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市川信愛 も く じ

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(1)

地場産業(陶磁器)と構造不況(上)

地場産業(陶磁器)と構造不況(上)

市川信愛

も  く  じ

1.はじめに

2.産地内分業構造の深化

3.不況下矛盾の展開過程(以上本号)

4.他産地における不況対応との比較(以下次号)

5.構造不況の要因分析 6.ま と め

1. は じ め に

小稿は,日本計画行政学会九州支部大会(1981年4月19日,鹿児島大学で 開催)における報告「不況下の地場産業と行政」,および日本商業学会九州 部会(1980年1月26日,九州産業大学で開催)における報告「伝統的産地産 業と市場流通問題」をベースに,一部に加筆したものである。

両報告の間には,ほぼ1ヶ年のひらきがある。先の商業学会では高成長の 頂点にあった産地をめぐる流通チャネルの変化が,消費者の志好の変化に対 応する形で進行しつつあることを指摘したが,後の計画行政学会報告の折 は,一転して不況のドン底に倒産の旋風がふきあれていた。かかる急転を前 にして,後の報告の動機は,おおよそ3つあった。

1つは,最近ブームともいえる地場産業への関心の高まり,とりわけ地域 経済浮揚にかける期待の大きいことである。

2つは,それにも拘らず,不況を知らぬかにみえた地J紬童業=内需向陶磁 器産地を襲った倒産の嵐をまの当りに体験したことである。

3つは,このことを契機に数年来,陶磁器産地(和陶)の実態分析を行っ てきたことへの反省を行うことを痛感したことである。

以上3点のうち,まず第1点について述べよう。

(2)

44  経 営 と 経 済

l次オイル・ショックを転機として, 19743月より現実化した深刻な 不況は,減速経済といわれる長期的リセッションの下で,巨大不況業種ほど 人員整理を中心とする減量経営を行ったが,本来脆弱な基盤のうえに立つ地 場産業にあっては矛盾を左ほど深刻に露呈しないものが多かった。これは地 場産業に関する新たな関心と期待を喚起することとなったのである。

とりわけ,第三次全国総合開発計両が, 1977年発表された中で, 1定住圏 構想」がうたわれ,それを支える経済的基盤として地場産業の地位と役割へ の期待が表明されるにおよんで,地JEi産業問題は行‑政ばかりでなく,財界,

学界を通じてこのところ静かなブームを呈している制すらあるD

通産省とりわけ中小企業庁は,昭和55年度から, 1地域づくり」の一環と して地場産業を振興,再編する『地域工芸,産業コミュニティ政策』にとり くむことになった。これは従来 1業種対策」として実施してきた産業政策 1地域対策」の祝点、から総合的に再検討し,地域の産業・工芸を中心

に,地域経済社会の活性化をはかろうというものであるO

56年度からは「地場産業総合振興対策」をスタートさせることとなった が,その骨子は次の3点からなっている。

ア,その地域の特性,実態などをふまえた,地場産業振興ビジョンの策定 イ,これに基づく新技術,新商品開発など,地場産業振興事業の実施 ウ,事業実施の中核となる施設「地場産業振興センターJ (仮称)の建設

一方,産業構造審議会九州地域産業分科会は, 564 180年代九州地域 の産業ビジョン」を発表した。

その前文で基本理念を「、活力とゆとりのある豊かな地域経済社会の創造」

とうたい,本文の第71;i:には, 1j易産業の総合的振興一魅力ある地域社会 の実現のために‑Jとし,大要次のごとくのべている。

九州は地j易産業の宝庫であり,魅力ある地域社会を実現するため,地域 JWlの担い子として,地場産業を総合的に振興することが要請される。 80 年代の地助産業は,地域の特性,自発性と技術,労働,資本などの経営資 源を生かしつつ,地域社会の形成者として貢献していくことが必要。とり わけ若年屈の地方定住指向の強まりに対応して,地場産業への雇用機会の

(3)

地場産業(陶磁器)と桔造不況(上) 45 

確保と拡大をはかるほか,異業種,異産業連携による複合技術の開発,地 場資源の活用,人材の育成などをすすめるo

正に,地場産業は,地方の時代,地域主義の主役として前面に立つにいた ったといっても過言ではないであろうO

ところで,このような主役のーっとみなされた地場産業一一一内需向和飲食 器(陶磁器)産地が, 55年春から深刻かつ急激な過剰生産不況に見まわれる こととなった。この過程と局面を究明することは,上述した地場産業に対す る過大とも思える期待に対する,一つの解答が見出せるのではないかと考 えるD

