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真宗教学研究 第38号(2017)

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ISSN 1346 2156

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浄土という世界観

議 演 浄土と械土<悲華経J概 観 石 上 和 敬 「仏の名号」と仏身仏土 摂化として実現する名弓の世界 日力 来 雄 之 15 研究発表 真

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、士の救済的力用について 『浄土論註JYI文の検討を通して← 里 同

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告 明 38 『愚禿紗

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における浄土観 藤 元 雅 丈 51 学寮講者にみる護法思想 告主樹院ice:龍を事作jlとしてー 松 金 南 : : 丈 68 真宗教学学会講演会ー宗祖としての親鷺聖人ー 「本願力回向の宗教」の宗祖、親驚聖人 一本願を信じ念仏を1¥1さば位、に成る 高

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{百 良 85 「証」の二重性と「念仏成仏」 小!|| 乗 99 2016年度教学大会発表要旨 113

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真 宗 教 学 学 会

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︿ 者 閉 山 山 間 ﹀ 第二ト一二同真京大谷派教学大会

浄土と械土︿悲華経﹀

E 4 目 見 # 叫 ﹁ 各 担 1 1 1 ! | 一 、 は じ め に j争Iと 穣l みなさんこんにちは。いまご紹介をいただきました、 武蔵野大学からまいりました石上と申します。本日は、 ﹁浄土という世界観﹂について記念講演をさせていただ くということで、大変光栄に存じております。私は、い わゆる仏教学を専攻してきました関係で、浄土真宗の教 学については理解が十分ではない点が多々あろうかと存 じます。本日は真宗教学にご造詣の深い先生方ばかりだ と思いますので、この点、どうかお赦しをいただきたい と 存 じ て お り ま す 。 本題に入らせていただきます。今回、﹁浄土と穣土

||︿悲華経﹀概観﹂というテ

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マを掲げさせていただ きました。こちらの研究会の統一テ

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マ は 、 ﹁ 浄 土 と い う世界観﹂と伺っておりますが、私がお声をかけていた だきましたのは、︿悲華経﹀という経典について語るよ うに、とのことからでございます。この︿悲華経﹀とい う経典は、阿弥陀仏等の浄土につきましでも、かなりの 分量が割かれている経典ですが、︿悲華経﹀の主題は阿 弥陀仏などの浄土の諸仏たちではなく、むしろお釈迦様 の穣士成仏の素晴らしさを説くことにあります。従いま して、今日お話しするのは、浄土と穣土との関係につい て述べるこの︿悲華経﹀をご紹介することによって、浄 土だけではなく、その対概念である穣土をも視野に入れ

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2 た複眼的な視点から浄土について考えていただければ、 との思いからであります。これが本日の発表のねらいで ご ざ い ま す 。 さて、はじめに私がなぜ︿悲華経﹀という経典を研究 対象にしたのかということを、少しお話しさせていただ きます。学生時代、インド仏教を勉強することになり、 真宗のお寺の者でもありますので、インドの浄土教を研 究したいと思いました。そこで、まずは藤田宏達先生の ﹁原始浄土思想の研究﹄を読ませていただきますと、大 変に綴密なご研究であり、自分などがもうこれ以上研究 することは残されているのだろうか、と感じました。 ﹃原始浄土﹂は原始浄土思想を探求する方向、つまり ︿無量寿経﹀や︿阿弥陀経﹀の浄土思想がどのように生 まれてきたのか、そういうこ研究ですが、末尾のほうに、 ︿無量寿経﹀ヤ︿阿弥陀経﹀以降の、インドにおける浄 土思想の展開・発展については、まだあまり研究がなさ れていない、研究の余地があるのではないかと、このよ うなことが書いてありました υ それを読みまして、確か にその通りであると、︿無量中市経﹀や︿阿弥陀経﹀が成 烹した後、インドで均七思想がどのように展開していっ たのだろうか、もし、史料があるならばぜひ勉強してみ たい、そのようなことを考えている中で、この︿悲華 経﹀というものに出会いまして、︿悲華経﹀は、あとか ら申し上げますが、︿無量寿経﹀などの阿弥陀仏の本願 文をかなり前提にしていますので、︿無量寿経﹀などが 成立したあとのインドの浄土教の展開について知るには、 これは面白い史料ではないかと思いました。これが︿悲 華経﹀を研究対象にした一つの理由です。なおかっ、さ きほど申し上げたように、阿弥陀仏等々を称揚する、讃 嘆するだけではなくて、実は﹁お釈迦様の方が素晴らし い﹂ということを説いているのも大変面白いと思いまし たこと、これも理由の一つであります。このような理由 から、︿無量寿経﹀・︿阿弥陀経﹀以降のインドにおける 浄土思想を扱っていて、なおかっ、阿弥陀仏などの浄土 とお釈迦様の穣土とを対比的に扱っている、このような 点で耐白い経典ではないかと思いまして、この︿悲華 経﹀を選んだというわけです。 それでは、本題に入らせていただきます。本日お子一川 に ご 川 用 意 し ま し た レ ジ ュ メ は 、 二 、 : 一 年 前 に 泰 秋 社 か ら ﹁シリーズ大采仏教第五巻仏と浄土﹄という本が山 まして、その本のなかに︿悲華経﹀の浄土と穣土につい て少し書かせていただいたのですが、その原稿をベース

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浄l二と械:f にしたものでございます。この内⋮、お含みおきください ませ。では、このレジュメに沿って進めさせていただき ま す 。 まずはじめに、少しテキストの問題をお話ししますり ︿ 悲 華 経 ﹀ の テ キ ス ト ︵ タ イ ト ル は カ ル ナ 1 プ ン ダ リ l カ ︶ としては、まず、サンスクリットの写本が残っておりま す。サンスクリットの写本はネパ

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ルで発見されたもの がほとんどです。また、チベット訳もありますし、漢訳 も二本あります。漢訳の一つは、曇無識が訳した﹁悲華 経﹄︵以下、曇無識訳︶です。日本で︿悲華経﹀という場 合は、この曇無識訳の﹁悲華経﹄を指す場合が多いよう です。もう一本の漢訳は、訳者不明ですが、秦代の訳出 とされる﹃大乗悲分陀利経﹄︵以下、秦訳︶です。この経 題ですが、﹁大乗﹂に続けて、﹁悲﹂というのがサンスク リットのカルナ

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の訳です。後半のプンダリ l カは﹁分 陀利﹂と音写しています。このように﹃悲華経﹄と﹃大 乗悲分陀利経﹄という二本の漢訳がありますが、﹁どち らが古いのか﹂とか、﹁どちらかがどちらかを見ている のか﹂という点については諸説ありますが、決定的なこ とはまだ青えないかと思います。ただ、はっきりしてい ることは、﹁大乗悲分陀利経﹄の方がサンスクリット語 3 やチベット訳には忠実であるということです。もっとも、 丈意などを吟味しながら読んでいきますと、目雲無識訳の 方 が な ん と な く 読 み や す い 部 分 も 多 い と 一 一 一 円 え ま す 。 で す から、両漢訳を比較しながら読みすすめていくことが必 要かと感じております。このように、︿悲華経﹀のテキ ストとしてはサンスクリットもありますし、チベット訳 もある、そして漢訳も二本あるということで、比較対照 しながらの研究は行ないやすい経典かと思います。 次に、この︿悲華経﹀という経典の概要について、用 意しましたレジュメを読ませていただきます。 ﹁︿悲華経﹀編纂のねらいは、阿弥陀仏や阿閑仏など の浄土を選び取る諸仏に対して、穣土成仏を誓う釈迦仏 こそ、大悲を具えた真の菩薩であると主張することであ る。︿悲華経﹀では、浄土と穣土との対比が諸仏を分類 する際の一つの基軸となっている。本来、優れた存在で あるはずの浄土の諸仏が、その浄土の清浄性ゆえに、か えって、穣土での成仏を誓う釈迦仏に劣る存在と見なさ れるにいたる。大雑把な表現が許されるならば、阿弥陀 仏等の浄土の諸仏と、穣土成仏を誓う釈迦仏とを、いく つかの視点から対置させ、その優劣を論じるという構成 である﹂と、このようにまとめてみました。

