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本間伸夫,石原和夫Boundary Lines between Eastern and Western Food

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(1)

東西食文化の日本海側の接点に関する研究(VI)*

味噌の自家醸造 本間伸夫,石原和夫

Boundary Lines between Eastern and Western Food  Cultures at Japan Sea Side of Japan (Part 6) 

Homemade Miso

Nobuo Honma and Kazuo Ishihara

         緒   言

 東西の食文化を溝成する個々の伝統的な食べ物につ いては,バタバタ茶1,tいずし・なれずし2),年取り魚・

昆布巻3〕,菊の花4),枝豆・じんだ5,について前報にお いて詳しく,その他納豆,雑煮餅,味噌,節句団子な どについては日本食生活文化財団・食生活文化調査研 究報告禦,7}において概略的に報告した。味噌は食生活 において不可欠な食べ物であり,また全国的に万遍な く分布するとともに変化に富んでいるという意味か ら,重要でかつ有効な食文化の指標になるものと考え

られる。

 本報にては,幾多の「食」の中から,東西食文化の 象徴的指標となるものと推定される味噌の自家醸造と その方法について調査・検討した結果を報告する。

         研究方法

 最初に日本全国にわたる組織的な資料を参考にし て,おおまかに東西食文化の接点を推定し,次にその 地域において各食ぺ物ごとに詳細な調査研究を加える

という方式をとった。

 1.調査項目

 全国にわたる食闘連の資料G}7)B}9)10)11)12)にカロえて,著 者らの研究結果G,を参考にして,「食」に関する9項目2}

を東西の食文化を分けるポイソトとtる指標として選 んだ。自家醸造味噌はその1項目であるe

 2.調査方法

 調査は,著者らによる現地での聞き取りに加えて,

各地域の生活改善普及員,学校教諭・同栄養職員,栄 養士会会員,老人会会員,地域在住研究者及び本学食 物科卒業生などに依頼して聞き取りを行った。また,

特に山形県内に闘しては,荘内銀行本支店行員にも調 査を依頼した。調i査は主に1987−1990年酢こわたって行 われた。

 調査対象渚としては日本の食生活全禦,(以下聞き 書)の場合と同じく,昭IPIO年頃において台所の責任 の一部でも分担した年齢の方にお願いすることを原剣

とした。

 味噌についての調査衰は図1のごとくで,全体の調 査用紙から抜粋したものである。調査対象は1930年代 頃(昭和10年頃)の味噌醸造に関するものであるが。

また,過去と現在との混同を避けながら,過去を際だ たせるため,現在についての質問も加えた。

 なお,内容について不明,不確実な点があった場合 には,再度の聞き取りまたは文献による確認を行った。

 3.調査地域

 調査地域としては,東西食文化の接点である可能性 が高いと推定される新潟県南西部から富山県及び西型 食文化の飛び地であり,また東北地方と北陸地方との 遷移地帯であると推定される庄内地方を含む山形県を 重点的に選び,更にその周辺地域についてもできるだ

けだけ広範囲の地区について対象とした。

(9)塑自家製であった口,いいえ口.自鍛の鵬味蝋(短繍る)關は 月頃であっ た・購玉は作らなかった[コ詐った口後で約一日肝しておいた・★領味・骨舶家で作る

口、 {)(託する口, :1う□。

図1 自家醸造味噌についての調査表

(2)

県立新潟女子短期大学研究紀要 舞∫31集 1994

表1味咽煮(大豆の蒸煮)の時期寧

全地域 山形 新潟 佐渡 越後 富山 その他 時期(月)

件数

券(3,4,5)

ト(6,7,8)

H(9,エo,1D

(12,1,2)

