ヴィゴツキーの幼児教育に対する貢献について
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(2) 釧路論集一北海道教育大学釧路校研究紀要一第36号(平成16年) KushiroRonshu−JournalofHokkaidoUniversityofEducationat Kushiro−No.36:77L83.. ヴイゴツキーの幼児教育に対する員献について 明 神 もと子 北海道教育大学釧路校幼児教育学研究室. Vygotsky’s contribution to early years education Motoko MYOJIN. Department of PreschooIEducation,Kushiro Campus,Hokkaido University of Education. 要 旨. ヴイゴツキーの心理学理論は現代の幼児教育に対しても、重要な視点を提供している。子どもを生まれな がら社会的存在ととらえ、大人との、また、子ども同士の相互作用の発達における役割を強調する。現下の 発達水準ではなく、発達の可能な水準に焦点をあわせた、大人による援助が子どもの発達を促進するという 観点は、子ども中心か教師中心の一方の教育方法に傾きやすい日本の幼児教育に多くの示唆を与えている。 幼児教育は子どもの心理発達を理解せずにはなりたたない。しかし、発達理論と教育実践の結びつきの必 要性は叫ばれても、そのような研究は少ない。心理学で子どもの心理発達を理解しても、それがすぐに、教 育方法や評価にむすびつかないからである。ヴイゴツキーの理論は、発達と教育を統一し、幼児教育の独自 性を明確に表現している。本稿ははじめに、学会発表をもとに、日本の幼児教育に果たしている心理学研究 の実態と課題をしめした。ついで、ヴイゴツキーの就学前教育に関する報告の概要を述べ、そのなかから、 発達の最近接領域と幼稚園の指導計画に関する課題をとりだし、日本の研究者の見解もまじえながら考察を した。. 日本の幼児教育には、子ども中心主義の理念のもとで、系統性を欠くプログラムになり、保育者の指導性 があいまいにされていることや学校との連続性が配慮されていないことの問題がある。これらの解決のため には、ヴイゴツキーの就学前教育のプログラムを「自然発生的一反応的タイプ」と特徴づける考えから多く を学ぶことができる。. う)実践では、遊びが子どもの自発的活動として、また、 保育方法として、重視されているので、保育実践研究の重 要なテーマとなる。一方で、遊びは教育心理学のテーマと なりうる。教育心理学は学校教育の教育実践との結びつき. はじめに−幼児教育と心理学 日本では、ロシア(旧ソビエト)の教育学やJL、理学を研. 究している研究者は少数派であり、とくに心理学は欧米の 理論から圧倒的な影響を受けている。にもかかわらず、大. については、長い間、議論され、研究もされてきたが、教 科「教育心理学」に「保育」を加えることにより、保育実 践においても役割を果たしていきたいというのが、シンポ ジウムの企画の趣旨である。ここで、保育指導法に関する 教育心理学的研究が少ないという指摘がなされている。 日本教育心理学会の学会や研究誌における発表において、 幼児が研究対象になっているものはかなり多い。しかし、 発達研究がほとんどであり、保育計画や保育方法など具体 的な実践に結びつく研究は少ない。. 学の教員養成用テキストにひんばんにとりあげられている. のがヴイゴツキーである。ヴイゴツキーの精神発達に関す. る理論は、今日においてもなお、世界各地で、発達心理学 や幼児教育にかかわる人々を大きな魅力でひきつけている。 本稿では、幼児教育に貢献している理論をとりあげ、新た にわれわれは何をそこから学ぶべきかを考察したいと思う。 日本教育JL、理学会第38回総会(1996)では、「幼児教育・ 保育に教育心理学が果たす役割(企画 角尾和子)」という. テーマでシンポジウムがおこなわれた。現場における保育. 山崎晃(2004)は、1993年以降10年間に発行された「教 育心理学研究」誌に掲載された論文を対象に、幼児教育に. (以下、幼稚園教育と保育所保育を区別せずに、保育とい. −77−.
