[36] N. Osakabe, Y. Tanishiro, K. Vagi, and G. Honjo, Surf. Sci. 109, 353 (1981).
https://doi.org/10.1016/0039-6028(81)90493-3
[37] R. Yoshida, A Tosaka and Y. Shigeta, Surf. Sci., 671, 43-50 (2018).
https://doi.org/10.1016/j.susc.2017.12.016
[38] C. Ishii, Y. Shigeta, Thin Solid Films, 709 138007 (2020).
https://doi.org/10.1016/j.tsf.2020.138007
[39] N. Makino, Y. Shigeta, Thin Solid Films, 658 61-65 (2018).
https://doi.org/10.1016/j.tsf.2018.04.032
おわりに
髙⼭光男先⽣は化学を専⾨とされ、物理を専⾨とする私とは専⾨が多少異なりますが、
多くの事柄に興味を持つ好奇⼼旺盛な髙⼭先⽣とは、何回かお会いするうちに不思議と
⾺が合い⾊々な場⾯にご⼀緒するようになりました。
2001年に本学に赴任以来、環境ホルモンセンターの運営を中⼼に担ってこられた研究 好きの髙⼭先⽣に、2007年、法⼈化間もない2年⽬の基盤科学コースのコース⻑という 学部教育の中⼼的役割を担うお仕事を嫌な顔も⾒せずに受けて頂いたことには、とても 感謝しております。その後、研究院⻑、研究推進センター⻑、などなど、2019年からは、
国際総合科学群⻑の重責を担われ、忙しい⽇々を送っていいらっしゃいました。⼤学の ためには余⼈に代えがたい⼈材・お⼈柄であり、最適材であったと今も思っております。
⼤変お疲れ様でした。
これからは、時間的な余裕ができることと期待されますので、やり残した研究や⼭登・
スキーに勤しんでいただければと思います。これまでも美味しい肴を⾷べお酒を酌み交 わして来ましたが、これからもまた時間のある時はお付き合い頂ければ幸いに思います。
ルテニウム(II)錯体の光ラセミ化反応における溶媒同位体効果
1H/D solvent isotope effects on photoracemization reaction of enantiomeric [Ru(bpy)3]2+
and its analogues
篠﨑 ⼀英
(横浜市⽴⼤学⼤学院⽣命ナノシステム科学研究科 教授)
1.緒言
1970 年代、第⼀次オイルショックを契機に化⽯燃料の代替エネルギー開発が求めら れ、枯渇の⼼配のない太陽光エネルギー活⽤が盛んに叫ばれていた。このような背景の もとサンシャイン計画、それに続くムーンライト計画、ニューサンシャイン計画などの 国家プロジェクトが⽴ち上がってきた。当初より、ルテニウム錯体は光エネルギーによ り⽔素を発⽣する反応における光増感剤として働くことが知られており、盛んに研究さ れていた。以来、半世紀に亘り、光励起状態での構造や電⼦状態の解明とともに、励起 状態を経由する光反応、電⼦移動反応、エネルギー移動反応などに関する基礎的知⾒が 集積されてきた。ルテニウム錯体は、強い発光を⽰すこと、熱・光に対して⽐較的安定 であること、また酸化還元に対しても安定であることが特⻑であり、これらの特性を利
⽤した発光材料、酸素存在下での発光消光を利⽤した酸素濃度センサー、酸化体と還元 体の結合により⽣じる電気化学発光材料としての実⽤化を⽬指した応⽤研究が⾏われて きた。
発光素⼦としての機能性の向上を⽬的として、過酷な環境下でもその⻑い発光寿命、
⾼い発光量⼦収率を維持することが求められてきた。温度上昇に伴って、発光寿命が短 くなること、あるいは配位⼦脱離などの反応が進⾏することが広く知られている。これ らの現象は、電荷移動(metal-to-ligand charge-transfer, MLCT)励起状態から無発光性 の状態への熱分布により説明されている。
図1A は正⼋⾯体配位⼦場とみなせる環境にあるルテニウム(II)イオンの 4d 軌道と配 位しているビピリジン(bpy)のおよび*軌道のエネルギーダイヤグラムを⽰している。
HOMO はルテニウム 4d軌道、LUMO はビピリジン*である。4d 電⼦が bpy *軌道へ 遷移した MLCT 状態が、最低励起状態である。光照射により、4d 電⼦が励起される際 に、MLCT 状態よりも⼤きいエネルギーに励起しても、速やかに内部転換および交換交 差により三重項 MLCT 状態まで緩和する(これは Kasha 則と呼ばれている)。MLCT 励
01
横浜市立大学論叢自然科学系列 2020年度:Vol.68 No.1・2・3
d*
d*
*
Ru(II)
d-d*
MLCT
*
bpy
A
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
/ 105
200 300 400 500 600 700 Wavelength / nm
*
MLCT
800
Abs
Em
B
図 1 (A) MO energy diagram of Ru(II) ion and bpy ligand. (B) UV-vis absorption and emission spectrum of [Ru(bpy)3]2+ in H2O.
