一九四三年︑著名な演劇人洪深︵一八九四
−一九
五
﹀1︿
五 ︶ は
『戯 的 念 詞 与 詩 的 朗 誦
』︵ 劇 の せ り ふ と 詩 の 朗 誦 ︶ と い う 書 籍 を 出 版 し た︒ 郭 沫 若 は 冒 頭 の 序 に お い て︑
「詩 の 朗 誦
」と
「話
︶1︵
劇
」と が︑
「科 学 化
」へ と 向 か っ て 発 展 す る 第 一 歩 に な る も の だ と し て 本 書 を 賞 賛 し た︒ そ の 理 由 は︑
「朗 誦
」と
「念 詞
」︵ せ り ふ ︶ は︑ 若 干 の 先 天 的 要 素 を 除 い て︑後天的な技巧や手法が必要である上︑これらは科学的 理論と技術的規範があってこそ︑はじめて人々の学習と参 加に利するものとなる︑というものであった︒
『戯的念詞与詩的朗誦
』︵以下
『念詞
』と略す︶ は長いもの ではないが︑洪深は二年もの歳月を費やしこの書を完成さ せ︑ 当 時︑
「も っ と も 普 遍 的 で も っ と も 熱 意 あ る 検 討 が な され︑もっとも大きな実際の影響力を持ち︑もっとも優れ た成果を備えた
」演劇理論書であると見なさ れ
﹀2︿
た ︒しかる に︑五四以来の時代的言語環境において︑このように
「声 / 朗 誦
」の 調 琢 に 重 き を 置 い た 著 作 は 実 際 少 な く な か っ た︒たとえば一九三六年にも︑フランスから帰国した黄仲 蘇︵一八九六
−?︶により
『
朗誦法
』という著作が出版さ れ︑生理的発声方法︑心理的情緒変化︑言語的特徴などの 側 面 か ら︑
「朗 誦
」に よ る 言 語 学 習 に つ い て 詳 細 な 分 析 が 加 え ら れ た︒ 抗 戦 時 期 に な る と
「朗 誦 詩
」の 勃 興 に つ れ て︑
「朗 誦
」に 関 す る 検 討 も 雨 後 の 筍 の 如 く 現 れ た︒ 一 九 四二年︑詩人徐遅が出版した
『詩歌朗誦手冊
』はその代表 である︒一九四〇年代後半︑魏建功︑朱自清︑朱光潜らと いった学者や専門家が︑現代国語教育のための座談会を行 い︑
「誦 読
」の 訓 練 を 行 う べ き だ と 強 調 し た こ と と も︑ 期 「 声 」 と中国文学の現代における転換
──洪深 『 戯的念詞与詩的朗誦 』 を起点とする検討── 梅 家 玲 ︵訳=藤野真子︶
●●●●●
論 説 │││││││││││││││││││││││││││││││││││││││││ 中国近現代文学研究
せずしてほぼ一致している︒これら
「朗誦
」の原理と技術 に 関 す る 発 言 は︑ 国 語 教 育 促 進 の 効 果 を 意 図 し た も の で あ っ た︒ 誦 読 さ れ る 文 体 に は 古 文 も 白 話︹ 訳 注
=口 語︑ 口 語 文 ︺ も あ り︑ ジ ャ ン ル と し て は 詩 歌 も 戯 曲・ 小 説 も あ り︑著述形式には散論も専著もあった︒論述形式や着眼点 はすべて異なるものの︑新旧文学の転換という文脈におい て︑それが頻繁に出現している事実がつねに想起させるの は︑ 創 作 で あ れ 演 技 で あ れ︑ あ る い は 教 育 で あ れ︑
「声
」の重要性をないがしろにはできないということで あ
﹀3︿
る ︒洪 深
『念 詞
』は︑ 声 の
「演 技
」の た め に 著 さ れ た も の で あ る が︑この演技形式が現れた理由そのものは︑演劇と文学の 現代性を追求する行為の一部に他ならないのである︒ここ で い く つ か の 問 題 が 生 じ て く る︒ ま ず︑
「念 詞
」が
「詩 の 朗 誦
」と 並 列 し て 論 じ ら れ る の は な ぜ か︒
「劇
」と
「詩
」の 間 に 通 底 す る も の を 通 し︑
「声
」が 新 文 学 の 発 展 に 際 し てジャンルを跨ぐ現象︑その作用︑およびそこに派生する 問 題 を︑ 我 々 は ど の よ う に 考 え る べ き な の か︒ 次 に︑
「念 詞
」と
「朗誦
」は︑ともに声の抑揚起結とリズム・音律を コントロールすることにかかわる︒それは大衆に向かって 演じる形をとるとき︑より顕著なものになる︒他方︑リズ ムと音律は等しく文学を構成する重要な本質である︒そこ にある
「言説
」が繰り返し顕在化されたのちに文学の転換 という問題を思考する際︑我々は異なる観照を持ち込んで それに相対するのかどうか︒ここにおいて本論文では︑ま ず
「声の演技
」が現代
「話
」劇の形勢において果たした重 要な作用と︑それと
「朗誦詩
」との内在的通底性を分析す る︒続いて
『念詞
』の言語的論述を分析し︑さらに一歩踏 み込んでその中の
「声気
」に関する論述を核心として︑文 学の転換過程における相関問題を検討していく︒
一 「 声 」 と 「 演技 」 ──
「話
」劇と
「朗誦
」の内在的通底性
「話 劇
」は 中 国 現 代 演 劇 に お け る 新 興 の 上 演 形 式 で あ る︒徐半梅は
『話劇創始期回憶録
』において︑冒頭より以 下のように述べている︒
世界各国の演劇は︑ほとんどが話劇を主︑歌劇を従と しているが︑我々中国だけ状況が異なる︒一貫して歌舞 劇のみを主とし︑すべての劇が歌唱を基本としている︒ よ っ て︑ 劇 を 演 じ る こ と は
「唱 戯
」︹ 劇 を 唱 う ︺︑ 観 る こ とは
「聴戯
」︹劇を聴く︺ と称される︒かつての中国にお いて︑演劇といえばほぼ間違いなく歌劇のことを指し︑ 歌劇以外の演劇はなか っ
﹀4︿
た ︒
よって︑中国人にとって︑西洋の話劇はひたすら
「せり
ふのみで唱わない
」もので︑実際極めてもの珍しく感じら れ︑
「劇
」と 見 な す こ と の で き な い 演 劇 形 式 で あ っ
﹀5︿
た ︒ し かし話劇は︑晩清以来の社会・政治の変化や︑種々の維新 思想の登場にしたがい中国に流入したのみならず︑ついに は 当 時 の
「戯 曲 改 良
」︹ 演 劇 改 革 ︺ に お け る 重 要 な 一 環 と な っ た︒ 中 国 伝 統 演 劇 は こ れ ま で
「唱︵ う た ︶・ 念︵ せ り ふ ︶・ 做︵ し ぐ さ ︶・ 打︵ 立 ち 回 り ︶
」の す べ て を 重 視 し て き た が︑ 俳 優 の 声 か ら 生 ま れ る
「念
」││ す な わ ち
「話 す こと
」が︑どのように伝統演劇における声腔︹調子と拍︺ の規範を取り 去
﹀6︿
り ︑さらに
「唱・做・打
」に取って代わっ て現代話劇の誕生・形成過程の 唯一の要素となったのか︒ 中国演劇の上演︑および演劇文学の現代における転換過程 におけるポイントはここにある︒その中には︑舞台におい て俳優が話をする際︑声の演技性に対する要求が極めて強 化されたこと以外に︑舞台下の観客による
「話
」劇の観念 に対する認知と受容︑劇作家が声による演技に応じ脚本の 内容をいかに改変しようとしたかなどの問題も内包されて いた︒それは個別に存在するのではなく︑それぞれが互い に結びつき合っていたのである︒ 筆者はかつて︑早期中国話劇と社会政治思潮の変遷には 極めて緊密な関係性があり︑俳優の
「現身 説
︶2︵
法
」が常々意 図的に舞台での演技を借りて
「演説
」を行い︑改革理念の 宣伝を行っていたことを指摘した︒これは当時の中国人を して︑西洋の
「話劇
」の芸術的表現手法とは︑つまり
「劇 中に演説あり
」ということなのだと誤解さ せ