(3) 明神 もと子. 関連する研究について言及している。合計486本の論文中、. で、ここでは保育計画など実践的な知見は扱われない。 ヴイゴツキー. 研究の対象が乳幼児あるいは内容が幼児教育・保育に関わ. (1896∼1934)は旧ソビエトにおいて、1930. る論文が94本選ばれた。さらに、実践やカリキュラム作成 に言及した論文はそのうちの34%であった。山崎は現在の. 年前後に活躍した、卓越した心理学者である。38歳で天折. 幼児教育・保育に関連する様々な問題・課題に対して、教 育心理学的研究あるいは「教育JL、理学研究」に掲載された. 境を越える先駆的で、かつ大量の研究業績を残している。. 論文がどんな貢献をしたか はなはだ心許ないと指摘して. について「ほかの人びとが大骨を折ってしやべったり書い. いる。とくに、保育カリキュラム作成や幼小一貫教育に関 するものは皆無であったという。このような実態をふまえ. たりしてもなお理解してもらえないことを、さらりと明確. て、幼児教育・保育における個人と集団の指導方法につい て、心理学的知見が基礎となるし、また「保育者による支 援の仕方、教育課程や指導計画・カリキュラムの作成の仕. が研究者や実践者をとらえて放さない魅力の一端がここに. 方についての理論的背景を与えるものとしての教育心理学. たときに、ヴイゴツキーは雑然とした知識をあざやかに分. 的研究の役割も大きいはずである」と指摘する。 日本発達心、理学会第15回大会(2004)では、ラウンドテー. 析し、一般化して、明確に考え方や方向を示唆してくれる. したため、わずか10年間の研究期間であったが、時代と国 イタリアの児童文学作家ロダーリ(1990)は、ヴイゴツキー. にいってのけている」といっているが、ヴイゴツキー理論 あるといえよう。われわれの研究が個別化し、細分化して いくなかで、袋小路に入り、子どもが見えなくなってしまっ. のである。. ブル「新しい時代の幼児教育−ヴイゴツキー理論からの追. ウラジーミル P.ジンチエンコは日本教育心理学会総会. 究一(企画 永野重史、横山文樹)がおこなわれており、 保育実践者の参加が目立っていた。企画者の趣旨は、新し い保育の姿をとらえていくために、ヴイゴツキーの人間観 (JL、理学)、教育観をもとに討論したいというものであった。 企画者はヴイゴツキーの「人間は、道具、社会にある文化 的な事物。慣習・媒体とかかわって生きていく。発達は、 頭の外の社会とのかかわりを深めることによって、知的営 みが、具体的に普遍化する」という考えをあげて、「幼児期 に体験学習が大切だ」という場合の認識の形成に関して、. (2002)の招待講演で、ヴイゴツキーについて「ヴイゴツ キーが、心理学者として成功した秘密は、彼は、芸術と哲 学と教育実践を結びつけたことにあると思います。教育実 践の中でも重要な位置を占めたのは、障害児の教育でした。 彼は、百科事典的な教養をもった人と呼ばれることがあり ます」と紹介している。ヴイゴツキーの業績は心理学の多 くの分野のほかに、教育心理学や教授・学習等々広大であ る。日本教育心理学会では、教育実践との関係で、「教育心 理学の不毛性」がしばしば論議されてきたが、ヴイゴツキー. ピアジェ風の考え方を批判しつつ、問題を提起している。. は心理学と教育実践の結びつきをみごとにやってのけてい. さらに「学校教育法」の幼稚園教育に関する条文「幼稚園. るのである。. は、幼児を保育し、適当な環境を与えて、そのJL、身の発達 を助長することを目的とする」の解釈は、ヴイゴツキーの 考えに拠るのが自然であるように思われると述べている。. 1 ヴィゴツキーの報告「就学前期における教授・学習 と発達」をめぐって. 神谷栄司が教育学の立場から、ヴイゴツキーの幼児教育に. かかわる理論を提起し、他の発言者は日本の幼児教育をも とに、どのようにヴイゴツキーを取り入れるかという観点. この報告は就学前教育にかんする金口シア会議で行われ た報告の速記録であり1935年版の報告集にのせられている. もので、講演の年月は不明といわれている。この報告から、 幼児教育に関して、ヴイゴツキーの発達と教育を統一する. であった。. 以上、学会においては、心理学研究と幼児教育の結びつ きの欠かせないことが指摘されていても、実際の心理学的. 理論がうかがえる。. なお、上記のタイトルのなかの用語「教授・学習」は柴. 研究が幼児教育に貢献できる水準には達していないという 現状である。このような状況の中で、ヴイゴツキーの心理. 田義松(1962)による同報告の訳では「教育」となってい. 学理論が注目されてくるのである。この傾向は欧米でも同 様にみられるものであり、心理学が幼児教育に役割を果た すには、ヴイゴツキー理論を無視できないということをし めしているといえよう。. る。ロシア語アブチェーニエは「教授・学習」という意味. をもち、日本語としてはなじみのないことばであるためか、 文脈によって、「教育」や「教授」、あるいは「学習」と邦 訳されている。教師が教えることと子どもが学ぶというこ との両方の意味をもち、教授と学習との統一的過程をあら わすロシア語に特有のことばであるといわれる。特定の教. 一般的に研究されている幼児の発達心理はどちらかとい. うと、実験心理学的に条件統制され、統計処理されて、抽 象的な結論になる。具体的な一人一人の子どもでなく、子 ども一般を研究対象とするのである。その結果、以上に述 べたように、保育の実践的課題に応えるような心理学的研 究がいまだに少ないといえよう。保育者養成のカリキュラ. 科を系統的に教師が教えるという学校における授業のイメー. ジで使われる用語である。 さらに、この報告がなされた旧ソビエト時代の教育体制 では、就学前期とは、3歳から8歳未満の5年間をあらわ すので、日本の教育体制では、幼稚園から小学校低学年ま. ムには、乳幼児心理学が入っているが、発達の理解が中心. −78−.