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4 次に、︿悲華経﹀の構成上の特徴について一つ述べて おきます。︿悲華経﹀には、諸仏が菩薩の段階で起こす 誓願の内容が、菩薩ごとに列挙されています。菩薩たち の誓願がかなりたくさん出てまいりまして、そこに日を つけたある先生は、︿悲華経﹀というのは、諸仏の﹁本 願叢書﹂であると上手に表現されました。阿弥陀仏だけ ではなく、例えば阿閑仏、薬師如来、丈殊などの、様々 な仏・菩薩の誓願が次々に登場します。そして、諸仏の 特徴を各々の誓願の内容に基づいて、比較していくとい う体裁になっています。ただ、留意しておくべきことは、 阿弥陀仏、阿閑仏、薬師如来等々の誓願が順次示されま すが、それらの誓願は、例えば、阿弥陀仏ならば︿無量 寿経﹀の説く法政菩薩のいわゆる四十八願に極めて近い 内容であり、阿閥仏ならば、﹃阿閑仏国経﹄で説かれる 阿閑仏の誓願に近いなど、恐らくは、先行する関連経典 の誓願の内容を何らかの形で参考にしているということ が明瞭なことです。従いまして、このような構成を取っ ていることから、阿弥陀仏信仰とか、阿閑仏信仰とか、 冷士の諸仏に対する信仰がある程度確 L ーしたあとに、こ の︿悲華経﹀が編纂されたのではないかと考えられてき 宇 ナ し れ ∼ 。 また、穣土成仏を誓う釈迦仏のいわゆる五百誓願と呼 ばれる誓願ですが、この五百誓願は、一応誓願の形態は とっておりますが、阿弥陀仏や阿閑仏のような将来どの ような浄土を建立するのかというタイプの誓願ではなく、 過去世から未来世にも及ぶ釈迦の壮大な仏伝をモチーフ にした誓願になっています。簡単にいえば、お釈迦様の 私たちが慣れ親しんできた仏伝ということ、これが骨子 になっている誓願と見ることができるかと思います。 二、︿悲華経﹀における浄土と穂土 それでは、本日の本題になりますが、浄土と穣士につ いて、︿悲葦経﹀の記述を紹介していきたいと思います。 ︿悲華経﹀第三章﹁大施品﹂に、諸仏が浄土を選び取る のか、穣土を選び取るのか、という点についての問答が 見られます。これは、寂意菩陸という菩薩がお釈迦様に 尋ねる部分ですが次のような問答です。 ﹁附尊よ、他の仏・世尊たちの清浄なる仏同士は汚れ がなく、五濁を離れ、種々の徳に荘厳された仏凶土です。 また、そこにいる菩薩・摩詞隆たちは種々の徳に満たさ れ、種々の安楽を享受し、声聞・縁覚という名称すらも 存荘しません。どのような因縁でこのようになっている

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浄土と械−十 の で し ょ う か ﹂ ︵ 以 卜 、 現 代 語 訳 は 党 本 か ら の わ 上 の 試 訳 ︶ 0 このように、阿弥陀仏の仏凶土に象徴される浄土の性 格がまとめられています。ここで﹁清浄﹂というのは、 サンスクリット語ではパリシユツダという請に相当しま す。それに対して穣士成仏を誓うお釈迦様の方ですが、 ﹁世尊よ、旺尊は命濁・劫濁・衆生濁・見濁・煩悩濁 という五濁の仏国土に生まれ、無上正等党をさとり、四 衆に二一乗をはじめとして法を説かれています。どのよう な因縁でこのようになっているのでしょうか﹂ となっています。ここでは﹁清浄なる仏国士﹂に対し て﹁五濁の仏国土﹂という表現で穣土を表していますが、 この他にも、浄土の方は、声聞縁覚という名称すらない、 となっておりましたが、穣土の方は三乗の教えというよ うに、声聞縁覚をも含めている、という対比も見られま す。そして、﹁なぜ、世尊は清浄にして五濁を離れた ︵阿弥陀仏のような︶仏国土を選ぴ取らなかったのです か﹂という聞いを寂意菩薩がお釈迦様に発します。 それに対するお釈迦様の答えですが、 ﹁善男子よ、誓願力によって菩薩たちは清浄なる仏国 土を取り、また、誓願力によって、不浄なる仏国土を取 る﹂と答えています。あくまでも、誓願によって、清ら り かな浄土を取ろうとするのか、不浄士、被士、を取ろう とするのかが決まるのだ、ということです。これほどま でに浄土と穣上を対比的に扱っている、インド成立が明 瞭な経典は珍しいのではないかと思われます。特に、浄 土と械十とのインド語版語という観点からも、浄土はパ リシユツダで、不浄土はその否定形のアパリシユツダと なっていまして、ここも注目されてよいところではない か と 思 い ま す 。 このように、海士を取るか、械土を取るかは誓願に拠 るとあり、次が重要になってくるかと思いますが、﹁大 悲を具えているが故に、菩薩摩詞薩は不浄なる仏同士を 取る﹂とあります。ここでの﹁大悲﹂は、慈悲の﹁悲 ︵ カ ル ナ l ︶﹂に﹁大﹂を付したマハ l カルナ l です。大 悲を具えているから、穣士一を選ぴ取るのだ、と答えてい ます。つまり浄土を取るか、機士を取るかの判断の悲準 として、﹁大悲﹂を具えているかどうか、ということに 言及がある。ここが浄土か穣土かという︿悲華経﹀の主 題から見ると、一つのポイントになるかと思います。も ちろん、阿弥陀仏などの諸仏も衆生に対する慈悲の心か ら浄土を選び取ったということでしょうが、︿悲華経﹀ ではそこが、大悲を具えているからこそ、穣土を選ぴ取

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6 るんだとなっています。 続く箇所は曇無識訳のほ、つがわかりやすいかと思いま すが、﹁善男子よ、菩薩摩詞薩は本願を以ての故に浄妙 国を取る、また、本願を以ての故に不浄土を取る。何を 以ての故に、善男子よ、菩薩摩詞薩は大悲を成就するが 故に、この弊悪の不浄土を取るのみ﹂と。続けて﹁この 故に、五日は本願を以て、此の不浄穣悪の世界に処して、 阿綜多羅三貌三菩提を成、ずる﹂と。つまり、曇無識訳で は、菩薩は大悲を具えているので、穣士一を取るのであり、 だから私も大悲がある菩薩なので、械土の方を選んでそ こに生まれて成仏すると誓うという流れです。上記とは 異なる箇所ですが、機士に生まれるということは、汚れ た心や顛倒した見解を持つ、そのような衆生たちを救お うとすることでもあるのだ、とも述べられます。このよ うな箇所を読みますと、私ども浄十一教の伝統の中にある 者からすると、なんとなく釈然としない思いもあるわけ ですが、この段、お釈迦様の五百誓願を見ていきますと、 なぜこのような説かれ方になるのかが、理解されるよう に な り ま す 。 こ こ ま で 、 浄土と械士との対比について経典の記述を 紹介してきましたが、もう一つ注目していただきたいの が、穣土をどのように捉えているかということです。穣 土の修飾語、形容として五濁ですとか、悪世とか、様々 な機根が劣る衆生たちの存在など、ある程度、決まった フレーズで出てまいりまして、︿悲華経﹀の考える械士 がどのようなところかを知るヒントになるかと思います。 一応ここまでが、︿悲華経﹀における浄土と穣土との対 比にかかわる紹介です。 三 、 ︿ 悲 華 経 ﹀ の 浄 土 次に、︿悲華経﹀の浄土を考える一つの手がかりとし て、﹁︿無量寿経﹀で説かれる阿弥陀仏の誓願﹂と﹁︿悲 華経﹀に説かれている阿弥陀仏の誓願﹂との比較研究と い う テ l マに移ります。この分野のひとつの集大成が、 宇治谷祐顕先生の﹁悲華経の研究﹂という本です。これ は、主に︿無量寿経﹀の阿弥陀仏の誓願と︿悲華経﹀の 阿弥陀仏の誓願、これを綿常に比較検討された研究です が、この宇治谷先生に代表されるように、︿無 H 一 一 存 続 ﹀ などの誓願文との比較研究というのが、︿悲華経﹀研究 でも最初に着手されたことです。長い研究の蓄積があり ますので、この分野については、新たに山中し上げること はあまりございません。要点だけ申し上げますと、︿無

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量 寿 経 ﹀ 浄fと械上 の 阿 弥 陀 仏 誓 願 丈 の 研 究 で は 、 ︿ 無 円 一 塁 寿 経 ﹀ サ ンスクリット本、チベット訳、そして五積類の漢訳、こ れらに見られる誓願文を比較して、どれが白くて、どの ように発展したのか、などの観点から比較検討されてき たわけですが、そのような阿弥陀仏誓願文の変遷の研究 において、︿悲華経﹀に見られる阿弥陀仏の誓願文、こ れも交えて研究する必要がある、ということです。 それでは、︿無量寿経﹀などの阿弥陀仏の誓願と類似 した誓願が︿悲華経﹀にも見られるということを、少し 具体的に紹介します。まず光明無量の願というのがござ います。これ見ていただきますと、 ﹃無量寿経﹄﹁設我得仏、光明有能限量、下至不照百千 億那自他諸仏同者、不取正覚﹂ それに対して、︿悲華経﹀の阿弥陀仏の誓願では、 ︿悲華経﹀﹁百千億那由他の仏国土を照らす、私の光明 は 無 限 ︵

