総
説
名 古 屋 市 立 大 学 看 護 学 部 紀 要 第14巻2015高 地 に お け る酸 素 解 離 曲 線 の 移 動
− 右方移動 と左方移動、 どち らが有利か?−
薊隆
文
名古屋市立 大学 看護 学部病態学(麻 酔学)
要
約
高 地 で の 低 酸 素 環 境 に対 応 す るた め 、 ヒ トは様 々 に適 応 して い る。 そ の 一 つ が 酸 素 の 利 用 効 率 を 高 め るた め の
酸 素 解 離 曲 線 の 移 動 で あ る。 当 初 右 方 移 動 が 有 利 と考 え られ て いた が 、 左 方 移 動 の 優 位 性 が 示 され つ つ あ る。 こ
の 混 乱 を 解 消 す るた め に は、 右 方 移 動 と左 方 移 動 の 選 択 基 準 が 、 動 脈 と静 脈 の 酸 素 飽 和 度 の 較 差 を 維 持 す る こ と
と静 脈 血 の 酸 素 分 圧 を 維 持 す る こ と にあ る と考 え る と理 解 しや す い 。 ヒ トは右 方 移 動 と左 方 移 動 を 低 酸 素 の 程 度
に よ って 使 い 分 けて い る と考 え て も よい だ ろ う。
キ ー ワ ー ド:高 地 、 酸 素 解 離 曲 線 、 右 方 移 動 、 左 方 移 動 、PvO2、SvO2● は じ め に
血 液 の 中 の 酸 素 は 、 そ の ほ とん ど が ヘ モ グ ロ ビ ン
(Hb)に
結 合 して 組 織 へ 運 搬 さ れ る。Hbは
肺 で は酸 素
を 取 り込 み(結
合)、 組 織 で は 酸 素 を受 け渡 して い る
(放 出)。 この 結 合 の程 度 は酸 素 解 離 曲線(oxygen
dis-sociation curve)に
よ って 説 明 され る。Hbは
生 体 の 酸
素 の 需要 に 応 じて 、結 合 の程 度 を 変 化 させ るが 、 この こ
とに伴 う酸 素 解 離 曲 線 の 変動 は、 右 方 移動 ・左 方 移 動 と
呼 ば れ て い る。 酸 素 環 境 が 厳 しい 高 地 で の 右 方 移 動 と左
方 移 動 につ い て は これ まで に多 くの議論 が な され て きた。
当初 は右方 移 動 す る もの と考 え られ て い た が 、 近 年 、 左
方 移 動 の優 位 性 が示 され つ つ あ る。 右方 移 動 と左 方移 動 、
な ぜ 、 混 乱 を きた した の だ ろ うか?ま た 、 果 た して どち
らが 有利 な の で あ ろ うか?
■ 用 語 の 説 明 と 言 葉 の 定 義1 ・酸 素 に 関 係 す る 記 号 PaO2(mmHg):動 脈 血 の 酸 素 分 圧 SaO2(%):動 脈 血 のHbの 酸 素 飽 和 度 CaO2(ml/dl):動 脈 血 酸 素 含 量 、 動 脈 血1dl 中 に 含 ま れ る 酸 素 の 量(ml) PvO2(mmHg):静 脈 血 の 酸 素 分 圧 SvO2(%):静 脈 血 のHbの 酸 素 飽 和 度 CvO2(ml/dl):静 脈 血 酸 素 含 量 、 静 脈 血1dl 中 に 含 ま れ る 酸 素 の 量 DO2(ml/min):酸 素 運 搬 量 、1分 間 に 運 ば れ る 酸 素 の 量VO2(ml/min):酸
素 摂 取 量 、 酸 素 消 費 量 、1分 間
に肺 か ら取 り込 まれ る酸 素 の 量 、1分 間 に
組 織 に受 け渡 され る(消 費 さ れ る)酸 素 の 量