終りに,第3の動機について付ー言すれば,当問題はすぐれて学際的研究領 域に属し,方法論的に試行錯誤の過程にあると云えるであろうo即ち「業 程」としてでなく「地域」を自立的にとりあげる場合,次の3つの領域が重 居的に含まれているからである。

lは,政治的領域としての地方政府の行財政システムにかかわる問題で

(注3)

ある。松下圭一,正村公宏氏等の主張するところであるD

2に文化的領域として,伝統的文化と教育をめぐる,すぐれて人間の社 会生活にかかわる問題がある。 E. F.シューマッハがいみじくも指摘する

(4)

ところであるo

3は,経済的領域の問題として,近年地域的経済循環と自立の論議が,

(5)

清成忠男,杉岡碩夫氏等によって提起されているところである口

かかる学院的課題に,あえてアプローチを試みたのは,かつて行政機関の 研究所に絡を置き,地j易産業に関する実態分析を数次にわたって行ったこと を,この際反省し,総抗点検し批判を受ける契機としたいと考えたからでも あった。

対象とするのは,長崎県東彼杵郡波佐見町を中心とする陶磁器産地で,一 般には「有田焼J (佐賀県有田町を中心とする伝統的産地)の部分産地とみ なされつつも,高度成長期を通じて,一貫した拡大過程をたどったところで ある口以下,第2の問題について,百j]を改めて,産地の慨況と不況の展開か ら検討を加えよう。(次図参照)

(4)

Q)  雨時什問調

肥前陶業地内産地の分布と長崎県内産地 凡例 .長崎県陶磁器 (食卓用和飲食器) 国産地 主産地

l ρ 

(5)

地場産業(陶磁器)と構造不況(上〉 47 

2.  産地内分業構造の深化

そもそも「産地」という特定地域の経済構造は,それ自体自己完結的では ないにしても,特定産品にかかわる生産・流通・消費の関連企業群の集中・

集積と,一定地域内における社会的分業の展開を特徴とするoそして,これ らの企業群は大部分小零細規模のもので占められ,成長拡大する場合でも,

せいぜい中規模上層どまりで,中堅企業が輩出するケースは極めて例外的で ある。産地内の社会的分業が,内延的あるいは外延的に深化,拡大する場合 でも,これらの企業聞には,地縁的,血縁的,同族的紐帯が,資本,経営,

労働力の面で複雑にからみ合っており,容易に産地外から新規参入を許さな いと同時に脱落者を共助するという一種の前近代的ともいえる連帯意識を醸 成し,それが産地を支えるローカノレ・パトリシズム(郷土愛)ないし, リー

ジョナリズム(地域主義)となっているところが少なくない。

2 陶磁器生産の分業体制JI(波佐見焼の場合)

ところで波佐見町にあっては,通称「はさみ焼」と呼ばれる和飲食器陶磁 器メーカ一二窯元を中心に,大別して3つの社会的分業=関連産業を検出す ることができる。 1つは直接製造工程の分化独立したもので,成型(生地,

イコミ)業者,絵付(上絵,下絵)業者が窯元メーカー焼成工程を支えてい

(6)

48  経 営 と 経 済

2つは,原料,補助原料供給部門で,製土業,石宵型製造業,土瓶,ツ ノレ製造業,粕薬製造業,転写紙製造業,ハマ, I豆鉢製造業等多彩であるが,

これらの業者には規模の零細なものが多い。 3つは流通を担当する部門で,

いわゆる産地問屋=元卸商社と,直売商=カツギ屋(通称、)で,前者には窯 元と比肩する規模の近代企業がみられるのに,後者はその名の示すとおり,

個人経営が主流を占めるo (2図参照)

もちろん,これらの3部門は,必ずしも町内にすべてが立地するとは限ら ないロ肥前陶業地(佐賀県有田町,伊万里市と周辺地区,長崎県波佐見町,

佐世保市三川内地区及び周辺地区)というより大きな産地一一通称「有田 焼」の産地ブランドで販売される一ーの部分産地として,地域分業・分化と からみ合いつつ,かなり明確な産地を形成しているのである。

従って産地の拡大,発展は二様の方向で進む口即ち,市場・への対応に伴い 流通業者の卸団地にみる如く組織=集団化が進む一方,産地をこえる生産→

流通→消費のタテの結合と,産地内のヨコの拡大もまた益々進展する口例え ば美濃地方ほど顕著ではないが,日常和飲食器産地=波佐見とかっぽう食器 産地=三川内といった細分,深化が併進する。この動因はその産地の歴史 性,社会経済的条件(市場への遠近,原料,労働力等の資源立地)によって 規定されるにしても,分業の質的,量的,空間的多様性と重層性は,産地の もつトータノレな競争力一一一仮りに「産地力」と呼ぼうーーを判定する主要・な メルクマーノレにほかならない。