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︶ で あ り ま す よ う に ﹂ 秦訳﹁使我光明無量照億那由他百千仏土﹂ 曇無識訳﹁光明照於無量無辺百千億那由他諸仏世 界 ﹂ このように︿悲華経﹀では、︿無量寿経﹀に見られる ﹁設我得仏﹂のような目印によって、願文がひとつずつ 明瞭に医八刀されているわけではないので、判別がしにく いのですが、内容的には︿無量寿経﹀の誓願と同じよう な内容がでてきます。その他、寿命無量とか、諸仏称揚 などの願などの例も配布資料に挙げておきましたが、こ れらをご覧いただくと、︿無量寿経﹀の誓願文と︿悲華 経﹀の誓願文は、かなり似ているということは一目瞭然 か と 思 い ま す 。 一方で、少しですが両経の誓願文で異なるところがあ りますので、それを検討してみたいと思います。この点 に関するこれまでの研究が注目してきた大きな相違は、 浄土における声聞・縁覚いわゆる二乗の存在についてで す 。 ︿ 悲 華 経 ﹀ の 阿 弥 陀 仏 誓 願 丈 に は 、 ﹁ 私 の 菩 薩 の 集 団

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︶には、声聞や縁覚 は お ら ず ︵ 叫

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︶ 、 ︹ そ の 菩 薩 の 数︺は無量︵名 E B a E︶であり、一切知日者の智慧によら ない限り、誰も数えることができませんように﹂ となっています。秦訳だけは少し微妙ですが、サンス クリット本と曇無識訳とチベット訳では、菩薩の集団が 浄土にあって、そこには声聞・縁覚の二乗はいない、と いうことが明確に述べられている。しかし、︿無量寿経﹀ は、そうではなく、声聞無数の願といわれるように、

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8 ﹁もしも、世尊よ、わたくしがかの仏国土において、 無上なる正等覚をさとったときに、たとえ三千大千︹世 界︺に属するすべての衆生たちが、独覚となって、十 万・百万・千万劫の間︹声聞たちの数を︺数えるとして も、だれかある衆生が声聞たちの数を知るようであるな らば、その限り、わたくしは無上なる正等覚をさとりま せ ん o ﹂ ︵ 藤 出 宏 達 訳 ︶ となっており、声聞や独覚が存在するとなっておりま す。このあたりは、大きく異なるところかと思います。 両経のこれに類する相違は他方世界の衆生たちの臨終時 に阿弥陀仏が面前にあらわれるという、いわゆる臨終来 迎 の と こ ろ で も 確 認 で き ま す 。 ︿ 無 且 一 寿 経 ﹀ な ど で は 、 ﹁ 比 丘 僧 団 ︵ 喜 一

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︶に取り巻かれて来迎する﹂ となっていますが、︿悲華経﹀の場合は、﹁菩薩衆 ︵

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加吉田︶に取り巻かれて﹂やってくる、とな っておりまして、明瞭な違いがあります。また、浄土に おける女性の存在についてもやや異なります。︿悲華経﹀ の阿弥陀仏の菩願では、浄土には﹁女性という名称 ︵ 司

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︶すら存仕しないように﹂と誓われますが、 ︿無量寿経﹀は解釈が微妙な部分もありますが、阿弥陀 仏の浄土に女性がいるかいないかというよりも、他万世 界の女性たちが再び女性として生まれることがないよう に、という表現になっております。したがいまして、 ︿悲華経﹀は︿無量寿経﹀に比べて、阿弥陀仏の浄土に 女性がいないという点を明確に打ち出している、と言え ま す 。 こ の よ う に 、 ︿ 無 旦 一 中 一 対 経 ﹀ と ︿ 悲 華 経 ﹀ の 阿 弥 陀 仏誓願文を比較した場合、声聞・縁覚などの二乗や女性 の存在ということが、︿無量寿経﹀では必ずしも否定さ れ て い る と は 一 一 一 日 え ま せ ん が 、 ︿ 悲 華 経 ﹀ で は 明 確 に 二 乗 や女性が存在しないようにと誓われている。ここが、一 番大きな相違ではないかと思います。 これまでの研究によれば、これらの点を捉えて、︿悲 華経﹀において大乗的見地からみて、阿弥陀仏の浄土が その清浄の度合いを増している、と見なされてきましたハ ︵ こ の 場 合 の ﹁ 清 浄 ﹂ と は 、 一 二 来 も 存 在 せ ず 、 生 口 薩 た ち だ け で あ る と か 、 女 性 も 存 在 し な い な ど の 点 を 指 し て い ま す ︶ 0 つ ま り、︿無旦一寿経﹀に比して︿悲華経﹀において浄土の清 浄さの度合いが増したということは、より大乗化が進ん だと見ることも可能であり、そのことは、誓願文につい て 一 一 百 え ば ︿ 悲 華 経 ﹀ が ︿ 無 量 寿 経 ﹀ よ り も 発 展 し た 段 階 を示しているということになります。また、阿弥陀仏の 浄土において、二乗や女性を除くなどの大乗化・清浄化

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浄十と穣十 が進んだということは、︿悲華経﹀の全体の趣旨に関連 づけていえば、結果として、阿弥陀仏の救済対象の範囲 を狭めることになり、械上で機根の劣る衆生をも救うと いう釈迦仏の卓越性をいよいよ高めるという効果も生む ことになるわけです。つまり、浄土では声聞・縁覚や女 性はいない、つまり救われないので、お釈迦様が械士で 二乗や女性たちをも救うのだ、という意図を読み込むこ ともできるのではないか、これまでの研究ではこのよう な指摘もなされています。 しかし、この点について私は少し立ち止まって考えて 見たいと思いました。どういうことかと申しますと、 ︿悲華経﹀が必ずしも︿無量寿経﹀よりも浄土を大乗 化・清浄化している、つまり発展した段階を反映してい るとばかり言えないのではないか。︿無量寿経﹀の諸本 を見てみますと、初期無量寿経に分類される﹃大阿弥陀 経﹄などに出る願文と︿悲華経﹀の説き方に似ていると ころがあるのではないかという点です。この点でもっと も明瞭なのは、﹃大阿弥陀経﹄には、︿無量寿経﹀などに は見られない、阿弥陀仏の般浬繋ということが説かれま すが、実は︿悲華経﹀でも、阿弥陀仏が般浬般市して、そ のあとに、観音・勢至の二菩薩が法灯を継承する、 9 と し うことが明確に出てきます。こういった例を他にもいく つか挙げることができるのですが、このことは、︿悲華 経﹀の阿弥陀仏誓願文というのは、いくつかのバージョ ンがある︿無量寿経﹀諸本の阿弥陀仏誓願しえのなかのど のあたりに位置づけられるのか、という問題を考える卜 で、考慮しなくてはならない点かと思います。少なくと も、﹃大阿弥陀経﹄という初期無量寿経グループのほう が、︿無且一寿経﹀などの後期無量寿経グループよりも、 ︿悲華経﹀と似ている面がいくつか見いだせる、 ことは指摘できると思います。 という 四 、 ︿ 悲 華 経 ﹀ の 穂 土 | | 五 百 誓 願 次 に 、 穣 士 成 仏 を 立 一 百 一 う お 釈 迦 様 の 五 百 誓 願 、 こ れ に つ いても少しご紹介したいと思います。このお釈迦様の五 百誓願は、先ほど中しましたように、実は仏伝でござい ます。過去世から現在世、そしてお釈迦様が亡くなった 後の未来世までにも及ぶ壮大な仏伝、これを誓願という 体裁に編集したものと見ることができます。それでは、 仏伝として釈迦の五百誓願を見た場合の特徴について考 え て み ま し ょ う 。 まず注目されるのが、成道前の苦行のところです。各

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10 種仏伝においては、成道前の断食等の苦行は、肉体のみ を痛めつけることの無益さと共に語られ、最終的には放 棄されるべきものであり、概して百定的に扱われること が一般的です。よくお釈迦様の一般向けの伝記などに見 られる、スジャ