(4) ヴイゴツキーの幼児教育に対する貢献について. での5年間が対応することになる。したがって、このタイ トルを日本の現実に置き換えるならば、ヴイゴツキーのい. 教育にかんする考えの輪郭を得るのに、参考になると思う。 以下に、さらに他の資料も参照しながら、ここで概観した. う就学前教育イコール日本の幼稚園教育とはいえない。教. 内容について、ほりさげていきたい。. 授・学習は日本で、われわれが幼児教育にもつイメージ、. すなわち、しつけや養護を含むような広い意味の教育では. 2 発達の最近接領域をめぐって. ないことに留意して、考察をすすめていきたい。教授・学 習とはスキルや知識を教師が組織したものを系統的に与え. 発達の最近接領域(最近接発達領域と訳すこともある). とは、子どもが自力で可能な水準と大人の援助を受けて可 能になる水準の問のことであり、発達と教育の関係をあら. ることによって、子どもの学習を支援することであると理 解される。教育内容のうち、いわゆる知育にかかわってい. わすこの概念はあまりにも有名であり、ヴイゴツキー理論 の中でも、もっとも広く普及している考えである。知能の 発達評価にかかわって、発達研究について、いろいろの共 同学習にかかわって、さらに臨床場面で、運動療法の目標 設定、さらには子どもの野外活動での挑戦に、と広くつか われ、いまでは、心理学や教育の分野の基本的用語になっ ている。発達の最近接領域説はいまでは、たとえば次のよ うに紹介される。コーエン(2002)は、両親は特に言語学. る概念である。子どものがわには、教授に反応するための 意識的な学習態度が育っていることが前提になるだろう。. ここでは、土井捷三・神谷栄司訳(2003)の報告にもと づいて、概観したいと思う。この報告は、はじめに、就学 前教育のプログラムに関する問題提起をしたあと、つぎの 3つの部分について論じられている。就学前のプログラム は自然発生的一反応的であるという特徴を持つ。教授・学. 習の進行により、子どもが自然発生的タイプ(幼児前期− 3歳未満児)から反応的タイプ(学童期−8歳以後)へと. 習において発達の最近接領域であるという。親は学校とは. 発達する過程における移行期というのがこの時期の特徴で. また、教授・学習の最適期に関する考え方を述べている。. 違ったやり方で、子どもに語りかけ、本を読んでやり、子 どもの話を聴いてやる。あるいは、子どもが一人ではでき ないことをなかま、年長のきょうだい、両親、教師が協力 し、援助する。複数の幼児が紙工作をしている場面で、保. ここで、ヴイゴツキーの広く知られている「発達の最近接. 育者がやってみせているなどである。このように、子ども. 領域」説がとりあげられている。′. の発達にとって、他者との社会的相互作用が重要であると. あるという。 第1に、就学前期における教授・学習の特質に関する、. 第2に、就学前期の子どもがもつ基本的な発達的特質が. いうことと発達の最近接領域の概念が結びつけられている. というように、知覚に依存している。就学前期の子ども(3. のである。ブルーナーの「足場かけ」概念と関連して、欧 米では広い範囲で使われている。おそらく、ヴイゴツキー. 歳から8歳未満)は記憶により理解するので、一般的表象. が考案した当時とは違う使い方までされているのではない. 描写されている。3歳未満の幼児は見えるものを理解する. を理解できる。すなわち、世界や自然や社会や自分自身に. だろうか。ここでは、教授・学習および遊びの側面から、. ついての一般的表象の基礎が築かれるという。それには、. 発達の最近接領域について、ヴイゴツキーの考えを紹介し. 3つのモメントがあり、ひとつめは、大人との交流により、. ながら、日本の幼児教育と比較することを試みたい。. 一般化の拡大がなされる。2つめは、興味や欲求の性格の 再編成により、感情的一般化が発生する。