■ 用 語 の 説 明 と 言 葉 の 定 義2 ・酸 素 の"取 り込 み":こ こ で は 、Hbの 酸 素 と 結 合 が 強 くな る こ と で 、 外 気 か ら肺 胞 を 通 して 血 液 中 に 酸 素 が 取 り込 ま れ る こ と(図1(b))。 ・酸 素 の"受 け 渡 し":こ こ で は 、Hbの 酸 素 と の 結 合 が 弱 く な る こ と で 、 血 液 か ら組 織 に 酸 素 が 受 け 渡 さ れ る こ と(図1(b))。 ・酸 素 解 離 曲 線:PO2に 対 す るHbの 酸 素 飽 和 度 を 表 した 曲 線(図2)。 ・高 地:高 山 病 の 危 険 が 高 ま る海 抜2500m以 上 を 高 地 と 呼 ん で い る 。 高 地 で は 酸 素 濃 度 は 平 地 と 同 じ で あ る が 、 気 圧 が 低 下 す る た め に 酸 素 分 圧 が 低 下 して 低 酸 素 環 境 と な る 。 こ の 低 酸 素 環 境 に よ っ て 高 地 で 生 じ る 肺 水 腫 を 高 地 肺 水 腫 と 呼 ん で い る 。 ・酸 素 解 離 曲 線 の"右 方 移 動"と"左 方 移 動":生 理 的 な 条 件 の 変 化 で 、 同 じPO2で あ っ て もpH、 二 酸 化 炭 素 分 圧(PCO2)、 温 度 な ど の 影 響 で 、 Hbの 酸 素 と の 結 合 性 、 す な わ ち 酸 素 飽 和 度SO2 が 変 わ る 。 す る と 、 図 の 上 で は 、 あ た か も曲 線 が 右 側 や 左 側 に 移 動 した よ う に 見 え る(図3)。 ・酸 素 の 移 動 が"有 利":与 え ら れ た 環 境 で 、 よ り 効 率 よ く酸 素 の 取 り 込 み と 受 け 渡 しが 可 能 に な る こ と。 例 え ばPaO2が 一 定 でSaO2が 高 く な る こと 、PvO2が 一 定 と 仮 定 し た 時 にSaO2とSvO2の 差 が 大 き く な る こ と(図3)。 ま た 、 組 織 か ら ミ ト コ ン ド リ ア ま で の 酸 素 の 拡 散 を 考 え た と き(図 1(a))、PvO2が よ り高 い こ と な ど 。 ● 酸 素 の 運 搬 酸 素 は 血 液 に 溶 解 し、 多 くはHbと 結 合 し、 血 流 に の っ て 組 織 へ 運 ば れ る 。 し た が っ て 、 酸 素 の 運 搬(oxygen delivery:DO2)は 、 肺 で 血 液 に 溶 解 し う る 酸 素 を ど れ だ け 供 給 し(動 脈 血 酸 素 分 圧:PaO2)、 そ の 酸 素 を ど れ だ けHbに 結 合 さ せ(動 脈 血 酸 素 飽 和 度:SaO2)、Hb が ど れ だ け 存 在 し、 そ して 心 臓 が ど れ だ け 血 流 を 送 る か (心 拍 出 量:CO)と い う、 こ れ ら の 点 に 依 存 す る こ と に な る 。 式 で 表 す と 、 DO2=CaO2×CO(ml/min)と な る 。 こ こ で 、 CaO2:動 脈 血 酸 素 含 量(Hbに 結 合 し た 酸 素 と 溶 存 酸 素 の 合 計 の 濃 度) CaO2=1.34※ ×Hb×SaO2+0.0031×PaO2(ml/dl) (※1.32、1.39と す る こ と も あ る) SaO2:動 脈 血 酸 素 飽 和 度(%) Hb:Hb濃 度(g/dl) で あ る 。 こ こ で 、Hbに 変 化 が な く、 溶 存 酸 素 に 関 与 す る 部 分0.0031×PaO2は 小 さ い の で 省 略 す る と、 酸 素 運 搬 量 ・・動 脈 血 酸 素 飽 和 度 × 心 拍 出 量 と な り 、 酸 素 運 搬 量 は 呼 吸 と 循 環 に 依 存 す る が 、 本 稿 で は こ の う ち 呼 吸 の 要 素 で あ る 酸 素 飽 和 度 に つ い て 論 じて い る 。
● 酸 素 の 取 り 込 み
(1)肺胞 気 式
酸 素 は肺 で 単 純 な 拡 散 によ って 血 液 に取 り込 まれ る