392 P1 T1 P07

69.9 Q.0 X.1 Q9.1

79.4 U.9

PL5

Q.3

732

@0

V.4 P9.4

11.1

@0

Q4.4 U4.4

83.8

@0

S.5 P1.7

40.0 Q.0 P6.0 S2.O

58.6 P.4 V.1 R2.9

561 100.1 100.1 100.0 99.9 100.0 100.0 100.0

委託、購入、時期不明の場合を除く

 4.文献的調査

 その背景として,かなり広範囲に亘る地域について の解析を必要とするテーマであるので,全国的な資

料S}7)S)9}TO)ll}12} tsどの中に記載されている食関連事項 を本研究の目的に従いながら, 整理・検討し,特に,

ライソ引きの重要な参考資料とした。

        結果及び考察

 得られた調査の総数618であって,食生活文化報告 集{,に用いられたデータに対して主に山形県及び新潟 県についてのデータが付け加えられている。その内訳 は山形県183,福島県13,新潟県320,群馬県 14,長野 県17,密山県46,石川県14,岐阜県3モの他11である。

 この他に,文献的資料として取り上げられた地域数 は合計316である。

 1、味噌の自家醸造

調査全戸618のうち,自家醸造は567で91.7%であ る。1930頃は大都会を除いてほとんどの家で自家また は共岡で味噌を製造していたものと考えられる。共同 も自家醸造に含めた。

 2.味噌醸造の時期

 日常の殆どの調味を味噌に頼っていた1930代までに おいては味喀作りは不可欠な作業であった。その作業 は一般に「味噌煮」といって重要な年中行事の一つと なっていた。

 味噌は麹作り,大豆の蒸煮,麹・大豆・食塩の混合 仕込で一連の仕込工程は完了するので,単に「味噌作 り」といった場合には最後の混合仕摯がそれに相当す るものと考えられる。しかし味噌煮といった揚合には 大豆の蒸煮がそれに相当している場合が大部分であ る。大飛の大豆を蒸煮し,潰し,地域によっては更に

それを味噌玉にする作業はかなりの労力,時間,判断 を必要とするものであるので,一連の味噌つくり工程 の中で最も重要視され「味噌煮」という言葉が生まれ たものと考えられる。

 味噌玉を作らない場合には,大豆蒸煮が混合仕込に 直接つながるが,味噌玉を作る場合には,数日から数 十日の玉の乾燥期間後に仕込むことになり,そこに時 間のずれが存在する。      一  味噌煮(大豆の蒸煮)の時期は,表1,図2に示し

た通りである。また,全国的なデータ9}によりその時期 を整理して図3に示した。

 図2に示した味噌煮の時期には春と冬が多く,両者 の薄立が認められる。全国的に夏は少ない傾向にある が,図2の地域では夏に加えて秋も多くない。特に,

山形,新潟,長野県は春が多く,富山県では冬が逆に 多くなっている。新潟県内でも,佐渡と越後では春,

冬の関係が逆となり,佐渡では圧倒的に秋・冬が多く なっている。越後は冬が魚沼に多い傾向が認められる が,西頸城も含めて,全域において春に味噌煮が行わ れている。頸城地方は全般的に他の越後と異なってい る場合3)4}5〕が多かったが,この味噌煮の時期ではそれ が認められなく,春・冬の境界がほぼ県境にあるとい

うことができる。

 図3の全国的なデータによれば,春・冬の境界は本 州の日本海側では新潟・富山県の間に存在することを ほぼ認めることができる。この区別のライソはこのま まほぼ南下するが,太平洋側の行方は明確でない。し かし,全体として,このライソより東の日本では春の 味噌煮が多く,西では冬が多くなり,更に西四国,山 口以西九州では秋が多くなっていることが認められ

る。

一32一

(3)

東西食文化の日本海側の接点に関する研究(V1)味喉の自家醸造

表2 新潟県及び隣接県における味噌玉の製造寡

地   域 山形 新潟 越後 佐渡 長野 富山 石川 製造する割合 % 42.O 69.4 80.8 2.2 100 2.O 0

*委託、購入i時期不明の場合を除く

表3新潟県及び隣接県における味噌玉の乾燥日数 地  域 山 形 新潟 長 野

平  均 ナ  短 ナ  長

11.3Q70 27.3Rgo 26.5R60

 3.味噌玉の製造

 味噌玉の製造についてまとめた結果を図4,5}こ示

した。

図4によれば,味噌玉の製造は新潟県以東に多いこ とが認められる。しかし,斬潟県でも佐渡ではほとん ど認められず,越後でも西南の頸城地方では作らない 場合が多くなっている。

