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津久井やまゆり園事件と意思決定支援

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Academic year: 2021

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2021年 東洋英和女学院大学大学院 大学院紀要 第17号抜粋 (2021年 3 月)

~重度障害者の地域生活を考える~

石渡 和実

(2)
(3)

*東洋英和女学院大学 人間科学部 教授

Professor, Faculty of Human Sciences, Toyo Eiwa University

津久井やまゆり園事件と意思決定支援

~重度障害者の地域生活を考える~

石渡 和実 *

Tsukui Yamayurien Incident and Supported-Decision Making:

Community Life of People with Severe Disabilities

ISHIWATA Kazumi

      Around  2:00  on  July  26,  2016,  19  residents  were  killed  and  27  people,  including  3  staff  members, were injured at Tsukui Yamayurien, a facility for people with intellectual disabilities in  Sagamihara City.  The criminal was a former employee of the facility, who in advance had given  a death threat letter to the chairman of the House of Representatives and executed it almost as  announced.    The  letter  contained  eugenic  ideas  which  denied  people  with  disabilities  their  right  to  live,  and  it  became  a  big  issue  whether  the  work  experience  at  the  facility  led  to  this  way  of  thinking.    Although  it  was  not  clarified  during  the  trial,  the  way  of  support  at  the  institution  was debated again, as was the quality of support through keywords such as “supported decision- making” and empowerment, which attracted attention after the adoption of the Convention on the  Rights of Persons with Disabilities.  At the time of its reopening, Tsukui Yamayurien, aimed to help  realize the lifestyle desired by the patient to decentralize into two areas, and to provide decision  support for residents.  When the death sentence was issued in March 2020, not only the facility but  also the welfare of persons with disabilities itself was questioned, and a new study group was set  up in Kanagawa Prefecture.  Support from a “user's perspective” has been discussed, and efforts  are being made to build local lives for residents.

キーワード :

  津久井やまゆり園事件、優生思想、意思決定支援、エンパワメント、福祉教育

Keywords :

  Tsukui  Yamayurien  Incident,  Eugenic  Thought,  Supported  Decision-Making, 

Empowerment,Socio-Education

(4)

1.はじめに

2016 年 7 月 26 日 2 時頃、相模原市にある知 的障害者施設津久井やまゆり園で、入所者 19 人が命を奪われ、職員 3 人を含む 27 名が負傷 するという事件が起こった。2001 年に大阪府 で小学生 8 名が亡くなった池田小事件をはるか に上回る、戦後最大の被害をもたらした事件と された。その後、2019 年 7 月 18 日に京都アニ メーション事件が起こり、36 人が死亡、33 人 が重軽傷を負った。しかし、京都の事件はガソ リンを撒いての放火であるのに対し、津久井や まゆり園事件は、犯人が 1 時間も経たない間に 全員を包丁で死傷させたという、異常なまでの 殺意を感じさせられる犯罪でもあった。

さらに、事件を起こした植松聖(2020 年 3 月に死刑確定)が施設の元職員であり、2 月 15 日に衆議院議長に宛てて「犯行予告」の手紙を 渡していた。手紙には「障害者は不幸を作るこ としかできません」、だから「安楽死」が当然 といった論理展開で、優生思想そのものと言え る内容が書かれ、関係者を慄然とさせた。この 手紙がきっかけで植松は精神科に措置入院とな るが、退院後にほぼ「予告」通りの犯行が行わ れ、事件を防ぐことができなかったのか、も含 めて社会に大きな衝撃を与えた。

筆者は、神奈川県が 2016 年 9 月に設置した 事件の検証委員会委員長を務めた。その立場で ありながら報告書には納得できない部分が多 く、今も自責の念を強く抱いている。事件から 検討すべき本質的課題は、障害者否定のみなら ずホームレスや外国籍の人への「ヘイトクライ ム(憎悪犯罪)」など、自分とは異なる者を排 除しようとする社会病理であり、そこにこそ着 目しなくてはならない。事件から 4 年以上が経 過し、既に「忘れ去られた」との声も聞かれ る。しかし、障害者福祉に関わる者にとっては 決して「過去」にしてはならない出来事であ り、真の「共生社会」を実現するために、事件 から考え続けなければならない課題は多い。

一方で事件を機に、知的障害者本人の想いを 尊重して、それぞれが望む地域生活をいかに実

現するかという取組が、障害者権利条約で注目 された「意思決定支援」をキーワードに一層の 展開を見せている。本論文では、津久井やま ゆり園事件をきっかけに問われている課題を 整理し、その解決策の 1 つとして進められて いる「意思決定支援」の動向に注目し、障害 者支援の在り方について検討することを目的

とする

1・2・3)

2.津久井やまゆり園事件が提起した課題

⑴ 神奈川県検証委員会の経過と報告書の概要

神奈川県は 9 月 21 日に「津久井やまゆり事 件検証委員会」を設置し、現地調査も含めて 11 月 22 日まで 7 回の検討が行われた。委員の 構成は学識経験者(筆者)、弁護士、施設代表、

家族会代表、防犯専門家の 5 名であった。事務 局を神奈川県障害福祉課が担当し、津久井やま ゆり園を運営する法人(かながわ共同会)の理 事長や園長らが 6 回、神奈川県警察本部課長 は 5 回、措置入院させた相模原市職員も 2 回出 席した。そして、「編集事務取扱者」という立 場で、防犯等に詳しい弁護士が 5 回目から加わ り、報告書作成に重要な役割を担った。

委員会設置の目的は、①経緯を詳細に追っ て事件を防ぐことはできなかったのかの検証、

②今後の再発防止策の検討、の大きく 2 点で あった。行政責任として、この 2 点の検証が 優先されるのは当然であるが、「再発防止」を 強調したことが「悪者探し」に終わった感が 強く、検証委員会の難しさを痛感させられた。

「防犯」についても監視カメラの設置など、物 理的な対応だけが強調されてしまったとの悔い が残る

 4)

