彫刻における具象(人体)表現について
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(2) のではないか。. されたり、削られたり、刻まれたりする。何を表現する かは、彫刻家の自然観、人間観に依存している。女性の 優美な美しさ、子供の無邪気な可愛らしさを表現したい. 2.彫刻の造形要素について 彫刻とは、簡単に言えば実在する量を空間に構成し、 その形成体が何かしらの感情を、鑑賞者に与えるもので fM9. という人間の日常の直接的な感情を表現に求める作家も 存在するであろうし、人間の存在について問いかけてい る作家も存在する。いずれの場合においても、 Mooreの. 一般に彫刻の造形要素として、量感(volume)、面. 彫刻観と重なる生命感は必要であると感ずる。人間の形 姿をとっていても生命感のないものは、ただの出来損な. (plane)、動勢.movement)、地肌(texture)、比例・ 均衡(proportion・balance)、色彩(color)等があげら れるが、彫刻家は、各々について独立して考えているわ けではない。自分の表現したいイメージを最もよく表す 方法を、現実のものとして獲得するために利用している のである。そして、それらは彫刻家の造形意志によって. いの人形(人形は人形としての美、あるいは芸術である) か、ただの素材としての材質しか認識できない希薄なも のに陥ってしまう。 生命感とは、非常に感覚的であり、また、鑑賞する側 においても様々な捉え方も可能である。それ故に、到底. 決定される。 同じ量(かさ)の石の直方体であっても、大理石と黒 御影石とを並べてみると、印象が違ってくる。さらには. 説明づけることはできないであろうし、視覚的に直接、 認知され得るものばかりでもない。遅しい肉体が躍動す るようなポーズでつくられているからといって、それが 生命感あふれる彫刻作品であると断言できない。. 同じ量(かさ)の木材の直方体を加えて比較することに よって顕著である。彫刻で重要なのは、物理的、数学的 な量ではなく、感覚的な量、視覚的に心に働きかける "感覚量"でありその強さについて量感があるとかない とかいわれる。. また、生命感は、自然とは切り離すことはできない。 芸術家は、まず自然を形として考え、よく観察し、そし て感じるのである。感じとられたイメージは芸術家の記 憶や全ての感覚に照らし合わされ、類比ないしは、比職. また、同じ面積の面であっても(材質は同じ)よく研 磨された平滑な画と、荒れた面においてもそのことは言 える。彫刻の形態は、面によって決定され、彫刻におけ る面とは、 3点を結んでできる面、あるいは線の平行移 動によってできる面という幾何学的平面の意味だけでは. によって結びつき、形の像(イメージ)として凝結され る。自然から提示される多様な形とは、人間をはじめ、 すべての生命体に有機的な生の充実が現れている。その 生の充実こそが、芸術において自然が絶えず主題として 取り入れられている所以であろう。彫刻として成立して. なく、自立的な彫刻の塊としての表象、空間との境界で ある。その彫刻の表面の地肌や色彩をも含めて面として 囲まれた量を決定付ける。 動勢movementは、単なる形態状の動きではなく、. いる形態は、無生の自然物や人工物も有生化され、あた かも生あるものとして扱われる。実際に生ある対象を主 題としているか否かにかかわらず、感覚的に彫刻作品自 信の内に、生命を有するものとして認識できる。例えば 硬くて冷たく見える石の塊も、彫刻家によって刻まれ彫. 各量の轟きであり、具象(人体)彫刻におけるポーズに よるものではない。両手を上に高く挙げたからといって 伸びやかさを感じる動勢が現れているとか、足を一歩前 に出した方が動勢がより表現できる、という単純なもの ではない。具象(人体)彫刻の場合は特に、塊として捉 えられた量が生命力に満ちており、それらが構成されて 一つのものとして確立されたときに、全体としての動勢 を持つことになる。ただ静かに直立したポーズの彫刻作 品でさえ、強い動勢を感ずることもできる。 