 表2に示すごとく長野県は例外なく味噌玉を作って いるが,富山,石川県と西に向かうに従って作らなく なっている。

 図5の全国的なデータによれぽ,春・冬の境界は本 州の日本海側では新潟・富山県の間に存在することを ほぼ認められる。この区別のライソはこのままほぼ南 下し,三重県に渡ってから,再び伊勢湾を越えて東海 北部から北関東に向かっている。図3の場合は不明確 であったラインの太平洋側の位置は明確である。この 二つのラインの位置はかなり類似していて,春仕込と 味噌玉作り両者の関連が予想される。

 表3は味噌玉の乾燥日数であるが,味噌玉の意義が 麹の役割も果たすのであると考えると,2〜3日のご とく極く短い場合,玉にする意味が分かりにくい。他 に麹を加えるのであれば,短期間乾燥の玉作りは単な る作業上の手法とも考えられるe平均乾燥期間が20日 前後であるので,大部分の場合は味噌玉が麹の役割も 果たしているものと推定される。

 4.総合的な考察

 全国的なデータと日本海側の新潟県を中心とする地 域の詳細なるデータを総合して判断すると,味喀煮(大 豆蒸煮)の時期及び味噌玉について,H本の食文化を 東西に分けるライソを図6のごとく引くことが可能と 考えられる。

 太平洋側は不明確な点が残っているものの,日本海 側ではかなり明確で,いずれも佐渡と越後南西部を通 過していることが認められる。このライソが通過する 新潟県南西部は,食文化を東西に分ける数多くのライ ソが通過する地域である3)4}S)6)ので,東西食文化を分 けるの重要な地域であると推定される。

 味噌作りは重要で大きな作業であるが,農作業や養 蚕と異なり季節の無関係にできる可能性があるので,

農作i業などの問をぬって,即ち農閑期に作るのが:普通 である。日本の農業での農閑期は冬であるので,味噌 作りが冬を中心として秋,春に多いのは合理的と考え

れる。

 しかし,何故東日本で春仕込が多く,西日本で冬・

秋が多いのか,興味ある問題である。温度,降雪など の気候,二期作などの農作業のだんどりの影響などが 考えられるが,今後検討してゆきたい問題である。本 報では浮上しなかったが,米・麦・豆味噌も全国的と なると間題となるテーマでありsこれも気候,農業に 密接に関連するものと考えられる。

 また,新潟県としては,何故佐渡が西日本型で味噌 玉を作らなく冬仕込であるのか,興味ある問題である。

何故なれば,味噌作りは気候に影響される農作業とも 密接な関連が考えられるので,単なる味口曾作りに関す

る文化の伝播で結論づけられないからである。

 全体として,味噌作りの方法と気候や農業との関連 を更に検討してゆく必要があるものと考えられる。

         ま と め

 東西の食文化を分ける指標として,味噌の自家醸造 法にっいて,北陸東部から東北南部にかけて調査し,

検討を加えた。

 その結果,「自家醸造味噌」が日本の食文化を東西に 分ける一つの指標になることを認めた。味噌煮(大豆 の蒸煮)の時期が春であるか秋・冬であるか,味噌玉 を製造するか,否かの日本海側の接点は新潟県内に存 在している。その区別のライソは佐渡と本州の間を通

り,本州側では新潟・富山両県の間を南下し長野県西 部に至っている。そのライソの太平洋側への行方は明 確でないが,北関東を通るものと推定される。

(4)