﹀7︿
た ︒しかし︑ この誤解は︑現代話劇に対する意識の萌芽において︑少な くとも二つの面で意義を持つものであった︒一つには︑認 知的観念において︑話劇のリアリズムと現実の人生との相 関性を体験し得たこと︑もう一つは︑脚本作成において︑ 人物のせりふの重要性が大幅に増加したうえ︑口語化・生 活 化 へ と 帰 着 し て い っ た こ と で あ る︒ 極 論 す れ ば︑
「対 話
」の言語的運用およびその進行方法は︑脚本の構造全体 にも影響を与えたのである︒ 早期話劇文学の発展を顧みると︑我々は
「演劇/話劇
」文学に舞台での声の演技が要求されることで生じた変化を 二つの面から観察できる︒まず︑小説界の革命と同様に︑ そ の 始 ま り は 西 欧 と 日 本 の 劇 作 を 翻 訳 す る こ と に あ っ た が︑そこでは 文
ぶんげん言 が用いられていた︒しかし舞台での上演 を考慮した場合︑実際︑文言ではしっくりこなかった︒そ こ で︑
「対 話
」の 部 分 で は 口 語 を 用 い︑ そ の 他 の 部 分 に 文 言を用いたところ︑ついには文学的展開の第一歩をもたら す に 至 っ た︒
『新 青 年
』に 掲 載 さ れ た 劉 復 の 翻 訳 に よ る 脚 本は︑その歴程を明確に示すものである︒
他方︑現代話劇は日本の新劇の影響を受けており︑当初
「文 明 新 戯
」と い う 形 で 舞 台 に 登 場 し︑ 後 に
「新 劇
」と 見 なされるようにな っ
﹀8︿
た ︒当時︑純粋な白話を用いた若干の
創作劇はあったものの︑その
「念詞
」部分は依然として旧 劇 ︹伝統劇︺ の
「自ら家門を報ずる
」︹観客に向かって自ら 出自や身の上を語る︺方法をとるものであった︒たとえば 勛哉の作品
『雙梟記
』において︑登場人物の張士魁が登場 する際の語りには︑依然として旧劇の調子が現れている︒
︵ 自 ら 語 る ︶ あ あ︑ 外 の 知 ら せ が か く も 悪 け れ ば︑ こ れはいったいどうすればよいことか︒わたくし張士魁︑ 歳は四十に満たず︑にわかに軍機︹清代︑軍事・政治の 重要事務を司った最高機関︺へと駆け上り︑眼前の状況 は一年ごとによくなってまいりました︒それにしても恨 めしいのは死に損ないの革命党めが︑ゆえもなく事を起 こしたこと︒やむなく女房にお出まし願って︑みなの暮 らし向きのことをじっくり相談せざるを得ない︒おいで なさ い
﹀9︿
!
このように︑中国伝統演劇が元来
「叙述
」をその本質と す る と こ ろ が ポ イ ン ト と な る︒ 観 衆 に よ る︑
「唱 ・ 念 ・ 做 ・ 打
」という多元的な演技および
「名優
」の演技術への重視 に は︑ ス ト ー リ ー の 構 造 自 体 を 遙 か に 超 え た も の が あ っ た︒ストーリーも︑その多くが時系列に沿って物語が進ん で い く も の で︑ バ リ エ ー シ ョ ン は 少 な か っ た︒ い っ た ん
「唱・ 做・ 打
」を 取 り 去 り
「念
」の み を 残 し た
「話 劇
」は︑対話における
「言語
」本体の運用方法のみならず︑同 時にストーリー構造における新たな調整という問題に直面 した││登場人物はどのような状況で話すのか︑誰と話す のか︑何を話すのか︑どのように話せばクライマックスを つくり出し観客を引きつけることができるのか︒こうした 問題は︑いずれも劇作家が慎重に考えを巡らせねばならな いところであった︒話劇はかつて
「文明戯
」としての実験 を通じ︑伝統的な
「旧劇
」と互いに一進一退した過程を経 て は い る も の の︑
「現 代
」話 劇 の 観 念 を 形 成 し 実 践 す る こ とは︑劇中で人物が
「話すこと
」のタイミング・目的・内 容・方法の調整や変化と︑実際のところ一つ一つ関係性を 持っていたのである︒ こうした状況下において︑話劇俳優にとっての
「声の演 技
」である
「戯の念詞
」は︑当然ながら舞台において極め て重要なものであった︒とりわけ中日戦争開戦後︑宣伝と 教育における受容のため︑話劇の上演は空前の盛況をみる こととなった︒さらに︑街頭劇︹街頭をはじめ屋外で行わ れ る 短 い 劇 ︺︑ 活 報 劇︹ 時 事 性 を 帯 び︑ 宣 伝・ 報 道 を 目 的 とした劇︺などの演劇形式も派生し︑時宜に応じて群衆の 間で随時上演が行われた︒戦時中のことであり︑戦況は慌 ただしく︑物資も欠乏しており︑舞台セットやライティン グ︑音楽︑小道具︑服装などもみな簡素であったため︑俳 優の
「念詞
」はストーリーを進行させ︑情感を盛り上げ︑
理念を宣伝するための重要な拠り所となった︒
もっとも︑このような状況にあっても︑当時の演劇界に お い て
「念 詞
」に 関 す る 専 門 的 な 検 討 は 決 し て 多 く な か っ
﹀10︿
た ︒洪深が
「専門書
」において
「念詞
」に詳細な検討 を加えたのは︑もとより時代の状況による需要があったか ら で あ る︒ た だ し︑
「戯 の 念 詞
」と
「詩 の 朗 誦
」を 並 べ て 論じたのは︑当時の
「詩歌朗誦運動
」同様︑それが一時期 大 流 行 し た と い う 理 由 以 外
﹀11︿
に ︑
「念 詞
」と
「朗 誦
」と の 間 に︑
「声 / 演 技
」か ら 生 ず る 共 通 性 が 現 れ て い た か ら で あった︒
「朗 誦
」は 悠 久 の 伝 統 を 持 つ が︑ 新 旧 文 学 の 転 換 と い う 文脈において検討すると︑それは一九二〇〜三〇年代に登 場し︑当初の目的は発展中の新詩のために新たな形式を探 し求めるところにあった︒抗日戦争勃発後︑救国意識を啓 蒙する必要から︑詩人たちは書斎を出て︑群衆に相対する 形で詩歌の朗誦を行った︒同時に︑わざわざ朗誦するため の
「朗誦詩
」が書かれたが︑その目的は詩歌の感性をもっ て 全 人 民 の 抗 日 意 識 に 呼 び か け︑ 結 集 さ せ る こ と に あ っ た︒とりわけ︑全国の文学界が武漢で一堂に会したのちそ れ は 行 わ れ た︒
『大 公 報・ 戦 線
』を 嚆 矢 と す る 新 聞 間 の 強 い 協 力 関 係 の も と︑
「文 芸 の 集 い で は ど こ も 詩 歌 の 朗 誦 が 行われたのみならず︑劇場でも詩歌の朗誦会が開催され︑ 多くの作家や詩人が登場して朗誦を行い︑群衆から熱烈な 歓 迎 を 受 け た
」「は な は だ し い こ と に は︑ 話 劇 や 映 画 の 開 幕前や放映前でさえも︑当時の戦況と密に結びつけて書か れた︑戦闘性と現実的意義に富んだ詩を詩人が朗誦するこ とがよく行わ れ
﹀12︿
た
」といったことが起きた︒この運動は漢 口に始まり︑迅速に全国各地へと広まっていき︑ついには 大規模な
「詩歌朗誦運動
」が形成され︑同時に
「朗誦詩
」というジャンルの生成をも促 し
﹀13︿
た ︒ 群 衆 に 相 対 す る 必 要 性 か ら︑
「朗 誦 詩
」に は︑ 観 衆 が そ れを耳にする時の効果を必ず顧みねばならないという問題 がつきまとった︒これにより
「詩
」はもはや詩芸を調琢す る と い う 単 な る 詩 人 の 個 別 行 為 で は な く な り︑
「朗 誦
」が 群衆にもたらす効果︑さらにはそれが一定の
「演技性
」を 備 え る こ と を 考 慮 す る 必 要 性 が 生 じ た︒
「朗 誦 運 動
