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なぜ初心を忘れてはいけないのか

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Academic year: 2021

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(1)

教*育* の*ゆ*く*え

なぜ初心を忘れてはいけないのか

を問わず、「学び」の現場で折に触れて口の端に登るこ言ったのは世阿弥である。日本史上にだが、彼の「思想」それ自体が読まれる冒頭に引いた言葉も、有名な割には彼のいないように思われる。何を言いたかったの、だろうか。しばし彼の古典の知恵が指し示す「教育のゆくえ」に

上越教育大学 講師 玉村 恭

-

初心とは何か

まずは原文を読んでみたい。この言葉は『花鏡』という書物の終りの方に出てくるのだが、そこではこんな説明がなされている。

是非初心忘るべからずとは、若年の初心を忘れずして、身に持ちであれば、老後にさまざまの徳あり。〔:::〕初心を忘る〉は、後心をも忘る〉にてあらずや。功成り、名遂ぐる所は、能の上がる果なり。上がる所を忘る〉は、初心へかへる心をも知らず。初心へかへるは、能の下がる所なるべし。しかれば、今の位を忘れじがために、初心を忘れじと工夫するなり。返す返す、初心を忘るれば初心へかへる理を、よくよく工夫すべし。初心を忘れずば、

(2)

リレ一連載教育のゆくえ

後心正しくば、上がる所のわざは、

これすなはち、是非を分かつ道理なり。 下がる後心は正しかるべし。

事あるべからず。

ここでは驚くべきことが言われているのだが、お気づきだろうか。

一般に、「初心に返れ」という場合の「初心」は、物事を始めたばか

りのフレッシュな状態、邪心に侵さ

れず何

事にも真撃に取り組む

瑞々しい心の状態、つまり、ポジティブな意味合いを持つものだろ

う。だが、世阿弥自身は何と言っていたか。「功成り名遂ぐる所は、

能の上がる果也。〔:::〕初心へかへるは、能の下がる所なるべし」。

上達した後の「功成り名遂げた」状態を「上がる所」「上がる果」

(上達の結果)とすると、当然「初心」というのは「未熟な状態」

であり、そこへ返るのは「下がる所」、ということになる。「初心へ

かへるは、能の下がる所なるべし」。「初心へ返る」のは、ネガティ

ブなことなのである。

そもそも世阿弥は、「初心忘るべからず」とは言うが、「初心へか

へれ」とは言っていないことに注意しなければならない。初心を忘

れなければ初心へ返ることができる、初心に返れるように初心を忘

れないようにする、そのように現代人は考えるだろう。だがこれは、

話が逆なのだ。「返す返す、初心を忘るれば初心へかへる理を、よく

よく工夫すべし」。初心を忘れると初心に返ってしまう、初心に返

らないために初心を忘れないようにせよ、と世阿弥は言うのである。

どういうことだろうか?