彫刻における造形要素である、量感(volume)、面 (plane)、動勢(movement)、地肌(texture)、比例・ 均衡(proportion・balance)、色彩(color)等は、それ ぞれが独立して存在することはなく、複雑に絡み合い統 合されて一つの彫刻作品をつくりあげている。 3.具象(人体)彫刻が求めるもの 前述の造形要素を用いてつくられる形態は、彫刻家の 表現したいイメージをより強く表出するために、肉付け. 刻として成立しているものであれば、それは単なる無生 の物ではなく、生きているものとして何かしらの生命の 悉く力を呈する。そのような感覚は、ある程度の差こそ あれ彫刻の本質として、具象彫刻、抽象彫刻とはず共通 に働くのではないか。 さて、彫刻が、立体としての形態に生命感を携えたも のであるとした。その彫刻がもつ性質は、彫刻の表現と して求めるものを決定する要因である。それは、形態は 当然として形成している素材も関係している。 彫刻には、しばしば存在感があると言われる。彫刻は 実際に三次元の空間を占める存在であり、触れることが 可能なためであるOまた,それに付随して、重量感、不 動感等が挙げられるが、石の塊や大木を素材として利用 していれば、まさしく自明である。しかし、いくら大き な石の塊を使用しても、彫刻的形態とし成立していなけ れば、それらの感じは受け取れず、それは小さな貧弱な 物体になってしまう。却って、物理的には非常に軽いプ. -46-.
(3) 上腕、前腕と大腿、下腿とに分けられる。これらは具象 (人体)彫刻を制作する際の、曲げることのできる部位 としてこれらに方向を与えることによって、ポーズ(人. ラスティックの作品が、不動の力強さで存在しているよ うに、あたかも大きな山のような印象を与えたりもでき る。これらの性質は、モニュメンタルな表現において有 効である。古代の巨石文化に見られるように、また、現 代においても、大きな岩や木を一種のモニュメントとし て、あるいは神として崇めたりすることにも繋がる。 彫刻に限らず、芸術には安定感が必要とされる。人間. 間的な仕草という意味ではない)は概ね決定される。ま た、そのポーズにより人体の各構成部分は、その比例の 取り方が検討される。具象(人体)彫刻における比例は 実際のモデルの尺度ではあり得ないし、その通りその尺 度を取り入れたとしたら破綻が生じてくる。生々しいほ どにモデルを写しとったようにも見える作品にも、多少 なりとも抽象化や誇張の変化がつけられている。直接に 人体を型取りしたものが、完壁な再現であるにもかかわ. は誰でも物理的、精神的に安定を求めている。安定した 感じは、鑑賞する側の心を落ちつかせ、安らぎを与えて くれる。彫刻においては、物理的よりもむしろ感覚的に 安定を求めており、三次元の空間に量を構成する際の、 均衡に密着している。具象(人体)彫刻のなかには、故 意に不安定なポーズをつけ、危機感を想起させるものも あるが、安定感を意識したうえで対峠させ、より安定に ついて感覚を働かせるという意図もある。 彫刻は、常に独立した存在であり、現実に空間を占有 している限りにおいて、特殊な要素、性質を持たざるを 得ない。また、そのような要素、性質を満たした形態で あることだけでなく、設置される空間についても十分な 配慮を必要としている。近年、街中の野外彫刻における 問題も浮上しつつある。そのような意味からも彫刻は、 自然との関わりにおいて、自然の一部として共存してい るといっても過言ではない。. I.具象(人体)彫刻 1.定義 彫刻は、一般には具象と抽象とに大別される。これは 絵画においても適用される。しかし、この区別が現在の 美術の状況においては、無用であると言えるのではない か。造形芸術は「具象」であり、 「抽象」でもある。無 理に区別したとしてもどの程度の形態を留めているかと いう度合いの問題であり、人体の形姿が微塵も残ってい なければ、抽象彫刻であるとも言い切れない。つまり、 具象化を主題とする芸術は、すべて具象的であるといえ る。 そもそも具象という概念は、 20世紀に自然の現実の形 態を再現しない抽象芸術が現れた際に、対抗して従来の 再現的な表現を総括するために使用されだした概念であ る。