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ターから乳粥を貰って、苦行を放棄し たという部分ですが、多くの仏伝文献では、お釈迦様は 断食等々の苦行をしたけれども、それは最終的に自分の 求める道にはつながらないということで、苦行は最後に は放棄される、という流れです。苦行はほぼこのように 位置づけられて、仏教では一般的には否定的にみられる というのが少なくとも仏伝丈献の大勢かと思います。し かしながら、この︿悲華経﹀の五百誓願に見られる仏伝 では、成道前の背行は、成道のために必要なプロセスと 位置づけられて、肯定的な一評価を与えられております。 例えば、﹁その難行は、大きな神通力を具え、大きな巣 報を伴い、大きな広がりを有する。彼はほどなく、無上 正等覚をさとるであろう﹂などと、お釈迦様が出家して、 様々な難行・苦行を行ったことが、さとりをひらく、成 道に山けて、プラスと申しましょうか、非常に有益なも のであったと︿悲華経﹀は説いているわけです。この難 行・苦行に対する宵定的な評価は、実はお釈迦様が最後 の生存として、裟婆世界に生まれるまでに、繰り返す輪 廻の中で様々な自己犠牲を伴う難行を行じてきたことと 相通ずるものでもあります。五百誓願に含まれる箇所で すが、お釈迦様は裟婆世界に生まれるまでに、次のよう な捨身行ともいえる苦行を繰り返すことを誓っています。 インドに生まれる前の過去世においてのこととして誓わ れるのですが、﹁板めて餓えている衆生たちを自分の血 肉によって満足させよう。苦難に陥った衆生たちを自ら の身体と命をもって救ってあげよう﹂といった、他者に 代わって自分自身が苦を受けるという代受苦の発想と言 ってよいかと思いますが、繰り返し述べられているわけ で す 。 この成道前の苦行について、もう一つ重要な視点をご 紹介しておきましょう。︿悲華経﹀にみられるお釈迦様 の苦行に関連して、近年仏教美術の立場から興味深い指 摘がなされています。周知の通り、ガンダlラから釈迦 苦行像が多数出土していますが、その造像の日的につい ては卜分に明らかにされたとはいえないかと思います。 釈迦苦行像の造像の目的として考慮しなければならない 点は、多くの仏伝が説くように、苦行が百定的に扱われ るだけであれば、釈迦苦行像の需要はそれほど尚くはな

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浄i:と穣+ かったはずです。つまり、苫行というのが仏教のなかで 再定的に見られるだけであったら、なぜあのガリカリな 姿にまでなったお釈迦様が苦行している像というのがあ れほど作られたのかという理由が説明できないというこ とです。その時に浮かび上がってくるのが、︿悲華経﹀ の五百誓願の次のような表現です。﹁百千億那出他の多 くの衆生たちが、私の難行・苦行を目の当たりにして、 驚嘆の念に打たれ、さらに私が無量無数の彼らの心に解 脱の種子を植え付けるまで、私は難行・苦行を行じるだ ろ う ﹂ o つまり、お釈迦様が難行苦行をする姿を他の 人々が見ることによって多くの利益を得るというか、功 徳を生じさせるのだということを誓っている。この箇所 に限らず、五百誓願にはお釈迦様の苦行を衆生たちが見 ることによって、衆生たちに大きな利益がもたらされる ように、という誓いが散見されます。ガンダ l ラにおけ る造像の背景には、この様な︿悲華経﹀の記述が何らか の影響を与えたのではないかということです。以上のよ うな指摘が、仏教美術の専門家から出されています。 それでは次に、五百誓願のなかの一音説法について触 れたいと思います。五百誓願のなかでお釈迦様の成道後 の衆生教化の中で、一音説法というものが非常に大きな 11 部 八 刀 を 占 め て お り ま す 。 会 ι H 説 法 と い う の は 、 ︿ 維 摩 経 ﹀ などに説かれることで有名ですが、一宮によって説法す ることによって、それを聞いた人たちがその二ル日を皆 件々に相応しい説法として理解する、そのような内谷で す。諸仏典に見られる一日説法の山例は多岐にわたるた め、一音説法の定義も簡単ではありませんが、五百誓願 では次の様になっています。 ﹁ さ と り を 得 た 私 は 、 一 音 の 説 一 不 に よ っ て 教 え を 説 ︸ ﹂ 、 つ ﹂ 0 秦訳﹁我逮菩提己、説一種句法﹂ 曇無識訳﹁我成阿綜多羅三親三菩提己、一音説法﹂ 五百誓願では、お釈迦様がさとりをひらいてから入滅 までの様々な衆生教化は、大体この一音説法によってな されている、という点も注目されます。これに続けて、 お釈迦様が一音によって説法した教説を聴衆の中に声聞 乗の者がいれば、彼らは声聞乗の教えとして受け止め、 禄覚乗の衆生がいれば縁覚乗の教えとして理解し、大乗 の者がいれば大乗の教えとして理解する、おおよそこの ようなパターンが九五種類ほど繰り返されます。このよ うな一音説法は、︿悲華経﹀全体の趣旨に鑑みれば、阿 弥陀仏等の浄土からは除かれた二乗や機根の劣る衆生た

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12 ちに対しても、そのニ

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ズに応じた説法を提供するとい うお釈迦様の大悲の一つの表出ではないだろうか、と考 えることができるでしょう。つまり、多様な人々がいた としても、お釈迦様が一音によって説法することによっ て、多くの人々が自分たちのニーズに応じた説法として 受け止めるということは、言い方を変えれば、どのよう な人でもお釈迦様の一音によって救われいく、というこ とになります。浄土から除かれた人々もこの一音説法に よってしっかりと救われることになる、そのような役割 を持ったものと位置づけることができるのかと思います。 次に、五百誓願のもう一つの特徴である舎利神変につ いても紹介しましょう。舎利神変も阿弥陀仏との関係で 考えてみる必要があるテーマかと思います。︿悲華経﹀ の五百誓願では、一般の仏伝を踏襲してお釈迦様は八ト 歳で亡くなることになっていますが、亡くなった後、そ のお釈迦様の舎利が、様々な神変といいますか、奇跡的 な衆牛教化の働き方をすると誓われます。たとえば、そ の舎利が上のほうに高く上って、細かく分かれたりとか、 その舎利から教えが説かれるとか、全日利に出あうことに よって救われていく、と言った舎利による教化が、お釈 迦様の亡くなった後に様々な形でなされると誓われます。 このような神変が誓われる理由として、阿弥陀仏がやは り念頭にあるかと思います。つまり、阿弥陀仏の寿命は、 ご案内のように、無量なる寿命です。先ほど、︿悲華経﹀ では、阿弥陀仏もいつかは般浬繋すると申しましたが、 それにしても長い寿命をもって衆生教化をし続けること に変わりありません。それに対して、お釈迦様は八十歳 で亡くなってしまう。そうしますと、阿弥陀仏が無量劫 にわたって衆生済度を続けるのに対して、お釈迦様は八 十年で終わってしまう。これは、お釈迦様が阿弥陀仏に かなわないというわけです。そこを乗り越えるといいま しょうか、少なくともイーブンに持っていくために、お 釈迦様は八十歳で亡くなるけども、その舎利が仏滅後も 衆生済度を続けるのだと、このように誓われているわけ です。これは私の推測ということではなく、︿悲華経﹀ に次のように説かれていることからも明らかです。ここ は帥仏による授記的な部分ですが、﹁アミタ l ユ ス ︵ 日 恒量寿仏︶という名前の仏となり、無 H 一 一 劫 を 経 る 問 、 仏 としてのあらゆる行いを成すでしょうが、まさにそれと 同じように、汝はその姿婆世界で賢劫において、生類の 寿 命 が 一 一 一

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歳のときに、四五年間をかけて、︵これは仏 伝ではさとりをひらいてから亡くなるまでの年数のことです

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ゅよと織:↑ が︶、まさにこのような内容の仏としてのあらゆる偉大 な行いを行じる﹂となっています。ここで言いたいこと は、阿弥陀仏は無量劫にわたって衆生済度をする、それ に対して、お釈迦様は四五年間の間で、阿弥陀仏が無量 劫にわたって行なうのと同じぐらいの衆生済度ができる のだ、ということです。曇無識訳﹃悲華経﹄でも、阿弥 陀仏が長きにわたって行うことと、お釈迦様が同五年で 行うこと、この両者は﹁等無差別﹂となっています。こ のように、五百誓願に説かれる釈迦滅度後の舎利神変は、 お釈迦様が八