3つめが、創造. (1)教授・学習と発達の最近接領域. ヴイゴツキーは既述したように、教授・学習という用語 を就学前期教育に対しても用いている。教授・学習は子ど. 的活動という新しいタイプの活動に移行する。「内面的な倫 理法廷が生まれ、倫理的規則が形成される」のである。. 第3に、はじめに提起した、プログラムの問題について、. もの記憶・注意・運動などのある程度の成熟を前提にして. 詳細な分析を加えて、結論としている。ここでは、プログ. いるので、年齢と結びついているという。とくに、ことば. ラムの系統性と同時に、子ども自身のプログラム(情動や. や数の学習など、知的発達に関連して使われている。「教授・. 思考の発達の順次性)との関係が問題にされている。就学. 学習には最適期が存在するという事実」を述べた後、発達. 前教育のプログラムは学校のプログラム体系に照合しない。. は人格の成熟した特色に規定されるのではないという。こ こに、発達の最近接領域説が導入されてくる。教育のあら ゆる過程にとってもっとも本質的であるのは、成熟中の段 階にあり、教授・学習の開始時点ではまだ成熟していない ような過程であるという。就学前期の教授・学習の最適期 の考え方として、発達の最近接領域すなわちまだ成熟して いなくて成熟中の段階にある過程をあげているのである。. その独自の体系化のためには、学校教育からの要求に注意 をむける。就学前期の子どもが学校での教科の教授・学習 に準備されていなければならないという。自然や社会にか んする一般的表象の準備がなされる。就学前教育において、 読み書き能力が教授・学習され、それは、将来、学校のプ. ログラムにもとづいて、反応的に教授・学習する可能性へ の準備である。. 中村和夫(2002)はヴイゴツキーの著作を広範囲にわたっ. て、詳細に検討した結果、「最近接発達領域」概念について、. ヴイゴツキーの精神発達理論はすべてが、幼児教育に貢 献しうると筆者は考えているが、とくにこの報告は、幼児. つぎのように指摘している。「ヴイゴツキーの思想は、あら. −79−.
(5) 明神 もと子. ゆる発達に対する教育一般の主導性を定式化したものと、 無限定に受け取られてしまったのである。しかし、実際に は、ヴイゴツキーの発達に対する教育の主導性を主張した のは、きわめて限定的で特殊な文脈においてであった。そ. 慮や指導性のまったくない状況で、子どもが遊ぶというこ とはありえないからである。. れは学校教育(就学前教育を含む)というシステムの文脈. 者はここであげられている遊びは、年長児による役割をもっ. においてであり、そこで問題とされていた発達とは、あら ゆる発達ではなく、子どもの科学的概念の発達であり、そ こで問題とされていた教育とは、教育一般ではなく、教科. た虚構場面の遊びすなわち想像的な遊びではないかと推測. ヴイゴツキーがここでいう遊びとはどのようなものか。 ヴイゴツキーや後継者の幼児の遊びに関する研究から、筆. する。保育者が場所や時間を保証してやり、使用する事物 を提供し、役の決定やシナリオの進行を援助しないと、こ の遊びは発展しないのである。保育者は遊び仲間として参 加して、遊びが発展するように、助言をしたり、いろいろ. の基本である科学的知識の教授であった」. それでは、ヴイゴツキーは幼児教育における教授・学習. の内容をどうとらえているのかが、問題になるが、プログ. な配慮をする。子どもの興味や自主性は尊重されるが、保 育者の指導性も分かちがたくからみあうのである。学童期. ラムのところで、後述したい。. の学習活動にたいして、準備段階の幼稚園期の主導的活動. (中JL、的な心理機能)は役割遊びである。役割遊びでは、 現実のなかに源をもちながら、自由な想像力の世界(虚構 場面)が展開する。役割を演じるところに、無意識に欲求. (2)遊びと発達の最近接領域. ヴイゴツキーは1933年、子どもの精神発達における遊び とその役割について、講義をおこなった。