わが国における統合医療の未来構想の実現に向けて
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(2) 日本統合医療学会誌 第 13 巻第 1 号(2020). 図 1 統合医療(Integrative Medicine)とは?. 全く機能しなかった。また、本震災では外傷がほと んどなく(残念ながら、外傷を受けた方々は津波の. 犠牲となった) 、取り残された被災者の方々は慢性 疾患を有する多くの高齢者であり、薬剤が届くのを 今か今かと待っていたが、届いてもしばらくは薬剤 が効果を示さなかった。極度の交感神経の緊張状態 では、薬が効かないことがわかった。そこで、統合 医療の各チーム(心のケア、漢方、鍼灸、マッサー ジ、ヨーガ、アロマセラピーなど)が現地に入り、 心に寄り添うアプローチを行うことにより、被災者 のストレスが徐々に緩和されていき、薬剤が効くよ うになってきたという報告がなされた。さらに、本 震災に限らず、本邦ではここ数年、地球温暖化に起 因すると思われる自然大災害が頻繁に起こり、その 結果として、個々人の価値観や人生観に変容をもた らし、自らの健康は自らで管理しようという、セル フケアや予防医療への意識が芽生え、さらにはエネ ルギーに依存せずに必要に応じてエコロジーの術を 活用しようという機運がみられるようになった。. Ⅲ.統合医療とは? 東日本大震災での統合医療チームの活動状況が報 告されると、日本政府も統合医療に対して本腰を入. れるようになった。まずは、厚労省が有識者を集め、 2012 年から 1 年間にわたって「統合医療」の在り方 に関する検討会が開催された。これは国主導で一般 公開の下、統合医療を真っ向から取り上げ、統合医 療とは何か、またその位置付けについて議論したと いう意味で意義のあるものとなった。ここでは統合. 医療を「近代西洋医学を前提として、これに や伝統医学等を組み合わせて更に を向上させ る医療であり、医師主導で行うものであって、場合 により多職種が協働して行うもの」と位置付けてい る。しかし、この検討会では最後に、そもそも医療. 2. 図 2 統合医療における基本的な考え方 複雑系に対する統合医療的アプローチ!. とは誰のためのものであり、今後の医療はどうある べきかといった根本論にいたったことは大変興味深 い。 上記のごとく、統合医療は一般的に、現行医療と. との融合と考えられているが、いろいろな組 み合わせの統合があってしかるべきで、 “こころ”と “からだ”、西洋医学と東洋医学、未来医療と伝統医 療、心身に対する医療と環境を考慮した医療などが 考えられる(図 1)。 統合医療の共通する基本的な考え方として、用い る手技・手法がヒトの五感を刺激するものであっ て、その刺激が五感の受容体を介して、中枢神経 (脳)に伝えられる。そして、そこから生体制御系で ある、内分泌系、神経系、免疫系へと伝達されて統 合された効果が発現すると考えられる。統合医療 は、五感から入ったさまざまな刺激が統合された結 果として、ストレスの方ではなく、癒しの方へと誘 導すると考えられる(図 2)。. Ⅳ.統合医療のエビデンス 統合医療においてエビデンスが十分でないという 議論は以前からなされていた。確かに、 の手 技・手法を用いた臨床試験では、西洋医学で新薬の 開発などで用いられる無作為化ランダム化比較試験. ( )をそのまま適応することは難しいケースが 多いことは事実である。しかしながら、2000 年頃よ り、 による論文報告例が急速に増えており、 2012 年以降の での検索では に関する 論文が年間 1,400∼1,500 編みられる。このうち、サ プリメントに関するものが最も多く、次いで鍼灸に. 関するものと続く。 さらに、2013 年 12 月から厚労省では統合医療に.