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歳で般浬繋した後にも、長時にわたり、 衆生済度を続けることを可能にする一つの手立てであり、 長い寿命を持つとされる阿弥陀仏の教化を凌駕すること を意図したものと考えられます。 以上、五百誓願の特徴については、三点挙げさせてい ただきました。①成道前の苦行を肯定的に位置づけてい ること、②成道後の衆生教化の中心が一音説法になって いること、そして③減度後の舎利による衆生の教化とい うこと、この三点です。五百誓願は全体としては釈迦の 仏伝にならっていると言えるのですが、特に一音説法と 金口利神変については、阿弥陀仏やその浄土を強く意識し た上で、阿弥陀仏の救いから漏れる衆生たちをも救うの 13 だという、阿弥陀仏に対する優越性のアピールのような ものが読み取れるのではないかと考えています。ただし、 印 同 意 し な く て は な ら な い の は 、 阿 弥 陀 仏 の 存 在 、 折 合 い 願 、 均土を強く意識した上で、お釈迦様の械 L L 成 仏 が ザ き い わ れ ていることは間違いのないところでしょうが、あくまで も、阿弥陀仏の存在が前提になってはじめてお釈迦様の 五百誓願が誓われている、という点です。︿悲華経﹀に ついて一一行えば、阿弥陀仏あっての釈迦仏ということが百 えるように思います。想像を遅しくすれば、阿弥陀仏信 仰の高まりが前提になって、釈迦信仰を高揚させるよう な意問が、︿悲華経﹀編纂の動機として考えられるので はないかということです。 五、最後に 最後に、少し時間オーバーとなりましたが、日本にお ける﹁悲華経﹄受容の問題について簡単に触れておきま す。日本において、この曇無識訳﹁悲華経﹄が平安末期 ぐらいから鎌倉時代にかけて流行したようです。﹃悲華 経﹄の受容に関しては、﹃悲華経﹄の釈迦五百誓願だけ を取り出して、﹃釈迦五百大願経﹄などというお経も作 られたことなども、﹃悲華経﹂が幅広く受容された一証

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14 左ではないでしょうか。先ほどインドにおける︿悲華 経﹀成立の事情を推測を交えて述べましたが、日本の中 世においてももしかすると、似たような状況があったの かもしれない。つまり、阿弥陀仏の浄土信仰の高まりの 中でお釈迦様をいかに積極的に位置づけていくか、とい うところで、この﹃悲華経﹄やその一部を抄出した﹁五 百大願経﹄などが注目され、流布したという事情がある のではないかと思います。インドの大乗経典成立時点と 日本の古代から中世では、時代も地域も違いますが、も しかすると似たような状況、つまり阿弥陀仏信仰と釈迦 信仰との対立のような構図があった可能性も否定できな いのではないかと思います。日本における﹃悲華経﹄の 受容やこの﹃五百大願経﹂のことも少し関心をもって調 べていますが、ぜひ皆様方からもご教授をいただければ、 有難いと思っております。 以上、本当に雑駁でしたが、︿悲華経﹀という、浄土 と械土とを対比させている経典があることを、そして、 均土と穣士との対比から、浄土経典だけの検討からは浮 かんでこないあらたな浄土思想にかかわる課題のような ものをお示しようと思い、発表させていただきました。 所期の目的をどの程度、達成できたかは甚だ心もとない 限りでございます。ご無礼がございましたら小生の非力 に免じてお赦しいただきたいと存じます。ご清聴、有難 う ご ざ い ま し た 。

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︿ 講 演 ﹀ 「仏の名号」と仏身仏一卜 第二十三凶真宗大谷派教学大会

﹁仏の名号﹂と仏身仏土

−||摂化として実現する名号の世界|| は じ め に ﹃ 大 無 量 一 寿 経 ﹄ | | ﹁ 仏 の 名 号 ﹂ を 体 と す る 経 他 力 の 浄 土 ・ 他 摂 の 仏 土 同 向 と 摂 化 ﹁ 浄 土 ﹂ と ﹁ 仏 身 仏 土 ﹂ 真 仏 土 と 化 身 士 | | ﹁ 仏 の 名 号 ﹂ が 摂 化 す る 況 界 ﹁ 仏 の 名 号 ﹂ と 真 仏 土 お わ り に は じ め に 15 今ほどは石上和敬先生から、﹁浄土と械土

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︿ 悲 華 経 ﹀ 概観﹂という講題で、﹁悲華経﹄とは、釈尊が五濁の

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世に出現される大悲のご苦労を伝える経典であることを、 学術的かつ綴密に教えていただき、本当にありがたいこ とでした。私は拝聴しながら、﹁仏説無量寿経﹄︵以下 ﹃大無量寿経﹄︶の﹁顕通悲化段﹂と呼ばれる釈尊が濁世 で教化されるご苦労を語る経文、あるいは﹃仏説阿弥陀 ︵ 3 ︶ 経﹄の最後に置かれる、五濁の世に出た釈尊のご述懐の 丈などを想起しながら聞かせていただきました。 親驚聖人が八十六歳の年に、書写した人物は分かって いませんが、源空聖人の説法を記した﹁三部経大意﹂と いう書物が高田専修寺に残されています。その中で﹃仏 説観無量寿経﹄の﹁深心釈﹂を解説する部分に、経名は 出ていませんが、﹃悲華経﹄にもとづき、宝蔵如来︵位

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16 のもとで無誇念王︵出家して法蔵菩薩と 名のる万︶と宝海党志︵釈尊の因位とされる方︶とが、共 に修行しておられる物語が記されています。宝蔵如来の もとで無誇念王は、﹁我が名号を称える者をどんな者で も我同に迎えとる浄土をつくろう﹂という誓いを発しま す。それを聞いた宝海党志は、﹁それならば私は最も汚 い世界に生まれて、この無誇念王の建てた誓願を説いて、 五濁の世に生きる人々に伝えていこう﹂と誓うのです。 石上先生は﹃悲華経﹄が生み出される思想史的な課題に 照して、阿弥陀仏と釈迦仏との関係を﹁対抗﹂という概 念で表してくださいました。ただ源空聖人や親驚聖人は、 一一尊教という伝統に立たれ、無一脊念王と宝海党志とが助 け合いながら濁慌の衆生の救済を実現していくのだと理 解しておられたようです。﹁二.部経大意﹄には続けて、 釈尊が無量寿ではなく、私たちと同じように八十歳で命 を終えられることも濁世の私たちに教えを流布するため であると説かれております。濁慨において有限な身をも って無限を生きることを証明するという釈尊のご背労が あればこそ、私たちは今ここで、﹁無畳一寿仏の声を聞く﹂ ができているのだということを改めて思ったことであり ま す 。 自 在 五 如 来 の こ と ︶ ﹁ 大 無 量 寿 経 ﹄ | | 仏 の 名 号 を 体 と す る 経 今回、大会の三年間の統一テ l マである﹁浄土という 世界観﹂について、﹁﹁仏の名号 L と 仏 身 仏 土 摂 化 と し て実現する名号の世界﹂というテ l マで話したいと思い ます。特に﹁仏の名号を経の体とす﹂る﹁大無口豆寿経﹄ に仏身仏土が説かれている意趣が、親驚聖人によってど のように受けとめられたのかを確めたいと思います。 まず﹃大無量寿経﹄が、私たちにとってどういう意義 をもった経典であるのかということが、私にとって大き な課題となっております。簡単に言えば、五濁の世に出 でて私たちに教えを説く使命をもった釈尊を生み出す世 界、諸仏の一としての釈尊も含め、様々な諸仏を生み出 す根源の世界、そしてそれは同時に私たち自身を未来の 仏として見いだす世界でもありますが、そのような世界 に私たちが日覚める道を顕かにするのが︿無量寿経﹀で はないか。そのために、﹁大無 H 一 旦 寿 経 ﹄ は 、 上 巻 に 法 戯 持薩の発願・修行、阿弥陀仏の成仏と仏上の建 E M h 、また 卜巻に阿弥陀仏の仏上に件止まれて往くあり万、往生の利 益、そして往生にあたって二部に真に出会うための課題 を説いています c 釈尊の教えは、どこまでも一つの時代