その速記録が1966 年に発表された。そのなかに、発達の最近接領域について ふれた記述が見られる。「遊びは、発達の源泉であり、発達 の最近接領域をつくりだす」との遊びについての分析は、 幼児教育の実践者をひきつけるであろう。ヴイゴツキー(1989). のコントロールがなされたり、日常のレベルを超える高い. 能力や知識が表現されたりする。想像的な遊びのなかに子 どもには意識されない、ルールがあり、学校に入るころに は、ルールを意識した遊びをするようになる。遊びの特徴. をこのように限定してとらえるならば、遊びと発達の最近 接領域との関係が説得力をもったものになる。. はつぎのように述べている。. 発達に対する遊びの関係は、発達に対する教授一学習 の関係に匹敵すると言わなければならない。遊びの背後 には、欲求の変化と、より一般的な性格をもつ意識の変 化が存在する。遊びは発達の源泉であり、発達の最近接 領域を創造するのである。想像的世界・虚構場面での行 為、随意的な企画の創造、生きた計画・意志的動機の形. ヴイゴツキーは、幼稚園期の虚構場面のある想像的な遊 びがやがて、内面化して、学童期の内言、論理的記憶、抽. 象的思考をつくりだすと考える。この時期の遊びは学校の 教授・学習の準備状態をつくるという発達の道筋がしめさ. れている。 神谷栄司(1989)は日本の幼児教育にある2つの保育の. 立場、すなわち、児童中心主義の保育と教科指導型の保育 の有する遊び論を批判している。前者は子どもの興味が優 先されて、指導の観点を失うあいまいな遊び論であり、後. 成−これらすべてが遊びのなかで発生し、遊びをより高. 次の発達水準に押し上げ、波の頂上にのせ、幼稚園期の 発達の第9の披にする。それは、あらゆる水の深みをも ちあげることになるが、相対的には穏やかである。. 者は虚構場面のないクイズ的な遊び論であると問題を指摘. して、つぎのように述べている。「虚構場面をともなう遊び. 対象にしていると考えられるが、ここでいう遊びも就学準. を、遊びの性格を破壊せずに−自然発生性をのりこえて− 『計画化』すること、内容的には生活再現の枠を超えて教. 備クラス(7歳)のレベルなのだろうか。ヴイゴツキーは. 育的に価値のある人間関係の再創造に移行すること−これ. 教授・学習と関連する発達の最近接領域は、7歳ごろを. 7歳という年齢を就学前期から少年期への移行期ととらえ. らが、主導的活動として遊びを組織するための不可欠な課. て、就学前児とは違うし、同時に学童とも異なっており、 発達における転換点であり、教育面においても困難を示す と指摘している。7歳の危機といういい方もしている。 前述したように、発達の最近接領域という概念はいまで. 題なのである」. 3 保育計画と実践−ヴィゴツキーの「大人のプログラ ム」と「子ども自身のプログラム」. は広く使われるようになっているので、社会的な相互作用. 日本の幼児教育の世界では、実践にあたって、子どもの 主体性と教師の指導性を対立して考えるため、どちらの役 割もあいまいになってしまう。その結果、指導計画を立て る場合、子どもの興味を中心にするか、経験してほしいこ とを中心にするかと視点が二分されてしまうのである。そ の結果、保育者の役割は子どもが能動的にかかわる環境を 構成し、子どもの経験によりそいながら援助するというこ. のあるところでは、どこでもこの領域が発見できるかのよ. うに使われている。自由遊びの場面で、保育者が観察によ り、発見した発達の最近接領域に依拠して、設定保育場面 での教授・学習をおこなうことはあるだろう。また、遊び は子どもの興味が中心になるいわゆる自由遊びのほかに、 教育方法として、保育者の支援や指導に取り入れて、設定 保育をおこなうことがある。幼稚園において、保育者の配. ー80一.