いま上掲第1........2図から,波佐見焼の生産一流通一消費へのルートをたど ってみることにしようD

肥前地域全体がそうであるように,波佐見焼の原石の大部分は天草向石で あり,原石の採掘はその他の独立した企業によって行われ,あたかも「アラ ブ産油国Jに似た原料独占の状態にある。製土業者は,原石を購入して粉砕 調合して杯土とし,品質によって等級に区分し,真空土線機にかけて粘土と してユーザー(窯元,生地,イコミ業者)へ売るO 製土業者は,近年天草原 石の値上りに対応し,共同購入の必要に迫られて,肥前地域全体で一つの協 同組合を結成した。

(7)

地場産業(陶磁器〉と構造不況(上〉 49 

この杯土を素材として成形する工程から素焼,下絵付,IjJI,本焼,ある いは製品によっては上絵付に至るまでがすべて波佐見の製造工和であるD つては窯元が一貫メーカーとして全工程を自己の工場内で行っていたが,民 家の余剰労力の活用,とくに減反政策に伴う遊休労働力の存在に沼田し,近 年生地とイコミおよび絵付けは,ほとんど外注に回され,民村家内工業を形 成するに至っているo なお,生地成形に用いる石育形を製造する部門も,独 立した企業によって担われているO 最近ガス窯の普及で回鉢を必要としない 焼成方法が考案され,その需要が急速に減少しているD いわゆる「中間技 J(シューマッハ)の範時に属するとはいえ,省資源的な技術開発がここ でもみられるといってよい。

流通形態は,メーカー→産地卸→消費地卸→小売庖→消費者というノレート が基本であるが,昭和40年代後半から,ナショナノレ・チェーンストア(量販 庖)の急、展開を契機に,更に輸送手段と交通体系の近代化に支えられて,基 本的流通チャネルは急速に変貌をとげつつあるD 例えば,部T!Tの専門庖は消 費地問屋を飛び越えて,産地問屋から仕入れる傾向が支配的となったし,あ る大手スーパーは直接窯元と交渉して品揃えと差値(上台)を決定してい o こういった状況下で消費地問屋は転換を余儀なくされ,小売を兼業する もの,外食産業専門卸へ傾斜するもの,大都市周辺の日用雑貨応均Jへ転換す るもの等々の形態がみられるo その結果従来からのデパート専門取引問屋 は,ごく限られた一部の大手消費地卸にしぼられつつある。(第l表)

上にみた分業体制を,工業やセンサスから示すと第2表のとおりであるD

柚薬業の数値が50年についてえられなかったが,傾向はとらえることができ る。昭和4150年の9ヶ年間に,窯元を生産の基朝!として, r沼述部門が拡 大,成長を遂げたことが知られるo 企業数で窯元は46年に一度後退を示す が,関述企業は土びんツノレを除くとみな伸びている。とりわけ生地業,石'i:f 型,絵付,博多人形(ノベリティを合む) θ伸びは著しい。従業者数でも,

博多人形,絵付,石奇型が高い成長を示し,出荷額では,これに包装資材関 係が加わるo

このような拡大とともに,関述企業の組織化も進み,既に窯元(昭和25

(8)

50  経 営 と 経 済

1表 産 地 卸 商 の 業 程 別 販 売 先 (54年)

