『とりかへばや』についての研究 : 娘の幸せを願う父の物語
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(2) らにも向けられていることが多い。最初は、娘. した意識の表れであるとも考えられる。. にとっての父親の存在は、母親と大きな差はな. 第三章では、尚侍からの立后について見た。. かった。とにかく、不安なことがあると側にい. 史実においては、藤原道長の娘の好子・威子が. たくなるが、相談する対象ではなく、あくまで. 実際に尚侍からの立后していたことを考えると、. も心配をかけたくないと気を遣う相手であった。. 可能性としてあり得るルートである。しかし、. しかし、女性として生活するようになった娘に. 『とりかへばや』では、最初に男君が尚侍とし. は、父親の意向が大切となる。つまり、このよ. て出仕する。これは、かなりイレギュラーな出. うな変化によって強く意識されるのは、『とりか. 仕である。これが可能であったのは、東宮が女. へぱや』の父と娘が、お互いを大切に思い、父. 性であったからである。そこを上手く利用した. 親は娘の幸せを考え、娘は父親に心労をかけな. のが、『とりかへばや』の父親なのである。その. いようにと心配りする関係なのである。. 後、きょうだいは入れ替わり、改めて女君が尚. 第二章では、宇治と吉野について見た。『と. 侍として出仕する。そこで、女君は帝の寵愛を. りかへぱや』における宇治は、女君が京から離. 受け、若君を出産する。このことは、これまで. れ身を隠して、女姿となり出産した地であり、. 世継ぎのいなかった帝に取り重要なことであっ. 宰相中将の訪れを「待つ」地でもある。また、. た。また、前帝の朱雀院にも女春宮以外に御子. 女君が男として生きてきた過去をすべて捨て、. がなく、その春宮も退位している状況では、必. 子どもを含め置き去りにした場所でもある。一. 然的に尚侍の産んだ男御子が立坑することにな. 方の吉野は、古典の伝統の中では、『万葉集』や. る。それに伴い女君は、女御となり、さらに后. 『懐風藻』葛野上r遊竜門山」などからも窺え. となる。このように見ると、立后の条件には、. るが、唐土との繋がりが深く、神仙境のような. 御子の出産が考えられる。そして、それを満た. 雰囲気のある地としてとらえられていた。だか. した女君が后となったのである。. らこそ、この物語でも、渡唐経験があり学識豊. 以上のように見ると、『とりかへばや』の父親. かで、呪術者的・修験者的な力の持ち主である. は、ただ娘の幸せを考えて見守っており、決し. 吉野宮が住むのに相応しい場所として選ばれた。. て先を見据えて策を立てることはなかい。しか. そして、その吉野宮の手助けが得られるからこ. し、このことが、後の幸せに繋がる道を残して. そ、きょうだいが入れ替わる準備をする地とな. いるように感じられた。このように、ひたすら. る。つまり、宇治は過去を清算するための場所. 娘の幸せを願い、ただ流れにまかせ好機を待ち、. であり、吉野は新たな未来を創る準備を整え、. 見守り続けながら、好機の時にはそれを逃さな. 娘と父親ともに、好機を待つための場所なので. い父親であったことが明らかになった。そして. ある。そして、女君が幸福を手に入れるために. そのことにより、辛抱強く機会を待っ父親が娘. は、どちらも欠くことのできない役割を果たし. の幸せを願う物語として、rとりかへばや』を読. ていた。このように、出産の地と入れ替わりの. むことができる。. 他とが分けられているのは、『とりかへばや』作 者が、『源氏物語』における宇治の「憂し」とい. 主任指導教員 山口 眞琴. うイメージから脱却し、それを乗り越えようと. 指導教員 山口眞琴. ^227一.
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