Title
沖縄島南部1万年史の授業化の試み
Author(s)
盛口, 満
Citation
地域研究 = Regional Studies(5): 49-54
Issue Date
2009-03-01
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/5584
盛□満 -.沖縄島南
台
B
l万年史の授業化の試み沖縄 島南部
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万年史の授 業化 の試み
盛 口 満*
Approachestoteachingthe10,000-YearHistoryofSouthem Okinawalsland
MitsuruMoriguchi NPO珊瑚舎 スコ- レにおいて、沖縄 島南部 の一一一一万年 間の歴 史の中での 自然 の変化 を扱 った環境教育 の実践 を試 みた。 南 部の 円然変化 を人 き く 「原生 自然 の時代」「農耕 の時代」「硯代」 にわけ、化石 の観察 による原生 自然 の襟元や、古老 か らの聞 き収 りを元に した農耕 の時代 の 自然利用 の教材化 をお こなったO こ う した授業 の試 み をへ て、/t'従 た ちが どの ような認識 を持つに生 ったか を報告 し、かつ今後の環境教育 に必裳な視点 を考察す る。 キーワー ド :珊瑚舎スコ- レ、一万年 史、環境教育 1.はじめに 環境問題が重要事項 として取 りざた され、世界的に 持続可能性のある社会が模索 される中、教育現場 にお いて もその ような社会情勢 とどう向 き合 うかが問われ ている。 これか らあるべ き社会 を探 るためには、現在 に至 るまでの歴 史の傭轍が必須であろ う。 しか しその 歴史 とは国家単位の ような広範囲の歴史ではな く、 き わめて限 られた範関内のいわば目に見える地域 内の歴 史を取 り扱 うことが重要である。それは人類の歴史上、 ご く最近 まで、人々の 日常 はその ような限定 された地 域内において営 まれて きたか らであ り、そ もそ も人間 の 自然 な空間認識力 もその ような もの としてあるか ら だ。著者の居住する沖縄 においては、伝統 的にその よ うな限定 された地域 を 「しま」 と言い表 している。 こ れは地理的な意味での島ではな く、行政区分でいえば、 ほぼ字 と重 なる地域 をさ している。本論では沖縄 島南 部のこの1万年の歴史を 「しま」 に着 目し、教材化 を試 みた。環境教育の-一例 として、地域の 自然や 自然利用 の変化の歴史を通 じ、「自分たちはどこか らきて、今 ど こにいて、将来 どこへ行 こうとす るのか」 とい う問題 意識 につながる学習 を目指 した。以下 にそのカ リキュ ラムを紹介する とともに、授業内容 について考察 して い きたい。
2.
授業の場の概要 と授業で扱 った地域の概要 この授業 は2007年前期、NPO珊瑚舎スコ- レにお いて、90分授業15回分 として行われた。 NPO珊瑚舎ス コ- レは2001年 に沖縄県那覇市 に設 置 されたフリース クールであ り、中等部 、高等部、専 門部、夜 間中学部 を併設 している。 中等部 、高等部 な どはそれぞれに個別の時間割が組 まれてお り、各専 門 の講師が授業 を担当 している。著者 は週 1回、ボラン テ ィア として、高等部 1年の 「自然」講座 と、高等部3
年及 び専 門部 1年合同の 「沖縄 の 自然」講座の授業 を担当 している。今 回、報告す る 「沖縄 島南部 1万年 史」 は、 この うち 「沖縄の 自然」講座での試みである。 受講者は高校生3
人 (途中で 1人 メンバーが交代 した)、 及 び専 門部生4
人 (うち1
人は社会人の聴講生)の合 計7
名である。 珊瑚舎スコ- レの生徒 、学生 は沖縄 のみな らず、全 国各地か らも入学者がある。 このため、校舎のある那 覇市か ら離れ、沖縄 島南部の海岸部 に位置す る商域市 佐敷 に、学校寮が設置 されている。 またこの近 くには 学校 の畑 と、ガンマ リ (沖縄語で イタズラの意味) と「地域研 究」5号 2009年3月
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称す る山林の利用施設がある。過一回、畑 かガンマ リ での作業があるため、珊瑚舎スコ- レの生徒 に とって は、寮生以外 も佐敷近辺の地域 には親 しみ を持 ってい る。授業で扱 った地域 はこの佐敷 を中心 とした地域で ある。 ちなみ に今回の授業の受講者は、いずれ も沖縄 県外出身者であった。3
- 1.授業のね らいとカ リキュラム 授業では 「しま」の歴 史を、大 きく3
つの時代 に区 分 した。 1.約 1万年 前ごろまでの、人為的な自然改変が ほ と んど見 られない時代 2.農耕が始 まってか ら、戦中 までの昔の農村社会の 時代3.
