成 している、とする市場構造に関する知見を前提とするならば、流動性を提供す 139)‌相場の変動を伴わない繁盛取引の摘発事例は、現在まで存在しない(金融商品取引法 について、黒沼・前掲注 (84)476 頁参照。また、旧証券取引法について、田中誠二=堀 口亘『再全訂コンメンタール 証券取引法』954 頁(勁草書房、1996 年)参照) 。この ことから、変動取引による相場操縦を考察する必要がある。 140)‌なお、日本の相場操縦規制との関係において、日本市場における株式の需要曲線の形 状を実証的に確認することを指摘する見解として、仮屋・前掲注 (81)110 頁。 141)同上参照。 81.

(30) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). る者が形成する売り注文と買い注文の相場にも変化が生じる。情報効果により 相場の変動が生じる可能性がある。このような相場変動の市場の流動性を確保 する観点からも、変動取引による相場操縦を規制する必要がある。 変動取引による相場操縦の場合、前述のように、違法な相場操縦と適法な取 引活動を客観的に識別することができるか否かが重要な問題である。適法行為 と違法行為との区別を客観的な事実で識別できる類型を、変動取引による相場 操縦として規制すべきことになる。また、変動取引による相場操縦が、アメリ カの取引型相場操縦と同様に、相場操縦後の反対売買により利益を確定させる 類型のものであれば、価格変動の非対称性が生じる可能性が必要である。これ らの観点から、①逆指値注文(ストップ・ロス注文)の存在や②待機注文量の 脆弱性の存在を利用する変動取引による相場操縦を規制対象とすべきであると 考える。その理由は、㋐これらの類型においては、価格変動の非対称性が生じ るので利益を得る可能性があり、㋑逆指値注文や待機注文量の脆弱性を確認す るためのテスト注文の存在が、取引型相場操縦の客観的識別要件となるからで ある。従って、変動取引による相場操縦を行おうとする者が、上記のようにテ スト注文を実行し、且つ、変動取引に着手した場合には、当該変動取引につい て「誘引目的」 (金商法 159 条 2 項)の存在を満たす間接事実となると解する。. (3)緊急差止命令との関係について 金商法 192 条は緊急差止命令を定めている。裁判所が緊急差止命令を発令す るための要件は、①内閣総理大臣又は内閣総理大臣及び財務大臣の申立てがあ ること、②被申立人が法令違反行為を「行い、又は行おうとする者」であるこ と、③緊急の必要があること、④緊急差止命令が公益及び投資者保護のため必 要かつ適当であること、である 142)。 142)‌法令違反行為を予防するための緊急差止命令の要件について、拙稿「金融商品取引法 における緊急差止命令-法令違反行為を予防するための緊急差止命令に関する若干の 82.

(31) 変動取引による相場操縦に関する若干の考察. まず、変動取引による相場操縦を行おうとする者が、テスト注文を実行した 場合を検討することとする。そもそも、変動取引を構成する「一連の有価証券 売買等又はその申込み、委託等若しくは受託等をすること」 (金商法 159 条 2 項 1 号)における「一連」という概念は、2 回以上の売買注文の発注により充 足されると解されている 143)。そのため、テスト注文実行後、変動取引におけ る 1 回目の発注を行った時点では、変動取引を実行したことにはならない。こ の場合は、法令違反準備行為の着手段階と評価することができる 144)。テスト 取引実行後、変動取引における 1 回目の発注を行った時点で、法令違反行為を 「行おうとする者」に該当することから、緊急差止命令を発令することができ ると解する。その根拠は、テスト注文実施後、近接した時点で初回の発注を行 うことは、 「違反行為をしようとする意思」を外部に発現する具体的行動に該 当するため、 「違反行為をしようとする意思」を客観的に認知できる状態とな ることに求められる 145)。 次に、変動取引による相場操縦を行おうとする者が、テスト注文を実行した 場合を検討することとする。ここで、変動取引における 1 回目の発注を行って いない時点における緊急差止命令発令の可否が問題となる。変動取引による相 場操縦を行おうとする者が、テスト注文を実行した場合であっても、違法な変 動取引を行う蓋然性があるからである。テスト注文のみを捉えた場合、変動取 引による相場操縦の予備行為であるテスト注文なのか、適法な取引なのかを客 観的に識別することは、一般的に困難である。もっとも、証券取引に利用する アルゴリズムが、①大規模な買い建玉(又は売建玉)を検知、②注文板におけ 考察─」横浜法学 24 巻 2・3 号 60 ~ 61 頁(2016 年) 。 143)‌金融商品取引法について、代表的な見解として、黒沼・前掲注 (84)479 頁。また証券取 引法について、田中=堀口・前掲注 (139)954 頁。 144)拙稿・前掲注 (141)56 ~ 57 頁参照。 145)田中=堀口・前掲注 (139)1119 頁、拙稿・前掲注 (141)57 頁。 83.

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