起状態において電⼦が元の 4d軌道に戻る際に、余分なエネルギーを光あるいは熱とし て放出する。このエネルギーダイヤグラムによると、bpy *軌道よりも少し⾼いところ に Ru d*軌道があるため、MLCT 励起状態よりもエネルギーの⾼い d-d*励起状態があ ると予想される。また、次にエネルギーの⾼い励起状態は、配位⼦ bpy の-*励起状態 であると予想される。図 1B に⽰した実際の吸収スペクトルには、MLCT 吸収および-
*吸収に帰属される吸収帯がはっきりと観測されるが、d-d*吸収帯は吸収スペクトル(お よび発光スペクトル)には全く観測されない。-*遷移および MLCT 遷移は許容遷移で ある、⼀⽅ d-d*はラポルテ禁制遷移のためモル吸光係数が⼩さいためである。そのため、
d-d*状態は無発光性状態とされ、さらに反結合性軌道 d*が関与しているため Ru-N 結合 解離性の状態であると考えられている。
前述したように d-d*状態エネルギー(Edd)を紫外可視吸収あるいは発光スペクトルか ら直接求めることができないものの、MLCT 状態からの緩和速度(発光寿命の逆数)の 温度依存性がボルツマン分布に従うことを利⽤して、間接的に MLCT 状態とのエネル ギー差(E)が⾒積もられてきた。温度(T)上昇に伴って発光寿命()が指数関数的に短 くなることの説明として、無発光性 d-d*状態に遷移した場合に速やかに失活するという 図 2A のモデルが広く受け⼊れられている。図 2B には発光寿命の温度依存性を⽰す。温 度上昇に伴って、寿命が短くなっていることが分かる。
同様の⽅法でを推定する報告例は数多いが、この間接的な⽅法は注意を要すること を、我々2はcis-Ru(dbb)2(CN)2 (dbb = 4,4́-di(tert-butyl)-2,2́-bipyridine)を例にして⽰し た。この錯体は、負電荷を持つ CN 基と Ru(II)イオンの正電荷による⼤きな双極⼦モー メントのため、可視紫外吸収や発光スペクトルにおける MLCT 状態エネルギーは溶媒 に⼤きく依存する。MLCT 状態では電⼦が Ru から dbb 配位⼦に移動するため、基底状
62
d*
d*
*
Ru(II)
d-d*
MLCT
*
bpy
A
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
/ 105
200 300 400 500 600 700 Wavelength / nm
*
MLCT
800
Abs
Em
B
図 1 (A) MO energy diagram of Ru(II) ion and bpy ligand. (B) UV-vis absorption and emission spectrum of [Ru(bpy)3]2+ in H2O.
起状態において電⼦が元の 4d軌道に戻る際に、余分なエネルギーを光あるいは熱とし て放出する。このエネルギーダイヤグラムによると、bpy *軌道よりも少し⾼いところ に Ru d*軌道があるため、MLCT 励起状態よりもエネルギーの⾼い d-d*励起状態があ ると予想される。また、次にエネルギーの⾼い励起状態は、配位⼦ bpy の-*励起状態 であると予想される。図 1B に⽰した実際の吸収スペクトルには、MLCT 吸収および-
*吸収に帰属される吸収帯がはっきりと観測されるが、d-d*吸収帯は吸収スペクトル(お よび発光スペクトル)には全く観測されない。-*遷移および MLCT 遷移は許容遷移で ある、⼀⽅ d-d*はラポルテ禁制遷移のためモル吸光係数が⼩さいためである。そのため、
d-d*状態は無発光性状態とされ、さらに反結合性軌道 d*が関与しているため Ru-N 結合 解離性の状態であると考えられている。
前述したように d-d*状態エネルギー(Edd)を紫外可視吸収あるいは発光スペクトルか ら直接求めることができないものの、MLCT 状態からの緩和速度(発光寿命の逆数)の 温度依存性がボルツマン分布に従うことを利⽤して、間接的に MLCT 状態とのエネル ギー差(E)が⾒積もられてきた。温度(T)上昇に伴って発光寿命()が指数関数的に短 くなることの説明として、無発光性 d-d*状態に遷移した場合に速やかに失活するという 図 2A のモデルが広く受け⼊れられている。図 2B には発光寿命の温度依存性を⽰す。温 度上昇に伴って、寿命が短くなっていることが分かる。
同様の⽅法でを推定する報告例は数多いが、この間接的な⽅法は注意を要すること を、我々2はcis-Ru(dbb)2(CN)2 (dbb = 4,4́-di(tert-butyl)-2,2́-bipyridine)を例にして⽰し た。この錯体は、負電荷を持つ CN 基と Ru(II)イオンの正電荷による⼤きな双極⼦モー メントのため、可視紫外吸収や発光スペクトルにおける MLCT 状態エネルギーは溶媒 に⼤きく依存する。MLCT 状態では電⼦が Ru から dbb 配位⼦に移動するため、基底状
1/ (106 s-1)
1000/T (K-1)
3 3.2 3.4 3.6
2 3 4
A B
Energy
3MLCT E
3d-d*
1/0 k
図 2 (A) [Ru(bpy)3]2+のエネルギーダイヤグラム, (B)寿命()の温度依存性.
