二つのキッシンジャー像 : 「デタント」推進派の
中心人物に関する研究動向
著者
吉留 公太
雑誌名
研究論集
巻
92
ページ
55-73
発行年
2010-09
URL
http://doi.org/10.18956/00006145
二 つ の キ ッシ ン ジ ャ ー像
「デ タ ン ト」 推 進 派 の 中心 人 物 に関 す る研 究 動 向1)
吉
留
公
太
要 旨
Jeremi Suri, Henry Kissinger and the American Century (Cambridge, MA: The Belknap Press of Harvard University Press, 2007).
Mario Del Pero, The Eccentric Realist: Henry Kissinger and the Shaping of American Foreign Policy (Ithaca; London: Cornell University Press, 2010).
ジ ェ レ ミ ー ・ス リ とマ リオ ・デ ル ・ペ ロ の 上掲 書 を 中 心 に 、 キ ッシ ン ジ ャ ー米 国 元 国務 長 官 の 外 交 政 策 や デ タ ン ト(Detente)に つ い て の 研 究動 向 を 検 討 す る。 ス リ や デ ル ・ペ ロの 研 究 は 、 キ ッ シ ン ジ ャ ー論 や デ タン ト研 究 に文 化 史 的 ・社 会 史 的 視 点 を 導 入 した 点 で注 目 され る。 両 者 は この 視 点 を 通 じて 、 米 ソ 間の デ タ ン トを推 進 した 既 存 の 政 治 勢 力 と新 しい社 会勢 力 との対 抗 関 係 を 指 摘 して い る。 論 争 点 と して は 、 ス リが キ ッシ ン ジ ャ ーの 政 治 行 動 と ドイ ツ生 ま れ の ユ ダ ヤ 難 民 として の 経 験 の 結 びつ きを指 摘 す る の に対 し、 デ ル ・ペ ロは 冷 戦 の 論 理 や ア メ リカ の知 的環 境 が キ ッ シ ン ジ ャ ーの 政 治 行動 に与 え た影 響 を 重 視 して い る。 本 論 は 両 者 の 論 争 を踏 ま え て 、 米 ソ 主 導 の デ タ ン トへ の 対 抗 勢 力 を議 論 す る 際 に 、 各 国 で の 市 民 運 動 を担 い 手 とす る新 しい社 会 勢 力 の 台 頭 を 指 摘 す るだ け で は不 十 分 で あ り、 米 欧 問 の 緊 張 関 係 も考 慮 す る必 要 性 が あ る と主張 す る もの で あ る。 キ ー ワ ー ド:ア メ リ カ 外 交 、 米 欧 関 係 、 デ タ ン ト、 キ ッ シ ン ジ ャ ー 、 冷 戦 1.は じ め に 大 量 破 壊 兵 器 拡 散 問 題 は 冷 戦 後 の 国 際 関 係 に お け る最 重 要 課 題 の 一 つ で あ る。 この 問 題 に つ い て 、 オ バ マ大 統 領 は 「プ ラハ 演 説 」(2009年4月)で 核 軍 縮 と核 不 拡 散 条 約(NTP)体 制 の 強 化 に よ って 対 処 す る こ とを 提 案 し、 ブ ッシ ュ前 政 権 期 に 目立 った 軍 事 力 偏 重 の 姿 勢 を 見 直 す の で は な い か との 期 待 が 高 ま って い る。 オ バ マ 政 権 に よ る核 軍 縮 提 案 の 起 源 の ひ とつ は 、 フ ォ ー ド元 大 統領 、 キ ッシ ン ジ ャ ー元 国 務 長 官 、 ス コ ウ ク ロフ ト元 国家 安 全 保 障 問 題 担 当大 統 領 補 佐 官 らに よ る政 策 提 言 で あ る2)。か つ
て 、1960年 代 か ら70年 代 に か け て 「デ タ ン ト」 を 推 進 した 彼 らは 、 ソ連 に対 して 「絶対 的 」 な 優 位 に 立 つ こ とを 至 上 目的 とせ ず 、 また 、 ア メ リカ 的 価 値 観 を 世 界 中 に 浸透 させ る こ とよ りも、 大 国 間 交 渉 を 活 用 した 国 益 の 維 持 を 優 先 させ て い た 。 現 在 も同 じ姿 勢 か ら、 ア メ リ カが 大 量破 壊 兵 器 削 減 の 先 導 者 とな る こ とで 望 ま しい 戦 略 的 環 境 を 創 出 で き る と主 張 して い る3)。彼 らは、 ブ ッシ ュ前 政 権 や 「ネ オ ・コ ン」(Neoconservative)の 唱 え た 「単 独主 義 」 路 線 と過 剰 な 軍 事 力 行使 が ア メ リカの 安 全 と世 界 秩 序 を 揺 るが す もの と危 惧 して い る。 近年 、 デ タ ン トを 司 った 有 力 者 の 意 見 に 注 目の 集 ま る理 由は 二 つ あ る。 第 一 に 、 当 時 の ア メ リカが 抱 えて い た 外 交 政 策 課 題 と現 在 の そ れ が 似 て い るか らで あ る。 そ の 課 題 とは 、 ア メ リ カ の 力 に 磐 りが 見 えて い な が ら も超 大 国 として の 地 位 を維 持 し、 同 時 に 、 多極 化 す る国 際 情 勢 を 統 制 す る こ とに あ る。 1960年 代 か ら70年 代 に か け て 、 ア メ リカが ヴ ェ トナ ム 戦 争 の 泥 沼 に 足 を 取 られ て い た 一 方 で 、 欧 州 諸 国 や 日本 な どは 本 格 的 に経 済 力 を つ け 始 め 、 「第 三 世 界 」 諸 国 は 自己 主 張 を よ り強 め て い た 。 現 在 も、 景 気 低 迷 に あ え ぐ先 進 諸 国 と対 照 的 な 中 国 や イ ン ドの経 済 成 長 、 イ ラ ンや 北 朝 鮮 の 核 疑 惑 、 イ ラ クや ア フガ ニ ス タ ン情 勢 な ど、 ア メ リカ の 力 の 低 下 と世 界 の 多極 化 の 例 証 に は 事 欠 か な い 。 そ れ ゆ え、 現 在 の 外 交 政 策担 当 者 た ち が 政 策 課 題 を 解 決 す る手 掛 か りを 求 め て 、 デ タ ン ト期 の 有 力 者 の 意 見 に 耳 を 傾 け て も不 思 議 で は あ る まい 。 第 二 に 、1990年 代 に 盛 ん で あ った 「単 独 主 義 」 と 「多 角 主 義 」 との論 争 の よ うな 外 交 原 則 や 倫 理 の 議 論 を 回 避 して 、 国 益 確保 の た め の 具 体 的 手 段 を模 索 す る こ とに 関 心 が 集 ま って い るか らで あ る4)。その 要 因 は、 外 交 原 則 を政 策 化 す る こ とに伴 うジ レンマ に あ る。 この 具 体 例 と して 、 核 拡 散 問 題 を挙 げ る こ とが で き る。 「多 角主 義 」 を 掲 げ て ア メ リカ が世 界 各 国 と核 拡 散 防 止 に 努 め る こ とは 望 ま しい け れ ども、 そ の 代 償 として ア メ リ カの 戦 略 的 柔軟 性 を制 限 し よ う とす る政 策 担 当者 は い な い だ ろ う。 ま た 、 「単 独 主 義 」 を 主 張 す る こ とで ア メ リカの核 戦 力 拡 大 を 正 当 化 させ られ るか も しれ な い が 、 他 国 の核 開 発 も誘 発 しか ね な い 。 デ タ ン ト期 の 有 力 者 に よ る具 体 的 政 策 提 言 は 、 外 交 原 則 の 政 策 化 につ き ま と う上 記 ジ レ ンマ を 回 避 して お り、 政 策 担 当 者 に とって は 理 解 しや す く、 か つ 、 リス クの 少 な い選 択 肢 を 提 示 して い る わ け で あ る。 こ うした 時 代 状 況 と史 料 公 開 の 進 展 とが 相侯 って 、 デ タ ン トに関 す る学 問 的 再 検 討 も進 ん で い る`)。と りわ け、 次 の よ うな論 点 につ いて 研 究 の 進 展 が み られ て い る6)。な ぜ 、反 共 主 義 の 旗 手 で あ った ア メ リカが ソ連 や 中 国 との 交 渉 を 容 認 す る外 交 政 策 の 修 正 を 行 った の か 。 そ の 修 正 は 冷 戦 構 造 全 体 を 変 化 させ た り、 冷 戦 の 終 焉 を 促 した りした の か 。 あ るい は 、 デ タ ン トは 冷 戦 政 策 の 「修 正 」 で は な く戦 術 的 な 調 整 に過 ぎな か った の か 、 な どで あ る。 本 論 が 取 り上 げ るキ ッシ ン ジ ャ ー元 国 務 長 官 は 、 ア メ リカ主 導 の デ タ ン トを構 想 した 中 心 人 物 で あ り、 彼 に 関 す る研 究 の 進 展 は デ タ ン トの 定 義 や 史 的 解 釈 を 変 化 させ る可 能 性 を 持 って い
る。 デ タ ン ト研 究 の 主 要 動 向 は 別 の機 会 に 整 理 す る として 、 少 な く ともキ ッシ ンジ ャ ー研 究 に つ い て は 、 概 ね 次 の 三 つ の 視 点 か ら議 論 が な され て い る と言 え るだ ろ う。 第 一 に 、 キ ッシ ン ジ ャ ー個 人 の 思 想 よ りも国 際 関 係 にお け る合 理 的 行為 者 として の ア メ リ カ を 重 視 して 、 デ タ ン トを め ぐる国 家 間 権 力 関 係 を 把 握 し よ う とす る視 点 で あ る。 第 二 に 、 キ ッ シ ン ジ ャ ーを 筆 頭 に デ タ ン ト期 の 政 策担 当 者 の伝 記 的 史 実 を 検 討 す る こ とで 、 デ タ ン トの 思 想 史的 起 源 に迫 ろ う とす る視 点 で あ る7'。第 三 に 、 従 来 の 国家 間権 力 関 係 分 析 や 伝 記 的 研 究 を 見 直 す 目的 で 、 社 会 的 ・文 化 的 文 脈 の 分 析 も取 りこん で キ ッシ ンジ ャ ーの 政 策 意 図 や デ タ ン トの 動 態 を 再 検 討 し よ う とす る視 点 で あ る8)。 これ ま で は 第 一 と第 二 の 視 点 に よ る研 究 が 盛 ん で あ った が 、 近 年 、 第 三 の 視 点 に よ るキ ッシ ン ジ ャ ー論 が 登 場 しつ つ あ る。 この 背 景 に は 、 先 述 の 国 際 政 治 状 況 の 変 動 に 加 えて 、 国 際 関 係 理 論 分 野 で の 「英 国 学 派 」 や 「構 成 主 義 」 の 盛 り上 が り、 政 治 史 分 野 で の デ タ ン ト研 究 の 進 展 、 そ して 、 国 際 秩 序 論 分 野 に お け る 「帝 国 」 と 「デ モ ク ラシ ー」 との 関 連 に つ い て の 議論 の 蓄 積 な どを指 摘 す る こ とが で き るで あ ろ う う9)。