(図1(b))。 拡 散 は圧 力 較 差 に依 存 す るの で 、 運 ば れ て
く る 静 脈 血 の 酸 素 分 圧(PvO2)と
肺 の 酸 素 分 圧
(PAO2)の
差 が 大 き い ほ ど有 利 で あ る。PAO2は
肺 胞
気 式 と呼 ば れ る以 下 の 式 で 与 え られ る。
PAO2=PIO2-PaCO2/0.8(mmHg)(0.8は 呼 吸 商) こ こ で 、 PIO2:大 気 の 酸 素 分 圧 、0.21×(PB-47)(mmHg) (47は 水 蒸 気 圧) PB:大 気 圧 で あ る 。 こ の 式 か ら わ か る よ う に 、PAO2はPIO2とPaCO2 に 依 存 す る 。 高 地 で は 大 気 圧PBが 低 下 す る た め PIO2が 低 下 す る 。 し た が っ てPaCO2を 低 下 さ せ る こ と でPAO2を 上 げ る 反 応 、 す な わ ち 過 換 気 が 起 こ る 。 吸 い 込 む 空 気 の 酸 素 が 薄 い(濃 度 は21%で 平 地 と 同 じ、 気 圧 が 低 い た め)の で 、 よ り 多 く空 気 を 吸 い 込 む こ と で 酸 素 を よ り 多 く吸 い 込 み 、 二 酸 化 炭 素 を よ り多 く吐 く こ と で 、 肺 胞 の 酸 素 を 濃 くす る こ と が で き る 。(2)酸素 摂 取 量(肺 胞 か ら血 液 へ の 酸 素 の 取 り込 み 量)
VO2
肺 胞 か ら血 液 に取 り込 ま れ る酸 素 の量 をVO2と
呼
び 、 吸 気 と呼 気 の 酸 素 濃 度 の 差 に換 気 量(厳 密 に は肺
胞 換 気 量)を 乗 じた 以 下 の 式 で あ らわ され る、
VO2=VA×(FIO2-FAO2)(ml/min) こ こ で 、 VA:肺 胞 換 気 量(l/min.) FIO2:吸 気 の 酸 素 濃 度 FAO2:呼 気 の 酸 素 濃 度 で あ る 。 後 述 す る が 、 定 常 状 態 で は こ の 酸 素 の 取 り込 み 量 は 、 血 液 か ら組 織 へ の 酸 素 の 受 け 渡 し量 に 等 しい 。● 酸 素 の 受 け 渡 し
(1))酸
素 消 費 量(血 液 か ら組 織 へ の 酸 素 の 受 け渡 しの量)
VO2
肺 で 血 液 に取 り込 まれ た 酸 素 は組 織 に運 搬 され 、 組
織 に受 け渡 さ れ消 費 され る(図1(b)))。
定 常 状 態 で は
この 「
酸 素 の 受 け渡 し」 と肺 か ら血 液 へ の 「
酸 素 の 取
図1酸 素 分 圧 の 変 化 ・酸 素 の 取 り込 み と 受 け 渡 し (a):大 気 か ら、 ミ トコ ン ド リア まで の 酸 素 分 圧 の 変 化 (b):酸 素 の 取 り込 み(酸 素 摂 取 量)と 酸 素 の受 け渡 し(酸 素 消 費 量) 肺 胞 と静 脈 との 問 の 酸 素 分 圧 較 差 で、 酸 素 の取 り込 み が 行 わ れ 、 動 脈 の 分 圧 とな り組 織 に運 ば れ る。 動 脈 と組 織 との 間 の酸 素 分 圧 較 差 で、 酸 素 の 受 け渡 しが 行 わ れ 、 静 脈 の 分 圧 と な り肺 に運 ば れ る。 この 静 脈 の 分 圧(≒ 組 織 の分 圧)が 細 胞 ・ ミ トコ ン ド リア ま で の 拡 散 を 行 う。り 込 み 」 は 等 しい 。 こ の 酸 素 の 受 け 渡 しの 量(酸 素 の 消 費 量)もVO2と 表 さ れ る 。 こ れ は 組 織 に 運 搬 し た 酸 素 の 量DO2と 心 臓 に 戻 っ て き た 酸 素 の 量 と の 差 で 、 以 下 の よ う に 式 で 表 す こ と が で き る 。 