態で持っていた双極⼦モーメントの劇的な変化が起こることがスペクトルの溶媒効果の 原因である。発光エネルギーはEem = 15,700 cm-1 (MeOH), 15,600 cm-1 (EtOH), 15,550 cm-1 (1-PrOH), 15,530 cm-1 (1-BuOH)のように変化する。したがって、発光寿命から間 接的に⾒積もられるEはE = 2670 cm-1 (MeOH), 1830 cm-1 (EtOH), 2880 cm-1 (1- PrOH), 1450 cm-1 (1-BuOH)。EemとE の和がEddであるとすると、Edd =18,440 cm-1 (MeOH), 17,430 cm-1 (EtOH), 18,430 cm-1 (1-PrOH), 16,980 cm-1 (1-BuOH)となる。
Ru の 4d 軌道間の電⼦遷移が外圏溶媒分⼦に⼤きく影響を受けるという⼀⾒奇妙な結果 を与えている。
そこで、我々は光ラセミ化反応速度の温度依存性を調べることにより MLCT 状態と のエネルギー差(Erac)を⾒積もった。光ラセミ化速度(krac)は以下の式で表される。
����
� � 𝑘𝑘�𝑘𝑘�exp�� ������𝑘𝑘�𝑇𝑇� (1)
ここで、k0は光励起速度、k3 は 3d-d*状態からのラセミ化速度、 は発光寿命、kB は Boltzmann 定数である。結果として、溶媒効果が殆どない値を得ることに成功した(Erac
+ Eem = 20,090 cm-1 (MeOH), 20,250 cm-1 (EtOH), 20,440 cm-1 (1-PrOH), 20,580 cm-1 (1-BuOH))。MLCT 状態が溶媒に⼤きく依存する場合にはEracを算出することが有効 であり、発光寿命の温度依存性からだけではE を過⼩評価してしまうことを⽰すこと ができた。
Van Houten と Watts は [Ru(bpy)3]2+ の⽔溶液中での発光寿命が溶媒の同位体組成 に依存することを⾒い出した 3。それ以来、発光寿命に対する溶媒同位体効果について 数多く研究がなされてきたが、溶媒効果の起源についてはいまだ明確な解答はないよう である。Masuda ら4は⽔溶液中においてルテニウム(II)と等電⼦配置のオスミウム(II)
N N
N N
N N
Ru
N N
N N
N N
Ru
N N
N N
N N
Ru
2+ 2+ 2+
図 3 Structures of [Ru(bpy)3]2+, [Ru(4dmb)3]2+ and [Ru(5dmb)3]2+.
の錯体[Os(bpy)3]2+について発光寿命が溶媒同位体組成に影響されることを⽰し、
[Os(bpy)3]2+錯体の周りを取り囲んでいる⽔素結合ネットワークによる⽔和構造をもと にして、錯体から溶媒分⼦へのエネルギー移動が同位体効果の起源であると報告した。
⽔分⼦の O-H 伸縮振動の倍⾳・結合⾳が MLCT 状態とエネルギー的に接近しているた め効果的にエネルギー失活が起こると解釈した。
本稿では、図 3 に⽰した[Ru(bpy)3]2+およびその類縁体の光ラセミ化反応について溶 媒同位体効果について検討し、式(1)の妥当性を⽰す。この結果に基づいて、MLCT 状 態からの緩和過程に及ぼす溶媒同位体効果についても検討する。
2.光ラセミ化反応に及ぼす溶媒同位体効果
図 4A に H2O 中の-[Ru(bpy)3]2+ に光照射した際の CD スペクトル変化を⽰す。光 照射中に観測した可視紫外スペクトルには変化が認められないことから、光照射に伴っ てラセミ化反応が進⾏しており、それは副⽣成物を⽣成しない1次反応であることを⽰
している。このことから、⽔溶液中での光ラセミ化反応
-[Ru(bpy)3]2+ ⇄ -[Ru(bpy)3]2+
について、光照射中の CD 強度変化 ()の時間変化は、光ラセミ化反応速度(krac)を 使って次の式で表すことができる。
ln(Δε/Δε0) = –2kract (2)
ここで、 0 は光照射前の CD 強度である。図 4B は、H2O/D2O (1:1)および D2O 中 での結果も併せて、光照射時間に対する ln(Δε/Δε0)をプロットしたものである。い
64
N N
N N
N N
Ru
N N
N N
N N
Ru
N N
N N
N N
Ru
2+ 2+ 2+
図 3 Structures of [Ru(bpy)3]2+, [Ru(4dmb)3]2+ and [Ru(5dmb)3]2+.