これ らに 共 通 す る 問題 関 心 は 、 まず 国際 秩 序 に お い て ル ール や イデ オ ロギ ーの 果 た す 役 割 を 把 握 す る こ とで あ り、 次 に 民 主 主 義 の 旗 手 として の ア メ リカ と覇 権 的 な 大 国 として の ア メ リカ とい う二 面 性 の 調和 を模 索 す る こ とで あ ろ う。 この 双方 の 問題 解決 の 手掛 か りを求 めて 、か つて 類似 の課 題 に直 面 した 「人物 」 としてキ ッシ ンジ ャ ー に 、 そ して 、 類 似 の課 題 に対 す る 一 つ の 「政 策 」 と して デ タ ン トに再 び 注 目が 集 ま って い る10)。 そ れ で は 、 第 三 の 視 点 に よ るキ ッシ ンジ ャ ー論 や デ タ ン ト研 究 は 、 国 際 秩 序 の 在 り方 や ア メ リカ外 交 に つ い て どの よ うな 示 唆 を して い るの で あ ろ うか 。 また 、 第 一 の 視 点 や 第 二 の 視 点 と どの よ うに 異 な った 歴 史 解 釈 を 展 開 して い るの で あ ろ うか 。 そ こで 本論 は 、 近年 刊 行 され て 注 目を集 め て い る ジ ェ レ ミー ・ス リ(JeremiSuri)と マ リオ ・デ ル ・ペ ロ(MarioDelPero) の キ ッシ ン ジ ャ ー論 を 比 較 す る こ とで 第 三 の 視 点 の 具 体 的 内 容 を 検 討 しつ つ 、 ア メ リカ 外 交 政 策 論 争 の 現 状 とデ タ ン ト研 究 の 動 向 を 把 握 す る手 掛 か りを 得 よ う とす る もの で あ る。 2.ド イ ツ 出 身 の ユ ダ ヤ 人 と して の キ ッ シ ン ジ ャー は じめ に 取 り上 げ る の は 、 ス リ の キ ッシ ン ジ ャ ー 論 で あ る11)。ス リ は 前 著 に 引 き続 い て 、 伝 統 的 な 外 交 史 の ア プ ロ ー チ に と どま ら な い 、 文 化 史 や 社 会 史 的 要 素 に 目 配 り し た 議 論 を 展 開 し て い る'2)。な ぜ な ら 、20世 紀 に お け る 世 界 的 な 社 会 変 動 と い う文 脈 を 理 解 し な い 限 り、 キ ッ シ ン ジ ャ ー 外 交 の 全 体 像 を 把 握 す る こ とは 難 し い と判 断 し て い る か ら で あ る 。 様 々 な 文 脈 を 重 ね て ス リ が 迫 ろ う と す る の は 、 キ ッ シ ン ジ ャ ー が 個 別 の 政 策 に よ っ て 「何 を 」 し た で は な く 、 「な ぜ 」 そ う し た の か で あ るB,。 「な ぜ 」 を 解 明 す る 鍵 とな る の は 、20世 紀 の 社 会 変 動 を 「グ ロ ー バ リゼ ー シ ョ ン 」 の 過 程 と
み な す 視 点 で あ る。 こ こで 「グ ロ ーバ リゼ ーシ ョン」 とは 、 異 な った 社 会 の 思 想 、 個 性 、 制 度 の 相 互 浸 透 と定 義 され る1の。 「グ ロ ーバ リゼ ー シ ョン」 の 象 徴 的 事 例 と して 、 キ ッシ ン ジ ャ ー の 個 人 史 とア メ リカの 国 際 的 地 位 向 上 との 結 び 付 きが 論 じ られ て ゆ く。 言 い 換 え る と、 ス リは キ ッシ ン ジ ャ ーの経 験 と20世紀 に お け る アメ リカの 国 際 的地 位 の 向上 とを 「グロ ーバ リゼ ー シ ョ ン」 の 過 程 そ の もの で あ る と理 解 して い る。 この 上 で ス リは 、 世 界 各地 で の 社 会 変 動 や ア メ リカ の 民 主 主 義 的 価値 観 へ の 配 慮 を 欠 い て い た 点 を批 判 しつ つ も、 キ ッシ ンジ ャー外 交 の持 つ 現 代 的意 義 を重 視 して い る。 その 拠 り所 とな っ て い るの は 、1)20世 紀 国際 関 係 史 とキ ッシ ン ジ ャーの 個 人 史 との 結 び付 き、2)異 な る社 会 の 問 を取 り持 って ア メ リカ の 力 に変 換 させ る こ との で きる キ ッシ ン ジ ャ ーの 能 力 、3)イ デ オ ロ ギ ーを 過 度 に 重 視 した ブ ッシ ュ前 政 権 の 外 交 政 策 が 失 敗 した 結 果 、 キ ッシ ン ジ ャ ー的 な 外 交構 想 以 外 に 選 択 肢 が 存 在 しな い こ と、 で あ る。 そ れ で は 、 具 体 的 に論 旨を 検 討 して み よ う。 1)20世 紀 国 際 関係 史 とキ ッシ ン ジ ャー の個 人 史 キ ッシ ン ジ ャ ーは 、 ユ ダヤ 系 ドイ ツ人 の 両 親 の も とに1923年 に生 まれ 、 ワ イマ ール 共 和 国 か らナ チ ス 政 権 へ の 体 制 移 行 期 の ドイ ツ ・バ ーバ リア 地 方 で 少年 時 代 を過 ご した 。 両 親 と ともに 1938年 に ア メ リカに 逃 れ て くる まで の ドイ ツで 生 活 は 、 キ ッシ ン ジ ャ ーの 人 格形 成 だ け で な く 政 治 信 条 の 形 成 に も重 要 な 影 響 を 与 えた と解 釈 され て い る。 ス リに よれ ば ワ イマ ール 共和 国 は 先 進 的 な 民 主 主 義 体 制 を 整 備 して い た が 、 そ の 体 制 に 挑 戦 す る勢 力 へ の 対 処 は 不 十 分 で あ った 。 ワ イマ ール 体 制 下 の 人 々は 、 民 主 主 義 体 制 や ユ ダヤ 人 の 人 権 を 擁 護 す るた め に 組 織 的 抵 抗 を す る こ とに 失 敗 し、 人 種 的 偏 見 も修 正 す る こ とな く次 第 に 自己保 身 に 逃 げ 込 ん で い った 。 か くして 、反 ユ ダヤ 主 義 が 吹 き荒 れ 、 つ い に は ナ チ ス に よ る政 権 掌 握 を 許 した 。 ワ イマ ール 体 制 の 崩 壊 を 目撃 した キ シ ン ジ ャ ーは 、 大 衆 社 会 や過 度 な 民 主 主 義 に 否 定 的 な 評 価 を 下 し、 む し ろ極 論 を 抑 制 で き る成 熟 した 指 導 者 の 必 要 性 を痛 感 す る よ うに な る15,。 ニ ュ ー ヨ ー クに 難 民 として 逃 れ た 後 も、 キ ッシ ンジ ャ ーは 上 記 「教 訓 」 を 再 確 認 す る機 会 を 得 る こ とに な る。 そ れ は ア メ リカ 陸 軍 の 若 手 将校 の 一 員 と して 第 二 次 世 界 大 戦 で 獲 得 した ドイ ツ 占領 地 を 事 実 上 統 治 す る経 験 で あ った 。 キ ッシ ン ジ ャ ーは担 当 地 に お け る秩 序 の 安 定 と最 低 限 の 市 民 生 活 の 復 活 とを 優 先 させ 、 非 ナ チ 化 や 民 主 化 を 副 次 的 な もの として 占領 統 治 を 指 揮 し た 。 この 方 針 は現 地 の情 勢 に 合 致 し、 少 な い コ ス トで の 占領 統 治 の 開始 を 可 能 に した16)。秩 序 安 定 と成 熟 した 指 導 者 を 重 視 す るキ ッシ ン ジ ャ ーの 占領 構 想 は 、後 に 宰 相 とな るア デ ナ ウア ー へ の 高 評 価 に 結 び 付 い て い く。 キ ッシ ン ジ ャ ーの 持 つ 大 衆 社 会 や 民 主 主 義 へ の 懐 疑 と優 れ た 指 導 者 へ の 憧憬 は 、 ワイ マ ール 期 にお け る ユ ダ ヤ系 ドイ ツ人 の知 的 環 境 に よ って も醸 成 され て い た17)。当時 の ユ ダヤ 系 ドイ ツ
人 は 、 ゲル マ ン系 ドイ ツ人 との 血 縁 関 係 を 密 接 に す る代 わ りに ドイ ツ的 教 養 を 高 め る こ とで ド イ ツ国 家 へ の ア イデ ンテ ィテ ィ ーを 酒 養 して い た の で あ る。 当 時 の この 文 脈 の 中 で 、 キ ッシ ン ジ ャ ー は ドイ ツ の 人文 哲 学 に対 す る深 い 造 詣 を 通 じた 人 格 の 陶 冶(Building)を 求 め られ 、 「偉 大 」 な存 在 へ の 憧 れ を抱 いて い ったの で あ る。 そ の キ ッシ ン ジ ャ ーが 逃 れ た ア メ リカは 、 第 二 次 世 界 大 戦 を 契機 として ヨ ー ロ ッパ との 結 び 付 きを よ り強 め て ゆ く。 特 に 、 ヨ ー ロ ッパ 戦 線 は ア メ リカ の 本 土 防 衛 に 直 接 関 係 な い に もか か わ らず 、 第 二 次 世 界 大 戦 の 帰 結 を 握 る戦 場 とな った 。 戦 後 も ヨ ー ロ ッパ は 冷 戦 の 最 前 線 で あ り 続 け 、 ア メ リカは 大 西 洋 同 盟 を 通 じて 欧 州 問 題 へ よ り深 く関 与 す る よ うに な る。 米 欧 関 係 の 緊 密 化 に 呼 応 す るか の よ うに 、 ア メ リカ 国 内 で は ヨ ー ロ ッパ との 文 化 的紐 帯 を 重 視 す る議 論 が 第二 次世 界 大 戦 前 後 か ら盛 り上 が りを 見 せ 、 これ ま で の ワ スプ(WASP:White Anglo-SaxonProtestant)に よ る 文 化 的 支 配 に 変 わ って 、 「ユ ダ ヤ=キ リス ト教 」(Judeo-Christian)文 化 に よ る異 教 徒 や 異 エ ス ニ ッ ク集 団 間 の 連 帯 を 強 調 す る よ うに な った 。 この よ うな 動 きは ア メ リカ連 邦 政 府 の 政 策 に も反 映 され 、 第 二 次 世 界 大 戦 中 の 米 軍 の 礼 拝 行 事 は プ ロ テ ス タ ン ト、 カ ト リ ック、 そ して ユ ダヤ 教 の 三 宗 派 合 同 で 行 わ れ る よ うに な った とい う⊥8)。 この よ うに 、 キ ッ シ ン ジ ャ ーを 含 む ユ ダヤ 系 ア メ リカ 人 の 社 会 的 地 位 は 相 対 的 に 向 上 し始 め て いた 。 ユ ダヤ 系 ア メ リカ 人側 か ら見 て も、 ア メ リカ は無 くて は な らな い存 在 とな って いた'9)。 