」が 詩 歌から他のジャンルへと拡大するにつれ︑朗誦者が行う表 現は︑時に︑演劇の上演にほぼ近いものとなった︒たとえ ば︑抗戦期において詩の朗誦活動に全力を傾注した詩人徐 遅は︑重慶の文芸協会が主催した魯迅を記念する催しにお い て︑
『狂 人 日 記
』朗 誦 の 責 を 負 っ た︒ そ の 友 人 の 回 想 に よると︑徐遅は真剣に工夫を凝らし︑全文を暗唱したのみ な ら ず︑
「役 に な り 切 り︑ 狂 人 ら し く 扮 し︑ 舞 台 い っ ぱ い に歩き回り︑力を込めて叫び︑両手でパントマイムを行っ た︒その標準官話は英語の音調を帯びていた
」という︒そ の 場 で 聴 い て い た 朗 誦 詩 人 の 高 蘭 は︑ 後 日︑
「ま る で
『狂
人日記
』を朗誦しているのではなく︑狂人が日記を朗誦し ているかのようだ っ
﹀14︿
た
」と冗談めかして評した︒こうした 状況のもと︑洪深が
「戯の念詞
」と
「詩の朗誦
」を並べて論 じたことは道理にかなっており︑一定の合理性があった︒ し か る に︑
「戯 の 念 詞
」か
「詩 の 朗 誦
」で あ る か を 問 わ ず︑いずれも既存の文学の原文に依拠する必要がある︒こ れが意味しているのは︑いわゆる
「声の演技
」が︑実際︑ 原文に含まれる情感の形態にもとることが不可能であると 同時に︑漢語︹中国語︺語系が持つ言語本体の内在的特質 から離脱することも不可能だということである︒およそあ らゆる劇のせりふの抑揚起結︑詩のことばのリズム的変化 は︑いたるところで
「声の演技
」の効果を左右する︒一方 で︑まぎれもなく
「演技
」によった││すなわち声を運用 した
「技芸
」に極力求められるのは︑ことばの
「音楽性
」を高度に明確化することのみならず︑生理的な発声器官が 内在的な心理的情感と協調作業をなすことで︑言語運用と 人の感覚器官との多重的相互作用を顕在化させることであ る︒││より適確にいえば︑この音楽性を備えた
「声
」は 個人の生命に内在する血気を源泉とするものであり︑体現 される効果の善し悪しは︑作者が文字テクストを斟酌・調 琢 す る 際 に 重 要 な 参 考 と な る︒ こ の 中 に お け る 曲 折 は︑
『念 詞
』に お け る 言 説 を 起 点 と す る こ と で︑ そ の 一 端 を う かがい知ることができよう︒ 二 「 我が口が我が手を語る 」
──
『戯的念詞与詩的朗誦
』の言説と論述 洪深は︑話劇俳優の
「念詞
」の訓練に関して顕著な功績 を 残 し て お り︑ 早 く か ら 持 論 を 公 に し て い た︒ 一 九 二 四 年︑ 彼 は 戯 劇 協 社 の た め に
『好 児 子
』と い う 劇 を 編 ん だ が︑当初は︑俳優のせりふが
「オウムが物まねをしている ようで︑聴くに堪えない
」と批判された︒しかし︑洪深の 指 導 の も と︑
「一 つ の こ と ば を 十 数 回 も 練 習 す る よ う に な っ た
」こ と で︑ 数 日 も す る と
「口 を 開 き︑ 声 を 発 す る と︑そこかしこが美感に満ち︑余韻をもたらし︑物語をつ ぶさに伝えることができるようになった︒明らかなことは 明らかに︑隠れていたものも立ち現れ︑過剰な点や無理な 矯 正 に よ る 問 題 は ま っ た く な く︑ 極 め て 自 然 で す ぐ れ て い
﹀15︿
た
」と 言 わ れ る ま で に な っ た︒ こ れ よ り︑
『念 詞
』と い う書物にその妙技がいかに示されているのか︑特段の注目 を浴びるようになった︒ 基本的に
「科学化
」された言語技術の訓練に関する専門 書として︑言うまでもなく
『念詞
』には朗誦とせりふにお け る 発 音︑ 吐 気︹ 息 を 吐 く こ と︑ 呼 吸 ︺︑ 声 気︹ 語 気 ︺ の 抑揚起結など実践的技巧に関する多くの検討がなされてい る︒ し か し 突 き 詰 め れ ば︑ こ れ ら の 実 践 的 技 巧 の 中 で︑
「
話 す こ と
」の 本 質 と 目 的 に 起 因 し な い も の は な い︒ 演 技 の訓練において︑話をする人間の心身の状態と言説内容と は全面的に協調していなければならない︒洪深は当然こう したことに精通していたが︑これによって︑七節で構成さ れる本書は全体をおおよそ三つの部分に分けることができ る︒まず︑第一︑二節で
「話すことの四つの作用
」と
「中 国 語 の 字 音 の 難 し さ
」を 説 明 し︑
「実 行 企 図
」が 一 切 の 話 の作用が生じる根本的原因であること︑四声陰陽︹声調音 律︺こそが中国の文字が発音困難となる原因であることを 指 摘 し て い る︒ こ れ は︑
「話 す こ と / 念 詞
」と い う 行 為 の 構成に関する基礎的な紹介である︒そののち︑三︑四︑五 節では理論的な分析に進み︑主に
「声
」の表現と
「文字
」テクストという二方面の結合について︑
「気群と意群
」「自 然 な リ ズ ム と そ の 変 化
」「詩 と 散 文 / 韻 律 の リ ズ ム と 情 感
」などの論題を通じ︑中国語の言語と文字の
「声︵音︶ 気︵ 息 ︶
」を い か に 研 究・ 体 現 す る の か︑ 順 序 立 て て 分 析 が加えられている︒最後の六︑七節は︑発音器官と心理的 情 感 の 相 互 協 調 に 基 づ き︑
「声 の 表 現 の 一 般 的 な 必 要 性
」を 具 体 的 に 明 ら か に す る と と も に︑
「詩 の 朗 誦 と 劇 の せ り ふ
」の 相 関 性 と 実 践 的 技 巧 に も 言 及 し て い る︒ 全 体 を 通 じ︑もっとも文学理論的意義に富んでいるのは三︑四︑五 節である︒とりわけリズム・音律と情感の問題を分析する にあたっては︑それぞれ新旧の文学を併置して論じている が︑文言・白話の区別にとらわれず︑むしろ古今を縦横に 語 り︑
「声 気
0」の 抑 揚 起 結 を も っ て
「声
」の 運 用 原 理 と リ ズムの構成様式を明らかにしている︒ひいては︑詩歌と散 文のジャンルとしての異同に基づき分析が行われている︒ これにより︑本書は︑演技の訓練内容を記した専門書とし て の 定 ま っ た 用 途 以 外 に︑ 一 九 三 〇︑ 四 〇 年 代 文 学 の
「声
」に 関 す る 論 述 と し て︑ 注 目 す べ き 視 点 を 提 供 す る も のとなっている︒それは我々に以下のことを提起する︒多 く の 人 々 が 新 旧 文 学 の 間 に 横 た わ る 断 絶 性 に 注 目 し︑
「文 言
」と
「白話
」を文体の異なる叙述方式だと見なすとき︑ 我々は
「話すこと/声/声気
」のレベルで両者の間の共通 性を探索し︑一歩進んでその転化の痕跡を丹念に追求する ことができるのではないだろうか︒ い わ ゆ る 文 学 の
「声
」に 関 す る 記 述 は︑
「声
」の レ ベ ル の 分 析 を 通 じ て 中 国 語 文 に お け る 特 性 を 把 握 す る と 同 時 に︑発展途上の新文学が展開の道を探し求めることを意図 したものであった︒一九二〇年代以来︑少なからぬ学者た ちが共同でこの問題に注意を傾けた︒聞一多︑朱湘︑朱光 潜などが
「読詩
」により新詩芸術を磨き上げ︑郭沫若がリ ズ ム を 論 じ︑ 郭 紹 虞 が 古 代 文 学 の 音 節 の 文 気︹ 文 勢 ︺︑ 声 の美︑フレーズの弾力性の作用を探求することにより︑文 言と白話の言語問題を分析したことなど︑いずれもそこに 含 ま れ る 行 為 で あ っ た︒