の錯体[Os(bpy)3]2+について発光寿命が溶媒同位体組成に影響されることを⽰し、
[Os(bpy)3]2+錯体の周りを取り囲んでいる⽔素結合ネットワークによる⽔和構造をもと にして、錯体から溶媒分⼦へのエネルギー移動が同位体効果の起源であると報告した。
⽔分⼦の O-H 伸縮振動の倍⾳・結合⾳が MLCT 状態とエネルギー的に接近しているた め効果的にエネルギー失活が起こると解釈した。
本稿では、図 3 に⽰した[Ru(bpy)3]2+およびその類縁体の光ラセミ化反応について溶 媒同位体効果について検討し、式(1)の妥当性を⽰す。この結果に基づいて、MLCT 状 態からの緩和過程に及ぼす溶媒同位体効果についても検討する。
2.光ラセミ化反応に及ぼす溶媒同位体効果
図 4A に H2O 中の-[Ru(bpy)3]2+ に光照射した際の CD スペクトル変化を⽰す。光 照射中に観測した可視紫外スペクトルには変化が認められないことから、光照射に伴っ てラセミ化反応が進⾏しており、それは副⽣成物を⽣成しない1次反応であることを⽰
している。このことから、⽔溶液中での光ラセミ化反応
-[Ru(bpy)3]2+ ⇄ -[Ru(bpy)3]2+
について、光照射中の CD 強度変化 ()の時間変化は、光ラセミ化反応速度(krac)を 使って次の式で表すことができる。
ln(Δε/Δε0) = –2kract (2)
ここで、 0 は光照射前の CD 強度である。図 4B は、H2O/D2O (1:1)および D2O 中 での結果も併せて、光照射時間に対する ln(Δε/Δε0)をプロットしたものである。い
260 280 300 320 340 -200
-100 0 100
0 1000 2000 3000 -0.2
-0.1 0
Irradiation time / s ln(/0)
CD / mdeg
Wavelength / nm
A B
図 4 (A) Changes in CD spectra of -[Ru(bpy)3]2+ during photoirradiation. (B) ln(Δε0/Δε) as function of irradiation time for photoracemization of [Ru(bpy)3]2+ in H2O (circles), H2O/D2O (1:1) (squares) and D2O (triangles) at 293 K. Applying first order kinetics provides photoracemization rate constants of krac = 1.54 × 10-5 s-1 (H2O), 1.95 × 10-5 s-1 (H2O/D2O (1:1)) and 2.55 × 10-5 s-1 (D2O).
ずれも良い直線を⽰しており、それらの傾きから得られる光ラセミ化速度定数 kracは⼤
変遅い(約 10-5 s-1)ことがわかる。また、kracが溶媒の同位体組成に依存していることは 興味深い結果である(krac = 1.54 × 10-5 s-1 (H2O), 1.95 × 10-5 s-1 (H2O/D2O (1:1)), 2.55
× 10-5 s-1 (D2O))。重⽔素の割合が増⼤するにつれてkracが増⼤していることは、発光寿 命の溶媒同位体効果に関連している((H) = 620 ns in H2O, (H/D) = 850 ns in H2O/D2O (1:1), (D) = 1080 ns in D2O at 293 K)。すなわち、発光寿命が⻑いほど、光 ラセミ化速度定数が⼤きい。これは、前述したcis-Ru(dbb)2(CN)2 の光ラセミ化反応の 場合と類似している。この錯体での解析同様に、今回の場合にも光ラセミ化反応の温度 依存性を検討した。図 5 は、それぞれの溶液で測定した光ラセミ化反応も温度依存性に ついてのプロットである。興味深いことに、プロットはいずれも直線を⽰すとともに、
溶媒の同位体組成に関わらず⼀致している。すなわち、発光寿命で光ラセミ化速度定数 を割ることによって、溶媒同位体効果をキャンセルできたと⾔える。この直線関係は、
次の関係として表すことができる。
ln ������ ��� �������
�� (3)
この関係はcis-Ru(dbb)2(CN)2の光ラセミ化反応で適⽤した式(1)と⼀致している。それ ぞれの溶媒中で得られた直線の傾き結果から、3MLCT 状態と3d-d*状態とのエネルギー
3 4 5 6 7 8
ln(krac/)
4.4 4.5 4.6 4.7 4.8 4.9 5.0
320 310 300 290
(kBT)-1 /103 cm T / K
図 5 Plots of ln(krac/τ) as function of (kBT)-1 for -[Ru(bpy)3]2+ (black), -[Ru(4dmb)3]2+ (red) and -[Ru(5dmb)3]2+ (blue) in H2O (open circles), D2O (filled circles) and H2O/D2O (1:1) (squares). The solid lines are best fits for each complex, from which E values of 5400, 5300 and 6000 cm-1 were determined, respectively.