。本来なら、 「優生思想」をはじめ「障 害者差別」という事件が提起した課題の整理、

その解決策を提示し、確実な取り組みを進める ことが行政・関係者に求められたはずである。

当初は人権教育の在り方なども検討課題として

いたが、時間の制約もありほとんど議論できな

かった。検証委員長という立場からも、中途半

端な報告書しか出せなかったことが悔やまれて

ならない。だからこそ、この事件にこだわり続

(5)

け、あるべき社会の実現をめざさなくては、と 考えている。

⑵ 事件から検討すべき課題

第 5 回目の検証委員会では、5 人の委員が個 人としての「意見書」(非公開)を提出した。

筆者は委員会で本来検討すべき課題として、次 の 5 点を主張した。

第 1 に、「当事者主体の地域生活支援」であ る。やまゆり事件に関して、繰り返し指摘され たのが「本人不在」という言葉である。家族の 強い希望で、「匿名報道」が貫かれたことも大 きい。被害者の名前も顔も見えないことが、事 件の重大性や本質的課題の検討を困難にしてし まった。また、やまゆり園の入所者は障害が重 く自己主張ができないという論理で、本人たち の気持ちも希望も置き去りにされてしまった感 が強い。筆者は委員会で何度もこの点を主張し たが、真正面から取り上げられることは最後ま でなかった。また、「建て替え問題」に注目が 集まってしまったことも大きい。神奈川県は 早々と 9 月 23 日に、同じ敷地に同規模の施設 を建て替え 2020 年の完成をめざす、と発表し た。工事費は 60 ~ 80 億円と見積もられ、家族 や運営法人の意向を尊重した結果だという。し かし、入所者の意思は確認しておらず、「いか に障害が重くとも意思決定支援を!」という障 害者権利条約以降の流れに反する決断であっ た。

第 2 に、「優生思想の克服」という問題であ る。「障害者は不幸」「安楽死」などと書かれた 手紙は、ヒトラーに代表される優生思想を思い 起こさせた。「障害者は社会のお荷物」「穀潰 し」など、「否定される命」と言われた障害者 観をいかにしてくつがえすか、1981 年の国際 障害者年以降の取組がまさに無に帰した思いで ある。しかし、この植松の考えに同調する声が ネット上に広まったというのが現実で、人権教 育や福祉教育、市民の意識啓発の必要性が改め て問われることにもなった。精神科医として臨 床にも詳しい立教大学教授の香山は、こう主張

している。「社会的マイノリティを本人に変え ることのできない属性(今回なら障害があるこ と)だけで差別・憎悪の対象として攻撃する犯 罪を、海外では『ヘイトクライム』と呼ぶ。今 回の事件は精神疾患ゆえの行為などではなく、

やはりヘイトクライムと考えてよいのではない か…。今後の裁判では、この男性をごく特殊な ケースと片づけることなく、彼を生んだ社会 背景や、人権を軽視するいまの空気について もぜひ迫ってほしいと考えている

  5)

。」その後、

2018 年 3 月、仙台で旧優生保護法により強制 不妊手術を強制された女性が訴訟を起こし、さ らに全国で 20 人が 7 地方裁判所に提訴した。

「優生保護法裁判」などと呼ばれ、「優生思想」

が新たな注目を集めることにもなった

 6)

。 第 3 に、「福祉人材の育成と待遇」である。

植松が元職員であったことから、現状に不満を 抱いていたのでは、という待遇面、前提にある 人材育成などが改めて問題視されることになっ た。この問題は植松の裁判の過程でも注目さ れ、津久井やまゆり園での勤務中の体験が、彼 にこのような障害者否定の思想を植え付けるこ とになったのではないかとの指摘もされた。そ して、これは津久井やまゆり園だけの問題では なく、障害者福祉施設全体の支援の質が問われ ることにもなり、さらに福祉のあり方そのもの を問うことにもなっている

 7)

第 4 に、「被害者の心のケア」である。大阪

の池田小事件を契機に、2004 年 12 月、犯罪被

害者等基本法が成立した。被害者の「痛み」を

社会がいかに共有し、そのケアのためにどう動

くべきか、同じ市民としての「共感」が求めら

れたのである。やまゆり園事件では障害がある

人々が、「いつ自分に刃が向けられるのか」と

いう危機感を誰もが抱いたという。さらに、こ

れまで頼りにしていた支援者に恐怖を抱くこと

にもなった。このような複雑な心理状態へのケ

アはどうあるべきか。そして、やまゆり園の職

員だけでなく、障害者支援に関わる者全てが大

きな痛みを抱いた事件であった。改めて、「痛

みの共有」や「ケアの在り方」について、地域

(6)

で真剣に議論することが求められる。

第 5 に、「マスコミ報道の在り方」である。

この事件を機に、家族の意識も含めて匿名報道 が大きな問題となった。一般論として、名前を 明らかにすると誹謗・中傷が飛び交い、被害者 の心の傷をさらに広げる「二次被害」を招くこ とにもなる。匿名報道については以前から議論 されているが、簡単に結論が出る問題ではな い。しかし、知的障害児・者の親の会全国組織 が出版する月刊誌『てをつなぐ』では、2016 年 9 月に事件の特集号を組み、編集部が次のよ うに主張した。「神奈川県警は匿名発表の理由 について、『知的障害者の施設であり、遺族の プライバシー保護等の必要性が高い』」と説明 しました。どうして被害にあった本人ではな く、遺族のプライバシー保護なのでしょうか。

そこには容疑者のゆがんだ障害者観に通底する ものがあるように思えます。…また、知的障害 者を私たちと同じ血の通った人間としてではな く、『記号』にして覆い隠してしまう匿名発表 が、知的障害者の存在を社会的にも抹殺してい るのです。『家族のプライバシー保護』がその 根拠とされていることに対して、私たち家族が 黙っているわけにはいかないではありません か

 8)

。」まさに納得できる、重要な指摘である。

これらの 5 点は事件直後から筆者が考え続け てきた課題であり、関係者からもさまざまな問 題が提起されている。重要な課題を浮き彫りに した事件であるにもかかわらず、市民の間では もう忘れ去られている、との声も多い。匿名報 道の影響もあろうが、「障害者問題は他人事」