(3) 日本統合医療学会誌 第 13 巻第 1 号(2020). 関する正しい情報をデータベース化して国民に発信 していくプロジェクトが始まり、 「統合医療」情報発. 信サイト(http://www.ejim.ncgg.go.jp/)として公 開されている。この情報は現在進行形であり、厚労 省ならびに国立研究開発法人国立長寿研究センター のホームページでも掲載されている。このサイトに は、 国 際 的 に も 質 の 高 い シ ス テ マ テ ィ ッ ク・ レ ビューを行うことで定評のあるコクラン・ライブラ リーも収載されている。. Ⅴ.統合医療の展開 現行の慢性疾患である生活習慣病は複雑系である ことはすでに述べた。なかでも超高齢社会を迎え、. 2025 年問題が取り沙汰されている。ここでは、高齢 者医療、特に認知機能障害に焦点を絞って、われわ れの取り組みも含めて述べてみたい。 1947∼1949 年生まれの第一次ベビーブームのい わゆる“団塊の世代”の約 680 万人が 2025 年には全 員 75 歳を超えることになり、その結果、社会保障費 (医療費・介護費)の増大が危惧される。具体的に は、前期高齢者(65∼74 歳)に比して、後期高齢者 (75 歳∼)になると、医療費は年間一人当たり 90.7 万円と約 1.6 倍になり、一方介護費は 53.2 万円と約 9 倍に膨れ上がる。とりわけ認知症の増加が見込ま れる。そこで、政府が提唱しているように、認知機 能障害を有する高齢者を地域で支えるためにも、住 まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供 できる地域包括ケアシステムの構築が重要になって くる。 本邦における認知症の現状をみると(厚労省「認 知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)概略、 2015 年」より) 、2012 年の認知症ならびに軽度認知. タミン、リバスチグミン、メマンチン)が、その副 作用の割に効果が高くなく、有用性が不十分である と し て 医 療 保 険 の 適 用 対 象 か ら 除 外 さ れ た(. )。すなわち、現行での認知症について は非薬物療法での対処が求められていることにな る。本邦では上記治療薬はいずれも保険適用薬と なっているが、日本医療研究開発機構( )は、 こうした状況に対応して、認知機能障害に対する非 薬物療法に関する研究助成を募集している。 また、認知症は生活習慣病の一つであると考えら れている。すなわち、糖尿病や高血圧症などの生活. 習慣病に加えて、栄養障害、貧血、肝機能障害や腎 機能障害などの全身状態の異常が認知機能を傷害 し、認知症のリスクになると報告されている3,4)。な お、アルツハイマー病ならびにその予備軍である (軽度認知障害)の臨床経過をバイオマーカー との関連でみてみると、おのおののカテゴリで広が りがあることと、正常と思われる方でもアミロイド βの沈着や脊髄液での検出がみられるなどが示され (図 3)。そこで、認知症予備軍である ている5) の段階で積極的に介入すれば、認知症の進行を遅ら せることができるのではないかと考えられる。 われわれは介護施設にデイケアで通所されている の方を対象にして、研究助成を受けて、2020 年 度から 3 年間の本格的な臨床試験、 『五感を刺激する 「癒しのスマート回想空間」を用いた新規認知機能低 下予防戦略∼AI とヒトとの共創に基づいた統合医. 障害(MCI)の方はそれぞれ 462 万人(高齢者人口 の 15%)と 400 万人(13%)であった。2025 年には. 療的アプローチ』を開始した。この研究はヒトの五 感を同時に刺激して認知機能に及ぼす影響を主観的 かつ客観的に評価するものである。具体的には、認 知機能低下を防ぐ非薬物療法としての回想法を、. 20%に相当)に加えて、インフォーマルケアコスト (介護保険以外で家族や知人が無償で提供する費用). トラッキングによって認識し、個々の思い出に適し た 映像を が自動的に提示するとともに、そ の映像に伴った香り(嗅覚刺激)、音(聴覚刺激)、 風・温度(触覚刺激)も が連動して選別・提供. 現存の 4 種類の認知症治療薬(ドネペジル、ガラン. アプローチは、われわれが以前に を有する外 傷後後遺障害に対して、複数の を同時に介入 させた臨床試験を実施し、トータルで症状ならびに. おのおの 675 万人、730 万人になると予想された。 また、慶應義塾大学の佐渡らの社会的費用の試算 (2015 年、厚労省科研)によれば、医療費は 1.9 兆 円、介護費は 6.4 兆円(合わせて、国民医療費の約. は驚くことに 6.2 兆円であり、合計で 14.5 兆円で あった。 最近、フランスから認知症治療薬に関する注目す べき発表がなされた。同国では、2018 年 8 月から、. ( )を用いて実施し(視覚刺激)、 回想法中の被験者の発言や思考を音声、脳波、アイ. する、ヒトと との共創に基づいた一体型統合医 療システムを開発する(図 4)。こうした統合医療的. 3.