ア メ リカは 彼 らに 安 住 の 地 を 提 供 した ば か りで な く、 ナ チ ス ・ドイ ツ と戦 うこ との で ぎ る国 で あ り、 また 、 第 二 次 世 界 大 戦 後 建 国 され た イス ラエ ル の 守 護 者 的 存 在 とな った か らで あ る。 ま とめ る と、20世 紀 は ナ チ や 共 産 主 義 とい う極 端 な イデ オ ロギ ーの 吹 き荒 れ た 時 代 で あ り、 秩 序 の 維 持 と安 定 とが キ ッ シ ン ジ ャ ーに とって 最 も重 要 な 政 治 目標 とな った 。 第 二 次 世 界 大 戦 と冷 戦 に よ って ア メ リカの 国 際 的 地 位 が 飛 躍 的 に 上 昇 す る中 で 、 キ ッシ ン ジ ャ ーの 社 会 的 活 躍 の 場 も広 が り、 彼 の 政 治 目標 は ア メ リカ の 国 益 とも徐 々 に合 致 して ゆ くの で あ る。 2)知 的 ネ ッ トワー ク作 りとキ ッシ ン ジ ャー の 才 覚 戦 前 の ドイ ツ社 会 で も、 難 民 として 辿 り着 い た ア メ リカ 社 会 で も、 ユ ダヤ 人 で あ る こ とを理 由に 「他 者 」 と して 扱 わ れ て い た キ ッシ ンジ ャ ーは 、 ドイ ツ とヨ ー ロ ッパ に 関 す る知 識 を 評価 され て ア メ リカで 活 躍 の 場 を 広 げ て ゆ く。 そ の 舞 台 は 、 先 述 の ア メ リカ陸 軍 で の 任 務 で あ り、 続 い て 除 隊 後 入 学 した ハ ーバ ー ド大 学 で あ った 。 キ ッシ ン ジ ャ ーが ハ ーバ ー ド大 学 政 治 学 部 に 入 学 した の は1947年 で あ り、 ア メ リ カの 大 学 は 転 換 期 に 入 って い た 。 大 学 教 育 の 在 り方 が エ リー ト教 育 の た め の 古 典 教 養 偏 重 型 か ら、 連邦 政 府 の 外 交 政 策 立 案 に 資 す る実 務 的 研 究 を 重 視 す る 「冷 戦 大 学 」 型 へ と変 化 し始 め て い た の で あ る20,。特 に 、 キ ッシ ン ジ ャ ー の 入学 した 当 時 の ハ ーバ ー ド大 学 は 「冷 戦 大 学 」 へ の転 換 の 先 頭 を 走 って い た 。
大 学 環 境 が 変 化 した 要 因 に は 、 冷 戦 の 深 刻 化 、 冷 戦 に 対 応 した 実 務 家 を 求 め るア メ リカ 連邦 政 府 の 政 策 、 連 邦 政 府 に よ る大 学 へ の 補 助 金 の 大 幅 な 増 加 が あ った 。 これ を 受 け て ハ ーバ ー ド 大 学 も、 従 来 の エ リー ト層 だ け で な くユ ダヤ 系 を 含 め た 復 員 した 白人 兵 士 に 門 戸 を 開 き始 め て い た 。 ま た 、 復 員 兵 の 世 代 は 「冷 戦 大 学 」 の知 的 環 境 に 適 合 して い た 。 これ ま で の18歳 を 一 般 的 な 入学 年 次 と した世 代 とは違 い 、復 員 兵 の世 代 は 相対 的 に成 熟 して いて 実学 重 視 の傾 向 を持 っ て い た か らで あ る。 こ うした 環 境 が キ ッシ ン ジ ャ ーを 始 め とす るユ ダヤ 系 知 識 人 に 活 躍 の 場 を 与 えた の で あ る。 キ ッシ ン ジ ャー は、 反共 主 義 者 で あ り政 策提 言 型 の 研究 を志 向 して いた ウィ リアム ・エ リオ ッ ト(WilliamElliot)教 授 に 見 出 され 、 頭 角 を 現 して ゆ く。 エ リオ ッ トに よ る指 導 の 下 、 キ ッ シ ン ジ ャ ーは ドイ ツ時 代 以 来 親 しん で きた 政 治 哲 学 の 研 究 を 深 め る と同 時 に 、 大 学 院 に 進 む と 「国際 セ ミナ ー」(TheInternationalSeminar)や 「防 衛 セ ミナ ー」(TheDefenseSeminar) の 事 務 局 を統 括 す る よ うに な る。 特 に 、 「国 際 セ ミナ ー」 で の 活動 を 通 じて キ ッシ ン ジ ャ ーは ネ ッ トワ ー ク形 成 能 力 を 開 花 させ た 。 「国 際 セ ミナ ー」 は フ ォー ド財 団 やCIAな どが 資 金 を提 供 して お り、 ア メ リカ とそ の 同 盟 諸 国 の 結 束 を 強 化 す るた め に 、 共 通 の 国 際 情 勢 認 識 を 形 成 す る こ とを 目的 として い た 。 ア メ リカ 側 か らは エ レ ノア ・ル ーズ ヴ ェル ト、 ジ ョン ・F・ ケ ネ デ ィ、 デ ィ ー ン ・ア チ ソ ンな どが 参 加 し、 各 国 か らは 、 ベ ル ギ ーの レオ ・テ ィ ンデ マ ンス 、 マ レ ーシ ア の モ ハ メ ド ・マ ハ テ ィ ール 、 中 曽根 康 弘 な どが 参 加 した21)。キ ッシ ンジ ャ ーは 参 加 者 との 交 流 を通 じて 、 国 際 的 な知 己 を 得 るだ け で な く、 ア メ リカ 国 内 に お い て 自己 の 影 響 力 を発 揮 す る足 場 を築 い て い った の で あ る22)。 キ ッ シ ン ジ ャ ー は 博 士 課 程 を 修 了 す る と 「国 際 関 係 セ ン タ ー 」(TheCenterfor InternationalAffairs)付 き教 員 と して ハ ーバ ー ド大 学 に 残 り、1950年 代 に は 「封 じ込 め」 政 策 へ の 対 案 を 提 示 して 注 目を 集 め た 。 キ ッシ ン ジ ャ ーは 「封 じ込 め 」 政 策 と従 来 型 の ア メ リカ 外 交 思 想 との 相 関 関 係 を 見 出 し、 そ の 問 題 点 を 指 摘 した か らで あ る。 外 交 思 想 に つ い て 批 判 し た の は 、 「ア メ リカ例 外 主 義 」 に 象 徴 され る過 剰 な 自己 正 当化 と、 欧 州 大 陸 か らの 地 理 的距 離 を 拠 り所 として 自己 の 武 装 に 専 念 す る 「孤 立 主 義 」 で あ った 。 そ の 上 で 、 キ ッシ ンジ ャ ーが 政 策 面 で 批 判 した の は 、 「封 じ込 め 政 策 」 の前 提 に ア メ リカ と他 の 大 国 との 地 理 的 距 離 へ の過 信 が あ る こ と と、 そ の過 信 に依 拠 して 一 方 的 な 軍 拡 に よ る国 益 擁 護 を 可 能 と考 え る発 想 で あ った 。 キ ッシ ン ジ ャー は 、 「封 じ込 め 」 政 策 が 交 渉 の 可 能 性 を始 め か ら排 除 して い る こ とに警 鐘 を 鳴 ら し、 そ の 転 換 を 求 め た の で あ る23)。 キ ッシ ン ジ ャ ーの 議 論 の 特 徴 は 、 ア メ リカ の 力 の 可 能 性 で は な くそ の 「限 界 」 を 強 調 す る こ とに あ った 。 な ぜ な ら、核 時 代 に お い て 地 理 的 な 距 離 は 意 味 を 持 た ず 、 ア メ リカ が 軍 事 力 に過 剰 に 依 拠 す れ ば 敵 も軍 事 力 を使 わ ざ るを 得 な い 状 況 に追 い 込 む か らで あ った 。 しか も、 敵 も核 武 装 して い るか ら、 敵 の 軍 事 力 行使 を 誘 発 す る よ うな 外 交 政 策 は 自殺 行為 に 等 し くな る。
か くして 、1950年 代 に キ ッ シ ン ジ ャ ーの 唱 えた 戦 略 は イデ オ ロギ ー的 に 完 全 な 勝 利 を 追 求 す るの で は な く、 国 際 秩 序 の 安 定 と勢 力 均衡 を 通 じて ア メ リカ の 国 益 の 確保 を 目指 す もの だ った 。 大 国 間 交 渉 もそ の 手 段 として 是 認 され た 。 た だ し、 キ ッシ ンジ ャ ーは 一 方 的 な 譲 歩 や 交 渉 を 主 張 した わ け で は い 。 む し ろ、 ア メ リカ に 優 位 な 国 際 情 勢 を形 成 して 第 三 世 界 に お け る ソ連 の伸 張 を 抑 え る た め に、 限定 的 な核 兵 器 の 使 用 す ら主 張 したの で あ る24)。この よ うな硬 軟 入 り混 ぜ た 主 張 に つ い て ア イゼ ンハ ワ ー大 統 領 な どは 一 目置 い て い た が 、 具 体 的 な 政 策 として採 用 す る こ とは な か った25)。 しか し、 キ ッシ ン ジ ャーは1950年 代後 半 に 入 る と政 界 の有 力者 で あ った ネ ル ソン ・ロ ック フ ェ ラ ー(NelsonRockefeller)上 院 議 員(共 和 党)の 外 交政 策 ア ドバ イザ ー に な り、政 策 形 成 過 程 に よ り近 づ い て ゆ く。1964年 と68年 の 大 統 領選 挙 に ロ ック フ ェ ラ ーが 出 馬 す る と、 キ ッシ ン ジ ャーの言 動 は本格 的 に世 論 の注 目を集 め る よ うにな った。 ロ ック フ ェラ ー議 員 や キ ッシ ンジ ャ ー の 外 交 戦 略 構 想 は 、 大 西 洋 同 盟 の 強 化 、 多 角 化 す る国 際 情 勢 に 対 応 す るた め 中 国 な ど との 交 渉 開 始 、 そ して ア メ リカ と西 側 を 頂 点 とした 階 層 的 な 国 際 秩 序 の維 持 で あ った26)。 1コック フ ェ ラ ー議 員 は1968年 に 大 統 領選 挙 の 共 和 党 予 備選 挙 で 敗 退 し、 事 実 上 大 統領 選 挙 へ の 挑 戦 を あ き らめ る こ とに な る。 しか し、 同 じ予 備選 を 制 して 共和 党 大 統 領 候 補 とな った ニ ク ソ ンは キ ッシ ン ジ ャ ーを 外 交 政 策 ア ドヴ ァ イサ ー として 迎 え入 れ て 重 用 した 。 ニ ク ソ ンは 大 統 領 選 挙 本 選 で 当 選 す る と、 キ ッ シ ン ジ ャ ーを 国 家 安 全 保 障 問 題担 当 大 統領 補佐 官 に 任 命 した 。 さ らに キ ッシ ン ジ ャ ーは1973年 か ら国 務 長 官 も兼 任 し、 文 字 通 りア メ リカ 外 交 を 統 括 す る地 位 を 確保 した の で あ る。 3)「 選 択 肢 」 と し て の キ ッ シ ン ジ ャー 外 交 ス リは 、 ホ ワ イ トハ ウ ス 時 代 の キ ッ シ ン ジ ャ ー の 業 績 に つ い て 主 に 次 の 三 点 に つ い て 評 価 を 下 して い る27)。