¥一一一一一一一一I20以人下 I21川 │ 平

│ 売 上 構 成 比 33.31  43.2 1  36.9 

卸 売 業 │ 一 一

l取 引 先 数 83 415  186  売 上 構 成 比 45.81 46.51  46.2  小 売 業 │ ←

取 引 先 数 81o 980  1  862  売 上 枯 成 比 o.91  0.7 1  0.8 

y" / ' 。 ニ コ 取 引 先 数

̲21 ‑ j

一 一

8.o i  9.4  直卸(共同) 1:....  ̲ . . ....1‑‑‑‑‑‑

取 引 先 数 5 6 5 124 

売 上 構 成 比 1.01  0.5 1  0.8 

1̲  ̲ . .   . .  1一 一 一 一 一 一 」 一 一 一 一 一 一 │

l取 引 先 数 │

│ 売 上 椛 成 比 8.7 1.1  5.9  そ の 他 卜 一 一

│ 取 引 先 数 32 92 

メ入 .j. l売 上 椛 成 比 100.0 100.0 1  100.0 

I 1取 引 先 数 1178 1462  1267  ( 前出『産地診断報告書j (54年)より

2表 波 佐 見 町 陶 磁 器 関 連 産 業 の 概 況

卒 業 所 数 従 業 者 製品出(荷百額万) 1 41"'50年 伸 び 区 分

41年同年│畔叫内21 叫叫初年ヨま

i

i 7 │

窯 元 44│4157437 1

m

m 4

仇叫

87821 1.21  1.2~ 5.9 

製土 ~I __~I __~I-._~~I-._:~I_._i~ 吋刊 1141 1.01  0.91  6.7 

生 地 1471 2571  3841  6571  86511151  1861  563' 15041  2.6!  1.61  8.0  石 膏 担 61  131  16 57 1231 15 判 2~71 2.~ 3.~ 18.4 

給 付 41 81  15:  111  26:  461  131  161  731  3.71  4.11  5.6  紬 菜 31 41  20:  271  1  131  39:  I ?  土びんツノレ 51  61  41  16!  24¥  131  71  251  351  0.81  0.81  5.01  包 装 資 材 51 :11  ~?I :~:I ~:~I ~~I 35~i 1, ~~?1 _~'~I 05

*博多人形 21  62!  64 281  2931  2931  121  4491  5111  32. O.  10.4  2

」 ι 3 J 3 J

J J ! l 4

1

叫問附…

5

日 叩 山

1

口 問 …7π7

(注)工業統計(各年1231日現在)

*にはノーベリティを合む

(9)

地場産業(陶磁器)と構造不況(上) 51 

年) ,元卸商(同22年)の組合があったが, 38年に生地, 41年に陶土が, 45  年には上絵付がそれぞれ協同組合を発足させ,部門別の共同事業(共同購入 や金融)を行っているD いずれも,産地内の一分業を担う業者組織としての 認、識と結束強化に寄与しているといえるO

ア,拡大‑市場要因

なおここで,上述した産地内分業構造の成立過程が,歴史的に有田焼への 従属からの脱皮二自立化の過程と深くかかわっている点を指摘しておく必要 があるo 即ち,地場産業が市場条件の如何によって,その成長がいかに規定 されるかを[""有田焼」と「波佐見焼」との対応は実証するからであるO

そもそも波佐見焼の沿草は,およそ380年前の慶長年間,有田焼とほぼ 時を同じくして朝鮮人陶工による築窯に始まるo幕藩期には大村伐の藩京が 閃かれ,皿山役所がおかれ,保護,育成のもとに一定の成長をたどったが,

専ら藩内自給に充てられたため,全く世に出ることはなかった。一方有田焼 は,当時わが国唯一の貿易港長崎の守護が佐賀鍋日誌に任ぜられていたこと もあって,伊万里商人(廻船問屋〉の子で長崎へ回送され,オランダへ輸出 された。イマリ・チャイナーのブランド銘は 1時代を代表した。

明治20年代,国鉄佐世保線が開通し,輸送手段が海路から鉄道に移ると ともに,販路の中心は産地有国に移り,有田商人が流通の主導権を振り,

「有田焼」のブランドは急速に国内市場‑へ拡大,渉透していった。一方波佐 見は,有国商人土産地問屋の支配下に組み込まれ,終戦に至るまで典型的な 問屋市JI家内工業の地位にとどまることになるo

戦後の波佐見焼の産地としての相対的自立化は,市場への直接的対応のj

ートを掌握したことによる。第1は,終戦直後の商人資本の後退(戦時下の 統制経済の作用)と,モノ不足下作れば売れる時代的背景に加えて,陶磁器 工業組合の結成(IlR和23年)を契機に始められた共販体制の成功が第2にあ げられる。第3には長年にわたる有田商人への従属的販売からの脱却と併行 して,波佐見商人もまた独向の販路開拓に乗り出し,中には空挙身を起す新 興商人のW;:出もあり,昭和40年代に入ると,波佐見の産地問屋は,有国を圧 するに至った。昭和51年の商業センサスでは年商額で上位10rt8人まで

(10)

52  経 営 と 経 済

が波佐見の商人という番付が見られたのであるo

市場=販路の拡大は,生産の拡大を呼び起し,そのための生産技術の発展 は,昭和30年代早々,全国でも早期に「登り窯」から簡単なシャットノレ・キ ノレンへの切りかえ,更にトンネノレ窯の導入, ローリング・マシン(自動成型 機)の採用,インテグレート転写方式の普及等々によって,規格化された日 常和飲食器の量産へと莫進していったD