という意識があるのではないか。であればこ そ、ますます意識啓発、人権教育の必要性が高 まってくる

 9)

⑶ 津久井やまゆり園の再建問題

神奈川県の黒岩祐二知事は、事件が起こった 当日、園に駆け付け悲惨な現場や嘆き悲しむ家 族を目の当たりにした。それだけに家族の声を しっかり受け止め、9 月 23 日には 60 ~ 80 億 円をかけてもやまゆり園を再建するという方

針を即決した。しかし、障害当事者などから、

「大規模施設の再建は時代錯誤」といった批判 が続出し、県は翌 2017 年 1 月 10 日、再建に関 する公聴会を開いた。27 団体・13 人の関係者 が参加し、地域生活の充実をめざし、入所施設 も短期入所などのニーズに対応できるものに、

という考え方が確認された。さらに、職員の待 遇改善や地域との交流についても意見が出さ れ、何より入所者本人の意向を確認することの 重要性が強調された。

こうした声を受け、神奈川県は 2 月 27 日、

神奈川県障害者施策審議会に「津久井やまゆ り園再生基本構想策定に関する部会」を設置 した。8 人の委員が 12 回にわたる精力的な検 討を重ね、8 月 3 日「報告書(案)」が出され、

10 月に最終報告書

  11)

が公開された。8 月 23 日 に開かれたセミナーで、部会長を務めた堀江は 検討過程について次の点を強調した。

まず、「検討課題が 2 つあった」ことを確認 した。1 つは、「当事者不在」という言葉に象 徴される本人抜きの経過を踏まえて、「入所者 本人の意思をいかにして確認するか」であっ た。この「意思決定支援」の検討に多くの時間 を費やし、報告書のキーワードは「一人ひと り」であったという。この言葉が報告書に何度 も登場するが、何より本人の意思尊重を重視し た結果である。国の障害者向け「意思決定支援 ガイドライン」を参考に、「神奈川バージョン」

と呼ぶ具体的な支援システムを考案できた。今 後は、これを確実に実践し、「一人ひとり」の 意向に沿った支援システムを確立することが求 められると強調していた。

そのためには、入所施設という 1 つの選択肢 しかない、という状況では意向の尊重などあり えない。それゆえ、2 つ目の課題は「県立施設 の役割」であったという。家族会の意向とし て、入所していた 131 人全員が津久井の地に帰 る、との報道が注目されたが、将来を見据えた 入所施設のあり方が論議された。結果として、

131 人の居住の場は確保するが、津久井と仮住

まいしている横浜に分散化し、グループホーム

(7)

入居なども含め、多様な選択肢を示せるよう努 めた。

この報告書は異なるさまざまな立場を尊重 し、「折衷案」ではなく「合意案」をまとめ上 げた、と筆者は評価している。不満の声もなく はないが、打ち出された方向性を、今後どれだ け実現できるかが関係者に問われていると言え よう。

表 津久井やまゆり事件の概要と経過

2012年12月   植松聖をやまゆり園職員として採用 2016年2月15日 植松が衆院議長宛ての手紙を持参

7月26日 午前2時頃 事件発生、19人死亡27名負傷

   9月21日 神奈川県検証委員会設置(7回開催、現地視察 も)

   11月25日 神奈川県検証委員会の報告書提出 2017年1月10日 やまゆり園再生基本構想の公聴会開催    2月27日 再生基本構想策定について検討部会設置    10月   再生の最終報告書提出(分散化、意思決定支

援)

2020年1月   津久井やまゆり園利用者支援検証委員会設置    3月16日 植松に死刑判決(公判中に園の支援へ疑問

も)

   5月   利用者支援検証委員会中間報告書(虐待の疑 い3件など)

   7月   障害者支援施設における利用者目線の支援推 進検討部会

        県立6施設の支援実態の検証、あり方の検討な

(筆者作成)

3.障害者の意思決定支援と地域生活

⑴ 障害者権利条約と意思決定支援

2006 年 12 月 13 日、ニューヨーク国連本部 で、「障害者の権利に関する条約(Convention  on  the  Rights  of  Persons  with  Disabilities)」

が採択された。この条約は、外務省などの政 府関係者だけでなく世界中の障害当事者団体 が NGO と し て 参 加 し、「Nothing  about  us,  without us!(私たち抜きに、私たちのことを決 めないで!)」を合言葉に、むしろ当事者が議 論をリードしたと言われる。条約は前文 25 項 と 50 条から成り、多くの注目点があるが最大 の意義は「障害者観の転換」と言われる。障 害者が守られるべき「庇護の対象」ではなく、

環境の整備や必要な支援などの「合理的配慮

(reasonable  accommodation)」があれば「権 利の主体者」として、一市民として、尊厳を もった生き方ができるという理念である。この

ような障害者観は、「障害の克服」を本人の努 力に求めてきた「医学モデル」から、社会の責 任を明確にした「社会モデル」への転換である と言われる。

特に知的障害者については、その障害ゆえに 自分で判断することができないのが大きな特徴 であると長く思い込まれていた。それゆえに、

「代弁者」として親が主張し、「親亡き後」に安 心して暮らせる入所施設建設をはじめ、さまざ まな支援制度の確立に努力を重ねてきたのであ る。津久井やまゆり園という入所施設で起こっ た殺傷事件と、その後の「本人不在」の経過 は、このような否定的な知的障害者観の「負の 遺産」といった捉え方もできよう。

こうした認識を根底から覆したのが、障害者 権利条約第 12 条「法律の前にひとしく認めら れる権利(Equal  recognition  before  the  law:

「法の前の平等」などと訳すこともある)」であ る。長く精神障害者の支援に関わり、早くから 12 条に注目していた弁護士の池原は、「『法的 能力』とは自己決定能力と理解できる」と主張 し、12 条成立の背景について次のように述べ る。「この条項は、障害者権利条約の策定の過 程で、成年後見制度を容認するものか否定する ものかについて激しく議論された結果生まれた 条項である。」成年後見制度利用が障害者の自 己決定権はじめ人権の制約につながるとの視点 から議論を重ね、当事者の主張を尊重して 12 条が成立したのだという。そして、「合理的配 慮」という考え方をもとに自己決定を行うため の支援として、「支援付き自己決定(supported  decision  making)」という概念が登場する

  12)

。 すなわち、知的障害者が自分のことを自分で決 める、自己決定を行うためには、本人にあった 情報提供や体験の蓄積などの支援が必要であ り、このような「合理的配慮」があるからこそ 納得できる自己決定が可能となるのである。

⑵ 国内法における「意思決定支援」

「意思決定支援」を障害者基本法に位置づけ

ることに尽力した、高木美智代衆議院議員は、

(8)

2011 年 6 月の衆議院内閣委員会で次のように 主張した。「重度の知的・精神障害によりまし て意思が伝わりにくくても、必ず個人の意思は 存在いたします。支援する側の判断のみで支援 を進めるのではなく、当事者の意思決定を待 ち、見守り、主体性を育てる支援や、その考え や価値観を広げていく支援をするといった意思 決定のための支援こそ、共生社会を実現する基 本であると考えております。」障害者の可能性 を信じ、「保護」ではなく、必要な支援が提供 されれば主体者としての生き方を実現できる、

と強調したのである。

こうした声を受けて、改正された障害者基本 法第 23 条には以下のように記されている。「国 及び地方公共団体は、障害者の意思決定の支援 に配慮しつつ、障害者及びその家族その他の関 係者に対する相談業務、成年後見制度その他の 権利利益の保護等のための施策又は制度が、適 切に行われ又は広く利用されるようにしなけれ ばならない。」同様の規定は、障害者総合支援 法第 42 条・第 51 条、児童福祉法第 21 条、知 的障害者福祉法第 15 条にも設けられ、相談支 援事業や福祉サービスを提供する事業者に意思 決定支援への配慮を求めた。

ここで、「自己決定支援」ではなく「意思決 定支援」という言葉を用いる理由について、柴 田(2012)

  13)

は次のように主張している。「意 思決定をするのは知的障害者自身であるが、支 援者や環境との相互作用の中で本人の意思が確 立していくことから、『自己決定支援』ではな く『意思決定支援』と表現した方が適切であ る。」知的障害者の地域生活を、一人ひとりの ニーズに応じて長く支援してきた柴田ならでは の発言である。社会や支援のあり方を問う社会 モデルの視点から、「意思決定支援」という言 葉を位置付けたのである。

⑶ 「意思決定支援」の概念整理

日 本 で「 自 己 決 定 」 に 代 わ り、「 意 思 決 定」という言葉が広く用いられるようになっ たのは、イギリスの新しい成年後見制度であ

る「2005 年意思能力法(The Mental Capacity  Act  2005)」が紹介されたことも大きいと考え られる。この法律では終末期における治療方針 の意思決定にも言及しており、わが国の高齢者 の医療のあり方などにも大きな影響を与えた

 14)

日本弁護士連合会(2015)は、意思決定支援 制度を検討するシンポジウム終了後に「宣言」

を出し、障害者権利条約 12 条や「2005 年意思 能力法」などを踏まえて、「意思決定支援」を 次のように整理している。「意思決定の支援と は、その人が『意思決定することができない』

という判断をする前に、本人との信頼関係を築 いている身近にある支援者や家族等が本人に寄 り添い、本人が自分で意思決定できるように必 要な情報をその人の特性に応じて提供し、選択 とその結果を見通せるような工夫された説明や 体験の機会を作ることを通じて、本人が意思決 定をすることが可能となるように、様々な『合 理的配慮』を尽くす実践の総体である

 15)

。」

2012 年 6 月に障害者自立支援法から改正さ れた障害者総合支援法では、3 年後の見直し項 目の1つに「意思決定支援のあり方」が挙げら れていた。平成 26 年(2014)度障害者総合福 祉推進事業として検討が行われ、厚生労働省 は 2017 年 3 月に「意思決定支援ガイドライン」

を作成した。「2005 年意思能力法」なども参考 にして、「意思決定支援」を次のように定義し ている。「意思決定支援とは、自ら意思を決定 することに困難を抱える障害者が、日常生活や 社会生活に関して自らの意思が反映された生活 を送ることができるように、可能な限り本人が 自ら意思決定できるように支援し、本人の意思 の確認や意思及び選好を推定し、支援を尽くし ても本人の意思及び選好の推定が困難な場合に は、最後の手段として本人の最善の利益を検討 するために事業所の職員が行う支援の行為及び 仕組みをいう

 16)

。」

その後、2018 年 3 月に「人生の最終段階に

おける医療の普及・啓発の在り方に関する検討

会」から『人生の最終段階における医療・ケア

の決定プロセスに関するガイドライン

  17)

』が出

(9)

された。2018 年 6 月には、厚生労働省から『認 知症の人の日常生活・社会生活における意思決 定支援ガイドライン

  18)

』も発表された。終末期 の医療、認知症の方への支援など、本人が決め ることが難しいとされていた人々の「意思決定 支援」の在り方が整理され、医療分野でも福祉 分野でも、本人の意思を尊重するという視点が 明確に位置付けられた。さらに、2020 年 10 月 には、厚生労働省の「意思決定支援ワーキン グ・グループ」から『意思決定支援を踏まえた 後見事務のガイドライン

  19)

』も出され、成年後 見制度の活用における意思決定支援のあり方も 整理されたのである。

⑷ 「エンパワメント連鎖」と「地域再生」

「2005 年意思能力法」の紹介などでも活躍す る菅(2012)

  20)

は、「(成年後見制度を利用する 前に)イギリスでは、意思の確認が難しいよう にみえる人であっても自らの意思を構築し、意 思決定できるように支援していくことが必要と されています。こうした考え方は日本語では