そ れ ら は 、 ヴ ェ トナ ム 問 題 、 第 三 世 界 と民 主 化 の 関 係 、 そ し て 中 東 政 策 で あ る 。 第 一 に 、 ヴ ェ トナ ム 問 題 は ホ ワ イ トハ ウ ス 入 りす る 前 か ら キ ッ シ ン ジ ャ ー の ア メ リ カ 政 界 に お け る 地 位 を 確 実 に す る た め に 役 立 っ て い た 。 そ の 背 景 に は 、 ヴ ェ トナ ム 戦 争 に 象 徴 さ れ る ア メ リ カ の 冷 戦 政 策 の 行 き 詰 ま りが あ っ た 。 キ ッ シ ン ジ ャ ー は 独 自 の ネ ッ ト ワ ー ク 能 力 を 発 揮 し て 、1960年 代 半 ば か ら 北 ヴ ェ トナ ム との バ ッ ク ・チ ェ ン ネ ル 交 渉 の 可 能 性 を 模 索 し 始 め て い た の で あ る 。 ジ ョ ン ソ ン 大 統 領 も キ ッ シ ン ジ ャ ー に 接 触 し 協 力 を 要 請 し て い た 。 と こ ろ が 、 キ ッシ ン ジ ャ ー は ア メ リ カ 大 統 領 選 で 共 和 党 候 補 を 支 持 し て お り 、 風 見 鶏 ぶ り が 批 判 の 対 象 と な る 。 例 え ば 、 セ イ モ ア ・ハ ー シ ュ (Seymour M.Hersh)ら は 、1968年 の ヴ ェ ト ナ ム 和 平 に 関 す る パ リ交 渉 の 失 敗 の 要 因 を キ ッ シ ン ジ ャ ー に よ る 共 和 党 陣 営 へ の 交 渉 内 容 の リ ー ク に 求 め て い る281。キ ッ シ ン ジ ャ ー が ジ ョ ン ソ ン 政 権 と北 ヴ ェ トナ ム との 交 渉 内 容 を 共 和 党 側 に 流 し 、 そ の た め に ア メ リカ 国 内 で 政 治 論 争
の 争 点 とな って しま い 、 結 果 的 に パ リ交 渉 を破 綻 させ た とい う主 張 で あ る。 ス リは この 件 に つ い て キ ッシ ン ジ ャ ーを 弁 護 して い る。 曰 く、 キ ッシ ン ジ ャ ーは ア メ リカ の グ ロ ーバ ル 戦 略 の 構 築 に 貢 献 す るた め に行 動 した の で あ り、 戦 略 構 築 の 効 率 性 を 追 求 して ア メ リカの 与 野 党 両 勢 力 とコ ン タ ク トして い た 。 パ リ交 渉 失 敗 の 理 由は 南 ヴ ェ トナ ム の 自己 保 身 や 、 任 期 末 期 の 大 統 領 と交 渉 した くな い とい う北 ヴ ェ トナ ム の 判 断 に 求 め られ るべ き とい う29)。 同様 の 議 論 は 、 キ ッシ ン ジ ャ ーが ホ ワ イ トハ ウス 入 りした 後 の ヴ ェ トナ ム 政 策 に も向 け られ る。 ま ず 、 ヴ ェ トナ ム か らの 米 軍 撤 退 に つ い て ス リは 失 敗 で あ った と判 断 して い る。 な ぜ な ら、 南 ヴ ェ トナ ム 政 権 崩 壊 の 際 の ア メ リカ大使 館 脱 出劇 な どは 、 結 局 の とこ ろア メ リ カの 権 威 を 失 墜 させ 、 ア メ リカ に と って 有利 な形 に 戦 況 を 変 化 させ られ なか った か らで あ る30)。しか し、 ス リの 批 判 は 戦 略 家 と して の キ ッシ ン ジ ャ ーの狙 い を 汲 み 取 って 、 そ の狙 い と結 果 との ず れ を 問 題 に す るに 留 ま って い る。 そ れ ゆ え、 キ ッシ ン ジ ャ ーが カ ンボ ジ ア や ヴ ェ トナ ム な どで 「戦 争 犯 罪 」 を 犯 した との 解 釈 とは 一 線 を 画 して い る31)。 イ ン ドシナ 半 島 とキ ッシ ン ジ ャ ー との 関 係 は 現 在 に 至 る まで 論 争 の 的 で あ り、 ス リの 解 釈 に つ い て も議 論 の 余 地 が あ るだ ろ う。 特 に、 キ ッシ ン ジ ャ ー個 人 の 意 図 と実 際 の 政 策 との 乖 離 を どの よ うに 整 理 す るの か に つ い て は 課 題 が 残 る。 この 点 に つ い て は後 に 触 れ る こ とに した い 。 第 二 に 、 ア メ リカ と第 三 世 界 諸 国 との 連 携 につ い て 、 中 国 、 チ リ、 南 ア フ リ カな どの 事 例 を 成 功 で あ った とス リは 評 しつ つ も、 キ ッシ ンジ ャ ー外 交 に 一 定 の 批 判 を 加 えて い る。 第 三 世 界 諸 国 は 国 内に 深 刻 な 人 権 抑 圧 問 題 を 抱 えて い た か ら、 ア メ リカ に よ る連 携 強 化 の動 きは 国 内外 か ら批 判 され て き た。 例 え ば 、 ヘ ン リ ー ・ジ ャ ク ソ ン(HenryJackson)上 院 議 員 の デ タ ン ト批 判 、 ア ム ネ ス テ ィ ー ・イ ン タ ーナ シ ョナ ル な どの 人 権 擁 護 団 体 の 発 足 、1975年 の 全 欧 安 全 保 障 会 議(CSCE)「 ヘ ル シ ン キ議 定 書 」 の 人 権 条 項 へ の 関 心 の 高 ま り、 ソ連 の 人 権 状 況 に 対 す る国 際 的 批 判 な どは キ ッシ ン ジ ャ ー外 交 へ の反 発 の 現 れ で あ っだ2)。 しか し、 キ ッ シ ン ジ ャ ーは 人 権 重 視 の 議 論 を 「孤 立 主 義 」 として 退 け 、 高 ま るデ タ ン ト批 判 の 世 論 に耳 を傾 け る こ とは な か っだ3)。 ス リは こ う した キ ッシ ン ジ ャーの 態 度 に は批 判 的 で あ り、 キ ッシ ン ジ ャ ーを 「革 命 的 な戦 略 家 で あ った けれ ども、保 守 的 な考 えの 持 ち主 で もあ った」 と評 して い る31)。ドイ ツ観 念 論 に影 響 を 受 け た キ ッシ ン ジ ャ ーは 、 戦 略 的 な政 治家 と大 衆 社 会 か ら孤 立 した 政 治 家 とい う二 面 性 を 抱 えて お り、 そ の 収敏 には 失 敗 した わ け で あ る。 これ とは 対 照 的 に 、 ス リは 中 東 政 治 に キ ッシ ンジ ャ ーの 果 た した 役 割 を 相対 的 に 高 く評価 し て い る35)。ブ ッ シ ュ前 政 権 の 外 交 政 策 や そ れ に よ って もた ら され た 中東 情 勢 の混 乱 と対 比 して 、 キ ッシ ン ジ ャ ーの 手 が け た よ うな 安 定 と現 地 リー ダ ー との 交 渉 を 重 視 す る外 交 を 支 持 して い る か らで あ る。 加 えて 、 キ ッ シ ン ジ ャ ーに よ って 今 日に 至 る中 東 情 勢 の 骨 格 が形 成 され た ともス リは 主 張 す る。 そ の 論 拠 として 挙 げ られ て い るの は 、 まず 、 中 東 に お け る ソ連 の 影 響 力 を後 退 させ て ア メ リカの 影 響 力 を 増 大 させ る こ とに成 功 した 点 で あ り、 次 に 、 サ ウジ ア ラ ビア や エ ジ
プ トな ど現 地 の リー ダ ー とア メ リカ との 密 接 な 関 係 を 築 い た 点 で あ る。 も ち ろ ん、 中東 に 関す る キ ッシ ンジ ャ ー外 交 の 負 の 遺 産 も指 摘 され て い る36)。ア メ リカ と結 び 付 い た 現 地 リー ダ ーは 長 期 政 権 を 維 持 す るだ け で な く、 そ れ に反 発 す る勢 力 へ の 抑圧 を組 織 的 に 行 って い た 。 そ の た め 人 々は 将 来 へ の 希 望 を 失 い 、 テ ロに 身 を 投 じ る よ うに な る。 人 々の 反 発 は 国 内政 治 体 制 だ け で は な く、 そ の 背 後 に あ るア メ リカに 対 して も向 け られ る こ とに な り、 テ ロ リス トは ア メ リカを 標 的 とす る よ うにな る とい う。 4)小 括 これ ま で の 議 論 を ま とめ て お きた い 。 ス リの キ ッシ ンジ ャ ー論 は 国 際 的 社 会 変 動 とキ ッシ ン ジ ャ ーの 個 人 史 との 連 関 とい う視 点 を 本 格 的 に 導 入 して い る。 この 視 点 は 、 既 存 の 研 究 に 見 ら れ た 他 の 外 交 戦 略 家 との 対 比 か らキ ッシ ン ジ ャ ーを 称 揚 す る議 論 を 乗 り越 え る こ とを 可 能 に し て い る。 ま た 、 ヨ ー ロ ッパ の知 的伝 統 が ア メ リカ に 接 受 され た過 程 や 、 ア メ リカ の 社 会 変 動 の 中 か らキ ッシ ン ジ ャ ー外 交 や デ タ ン トが 生 み 出 され た過 程 が 説 得 力 を 持 って 議論 され て い る。 しか し、 ス リの 研 究 は 先 行 研 究 とは違 った 視 点 を 提 示 す る こ とに 成 功 して い る もの の 、 議論 の 中 身 に は い くつ か の 問 題 点 も残 され て い る。 こ こで は 以 下 の 三 点 に つ い て 触 れ て お きた い 。 第 一 に 、 ドイ ツ 出身 の ユ ダヤ 人 として の 経 験 と、 政 治 家 として の キ ッシ ン ジ ャ ーの 行 動 の ず れ を い か に 説 明す るの か とい う問 題 が あ る。 まず 、 ドイ ツ 出身 の ユ ダヤ 人 と して の 経 験 を 強 調 す るな らば 、 そ の 政 治 信 条 に は 明 確 な優 先 順 位 が あ るは ず で あ る。 つ ま り、 最 重 要 「目的 」 は ナ チ ス の よ うな 独 裁 政 権 の 登 場 を 防 ぐこ と で あ り、 そ の 「手 段 」 として イデ オ ロギ ーへ の過 剰 な依 存 を 戒 め る とい う順 番 に な ろ う。 け れ ども、 ア メ リカで 政 治 家 とな った キ ッシ ンジ ャ ーは 必 ず し も この よ うな論 理 に 基 づ く行 動 を した わ け で は な い 。 政 治 家 として の キ ッシ ン ジ ャ ーは 、 一 方 で イデ オ ロギ ー よ りも国 際 秩 序 の 安 定 を 重 視 して 米 ソ交 渉 に 代 表 され るデ タ ン ト外 交 を 主 導 した 。 他 方 で 、 ア メ リカ の 国 益 確保 の た め に 各 地 の 独 裁 者 との 連 携 を 深 め た 。 ゆ え に、 独 裁 を 嫌 悪 す るは ず の ドイ ツ出 身 の ユ ダヤ 人 が ア メ リカの 国 益 の た め に は 独 裁 者 とも連 携 す る とい う矛 盾 を 抱 えて い た 。 矛 盾 が 生 じ た 理 由を 説 明す るに は 、 ア メ リカ の知 的 環 境 や 冷 戦 の 文 脈 に お け る外 交 上 の 計 算 とい った 、 ド イ ツで の 経 験 以 外 の 要 因 を 吟 味 す る必 要 が 出て くるだ ろ う。 ま た 、 政 治 家 として の キ ッ シ ン ジ ャ ーの 業 績 に 対 す る評 価 と、 キ ッシ ンジ ャ ーの 意 図 を 重 視 す る説 明 との 間 に 整 合 性 を保 て るの か とい う疑 問 も残 る。 ドイ ツ哲 学 に 通 じた キ ッシ ン ジ ャ ー に 対 しで マ ック ス ・ヴ ェ ーバ ー(MaxWeber)の 「責 任 倫 理 」 を持 ち 出 す ま で もな く、 政 治 の 場 に お け る評 価 は 政 治 行 為 の 結 果 に 対 して 行 わ れ る もの で あ り、 「心 情 倫 理 」(心 情 や 動機 の 純 粋 さ)は 二 義 的 な 問題 で あ る37,。しか し、 ス リの 議 論 は しば しば 後 者 を重 視 して お り、政 治 行 為 の 結 果 に 対 す る評 価 を 曖 昧 に す る とい う問 題 を 抱 えて い る。