以上が,不況が表面化する前までの,昭和50年代初頭の産地の状況であっ たが,なおここで,地方の良村地帯に立地する当産地の,拡大を支えた労働 力要因について,一べつしておく必要があるD

イ,拡大一労働力要因

地場産業は大別して都市型と農村型に 2類型にわけられる。更にそれぞれ を,輸出志向型と内需志向型に区分できるから 4類型となり,波佐見産地 は,民村型で内需志向型に属することとなる口

波佐見町の産地が,昭和40年代高成長をとげた要因の一つは,農家の余剰 労働力を以収ないし下請家内工業(デ・ファクトの賃労働)として編成した ことが大きくあづかったといえる。その推進力となったのは,農業構造改善 事業で,水田作地帯へのこの事業の相つぐ実施は大巾な省力化と余剰労働力 の折出を促迫した。事業名をあげると

1次民業構造改善事業(昭和43 水田園場整備事業(昭和43年 ) 2次民業構造改善事業(昭和48 民村総合整備モデ、ル事業(昭和49年 土地改良総合整備事業(昭和53 新民業構造改善事業(昭和53

があり,波佐見町陶磁器産業の拡大に照応して推進された観すらある。

一方,県及び町を中心とする産地振興へのテコ入れもまたタイムリーに行 われた。即ち,県は3年ごとに「産地診断」を行うほか,昭和51年には伝統 的産地の指定, 54年より活路開拓調査につづく事業を開始,ノウハウを含む 振興対策を行うが,町も, 47年より開業資金を設け,農家の陶磁器下請開業

(11)

地場産業(陶磁器〉と構造不況(上) 53 

を助けるほか,町内の道路の整備を行った。かかる外部経済の整備と充実 は,急テンポで拡大する町内外への原料と製品の輸送に役立ち,山間部の農 家をも下請=家内労働としてくみ込んでいったのであるo

かくして,産地内分業構造は,内延的にも外延的にも拡大し,複雑化して いったが,その中核的推進母体となったのは,窯元といわれる一貫メーカ一 群であるD 彼等により施設,設備の近代化,合理化による生産性の向上と,

コスト・ダウンがすすむ一方,自社生産機能を外生化し,下請,外注を極力 利用し,自らは商品企画,外注処理と管理および販売に特化するという,商 人資本的傾向と機能の深化という傾向がすすんだ。

かくして,原料,労賃の高騰を吸収し,産地聞の競争力を培養,強化する ことを可能としたが,反面量産に伴う在庫圧力も加わり,近代化投資に伴う 金利負担も加重して,一部にダンピングする者も現れ,産地の評価,イメー

ジダウンをもたらす一方,組織的結束を弱めることともなった。

即ち,量産,量販体制と規模拡大は,産地内の組織,体制上の摩擦を露呈 した。まず,産地内分業の拡大,深化は,陶磁器関連企業とりわけ,生地,

給付染者を族生させた口このため既存組織(工業協同組合,卸組合,生地,

イコミ組合等々)と,組織およびその統制に服さないアウト・サイダーとの 問題が露呈し,摩擦と混乱さえ生ずる要因となり,産地内の結束と競争力を 弱める方向に作用した。

これらの問題について,長崎県中小企業センター「波佐見焼産地診断報告 J (昭和549月) ,長崎県産地振興室『産地中小企業振興ビジョン・陶 磁器J (昭和54年10月)および,長崎県陶磁器工業協同組合,同卸協同組合

Ci(6) 

『波佐見焼活路開拓調fU (昭和553月)において,分析しているが,そ のうち,産地内分業体制に対する意識を調べたものを示すと,第3図のとお りであるO 従業員51人以上は,既存の組織に加入している者の意見が多く反 映し, 50人以下は新規参入による後発メーカーの怠向を示しているo上層ほ ど,分業体制の深化,拡大に消板的なことがうかがわれよう。ただし49年の 調査にくらべ, 54年には,肯定の比重が高いことは,産地全体の結束の必要 性がやや認識され始めたとみてよいであろうo

(12)

54  経 営 と 経 済

3図今後の産地分業体制(メーカーへの意識調査結果.54年)

進むと思う

このほか,これらの診断調査報告書が行った提言をあげると 1つは量産 体制の軌道修正の急務なこと 2つは,産地内各業者団体の連絡調整機能を 含めた全般的な組織の見直しと再編強化を行うこと 3つは,新原料資源の 探索,在来i淘石の再開発と利用,およびエネルギー源として,石油に代る天 然ガス,石炭の活用ないし転換の検討等々であった。