「声
」は 口 頭 の 言 説 を 構 成 す る も
の で あ り︑ ま た 文 学 テ ク ス ト の 内 在 的 源 泉 で も あ る︒ も し︑
「我 が 手 が 我 が 口 を 書 く
」こ と が 現 代 白 話 文 に お け る 核 心 的 訴 求 で あ る な ら ば︑
『念 詞
』こ そ は︑ 表 現 者 の 身 体 的 力 行 を 通 じ︑
「我 が 口 が 我 が 手 を 語 る
」こ と の 学 理 的 分 析と演技的実践を進行させるものに他ならない︒これもま さ に
「口
」と
「手
」の 斟 酌・ 調 琢 に あ た っ て 往 復 す る も の であり︑話すこととテクスト︑文言と白話との間の相互転 化の問題に︑価値ある分析を提供するものである︒以下︑ 郭 沫 若 が
『念 詞
』序 言 に お い て 提 示 し た
「文 学
」と
「口 頭 伝 承
」の 関 係 か ら 語 り 始 め︑
『念 詞
』に お け る 言 説 を 整 理 していきたい︒ 郭沫若は以下のように指摘する︒文学の起源は口頭伝承 にあり︑おおむね古代文学とは詩歌の形をとり︑音楽性に 富み︑本質的に動的な時間の芸術に近く︑静的な空間の芸 術 か ら は 遠 い も の で あ っ た︒ し か る に︑ 文 字 の 発 明 に よ り︑文学は口頭伝承から竹帛︹竹と絹︺に記されるものに なったが︑ことばの
「造型
」の特徴により︑ついには文学 言 語 と 口 頭 言 語 が 日 に 日 に 乖 離 す る に 至 っ た︒ い わ ゆ る
「文
」は 次 第 に 静 態 的 な 空 間 芸 術 を 目 指 す よ う に な り︑ 耳 とは疎遠になる一方︑目に訴えるようになり︑ついには口 頭伝承にその根源を求める音楽的特質をほぼ完全にうち捨 てるに至 っ
﹀16︿
た ︒しかるに︑ 演劇は芸術が統合されたものであり︑もはや単純な文 学の範疇に属するものではない︑むしろ︑演劇文学は文 学のジャンルにおいて︑もっとも口頭伝承の本質を保持 しうるものである︒その要点はやはり耳の文学だという 側面にある︒詩劇・歌劇は音楽にあわせて唱うべきもの であり︑そこに余分な詞を入れる余地はない︒つまり︑ 近代の話劇もまた︑言語の持つ音楽性をもって︑観客の 感性に訴え︑感情を伝えねばならないのである︒ これにより︑ 演劇文学の発展はまた︑文学の音楽性への回帰を促し た︒詩歌の朗唱の隆盛は︑ある面ではもとより音楽の勃 興の影響を受けているが︑他方で︑話劇の勃興の影響も 受けている︒ ⁝
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郭沫若が
「音楽性
」を文学の
「口頭伝承
」の本質とみなし たのは︑もとより極めて大切なことである︒しかし︑もう 一つの口=耳の伝播においては︑音楽性は語る者が表現し たいと思っている意味や情感と結びついてこそ︑はじめて 文学たりうるのである︒郭沫若は
「音楽性
」を極力持ち出 すことで︑それを演劇文学と詩歌の朗誦︑口頭伝承と文学 テ ク ス ト と の 間 の 連 結 点 と し て い る︒ そ れ は︑
『念 詞
』が
着目する
「声
」という論題を︑文学テクストを形作ること の 重 要 性 に お い て 強 調 し よ う と し て い る か ら に 他 な ら な い︒また
『念詞
』は
「口
」と
「手
」の連携を議論の核心とし て い る が︑ そ れ は
「気 群
」と
「意 群
」の 説 に 始 ま る︒ 洪 深 は 以下のように指摘する︒
息継ぎを要さず︑一気にはっきりとのびやかに吐き出 し う る 最 大 の 字 音 数 を︑ 専 門 用 語 で
「気 群
」︵
Breath Group︶ と い う︒ 一 文 が 長 け れ ば︑ 気 群 は 一 文 の 一 部 分 だけとなる︒短めであれば︑一文全体を包括する︒これ は話をする時の息の正常な形である︒一文以外では︑前 の文や次に続く文をひと連なりのものとして︑続けて読 んだり唱ったりする︒⁝⁝これは非正常な気群であり︑ 特殊な効果を狙うための
「説
」︹はなす︺ ︑
「念
」︹読む︺ ︑
「誦
」︹ 朗 誦 す る ︺ に あ た り︑ 使 う こ と は 極 め て 少 な い︒ しかし普通の会話においては︑このようにする必要がな いだけではなく︑一つの正常な気群が︑一気に噴出し︑ 余すところなく流れ出るということもない︒いくらか長 い気群は︑分裂していくつかのより短い段落となる︒段 落と段落の間には︑長短の異なる停頓を作りうるが︑決 して息継ぎをするわけではない︒これを専門用語で
「意 群
」︵
Sense Group︶ と い う︒ 毎 回 意 味 を 構 成 す る こ と の 可能な︑これ以上減らすことのできないいくつかの字音 が︑文法および論理の上で一つの集団を作るが︑一個の 最小の完全な単位は︑完全に話し出される必要がある︒ もし切れ目なく続いていったり︑またはバラバラになっ てしまったりしたら︑字音そのものは失われなくとも︑ 聴衆はもはや理解するすべを持たなくなる︒実際︑意群 も ま た 話 す こ と を 構 想 す る 単 位 で あ る︒ 日 常 の 会 話 で は︑一つの意群に一つの意群が続き︑波のように押し寄 せ︑それが積もって一つの気群となるのだ││これは話 すことにおいてまず第一に自然な趨勢であり︑声の表現 技術に対して︑多大な影響をもたらすもので あ
﹀18︿
る ︒
基本的に︑
「気群
」と
「意群
」の形成は︑もとより
「声
」と
「意 味
」と の 相 互 の 協 調 か ら 脱 し 得 な い も の で あ る︒ 文 法 学者の説を参照すると︑言語の基本的構成には︑句︑読︑ 詞︑字︹文︑句︑単語︑文字︺が含まれる︒ここにおける
「意群
」とは︑おおよそ文法学における
「詞組
」︹四︑ 五文字 程度のまとまり︺に相当し︑言語中に字が重なって成立し て い る も の で︑ 意 味 を 持 つ 最 小 の 単 位 で あ る︒
「気 群
」は
「読
」で あ り︑ 話 す 際 の 息 継 ぎ に よ り 形 成 さ れ る 停 頓 の 場 所である︒一個から数個の
「気群
」が連なることで︑完全 な
「句 子
」が 形 成 さ れ る︒
「気 群
」を 句 読 の
「読
」と み な す の は︑ よ り 普 通 で は な い 話 し ぶ り の 時 こ そ︑
「気
」の 起 結 停頓によって進行する必要があるというその特質に対して
用いる方が相応しいからである︒つまり︑洪深が力を入れ た
「念詞
」の訓練は︑当然ながら
「声
」の強弱抑揚と
「気 息
」︹ 呼 吸 ︺ の 起 結 停 頓 を 兼 ね た も の で あ り︑ よ っ て
「声 気
」と併称し得たのである︒ 彼は一方で︑ これにのっとり︑ 個別の字・詞を︑特定の関係または意味を際立たせること で発生する
「重読︹ある音節にアクセントを置いて発音す ること︺と強調
」によるものと︑会話言語の速度や長短で 形成された
「吐音の長さ
」によるものであると推論してい る︒他方︑リズム︑押韻︑情感と生理的呼吸がどのように 相互作用するかに関する論が︑これに沿って展開される︒
「リ ズ ム