県立新潟女子短期大学研究紀要 菓31集 1994

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新潟県

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長野県    o●        ★

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        福島県

図2 味噌煮(大豆の蒸煮)の時期

 味噌の自家譲造法からも佐渡が日本海側における西 型の食文化圏に属しており,西南越後が東西食文化の 遷移地帯であることを認めた。

         結 . び

 テーVが大ぎいため,把握しきれない点が限りなく 出てきて誠に厳しいものがあるが,多くの方々のご協 力を得て,更に研究を進めて行きたい。

 本報告をまとめるにあたり,聞き取り調査にご回答 を頂きました多数の方々及び調査にご協力頂きました 新潟県西頸城農業改良普及所,糸魚川市教育委員会,

山形県鶴岡農業改良普及所,小国町,荘内銀行及び本 支店行員各位,山川いみ子さん,斉藤魏氏,細井顕輝 氏,佐々木博明氏,板垣七造馬,板垣俊一氏,佐藤政 さん,菅原照子さん,小南一さんt本学食物科卒業生,

在学生の皆さんに厚くお礼を申しあげます。

 なお,本研究をご支援して頂いた財団法人日本食生 活文化財団に深謝致します。

1) 本間伸夫他:東西食文化の日本海側の接点に関   する研究(1),県立新潟女子短大研究紀要,25

  集, 33(1988)

2)本間伸夫他:東西食文化の日本海狽旺の接点に関   する研究(II),県立新潟女子短大研究紀要,26

  集, 41(1989)

3) 本間伸夫他:東西食文化の日本海側の接点に関   する研究GID,県立新潟女子短大研究紀要,27   集,75(199の

4) 本間伸夫他:東西食文化の日本海側の接点に関   する研究(IV),県立新潟女子短大研究紀要,28

(5)

東西食文化の日本海側の接点に関する研究(VD味噌の自家醸造

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劉創 ●●°刷●●°

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図3 味囎煮(大豆の蒸煮)の時期・全国

(6)

県立新潟女子短期大学研究紀要 第31集 1994

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 図4 味噌玉の製造

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群馬県

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福島県

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  集,29(1991)

5) 本聞伸夫他:東西食文化の日本海側の接点に関   する研究(V),県立新潟女子短大研究紀要,29

  ≦莫, 63(1992)

6) 本間伸夫他:東西食文化の日本海側の接点に関   する研究,日本食生活文化財団・食生活文化調   査研究報告集, 第5集, 1(1988)

の 本間伸夫他:癌潟県の郷土食に関する研究,

  1〜22報,県立漸潟女子短大研究紀要

  (1978−−1988)

8)世界の食べ物,No.1−140潮日新聞社

  (1980 一一ユ98)

9)聞き書。日本の食生活全集,農文協(1984 −v 1993)

1の 文化庁1ヨ本民俗地図,1−一 2集,国土地理協   会(1969〜1971)

11) 鈴木秀夫,久保幸夫:日本の食生活,朝倉書店   (工980)

12)本問伸夫ほか:闘き書・新潟の食事,農文協   (1985)

一36一

(7)

東西食文化の日本海側の接点に関する研究(VD味噌の自家醸造

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図5 味唱玉の製造・全国

(8)

県立新鴻女子短期大学研究紀要 第31集 1994

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図6 味噛の自家醸造法による食文化のライン

一38一

参照

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of all pairs of points of Γ at mutual distance 2 (and the joining lines have infinitely many points or exactly three points, for D 2 and D 0 2 respectively) and 4,

北海道 青森県 岩手県 宮城県 秋田県 山形県 福島県 茨城県 栃木県 群馬県 埼玉県 千葉県 東京都 神奈川県 新潟県 富山県 石川県 福井県 山梨県 長野県 岐阜県 静岡県

全国 北海道 青森県 岩手県 宮城県 秋田県 山形県 福島県 茨城県 栃木県 群馬県 埼玉県 千葉県 東京都 神奈川県 新潟県 富山県 石川県 福井県 山梨県 長野県 岐阜県 静岡県

日髙真吾 企画課長 日髙真吾 園田直子 企画課長 鈴木 紀 丹羽典生 樫永真佐夫 樫永真佐夫 樫永真佐夫 川瀬 慈 齋藤玲子 樫永真佐夫 三島禎子 山中由里子 川瀬

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