差はErac = 5130 cm-1 (in H2O), 5590 cm-1 (in H2O/D2O (1:1)), 5590 cm-1 (in D2O)(平 均 5400 cm-1)であり、krac/には溶媒同位体効果が現れていないことが確認できる。す なわち、励起状態でのラセミ化にともなう構造変化には同位体組成に無関係であると結 論できる。
[Ru(4dmb)3]2+および[Ru(5dmb)3]2+について同位体組成を換えた⽔溶液で光ラセミ 化反応を測定した。[Ru(bpy)3]2+同様に、(kBT)-1に対する ln(krac/) のプロットは直線 となり、同位体組成に関わらず⼀致している。それぞれの錯体について、ΔErac = 5300 cm-1 (in H2O), 5260 cm-1 (in D2O) for [Ru(4dmb)3]2+, and ΔErac = 5990 cm-1 (in H2O) and 6250 cm-1 (in D2O) for [Ru(5dmb)3]2+となった。3錯体について、Erac値は [Ru(4dmb)3]2+ (5300 cm-1) < [Ru(bpy)3]2+ (5400 cm-1) < [Ru(5dmb)3]2+ (6100 cm-1)の 順である。
3.光ラセミ化反応メカニズム
配位⼦に置換基を導⼊すると、発光エネルギーが変化する(Eem = 16,000 cm-1 ( [Ru(4dmb)3]2+), 16,400 cm-1 ([Ru(bpy)3]2+), 16,700 cm-1 ([Ru(5dmb)3]2+))。電⼦供 与性置換基である CH3基は bpy ⾻格の N 原⼦上の電⼦密度を変化させると予想できる。
すなわち、N 原⼦上の電⼦密度が⾼い場合、静電反発に伴って MLCT 遷移エネルギー 66
3 4 5 6 7 8
ln(krac/)
4.4 4.5 4.6 4.7 4.8 4.9 5.0
320 310 300 290
(kBT)-1 /103 cm T / K
図 5 Plots of ln(krac/τ) as function of (kBT)-1 for -[Ru(bpy)3]2+ (black), -[Ru(4dmb)3]2+ (red) and -[Ru(5dmb)3]2+ (blue) in H2O (open circles), D2O (filled circles) and H2O/D2O (1:1) (squares). The solid lines are best fits for each complex, from which E values of 5400, 5300 and 6000 cm-1 were determined, respectively.
差はErac = 5130 cm-1 (in H2O), 5590 cm-1 (in H2O/D2O (1:1)), 5590 cm-1 (in D2O)(平 均 5400 cm-1)であり、krac/には溶媒同位体効果が現れていないことが確認できる。す なわち、励起状態でのラセミ化にともなう構造変化には同位体組成に無関係であると結 論できる。
[Ru(4dmb)3]2+および[Ru(5dmb)3]2+について同位体組成を換えた⽔溶液で光ラセミ 化反応を測定した。[Ru(bpy)3]2+同様に、(kBT)-1に対する ln(krac/) のプロットは直線 となり、同位体組成に関わらず⼀致している。それぞれの錯体について、ΔErac = 5300 cm-1 (in H2O), 5260 cm-1 (in D2O) for [Ru(4dmb)3]2+, and ΔErac = 5990 cm-1 (in H2O) and 6250 cm-1 (in D2O) for [Ru(5dmb)3]2+となった。3錯体について、Erac 値は [Ru(4dmb)3]2+ (5300 cm-1) < [Ru(bpy)3]2+ (5400 cm-1) < [Ru(5dmb)3]2+ (6100 cm-1)の 順である。
3.光ラセミ化反応メカニズム