ヴ ェ トナ ム 問 題 を 例 に 取 り上 げ て み よ う。 ス リは1968年 の ア メ リカ 大 統領 選 挙 前後 に お け る キ ッシ ンジ ャーの風 見 鶏 的 な動 きにつ い ての 様 々な批判 や、 「戦 争 犯 罪」 者 と して キ ッシ ンジ ャ ー を 糾 弾 す る主 張 を斥 け、 む しろ キ ッシ ンジ ャ ーを 擁 護 して い る38,。ス リの 論 旨は 次 の よ うに ま とめ られ る。 キ ッ シ ン ジ ャ ーの ヴ ェ トナ ム 政 策 は 、 結 果 的 に ア メ リカ の 国 益 を 確 保 す る こ とに 失 敗 した 。 しか し、 戦 略 家 として の キ ッシ ンジ ャ ーは 国 益 や 国 際 情 勢 の 安 定 を 考 えて 行 動 して い た の で あ り、 そ の 手 段 に 対 す るア メ リカ 国 内 世 論 の反 応 には 関 心 を 持 って い な か った とい う。 す る と、 ス リは 一 方 で 、 ア メ リカ 国 内政 治 や 倫 理 的 問 題 に つ い て は キ ッシ ンジ ャ ーの 個 人 的 信 条 か ら評 価 を 下 し、 他 方 で 、 国 際 政 治 問 題 につ い て は 国 際 的 権 力 関 係 か ら評 価 を 下 して い る こ とに な る。 しか も、 どの 状 況 で どち らの 説 明 論 理 を 用 い るの か に つ い て は 著 者 の 裁 量 に よ って 決 め られ て お り、 基 準 は 明 示 され て い な い 。 同 じ問 題 は 、 ス リに よ るキ ッシ ン ジ ャ ー外 交 へ の 評 価 とデ タ ン トに 対 す る評 価 の 「ず れ 」 も もた ら して い る。 ス リは 前 著 に お い て 、1960年 代 に 各 国 で沸 き起 こ った 大 衆 運 動 に対 す る権 力 者 側 の 言 わ ば 「反 動 」 として デ タ ン トを とら えて お り、 デ タ ン トの エ リー ト主 義 的 、 非 民 主 主 義 的 側 面 を批 判 す る と と もに 、 冷 戦 を 長 引 か せ た 一 要 因 して も指 摘 して い る`9)。と ころ が 、 近 著 に お い て ス リは デ タ ン トを 推 進 した 中 心 人 物 で あ るキ ッシ ンジ ャ ーに つ い て 、 ドイ ツ時 代 で の 経 験 か ら培 った 政 治 信 条 を 一 貫 して維 持 して い た とい う本 人 の 説 明 を 受 け 入 れ て 、 相 対 的 に 好 意 的 な 評 価 を 下 して い る。 繰 り返 しに な るが 、 ドイ ツ 出身 の ユ ダヤ 人 と して の 経 験 か ら政 治 判 断 を 下 す の で あ れ ば 、 独 裁 者 との 妥 協 は 最 も嫌 悪 す べ き選 択 で あ ろ う。 そ れ ゆ え、 ドイ ツで の経 験 とキ ッシ ンジ ャ ーの 政 治 信 条 を 結 び 付 け る解 釈 に は 疑 問 が 残 る。 そ もそ も、1923年 生 まれ の キ ッシ ン ジ ャ ーが ドイ ツで 生 活 した の は1938年 まで で あ り、 年齢 に す る と15歳 ま で で あ る。 キ シ ン ジ ャ ーは15歳 にな るま で に政 治 信 条 を形 成 して い た の で あ ろ うか 。 仮 に 形 成 して い た として も、 そ の 政 治 信 条 と政 治 行 動 との 一 貫 性 を 改 め て 問 うべ きで あ ろ う。 つ ま り、伝 記 的 事 実 に 基 づ く心 象 風 景 分 析 を 行 うこ との 意 義 を 否 定 す る もの で は な い が 、 議 論 に 説 得 力 を 持 た せ るた め に は 、 心 象 風 景 か ら一 定 の 客 観 性 を 保 つ こ とが よ り重 要 で あ る。 第 二 に 、 キ ッシ ン ジ ャ ー とヨ ー ロ ッパ の 関 係 に つ い て 、 そ の 双 方 向 性 を 議論 しきれ て い な い とい う問 題 が あ る。 キ ッシ ン ジ ャ ーの 人 格 や 政 治 信 条 形 成 の 上 で ヨ ー ロ ッパ の 果 た した 役 割 に つ い て は 議 論 され て い る もの の 、 そ の 逆 の 関 係 に つ い て は 触 れ られ て い な い とい う問 題 で あ る。 具 体 的 に 言 う と、 ス リは キ ッシ ン ジ ャ ーの 構 想 して い た 大 西 洋 戦 略 や デ タ ン ト外 交 に つ い て 論 じて い る もの の 、 欧 州 諸 国 が そ れ らの 構 想 形 成 に与 えた 影 響 や 、 キ ッシ ンジ ャ ーの 主 導 した デ タ ン トに 対 す る各 国 政 治 家 の反 応 に つ い て は ほ とん ど触 れ られ て い な い 。 む し ろ、 当 時 の 西 欧 諸 国 の 政 治 家 とキ ッシ ン ジ ャ ーは 、 デ タ ン トを 推 進 す る こ とに共 通 の 利 害 関 係 を 有 して い た と想 定 され て い る。
しか し、 近 年 の デ タ ン ト研 究 で 指 摘 され て い る よ うに 、 ア メ リカ の構 想 して い た デ タ ン ト と ヨ ー ロ ッパ 同盟 諸 国 の 求 め て い た そ れ は 必 ず しも一 致 す る わ け で は な い刈o)。そ もそ も冷戦 に つ い て も、 ア メ リカ側 の抱 くイメ ージ と西 欧 諸 国 のそ れ との 問の 「ずれ 」 は常 に研 究 の 対 象 とな っ て きた 。 あ る国 が 効 率 よ く国 際 戦 略 を 実 行 す るた め に は 、 この よ うな 情 勢 認 識 の 「ず れ 」 を 最 小 限 に 留 め る こ とが 望 ま しい か らで あ る。 果 た して 、 キ ッシ ンジ ャーが デ タン トの 目標 と して い た こ と と、 欧州 諸 国 の狙 い は 同 じで あ っ た の だ ろ うか 。 米 欧 間 に デ タ ン トの 進 め 方 とそ の 対 象 に つ い て 緊 張 関 係 は な か った の で あ ろ う か 。 こ うした 米 欧 問 の 緊 張 関 係 は 、 ス リの デ タ ン ト解 釈 と整 合 性 を 持 つ の で あ ろ うか 。 ス リの 研 究 に は 、 この よ うな 「ず れ 」 を め ぐる政 治 勢 力 問 の 角 逐 に つ い て の 解 釈 を 提 示 す る とい う課 題 が 残 され て い る。 加 えて 、 デ タ ン トや キ ッシ ン ジ ャ ー外 交 の 弱 点 につ い て の 解 釈 に も疑 問 が 残 る。 ス リは 、 各 地 で の 社 会 変 動 や ア メ リカ の 国 内世 論 動 向 に キ ッシ ンジ ャ ーが 疎 か った と説 明 して い る。 しか し、 ニ ク ソ ン大 統 領 や キ ッシ ン ジ ャ ーは 、 ヴ ェ トナ ム 戦 争 に 対 す るア メ リカ国 民 の 反 感 を 察 知 して い た か ら こそ 「名 誉 あ る撤 退 」 を ス ロ ーガ ン に して1968年 の 大 統領 選 挙 を 戦 った の で あ り、 国 内世 論 の 動 向に は む し ろ敏 感 で あ った と判 断 す る方 が 妥 当 で あ ろ う。 第 三 に 、 キ ッシ ン ジ ャ ーや デ タ ン トの 「遺 産 」 を過 大 視 す る問 題 が あ る。 キ ッシ ン ジ ャ ーの 諸 政 策 が 今 日に 至 るア メ リカ と中 東 諸 国 との 関 係 や 、 中 東 情 勢 の 構 図 を 規 定 した とス リは 主 張 して い る。 また 、 前 著 に お い て 、 ア メ リカ とそ の 同 盟 国 に よ るデ タ ン トの 動機 と して 社 会 変動 や 世 論 を 抑 え込 も う とす る意 図 が あ った こ とを 指 摘 して お り、 そ の 結 果 、 各 国 の 大 衆 は 今 日 ま で 政 治 的 に 疎 外 され て い る と論 じて い る 。 しか し、1970年 代 か ら現 在 に 至 る中 東 国 際 政 治 の 因 果 関 係 を ス リの 議論 に 従 って 説 明 で き る の で あ ろ うか 。 イス ラエ ル ・パ レス チ ナ陣 営双 方 の 内部 分 裂 や 核 拡散 問題 な ど、 キ ッシ ン ジ ャ ー の 想 定 して い な か った 問 題 が 現 在 の 中 東 情 勢 を 規 定 して い る と言 って も全 く的 外 れ で は あ るま い 。 また 、 レ ー ガ ン政 権 登 場 の過 程 、 「ネ オ ・コ ン」 とブ ッシ ュ前 政 権(在 任2001年 ∼2009年) との 結 び つ きな ど、 デ タ ン トや 国 際 協 調 に 対 す る大 衆 の 「反 動 」 を 無 視 す る こ とは 出 来 ま い 。 か く して 、 キ ッシ ン ジ ャ ー外 交 とそ の 帰 結 に つ い て よ り包 括 的 視 点 か ら分 析 す る こ とが 課 題 と して 残 され て い る。 3.「 奇 矯 な リ ア リ ス ト」 と し て の キ ッ シ ン ジ ャ ー 次 に 取 り上 げ る の は 、 マ リ オ ・デ ル ・ペ ロ の 研 究 で あ る42)。デ ル ・ペ ロ は 、 通 俗 的 キ ッ シ ン ジ ャ ー 像 の 修 正 を 試 み た とい う点 で ス リの 研 究 を 評 価 し つ つ も 、 次 の 三 点 に 関 す る ス リ の 議 論 に 疑 問 を 提 示 し て い る43)。一 点 目 は 、 ユ ダ ヤ 系 ド イ ツ 人 と して の ナ チ ス 時 代 の 経 験 か ら キ ッ シ