」は 元 来︑ 話 す こ と と テ ク ス ト︑ 文 言 と 白 話︑ 詩歌と散文︑音楽と文学のいずれにも必ず関わる問題であ り︑五四以来︑各種の詩文論はみなこれに留意してきた︒ お お よ そ こ れ ら の 論 考 の 多 く は︑
「時 間
」と
「力 動
」︵ あ る い は 強 度 ︶ を︑ リ ズ ム を 構 成 す る 二 大 要 素 と み な し て い る︒リズムは︑纏綿と続く時間の中において︑声の異同が 互いに連続し︑呼応し︑錯綜する中で生成されるものと認 識 さ れ
﹀19︿
る ︒ し か し︑ 注 目 さ れ る の は こ と ば の 音 韻 の
「異 同
」だけであり︑実際に詩を読むときの速度や音調の問題 にはまったく触れられていない︒洪深の
『念詞
』は︑念・ 誦の訓練に重きを置いているものの︑リズム論には大きな 相違がみられる︒彼は
「意群と気群
」の説に基づき︑さま ざ ま な 詩 文 の 実 例 を 分 析 し︑
「中 国 語 の 吐 音 の 長 さ は︑ 最 も慣用的であるのが三拍子で︑次が四拍子である
」と指摘 して い
﹀20︿
る ︒よって︑リズムを語るに際しては︑同様に
「等 し く 同 じ 長 さ の
「時 隔
」︵
Time Interval︶ は︑ 再 現 す な わ ち 繰 り 返 し に よ っ て
「加 強
」︵
Stress︶ を 生 み 出 す
」と 考 え る と同時に︑
「リズムとは実はその一切が
「加強
」のための組 織 で あ り︑ 声 の 活 動 は 音 色︵
Tone-Color︶ が リ ズ ム の 変 化 に際しても一貫性を維持する場合以外︑いつもリズムに支 配されており︑多彩なバリエーションがあってもすべてリ ズムにより統一されている
」ことが強調されている︒しか しその重点は︑詩を読むときの発音の速度や強弱の上に完 全に落着している︒ゆえに
「加強
」の原因を語る際︑それ が
「口語上の習慣による重読なのか︑意味上必要な重読な のか︑主観的な感情による強調なのか︑発音時に止めるこ とのできない重拍なのか
」によると述べる︒また
「加強
」の 語 り 方 も 多 種 多 様 で︑
「気 力 の 増 加 は 音 に 勢 い を つ け︑ 調子の増加は音を高くし︑時値の増加は音を長くし︑響き の 増 加 は 共 鳴︵
Resonance︶ と な り︑ あ る 音 質 を 再 現 す る ︵母音に属するものが押韻︑子音に属するものが双声︶
」と 述 べ て い る︒ こ れ ら は す べ て︑
「リ ズ ム を 浮 き 彫 り に す る ことができる
」ものなので あ
﹀21︿
る ︒
こ の 他 に︑ 彼 は 音 楽 に お け る
「拍 子
」の 概 念 を 援 用 し て︑
「念 誦
」の 音 楽 性 を 体 現 し た︒ こ れ に よ り︑ 彼 は 自 身 の
「自然にリズムを成す
」という論の要点を次のように総
括する︒
構想は意群を単位とする︒それぞれの意群には少なく とも一つの重読点あるいは強調点がある︒話すとき︑一 つの意群を一つの重読点とすることもでき︑前の意群も しくは重読点に続いて︑潮のように追いかけてくるもの である︒吐音の単位は三または四拍子の小節である︒一 つの小節ごとに︑字数の多寡を問わず︑通常三もしくは 四の拍子となる︒字数がこれより少なければ︑字は長く 引っ張らねばならず︑長ければ字をギュッと縮めなけれ ばなら な
﹀22︿
い ︒
このようになるのは︑
「構想
」︵意群︶ と
「吐音
」︵気群︶ の 両 者 が︑
「い ず れ も 私 た ち の
「神 経 能 力
」︵
Nervous Energy︶ に起伏がある結果︑私たちの脈拍と呼吸の緊張と弛緩に影 響するところとなり︑人々の話すことが期せずしてリズム を形成 す
﹀23︿
る
」からなのである︒ これより︑情感と韻律の結合から︑詩と散文の相違と共 通点を語ることもできる︒洪深は︑人は強烈な感情のもと で︑極めて容易に脈拍と呼吸のリズムを意識できると考え ていた︒情感はリズムの生成を促し︑情感が強くなればな るほど︑リズムもますますはっきりしてくる︒詩と散文に は と も に リ ズ ム が あ る が︑ 詩 の リ ズ ム は 定 型 の
「音 歩
」︵ あ る い は
「音 節
」と も 称 す る ︶ で あ り︑ 散 文 の リ ズ ム は
「意 群
」で あ る︒ 詩 の
「音 歩
」は 常 に リ ズ ム を 満 た す た め︑意群を切り分 け
﹀24︿
る ︒散文のリズムは︑意群の最初の文 字に始まり最後の文字で終わる必要があり︑任意に切り分 けることはできない︒さらに散文のリズムは︑数種の
「時 値
」︹ 持 続 ︺︵
Duration︶ と 異 な る
「時 隔
」︵ す な わ ち 小 節 ︶ によって構成されるもので︑一つの種類を数回連用したの ち別の種類に換えることができ︑さらに何回か連用したの ち︑再度換えてもよい︒また一般に規律を持つ詩の場合︑
「音 歩
」は お お よ そ 一 つ の 型 に 限 ら れ る︒ も し
「転 化
」が あ れ ば︑
「音 歩
」の 時 値 と 法 則 は 改 変 で き な い︒ よ っ て︑ 両者はともにリズムを持つものであるが︑詩の多くは一種 類のリズムが通底しているのに対し︑散文は数種類のリズ ム を 順 に 使 っ て も 構 わ な い︒ ゆ え に︑ 気 の お も む く ま ま に︑自由に駆け回ることができる︒しかしいったん感情的 要素が介入すると︑詩と散文のリズムもこれに従って変化 が発生する││すなわち︑詩句の中に理知的な成分が増加 したとき︑詩句の韻律・様式は必ず消滅するということで ある︒散文において感情の強さが増大すれば︑すぐに明ら かな感情の起伏が文章中にあらわれ︑甚だしくはある韻律 様式の兆しさえ見て取れるように な
﹀25︿
る ︒ 基本的に︑洪深がリズムと情感︑および詩と散文の異同 を論じたのは︑やはり
「せりふ
」の念誦という実際の必要
性を出発点としており︑感情を伝えることで人を感動させ ることを目的としていた︒そこで彼は
「詩と散文
」の節の 最後で︑わざわざ表の形をもって︑詩・せりふ・話すこと の三者の間の︑情感・リズム・リズムの単位︵意群あるい は 音 歩 ︶・ 単 位 の 時 値 な ど の 側 面 に お け る 強 弱 が 次 第 に 変 化 し て い く 関 係 を 詳 細 に 分 析 し て い る︒ 一 九 三 〇︑ 四 〇 年 代文学の
「声
」を論じる文脈において︑個別の検証を行っ た場合︑洪深の情感とリズム︑および詩と散文の異同に関 する論は︑必ずしも朱光潜の
『詩論
』を超えうるものでは ない︒語詞の音韻・音節に関する分析について︑その深さ は決して郭紹虞の
『語文通論
』に及ぶものではない︒しか し︑その重点が
「我が口が我が手を語る
」ことにあるがた めに︑この
「意群と気群
」の説を通じて展開された全体的 な議論は︑既存の文学の音声論に対する実証や補充に止ま らない意義を持つものとなったのである︒まさに郭沫若が 述べたように︑文学の起源は口頭伝承にあり︑口頭からこ とばとなっていったがゆえに︑それが本来持つ︑時間の中 における
「動
」能が消失してしまった︒念詞と朗誦の演技 的実践は︑まさに口=耳で形成される
「声
」と
「気息
」の 抑揚流転により新たなものとなり︑文学のエネルギーを活 性化し体現化した︒以下︑引き続き
「声気
」の視点からの 出発を図るため︑順に三つの問題を検討する︒⑴なぜ特定 の訓練を経た後の