『意思決定支援』と訳されていますが、英語で は『エンパワメント』と呼ばれています。」と 述べている。このような整理の仕方については 異論もあろうが、意思決定支援とエンパワメン トとの関連については多くの研究者・実践者が 注目しているところである。

「エンパワメント(empowerment)」の概念 は、1976 年に『黒人のエンパワメント』を著 わしたバーバラ・ソロモンのよって次のように 整理された。「エンパワメントとは、スティグ マ(烙印)の対象となり、否定的な評価を受け てパワーが欠如した状態になった人々に対し、

そこから脱するための一連の援助」である。そ の援助の中でも「本人への否定的な評価を変え るよう社会に働きかけるソーシャルアクショ ン」が重要であると指摘されている

  21)

。現在で は、障害者や高齢者のみならず、生活困窮者や LGBT などの性的マイノリティまで、福祉実践 においては意思決定支援とエンパワメントとが 結びついて、「寄り添う支援」などと呼ばれて

大きな潮流となっている。

特に、障害分野のエンパワメント実践に おいてはカンザス大学の「強さ活用モデル

(Strengths  Model)」が注目されている。障害 があることや問題行動などの否定的側面ではな く、支援者がそれぞれの長所、力、強さに着目 して関わっていく。その結果、達成感を味わ うことができると本人も自信をもち、次の課 題解決に向けて主体的に行動できるようにな る。そのためには「夢」や「希望」を持つこ とが大切であり、それらを達成するには地域

(community)において住民を巻き込んだ支援 を展開することが重要である。地域は社会資源 の宝庫(oasis of resources)であり、住民の協 力があるからこそ、支援を必要とする人も自己 決定(意思決定)に基づいて自分らしく生きる ことが可能となる。そして、このようなプロ セスを経ることで支援の輪が広がり、地域も 福祉力を高め、社会変革が実現していくので ある

 22)

筆者は、兵庫県西宮市で重症心身障害児・

者の支援を 40 年近く続けている清水の実践に 強く共感し、随所で紹介させていただいてい

  23・24・25)

。清水は、意思決定支援を次のように

整理する。「意思決定支援とは、意思決定をし ていくことの『相談支援』、そして意思決定し たことを実現していく『活動・生活支援』、さ らに意思決定を阻止することを払いのける『権 利擁護支援』、の全てであり、自治体の全体構 造の中で展開される支援の総体だと捉えていま

  26)

。」このように意思決定支援にはさまざま

な側面があり、地域が一丸となった「支援の総 体」と主張し、徹底した「本人中心支援」の重 要性を指摘している。

清水は、このような本人中心の支援を展開す

ることを「物語を紡ぐ」と表現する。エンパワ

メントの視点に立って本人の力を信じ、本人を

主人公にした物語が丁寧に紡がれていくと、重

い障害がある人たちも地域で重要な役割を果た

し、新しい地域作りにつながっていくと主張す

る。さらに、本人主体で地域生活を支援するこ

(10)

とは本人がエンパワメントされるだけではな い。本人に関わる支援者や親・家族、地域の 人々も力を付け、地域の福祉力が高まっていく ことになり、清水はこれを「エンパワメント連 鎖」と呼んでいる。そして、「本人中心で、本 人の希望に基づいて支援を展開すること」が新 しい「地域のささえあい」を築き、「地域社会 再生への希望」をもたらすと結んでいる。その 結果、誰もが生き生きと暮らせる社会、誰一人 はじき出すことのないソーシャル・インクルー ジョンの実現につながっていくのである(図参

照)

  27)

。重度障害者であっても「不幸を作り出

すだけの存在」などではなく、地域を変えてい くという大きな社会的貢献を果たしていると、

清水は自らの実践から立証しているのである。

2

横から見ると、立ちあがっていくベクトルたち(清水:

2014

市民みんなのエンパワメント(ベクトル)

まわりの人たち(親・家族・地域の人)

のエンパワメント(ベクトル)

支援者のエンパワメント(ベクトル)

本人のエンパワメント(ベクトル)

本人中心で(希望に基づいて)支援展開すること によるエンパワメント連鎖(地域社会再生への希望)

⑸ 障害者の社会的役割

障害者権利条約 17 条には、「全ての障害者 は、他の者との平等を基礎として、その心身が そのままの状態で尊重される権利を有する」と 記されている。全 50 条の中で最も短い条文で あるが、津久井やまゆり園事件が起こった後、

改めて注目を集めた文章である。いかに重い障 害があっても、まずは「あるがままの状態で尊 重」し、本人の意思を汲み取って、本人が納得 できる暮らしを築くことが周囲や社会に求めら れる。このような暮らしが実現できれば本人が 社会的役割を果たすこともできる、とみなすの が条約の「社会モデル」である、と言うことも できよう。

先に紹介した西宮市の青葉園とともに、「西

の青葉園、東の朋

とも

」と並び称されるのが、横浜 市栄区にある「朋」である。重症心身障害児・

者の地域生活を 40 年以上支え、長く施設長を 務めた日浦(1997)

  28)

は、早くから次のように 主張する。「時々、私は半ば冗談のように『重 症心身障害のみんなに働く場を下さい』と言い ます。働くとは、お金を稼ぐことではありませ ん。みんながその役割を果たせる場のことで す。みんなは何もできない人ではありません。

その場が与えられれば社会の一員として、私た ちにはできない『心をつなぐ』仕事ができるの です。」日浦は朋に通う重い障害がある人たち を、「この人たちは磁石みたい」と言う。声を 出して人を呼ぶこともできないし、手招きをす るわけでもないが、そこに存在しているだけ で、「この人の笑顔が見たい」と人が寄ってく る。「結果として知らない人同士をくっつける、

磁石みたいな役割をしている」と日浦は主張す る。筆者も朋を何度も訪問し、多くの出会いに つながっていることを感謝している。「人をつ なぐ」という難しい仕事を、朋の利用者は、そ の存在を通して果たしているのである。

また、長く神奈川県で障害児教育に携わり、

川崎市にある教会の牧師としてホームレス支援 でも活躍する鈴木(2018)