配位⼦に置換基を導⼊すると、発光エネルギーが変化する(Eem = 16,000 cm-1 ( [Ru(4dmb)3]2+), 16,400 cm-1 ([Ru(bpy)3]2+), 16,700 cm-1 ([Ru(5dmb)3]2+))。電⼦供 与性置換基である CH3基は bpy ⾻格の N 原⼦上の電⼦密度を変化させると予想できる。
すなわち、N 原⼦上の電⼦密度が⾼い場合、静電反発に伴って MLCT 遷移エネルギー
が⾼くなると考えられる。Eemの順は[Ru(4dmb)3]2+ < [Ru(bpy)3]2+ < [Ru(5dmb)3]2+で あるので、5,5ʼ位の CH3基は N 原⼦上の電⼦密度を増⼤させ、⼀⽅で 4,4ʼ-位の CH3基 は減少させることが分かる。Eracが 3MLCT と 3d-d*状態のエネルギー差を表すとする と、Edd はErac とEemの和として表せる。Edd= 22,900 cm-1 ([Ru(4dmb)3]2+), 22,500 cm-1 ([Ru(bpy)3]2+), 23,500 cm-1 ([Ru(5dmb)3]2+)となり、配位⼦の種類によって異なる 結果となっている。前述したとおり、Ru(II) 錯体のEddを直接⾒積もることは難しいが、
対応する Ni(II)錯体の可視紫外吸収スペクトルを⽤いて、配位⼦の違いによって Eddが 影響されるかどうかを検討することができる。興味深いことに、[Ni(bpy)3]2+, [Ni(4dmb)3]2+, [Ni(5dmb)3]2+錯体の⽔溶液中での吸収スペクトルに違いは認められな かったため、CH3基の効果は Ru(II)錯体の配位⼦場分裂パラメーターに影響しないと 結論できる。この結果は、光ラセミ化反応により得られたEracは3MLCT と3d-d*状態の エネルギー差というよりはむしろ、光ラセミ化反応についての活性化エネルギーを表し ていると考えられる。
最近、Feng ら5は、DFT 計算により[Ru(bpy)3]2+の光ラセミ化反応を検討した。彼ら によると、光ラセミ化は3MLCT 状態から3d-d*状態へ励起された後、Ru-N 結合切断を 伴わずに活性化状態を経由して進⾏する。3d-d*状態への熱励起による Ru-N 結合の伸⻑
に伴う構造変化により異性化が進⾏し、その反転時間を = 0.437 s と⾒積もっている。
これは、Thompson ら6が[Ru(bpy)3]2+の 2 光⼦励起により⾒出した、3MLCT 状態分⼦
の⽣成時間に対応するとしている。彼らの報告から、3d-d*状態への励起は、構造変化を 誘起するものであり、基底状態への早い失活を誘発するのではないと結論できる。また、
Thompson らは、2 光⼦励起後の過渡吸収測定から、80 s の寿命を持つ中間体を⾒出し ており、 [Ru(bpy)2(o-(C5H4N)-py)]2+あるいは[Ru(bpy)2(-(C5H4N)-py)]2+と推定して いる。この⻑寿命中間体は無発光性であり、基底状態において[Ru(bpy)3]2+を再⽣する。
残念ながら、DFT 計算においては、この⻑寿命中間体を帰属することはできていない。
多くの研究者が [Ru(bpy)3]2+の光ラセミ化は Ru-N 結合の切断により⽣成した5配位 中間体を経由して進⾏すると報告している。この反応機構では、3MLCT 状態へ励起後、
3d-d*状態への熱分布、Ru-N 結合の伸⻑および切断、5配位中間体⽣成、ラセミ化に伴 う Ru-N 結合再⽣あるいは、鏡像体⽣成のための Ru-N 結合再⽣が進⾏する。cis- Ru(dbb)2(CN)2の光ラセミ化に関する研究によると、Ru-N 結合切断により⽣成した5 配位中間体は2通りの構造変化を起こす。⼀つは逆反応である Ru-N 結合再形成、もう
⼀つはアキラルなピラミッド型の5配位中間体⽣成である。このアキラル5配位錯体が ラセミ化反応に寄与する。これらの反応は競争的であり、素早い構造変化はピラミッド
N
N N
N N
N Ru
N N N
N N
N Ru
N
N N
Ru N N N N
N N
N N
N Ru
N
N N
N N
N Ru
kf
h
MLCT d-d*
Intermediate
kd
kb
スキーム 1 Proposed mechanism for photoracemization of -[Ru(bpy)3]2+.