戦後か ら現在 までの時代 沖縄 島 をは じめ とす る、琉球列 島の島々は固有 の生 物相 で知 られている。い っほ うで これ らの島々ではそ の固有な自然が危機的な状況にあることも確かである。 維管束植物 を例 にとる と、沖縄県で記録 されている も のの40%に当たる686種が絶滅の危機 にある とされてい る。 (国府方 2007)特 に、沖縄 島の場合では、古 くか ら農耕が営 まれ、戦争 による被害 も大 きかった南部 に は原生的な自然 はほ とんど残 されてお らず、ヤ ンバル クイナやヤ ンパルテナガコガネな どの貴重種 も、その 名の とお り、北部の 「やんぼる」 と呼 ばれる地域 に し か生息 していない。今回、本論で取 り扱 う地域はこの ように 「沖縄 の中では自然が残 されていない地域」 と して、一般 には認知 されている地域である。その よう な地域 は、人間の影響が及ぶ まではいったい どの よう な地域 であったのか。 またその ような地域 には本 当に 自然 は残 されていないのか。以上の ような視点 を授業 の学習課題 として設定 した。 授業のカリキュラムは以下の ようである。 「しま」 とい う世界 1. 自分の 「しま」 と沖縄の 「しま」 2.「タングンジマ」 と 「ヌングンジマ」
南部の原生 自然 をさぐる3.
公園の陸貝調査 4.南部の フィッシャー巡検5.
フィッシャーの化石 6.陸棲 カニ類の化石7.
化石陸貝の計測8.
現生陸貝の計測 9.カエル化石か ら、環境 を復元する 農村社会の生活 と自然10.
南島の稲作11
.戦前の農村の食事12.
さまざまな植物利用13.
民謡 に歌われた自然14.
イモ食 にみる古層文化15.
まとめ カリキュラムは大 きく3
部構成 となっている。続け てこの各部の内容 を紹介する。3-2.
授業の内容 カ リキュラムの第1部では、授業全体の導入 として、 「しま」とは何か とい うことを、考えて もらった。まず、 各 自が、 自分 の幼少の ときに持 っていた自宅 を中心 と した 「なわぼ り」の絵地凶 を描 き、発表 しあった。そ の絵地図の中には必ず 「怖い場所」
「何かが とれた場所」 「気持 ちのいい場所」 の3箇所 について書 き込 ませ た。 この子供時代 の地図 と同様 に、沖縄 の人々にとって 日 常 の生活圏 となる 「しま」 と呼 ばれる区域があること を提示 した。 「しま」 には生産拠点 となる耕作地のほかに、聖な る場所 、 タブー とされ る場所 な ども含 まれ る。 また 「しま」 をふ くむ 「島」 には、石灰岩 を主体 とした平 ら な島である 「ヌ ング ンジマ」 と山地や川のある 「タン5
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盛口満 一沖縄島南
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万年史の享受業化の試み グンジマ」の、大 きくふたつに区分で きることを紹介 した。 ひいてはこの違いが畑作 と稲作 とい う農業形態 の違いを生むことにも着 目して もらった。 第2
部 においては、南部の原生 自然 をさぐることと した。南部は広 く石灰岩地が覆 う。その石灰岩 中にフ ィッシャー と呼ばれる縦の割れ 目が入 っていることが ある。採石 1二事 などでこの フィッシャーが地表 に現れ ると、この フィッシャーに充填 された土砂 とともに化 石が発見 される。 フィッシャー中か らは絶滅 したシカ 類の化石 もしば しば発見 されてお り、 フィッシャー堆 積物が更新世 とい う地質時代 に堆積 した ものであるこ とを物語っている。 授業においては南城市知念お よび玉城の フィッシャ ーを巡検で まわるとともに、その フ ィッシャー中に見 られる化石か ら、南部の原生 自然の復元 を試みた。 こ れは化石 に含 まれる生物相 の解 明 (ネズ ミ、 カエル、 サ ワガニ類の化石) と、現生の種類 と化石でみ られる もののサ イズ変化の計測 (陸貝類)のお もにふたつの 調査、観察による。 フィッシャー堆積十の観察では、石灰岩地特有の多 数の ヒメユ リサ ワガこの化石 に加 え、現在ヤ ンパルで しか見ることので きない トゲ ネズ ミなどの骨の化石が 見つかる。 