ン ジ ャ ーの 政 治 的知 性 が 形 成 され た とい う主 張 で あ る。 二 点 目は 、 そ れ に 基 づ い て 政 治 的 暴 力 を 用 い る独 裁 者 を 嫌 悪 して い た とい う主 張 で あ る。 三 点 目は 、 安 定 と秩 序 を 重 視 した 政 治 運 営 とい うキ ッシ ン ジ ャ ーの 考 えは 一 貫 して お り、 問 題 は あ った にせ よア メ リカ外 交 に とって 一 つ の 新 しい 選 択 肢 を 提 示 した とい う主 張 で あ る。 デ ル ・ペ ロは 、 ア メ リカ社 会 や ア メ リカの 政 治 的 常 識 が キ ッシ ン ジ ャ ーの 政 治 観形 成 に 及 ぼ した 影 響 を 重 視 して お り、 そ の 逆 の 因 果 関 係 を 否 定 的 に考 えて い る。 つ ま り、 キ ッシ ンジ ャ ー は ドイ ツ 出身 の ユ ダヤ 人 として ア メ リカ に とって 特 別 な 存 在 で あ った わ け で は な く、 ア メ リカ 社 会 に 順 応 しな が ら 出世 し えた 一 人 の ヨ ー ロ ッパ 移 民 と解 釈 す るわ け で あ る。 そ の 上 で デ ル ・ ペ ロは、 キ ッシ ン ジ ャ ー とデ タン トに関 す る研 究 の 展 開 を踏 ま えつ つ 、通 俗 的 なキ ッシ ン ジ ャ ー 像 の 見 直 しを さ らに 進 め るた め に 、 次 の 三 つ の 論 点 を 提 示 して 自説 を 展 開 して い る。 第 一 の 論 点 は 、 先 駆 的 に ア メ リカ外 交 の 方 向 性 を 示 した傑 出 した 知 性 として キ ッシ ンジ ャ ー を 解 釈 す る こ との 是 非 で あ る。 通 俗 的 解 釈 は 、 キ ッシ ンジ ャ ーが ヨ ー ロ ッパ 的 リア リズ ム を ア メ リカに 持 ち 込 み 、 モ ラル を 絶 対 視 す る イデ オ ロギ ー的 外 交 政 策 へ の 対 案 として 「現 実 政 治 」 (Realpolitik)を 提 示 した 役 割 を評 価 す る。 この 解 釈 を支 え る要 素 が 、 彼 の ユ ダヤ 系 ドイ ツ 人 として の ナ チ ス 時 代 の 経 験 で あ り、伝 記 的 研 究 も こ うした 解 釈 の 定 着 に 一 役 買 って い る。 デ ル ・ペ ロは 、1940年 代 か ら50年 代 にか け て の キ ッシ ンジ ャ ーの 研 究 業 績 や メ デ ィア で の 発 言 を 分 析 す る こ とで 上 記 の 通 俗 的 解 釈 を 批 判 して い る。 この 中 で デ ル ・ペ ロは 、核 の 使 用 の 是 非 や 地 理 的 な 重 点 な どに つ い て 政 策 的 な ニ ュア ンス の違 い は あ った もの の 、 キ ッシ ン ジ ャ ー と 冷 戦 期 の 有 力 な 知 識 人達 の 主 張 が 概 ね 共 通 して い た こ とや 、 キ ッシ ンジ ャ ーが ア メ リ カ政府 の 冷 戦 政 策 を概 ね 支 持 して い た こ とを 指 摘 して い る。 そ れ ゆ えデ ル ・ベ ロは 、 ドイ ツ出 身 の ユ ダ ヤ 難 民 として の 経 験 と切 り離 して もキ ッシ ンジ ャ ーの 渡 米 後 の 言 動 を 解 釈 で き る と主 張 して い る。 第 二 の 論 点 は 、 戦 略 家 として の キ ッ シ ンジ ャ ーの 欠 点 として しば しば 挙 げ られ る、 ア メ リカ 的 価 値 観 や 国 内世 論 動 向へ の無 関 心 とい う解 釈 の 妥 当 性 で あ る。 ジ ョン ・ギ ャ デ ィス(John Gaddis)ら が この解 釈 を妥 当 と主 張 して お り、 デ ル ・ペ ロ は そ れへ の反 論 を展 開 して い る44)。 反 論 を 展 開 す るに あ た って 、 デ ル ・ペ ロは ス リの キ ッシ ン ジ ャ ー論 に 一 定 の 評 価 を 与 えて い る。 ス リは、 デ タ ン トの 失敗 要 因 をキ ッシ ンジ ャー個 人の 問題 に還 元 せず 、世 論 とキ ッシ ンジ ャ ー との 対 抗 関 係 に 求 め て い るか らで あ る。 た だ しデ ル ・ヘ ロは 、 ス リの 提 示 した ユ ダヤ 系 ドイ ツ 人 として の 経 験 を 強 調 す るキ ッシ ン ジ ャ ー論 とキ ッシ ンジ ャ ーの 実 際 の 行 動 との 間 に あ る矛 盾 を 見 逃 さず 、 そ れ を 乗 り越 え よ う として い る45)。 そ こで 、 デ ル ・ベ ロは ロバ ー ト ・ダ ー レ ック(RobertDallek)に よる 先 行 研 究 を参 考 に し て 、 ドイ ツ 出身 の ユ ダヤ 人 とい う要 因 で は な く、 ア メ リカ国 内 政 治 の 文 脈 か らキ ッシ ン ジ ャ ー 外 交 を読 み 解 い て ゆ く4h)。ダ ー レ ック は近 年 公 開 され た 史 料 か ら国 内政 治 とキ ッシ ン ジ ャ ー外
交 の 連 関 を 論 じた が 、 デ ル ・ベ ロは 公 文 書 に 加 えて1960年 代 に お け るキ ッシ ンジ ャ ーの 研 究 業 績 や メ デ ィア に お け るキ ッシ ン ジ ャ ーの 発 言 に つ い て の 検 討 も加 え、 よ り包 括 的 に 国 内 政 治 と キ ッシ ン ジ ャ ー外 交 の 結 び 付 きを 把 握 し よ う として い る。 デ ル ・ペ ロ は こ う した 検 討 の結 果 、1960年 代 を通 じてキ ッシ ンジ ャー が 「冷 戦 リベ ラ リズ ム」 に 批 判 的 に な って い た こ と、 そ れ へ の 対 案 として デ タ ン トを 構 想 して い た こ とを 指 摘 す る。 こ こ に言 う 「冷 戦 リベ ラ リズ ム」 とは 、 ア メ リカ文 化 ・倫 理 の 普 遍 性 を前 提 と しつ つ 、 「封 じ込 め 」 の た め の 高 い 軍 事 的 出費 を ケ イ ンズ 主 義 的 経 済 成 長 の 手 段 として 受 容 す る政 策 的 立 場 で あ る4η。 「冷 戦 リベ ラ リズ ム 」 が 成 立 す るた め の前 提 は 、 外 交 政 策 に 対 す る 国 内 世 論 の 安 定 した 支 持 が あ る こ と と、 ア メ リカ 大 統 領 の 望 む 形 で 国 際 問 題 を 一 挙 に 解 決 で き る能 力 を ア メ リカ が 保 有 して い る こ とで あ る。 キ ッシ ン ジ ャー は1960年 代 に な る と、 「冷 戦 リベ ラ リズ ム 」 の前 提 が 双 方 とも破 綻 して い る と判 断 し、 代 替 案 を 模 索 して い た 。 そ れ が デ タ ン トで あ った 。 キ ッシ ンジ ャ ーは ア メ リカ 的価 値 観 と外 交 行 動 の 指 針 を 相 対 的 に 切 り離 して 、 国 際 的 勢 力 均衡 の 回 復 を 通 じた 国 益 の 確保 を 目 指 した の で あ る。 つ ま り、 国 内世 論 や ア メ リカ の 政 治 文 化 に非 常 に 敏 感 で あ った とい うこ とを デ ル ・ペ ロは 主 張 して い るわ け で あ る。 これ に 加 えて 、 デ ル ・ペ ロは 力 の 「限 界 」 に強 い 関 心 を 寄 せ るキ ッシ ン ジ ャ ーの 知 的傾 向 と デ タ ン トとが 結 合 して い た こ とを指 摘 す る48)。「限 界 」 の 認 識 は 、 一 つ の イ デ オ ロギ ー に よ る 独 占的 支 配 を 危 ぶ む 立 場 に つ な が って い る。 そ れ ゆ えキ ッシ ン ジ ャ ーは 、 冷 戦 イ デ オ ロギ ーや ア メ リカ文 化 の 普 遍 性 や 同 質 性 を 当 然 視 す る立 場 か ら距 離 を 置 い て お り、 ア メ リ カ文 化 を 相 対 的 存 在 と考 えた わ け で あ る。 この 「限 界 」 認 識 に つ い て 、 ス リは そ の 首 尾 一 貫 性 と政 策 上 の 効 用 を 認 め て い る。 そ の 上 で 、 ア メ リカ文 化 を 相 対 的 に 扱 うキ ッシ ン ジ ャ ーの 文 化 観 の 起 源 を 、 ドイ ツ生 まれ の ユ ダヤ 人 とし て の 経 験 に求 め て い る。 これ に対 して デ ル ・ベ ロ は、 キ ッシ ンジ ャ ーの 言 動 を分 析 して 、 「限 界 」 認 識 の ご都 合 主 義 的 性 質 を 指 摘 して い る。 また 、 相 対 的 な 文 化 観 の 起 源 に つ い て は 、 国 益 と権 力 を軸 と して展 開 さ れ る キ ッシ ン ジ ャ ーの 思 考 様 式 その もの に あ る と主 張 して い る49)。デ ル ・ペ ロは 、 ヨ ー ロ ッパ で の 経 験 や ユ ダヤ 人 と して の ア イ デ ンテ ィテ ィ ーに 還 元 す る説 明 か ら 再 び 一 線 を 画 して い るわ け で あ る。 第 三 の 論 点 は 、 キ ッ シ ン ジ ャ ー外 交 の 戦 略 的 な 優 劣 に 関 す る議 論 で あ る。 従 来 は 、 第 二 の論 点 で も触 れ た よ うに キ ッシ ン ジ ャ ー外 交 の 戦 略 的 卓 越 性 を 認 め つ つ 、 社 会 変 動 や 国 内 世論 へ の 対 応 の 不 味 さを 問 題 に す る議 論 が 多 か った 。 これ に対 しデ ル ・ペ ロは 、 戦 略 的 卓 越 性 そ の もの を 否 定 し、 キ ッ シ ン ジ ャ ーの デ タ ン ト政 策 に 内 在 して い た 矛 盾 を 問 題 として い る。 そ の 矛 盾 とは 、 冷 戦 に よ って 作 られ た 二 極 構 造 を維 持 す る こ とを 「国 益 」 としな が ら も、 反 共 主 義 を 「国 益 」 として 二 極 構 造 を 形 成 ・維 持 して きた 冷 戦 イデ オ ロギ ーか ら距 離 を 置 い た こ