また、人体の形姿をどんなに忠実に再現したにせよ 完壁な再現ではあり得ないし、他の素材に還元されてい る時点で抽象化のはじまりである。 具象と抽象の定義は、さまざまな見地から議論される ものであり、本稿で扱う具象(人体)彫刻とは、人間の 形態を、視覚的に客観的に把握できるものと限定してお く。. 一般に具象(人体)彫刻を考察するにあたり、可視的 な観点から人体を各構成部分として大別すれば、頭部、 胸部、腰部、上肢、下肢となる。上肢、下肢はそれぞれ. らずどこか妙で味気なく、生命感もないように感じられ るのは、作家の造形意志が介入していないためである。 先に論じたように、 "人間観の表出"のために彫刻家 は形態をつくり続けるのであって、単に人間の-表情を 切り取っているのではない。原始の人間が、豊穣・多産 を祈願し女性の石偶をつくったり、自然の大きな岩の不 動感や実在感に倣い、自然と合一するために巨石群をつ くった。自然界の森羅万象を直観し、その感動の印象を 感覚を通して再構成し、可視的な形象として表現しよう とする。その場合、対象に相似していることが多く、人 間の形態あるいは動物の形態が、多くつくられている。 同様に、現代の彫刻家も原始と変わりなく直接的な感情 から、人間の形姿を主題とした彫刻をつくっているので はないか。もちろん原始の洞窟画が、視覚的な「再現」 や「写し取り」という意味での模倣ではなく、対象の本 質を呈示したい欲求から生じる模倣、つまりは表現と同 義である。 人類は、科学的な進歩により外的環境を少し変えるこ とができるようになった現在、人間の存在を普遍的なも のとして捉えたいという欲求から、また自分という人間 について理解したい、あるいは、自分という人間が生き てきた記録を残したい、そのような表現したいという欲 求の現れとして、人間の模倣衝動から人間の形姿を彫刻 として刻む。 2.具象(人体)彫刻の変遷 歴史をたどることは省くが、 20世紀になり、彫刻は大 きな変革を遂げた。祈願に由来するもの、死者の記憶像 としてのもの、理想と写実に根ざす古典的様式のもの、 それらすべてのものからの脱却であった。 (具体物を抽象化したのではない)抽象彫刻の登場と 同時に、形態は自由に変化させられた。人間の形姿を借 りない純粋な形態と量感だけの表現の追求である。しか し、 「人間について」という主題が消えてしまったわけ ではない。それ以上に、多くの彫刻家が新しい表現様式 によって、現代の人間像を求めることとなった。形態の 観点からみれば、たしかに人間の形姿は必要とされてい. -47-.
(4) なかったのかもしれない。幾何学的な計算を用いて、彫 刻の形態をつくる表現もなされたが結局は、それも自分 自身を含めた自然の外的要素として社会をも考慮した上 での"人間観の表出"であった。 造形的な新しい形態の呈示は、具象(人体)彫刻にお ける人間の形姿をも取り払った。彫刻家を例にあげれば Alexander Porfirowiz Archipenk (1867-1964) 〔囲版 1〕やOssip Zadkin (1890-1967) 〔図版2〕等は、顔 を消失させたり、腕や脚の一部を取り除いた。このよう に20世紀において、人間の形姿は、ありとあらゆる変形 を強いられることとなった。人間の形姿は解体され、断 片として、また、肉体に穴を穿たれた。あるいは、怪物 の様、単なる棒状へと還元された。この時期の彫刻の分 類をJean Seltzの「Modern Sculpture」 〔註2〕にみると、 < 1. Representation on deriving from a classical tradition> < 2. Figuration at some distance from reality> < 3. A tendency toward surrealism> < 4. Creation of a fantastic zoology> < 5. Representation of the humanbody in a degraded form> <6. Reduction of the humanbody to the state of an object> < 7. Schematization of the humanbody, verging on abstraction > < 8. Abstraction, implying a meaning or association. それは奇をてらうものでもなければ、人間の存在の絶望 感からそうさせたのでもない。 