VO2=DO2− 心 臓 に 戻 っ て き た 酸 素 の 量(ml/min.) こ こ で DO2=CaO2×COで あ っ た の で 、 心 臓 に 戻 っ て き た 酸 素 の 量 は 同 じよ う に 、 心 臓 に 戻 っ て き た 酸 素 の 量=CvO2×CO で あ る 。 こ こ で 、 CvO2:中 心 静 脈 血 の 酸 素 含 量(ml/dl) CvO2=1.34×Hb×SvO2+0.0031×PvO2(ml/dl) SvO2:中 心 静 脈 の 酸 素 飽 和 度(%) PvO2:中 心 静 脈 の 酸 素 分 圧(mmHg) で あ る。 以 上 か ら 、 結 局VO2は 、 以 下 の よ う に 表 さ れ る 。 VO2=DO2心 臓 に 戻 っ て き た 酸 素 の 量 =CaO2xCO‐CvO2×CO =(1.34×Hb×SaO2+0 .0031×PaO2)×CO ‐(1.34×Hb×SvO 2+0.0031×PvO2)×CO =1.34×Hb×(SaO2‐SvO2)×CO (※PaO2、PvO2の 項 は 十 分 小 さ い の で 省 略) と な る 。 こ の 式 か ら 、Hb、 心 拍 出 量CO、 そ し て SaO2が 一 定 な ら ば 、 中 心 静 脈 の 酸 素 飽 和 度 で あ る SvO2が 低 い ほ うがVO2(こ こ で は 、 血 液 か ら組 織 へ の 酸 素 の 受 け 渡 し)が 多 くな る こ と が わ か る 。 言 い 換 え る と 「酸 素 の 受 け 渡 しが 有 利 で あ る 」 と い う こ と に な る 。PO2の 低 い 組 織 に お い て 、 同 じPO2でSO2を 低 く して 受 け 渡 しの 効 率 を あ げ て い る 。 (2)静脈 血 酸 素 飽 和 度:SvO2 一 方、 こ の 式 は 、 以 下 の よ う に 書 き 換 え られ る 。 SvO2=SaO2‐VO2/(1.34×Hb×CO) こ の 式 か らわ か る よ う に 、SvO2は 、SaO2、VO2、 Hb、 そ してCOの 関 数 で 、 そ の 正 常 値 は75%で あ る 。 SaO2の 正 常 値 は ほ ぼ100%な の で 、 送 っ た 酸 素 の わ ず か25%し か 使 用 せ ず75%を 戻 す と い う無 駄 な こ と を 行 っ て い る こ と に な る が 、 こ れ は 不 測 の 事 態 に 備 え て の 予 備 力 と考 え ら れ て い る 。 健 常 者 で は 、 た と え ばHbが 多 少 低 く て も 、 代 謝 が 嵩 じ てVO2が 増 大 し て も 、 あ る い は 呼 吸 が 悪 く な っ てSaO2が 低 下 し た 場 合 も、 心 拍 出 量 を 増 大 さ せ る こ と で 、 第2項 の 部 分VO2/
(1.34×Hb×CO)の
増 大 を 抑 えSvO2は
ほ ぼ正 常 に 保
た れ て い る。 しか し重 症 患 者 で 、 た とえ ば 心 拍 出 量 そ
の ものが減 少 して いた り、心 拍 出量 の増 大 が不 十分 だ っ
た りす る とSvO2が 低 くな る。 そ の た めSvO2は 重 症 患
者 の 管 理 の 指 標 と して も用 い られ て い る。 「SvO2を 低
くす る こ と は酸 素 の 受 け渡 しに は有 利 で あ る」 との べ
て きた が 、 そ れ は必 要 に迫 られ て の 結 果 で あ る と考 え
られ る。
● 酸 素 解 離 曲 線
(1)酸素 解 離 曲 線
酸 素 がHbに
どれ だ け十 分 に 結 合 して い る か を 表 し
た もの が 、 酸 素 飽 和 度 で あ る。 健 常 人 で は平 地 で の
SaO2は97-98%で
あ る。 これ は、Hbに
結 合 し う る最
大 量 の酸 素 の97-98%が
結 合 して い る こ とを意 味 す る。
