イスタンブルは誰のもの? -- ゲジェコンドゥと都
市再開発 (特集 世界の住まい・今)
著者
村上 薫
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
191
ページ
30-31
発行年
2011-08
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00004181
一九九〇年代半ばのアンカラ留 学時代、よく泊めてもらった友達 の家は、バス通りから少しなかに 入った斜面の途中にあった。居間 と台所、寝室がひとつの狭い平屋 で、冬は地面から湿気があがって 底冷えがし、夏はたてつけの悪い 戸や窓から虫が入ってきた。コン クリートの建物が密集するアンカ ラでは珍しく、家の周りは土と緑 のにおいがした。ぶどうを這わせ たバルコニーでお茶を飲み、煙草 を ふ か す。 庭 先 で 野 菜 を つ く り、 花を育てる。彼女の家はゲジェコ ンドゥだった。
●ゲジェコンドゥ
ゲジェコンドゥとはトルコ語で 「 一 夜 建 て 」 を 意 味 し、 農 村 か ら の移動者がイスタンブルやアンカ ラなど大都市の周縁部の公有地な どを不法占拠して建てた、建築基 準 を 満 た さ な い 低 質 の 住 宅 を 指 す。一九五〇年代ごろから、農村 から都市へ向かう人口移動が本格 化した。だが安価な住宅は数が限 られていたから、都市にたどりつ いた人々は、空き地に小屋を建て て住みついた。政府は、住宅供給 政策をとらずに工業化に必要な労 働力を手に入れられること、また 選挙の票を重視したためにこれを 黙認し、恩赦令を出して居住者の 財 産 権 を 現 状 追 認 的 に 認 め て き た。 自治体も票と引き替えに道路 ・ 水道・電気などの公共サービスを 提供した。その結果、土地と家屋 が一体となった不動産としての資 産価値が上がり、一九七〇年代頃 からは賃貸 ・ 売買の対象となって、 商業的・投機的な性格を強め、移 動者が大家、都市住民が店子とい う 逆 転 現 象 も 起 き る よ う に な っ た。冒頭で紹介した友人は大学を 出て公立病院に技師として勤めて いたが、両親が離婚後、母と妹と ともに父のアパートを出て、公務 員の安月給でも家賃を払えるとい う理由でゲジェコンドゥに移った のだった。 現在「ゲジェコンドゥ」は三種 類に分けられる。第一に、土地の 権 利 証 書 は あ る が 建 物 が 不 法 建 築、第二に、権利証書はないが恩 赦令により建物と土地の利用権が 与えられている、第三に、そのい ずれもない場合である。また外観 も当初の一間の平屋から、縦横に 建て増した結果、アパートとみま がう建物も登場した。たとえば父 親と兄弟が同居して収入をプール し、兄弟一人一人に家が行き渡る まで共同出資で建て増しを続ける といった方法がとられる。こうし た 建 物 で は、 家 の 戸 口 は 別 で も、 とりわけ両親が健在なうちは食事 を両親宅でとる、あるいは昼間母 親と兄弟の妻たちが一緒に過ごす こ と は 珍 し く な い。 ( た だ し 親 族 が同じ建物に住むパターンは、ミ ドルクラスが住むアパートでも見 られる。 )余った家は貸しだせば、 家賃収入が得られる。ゲジェコン ドゥの正確な数は不明だが、ある 調査によれば二〇〇二年にイスタ ンブルの人口の半数以上がゲジェ コンドゥに住むとされる。●都市再開発ブーム
このゲジェコンドゥに今、再開 発の波が押し寄せている。 ここ数年、トルコでは脱集権化 と規制緩和により、自治体が都市 住宅公団や民間企業と組み、大規 模な再開発を進めてきた。とりわ け 中 東 の 金 融 セ ン タ ー で あ り グ ローバルな資本主義経済の結節点 イスタンブルのゲジェコンドゥ。建設現場で働く人も多く、 二階部分を足すくらいは朝飯前。村
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都市再開発
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アジ研ワールド・トレンドNo.191 (2011. 8)となったイスタンブルでは、五つ 星ホテルや高層オフィスビル、富 裕 層 向 け ゲ イ テ ッ ド・ コ ミ ュ ニ ティなどが建設されて、華やかで 現 代 的 な 景 観 が つ く ら れ て き た。 そのために進められたのが、工場 の郊外移転とゲジェコンドゥの撤 去であった。中心部に比較的近い ゲジェコンドゥ地区は市の再開発 計画の対象とされ、住民は立ち退 きを要求され、跡地には富裕層向 けのアパートが建設された。すで に一九八〇年代には、経済自由化 政策により都市の不動産価格が上 昇したため、公有地占拠にたいす るかつての寛容な措置はとられな くなり、新規のゲジェコンドゥ建 築 が 困 難 に な る 一 方、 既 存 の ゲ ジ ェ コ ン ド ゥ は 開 発 業 者 の 手 に よってアパートへの建て替えが進 んだ。だが、現在の再開発は自治 体が音頭をとること、また規模の 大きさを特徴としている。 ゲジェコンドゥの撤去の理由と して持ち出されたのは、ゲジェコ ンドゥ地区はテロ組織が影響力を 伸 ば し や す い 犯 罪 的 な 場 所 で あ り、洪水や地震など災害にたいし ても脆弱だというものだった。ゲ ジェコンドゥを一掃し、整然とし たアパート群に建て替えてそこに 住まわせることにより、住民を災 害やテロ組織の影響から守り、都 市 の 秩 序 に 包 摂 す る こ と が で き る、というのが自治体や公団の主 張である。