20世紀という時代が、原 始における単純で直接的な感情の表出というわけにもい かず、安定した理想の形態を求めることを認めなかった 今日の芸術家にとって、表象的な形態を追い求めた人間 像を造形することは、きわめて困難であるのかもしれな い。芸術は、人間とそれを取り巻く環境(社会)によっ て、独自のものが生まれてくる。 3.デフオルマシオンの問題 具象(人体)彫刻における表現を、現代の彫刻家は、 再現あるいは古典的な様式には求めなかった。それどこ ろか解体や崩壊された形態を、好んでいるようにさえ受 け取れる。生命感を感じさせる量の構成物としての彫刻 の概念は、一見消失してしまったかと錯覚する。しかし それは、 Cubismの登場と同様に新しい秩序の発見であっ た。新しい秩序、その規定はできないが、従来の一般的 な制約には適合されていない人間の形姿の解釈である。 そしてその解釈は、デフオルマシオンの問題として説明 づけられるのではないか。 デフオルマシオン(deformation変形、歪形)とは、 造形芸術において、一般的には自然界にあたえられてい る標準的な規範を変更することを意味している。意図す るしないにかかわらず、再現されたものとその原型との 相違を表す言葉として使用される。 いつの時代の芸術作品も、厳密な三次元的な複製物で はありえない。人間の形姿を彫刻として再現する場合に おいても、彫刻家は、モデルから得たプロポーション. >. (proportion)や美術解剖学などの知識に基づき、形態、 空間、質感等の表現を写実という正確に再現することは. < 9. Pure abstraction>. 上述の分類に明らかなように、 20世紀において、具象 (人体)彫刻は、表象的な人間の形姿だけをとってみて も、古典的な伝統に根ざした再現、ある程度抽象化され た人体、浸食された人体、物質へと還元された人体、抽 象へ移行しつつある図式化された人体、とさまざまな人 間の形姿を具体的な対象として扱った。また、人間の形 態に限らず、分類4にみられる幻想的な動物学的創造物 としての彫刻も見受けられる。あたかも主題として考え れば、古代-の回帰とも言える。純粋な抽象形態の彫刻 へ向かうだけでなく、人間あるいは動物の形態を再認識 している。いわゆる抽象的表現の流行とは反対に、具体 的な形象、人間や動物の形象を可視的に再現する方法を 選んだ彫刻家達であった。 Reg Butler (1913-1981)、 Germaine Richier (1904-1959)、 Kenneth Armitage. (1916-)、 Lynn Chadwick (1914-)、 〔以上図版3. 4. 5. 6〕等のこれらの彫刻家たちは、芸術における 古典的な表象の人間の形姿を捨て、何かしら人間離れし たある種、異様な人間の形姿をつくりだした。しかし、. 行わず、造形意志による統一されたパターンとか、量塊 に対する欲求に支配された再現を目指す。そしてそれは デフオルマシオンとして現れる。あらゆる創造的な欲求 は、常に自然界の単なる写し取りではなく、なんらかの 解釈である以上、表現につきまとう。繰り返せば、原始 における自然への崇拝、生命への直接的な感情から生じ るデフオルマシオン、古典古代の理想の人間像へ向かう ためのデフオルマシオン、古典建築における建築の属性 のためのデフオルマシオン等は、時代及び民族の背景に 基づいた芸術作品における、表現目的のための手段であっ たといえる。 20世紀になり、表現目的のために意図して形を歪める という芸術家の造形意志としてのデフオルマシオンにつ いて、彫刻の分野についても顕著であった。特に、素材 の質感を強調するという観点から、石に刻まれたり、ブ ロンズで鋳造されたり、木に刻まれた人物像は、仮に実 際の人間の形姿のプロポーション、量、空間の調和が、 正確に再現されたのであれば、却って不正確であると知. -48-.