型の5配位中間体形成を引き起こし、速い Ru-N 結合形成は元の鏡像体再⽣を引き起こす。
このような観点から、我々は[Ru(bpy)3]2+の光ラセミ化反応機構をスキームにまとめる。こ こでは、3MLCT 状態への光励起後の3d-d*状態への熱分布により、3MLCT 状態と3d-d*状 態の間で熱平衡が成⽴する。この励起状態から Ru-N 結合切断が起こり、5配位錯体が⽣成 する。このときの活性化エネルギーがEracであり、結合解離速度定数をkdとしている。こ の5配位中間体は、3MLCT-3d-d*平衡状態へ戻ることができる(速度定数kb)、⼀⽅ピラミッ ド型のアキラル5配位錯体へと構造変化する(速度定数kf)。このアキラル中間体は確率 0.5 でどちらかの[Ru(bpy)3]2+鏡像体を⽣成するが、励起状態へ戻ることはない。このスキーム によると、式(1)の速度定数はk3 = kdkf/(kf + kb) と表すことができる。Ru-N 結合が切断さ れて⽣成した5配位錯体が素早く構造変化する場合(kf >>kb)、ラセミ化速度は、k3 = kd = kdʼexp(‒Erac/kBT)で表すことができる。ここでのEracは Ru-N 結合切断の際の活性化エネ ルギーを与える。反対に、素早い Ru-N 結合再⽣が進⾏する場合 (kf << kb)、k3 = kdkf/kb = kfKとなる。この場合には、5配位錯体の状態と光励起状態は平衡状態にあるため、Eracは これらの状態間のエネルギー差に相当する。実際の[Ru(bpy)3]2+の光ラセミ化速度は遅いの で、後者のケースが当てはまると考えられる。
表 1 の ln(k0k3) は 3 つの錯体でいずれも良い⼀致を⽰している。それぞれの Ru 錯体 のモル吸光係数はほとんど変わらないので、光吸収速度k0は錯体および溶媒同位体組成 に依存しないと考えられる。それゆえ、k3 = kfK はそれぞれの錯体で等しいと思われる。
[Ru(5dmb)3]2+が最も⼤きいErac を⽰していることから、この錯体は最も⼩さな平衡定数 68
N
N N
N N
N Ru
N N N
N N
N Ru
N
N N
Ru N N N N
N N
N N
N Ru
N
N N
N N
N Ru
kf
h
MLCT d-d*
Intermediate
kd
kb
スキーム 1 Proposed mechanism for photoracemization of -[Ru(bpy)3]2+.
型の5配位中間体形成を引き起こし、速い Ru-N 結合形成は元の鏡像体再⽣を引き起こす。
このような観点から、我々は[Ru(bpy)3]2+の光ラセミ化反応機構をスキームにまとめる。こ こでは、3MLCT 状態への光励起後の3d-d*状態への熱分布により、3MLCT 状態と3d-d*状 態の間で熱平衡が成⽴する。この励起状態から Ru-N 結合切断が起こり、5配位錯体が⽣成 する。このときの活性化エネルギーがEracであり、結合解離速度定数をkdとしている。こ の5配位中間体は、3MLCT-3d-d*平衡状態へ戻ることができる(速度定数kb)、⼀⽅ピラミッ ド型のアキラル5配位錯体へと構造変化する(速度定数kf)。このアキラル中間体は確率 0.5 でどちらかの[Ru(bpy)3]2+鏡像体を⽣成するが、励起状態へ戻ることはない。このスキーム によると、式(1)の速度定数はk3 = kdkf/(kf + kb) と表すことができる。Ru-N 結合が切断さ れて⽣成した5配位錯体が素早く構造変化する場合(kf >>kb)、ラセミ化速度は、k3 = kd = kdʼexp(‒Erac/kBT)で表すことができる。ここでのEracは Ru-N 結合切断の際の活性化エネ ルギーを与える。反対に、素早い Ru-N 結合再⽣が進⾏する場合 (kf << kb)、k3 = kdkf/kb = kfKとなる。この場合には、5配位錯体の状態と光励起状態は平衡状態にあるため、Eracは これらの状態間のエネルギー差に相当する。実際の[Ru(bpy)3]2+の光ラセミ化速度は遅いの で、後者のケースが当てはまると考えられる。
表 1 の ln(k0k3) は 3 つの錯体でいずれも良い⼀致を⽰している。それぞれの Ru 錯体 のモル吸光係数はほとんど変わらないので、光吸収速度k0は錯体および溶媒同位体組成 に依存しないと考えられる。それゆえ、k3 = kfK はそれぞれの錯体で等しいと思われる。
[Ru(5dmb)3]2+が最も⼤きいErac を⽰していることから、この錯体は最も⼩さな平衡定数
表 1 Parameters evaluated using eq. 3 for the photoracemization reaction of Ru(II) complexes in water.