  29)

は、ホームレスに 障害者が多いことも指摘しつつ次のように主張 する。「今日の障害者観では障害をマイナスと は考えない。むしろ、障害の観点から社会のあ り方を探り、共生社会の実現をめざす原点と考 えられるようになっている。障害が人と人を結 び付ける『ソーシャルボンド』(社会的絆)の 役割をもつことの重要性も指摘されている。」

鈴木はその後、大学で教鞭をとりつつ、障害が ある人々やホームレスの方とともに新たな地域 創りを続けている。

このような障害者観は、清水も日浦も鈴木

も、長く障害がある人々と関わってきたからこ

そ築き上げられた、確固たる信念とも言えるも

のである。三者ともに「福祉教育」の重要性を

指摘し、地域の子どもたちに向けた実践を重ね

ている。日浦は近くの保育園や小中学校に出向

(11)

き、あるいは子ども達に朋に来てもらって、幼 少期から障害がある人々と接する機会を提供し ている。その中には、社会人になって朋の職員 になった、という人もいる。障害がある人々が 地域で暮らし、さまざまな体験を共にすること により、障害がある人を「あるがままの状態で 尊重」できる基盤が築かれ、真の「共生社会」

が実現していくのだと言えよう。

4.津久井やまゆり園入所者への意思決定 支援

⑴ 津久井やまゆり園の支援への疑問

やまゆり園の支援に社会が疑問を呈した契 機 は、 事 件 か ら 2 年 後、2019 年 7 月 21 日 の NHK スペシャル、「ともに生きる 相模原障 害者殺傷事件から 2 年」の報道である。やまゆ り園に入所していた M さん(当時 39 歳)が、

「見守りが困難」との理由で、車いすに 12 時間 以上も身体拘束されていたという。しかし、別 の法人で本人の意思を尊重した支援を受ける ようになった結果、M さんはレストランでメ ニューを選び、笑顔で食事をしている場面が紹 介された。入所施設を出て、その法人のグルー プホームで自分らしい生活を築きつつある。筆 者もあるセミナーで、M さんが暮らす法人の 理事長の講演を聞き、まさに「愕然」とさせら れた。以前の苦虫をつぶしたような表情の M さんと、今の満面の笑顔の写真とが並べて紹介 されたのを見て、「人間って、環境次第でこれ ほど変わるものなのか」と、その「落差」に驚 嘆させられたのである。

このような報道も影響したと考えられるが、

2019 年 12 月、黒岩知事が津久井やまゆり園を 運営する「かながわ共同会」に対し、指定管理 者としての委託を打ち切るとの意向を表明し た。翌 2020 年 1 月には、津久井やまゆり園の 実態を調査するために弁護士らによる「検証委 員会」が設置された。調査の結果、津久井やま ゆり園で身体拘束など少なくとも 3 件の虐待が あったと報告されている。こうした情報に基 づいての知事の方針であったが、家族会など

から「あまりに唐突だ」との批判を受け、3 月 17 日に知事が「譲歩」し、運営は継続されて いる

 30)

しかし、やまゆり園の支援については別の家 族などからの批判もある。長男(現在 30 歳)

が 4 年間入所していたという H 氏は、父親の 立場から問題を提起している。退園する前に行 動記録を取り寄せたところ、日中の作業は週に 2 回で 1 時間ほどずつ、「後はただ車に乗って いるだけのドライブか、何もせずにホームにい るだけという状況だった」と記している。H 氏 からは直接に話を聞く機会も多いが、やまゆり 園での生活は強度行動障害があるということで 非常に制約の多い日々だったという。「ほとん ど閉じ込められたまま、社会との接触もほぼ皆 無という状態で、やがて体力も気力も、ものご とへの興味も衰え、ただただぼーっと過ごすだ けになってしまう。そういった状態を、施設 では『何も問題なく、穏やかに過ごされてい ます』と説明するわけだ」と痛烈に批判して いる

 31)

⑵ 「神奈川版意思決定支援チーム」による支援

津久井やまゆり園再建問題と関連して、入所 者の今後の生活を検討するにあたり、「意思決 定支援」の在り方が大きな論議となった。2017 年 3 月に出された国の障害者向け「意思決定支 援ガイドライン」を参考に、「神奈川バージョ ン」と呼ばれる意思決定支援チームが組織され た。今、入所者を中心に家族や関係者が集ま り、本人の意思を尊重して今後の生活について 検討する支援が展開されている

 32)

この意思決定支援チームには、大学教員や弁 護士など、第三者の立場から助言する「意思決 定支援アドバイザー」が 6 人位置付けられてい

  33)

。その一人である鈴木は、入所施設につい

ての豊富な情報とアドバイザーとしての体験か ら、「津久井やまゆり園事件が問いかけるもの」

といったテーマで講演等を重ねている。2019

年 10 月 17 日(木)に開催された市民向けセミ

ナーでも、施設や支援者のあり方について注目

(12)

される 10 点を指摘し、参加者に問題を投げか けた。

特に、意思決定支援が強調される中で、「寄 り添いという名のネグレクト」という実態が あるのではないか、との指摘には参加者一同 ぎょっとさせられた。確かに一般社会や支援者 の価値観を押し付けるのではなく、それぞれの

「思いに寄り添う支援」という姿勢の重視は、

障害者権利条約 12 条「法の前に等しく認めら れる権利」の大きな成果である。しかし、「本 人が意思決定しないから」という理由で、「何 もしないまま放置」というネグレクトに至って いる、との現実も否定はできない。そして、そ の問題の大きさに支援者は全く気付いていな い。先の H 氏が指摘する、「穏やかな生活」と いう施設職員への批判に通ずるものである。