(6) ヴイゴツキーの幼児教育に対する貢献について. 育所と小学校の段差をうめるべく、両者の連携が課題になっ ているが、ヴイゴツキーが指摘しているように、8歳未満. とになり、保育者の教育的役割は影の薄いものになる。ヴイ ゴツキーは子どもの興味と保育者の指導的役割(教授の立. 場)を対立ではなく、統一した見解をしめしている。. は完全には反応タイプに達してなくて、自然発生的な部分 を無視して、学ばせることはできないということになる。 低学年の教育方法を考えるときに、このヴイゴツキーの考 えは大きな示唆をあたえてくれるだろう。. (1)就学前教育のプログラム. この時期の教育について、ヴイゴツキー(2003)はつぎ のようにいっている。. 日本の保育方針をしめす「幼稚園教育要領」と「保育所. 子どもの発達における教授・学習の性格にかんして. 保育指針」の保育観は基本的に子ども中心主義であり、自 由保育である。これでは保育者の役割が明確でないため、. は極点が存在しているように思われます。この極点の. 目に見える能力を獲得させたいという保護者のニーズにこ. 第1のものは、3歳までの子どもの教授・学習です(教. たえて、教師中心、教科学習的な保育をおこなう幼稚園や 保育所もみうけられる。 保育実践は、子どもに対する保育者のあらゆる働きかけ をふくんでおり、いわゆるケアー(養護)の部分と小学校 の授業実践に相当するような、系統性を持った教育的な部 分がある。日本の保育はたいてい自由遊びと設定保育で構 成されている。自由遊びは子どもの自発性や興味が先行す るもので、活動の選択の主導は子どもにある。保育者は子 どもの興味などにあう環境をととのえ、子どもが相互作用 する環境を作るという役割をはたす。このなかでも、保育 者は遊びを発展させるために、助言をするなどの支援をす る。見守る立場から、積極的に介入する立場まで、保育者 が子どもたちの活動に介入する度合いと方法は多様である。. 授・学習を広い意味で理解するなら、つまり、1歳半 と3歳のあいだの子どもにことばの教授・学習が行わ. れると理解するならば、ですが)。3歳までの子どもの 教授・学習の特質は、この年齢期の子どもは自分自身 のプログラムにもとづいて学ぶことにあります。この. ことはことばを例にとれば明瞭です。子どもが通過す る諸段階の順次性、子どもがとどまる各段階の期間は、 母親のプログラムによってではなく、基本的には、子 ども自身が周囲の環境から摂取することによって規定. されます。もちろん、子どもの発達は、子どもがその 周囲に豊かなことばをもっているのか、貧しいことば しかないのかによって変化しますが、ことばの教授・. 一方、設定保育は保育者中心保育とも言われ、保育者が計 画をたて、保育過程をコントロールするもので、系統性を 持った指導計画のもとにいとなまれる。とはいえ、子ども の発達や興味、意欲等を考慮せずには実践は不可能である. 学習のプログラムを子どもは自分で規定するのです。. 教授・学習のこのタイプは、自然発生的とよばれます。 この場合に子どもは、学齢児が学校で算数を学ぶのと. は違う形で、ことばを学ぶのです。 他の対極にある教授・学習のタイプは、子どもが学. から、自由遊びに近いものから、学習活動に近いものまで、. 校で教師のもとで学ぶ場合です。ここでは、子どもの 自分自身のプログラムの比重は、彼に提起されるプロ グラムと比べて、わずかでしかありませんが、それは. 実際の保育方法や保育形態は多様である。また、設定保育 で学んだこ とが、自由遊びのなかに再現・発展されたり、 保育者が自由遊びの中で、子どもの欲求などを観察したも のを、設定保育にとりいれるというように、自由遊びと設 定保育は内容的には完全に境界をもつものではない。. ちょうど、母親のプログラムの比重が幼児前期の子ど. も自身のプログラムと比べて、わずかでしかないのと 同じことです。もしこのタイプを反応的と言うとすれ ば、就学前の子どもにとって教授・学習は第1のタイ. (2)就学前教育と学校数育. プと第2のタイプのあいだの移行的位置をしめている、. ところで、上に引用したヴイゴツキーの考えでは、教授・. ということができます。それは、自然発生的一反応的. 学習という用語が使われており、これはロシア語のオブチェー. とよぶことができるものです。. ニエの訳であり、教師が教え、子どもが学ぶということを. 同時に表す用語である。保育や教育一般を表す概念ではな く、小学校の授業実践に相当する概念と考えられる。ヴイ ゴツキーの保育にかんする理論は、当時のソビエトの教育 制度から、8歳未満児まで対象にしていることを注意しな. 3歳から8歳未満の間は、自然発生から反応への移行期 であり、両者のタイプを併せ持ちながら、年齢の進行に伴っ て、反応へ近づいていくということだろうか。この5年間 の心身の発達はめざましいもので、とうぜん年齢によって、 学習能力は違っている。はじめは子どもの興味が優先し、. ければならない。日本の幼稚園から小学校低学年の子ども の系統的な教育実践について論じたものと考えられる。. しだいに保育者の要求に応じて学習できるようになり、8. ヴイゴツキー(2003)は、学校が就学前教育に要求して. 歳で、学齢児として、教師の「教授」的働きかけに応じる. いるものとして、3点あげている。1つめは、学校での教 授・学習に準備されていること、2つめに子どもが教科の 教授・学習に準備されていること、3つめが読み書き能力 をも要求しているように思えると述べている。学校では社. 学習が可能になるということだろう。わが国は6歳就学で. あり、6歳から教科学習がはじまるわけだが、小学低学年 はヴイゴツキーのいう就学前に該当している。幼稚園・保. −81一.