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「仏の名号j と仏身仏十 社 会 の 中 に 限 定 さ れ た 一 一 一 口 説 で す が 、 ︿ 無 量 寿 経 ﹀ を 通 し て、私たちは、今、ここに釈尊・諸仏の教えに出遇って いるということを、表層的な意味ではなく、如来の名の りを聞いていること、如来の光明︵知日慧海︶の中に生き るているという甚深広大な意味をもって受けとめること が で き る の で す 。 私は、どのような理由があって仏教を学ぶのだろうか、 真宗に学ぼうとするのだろうかと、自らに問い直すこと が あ り ま す 。 勿 論 、 遇 今 、 真 一 ︷ 一 一 小 寺 院 の 子 弟 と し て 生 ま れ たという縁もあります。けれども、先生方のお話を聞い ていく中で、私が今ここに生きている事実の深い意味を 言い当てられているという信頼が私の中にあったからこ そ、真宗仏教を学び続けてきたと思います。それは私に とって﹁如来﹂という一言で表されるような真実への信 頼であったのではないかと思います。﹁如来﹂について ︷9 ︶ は、さまざまな定義があります。私が﹁如来﹂という言 葉を使用するのは、もちろん﹁大無量寿経﹄の﹁従如来 生﹂という丈に基づくのですが、あわせて﹁智度論﹄の 中の﹁如実より来るが故に如来と名づく︵如実道来故。 名 為 如 来 ︶ ﹂ ︵ ﹁ 大 正 新 惰 大 蔵 経 ﹄ 第 二 十 五 巻 ・ 二 三 六 貰 a ︶ と いう丈を思い起しています。ここで﹁如実﹂と言われて 17 いるのは、この身の事実を、その事実のままに正しく受 けとめていくことです。如来に目覚めるとは、仏の教え を通してみずからの縁を如実に知見して生きていけとい う呼びかけに出遇っているという実感が私の学びの原点 であり、それが、今まで私自身が釈尊の教えを学んでき た理由ではないかと思います。しかしながら、その如実 知見ということが私たち自我の思いに生きるものにとっ てどれほど困難なことか。妄執、妄念、虚妄八刀別を生き る人間にとって、如実の世界ほど遠いことはありません。 どれほど思いの中で努力を重ねても、思いの延長に如実 なる世界に出遇うことはあり得ないのです。迷いの中に ある努力は、如来の世界に近づけたかのような幻想を与 えるかもしれませんが、如来の世界に近づくのは如来の 呼びかけに依るしかない。こういうきわめて単純な道理 し ね 人 が、浄土真宗では他力とか自然という概念で言い当てら れてくるのです。つまり私たちが今、ここで釈尊の教え や釈尊のさとりから始まる様々な先人たちの伝承された 教えを聞いていることの限りなく深い意味を私は﹃大無 量寿経﹄を通して教えられているという実感があります。 釈尊のご苦労の教えによって如来の世界に生きる端緒 が開かれたのです。すなわち﹁邪見・僑慢・悪衆生﹂

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18 ︵ 刊 ︶ ︵ ﹁ 正 信 念 仏 偶 ﹂ ︶ と 言 わ れ て い る よ う な 妄 執 分 別 の 中 に 生きている私たちが、どのようにしてこの人世、この身 を確りと受けとめてこの世︵難度海・無明暗︶を生きてい くことが成り立つのか。釈尊も結局ただその﹁如来﹂も しくは﹁如来の呼びかけ﹂﹁如来の名のり﹂に生きると いう真実だけを私たちに伝えたかったのです。 今日は、﹁大無量寿経﹄の体を﹁仏の名号﹂に見定め た浄土真宗の伝統に立ち、﹃大無量寿経﹄の浄土、いわ ゆる阿弥陀如来の仏身仏土もまた﹁仏の名号﹂を離れな いことを確かめてみたいと思っております。 ﹁ 如 来 ﹂ と い う は た ら き は 、 私 た ち を 一 如 と い う 真 一 理 に背いているという機の実相に目覚まさせ、如来という 真実功徳に依ってこの入社を生きていくことを実現しま す 。 その如来のはたらきを﹁真如の名のり﹂とか﹁一如か らの呼びかけ﹂と去現することができると思います。も ちろんそれは物理的な肖でも、絶対他者である人格神か らの啓一ボのような神秘的な戸でもありません。いわゆる 仏 教 の 伝 統 で は ﹁ 離 一 一 一 日 の 一 斉 ﹂ と 表 現 さ れ る 計 葉 で あ り 、 ハイデガーがいう﹁戸なき声﹂と表現されるような存在 論的な声です。安回理深先生の川語を借りれば、如来の 声なき呼び声をあらわす﹁根本言﹂です。その如来の根 本言を歴史の中で言い当てた言葉が﹁仏の名号﹂です。 仏陀とは﹁如来の呼びかけ﹂を聞き取った人格に名づ けます。あらゆる仏の教えは﹁如来の呼びかけ﹂を歴史 の中で聞き取り言説として表現することです。その仕事 が﹁仏の名号﹂です。﹃大無量寿経﹄では、釈尊の教え の中にその﹁如来の名のり﹂の声を聞くことを﹁無量寿 仏の声を聞く﹂と表現しています。曇驚大師はこのこと を ﹁ 即 ち 仏 の 名 号 を 以 て 経 の 体 と す ﹂ ︵ ﹃ 浄 土 弘 一 昨 ﹄ ︶ と 表 現しました。親驚聖人はそれをそのまま継承して﹃教行 信証﹄の﹁教巻﹂に﹁大無量寿経﹄は﹁即ち仏の名号を 以 て 経 の 体 と す ﹂ ︵ ﹁ 教 丸 山 舵 ﹂ ︶ 、 つ ま り ﹁ 大 無 量 寿 経 ﹄ は すべての諸仏の教説の根一冗である﹁仏の名号﹂を根本本 体とすると決定されたのです。先ほど石上先生が、﹁一 音説法﹂ということに言及してくださいました。また ﹁ 無 量 寿 経 優 婆 提 ふ 一 口 願 生 旧 国 ﹄ ︵ 以 卜 ﹁ 浄 土 論 ﹄ ︶ 解 義 分 の 中に出てくる﹁一法旬﹂という概念などは、この﹁仏の 名 社 ﹂ を 一 一 一 一 口 い 当 て よ う と し て い る の だ と 思 わ れ ま す 。 ﹁ 仏 の 名 号 ﹂ こ そ あ ら ゆ る 宗 教 的 一 一 弓 説 の 根 源 訴 で あ る 。 仏の名号を見失えばどのような教えも如来の教えとして 我々が受けとめることができない。このようにして、私

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は、親鷲の﹃教行信託﹄における仏身仏士という概念も また﹁仏の名号﹂の展開として押さえていきたいのです υ そのことによって仏身仏土の意義がはっきりとしてくる と 思 い ま す 。 他力の浄土・他摂の仏土 「仏の名号」と仏身fl、上 大会の統一テ 1 マである﹁浄土﹂についてはさまざま な定義があります。もっともポピュラーな仏教降典であ る﹃岩波仏教辞典﹄の﹁浄士﹂の項目を見ると、﹁往く 浄土﹂﹁成る浄土﹂﹁在る浄土﹂に分けて解説しています。 けれども、その定義の中に如来が我々を包む浄土という 概念が含まれていません。如来の智慧と慈悲が、私たち 迷いの衆生を包んでいる事実を表すための浄土という概 念が明確に一不されていない気がします。私は﹁包む浄 土﹂という視点、つまり他力を明らかにする浄土が﹃大 無量寿経﹄の仏身仏土の一番基本として押さえられなけ ればならないと思います。武内義範先生は﹁将来する浄 土 ﹂ ︵ ﹃ 現 代 と 親 驚 ﹄ 一 九 七 四 年 ︶ と 表 現 し て お ら れ ま し た 。 当来する報土・来る浄土と言ってもいいと思いますが、 さらに徹底して、﹃仏説無量寿仏観経﹂の第九真身観の ﹁一一の光明、念仏の衆生を摂取して捨てたまはず﹂と 19 い う 経 一 一 百 に も と ミ つ い て 、 迷 い の 世 界 に 居 る 念 仏 の 衆 生 を 包み摂め取る光明としての浄士、判明紅において摂取する 浄土、そういう意味の浄土が﹃大無量寿経﹄が語ろうと し て い る 仏 身 仏 仁 で は な い か と 思 う の で す 。 凡 小 心 ん で あ る 私たちが、﹁如米の呼びかけ﹂に日覚め、そのはたらき の巾に生きていかなければならないという課題が、阿弥 陀如来の仏身仏土に件まれて往くという教えとして﹃大 無量寿経﹄には説かれてくるのだろうと思います。つま り、私たちは絶対的に如来のはたらきの中に在る。在る けれども、私たちは如来のはたらきを知らず、またその はたらきに背いている。こういう根本的な矛盾を生きて いるのが私たちである。その絶対矛盾の事実、清沢満之 の い う と こ ろ の ﹁ 根 本 撞 着 ﹂ ︵ ﹁ 他 力 門 哲 学 骸 骨 試 稿 ﹂ ︶ の 事実に立ち帰って仏道を受け止め直おすために説かれた のが浄士という概念である、ということがはっきりと一不 さ れ な け れ ば な ら な い 。 親驚聖人による﹁他力の浄土﹂以外の多くの浄土理解 は自力の立場からの理解です。ここに一例として﹃興福 寺奏状﹄の第六﹁浄土に暗き失﹂を抜粋しておきます。 第六に浄土に暗き失。︹中略︺しからば、上