酸 素 飽 和 度 は、 血 液 の 酸 素 分 圧 と密 接 に関 連 して い る
が 、 単 純 な 比 例 関 係 で は な く、 そ の関 係 はS状 の 曲 線
を 描 く。 これ を酸 素 解 離 曲 線 と呼 ん で い る(図2)。
酸 素 分 圧 の 高 い 環 境 で はよ り結 合 しや す く、 低 い 環 境
で はよ り結 合 しに くい(言 い 換 え る と酸 素 を 放 出 しや
す い ・受 け渡 しや す い)こ とを表 して い る。 生 体 で は、
よ り高 い 環 境 と は肺 で あ り、 よ り低 い環 境 と は組 織 で
あ る。 つ ま り、 肺 で 酸 素 を よ り多 く取 り込 ん で 、 組 織
で よ り多 く放 出 で き る仕 組 み とな って い る。
(2)酸素 解 離 曲 線 の 右 方 移 動 ・左 方 移 動
また 、 この 酸 素 解 離 曲 線 は、 状 態 に応 じて 、 右 側 あ
るい は左 側 に移 動 す る こ とが 知 られ て い る。 例 え ば 熱
が あ る と き は代 謝 が亢 進 して い るの で 、 よ り多 くの 酸
図2酸 素 解 離 曲 線(Oxygen Dissociation Curve:ODC) 健 常 人 の 平 地 で の 正 常 値 は 、PaO2=100mmHg、SaO2=96-98 %、PvO2=40mmHg、SvO2=75%、SaO2=50%の と き のPO2で あ るP50=27mmHg
グ レ ー 両 矢 印:動 脈 と 静 脈 の 酸 素 飽 和 度 の 差(SaO2-SvO2較 差)で 組 織 に 酸 素 が 受 け 渡 さ れ る 。
素 を 必 要 と す る 、 した が っ て 組 織 に よ り 多 くの 酸 素 を 受 け 渡 す 必 要 が あ る 。 こ の と き 、 酸 素 解 離 曲 線 が 右 方 移 動 して い る と 、 酸 素 分 圧 が 低 い 組 織 に お い て 同 じ酸 素 分 圧 で よ り 酸 素 を 放 出 しや す くな る た め 、 よ り 多 く の 酸 素 を 受 け 渡 す こ と が で き る(図3の 黒 両 矢 印)。 酸 素 を よ り 多 く必 要 と す る 運 動 時 に も 同 様 な こ と が 起 こ る 。 酸 素 が 足 り な くな る と 嫌 気 性 代 謝 が 進 ん で 、 ア シ ド ー シ ス が 進 行 し、pHが 下 が る 。 し た が っ て こ の 時 も 、 酸 素 を よ り 多 く受 け 渡 す 必 要 が あ る 。 酸 素 が よ り 多 く 必 要 な 環 境 で は 結 果 と してCO2も よ り 多 く 産 生 さ れ る 。 し た が っ てCO2の 増 大 も右 方 移 動 を 促 す 。 ま た 、 赤 血 球 中 に は2,3-ジ ホ ス ホ グ リ セ リ ン 酸 (2,3-diphosphoglycerate:2,3-DPG)と い う物 質 が あ り 、Hbと 酸 素 と の 親 和 性 に 関 与 し て い る。2,3-DPG は 低 酸 素 環 境 で 生 じ る 嫌 気 性 解 糖 の 中 間 代 謝 産 物 で あ る 。2,3-DPGが 増 大 す る とHbと 酸 素 の 親 和 性 が 低 下 し右 方 移 動 す る1)、2)。 ま と め る と 、 酸 素 解 離 曲 線 が 右 方 移 動 す る の は 、 体 温 の 上 昇 、 運 動 時 、pHの 低 下 、CO2の 増 大 、 そ して 2,3-DPGの 増 大 、 が 生 じ た 時 で あ る 。 反 対 に 左 方 移 動 す る の は 、 低 体 温 、pHの 上 昇 、CO2の 減 少 、 そ し て2,3-DPGの 減 少 し た 時 と い う こ と に な る3)。 