しかし,これらの勧告と捉言がなされるなかで,既に不況と矛盾は潜行 55年秋に一気に表面化するのである。

3.  不況と矛盾の展開過程

不況らしい不況を戦後経験したことのない産地と言われ,経営者の大部分 が,量産,量販と設備の近代化にのみ没頭してきたと評される波佐見(三川 内を含む)の不況の現出過程は,正に過剰生産に伴う矛盾が,市要の低迷と 流通機構再編を契機として,一気に表面化したといえるO その経過の概要 を,マスコミ等から紹介しよう。 r陶業時報」は,昭和55年11月15日付の紙 面で大要次のごとく報じたD

陶磁器業界の倒産は,ついに九州地区に波及した。(中略)九州業界

(13)

地場産業(陶磁器)と構造不況(上) 55 

は,戦後30余年最高ムードの伸び率に支えられ,一路順風満I汎の好調を謡 歌してきた。しかし今年5月頃より地区ぐるみで大きな打撃をうけた。こ れは6月の河野(神戸市), 7月のヤマサキ商事(名古屋市),ソーゴ(東 大阪市)の倒産により,地元商社が大きな焦げ付きを抱えて窮地に立たさ れ,自力での再建不能な業者等は,融手操作に走ったものと思われ,その 額も急激な増加をみせていた模様(興信特報)で

s

陶器(波佐見町)の 倒産がまず表面化した。

さらに商社筋によると,乙の7....8月頃までは,前年比25%程度の伸び をみせていた生産実績が,消費不振の影響をまともにうけるようになっ 10月に入って急速に下降線を辿り始め,在庫も3割増しという状態に なった。当地では,メ{カーへの決済も月 2回(平均135日手形)で,そ れも 1日も伸ばせない仕来りになっているD それだけメーカーの力が強い ことにもよるが,消費地からの売掛金の回収が追い追いに捗らなくなっ て,支払いに難渋するところもでてきている。

消費地における九州製品は,一般の不況下にもその品質の良さと知名度 も高いと乙ろから,消費地大手や百貨庖卸の多くが,人気主力商品として 大量に扱ってきた。それだけに,需要の冷え込みが急速にすすみ,消費地 業界の販勢が減速すると,その反動はまず,九州製品の上にのしかかって きた。好調が裏目に返ってきたわけで,大量に{ljiび切っただけ九州製品の 損失は大きいのである。

さらに一方で,美濃焼製品の巻き返しも市場情勢に微妙な影響を与えて いるといえるo 52年頃の頒布会ショック以来の混迷と低迷を脱して,体質 の改善に取り組んだ夫浪焼業界は,最近に至ってようやく立ち直り,高級 化製品に目覚しい対応をみせていることも見逃せない。

つまり,過剰生産に伴う不況という側面と,産地問競争において,従来劣 位にあった束モノ(美濃焼)の激しい追いあげという市場シェアー争いでの 後退という 2霊の側面が,今次不況=倒産を特徴づけているということがで きる口

ミjll焼の迫いあげは,既に54年の「活路開拓調査』の際にも,現実のもの

(14)

3産地別の仕入理由()は仕入決定率(J]  0> 

77‑

ゴ土│瀬戸焼!美濃焼│万古焼│害時

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昼間清水焼│九谷焼│ (1) 商品の品質がよいo( 0)1 l( 63)12(125)110(625)14(250)15(31.2)1 1( 63)123  3.5 24.4 13.8  (2) デザインがよい3(18.7) 3lo (18.7) 9(56.2) 6(37.5) 4(25.0) 25  11.5 .7 21.9 20.7  (3) よく売れるから3(18.7) 5(31.2) 5(31.2) 7(43.7) 6(37.5) 6.3) 27  11.5 17.8 17.1 20.7  (4) 価格が手頃であるから1412(6.83 .7) 1l(68.7) 4(25.0) 4(25.0) 9(56.2) 2(12.5) 3(18.7) 44  39.3 9.7 31.0  (5)従来から取引している6(37.5) 7(43.7) 5(31.2) 6(37.5) 3(18.7) 4(25.0) 6(37.5) 37  23.1 25.0 14.6 10.3  (6)高級品である1( 6.3) 1(16.3) 4(25.0) 10(62.5) 4(25.0) 20  3.8 9.7  (7) その他2(12.5) 1( 6.3) 2(12.5) l( 6.2) 1( 6.3) 1( 6.3) 202.5) 10  7.7 3.5 2.4 3.4  26 28 19 41 27  100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0  (注))の仕入決定率は,回答企業数16社に対する割合で算出した 『波佐見焼活路IJTH石調査報告書:J(昭和55年〉より 雨時作関部