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20 部の本経より、下、二一不の解釈に至るまで、諸行往 生、盛んに許すところなり。︹中略︺まさに知るべ し、余行によらず、念仏によらず、出離の道、ただ 心に在り。︵中略︺大覚法王の国、凡聖来朝の門、 かの九品の階級を授くるに、おのおの先世の徳行を 守る、自業自得、その理必然なり。しかるに偏に仏 力を恵みて涯分を測らざる、是れ則ち愚療の過なり。 なかんづく、仮名の念仏、浄業熟し難く、順次往生、 本意に違失あり、戒慧倶に閥く、侍むところ何事ぞ や。︵﹃興福寺奏状﹄﹃日本思想体系鎌倉旧仏教﹄ 三 七 1 三 八 頁 抄 出 。 傍 線 筆 者 ︶ この批判の底に流れているのは﹁自業自得﹂という道 理です。自分の発した願、または修した行に応じて生ま れる世界も決定するという思想です。いわゆる臼力の修 道体系です。﹃興福寺奏状﹄は、この自業自得という視 点から源雫聖人の凡夫が阿弥陀仏の願行によって成就し た報士に生まれることを批判するのです。その批判には、 他力の浄土、つまり仏が私たちをどのようにして包むの かを明らかにする仏身仏土という視点が欠如していますり ﹁興福寺奏状﹄は曇驚大師の著述の一つである﹃略論安 楽土義﹄の第三一問答からも一丈を引用して自業自得の浄 土の証文としていますが、その趣旨を完全に誤解してい ます。その中に出る曇驚大師が創出した﹁他力・他摂﹂ という概念にまったく気づいていないようです。曇驚大 師 自 身 の 定 義 は 一 不 さ れ ま せ ん が 、 ﹁ 他 力 ﹂ と は 、 ﹁ 如 来 の 本 願 力 ﹂ ︵ ﹁ 行 巻 ﹂ ︶ を 、 ﹁ 他 摂 ﹂ と は 、 如 来 が 衆 生 を 摂 取 するはたらき、つまり如来の摂化を表していると理解す ることができます。聖道門でも仏力護持をたのむことは ありますが、つまるところは自力の枠組みの中にしかな いことを﹁興福寺奏状﹄は暴露したのです。この﹁他 摂﹂という概念は﹁略論安楽土義﹄を引用されなかった 親驚聖人によって採用されませんでしたが、﹁大無量寿 経﹄の教学における仏身仏土の特徴を適切に押さえてい ます。この意味で私は﹁他力の浄土﹂、より厳密には ﹁他摂の仏土﹂という概念を前の三つの浄土の概念に加 えることを提案したいと思います。 回向と摂化 判柑驚聖人の﹁教行信証﹄教巻には浄土真宗の真実教に ついて次のように述べています υ

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I J 夫 真 実 教 を 顕 わ さ ば 、 則 ち ﹃ 大 無 量 寿 経 ﹄ H 疋 な ︵ ﹃ 定 本 教 わ 信 託 ﹄ 九 百 ハ ︶ 「紅、の名号」と仏身位、! このしえは、一般的には﹁﹃大無量寿経﹄こそが真実教 である﹂という命題として理解されています。しかし私 は﹁真実の教えを顕わそうとするならば、道理として ﹃大無量寿経﹂こそがその課題に応える経である﹂とい う意味で読みたいと思っています。﹃教巻﹂では、﹁その 経 の 大 青 山 ﹂ を 二 尊 の 大 い な る 意 欲 と し て 一 不 し 、 さ ら に は その大意によって﹁即ち如米の本願を説く﹂ことを本質 とする経であり、さらには﹁仏の名号を以て経の体とす るなり﹂と集約されていくのです。つまりその経が仏の 名号をその体とすることこそが真実教であることの核心 な の で す の この﹁仏の名号﹂は、迷いの中に生きている私たちに どのようにして仏道を実現していくのか。そういう視点 から﹃大無量寿経﹄を読むとき、﹃教行信証﹂の構造そ のものが、﹁仏の名号﹂が衆生に仏道を実現する構造を 厳俸に表現している。つまり﹁仏の名号﹂は、﹁回向﹂ と﹁仏身仏土﹂というこつの形式をもって衆生に仏道を 実現する。そのことを顕わすために親驚聖人は六丈類と 21 いう組織体系を構想されたのではないか。一つには、 ﹁仏の名号﹂は凶向という形で私たちに関わる。もう一 つには、﹁仏の名号﹂は仏身仏土という形で私たちに関 わ る 。

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寸 l U 但 2 仏の名号上 ﹁仏身仏士 教 ・ 行 ・ 伝 ・ 証 ・ : 南 無 真仏土・化身土・阿弥陀仏 この構想は親驚聖人の独創でなくして、天 親菩薩の﹃浄士論﹄に、﹁称彼如来名﹂とあり、﹁本願力 団向﹂とあり、﹁願心荘厳﹂とあることに、その根源が ︵ お ︶ 見いだすことができます。 親鷲聖人の﹃教行信証﹄では、この二つの関わり方の うち、回向という関わり方をはじめの四巻で、浄土真宗 における往還二回向と﹁教・行・信・証﹂の四法として 説かれ、仏身仏土という関わり方を後の二巻で説くので す。とくに第五巻は浄土真宗における真仏土がいかなる ことかが説かれ、第六巻は、浄土真宗における方便化身 土とはいかなることかが説かれている。このように回向 と仏身仏土という形で﹃教行信証﹄の構造を大きく捉え も ち ろ ん 、

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22 る こ と が で き ま す 。 また親驚聖人は、﹃教行信証﹂の流通︵後序︶におい て、みずからの宗教体験の根本を﹁帰本願﹂と記してい ますが、そのことに配当すれば、次のように考えること ができるのではないでしょうか。 ー 帰 命 本 願 、 力 帰本願斗 ﹁帰入本願海 イ ム 出 身 向 仏 ( 土 他 ( 力

',~,人

化 真 還 往 身 仏 相 相 土 土 回 回 向 向 このように﹁仏の名号﹂の功徳は、如来の二回向とし てはたらき、証巻に一ボされるように、私たちに次のよう フノ︼﹂ な二つの利益を施与するのです。 −往相回向による利益⑨一 仏の名号が施与する利益上 ﹁還相凶向による利益② 匂﹁夫真宗の教行信証を案ずれば如来の大悲回向の 利 益 な り ﹂ ︵ ﹃ 定 本 教 行 信 証 ﹄ 二 O 一 頁 ︶ ②﹁二に還相の同向と言ふは則ち・是れ利他教化地 の 益 ︿ マ ス タ ス ク ト モ ﹀ 也 ﹂ ︵ ﹃ 定 本 教 行 信 一 社 ﹄ 二 O 一頁︶・﹁還柑の利益は利他の正意を顕すなり﹂ ︵ ﹃ 定 本 教 行 信 証 ﹄ 二 二 三 頁 ︶ ﹃教行信証﹄という著述の構造は様々な視点から見る ことができます。私は特に、曽我量深先生の﹁伝承と己 証﹂という、前二巻を伝承、後四巻を己証と捉える見解 に、仏弟子として生きる意義について大きな導きを得て おります。ですから今、一一首っている回向と仏身仏土だけ が唯一の視点という訳ではありませんが、如来がどのよ うにして私たち凡夫を仏道に立たせるのかという課題を あきらかにするについては、金子大築先生によって一不さ れた前凹巻を阿向、後二巻を仏身仏士と捉える﹁二部作 ﹁教行信証﹄﹂という理解が適切ではないかと思います。 如米の同向という事実を簡単に一子口えば、如来が迷いの衆 牛を町びかけ、如米の呼びかけに目覚めさせるはたらき です。そして、如来の仏身仏士という事実は如来が衆生 を炭化することです。摂化とは摂取と教化のことですり 摂化のはたらきを仏身仏土というメタファーとして私た

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「仏の名号」と仏身iLt: ちに示しているのです。こう理解するならば、如来は ﹁仏の名号﹂として私たち︵迷いの衆牛︶を如来の呼び かけに目覚めさせることによって、私たちを如米のはた らきの中に包み、如来のはたらきの中を歩ませる、この 構造が、﹃教行信証﹄の基本構造ということができるの で は な い か 。 この構造を親驚聖人は、如来の本願力回向︵二同向︶ の原理である第十七願・第十八願・第十一願・第二十二 願に対しては﹁