フィッシャー堆積土 を生徒 ひと りひ と りに 1kgずつ配 り、その中に含 まれる全ての化石 を取 り出 させた。 またその中か ら、容易 に識別が可能なサ ワガ このハサ ミと トゲネズ ミの下顎骨 や切歯 については、 発見 された個数 を集計 した。 この ときの観察では 5kg の土砂 より、 ヒメユ リサ ワガ二のハサ ミが18個 と トゲ ネズ ミの切歯 または下顎骨が 4個取 り出 された。現在 トゲ ネズ ミは沖縄島においてはヤ ンパ ルに局地的 に分 布 し、なおかつ 目撃 されることもめったにないほ ど個 体数が減少 しているが、かつては南部 にまで広 く分布 し、 さらにその個体数 も多かったことを、 この作業か ら感 じとって もらった。授業 において観察 した フィッ シ ャーか ら発 見 され る化 石 につ い て は、 サ ワ ガニ (Naruseetal.2003)、カエル (中村 2006)等 について 発表があるので、それ らの資料の一部 も教材 として使 用 した。 フィッシャーか らは、 イシカワガエルやホル ス トガエル、 リュウキュウアカガエ ルなどの化石が見 つか ってお り、 この ことか ら、かつての南部 には、現 在 よ り湿潤 な環境 と、それ を保障す る森林 の発達が推 測 される ことが これ までの研 究 か ら示唆 されている。 この研 究内容 をかいつ まんで紹介す るこ ととともに、 その内容 を自らの調査 によ り実感す るべ く、陸貝の計 測 をお こなった。 ちなみにこの授業後 の発表であった ため、授業の資料 には間に合わなかったが、陸貝化石 の研究 よ り、 この フィッシャー中の化石の年代 は、約 23000年前の ものであることが報告 されている (Azuma 2(氾7).
フィッシャー中の陸貝化石は現生の ものでは見 られ ない ような大型の固体 を含んでいる。現在 ヤマ タニ シ 類 は南部 と北部では別亜種 とされ、北部産はサ イズが 大 きい ことが知 られている。 また南部の化石ヤマ タニ シ類 は現在の北部産 と同 じ亜種 とされる (知念 1989)0 しか し、 フィッシャー内か らは大型の個体 ばか りでな く、′ト型の個体が見つかる。 さらに現生の北部産のヤ マ タニ シ類 も産地 によって、その大 きさに違 いが見 ら れる。 ここではフィッシャーか ら見つかるヤマ タニ シ 類 と現生の ものに違いがみ られるか、見 られる とした ら、それはフィッシャーの カエル化石か ら推定 された 環境の変化 を支持す る ものか どうか とい うことを生徒 たちの実習 によって明 らか にす るこ とを目的 と した。 そのため今 回の計測 では亜種 の判別 を行 っていない。 そのため、以下、"ヤマ タニシ" とい う表記 とする。 計測は次 の ようにお こなった。 フィッシャーの土 中 よ り、"ヤマ タニシ"の成貝のみを選んだ。その総数は 195個であった。その全てについて、生徒 たちに分担 さ せ、 ノギスで殻径 を計測 して もらった。その結果、殻 径 は最小で 12ミリ、最大で33.5ミリであ った。計測値 は最小の値 をとった12ミリか ら、4
ミリごとの幅で集 計 し、その結果 をグラフに して現 した。 もっ とも頻度 が多かったのは20ミリか ら24ミリの間の もので、全体 の35.9%であ った。 この化石の "ヤマ タニ シ"の計測 値 、 グラフを現生の "ヤマ タニシ" と比較 して考察 を「地 域研 究」5号 2009年3月
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北部 石灰 岩地域 (78) 南部 フィッシャー(
1
9
5)
南部 現生 (74) 南部 都市公 園(
21
9
)
冒日田□l
--_
‥ t:∴ 0 20 40 60 80 100 (%) 図1. 沖縄島各地点ごとにおけるヤマタニシ類の殻径の出現頻度の変異*
(
)内は標本数をあらわす。 お こなうこととした (図 1)0 現生 の "ヤマ タニ シ"のサ ンプルは以下の ような場 所 において採集 した。 (1)フィッシャー近 くの現生の もの (南部 、石灰岩地) サ ンプル数74個(2
)都市部の公園 (南部、石灰岩地)サ ンプル数21
9