(5) 覚されるかもしれない。また、実際の人間が生々しく表 象的に表現されていると、芸術としての普遍性は排除さ れ、対象となった人間の個人的な記録を示す以外のもの は表現されえない。 Mooreの彫刻〔図版7〕に明らかな ように、 Mooreの彫刻は、人間の形姿と連なった丘との 両義牡を兼ね備え自然の所産としての人間の存在を、自 然と合一するという意味において、また、人間の普遍性. 個別に鑑賞することは成されないが、便宜上、人体の各 構成要素を捉えると、以下のようになる。. について表現するという目的のために素材を巧みに利用 していると言える。 デフオルマシオンは、ある既知の事物(たとば人間の 形姿)をある程度の再現を残しつつも、その対象の標準 的な規範を変更させることで、別の何かを表現する、あ るいは対象の本質をより強く、明確に表現するという目 的のもと、生じてくる。それは、芸術家の抱くイメージ. 的な生命感のある量塊を意識し、男性、女性の特 徴も暗示する程度に表現を留め、胸骨の相違を表 現した。. の表出の現れとしてみてとれる。このデフオルマシオン は、意識的に故意に働くものではなく、殆どの芸術家は 生命的な自然への共感のもと、その対象に兄いだされる 有機的な形態から本質的なものを抽出するという意味に おいて、自然な衝動から発している。芸術家の造形意志 に基づき、独自の造形的秩序を形態にはどこした結果で も'J,: Ⅱ.具象(人体)彫刻の総括 具象(人体)彫刻において、主題とする人間の形姿は まさしく有機的形態であり、自然を依りどころとしてい る。そしてその形態は、ある程度の人間の形姿をとどめ (いかに人間あるいは自然の形態からかけ離れていても 客観的に人間あるいは自然の形態であると判断できる要 素を含んでいるという意味において)、現実的な形態を もとにすべての感覚を通して、再構成される。彫刻とし て成立するための造形要素を備えた、生命感のある量の 構成であり、さらには彫刻が持つ実在の形態以外のそれ を取り囲む空間をも考慮した三次元の空間-の構成の産 物である。 具象(人体)彫刻とは、上述の条件を満たした形成体 が、それぞれの彫刻家の"人間観の表出"、 "自然観の表 出"として可視的に訴えるものと定義できるのではない か。 ここで筆者の作品〔図版8〕について検証(制作の過 程及び結果に対する分析として)し、彫刻観の確認とこ れからの方向づけとして総括する。 この作品は、客観的に人間の形姿(男性像、女性像) と判断できる。しかし対象のプロポーションは大きく変 更されている。また、人間の形姿としての構成要素も、 消失されていたり現実な人間の形姿には、存在しない量 もくわえられている。実際に、この作品にはモデルも介 入しておらず、ある程度の筆者の美術解剖学的な知識と 記憶に頼っている。彫刻において人体の各構成要素を、. 頭部-頭部は極端に縮小され、顔の各要素も省略してい る。目、鼻、口の黄も表情が硯しやすい要素は重 要ではないと考える理由である。 胸部-頭部とは逆に、胸部と腰部に重点をおいた。有機. 腰部-胸郭と同様に扱い、胸部との繋がり、下肢からの 関係を留意した。 上肢・・・男性像の方が顕著であるが胸部と腰部の形態に、 より効果を与えることを目標とし、男性像の左肩 から消失させ、右手部は省略させた。また、女性 像に顕著な上肢のポーズによってできる空間は、 埋める方法をとり、塊としての強さを増そうとし た。 下肢-立像の制作に最も重要な部位である。立像の場合 立つということが最初で最後の問題である。重心 が取れずに不安定さが感じられれば、彫刻として は成立しない。塑像によって人体を制作する際に は、心棒の段階から立つことを意識し、粘土の租 付けも絶えず、立つことを考慮して行われなけれ ばならない。この作品の下肢は、プロポーション を極端に変更し、一般的な足の長さの概念を無視 (いわゆる無視ではなく、彫刻として捉えた)し 立つこと及び彫刻的な構成を重視した。 以上、これらは筆者の造形意志の一部として、検証を 試みたが、表象的な考察であり制作時の精神内部は、さ まざまな思念が渦巻いている。形態的な考察は`観察' であるが、この彫刻が表現しているものが何であるかは `鑑賞'であり、鑑賞者に委ねる他はない。また、作品 は、作者の手を離れた時点から独立したものであり、作 品自体が語らなければ意味はない。複雑で難解な、自然 について、人間について筆者の考える"人間観の表出" として、何かしら伝わればと願う。 おわりに 制作者としての立場から、実際の制作を通して自分な りの彫刻観について論じてきた。なにぶん-制作者とし て個人的な制作のなかから生じた彫刻観であり、その彫 刻観をもとに暖昧模糊としたイメージを現実の空間に呈 示する過程、あるいは結果について言葉として表現する ことは、甚だ難しいと感ずる。 最後に現在の美術の動向として人間の形姿を再現する ことは時代後れとして、評する事実もある。ファッショ. -49-.