(7) 明神 もと子. 会科・算数・理科を学び始めるが、これらに関する一般的 表象が形成されていなければ、教科の教授・学習をはじめ ることは不可能であるという。ある6歳児が、川は人間が. いう制度のもとで、日本の子どもはヴイゴツキーの研究し. 穴を掘って水を流して作ったと考えているという例をあげ. 達の特性と教育制度が要求する学習活動の間のギャップに. て、「私たちには自明だと思われることも、就学前期におい. あるのであろうか。幼稚園期と小学1・2年までを幼年期. ては、子どもを相手にした知的教育活動を必要とする」と. としてとらえることがあるが、ヴイゴツキーの発達論を教. いう。教科の教授・学習が可能となるためには、後に教授・. 授・学習との関連でとらえるには、幼年期として独自の課. 学習の対象となるものについての一般的表象を分化させる. 題を持つ発達期ととらえたほうが、実践的であろう。日本 の「幼稚園教育要領」では、小学校教育の準備段階という. た当時のソビエトの子どもに比べて、2年早く、教授によ. る科学的概念を獲待しているのであろうか。それとも、発. ことが必要であるという。たとえば、社会的なものと自然 的なものが結びついているのを分化させなければ、社会科 の教授・学習は可能にならないというのである。未分化な. とらえ方が弱く、国語、算数、理科、社会などの教科を学 習するのに必要な基礎的な能力をどのような方法で教える. 一般的表象を形成したのちに、就学準備の段階では、教科 に応じる個別的に分化した概念を獲得するというのである。 就学前期を彼は2つの段階に分けている。学校の要求に 応じて、準備するのは第2段階の課題だという。教師が作 成したプログラムに反応した、教授・学習する可能性への. による教育、遊びによる教育という総合的活動のなかで、 小学校の教科の萌芽をある程度の系統性をもって、子ども の興味と一致するような経験活動として、与えていくとい うことが、意識的に追求されているようには見えない。教. 準備であり、読み書き能力の教授・学習であるという。こ. 育内容の5領域はあくまでも教科ではないことが強調され. こでいう第2段階とは、就学準備クラスといわれている7 歳児に相当するのではないか、おそらく、日本の小学1年・ 2年生の段階だと推定される。ヴイゴツキーは7歳という 年齢を発達の危機ととらえており、経験の一般化が起こる 過渡期ととらえている。読み書き能力は学校における教授・. ている。3歳から5歳という年齢には、就学準備を意図す 現実は6歳入学後の学習に不安を持つ保護者のニーズに応. 学習の前提であり、読み書き能力は就学前施設のなかにあ. いる幼稚園もめずらしくない。. かあるいは経験させるかという観点が弱いのである。環境. る教科的な教育はふさわしくないという教育観であろう。 じて、教科教育を国独自の方針で展開しているところが多. い。専科教員による、体育、音楽、英語などを取り入れて. るという。 ヴイゴツキー. 教育学研究者である神谷栄司(2003)はヴイゴツキーの. (2003)は、1933∼34年度に執筆した「学. 心理学理論を日本の現実の保育実践研究において、理論的. 齢期における教授・学習と知的発達の問題」において、子 ずっと早くからはじまっているという。子どもには、学校 で算数の学習を始める前に、量に関する経験をしており、. 基礎として、研究をしている。神谷は心理学理論が即、教 育方法や技術にはならないという。彼は保育計画の作成や 保育実践の検討の際に、分析の視点として、ヴイゴツキー 理論をとりいれるのであり、ヴイゴツキー法のような教育. 就学前の算数というものがある。「学校での教授・学習は決. 方法を作ることを目的にしているのではない。現場の保育. どもの教授・学習は、学校での教授・学習が始まる以前に、. して真空のなかで始まるのではなく、つねに子どもが学校. 