個 (3)北部山地 (北部、石灰岩地) サ ンプル数78個 (4)北部 山地 (北部 、非石灰岩地)サ ンプル数 10個 まず、 フィ ッシャーか ら産 出す る" ヤマ タニ シ" と (1) を比較 した。 (1)の現生 の "ヤマ タニ シ" は1
6
ミリか ら28ミリのサ イズ内 に、すべ てお さまった。現 生 の もので、最 も出現頻度が多か ったのは、20ミリか ら24ミリのあいだの個体 で、 これは フィッシャーか ら の産 出個体 と同 じであ った。 しか し、 このサ イズの個 体が全体 に占め る割合 は、現生 の もので は フィッシャ ーの場 合 よ り多 く、全体 の79.7%にお よんだ。 また フ ィッシャーの場合、全体の9.7%を、28ミリ以上 の大型J. 個体が 占め るが 、 この ようなサ イズの ものは、現生 の もので は 1個 も見 られ なか った。つ ま りフ ィッシャー の "ヤマ タニ シ" は殻 の大 きさの変異が現生 の もの よ り大 きい こ とと、現在南部 で は見 られ ない ような大型 個体が、一定割合見 られる とい う結果が わか った。 さ らに同 じ南部 の石灰 岩地で も、那覇市の都市部 に見 ら れ る公 園内 にお け る "ヤマ タニ シ"(2)で は、総数21
9
個 のすべ ての計測値が1
6
ミリを下回った。 しか もフ ィッシャーだけでな く、 (1)で も見 られない ような1
2
ミリに満 たない個体が全体 の81.7%を占め る結果 とな った。 この ことか ら、 よ り劣悪 な環境化では、同 じ南 部 において も、"ヤマ タニ シ"の殻の小型化がおこるこ とが想定 された。続 いて、北部 において、石灰岩地 と 非石灰岩地の2
箇所 か ら "ヤマ タニ シ"のサ ンプルを 採集 し、計測 を行 った。非石灰岩地では採集 された個 体数が少 な く、デー タとしては不十分 な結果 となった。 しか し比較 した場合 、石灰岩地の もののほ うが、 よ り 大型の個 体が多い ように思 われた。南部 の石灰岩地 と 北部の石灰岩地で比較 を行 うと (1と3
)、最 も出現頻 度 の多いサ イズの値 は同 じ価 をとる ものの,24ミリ以 上 の個体 の占め る割 合は (1
)では5
.4%の ものが、3
で は33.3%と、北部 のほ うが よ り大型 の個体 が多い傾 向が見 られた。 以上 の点 をまとめる と、次 の ようになる。石灰岩地 の ほ うが よ り大型 になる。北部 のほ うが南部 よ り大型 になる。南部 の 中で は都市部 の ものが顕著 に小 さい。 以上の ことか ら、 フ ィッシャーには現生の ものに比べ 、 よ り大型 の個体 が含 まれるのは、 カエルの化石か ら推 測 されてい るこ とを指示 してい る と結論付 けた。 この よ うな作業 を通 して、人間活動の影響が及ぶ以前 の南 部の 自然環境 を、授業の中で生徒 と共 に推測 した。 第3
部 と しては、その ような原生 自然が 人間活動 に よって どの ように変化 したのか を見てい くこととした。 この授 業 と平行 して、著者 は調査 した フ ィッシャーに 程近 い、南城市玉城 、仲村渠 に在住 の古 老 よ り、かつ52
盛D満 :沖縄島南部
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万年史の授業化の試み ての農村の生活 について聞 き取 り調査 をお こなった。 この中で、 この 「しま」 は稲作 が盛 んであ った こと。 稲作のほかにイモが米の補助作物 と して栽培 されてい たこと。稲作 とな らんでサ トウキ ビの栽培がお こなわ れていたこと、などを聞 き取 っていった。特 に重要 に おもわれたのが、狭い上地 を有効利用する方法である。 この 「しま」では、湧水 を稲作の水源 に していた。 こ の湧水の湧 き什=ノロか ら流路 にそって田んぼが続 き、 流路か らはずれた場所 は畑 とされた。 さらに斜面の石 灰岩地は耕作地 にはな らないため、田んぼに使用す る 緑肥用の樹木の生 える樹林帯 と して利 用 されていた。 授業においては、この聞 き取 り調査 を元 にい くつかの 教材 を考 え、使用 した。生徒 たちは農業体験 も無 けれ ば、かつての薪で くらす生活 も想像つ きがたい。そ こ で生徒たちが この聞 き書 きを理解す るためには、い く ぼくかの工夫 を必要 と した。 