とにあ る`ω。 この 矛 盾 は次 の 三 つ の ジ レン マ を 生 成 す る。 ま ず 、 二 極 構 造 の維 持 を試 み な が ら も多 極 化 を 推 進 させ て しま う とい うジ レ ンマ を 生 む 。 キ ッシ ン ジ ャ ーが ア メ リカ 外 交 の 舵 取 り を 始 め た 頃 、 既 に 世 界 は 多 極 化 して お り、 既 存 の 冷 戦 とい う枠組 み で 多極 化 の 制 御 を試 み た 点 で 彼 の 外 交 政 策 は 国 際 情 勢 と乖 離 して い た 。 この よ うな 状 況 を 無 視 して 二極 構 造 を 上 か ら押 し 付 け た ゆ えに 、 ア メ リカは 同 盟 諸 国 や 世 界 各 国 か らの反 発 を 招 き、 多極 化 を 加 速 させ て し ま っ た 。 この 結 果 、 二 極 構 造 を 維 持 す る とい う 「国 益 」維 持 も困 難 とな る。 次 に 、 独 裁 者 との 妥 協 に よ る国 益 維 持 と冷 戦 イデ オ ロギ ーを維 持 す る こ との ジ レ ンマ が 生 じ る。 キ ッシ ン ジ ャ ーは 二 極 構 造 の 維 持 を 優 先 して 、 ソ連 や 中 国 の 指 導 者 と交 渉 す るだ け で な く 第 三 世 界 諸 国 の 独 裁 者 と関 係 を 深 め る こ とを 厭 わ な か った 。 しか し、 独 裁 者 との 関 係 強 化 は 自 由 と民 主 主 義 の 擁 護 を 標 榜 して い た は ず の ア メ リカ の 冷 戦 イ デ オ ロギ ー と相 反 して い た 。 この 結果 、 キ ッシ ンジ ャー外 交 に対 す る 国内 ・国 外か らの批 判 を高 めた 。 またそ れ は、キ ッシ ンジ ャ ー が ナ チ ス へ の 反 省 か ら独 裁 者 を 嫌 悪 して い た とい うス リの 解 釈 を 覆 す論 拠 も提 示 して い る。 最 後 に 、 外 交 政 策 論 争 の 主 導 権 を 獲 得 し よ う として 、 逆 に 論 争 相 手 を 有 利 に して し ま う とい うジ レ ンマ も生 じ る。 キ ッシ ン ジ ャ ー に よ る米 ソ交 渉 は 、 そ の反 作 用 として 反 共 主 義 と対 ソ核 抑 止 力 を 維 持 す る こ とへ の 世 論 か らの 支 持 を 高 め させ た 。 ま た 、 第 三 世 界 の 独 裁 者 との協 調 へ の 反 作 用 として 、 自 由や 民 主 主 義 を 擁 護 す るア メ リカの 役 割 へ の 世論 か らの 支 持 も高 め た 。 こ れ らの 反 作 用 は徐 々に 収 敏 され て 、 「ネオ ・コン 」 が 活 躍 す る場 を 作 り出 し、 反 ソ反 共 と軍 拡 を 唱 え る レー ガ ン政 権 の誕 生 を もた ら した51)。キ ッシ ン ジ ャ ー外 交 は 、 逆 説 的 に冷 戦 イ デ オ ロ ギ ー を強 調 す る 「(アメ リカ)例 外 主 義 的 」 で 「ヘ ゲモ ニ ー的 」 政 治 文 化 を 盛 り上 げ た の で あ る。 デ ル ・ペ ロ は上 記 の 問 題 点 を踏 ま え て 、 キ ッシ ン ジ ャー を 「革 命 的 な戦 略 家 」(ス リ)と は 見 な さず 、 ま た 、 冷 戦 構 造 を 与 件 としつ つ 合 理 的 な 行 動 を した 現 実 主 義 的 な 戦 略 家(ギ ャデ ィ ス)と も考 え な い52)。デル ・ペ ロの 理 解 す る キ ッシ ン ジ ャ ーは 、 「現 実 主 義 」 を 標 榜 しな が ら も二 極 構 造 の維 持 とい う非 現 実 的 目標 を掲 げ 、 その た め に矛 盾 を抱 え込 ん で追 い詰 め られ て い っ た 、 「奇 矯 な リア リス ト」(TheEccentricRealist)に 過 ぎ な いの で あ る53/。 これ まで の 議 論 を 小 括 す る と、 デ ル ・ペ ロは 上 記 三 つ の 論 点 に つ い て論 争 相 手 の 問 題 点 を 明 確 に 指 摘 して お り、 問 題 点 を 乗 り越 え得 る解 釈 を 呈 示 して い る。 デ ル ・ペ ロの 研 究 は ダ ー レ ッ ク らに よ る 史料 実 証 を 受 け 止 め 、 ス リらに よ って 開 拓 され た 社 会 ・文 化 史 的 視 点 に よ るキ ッシ ン ジ ャ ー論 や デ タ ン ト論 を 批 判 的 に 発 展 させ る もの と位 置 づ け る こ とが 出 来 るだ ろ う。 この よ うな 意 義 を 認 め な が ら も、 デ ル ・ペ ロの 研 究 に も問 題 点 が あ る こ とを 指 摘 して お きた い 。 ま ず 、 デ ル ・ペ ロの 解 釈 の 根 拠 に つ い て は ま だ 不 明 確 な 点 が あ る。 例 えば 、 先 述 の 第 二 の 論 点 で 触 れ た キ ッシ ン ジ ャ ーの 文 化 的 相 対 主 義 につ い て 、 ス リは ドイ ツ出 身 の ユ ダヤ 人 として の 経 験 に 起 源 を 求 め て い る。 これ に 対 して 、 デ ル ・ペ ロは キ ッシ ンジ ャ ーの 思 考 様 式 か ら内 在
的 に 導 か れ て い る と考 えて い る。 ス リへ の 批 判 に つ い て は 的 を 射 て い るが 、 よ り説 得 力 を 持 た せ るた め に は 、 デ ル ・ペ ロの い う内在 的 な 論 理 構 造 を 読 み 解 い て 読 者 に 提 示 す る必 要 が あ ろ う。 また 、 第 三 の 論 点 に 関 して 紹 介 した 「ヘ ゲ モ ニ ー的 」 な 政 治 文 化 の 盛 り上 が り とい うよ うな 概 念 の 取 り扱 い 方 に も留保 が い るで あ ろ う。 な ぜ な ら、 グ ラム シ 的 な 政 治 分 析枠 組 み を 共 有 す る もの に は 説 得 力 を 持 って い た として も、 そ れ 以 外 の 者 に とって は 概 念 レベ ル で の 説 明 が な け れ ば 同意 す る こ とが 困 難 に な るか らで あ る。 外 交 史 を 専 門 とす る研 究 者 に よ るキ ッシ ンジ ャ ー 論 や デ タ ン ト論 の 本 格 的 な 見 直 しを 迫 る意 欲 的 な 研 究 で あ るだ け に 、 これ らの 点 を乗 り越 え る こ とが 期 待 され る。 4.研 究 課 題 本 論 は ジ ェ レ ミー ・ス リ とマ リオ ・デ ル ・ヘ ロの 近 著 を 手 掛 か りに 、 デ タ ン ト研 究 とキ ッシ ン ジ ャ ー論 に 関 す る学 説 状 況 の 整 理 を 試 み た 。 双 方 の 研 究 とも従 来 型 の キ ッシ ン ジ ャ ー論 や デ タ ン ト解 釈 を 批 判 的 に 乗 り越 え よ う として い る点 で 共 通 して い る。 序 論 で も触 れ た よ うに 、 キ ッ シ ン ジ ャ ー論 や デ タ ン ト解 釈 に は 大 き く分 け て 三 つ の 議論 が あ る。 第 一 に 大 国 間 の 権 力 関 係 を 軸 に した 外 交 史 的 分 析 、 第 二 に伝 記 的 事 実 を論 拠 に して キ ッシ ン ジ ャ ーの 卓 越 性 や 先 駆 性 を 強 調 す る議 論 、 第 三 に 社 会 的 ・文 化 的 文 脈 の 分 析 も踏 ま えて キ ッ シ ン ジ ャ ーの 政 策 や デ タ ン トを 位 置 付 け る議 論 で あ る。 この うち 、 前 二 者 が 従 来 型 の 視 点 で あ り、 ス リや デ ル ・ペ ロは 第 三 の 視 点 か ら議 論 して い る。 第 一 点 目の 議 論 に つ い て 、 ス リは ア メ リカ とヨ ー ロ ッパ の 文 化 的 ・社 会 的 交 流 の 象 徴 として の キ ッシ ン ジ ャ ー像 を 対 置 し、 デ ル ・ペ ロは 国 際 政 治 情 勢 全 体 の 変 動 に 対 す るキ ッシ ン ジ ャ ー の 対 応 を 根 拠 として 批 判 して い る。 第 二 点 目の 議 論 につ い て 、 両 者 ともキ ッシ ンジ ャ ーの 持 っ て い た 思 想 的保 守 性(ス リ)あ るい は 政 策 的保 守 性(デ ル ・ベ ロ)に 着 目 し、反 論 を 提 示 して い る。 こ うして 、 両 者 は 第 三 の 視 点 を 合 理 的 と見 な して い る。 しか し、 第 三 の 視 点 を 取 るに して も、 ス リ とデ ル ・ペ ロの 立 場 は 一 致 して い るわ け で は な い 。 各 論 に つ い て は 本 論 に 触 れ た 通 りで あ るが 、 国 際 関 係 理 論 分 野 や 国 際 政 治 史 分 野 で の 研 究 動 向 を 反 映 して 、 デ タ ン トや キ ッシ ン ジ ャ ー外 交 と冷 戦 構 造 の 変 動 との 関 わ り合 い が 大 きな 議論 の 対 象 に な って い る。 例 えば 、 そ もそ もキ ッシ ンジ ャ ーの 進 め た デ タ ン トは 冷 戦構 造 を 変 容 させ た の か 否 か 、 キ ッシ ン ジ ャ ー外 交 は 冷 戦 終 焉 の 加 速 要 因 とな った の か 否 か 、 あ るい は 、 い わ ゆ る 「ヨ ー ロ ッパ ・デ タ ン ト」 とキ ッシ ン ジ ャ ーや ニ ク ソ ンの 構 想 して い た デ タ ン ト との 相 関 関 係 を どの よ うに とら え るの か 、 な どが 主 な 論 点 として 挙 げ られ よ う。 ス リの 議 論 を ま とめ る と、 キ ッシ ン ジ ャ ーの 推 進 した デ タ ン トは 冷 戦 政 策 を 乗 り越 え る もの で は な か った 。 そ れ ゆ え、 デ タ ン トは 冷 戦 終 焉 を 加 速 させ た 要 因 とは な らな い 。 た だ し、 キ ッ