また、「障害が重い人の生活はこんなもの」

といった支援者の「決めつけ」や「あきらめ」

が、「内なる差別」を容認してしまっているの ではないか。施設が「生活の場」ではなく「生 存の場」になってしまっていないか。選択肢 が乏しく、選択するための経験の場も提供で きない今の入所施設は、「檻のない牢獄」であ る。このような鋭い指摘から、改めて入所施設 のあり方や支援者の姿勢が問いただされる講演 であった。最後に、「確かに施設自体の課題も あるが、やまゆり園だけの問題か」と、障害者 福祉全体に目を向けることの重要性を指摘し、

「『地域』対『施設』という二項対立は不毛」だ と強調された。「まさにその通り」と、改めて 襟を正された思いであった

 34)

⑶ 本人中心の地域生活と「地域再生」

先の鈴木氏の「『地域』対『施設』という二 項対立」という言葉について、筆者はこのよう な対比がされるのは、「施設が 24 時間 365 日の 支援を行い、サービスが自己完結してしまうか ら」と考えている。この「自己完結」というこ とは支援がパターン化し、選択肢がなくなって しまうことにもなる。また、第三者の目が入り にくくなり、納得できなくても、「仕方ない」

という諦めや虐待を引き起こすことにもなりか ねない。

それに対して、「地域」とは 1 つの機関や個 人では生活を支えきれないので、多様な組織・

人がネットワークを組み、議論を重ね、より質 の高い支援を求めていく、という広がりを有し ている。施設や病院も、このネットワークの 1 つと位置付けることが重要であり、これからの 入所施設には、まず「地域との連携」が求めら れる。先の清水が指摘しているような、本人を 中心にして専門職だけでなく地域住民とも連携 した支援ネットワークの構築が必要である。

ここで、東洋英和女学院大学横浜キャンパス のすぐ近くにある、「ぷかぷか」という障害者 の通所施設を紹介したい。この施設は学生の 実習も受けてくださり、コロナ禍の前までは、

通っている知的障害の方々が大学に来て学生と 交流することもしばしばあった。「障害者はこ わい」と思い込んでいた学生が、「私たちと同 世代の、自分の生き方を持っている人たちです ね」といった感想を自然に述べてくれるように なる。施設は集合住宅内の商店街にあり、作っ たパンや小物などを販売したり、運営する食堂 には親子連れがランチに来ていたり、まさに地 域に根差した障害者施設である。

施設長の高崎は、障害児教育に従事した後、

社会参加の場としてこの施設を立ち上げた。事 件が起きた後はマスコミに登場することも多 く、社会にさまざまな発信を続けている。2019 年 1 月には事件を意識した書籍、『ぷかぷかな 物語 障がいのある人と一緒に、今日もせっ せと街を耕して

  35)

』を出版した。その帯には、

メッセージのエッセンスとも言える言葉が記さ れている。「障害者はいない方がいい? 障害 者は不幸しか生まない? いいえ、障がいのあ る人と一緒に生きていった方がトク! 障がい のある人と一緒にいることで生まれるほっこり 自由な空気が、生きづらくやせこけた社会を変 えていく。そんな『ぷかぷかな世界』へようこ そ!」

この言葉は事件が起きたから高崎が主張して

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いるのではなく、施設を立ち上げた時からこの 想いを基盤として地域に根を張り巡らしてい る。地域の人々は、自閉症の方のこだわりや特 徴的な言い回しをニコニコしながら見守ってく ださっている。仕事をしないで幸せそうに眠っ ている S さんの写真がブログにアップされる と、アクセス数が格段に増えるそうである。

「ぷかぷかさん」たちの存在が地域で求められ ており、大きな役割を果たしていることをいつ も実感させられる。

5.おわりに

先に紹介した H 氏の長男は、M さんと同じ 法人の支援を利用し、「『やまゆり』からの地域 移行第 1 号」として新聞でも大きく報道され た。「これ、僕のうちだよ」という自信にあふ れた、これまた「満面の笑顔」は福祉関係者に 大きな力を与えてくれる

  36)

。最近、お会いした H 氏の奥様のはち切れんばかりの笑顔も心に残 る。地域の作業所で働く時間も増えたので、息 子がたくましく、青年らしくなったことを実 感しているのだという。「お尻に肉がついたの よ!」と、本当に嬉しそうにおっしゃっていた のが印象的であった

 37)

入所施設での「強度行動障害」がある人への 対応というスタンスから、本人の意思を尊重す る地域生活に移行したことにより、ご長男は持 てる力を発揮して肉体的にも精神的にも見違え るほどたくましくなっている。地域での暮らし は、埋もれたままにさせられていたご本人の力 をさまざまに引き出すのである。その施設入所 中と現在の写真とが、まさに「ビフォア」と

「アフター」の大きな変化を伝えてくれる。今 の写真は、自信に満ちた「とびっきりの笑顔」

で、ご長男の場合も同一人物とは信じられない ほどの違いである。

そして、このような笑顔は、私たち支援者に 大きな力を与えてくれる。意思決定支援の実践 をしている現場からは、こうした本人の力を引 き出す支援は、家族や支援者、関わった地域の 人々をも前向きに変える「エンパワメント連

鎖」を生み出す、といった報告が次々と登場し ている。まさに、「地域力の高まり」であり、

障害当事者を真ん中にして地域そのものが変わ りつつある。

津久井やまゆり園事件は、本当に辛い、厳し い体験であった。しかし、これを悲劇で終わら せるのではなく、ここからあるべき支援や真の 共生社会を築き上げていこう、そのような歩み は着実に進んでいる。その根幹にあるのが、本 人の意思を尊重した地域生活をどう築くか、と いう「意思決定支援」の実践である。関係者全 体がご本人の「想い」を共有し、その実現に向 けて、決して妥協することなく、前に進んでい かなくてはならない。障害がある方々の存在 は、そんな力を生み出してくれ、地域を確実に 変えていく大きな契機となりうるのである。

引用文献・参考文献等

1) 上野千鶴子他:「緊急特集 相模原障害者殺傷事 件」 『現代思想』、 2016 年 10 月号(第 44 巻第 19 号)、15 ~ 237 頁.

2) 鈴木治郎他:「特集 相模原・障害者施設殺傷事 件 何が問われているのか」『福祉労働』、2016 年 12 月(第 153 号)、8 ~ 119 頁.