(6) ンと同様な芸術における流行にも関係する。しかし、人 間の形姿の単なる再現でないかぎりまた、陳腐な表現を 求めるものでないかぎり、芸術として人間の形姿を主題 とした、いわゆる具象(人体)彫刻は、存続するであろ う。. 5) 「人体塑造におけるモデリング過程の研究I」 柴田良貴著芸術研究報14筑波大学芸術学系1993 6) 「近代彫刻史」ハーバート・リード著 藤原えりみ訳言叢社1995 7) 「オックスフォード西洋美術辞典」 講談社1989. 読. 図版 しft.ll. 「ヘンリームーア展」図録東京都美術館1986 (p84.ムーアの言葉Ⅷ) 〔註2〕 「Modern Sculpture」 Jean Seltz著 Annette Michelson訳George Braziller 1963. 1〕 「MODERN SCULPTURE」 A.M.Hammacher著 HARRRY N. ABRAMS 1988. 2〕 「OSSIP ZADKIN」 Sylvain Lecombre著 PARRIS muees 1994. 3〕 「MODERN SCULPTURE」 A.M.Hammacher著 HARRRY N. ABRAMS 1988. ?m. 4〕 「Germaine Richier」 Retrospective図録 Fondation Maeght 1996. 1) 「モダンアートの哲学」ハーバート・リード著. 宇佐美英治・増野間正衛訳みすず書房1964 2) 「見えざるものの形」ハーバート・リード著. 長谷川鋸兵訳法政大学出版局1981 3) 「形の生命」アンリ・フォショーン著. 杉本秀太郎訳岩波書店1973 4) 「抽象と感情移入」ヴオリンゲル著 草薙正夫訳岩波書店1986. 〔図版1 〕 Alexander Porfirowiz Archipenk 「Woman combing her hair」 1915. -50-. 5〕 「近代彫刻史」ハーバート・リード著 藤原えりみ訳言叢社1995 6〕 「LYNN CHADWICK」図録 チャドウイックの彫刻展実行委員会1991 7〕「ヘンリー・ムーア展」図録. 東京都美術館1986 8〕「ヲトコ・ヲンナ」筆者作品 ギャラリーイセヨシ(個展) 1996.
(7) 〔図版4〕 Germaine Richier. 〔図版3〕 Reg Bu朋er 「Girl on a wheel II」 1959. 「L'Orage 」 1947-48. 〔図版5〕 Kenneth Armitage 「Walking Group 」 1951. 〔図版6〕 Lynn Chadwick rWinged Figuredj 1955. -51-.
(8) 〔図版7〕 Henry Moore rReclining Figurej 1969-70. 〔図版8〕筆者作品 「ヲトコ・ヲンナ」 1996. -52-.
(9) A Study of Figurative Expression in Sculpture Yusuke MURAKAMI. This paper presents a study of Figurative Expression in Sculpture. The aim is to reconsider the essence of sculpture through my work.To sculpture a figure out of clay is vague and sensibility.So the view of sculpture is dependent on senses of each sculptors.But I supporse that a work must have powerful vitality.. This paper consists of the following chapters; I The essence of sculpture 1. The essence 2. The elements 3. A meaning of figure II figure 1. definition of a figure 2. a history of a figure 3. deformation IE a conclusion;through my work. Sculpture (both abstraction and figure)is construction of volume which has vital force. And the construction express a view of human beings.. -53-.
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