「声気
」は特別に人を感動させることが できるのか︒⑵もしやはり文学テクストに回帰する必要が あ る と す れ ば︑ も と も と 言 説 に 基 づ い た
「声 気
」の 変 化 は︑ い か に
「文 字
」︹ こ と ば ︺ に お い て 体 現 さ れ る の か︒ その間の運用の機微は︑同様に反復練習を経て獲得できる も の な の か︒ ⑶ 新 旧 文 学 が 転 換 す る 過 程 に お い て︑
「声 気
」の体現方法はそれにつれて改変されたのか︒ 三 「 声気 」 と文学の現代における転換
──声、 標点と文学テクスト ま ず 最 初 に︑
「声 気
」が な ぜ 訓 練 を 経 た の ち︑ 特 別 に 人 の 心 を 感 動 さ せ る こ と が で き る の か と い う こ と を 検 討 す る︒洪深は︑詩のリズムと韻律の問題を分析するにあたっ て︑ ま ず フ ラ ン シ ス ・ B ・ ガ ミ ア︵
Francis B. Gummere, 1855‒1919︶の
『詩の起源
』︵
The Beginnings of Poetry, 1901︶ に お け る 説 明 を 引 用 し︑
「人 と 人 と の 間 の 一 致
」︑ す な わ ち︑それが人の心を揺り動かす原因について︑次のような 指摘を行っている︒
「
一 致
」の 意 義 は︑ 彼 ら が 声 調 に 留 意 し︑ そ れ を 組 織 し︑配列することにある⁝⁝客観的に見て︑詩のリズム は人の群れが活動した結果のものである││一種の社会 的 行 為 が︑
「社 会 一 致
」︵
Social Consent︶ と い う 表 現 の
ものになるので あ
﹀26︿
る ︒
こ の
「一 致
」性 を 基 に︑ リ ズ ム は 最 終 的 に
「感 通
」︹ 考 え︑思いが通じること︺の力を具えるようになり︑また話 者/作者の感情は︑声調のリズムを通じて聞き手/読み手 に相通ずるようになる︒この一点について︑言語心理学者 による言語音声の起源に関する検討と連携して論じてみる と︑ よ り 精 緻 で 深 遠 な も の に な ろ う︒ シ ュ タ イ ン タ ー ル ︵
H. Steinthal, 1823‒1899︶の説によると︑
「音声
」の発生と はすなわち︑身体器官が対象からの刺激を受け印象を生み 出すとき︑連動して生じる身体︵生理︶的な反射である︒ 反射性の身体動作と心の動揺とを意図的に結びつけること ができれば︑それが言語の始まりになる︒人の感覚とは︑ 感覚器官による知覚と内面の感情の両者を包含するもので あ り︑ 対 象 が 発 し た 音 声 に 揺 り 動 か さ れ て 生 ま れ た 感 情 が︑自己に内在する︑身体反射として発したことのある音 声により生じた感情と同じものだと認識したならば︑心理 活動における感性の印象も特定の音声の意味と結びつくこ と が 可 能 と な る︒ よ っ て 話 者 は︑ そ の 音 声 を 用 い る こ と で︑それと結びつきあった特定の思想と感情的内容を表現 することが可能となり︑聞き手もまたこの音声を通じて︑ 話者の感情を体感することがで き
﹀27︿
る ︒ もし︑反射性の驚きの叫び声のすべてが︑人の情緒︑発 声器官︑および生理的な呼吸や血流など身体的作用が全面 的 に 総 合 さ れ た 時 間 の 中 に お い て 生 み 出 さ れ る も の な ら ば︑心が揺り動かされて生まれた︑意味を具えた詩やせり ふは必要ない︒郭沫若は かつて
「リズム
」の問題を討論す るときこう述べた︒リズムとはすなわち︑情緒自身による 表 現 で あ る︒
「我 々 が 情 緒 の 立 ち こ め た 場 に い る と き︑ 声 は戦慄的であろうとし︑身体は動揺しようとし︑概念は移 り変わろうとする
」︒これらの声・身体・概念は︑
「三位一 体
」であるだけではなく︑ひいては相互に発生しうるもの で あ
﹀28︿
る ︒反対に︑人々はよく似た音声の戦慄や身体の動揺 を経験した際︑呼応する観念の推移と情緒のリズムに心を 揺さぶられる︒これもまた︑リズムがいかに
「一致性
」を 備えた社会的行為であるかを証明している︒なぜならそれ は︑もともと人類の言語が発生し発展する過程において︑ 人の群れの感情が影響し合って共に作りあげた音声の
「基 型
」によるものであり︑同様のリズム様式は︑同一の社会 グループに属する人々が持つ同じ感情動態に対応せねばな らないからである︒また文学の創作とはすなわち︑既存の 基型・規範と創造的変化の間の推移や動揺の中に存在する ものに他ならない︒
よって︑念詞と朗誦の訓練とは︑まさに人為的な方法を もってなされるものであり︑演技者/朗誦者に︑すでにリ ズムと音韻を持つ基礎的規範によってトーンをコントロー
ルしつつ発音させるのみならず︑同時にそれによって聞き 手の感情的共鳴を呼び覚ますものなのである︒且つこの訓 練は︑音声本体だけに集中するものではない︒洪深はアメ リ カ へ 行 っ て 演 技 を 学 ん だ 際︑ そ の 最 初 の 課 程 に お い て は︑ 発 音︑ 演 技 と 身 体 的 な 舞 踏 訓 練 が 同 時 に 始 ま っ た と 語っている︒その理由は次のようなものであった︒
発音訓練にあたっては︑まず身体訓練の必要がある︒ また舞踏は演技の基本を訓練するためのものであった︒ ⁝⁝ 心理と生理の関係は密接なものである︒心理の変化は 身体の変化によってつくり出されるが︑逆に心理が変化 することで︑身体の変化も引き起こされる︒よって私た ちが演技を行うとき︑仮に本当に立場を替えてある種の 境地について考えることができれば︑生理的な面でも自 然 な 変 化 が 生 じ る︒ そ れ は 体 の 各 部 分 に お い て も 然 り で︑多くの表情︑顔面部︑体の他の部分においては︑筋 肉の動きが微妙で俳優自身コントロールしたり力を入れ た り で き な い た め︑ ︹ 心 理 の 変 化 の 影 響 が ︺ て き め ん で ないものはなかった︒音声もまた自然に感情化されるも のなのであ っ
﹀29︿
た ︒
彼が煩瑣を厭わず
「意群
」と
「気群
」の間の関係を明らか にし︑音楽のリズム理論を用いて各種の形式のことばを分 析したり︑声や呼吸における抑揚起結のスタイルを調琢し たりしようとしたことは︑いずれもここから理解できる︒ 文学テクストに話を戻すと︑この既存の
「基型
」の繰り 返しと十分な練習によって︑ある種の特別な美学的効果の 獲 得 を 期 待 す る 理 念 や 方 法 は︑ そ の 実︑ 早 く か ら 存 在 し た︒ここであらためて︑前述した第二の問題提起に戻るこ とにする︒もともと言説において形作られた
「声気
」の変 化は︑いかに
「文字
」において体現されるのか︒そこにお ける運用の真髄は︑同様に反復練習を経ることで獲得でき るものなのか︒ 中国文学の発展を振り返ると︑古典詩詞の声気とリズム はおおよそ平仄格律のことだと見なすことができる︒古文 の作者の精神や意識は︑ことばのリズムを除くと︑往々に して虚字や助詞により表現される︒古典詩詞の作成におい ては詩律への習熟が必須だが︑これこそまさに︑一種のリ ズムや音韻の祖型によって声の感情を言語化する方法に他 ならない︒散文分野においては︑歴代の古文論者の中で︑
「無 法