(4) 日本統合医療学会誌 第 13 巻第 1 号(2020). 図 3 アルツハイマー病の経過 認知症発症よりも早期から認知機能低下の進行を抑制する非薬物療法が求められている(文献 5)を改変). 図 4 癒しの空間創成による五感刺激を介した、認知症に対する統合医療的アプローチに関する研究. の向上を得ることができたといった経験に基 づくものである6)。この研究では、最終的に脳波を 解析した。脳波をアナログからデジタルへ変換し、. 解析を用いて、脳内電流密度源の分布を 三次元に再構築することにより左下頭頂小葉の領域 でγ波の活動が検出された7)。これはヨーガの瞑想 を繰り返すことにより、物事をあるがままに捉える 客観視の能力が鍛えられたと考察した(図 5)。さら に動物実験より、光照射により脳内にγ波が発生 し、 β蓄積を抑制することが示唆された8)。した がって、われわれの臨床試験では、 に対する統 合医療的アプローチがγ波を発生させ、認知機能改 善あるいは進行遅延に寄与するのではないかという 仮説のもとに実施され、その結果が期待される。. 4. Ⅵ.これからの統合医療は 本学会は統合医療の実施にあたり、2 つのモデル を提唱している。一つは、 のエビデンスを臨. 床試験を通じて創生しようとする医療モデルであ り、もう一つはそれらを地域のコミュニティに還元 する社会モデルである。本学会では医療モデルから 得られたエビデンスについて、データベース委員会. を新たに立ち上げ、個々の のケースレポート なども含め、収集しデータベース化を図る。さらに、 現行の医療が対処できない病態(外傷後 、難 治性慢性疼痛、認知機能障害など)に対して、複数 の を同時に実施する臨床試験を行いエビデン スの構築を図りたい。後者の社会モデルでは、その 結果を踏まえて、地方自治体とも協力体制を構築し.
(5) 日本統合医療学会誌 第 13 巻第 1 号(2020). 図 5 統合医療(ヨーガ)による脳波のγ波の発生 共同研究者:石井良平(大阪府立大学). 各地域で の多種職によるコンソーシアムを創 生して、地域包括ケアなどおのおのの課題に対応し ていきたい。 最後に、本学会では持続可能な健康長寿社会の実 現のために、わが国の風土に合った日本型の統合医 療を開発推進していきたいと考える。. 文献 1)Eisenberg DM, et al.:Unconventional medicine in the United States. Prevalance, cost, and pattern use. N Engl J Med. 1993;328:246 252. 2)Eisenberg DM, et al.:Trends in alternative medicine use in the United States, 1990 1997. JAMA. 1998;280:1569 1575. 3)羽生春夫:生活習慣病と認知症.日老医誌.2013; 50:727 733. 4)Qizibach N, et al.:BMI and risk of dementia in two million people over two decades:a retrospective cohort study. Lancet Diabetes Endocrinol. 2015;3 (6) :431 436. 5)Jack CR Jr., et al.:Tracking pathophysiological processes in Alzheimer s desease:An updated hypothetical model of dynamic biomarkers. Lancet Neurol. 2013;12 (2) :207 216. 6)林紀行,他:外傷後後遺障害に対する統合医療的ア. プローチ―3 年目の報告―.日統合医会誌.2015; 8(1) :82 88. 7)Hata M, et al.:Short term meditation modulates EEG activity in subjects with post traumatic residual disabilities. Front Hum Neurosci. 2019; 4:30 36. 8)Laccarino HF, et al.:Gamma frequency entrainment attenuates amyloid load and modifies micro:230 235. glia. Nature. 2016;540(7632) 著 者 略 歴 伊藤壽記 1977 年 大阪大学医学部医学科卒業、同第一外科入局 1978 年∼ 大阪警察病院外科、大阪府立母子保健総合医療 センター小児外科医員 1985 年∼ 米国 UCLA 外科、Texas 大学ヒューストン校(移 植外科)Research fellow 1997 年 大阪大学医学部第一外科助教授 2005 年 大阪大学大学院生体機能補完医学寄附講座教授 2015 年 同統合医療学寄附講座特任教授 2017 年∼ (公財)大阪がん循環器病予防センター所長 大阪大学大学院薬学研究科特任教授 診療専門領域:膵臓(膵島)移植、膵癌、炎症性腸疾患、統 合医療 i 連絡先 〒563 8588 大阪市城東区森之宮 1 丁目 6 107 大阪がん循環器病予防センター TEL:06 6969 6711 FAX:06 6969 6700 E mail:[email protected]. 5.
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