今ほど引用したところで世阿弥は、「上がる所」

下がる所」と

を対比させ、「初心」を後者に引きつけて論じていた。「上がる所」

と「下がる所」の対比がある、というのが第一のポイントである。そ の上で彼は、次のように言っていた。「上がる所を忘るLは、初心へ

かへる心をも知らず」。「上がる所」を忘れると、「初心へかへる」と

いうことが何だかもわからなくなる、つまり、自分が今までどこを

どう歩んできたのか、どのように進歩し、何を克服したのか、そう

いったことを自分自身できちんと覚えておかないと、自分の今の状

態を的確に把握できない。うまくなっているかもしれない、しかし

もしかするともとの状態に戻ってしまっているかもしれない(初心

に返ってしまっているかもしれないて

だから、

と世阿弥は言う。

「今の位を忘れじがために、初心を忘れじと工夫する也」。今を的

確に把握するために、初心を忘れないように工夫するのだ、と。

今を的確に把握できないと、どうなるか。そのような者のなすわ

ざは、常に場当たり的なものになるだろう。何しろ、今まで自分が

どのような困難に遭遇し、それをどのように乗り越えてきたのかを

忘れてしまっていて、今自分にでさることが何であるかを把握して

おらず、自分には何が欠けていて、どうすればその不足を補えるか

などといったことに思いを巡らすことがないのだから。ゆえに、初

心を忘れるとは、今の自分をも見失うことである(「初心を忘る〉は、

後心をも忘る〉にてはあらずや」)。

そればかりではない。後の箇所で、世阿弥は次のように言う。

又、若き人は、当時の〔今この時の〕芸曲をよくよく覚えて、

「これは初心の分なり。なおなお上がる重曲を知らんがために、

今の初心を忘れじ」と枯弄す〔工夫をめぐらす〕べし

。 今

の初心

を忘るれば、上る際をも知らぬによて、能は上がらぬなり。さる

ほどに、若き人は、今の初心を忘るべからず。

困1111教育創造-172

(3)

これから先、自分がどのその変化をも的確に捉えられないということで)。ゆえにそこでは、上達ということが(「能は上がらぬ也」)。初心を忘れることは、

どのようにして、どこへと向かっていくのか、のか、そういったことを把握すだが、ひとが成長し成熟してゆくためには、らえる感覚、自分の今の状態引いた視点から捉え直すことが必要である。そいつまでも「初心」の境位から脱するその者は、プラトンの洞窟の囚人たちと同

これが、「初心を忘るれは初心へかへる理」である。

もう少し言葉を継いでいる。人は毎日毎時、何かを学び習得するとは、そこで習得しまた新たな課題が生ずるということである。毎日毎時における「学び習得しつつある自分」がいちい今の自分にふさわしいこと、できる範囲で精一杯やる、そのことが、その時々の

年盛りの頃、老後に至るまで、その時分時分の芸曲時々の初心なり」)。たとえ功成り名遂げた者であっても、その時点 でまた学ぶことがあるとすれば(実際あるのだがてかれはその限りで「初心」の状態にいる、と言うべきであろう。これを世阿弥は「老後の初心」と呼ぶ(「その時分時分の一体一体を習ひわたりて、また老後の風体に似合ふ事を習ふは、老後の初心なり」)。「老後」にあっても「初心」が存在するということを忘れなければ、ひとは生涯深化を続けるだろう。「命には終わりあり、能には果てあるべからず」、学ぶということに原理的に終わりはないのだから。

圃・田・・・ - かつての自分とは誰か

初心とは、かつての、未熟な時の自分である。初心を忘れるべきでないのは、今の自分を、ひいては、将来の自分の進みゆきを、的確に把握するためである。だがそうだとして、「かつての自分」とは何か。「未熟な時の自分」を思い出すとは、そもそもどのような経験であるのか。例えば世阿弥は、「未熟な時の自分」は現在および将来の里程標になるばかりか、ある種のレパートリーになると言う。「時々の初心」について述べたところで、世阿弥は次のように言っている。

その時々の風儀をし捨てし捨て忘るれば、今の当体の風儀ならでは身に持たず。過ぎし方の一体一体を、いま当芸にみな一能曲に持てば、十体にわたりて、能数尽きず。その時々にありし風体は、時々の初心なり。それを当芸に一度に持つは、時々の初心を忘れぬにてはなしゃ。

(4)