」に 見 え る 古 文 に お い て︑ 文 章 作 成 の 法 則 を 模 索 し︑その道を掌握することに傾注しない者はいなかった︒ いかに
「神気︹精神︺と音節
」を把握し︑虚字の運用から 声気の起結と転換︑作者の神態︹精神のありよう︺を体感 するか︑そこがまさに注意の払いどころであった︒それを
研究し体得するためには︑反復朗誦する他にない︒明代の
「唐 宋 派
」か ら 清 代 の
「桐 城 派
」ま で︑ 古 文 理 論 に お け る
「声 に 因 り て 気 を 求 む
」の 説 に は︑ 反 復 朗 誦 に よ っ て 字 句︑音節︑神気を調琢し︑また
「虚字
」の運用を強化する ことが要点の一つであると詳細に述べられている︒もっと も代表的な文章として劉大櫆の
「論文偶記
」が挙げられる が︑そこには以下のような指摘がある︒
文章を作成する道においては︑神が主体となり︑気が これを補う︒ 神気は︑文のもっとも精妙なところである︒音節は︑ 文のやや粗いところである︒字句は文のもっとも粗いと ころである︒⁝⁝音節は神気の跡であり︑字句は音節の 矩縄︵区切っていくもの︶である︒神気は見ることがで きないので︑音節として見聞きできるようにする︒音節 は 定 ま っ た 基 準 が な い の で︑ 字 句 で そ れ を 定 め る の で ある︒ およそ文章作成の多寡・長短︑抑揚・高低に一定の規 律はないが︑一定の真髄はある︒意︵こころ︶で理解で きても︑言で伝えることはできない︒⁝⁝いちばん大切 なところは古人のことばを読むとき︑自分の身体をもっ て古人になりきって話すことである︒ひと言ひと言︑す べて古人によるものであって自分によるものではない︒ それに習熟したのちは︑私の神気はすなわち古人の神気 となる︒古人の音節は︑すべて私の口にある︒私の口に ぴ っ た り す る も の は︑ 古 人 の 神 気 音 節 に 似 た も の で あ る︒こういうことを続けていくと︑自然と古代の美しい 音を発することができるように な
﹀30︿
る ︒
ここでの
「神気
」とは︑作家の精神的気質と作品の感情 的内包を高度に芸術化した表現を指す︒いわゆる
「音節
」とは︑長短が交互に不揃いに入り交じった句式と︑抑揚と 停 頓︑ 高 低 と 緩 急 と い っ た 言 語 的 要 素 の 両 方 を 指 し て い る︒作者の
「神気
」は︑
「音節
」「字句
」などの外在的形式 を 借 り て 表 現 さ れ る も の な の で あ る︒ 読 者 は︑ 文 章 の 音 節・字句に対する研究を通じて︑作品の
「神気
」を会得す ることができるのであり︑これがいわゆる
「声に因りて気 を求む
」ことなのである︒その中で︑虚字の運用の真髄に ついては︑こと心して体得する必要がある︒
文法には普通のものも変わったものもある︒それらを ともに備えることができてはじめて︑文人の能事を尽く すことができる︒古代にことばが初めて生まれたとき︑ 実 字 が 多 く︑ 虚 字 は 少 な か っ た︒ 典 謨 訓 誥︹
『書 経
』の 中にある四つの文体の名称︺はあれほどに簡要で奥深い ものだが︑文法の要のところはまだ完備されていなかっ
た︒孔子の時になって︑虚字が詳細に備わり︑作者の神 態がことごとく表現できるようになった︒⁝⁝文は虚字 が備わってはじめて神態が現れるものである︒どうして 欠くことができよ う
﹀31︿
か ︒
文章を作るにあたり︑作者の
「神
」態を体現できるかど う か は︑
「虚 字
」が 詳 細 に 備 わ っ て い る か ど う か に 関 わ っ て く る︒ 一 般 に
「虚 字
」と は︑
「助 詞
」「接 続 詞
」「介 詞
」な ど︑訓詁的意義を持たないが︑文法的な意義は持っている 語 の 総 称 で あ る︒ 文 法 的 意 義 を 持 つ
「実 字
」に 対 し て︑
「虚 字
」の 作 用 は 主 に 作 者 の 意 識 や 精 神 を 体 現 す る も の で あ
﹀32︿
る ︒
『馬 氏 文
︶3︵
通
』で は 以 下 の よ う に 説 明 さ れ て い る︒ 助 字 は 中 国 語 文 独 自 の も の で︑
「字 は 意 に 達 す る も の で︑ 意 が 実 で あ る と こ ろ は︑ お の ず と 動・ 静 を 表 す 様 々 な 字 が あってそれを書くが︑虚であるところは︑語気の軽重︑口 吻の曖昧さのようなものについて︑その動・静を表す字は 無 く︑ た だ 助 字 に よ っ て そ れ を 伝 え
﹀33︿
る
」︒ こ れ よ り︑ 虚 字 が特に語気︑あるいは声気の表現を助ける機能を持つこと が わ か る︒ 桐 城 派 の 人 々 が 唐 宋 の 文 を 宗 と し︑
「声 に 因 り て気を求む
」ことを提唱したのは︑主に唐宋の文人が助詞 や虚字を善く用い︑文章を朗誦する際にはやわらかくゆら めくものとなり︑言語の風情や精神を存分に表現し得たか らで あ
﹀34︿
る ︒また
「誦読
」とは︑つまり
「声に因りて気を求 む
」ことの具体的な方法である︒その主な目的は︑文を学 ぼうとする者が古人の文に習熟したのち︑古人が文を作成 し た 際 の 神 気 や 音 節 を み な 自 己 に 内 在 化 さ せ︑
「私
」自 身 に繰り返し鍛錬を経験させ︑期待しうる美学的効果を持つ 文章様式を獲得させることをもって︑文学テクストを完成 させることに他ならない︒
「声 に 因 り て 気 を 求 む
」の 論 は︑ も と よ り 主 に 唐 宋 の 古 文を模倣することにより発生し︑
「誦読
」により
「声気
」の 流転や変化を研究・内在化し︑さらに踏み込んで文章作成 方法の習得を論述したものであるが︑現代白話文学の教学 と 習 作 の 場 に お い て も そ れ は 持 続 的 に 用 い ら れ た︒ 朱 光 潜︑朱自清を例にとると︑彼らは
「朗誦
」を現代詩歌の発 展を調琢するための重要な道程となすのみな ら
﹀35︿
ず ︑白話文 の教学法を検討する際も︑同様にそれに注目した︒朱自清 はこう主張している︒
誦読は口語の形成を助けることできる︒⁝⁝新しい言 語 を 学 ぶ 際︑
「説
」︹ 話 す こ と ︺ か ら 手 を つ け る べ き で あ る︒ し か し
「説
」と
「写
」︹ 書 く こ と ︺ と を 同 時 に 学 習 す るのなら︑必ず誦読教育を重視しなければならない︒
小学校から中学校までを通じて誦読を重視する場合︑ 教師が常に模範となって読み︑学生が常に練習すれば︑ 自然に習慣となり︑白話文を口にすることは決して難し
くないと思うようになるだろう︒このようなクラスの青 年学生は︑時が来たら新文学を文章として受容するだけ ではなく︑新しい白話を口頭においても受容することに なるので あ
﹀36︿
る ︒ 西 欧 的 な︑ あ る い は 文 言 的 な 要 素 は︑ 白 話 文 に お い て︑おそらく避けようがない︒青年は︑もっとも多く︑ もっとも長く白話文に触れる︒白話文には文言の要素が 混じっているが︑それでも誦読を妨げるものではない︒ ︵ 白 話 に ︶ ゆ っ た り と 浸 り︑ 自 己 へ の 融 解 を 経 さ え す れ ば︑ 次 第 に 口 に で き る よ う に な る︒ 西 欧 化 さ れ た 要 素 を︑青年たちは文章として多く受容しているが︑むしろ 口語では受容が難しいようである︒思うに︑西欧化され た要素は︑意識的に無理をして口にしなければならず︑ 相 当 の 時 間 が 経 っ て か ら︑ 慣 れ て 自 然 な も の と な る の で あろう︒ もし︑小学校から白話の誦読を重視し始めれば︑たと え西欧化した文型であっても︑次第に口にすることがで きるようになる︒このように︑将来的に国語は日増しに 豊富な内容を持つようになり︑いわゆる