シ ン ジ ャ ーの 戦 略 的 思 考 そ の もの は 独 自で 一 貫 して い る と評 価 して お り、 そ こに 冷 戦構 造 変 化 の 萌 芽 や 現 状 へ の 処 方 箋 を 提 示 し うる可 能 性 を 見 出 して い る。 言 わ ば 、 冷 戦 や デ タ ン ト とキ ッ シ ン ジ ャ ーの 思 考 を 切 り離 す こ とが 可 能 とい う立 場 で あ る。 この よ うな 分 離 を 可 能 に す る論 拠 とな って い るの が 、 キ ッ シ ン ジ ャ ーの ドイ ツ 出身 の ユ ダヤ 人 として の経 験 と政 治 信 条 で あ る。 これ に 対 しデ ル ・ペ ロは 、 そ もそ もキ ッシ ンジ ャ ーの 戦 略 家 として の 独 自性 や ユ ダヤ 人 とし て の 政 治 信 条 の 一 貫 性 を 強 調 す る解 釈 に疑 問 を 投 げ か け て い る。 そ れ ゆ え、 キ ッシ ンジ ャ ーの 思 考 に 冷 戦 終 焉 の 萌 芽 や 現 状 へ の 処 方 箋 を 見 出す こ とは しな い 。 ま た 、 デ タ ン トに つ い て も冷 戦 的 な 二 極 構 造 を 強 化 した と判 断 し、 冷 戦 終 焉 にデ タ ン トの 果 た した 役 割 は 小 さい と見 て い る。 両 者 とも学 説 状 況 を 踏 ま えて 一 定 の 史 料 実 証 を 行 って お り、 少 な く とも今後 の 研 究 は彼 らの 主 張 を 無 視 す る こ とは 出来 な い だ ろ う。 そ れ で は 、 ス リ とデ ル ・ペ ロは どの よ うな 研 究 課 題 を 残 して い るの で あ ろ うか 。 各 論 に つ い て は そ れ ぞ れ の 論 旨を 紹 介 した 際 に 行 った の で 、 こ こで は 、 よ り包 括 的 な 研 究 課 題 を 指 摘 して お きた い 。 まず 、 両 者 ともに キ ッシ ン ジ ャ ー論 を 文 化 ・社 会 史 的 な 文 脈 で 位 置 付 け る こ とを試 み て い る もの の 、 国 際 政 治 史 分 野 や 国 際 関 係 理 論 分 野 にお け るデ タ ン ト論 との 関 係 に つ い て 包 括 的 な 議 論 を 提 示 す るに は ま だ 至 って い な い 。 ま た 、 キ ッシ ンジ ャ ー論 の 見 直 しが 冷 戦 や デ タ ン トに 関 す る国 際 政 治 史分 野 で の 実 証 研 究 に 与 え る影 響 につ い て の 検 討 も必 要 で もあ ろ う。 両 者 の 抱 え る こ うした 問 題 を 象 徴 的 に 現 して い るの が 、 ア メ リカ とヨ ー ロ ッパ の 関 係 に つ い て の 解 釈 で あ る。 ス リ とデ ル ・ペ ロは ともに 、 キ ッシ ンジ ャ ー論 を 通 じて ヨ ー ロ ッパ の知 的 伝 統 が 第 二 次 世 界 大 戦 後 の ア メ リカに どの よ うな 影 響 を 与 えた の か に つ い て論 じて い る。 ス リは 一 定 以 上 の 影 響 力 を 認 め て い るの に 対 し、 デ ル ・ヘ ロは過 大 評 価 を 戒 め て い る。 両 者 の キ ッシ ン ジ ャ ー論 は ヨ ー ロ ッパ か らア メ リカへ の 思 想 的 流 れ を 検 討 して い るわ け だ が 、 冷 戦 認 識 や デ タ ン トに 関 す る米 欧 間 の 相違 に つ い て 、 キ ッシ ン ジ ャ ー外 交 や ア メ リカ の デ タ ン ト政 策 が 果 た した 役 割 を 検 討 す る必 要 が あ るだ ろ う。 同 じ こ とは 、 デ タ ン ト見 直 しに つ い て の 米 欧 問 の 差 異 につ い て も指 摘 出 来 るだ ろ う。1970年 代 半 ば か ら80年 代 初 頭 に か け て 、 米 ソ間 の デ タ ン トや キ ッシ ンジ ャ ー外 交 が 批 判 され た過 程 で は 、 ア メ リカ国 内で は よ り強 硬 な 対 ソ外 交 を 求 め る 「ネ オ ・コ ン」 な ど反 デ タ ン ト派 の 動 きが 活 発 に な って い た が 、 欧 州 で は 逆 に 「平 和 運 動 」 が 盛 り上 が る とい う差 異 が 現 れ た 。後 者 に つ い て は 冷 戦 構 造 の 解 体 を 加 速 させ た 一 要 因 で あ る とい う解 釈 も存 在 す る54)。 つ ま り、 キ ッシ ン ジ ャ ーの 進 め た デ タ ン ト と 「ヨ ー ロ ッパ ・デ タ ン ト」 との せ め ぎ合 い 、 そ して 、 キ ッシ ン ジ ャ ー的 な デ タ ン トの 推 進 派 と反 デ タ ン ト派 の 国 際 的 な 文 脈 で の 対 抗 関 係 の 分 析 、 これ らが 近年 の キ ッ シ ン ジ ャ ー論 の 残 して い る研 究 課 題 とい え よ う。
註 1)本 研 究 は科 学 研 究 費 補 助 金(若 手 研 究B:課 題 番 号21730148)の 研 究 成 果 の一 部 で あ る。 2) 3) —Ⴆ‚ΕA Nuclear George P. Weapons', Saddam', The
Shultz, William J. Perry, Henry A. The Wall Street Journal, January 4 Wall Street Journal, August 15, 2002
Kissinger, and Sam Nunn, `A World Free of , 2007, A.15; Brent Scowcroft, 'Don't Attack
A.12. フ ォ ー ド元 大 統 領 は2006年12月 に 亡 く な っ
た が 、生 前 、イ ラ ク戦 争 や 「単 独 主 義 」を 批 判 して い た こ とが 明 らか にな った 。Bob Woodward, 'Ford
Disagreed With Bush About Invading Iraq', The Washington Post, December 28, 2006, Al..
George P. Shultz, William J. Perry, Henry A. Kissinger, and Sam Nunn, `Towards A Nuclear Free World', The Wall Street Journal, January 15, 2008, A.13; Shultz, Perry, Kissinger, and Nunn, `A World
Free of Nuclear Weapons'.
4)も ち ろん 、 「多 角 主 義 」 も 「単 独 主 義 」 もア メ リカ 外 交 の選 択肢 と して 不 十 分 とい う指摘 もで き よ う。 5)米 国 務 省 に よ るニ ク ソ ン/フ ォー ド政 権期のForeign Relations of the United Statesの 刊 行 、米 国 立 公 文 書 館 に よる 「ニ ク ソ ン 大 統 領 文 書 プ ロ ジ ェ ク ト」(NixonPresidentialMaterialsProject)、 ニ ク ソ ン/ フ ォ ー ド両 大 統 領 図 書 館 の 史料 公 開 な どが あ る。な お 、2010年4月 現 在 、米 国立 公 文 書 館 の 「ニ ク ソ ン文 書 プ ロ ジ ェ ク ト」 関 連 史料 は ニ ク ソ ン大 統 領 図 書 館 に 移 管 作 業 中 で あ る 。TheUnitedStates
Department of State, Office of Historians, <http://history.state.gov/historicaldocuments/ nixon-ford>; Nixon Presidential Library and Museum <http://www.nixonlibrary.gov/>; Gerald R. Ford Presidential
Liberality and Museum <http://www.fordlibrarymuseum.gov/> [All accessed on 20 April 2010].
6)R.W.ス テ ィ ー ブ ン ソ ン 、 滝 田 賢 治 訳 『デ タ ン トの 成 立 と変 容 現 代 米 ソ 関 係 の 政 治 力 学 』、 中 央 大 学
出 版 部 、1989年 、16頁;斎 藤 嘉 臣r冷 戦 変 容 と イ ギ リス 外 交 デ タ ン トを め ぐ る 欧 州 国 際 政 治1964∼
1975年 』、 ミ ネ ル ヴ ァ 書 房 、2006年 、4-5頁;川 嶋 周 ・r独 仏 関 係 と戦 後 ヨ ー ロ ッ パ 国 際 秩 序 ド ゴ ー
ル 外 交 と ヨ ー ロ ッ パ の 構 築1958-1969』 、創 文 社 、2007年;宮 脇 昇「CSCE人 権 レ ジ ー ム の 研 究 「ヘ
ル シ ン キ 宣 言 」 は 冷 戦 を 終 わ ら せ た 』、 国 際 書 院 、2003年;WilfriedLoth,Overcoming the Cold War:A
History of Detente (London: Palgrave, 2002); Daniel C. Thomas, The Helsinki Effect; International
Norms, Human Rights, and The Demise of Communism (Princeton: Princeton University Press, 2001). 7 ) Walter Isaacson, Kissinger: A Biography (New York: Simon and Shuster, 1992); Jussi Hanhimaki, The
Flawed Architect: Henry Kissinger and American Foreign Policy (Oxford; New York: Oxford University
Press, 2004).
8 ) Jeremi Suri, Henry Kissinger and the American Century (Cambridge, MA: The Belknap Press of Harvard University Press, 2007); Mario Del Pero, The Eccentric Realist: Henry Kissinger and the
Shaping of American Foreign Policy (Ithaca; London: Cornell University Press, 2010).
9) Ian Clark, International Legitimacy and World Society (Oxford: Oxford University Press, 2007);山 本
吉 宣 「帝 国」の 国 際 政 治 学 冷 戦後 の 国 際 シ ス テ ム とア メ リカ 』、東 信 堂 、2006年 。