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地上産業〈陶磁器〉と構造不況(上〉 57 

となりつつあった。第3表によってこれをみると,価格競争において圧倒的 な強みを示しており,従来からの取引という点でも他の産地を引きはなして おり1"よく売れる」という評価においても,有田,波佐見に抜近してい る。デザインの開発についても,美濃は有国に追いつき,追いこそうとして いたのである。

加えて,前節でみたどとく産地内分業を構成している栄者間のもたれ合 (古い人間関係に支えられた体質)が,安易な融通手形の乱発となり,

不況を産地全体に倍加する形で波及し,その危機をーそう構造的なものとす るに至ったといえよう。(附記参照)

と乙ろで,倒産第 1号となり,産地に戦後最大の危機感をもたらした前記 S陶器と,それにつづいて不波りを出した H 問屋(ともに波佐見の中堅商 社)の事例をやや詳細に検討しようo

①  S陶器の倒産(資本金500万円,負債総額8億 3,000万円,従業員42人) 464月の創業で, 50年1月個人経営から有限会社に法人化し,産地問屋 として波佐見焼のほか,有国,伊万里,三川内焼などの陶磁器を関東,関 西へ卸]し,プレミアム商品として波佐見焼の知名度を関西地区の消費者に P.  R.するなど,積極的な拡販を行ってきた。そのため,昭和5412月期 の決算では,年間売上高118000万円を記録,地元問屋で 6呑自にランク される中堅商社となった。

しかし,新興問屋として販路の拡大にややムリがあり,強引ともみられる 拡販等が哀自に出て, 51年には頒布会「太陽趣味の会」に1300万 円 の 不 良 債権を出したほか, 556月以降,神戸の業者l6200万円,名古屋の業者 に550万円,東大阪の業者l1000万円,西宮の業者に900万円,計8600万円 の大口不良債権が相つぎ,資金繰りがつかず, 55102度にわたって合計 500万円の不波りを出し倒荒した。

債権者はl48社にのぼり, このうち波佐見,三川内,伊万虫などの窯元が 33社(最高6800万円)あり, jill鎖倒産が強く警戒された。町やt71:,金融機 関が再建を指導,中小企業信用保険法を通産省へ捉出,さらに県信用保証協 会も債椛者の中小企業に 111:り 8,000万円を限度とする融資を決定,メー

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カーもジャンプ等の決済猶予を行ったが,不良負債が多く,債権者の一部で

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在庫商品の持ち出しなどあり,再建が断念されるに至った。

②  H問屋の倒産(従業者13人,資本金1400万円,負債額63558万円) 昭和22年,有田焼の販売を個人経営で創立,同36年に法人組織とし,当初 200万円であったが, 49年に400万円, 549月1400万円に増資した。

仕入先は波佐見町,有田町の製造業者70社に及び,その大部分は波佐見陶 磁器協同組合,肥前向磁器商工協同組合(有田町)を通じて行うシステムと なっているo代金決済方法は,両組合とも毎月2日締め57, 15, 22日手 形(サイト135日)となっているD

一方販売先は,関東地区70タム関西地区20%,その他1096で,関東地区に 集中しており,合計300社をこえるoだが大部分が小口で 1ヶ月の総売上 額は,平均5200万円程度,代金の決済は,現金1096で残り90労が毎月末締 切り,翌月10日の手形(サイト140日)払いが大部分である。

営業成績は,設立以来506月末決算までは順調な伸びを示し年商7億の 実績を記録したが, 518月,大口取引先 Y陶磁(本社岐阜県土岐市)が倒 産,同社のグループ各社に対し6千万余円の貸倒れが発生し, 526月末決 算に初めて, 800万円余の損失を出した。つづいて537 10年近く取引 をし,年商の3096を占めるに至っていたF商会(大阪市)に12800万円 余の貸倒れが発生,極端な資金不足に見舞れた。

これを補うため,多額の借入れと利益率の低い商品の大量売買および出資 金の増額,個人からの仮受金等により運転資金を確保したが,業績は伸び 54年度決算で約1億円の繰越し欠損を計上するに至った。

つづ、いて, 552月から6月にかけ,取引先の消費地問屋5社(関西3 関東2)が相ついで倒産,合計2000万円に及ぶ貸倒れが集中したため,運 転資金がますます逼迫し,遂に55年10月末支払手形3500万円の不渡りを出 し倒産した。債権者103件のうち,中小企業者が85件と大部分を占め, 50 円以上の地域別債権者数は次のとおり(合商工業組合)

県内 39 (79.696)  町内 36 (73.5必)