3) 立岩真也・杉田俊介:『相模原障害者殺傷事件  優生思想とヘイトクライム』青土社、2017 年 1 月.

4) 津久井やまゆり園事件神川県検証委員会:『津久 井やまゆり園事件検証報告書』2016 年 11 月.

5) 香山リカ「精神科医の立場から相模原事件をどう 見るか」『生きたかった 相模原障害者殺傷事件 が問いかけるもの』大月書店、2016 年 12 月、55

~ 69 頁.

6) 優生手術に対する謝罪を求める会:『優生保護法 が犯した罪 子どもをもつことを奪われた人々の 証言』現代書館、2018 年 2 月.

7) 千葉紀和・上東麻子:『ルポ「命の選別」誰が弱 者を切り捨てるのか?』文藝春秋、2020 年 11 月.

8) 『手をつなぐ』編集部:「津久井やまゆり園事件 と被害者匿名報道」『手をつなぐ』2016 年 9 月

(NO.727)、8 ~ 11 頁.

9) 石渡和実:「津久井やまゆり園事件が社会に問う もの あぶり出された課題、潜伏する課題」『響

(14)

き合う街で』2019 年 7 月号(通巻 126 号)、2 ~ 7 頁.

10) 石渡和実:「神奈川県検証委員会による検証とそ の後 事件が問いかけるもの」『いのちを選ばな いで』大月書店、2019 年 12 月、50 ~ 56 頁.

11) 神奈川県:『津久井やまゆり園再生基本構想』

2017 年 10 月.

12) 池原毅和:「第 12 章 法的能力」松井亮輔・川島 聡編『概説 障害者権利条約』、生活書院、2010 年 7 月、183 ~ 199 頁.

13) 柴田洋弥:「知的障害者の意思決定支援について

…経過と課題」『サポート研通信』、全国障害者生 活支援研究会、2012 年 12 月(第 42 号)、3 頁.

14) 新井誠監訳:『2005 年意思能力法.イギリス 2005 年意思能力法・行動指針』民事法研究会、2009 年 11 月.

15) 日本弁護士連合会「総合的な意思決定支援に関す る制度整備を求める宣言(提案理由)」(2015 年 10 月 2 日)

16) 厚生労働省・障害福祉部:障害福祉サービス等の 提供に係る意思決定ガイドライン』2017 年 3 月.

17) 人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り 方に関する検討会:『人生の最終段階における医 療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン』

(2018 年 3 月)

18) 厚生労働省:『認知症の人の日常生活・社会生活 における意思決定支援ガイドライン』2018 年 6 月.

19) 意思決定支援ワーキング・グループ:『意思決定 支援を踏まえた後見事務のガイドライン』2020 年 10 月

20) 菅富美枝:「イギリス・意思決定能力法から考え る、意思決定支援と代行決定の間にあるもの」『手 をつなぐ』2012 年 8 月(No.678)、16 ~ 19 頁.

21) 谷口政隆:「社会福祉実践におけるエンパワメン ト」『社会福祉研究』1999 年 7 月(第 75 巻),49

~ 56 頁.

22) 小澤温監修『相談支援専門員のためのストレング スモデルに基づく障害者ケアマネジメントマニュ アル』中央法規、2015 年 8 月.

23) 石渡和実:「『意思決定支援』の考え方からみた未 来─障害者の人権尊重を実現するために─」『実 践成年後見』2014 年 7 月(No.50)、44 ~ 52 頁.

24) 石渡和実:「地域移行における意思決定支援のあ り方」『社会福祉研究』2015 年 1 月(第 124 号)、

22 ~ 31 頁。

25) 石渡和実:「意思決定支援とソーシャルワーク求 められる障害者観・人間観の転換─」『ソーシャ ルワーク研究』 2015年4月 (第164号)、 3~17頁.

26) 清水明彦;「障害の重い人の意思決定支援」『手を つなぐ』2012 年 8 月(No.678)、14 ~ 15 頁.

27) 清水明彦:「意思決定支援に困難を抱える人を支 え合う社会を目指して」大阪弁護士会主催パネル ディスカッション清水発表資料より、2014 年 3 月.

28) 日浦美智江:『朋はみんなの青春ステージ』ぶど う社、1997 年、139 頁.

29) 鈴木文治:『障害を抱きしめて もう 1 つの生き 方の原理:インクルージョン』ぷねうま社、2018 年 1 月、188 頁.

30) 津久井やまゆり園利用者支援検証委員会:『津久 井やまゆり園利用者支援検証委員会 中間報告』

2020 年 5 月.

31) 平野泰史「家族から見た津久井やまゆり園での暮 らし」藤井克徳他編『いのちを選ばないで や まゆり園事件が問う優生思想と人権』大月書店、

2019 年 12 月、32 頁.

32) 後藤浩一郎:「津久井やまゆり園利用者の意思決 定支援の取り組み」『2018 年度日本社会事業大学 専門職大学院福祉実践フォーラム資料集『「意思 決定支援」の最前線─現状と未来─』2018 年 10 月 9 日、21 ~ 27 頁.

33) 鈴木敏彦:「津久井やまゆり園における意思決 定支援のいま」『手をつなぐ』、2018 年 7 月号

(No.741)、26 ~ 29 頁.

34) 鈴木敏彦:「津久井やまゆり園事件が問いかける もの」町田市生涯学習センターセミナー、2019 年 10 月 17 日.

35) 高崎明『ぷかぷかな物語 障害のある人と一緒に、

今日もせっせと街を耕して』現代書館、2019 年 4 月.

36) 成田洋樹「『やまゆり』からの地域移行第1号  平野さん(28 歳)グループホームへ」神奈川新聞、

2018 年 6 月 1 日

37) 石渡和実:「津久井やまゆり園事件が社会に残し た『宿題』 入所施設の『これから』をどう考え るか」『福祉労働』2020 年 6 月 25 日(167 号)、

61 ~ 68 頁.

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参照

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