右 方 移 動 した と き は 、 酸 素 分 圧 の 低 い 環 境 す な わ ち 組 織 で 酸 素 を よ り 多 く受 け 渡 す が 、 酸 素 分 圧 の 高 い 環 境 す な わ ち 肺 で は 酸 素 を 取 り 込 み に く くな っ て い る 。 反 対 に 左 方 移 動 し た と き は 、 肺 で 酸 素 を よ り多 く取 り込 め る が 、 組 織 で は 酸 素 を 放 出 し に く くな っ て い る 。 酸 素 解 離 曲 線 の 移 動 の 程 度 はP50と い う 指 標 で 表 さ れ る 。P50と は 、 酸 素 飽 和 度(SO2)が50%の と き のPO2を 表 す 。 「P50 が 増 大 した 」 と い う こ と は 「右 方 移 動 」 を 表 して い る (図3)4)。 図3酸 素 解 離 曲 線(平 地) 実 線:pH=7.40の 正 常 時 、 点 線:右 方 移 動 、 破 線:左 方 移 動 黒 矢 印:温 度 上 昇 、pH増 大 、CO2増 大 、2,3-DPG増 大 で右 方 移 動 白 矢 印:温 度 低 下 、pH減 少 、CO2減 少 、2,3-DPG減 少 で左 方 移 動 PvO2に 変 化 が な い と仮 定 す る と、 右 方 移 動 は 動 脈 と静 脈 の 酸 素 飽 和 度 の 差 が 大 き くな る(黒 両 矢 印)、P50は 増 大 す る。 左 方 移 動 は動 脈 と静 脈 の酸 素 飽 和 度 の差 が小 さ くな る(白 両 矢 印)、P50は 減 少 す る。
● 高 地 で の 反 応
高 地 の 低 酸 素 環 境 で は、 まず 化 学 受 容 体 が 反 応 して 過
換 気 と な る。PaCO2が
低 下 し、pHが 増 大 して 、 酸 素 解
離 曲 線 は左 方 移 動 す る。 そ の後 、 腎 臓 で のH+の 再 吸 収
が促 され アル カ リ性 に傾 いたpHを
戻 す 反 応 が進 む、1
2日 後 、pHの
変 化 に反 応 して2,3-DPGが
増 加 す る。 こ
の 増 加 に よ って 酸 素 解 離 曲 線 は右 方 移 動 す る。 エ リス ロ
ポ イ エ チ ンの増 加 に伴 うHbの
増 大 は さ らに遅 れ て1週
間 後 か ら生 じる。 で は、 結 局 の と こ ろ酸 素 解 離 曲 線 は ど
ち らに移 動 して い るの で あ ろ うか?
● 高 地 で の 酸 素 解 離 曲 線 の 移 動
(1)右方 移 動 が 有 利 で あ る
高 地 にお け る生 体 の 反 応 の 研 究 ・調 査 は1900年 代 の
初 期 か ら行 わ れ 、 多 くの 報 告 が な され て きた 。 近 年 に
お い て も高 値 の 低 酸 素 環 境 で は右 方 移 動 が 有 利 で あ る
との 報 告 も多 い5-9)。 これ らの 多 くは、2,3-DPGが
増
大 して、 酸 素 解 離 曲 線 を 右 方 移 動 させ 、SvO2を
低 下
させ 、 受 け渡 しを しや す くす る こ とが 根 拠 とな って い
る。
低 酸 素 環 境 の 高 地 で は、 酸 素 を 受 け渡 しや す い方 が
有 利 で あ る と考 え られ る。 す な わ ち右 方 移 動 が 有 利 で
あ る。 静 脈 血 酸 素 分 圧(PvO2)は
組 織 の 酸 素 分 圧 と
同 等 と考 え られ て い る(図1(a))の
で 、 確 か に、 図3
で は同 じPvO2で
も右 方 移 動 の 場 合 の方 がSvO2が
よ り
低 くな って 酸 素 を受 け渡 しや す くな って い る。 反 対 に、
酸 素 の 取 り込 み にお いて は、 前 述 した よ う に過 換 気 で
CO2を 低 下 させ た方 が有 利 で あ る、 これ は左 方 移 動 を