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地場産業〈陶磁器〉と構造不況〈上〉 59 

町外 3 6.1必) 県外 10 (20.4%)  佐賀県 6 (12.2%)  福岡県 1 2.0タ~) 岐阜県 2 4.1必) 愛知県 l 2.0%)  関 東 2 4.1%) 

ほかに50万円未満のもの36件,合計85件にのぼる。この事例によってみる限 り倒産が,県外の消費地問屋の倒産によって引き起されたことが共通して いるo正に流通機構再編成の嵐がふきあふれたといってよいであろうo

③  不況の拡散と対応

以上2社の倒産は,産地に大きなショックを与え,減量経営=人員整理と 減産への転換が急速に波及していった。大村公共職業安定所の調べでは,昭 和田年9月から12月にかけての陶磁器関係離職者は134人,企業数で18にの ぼった。雇用者の3分の2は,共働きの婦人であるため,解雇はまず婦人を 対象としてなされ,ついで、定年(ほとんど60才)後に再雇用された人,ある いは出勤率の悪い人に向けられた。

メーカーは生産調整を, 30分"""'1時間の残業が普通となっていたのを中止 する一方,従来出勤日だった祝日を休日にするなど,雇用関係、の正常化によ って乗り切る一方,国の雇用調整給付金の適用で,整理を最少限にとどめよ うとした。だが,表面にでないパートなどの下請従業者を加えると,全従業 員のほぼ2割に当たる1000人の大合理化がなされたと推定される。昭和55 124日付『朝日新聞』は,次の如く報じた。

離職者の内訳は,前記2商社のほか,連鎖倒産したl窯元を合せて83 と,他の窯元や生地業者などの52人,男48人,女86人で,半数近くが50 以上の中高年屈によって占められている。離職者のうち79人が再就職を希 望しているが,大部分が地元から離れることをきらうため,職業紹介も難 航しているo

一方,各窯元は陶磁器の過剰生産調整のため,各企業の実情に応じて人

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60  経 営 と 経 済

員整理などの合理化を実施しており,波佐見陶磁器工業協同組合加盟 (43 社,従業員3200人)の窯元だけでも,年内の人員整理は100人を超える見 込み。さらに未加盟の窯元や,窯元の下請をしている生地業 (434業者,

1382人) ,上絵付業 (26業者, 89人) ,石;;if型業 (17業者, 178人) ,陶 土業 (9業者, 37人)なども,窯元からの注文激減で,高令者や町外から の通勤従業員を中心に「百たたきJを進めているO 業者の中からは「合理 化の目標は全従業員の2割,パートを含め約1000Jとの意見も出てお

り,強い危機感が住民の間に生れている。

合理化と,減産対策として,上記工業協同組合では,休日を週休2日制 とするほか,年末,年始にかけて例年より長く休みをとる方向を指導して いる。一方労働組合側でも,同盟系 (540A),地区労系 (180人)ともに 危機感を強めており,未組織労働者を含めて500人近い人員整理を予想,

人べらしもさることながら,経営者の賃金カットなどの体質改善を期待し ているO

かかる対応策にもかかわらず,不況は年をこえ遂にメーカー倒産へと拡が った o 即ち産地では,不況脱出をめざし,翌 56 年 1 月 7~8 両日,恒例の

「新春展示販売会」を,隣接三川内とタイアップして開催したが,県内外か ら集った約300社の問屋や小売庖は,買控え傾向が根強く,商談成立は前年 にくらべ15分も下廻った。さらに,有国でも 9~10 日と産地見本市を聞 いたが,成績は;波佐見ほどではなかったにしても,前年比かなりの落ち込み

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であったというO

かかる新春早々の沈滞は,産地内のしにせとして知られるK陶困が, 56 3月2796000万円の負債をかかえ倒産したことによって,より深刻なも のとなった。従業員105人,ほかにパート 20人という産地では上層にランク され,近代的なトンネJレ・キルンを有する量産工場で,独自のデザイン開発 を行い,関西,関東のデパート,大型庖でそのメーカー・ブランドはかなり の顧客層を一時期掌握していた。

倒産の要因は,何よりも量産による不良在庫という自らの重圧によってお しつぶされたこと,および独自の販売会社 (N工芸)をもっ直販部門が,消

参照

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14 ◆補足 3◆ おもな返戻と対処方法等について (1)請求明細書のおもな返戻 エラーコード 返戻事由 対処方法等

問 27 問 26 で「1.日常的に祖父母等の親族に預かってもらえる」または「2.緊急時もし くは用事の際には祖父母等の親族に預かってもらえる」に○をつけた方にうかがいます。

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