実践をもとに、子どもの現実とのかかわりのある自然の保. へ来るまでになしとげた一定の発達段階というものを前提. 育と子どもの想像力が生きる文学の保育を統一させる系統. にして行われる」という。さらに、就学前におこなわれる 教授・学習は、科学的知識の基礎の習得を目指す学校での 教授・学習過程とは本質的に異なるといっている。このよ. 的な年間保育計画を創造している。これは、日本の風土に. うに、就学前の教授・学習は、子どもが自然発生的に獲得. れる。. あった保育の創造であり、発達と教育が統一されていると ころに、ヴイゴツキー理論が生かされている点が、注目さ. した概念から、学校での科学的概念の学習を可能にする、 過渡期に対応しているのである。なお、ヴイゴツキーは学 おわりに. 校のようではないが、就学前の知的学習においても、なん. らかの系統性を見ているようにうかがえる。 以上のような見解を検討すると、筆者はヴイゴツキーが 提起した「発達の最近接領域」とは、このような第2段階. ヴイゴツキー. (2002)はつぎのように、子どもの発達と. 教育実践を統一する考えをあらわしている。「正しい教育は、 子どもたちの中にあるものを目覚めさせ、それを発達させ、. (7歳)の子どもからの教授・学習について、使われる概. この発達を方向づけることを支援するものです」ヴイゴツ. 念ではないのかと考えている。組織的な学習に対して、目. キーには、子どもの想像力と創造についてのすぐれた理論. 的意識性が乏しく、自然発生的に、すなわち、遊びのなか に学習がある就学前期第1段階(3歳∼6歳)にたいして. があり、遊びと想像力の結びつきは幼児教育にとって、無 視できない。しかし、本稿では、想像力まで考察をひろげ る紙数のゆとりがなかった。. は、ヴイゴツキーは使っていないと考えられるが、さらに 詳細な文献の追究が必要とされよう。 日本は6歳から、学童期になり、教科の授業を受けると. 最近、ロシアではヴイゴツキーの未公刊の手稿や講演記 録などがあいつぎ発行されている。今後も注意深く、あた. ー82−.
(8) ヴイゴツキーの幼児教育に対する貢献について. らしい資料にとりくみ、理解を深めていく必要があろう。. 引用文献. Cohen,D.2002 Howthe childs mind develops・ London:Routledge 67−69 神谷栄司 2003 幼児の世界と年間保育計画−「ごっこ遊 びと保育実践」のヴイゴツキー的分析 三学出版. ロダーリ,G(窪田富男訳)1990 ファンタジーの文法 筑 摩書房. 中村和夫 2002 ヴイゴーッキーの発達理論における学校 教育の位置一子どもの科学的概念の発達を手がか. りに−JL、理科学 第23巻第1号 51−61 永野重史・横山史樹(ラウンドテーブル企画者)2004 新 しい時代の幼児教育−ヴイゴツキー理論からの追. 及一 日本発達JL、理学会第15回大会発表論文集 S 124 (柴田義桧訳)1962 思考と言語 上 明治. ヴイゴツキー 図書. ヴイゴツキー・レオンチェフ・エリコニン他 (神谷栄治. 訳)1989 ごっこ遊びの世界一虚構場面の創造 と乳幼児の発達 法政出版 ヴイゴツキー(広瀬信雄訳)2002 子どもの想像力と創造 新読書社 ヴイゴツキー. (土井捷三・神谷栄司訳)2003 「発達の最. 近接領域」の理論一教授・学習過程における子ど. もの発達 三学出版. 山崎 晃 2004 日本における幼児教育に関する教育心理 学研究−1993年以降を中心に− 教育心理学年報 第43集、145−155. ジンチエンコ.ベー.ペー 2003 ヴイゴツキーの文化歴 史的心理学−その回顧と展望一 教育心理学年報、 第42集、17. 一83−.
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