まず、自分 たちの食生活 とかつての農村の食生活 を比較 し、実際 に豆腐 をつ く るといった実習 も含めなが ら、授業 を展開 してい くこ ととした。その中でなぜ現在の南部では田んぼが見 ら れなくなって しまったのか、その なかで 自然 は どの よ うに変化 したのか を考 えていった。 また、かつての 自 給自足社会においては、「しま」周辺 に見 られる植物 を 識別 し、「しま」独 自の名称 を与 え、その利用法 を伝承 していたことを、植物地方名の字引 を使 いなが ら、植 物利用の聞 き書 きに登場す る植物名 を翻訳する作業の 中から読み取 って もらった。 授業の総括 と考察 受講 した生徒の一人の感想 を紹介する。 「一つの化石か らその世界 を想像す ることがで きる らしい。知 ってることが多ければ、細かい ところまで 想像で きるのか もしれない と思 った。 カタツム リの大 きさを測 ることで見えて くるモ ノがあるなんて不思議 でならない。想像力 を広 げるための知識 を持 ちたい と 思 った。農業がな くなった ときに労働歌 としての本物 のユ ンタは消 えている とゲ ッチ ョ (注 、筆者の こと) が言 った。歌 も化石 になる らしい。いろんなモ ノが化 石 になる。それは失 われる とい うよ り変化 してい くこ との ような気がす る。 自分 の身の周 りの動植物 に自分 で名前 をつけた ら楽 しそ うだ。 自分の シマが少 しずつ 広がってい く。 (以下、略)
」
この文章 には授業で出会 ったことを、彼が 臼分の中 で縦横 に再構成 している さまが読み取れる。 また現在 自分が生活 している環境 を 「しま」 として認識 し始め たことも見て取れる。 当初 は、 フ ィッシャーの化石や陸貝の計測結果 を、 自分たちで論文形式 にまとめる、 とい う学習内容 も考 えていたのだが、授業 を進める うちに、生徒 たちの興 味 はそこにはない とい うことを感 じ、そのカ リキュラ ムは取 りやめた。授業 をや りつつ授業者である著者が もっ とも感 じたのは、生徒 たちの現在の くら しか ら離 れて しまうと、地域 の 自然 の変化 の話 も、彼 らに とっ て、単 なるお話 に しかな らない とい うことだった。つ ま り今 回報告す る内容 は、あ くまで学習の前段階であ り、 自分 たちの今の生活 と、 この 1万年 とい う時間の 中での 自然 の変化が どうつなが っているのか とい うこ とこそ、 もっとも重要な学習 になるとい うことである。 日常の中か ら自然 とのかかわ りが な くな り、その こと か ら自然 に対 しての興味や知識 も失 われている現代社 会に くらす子供たちにとって、原生的な自然 をさぐり、 かつての 自然体験 の知恵 を伝 える先 に、何 を見せ るの か。それこそが、今後の環境学習が探 ってい くべ きテ ーマであると考 える。 引用文献Azuma,Y.2007.Threenew spec】esorfossJlterrestrlalMoHusca rrom FissuredepositswithintheRyukyuLimestonelnOkinawa andYoronis)ands,Japan.PaleontologJCalResearchJJ(3):23ト 249. 知念盛俊 1989.佐 敷 町産陸棲 貝類,佐 敷 町 史 三 自然 (佐敷 町 史 編集委 員会).324-334. 佐 敷 . 国府方吾郎 ・横 田昌嗣.2007.琉球列 島の絶滅危倶植物- ヒメ シ ョウ ジ ョウバ カマ を例 に- 」司立科 学博 物 館 ニ ュ ー ス.461. 12-13.
「地域研究」5
号
2009年3月 直 垂 ) 中村泰之.2005.沖縄 島南 部 の フィッシャーか ら産 出 した両生類 tenuimanus(MIYAKE&M]NEl,1965)化 石 の 種 構 成 .琉 球 大 学 大 学 院 理 工 学 研 究 科 修 士 論 文 (DECAPODA,BRACHYURA,POTAMIDAE)from OklnaWa .67pp Island,CentralRyukyus,Japan・Crus【aceana7(I(10):1211 -Naruse,T.,Karasawa,H.,Shokita,S.,Tanaka,T.andMorlguti,M. 1218.