促 す 。 しか し、 こ の 環 境 で は左 方 移 動 して も、 同 じ
PaO2でSaO2は
ほ とん ど変 化 な く、 一 方 、 同 じPvO2
で はSvO2が 上 昇 して し ま うた め 、 左 方 移 動 は か え っ
て 効 率 が 悪 い こ と に な る(図3の
白両 矢 印)。PvO2が
一 定 の と き
、 右 方 移 動 は、 左 方 移 動 に比 べ て 縦 の 矢 印
で 表 した動 脈 と静 脈 の酸 素 飽 和 度 較 差 が 大 き く、Hb
や 心 拍 出 量 が 変 わ らな けれ ば 、 酸 素 の 受 け渡 し量 が 大
き くな って い る。酸 素 の運搬 が減 少 す る低 酸 素 環 境 で、
少 しで も酸 素 の 受 け渡 しが しや す い方 が 有 利 で あ る と
考 え られ る。 教 科 書 に も長 年 この よ う に記 載 され て い
る。 貧 血 や 心 拍 出 量 の 低 下 な ど に よ る酸 素 の 運 搬 の 低
下 時 に は、 実 際 この 図3の
よ う に右 方 移 動 す る こ と に
よ って 代 償 で き るの で 効 率 が よ い。 しか し、 高 地 の 低
酸 素 環 境 で は事 情 が 異 な るの で はな いか と い う疑 問 が
生 じた 。 高 地 に お け る 状 況 は 魚 類 な ど 他 の 動 物 の 低 酸 素 環 境 の そ れ と 似 て い る と い う の で あ る10)。 (2)左方 移 動 が 有 利 で あ る 胎 児 の 環 境 は 低 酸 素 で あ り 、 高 地 の 状 況 と 似 て い る と い っ て も よ い 。 そ の 胎 児 のHbは 成 人 のHbに 比 較 し左 方 に 移 動 して い て 低 酸 素 環 境 で 、 よ り 酸 素 と の 結 合 性 を 高 め て 、 同 じ酸 素 分 圧 で 母 体 のHbか ら酸 素 を 奪 い と る こ と が で き る 。 つ ま り 、 左 方 移 動 は 低 酸 素 環 境 で よ り 多 くの 酸 素 を 取 り 込 む こ と が で き る 。 ま た 、 高 地 で のPvO2は 平 地 の そ れ よ り か な り 低 く な っ てS 字 カ ー ブ の 平 坦 な 部 分 に 近 づ くの で 、 右 方 移 動 して も そ の 利 点 は 少 な くな る 。 そ れ な ら左 方 移 動 で 取 り 込 み を 増 大 さ せ た 方 が 有 利 で あ ろ う と い う議 論 は あ っ た11)。 高 地 に す む ラ ク ダ の 一 種 で あ る リ ャ マ や ビ ク ー ニ ャ の Hbは 高 いO2親 和 性 を 持 っ て い る12)。言 い 換 え る と 酸 素 解 離 曲 線 が 左 方 移 動 して い る 。 ま た 、 高 地 に す む あ る 種 の ネ ズ ミで は 、 居 住 地 の 高 度 と 酸 素 の 親 和 性 に 高 い 相 関 が あ っ た(=P50と に 負 の 相 関 が 認 め られ た)13)。 ヒ トで も 、 高 地 の 居 住 者 だ け で な く滞 在 者 も 酸 素 解 離 曲 線 は 左 方 移 動 して い て 、 こ れ は 過 換 気 、pHの 上 昇 、 低 温 の 影 響 が 、2,3-DPGの 増 大 に 打 ち 勝 っ た 結 果 で あ る と い う14)。こ れ ま で 教 科 書 に 説 明 さ れ て い た こ と が 翻 っ た の で あ る15)。 (3)高度 に よ る 右 方 移 動 ・左 方 移 動 の 選 択 実 は 、 居 住 地 の 高 度 に よ っ て 反 応 が 異 な り16)、高 度 5000mま で は 右 方 移 動 、 そ れ を 超 え る と左 方 移 動 が 有 利 で あ る17)。