「文学の国語
」を持つことにもなるので あ
﹀37︿
る ︒
ここにおいては︑二つの面における相互転換の問題に対 し言及がなされている︒一つめは
「説
」と
「写
」︑二つめは
「文言
」と
「白話
」である︒ 前者はまさに先に検討した
「口
」と
「手
」の 間 の 融 合 と 協 調 ││ す な わ ち
「我 が 口
」が 繰 り 返し誦読することによってテクストの音節や神気を把握す るということであり︑そののちに
「我が手
」によって文を 作れば︑自然に文章となるのである︒後者はもう一つのポ イントに言及したものだが︑それはすなわち︑現代文学の 発展過程において︑
「白話
」と
「文言
」︑ ひいては
「西欧化さ れた言語
」との相互関係はいかなるものかということであ る︒同時にそれは︑どのように
「口
」と
「手
」の互いの協調 と折衝により︑文学の現代における転換へと向かっていっ たのか︒ おおよそ︑文学テクストは文言から白話へと転換したと いえるが︑それが顕著かつ容易に見て取れるのは︑まさに
「之 乎 者 也
」な ど の 助 詞 が
「的 呢 嗎 啦
」に 取 っ て 代 わ ら れ たことである︒これ以外に︑翻訳を経て導入された西欧式 の文章作成方法は︑既存の文法構造を変化させたが︑これ もまたポイントの一つである︒これは朱自清が
「白話
」「文 言
」と
「西 欧 化
」の 三 者 を 並 べ て 論 じ た が た め で あ り︑ か つ彼はそれらが誦読によって相互に融合することが可能で あると考えていた︒ 他方︑我々が前述した
「意群
」「気群
」「リズム
」「拍子
」の諸説をつなぎ合わせた上で︑胡適が白話文を初めて提唱 し た 際 に 導 入 し た
「標 点 符 号
」︹ 句 読 符 号 ︺ を 併 せ て 考 え
ると︑次のようなことが明らかになる︒洪深が気群の節・ 拍を分析する際︑ともに古今の文例を引用したが︑得られ た結論は同じであった︒これは︑白話文の中に西欧化され た文型が入ってきても︑古文から延々と発展してきた漢語 の構造様式は︑それにより全面的な変化を決して生じない ことを意味する︒これ以外にも︑もともと少なからぬ虚字 や助詞により古文中に孕まれていた
「声気
」の変化は︑白 話文において︑すべてが助詞として表されるようになった とは限らず︑むしろ新しい標点符号の方が︑少なからぬ面 で そ の 効 果 を 引 き 受 け る こ と と な っ た︒ た と え ば︑
「句 読 符号を論ず
」という一文において︑胡適は
「當真
」「果然
」「你 吃 過 飯 了?
」「我 吃 過 飯 了︒
」を 例 に︑ 標 点 符 号 が 現 代 の文字テクストにおいて欠くべからざるものであることを 証明して い
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る ︒ さらに一歩進んで注目すべきは︑胡適が挙げた例のすべ て が 人 物 の
「対 話
」か ら 来 て い る ││ 言 い 換 え れ ば︑ も と より
「話すこと
」の
「声気
」を源としており︑筆写時にはと りわけ新式標点によりその体現を助ける必要があるという ことである︒戯曲文学は
「対話
」を主軸とするがゆえに︑ テクスト化し上演するにあたっては︑よりこの点に留意す る必要がある︒そこで︑以下
『念詞
』において︑郭沫若の 歴史劇
『高漸離
』のある一段のせりふについて洪深が詳細 に説明した部分を例に︑古文が現代白話文に転換する過程 に お い て︑
「声 気
」の 表 現 が 次 第 に 形 を 変 え て い く 様 子 を 説明する︒同時に︑前述の第三の問題︑つまり新旧文学が 転 換 す る 過 程 に お い て︑
「声 気
」の 体 現 方 法 は そ れ に よ っ て改変されたのかを︑具体的に考えていくことにしたい︒
『高 漸 離
』の 第 二 幕 に お い て︑ 趙 高 が 皇 子 胡 亥 に 対 し︑ 春申君が愛妾の讒言を聞いて︑自分の妻子を殺害させた話 を述べるせりふがある︒出典は
『韓非子
』で︑原文は以下 の通りである︒ 春申君有愛妾曰余︐春申君之正妻子曰甲︒余欲君之棄 其 妻 也︐ 因 自 傷 其 身 以 視 君︐ 而 泣 曰
「得 為 君 之 妾︐ 甚 幸︒雖然︐適夫人︐非所以事君也︐適君︐非所以事夫人 也︒身故不肖︐力不足以適二主︒其勢不俱適︐與其死夫 人所者︐不若賜死君前︒妾以賜死︐若復幸於左右︐願君 必 察 之︐ 無 為 人 笑︒
」君 因 信 妾 余 之 詐︐ 棄 正 妻︒ 余 又 欲 殺 甲 而 以 其 子 為 后︐ 因 自 裂 其 親 身 衣 之 裡 以 示 君︐ 而 泣 曰
「余 之 得 幸 君 之 日 久 矣︐ 甲 非 弗 知 也︐ 今 乃 欲 強 戯 余︒ 余 與 爭 之︐ 至 裂 余 之 衣︒ 而 此 子 之 不 孝︐ 莫 大 於 此 矣︒
」君怒而殺甲也︒故妻以妾余詐棄︐而子以 之
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死 ︒ ︵ 春 申 君 に は 愛 妾 が い て︑ 余 と い う 名 で あ っ た︒ 春 申君の本妻の子は甲という名であった︒愛妾の余は春 申君がその本妻を離縁するようにと願って︑そこでわ ざと自分で自分の体に傷をつけ︑それを君に見せて泣
き な が ら 訴 え た︑
「殿 さ ま の 妾 に し て い た だ け て︑ ま ことに幸いでございます︒けれども︑奥方さまのお気 にいろうとしますと︑殿さまにお仕えすることができ ず︑殿さまのお気にいろうとしますと︑奥方さまにお 仕えすることができません︒わたくしはもともと愚か 者で︑お二人のご主人に気にいられるほどの力はあり ませんし︑しょせんお二人ともに気にいられることな どできない立場にあります︒いっそ︑奥方さまの手に かかって死ぬよりは︑殿さまの御前で死を賜わりとう ございます︒そしてわたくしが死にましたあと︑もし またどなたかをお側でご寵愛なさいますときは︑どう か殿さま︑このことを十分お考えくださって︑人に笑 わ れ な い よ う 気 を つ け て く だ さ い ま し
」︒ 春 申 君 は そ こで愛妾の余の嘘っぱちを信用して︑そのために本妻 を離縁した︒余はまた本妻の子の甲を殺して自分の子 を後継ぎにしたいと望み︑そこでわざと自分で自分の 肌着の裏地をひき裂いて︑それを君に見せて泣きなが ら 訴 え た︑
「わ た く し が 殿 さ ま の お 情 け を 受 け ま し て からもう久しいことでございます︒それは甲さまも知 らぬことではありません︒ところが今日︑むたいにも わたくしにお戯れになろうとしました︒わたくしはあ らがいまして︑それでわたくしの肌着もこんなに裂け てしまうほどでした︒子としての不孝︑これより大き い も の は ご ざ い ま せ ん
」︒ 春 申 君 は 腹 を 立 て て 甲 を 殺 した︒こうして︑本妻は愛妾の余の偽りで離縁され︑ 嫡子もこのようにして殺されてしま っ
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