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の願より出でたり﹂という願の形式を 取って表現され、仏身仏土の原理である第十二願・第十 三願・第十九願・第二十願の願に対しましては、﹁既に して願います﹂という形式をもって表現しておられるこ とからも窺うことができます。﹁既にして有す﹂願とい う形で﹁真仏土・化身土﹂が説かれます。それらはまた ︵ お ︶ ﹁如来の願海﹂と、海に警えられるような願いのあり方 です。その﹁願海﹂が真仮の仏土として酬報するのです。 このように回向と仏土という二つの願の形式をもった ﹁如来の本願を説く﹂ことを通して﹁仏の名号﹂の功徳 相を明らかにするのです。 23 ﹁ 浄 土 ﹂ と ﹁ 仏 身 仏 土 ﹂ 次に親驚聖人が用いる﹁浄土﹂という概念について検 討しておきたいと思います。私たちは﹁浄土﹂と﹁仏身 仏土﹂という概念を混同しているのかもしれません。少 なくとも、﹁教行信証﹄において﹁浄土﹂という問題と ﹁仏身仏土﹂という問題とは、意味領域を少しく異にす るという感が私にはあります。少なくとも、浄土も仏土 も、同義語だから、置き換えても良いというような粗雑 な感覚で取り扱うことには問題を感じます。それぞれの 語がもっ教学的背景を明らかにするために、二つ概念を 少し検討したいと思います。そのことは、なぜ親驚聖人 が真仏土巻・化身土巻において阿弥陀如来の世界を﹁浄 土﹂と表現せずに﹁仏身仏土﹂と表現したかを明らかに することになります。 周知のように浄土という言葉には、被土に対する浄土 と、聖道門に対する浄土門と、二つの意味があります。 −対穣土 浄 土 ー ム ﹁対聖道 仏身仏土 法 門

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24 ①(「真仏土巻」首題) ⑪(「真仏土巻j尾題) ③(「化身土巻」首題) 穣士に対する浄土は、仏身仏土とほぼ等しい概念とい えます。しかし聖道に対する浄土は法門を意味するので あり、直接には仏土をあらわしません。 坂東本﹁教行信証﹄をみると、親驚聖人は﹁真仏土 巻﹂﹁化身土巻﹂を製作されるときに、はじめは題号と して﹁顕真仏土丈類五﹂﹁顕化身土丈類六﹂と書いてお られた。ところがある時点で、﹁真仏土巻﹂の首題①に は﹁浄土﹂という語を、﹁化身土巻﹂の首題③に﹁浄土 方便﹂という語を、墨書で補記されたのです。また﹁真 仏土巻﹂の尾題②については朱書で﹁浄土﹂という言葉 ︵ μ ︶ を補記されました︵上図参照︶。いつの時点かは確定でき ませんが、高田専修寺蔵﹁教行信証﹄では﹁顕浄土真仏 土丈類五﹂﹁顕浄土化身土丈類六﹂と書かれていますの で、﹁高田本﹄が書写された八十三歳より前であること は確実です。﹁浄土﹂や﹁浄十方使﹂を書き加えること には一体どのような意図があったのでしょうか。 例えば、﹁浄土方便﹂については、親驚聖人は﹁一念 多念文意﹂に﹁八万四千の法門は、みなこれ浄土の方便 の 善 な り 。 こ れ を 要 門 と い ふ 、 こ れ を 仮 門 と な 、 、 つ け た り 一 泊 ︶ ︹中略︺これみな浄土方便の要門なり﹂と述べています。 このことから﹁浄土克便﹂は要門という教えを指すとい

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え ま す 。 「仏の名号」と仏身仏I. もし﹁浄土﹂と﹁仏士﹂が同義語であれば、同語反復 で﹁浄土である真仏土﹂という意味になります。しかし 私は﹁浄土真仏土﹂というときの﹁浄土﹂は、浄土宗、 または浄土門を指していると考えるべきだと思います。 つまり源竺聖人によって明らかにされた浄土真宗におけ る﹁真仏土﹂とは何か、そのことを顕らかにする教学的 課題と理解すべきだと思います。なぜ親驚聖人は﹁浄 土﹂という語を加えたのか。おそらく、それは聖道門に 説かれる﹁真仏土﹂という概念と徹底的に峻別するため だったと思われます。親驚聖人が浄土の仏身仏土という ときはどこまでも如来が衆生を摂化するはたらきをあら わす土︵白他受用土︶を音吟味しなければならないからで す 。 親鷲聖人は﹁教行信証﹄の臼釈の中において﹁浄土﹂ という語も﹁仏土﹂という語も使用しています。それで は二つは同義語なのでしょうか。そうとは思えません。 もちろん親驚聖人は﹁浄土﹂﹁仏身仏土﹂という語をさ まざまな丈脈で用いられています。ここでは﹁浄土﹂と いう語がどのような丈脈であらわれるかについて検討し てみます。﹃教行信証﹄の白釈の中には﹁浄土﹂につい 25 て以下のような用例を見出すことができます。 ︵ア︶あきらかに浄土が仏土と

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義の概念として使 則 さ れ る 例 。 ﹁ 諸 仏 浄 土 の 国 国 土 人 天 の 銭 円 悪 を 観 見 し ﹂ ︵ ﹁ 行 文類﹂正信偶︶、﹁士は観経の浄土是れなり﹂ ︵ ﹁ 化 身 上 文 類 ﹂ ︶ 、 ﹁ ﹁ 如 来 異 の 方 便 折 慕 浄 土 の 普 根 な り ﹂ ︵ ﹁ 化 身 士 文 類 ﹂ ︶ な ど 。 ︵イ︶あきらかに浄土が仏土と区別され聖道に対す る法門の意味で使用される例。 ・﹁唯、浄土の通入す可べきことを明す﹂︵﹁行 文 類 ﹂ 正 信 倍 、 道 特 章 ︶ 、 ﹁ 聖 道 の 諸 機 浄 土 の 定 散 の 機 な り ﹂ ︵ ﹁ 信 文 類 ﹂ ︶ 、 ﹁ 聖 道 浄 土 の 真 仮 を 顕 聞 し て ﹂ ︵ 化 身 土 文 類 ︶ 、 ﹁ 浄 土 の 真 宗 は 証 道 今 盛 ん な り ﹂ ︵ ﹁ 化 身 土 文 類 ﹂ ︶ な ど 。 ︵ウ︶械土に対する浄土か聖道に対する浄土かの区 別が難しい例 0 ・ ﹁ 向 性 唯 心 に 沈 み て 浄 土 の 真 一 証 を 庇 す ﹂ ︵ ﹁ 信 文 類 序 ﹂ ︶ な ど 。 ︵ア︶は、明らかに、浄土が穣土に対する仏土として

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26 用いられている例です。つまりここに出ているような例 は、そのまま仏土と浄土と置き換えても問題ではない用 法です。︵イ︶で挙げている用例の場合、あきらかに浄 土は聖道門に対する浄土門とか浄土宗という意味で使用 されています。︵ウ︶で挙げている用例は、引用箇処だ けでは穣土に対する浄土なのか、はたまた聖道に対する 浄土なのか判断がつかない例です。この三種です。 私はこれらの用例を検討するうちに、親驚聖人は﹁浄 土﹂という概念と﹁仏身仏土﹂という概念とを区別して 用いようとされているのではないかと判断するに至りま した。つまり、﹃教行信証﹄では、原則として﹁浄土﹂ と い 、 つ 語 は 源 空 聖 人 に よ っ て 明 ら か に さ れ た 教 門 を 一 不 し 、 ﹁仏土﹂という語は如来の摂化をあらわす世界として区 別しているのではないか。 では︵ア︶の例をどのように考えればよいのでしょう か。再度︵ア︶の用例を見てみると、ほほ依拠する経論 釈を特定できます。そのことから親驚聖人は先人の川法 を尊重して﹁浄土﹂という語を仏土の意味で用いておら れると言えるのではないでしょうか。 つまり﹁教行信証﹄においては﹁浄士﹂の意味領域は ﹁仏土﹂を包む。しかし﹁仏土﹂の意味領域は聖道に対 する﹁浄土﹂を含まない。 またこの訂正により﹃教行信証﹄の六つの文類の題号 すべてに﹁顕浄土﹂という語が冠せられることになりま した。つまり﹁顕浄土﹂という語は、真実の教・行・ 信・証はもちろんのこと、真仏土・[方便︺化身土とい うこつの仏身仏土も包むのです。﹁浄土の仏土﹂という 題で明らかにしようとする真仏士・化身土とは一体いか なる世界でしょうか。それはどこまでも、浄土真宗にお ける報仏土としての仏身仏土、つまり如来が凡夫を摂化 していく報土として仏身仏土を明らかにするという、べき ではないでしょうか。題号の﹁顕浄土﹂は、徹底して ﹁ ︹ 聖 道 諸 教 に 対 し て ︺ 浄 土 ︹ 真 宗 の : : : ︺ を 顕 わ す ﹂ という意として読まなくてはならないということです。 結論を簡潔に言えばこうです。﹁仏身仏土﹂という術 語は、徹底して如来の二凶向に対応する教学概念として、 つまり阿向に対して摂化をあらわす概念として理解しな くてはならない。如来摂化の山界をあらわす概念として ﹁浄土﹂という用語では不十分なのです ο 真仏土と化身土 1 1 ︹ 仏 の 名 号 が ︺ 摂 化 す る 世 界 ﹁仏の名号﹂が仏身仏土という形で、私たちにはたら

参照

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