理 論 的 に は 酸 素 の 受 け 渡 し を 効 率 化 す る た め に は 酸 素 解 離 曲 線 の 急 峻 な と こ ろ を 利 用 す る こ と が 重 要 で あ る 。Hbや 心 拍 出 量 が 一 定 の と き に 、 同 じ 動 脈 と 静 脈 の 酸 素 飽 和 度 較 差 を 維 持 す る こ と を 考 え て み よ う 。 図4は 中 等 度 の 高 地 の 場 合 で あ る が 、 右 方 移 動 の ほ う が 曲 線 の よ り 急 峻 な 部 分 を 利 用 で き る 。 組 織 で の 酸 素 の 移 動 も 肺 と 同 じ よ う に 拡 散 に よ っ て 行 わ れ る が 、 そ の た め に は あ る 程 度 高 いPvO2が 必 要(図1 (a))で あ る 。 中 等 度 の 高 地 で は 、 右 方 移 動 の 方 がPv O2が 高 い 。 一 方 、 極 度 の 高 地 で は ど う で あ ろ う か? 図5は 極 度 の 高 地 の 場 合 で あ る 。 こ こ で はPaO2= 20mmHgと な っ て い る が 、 エ ベ レ ス トの 山 頂 付 近 で の PaO2は こ れ よ り 低 く な り う る18)。 こ う な る と 動 脈 と 静 脈 の 酸 素 飽 和 度 較 差 が 同 じ場 合 に 、 左 方 移 動 の ほ う が 急 峻 な 部 分 を 利 用 で き 、PvO2を 高 く 保 つ こ と が で き る19)、20)。す で に 、 別 の 研 究 で 高 地 もP50の 増 大(つ ま り右 方 移 動)の 有 効 性 に 疑 問 が 持 た れ 、PaO2が 極 度 に 低 い と 左 方 移 動 の 方 がPvO2を 増 大 さ せ る か も し れ な い と い わ れ て い た21)。 低 酸 素 環 境 で の 左 方 移 動 の 利 点 と そ の 根 拠 を ま と め る と、 酸 素 解 離 曲 線 の 急 峻 な 部 分 を 利 用 で き る こ と と、 動 脈 と静 脈 の 酸 素 飽 和 度 較 差 が 同 じ場 合 にPvO2を 高 く保 て る こ と21)、22)の2点で あ る と い う こ と が で き る。 図4酸 素 解 離 曲 線(中 等 度 の 高 地) 実 線:正 常 時 、点 線:右 方移 動 、 破 線:左 方 移 動 中 等 度 の 高 地 で は、 動 脈 と静 脈 の酸 素 飽 和 度 の 差 が 同 じで あ る と仮 定 す る と、 右 方 移 動 の ほ うが酸 素 解離 曲 線 の 急 峻 な 部 分 を利 用 で き、 効 率 が 良 い 。 ま た 、PvO2を よ り高 く保 つ こと が で きる。 白 両 矢 印:左 方 移動 の と きの動 脈 と静脈 の 酸 素 飽 和 度 の 差 黒 両 矢 印:右 方 移動 の と きの動 脈 と静 脈 の 酸 素 飽 和 度 の 差 (文 献21)、22)を 参 考 に して 作 図) 図5酸 素 解 離 曲 線(極 度 の 高 地) 実 線:正 常 時 、 点 線:右 方 移 動 、 破 線:左 方 移 動 極 度 の 高 地 で は、 動 脈 と静 脈 の酸 素 飽 和度 の 差 が 同 じで あ る と仮 定 す る と、 左 方 移 動 の ほ うが酸 素 解 離 曲 線 の 急 峻 な 部 分 を 利 用 で き、 効 率 が 良 い 。 ま た 、PvO2を よ り高 く保 つ こ とが で きる。 白 両 矢 印:左 方 移 動 の と きの 動 脈 と静 脈 の 酸 素 飽 和 度 の 差 黒 両 矢 印:右 方 移 動 の と きの 動 脈 と静 脈 の 酸 素 飽 和 度 の 差 (文献21)、22)を 参 考 に して 作 図)