ln(k0k3) Erac
[Ru(bpy)3]2+
H2O 28.5 ± 1.2 5130 ± 260 H2O/D2O 30.6 ± 0.9 5590 ± 180 D2O 30.7 ± 0.3 5590 ± 70 [Ru(4dmb)3]2+ H2O 30.1 ± 1.4 5290 ± 300
D2O 29.8 ± 1.3 5260 ± 280 [Ru(5dmb)3]2+ H2O 34.0 ± 0.4 5990 ± 75
D2O 35.2 ± 1.6 6250 ± 330
K = exp(‒Erac/kBT)を持っていることになる。したがって、[Ru(5dmb)3]2+が、3錯体の中 でもっとも⼤きな速度定数kfを有すると結論できる。すなわち、スキーム 1 のような5配位 中間体 [Ru(5dmb)2(5mpy-C5H4NCH3)]2+ or [Ru(5dmb)2(5mpy-C5H4NCH3)(solvent)]2+
への速い構造変化が進⾏すると考えられる。
4.発光寿命に及ぼす溶媒同位体効果
前述したとおり、Ru(II)錯体の発光寿命は溶媒の同位体組成に影響される。H2O およ び D2O 中で[Ru(bpy)3]2+, [Ru(4dmb)3]2+, [Ru(5dmb)3]2+の発光寿命の温度依存性を測 定し、(kBT)-1 に対して‒ln() をプロットしたものを図 6 に⽰す。他に⽐べて [Ru(5dmb)3]2+は、測定した温度領域(280 ‒ 330 K)で溶媒同位体効果が⾒られない。
Hofmann ら7は、[Ru(phen)3]2+について同様な結果を得ており、3MLCT と3d-d*状態の エネルギー差が⼩さいためであると説明している。エネルギー差E を考慮した発光寿 命の温度依存性を次の式で表す。
1/ = kr + knr + kexp(E/kBT) (4)
ここで、 krおよび knr はそれぞれ3MLCT 状態からの放射速度定数、無放射速度定数で あり、kB は Boltzmann 定数、k は前指数因⼦である。式(4)でフィッテングした結果、
得られたパラメーターを表にまとめた。E は 3000 から 4000 cm-1であり、k = 1010
4.5 5.0 13
14 15 16 17 18
4.5 5.0 4.5 5.0
280 300
330 320 330 320 300 280 330 320 300 280
(kBT)-1 / 103 cm T / K
H2O D2O
[Ru(bpy)3]2+ [Ru(4dmb)3]2+ [Ru(5dmb)3]2+
-ln()
図 6 Plots of –ln() against (kBT)-1 for [Ru(bpy)3]2+, [Ru(4dmb)3]2+ and [Ru(5dmb)3]2+ in H2O (filled circles) and D2O (open circles).
1014 s-1 である。E はわずかに溶媒同位体組成に依存しているようであるものの、光 ラセミ化反応で得られたEracに⽐べて⼩さい値となっている。溶媒同位体効果はkr + knr に現れており、その値は 105 106 s-1 の範囲にある。吸収スペクトルおよび発光スペク トルのピーク波⻑は溶媒同位体組成に依存しないので、krは H2O 中と D2O 中で⼀致し ていると考えられる。このことは、放射速度の式kr = (4Eem3/3ħ4c3)2 から予想される結 果と⼀致している(Eem は発光エネルギー、遷移モーメント、ħ =h/2は Dirac 定数、
c光速度)。⼀⽅、krの値は発光寿命と発光量⼦収率から実験的に算出することができ る(kr = = 0.042/600 ns = 7 × 104 s-1 for [Ru(bpy)3]2+)。この値はkr + knr に⽐べて 2 桁⼩さいので、1/ = knrと近似できる。したがって、同位体効果に関連する knr(H)/knr(D) ⽐ は 1.7 となる。この結果はこれまでに報告されているものと⼀致している。[Ru(4dmb)3]2+と [Ru(5dmb)3]2+について、knr(H)/knr(D)⽐はそれぞれ 1.5 と 2.0 であり、knr(H)/knr(D) は [Ru(5dmb)3]2+ > [Ru(bpy)3]2+ > [Ru(4dmb)3]2+の順である。これは、図 6 のプロッ トから予想されるものと⼀致していないようである。すなわち、式(4)から得られる knr(H)/knr(D)は溶媒同位体効果を正確に表していないと思われる。
Masuda ら4は、[Os(bpy)3]2+錯体について、knrとEを⾒積もっている(knr(H) = 6.5
± 1.5 × 108 s-1, E = 530 cm-1 (H2O); knr(D) = 2.3 ± 0.8 × 108 s-1, E = 430 cm-1 (D2O))。
[Os(bpy)3]2+は 3d-d*状態への熱分布は無視できるくらい⼩さいので、3MLCT 状態から の無放射過程のみが、⼩さなE を伴う発光寿命の温度依存性と溶媒同位体効果に影響 していることが分かる。Meyer ら8は、このような⼩さいEについて、MO 計算に基づ
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