リレ一連載教育のゆくえ

理屈としては、

わからないではない。

年を取ってからでも若者の

役、青年の役、

場合によっては少年の役をやる機会があるかも知れ

ない。

高貴な女性の役も下賎な男の役も同じ質の高さで演じられる のが名人であるように、

どの年齢層の役でも同じように魅力的に演 じられる役者こそが名優と呼ばれる。

例えば青年期の演じ方(青年 期の「初心」

)は、

それ自体としては不完全なものであるにしても、

忘れず覚えておけば青年役を演じる時の備えになるかも知れない。

だが、どう、だろう。初心とは、

つまるところ未熟な自分である。

そんなものを人目にさらしてよいのだろうか。

また、

「かつての自分」ということで、

こんなことが思い当らない

だろうか。ひとは時に、

子供の頃に音楽演奏した時の録音テlプを

聞いて、

何とも言えない気持ちになることがある。

今より下手だ、

というのが大きな理由だろう。

だがそれとは別に、

今の自分はやら

ない(ゃれない)よう

なやり方で演奏しており、

まるで自分ではな

い人の演奏のように聞こえるということもある

のではないか。

かつての自

分とは

誰か。

「過ぎし方の一体一体を、

いま当芸にみ

な持つ」とはどうすることであり、

その結果「十体にわたりて、

能数尽き」ないというのは、どういう事態なのか。

前節の議論を思い起こそう。

世阿弥は「初心

」を「後心」との対

比のうちに捉えていた。

つまり、

今の自分をある発展史の上に位置

づけ、

そこを貫く時間軸上の末端ないし経過点として捉えることが

できた時、

その時間軸の(仮想上の)始点が「初、主である。

だが、

その 場合

、仮構

される時間軸は

一つ

ではないだろう

。世阿弥は

「時々の初心」を語っていた。

一人の役者に「初心」は何度も訪れる

のであり、その度に新たな発展史が描き始められるのである。さらに、ある一つの時点をとった時でさえ、軸は無数に発せられている。ある年齢の、ある修行階梯にいる者には、後にかれが進む

かもしれない様々な道のりの可能性が束になって潜んでいる。

それ

らの可能性のうちあるものは実現する(した)だ

ろうし、あるものはしない(しなかった)だろう。「昔の自分」には、今ここにこうしてこうなっている自分のありょうの種だけでなく、今ここにこうしてこうなっていない

自分のありょうの種も認められるはずである。

後者の中には、一時的に外化したものもあったかも知れないが、一度も外化せずに消えたものもあるに違いな

い。

そのようなものまで含め、無数の可能性が「自分」には潜んでいた(いる)のである。昔であれ今であれ、「自分」とは他者である。正確に4云ゴ分」の中には自己の理解と統御の及ぶもの、ばはかりでなく、意のままにならない部分、他者的な部分があり、

それ

らがひとまとまりになって「自分」なるものが構成されている。それら「他なるもの」の多くは顕在することがないが、だからといってそれらが「自分」の一部でないということにはならないだろう(ひとはしばしば「まるで自分が自分でないような思い」をし、「素直になれない自分がいた」ことを発見して「自分が嫌に」なる)。それらの「可能性の束」としての自分を、その都度まるごと月見えておくなどということは、もちろん人間技ででさることではない。だが、少なくとも、そのような「他者的な自分」に思いをはせることができるのとできないのとでは、今の自分のありように対する捉え方が大きく異なるだろう。世の中には大雑把に分けて、二種類の人間がいる。「今の自分」が

図1111教育創造-172

(5)

それができず

おそらく後者である。

今の自分のありょうを再確認することでは満足しない。確かに今の自分はこうしてこのようにあいか。どうしてそうなら何が、どのような条件で働いた結果、今の自分がこそうでなければどうなっていたの想像力を刺激されるだろう。そして、今そのような(自分の意

一言でいえば、「自分」というものの厚

極端な視座から自分を捉え返すことがどうあっ手持ちの駒ではもはや対処できないような未どうしていいかわからないながらに自何とか持ちこたえていけるような力。それこそが、そのような力を養うためには、自分をのオプ

そのような他者としての自分

その昔を忘れず尚見えているとは、いわ 、「あり得べき自 思いをはせることである。

- - -

存在することの彼方ヘ

世阿弥が「初心忘るべからず」ということでここまで考えていたという確証はない。だが彼もまた、自分を他者的な視点から捉えることに腐心した思想家であった。

一つだけ

例を挙げよう。

これも

有名な言葉で

あるが、

「離見の見」が役者には必要だ、という。

世阿弥は

舞に、目前心後と云ふ事あり。

「目を

前に見て、心を後に置け」となり。〔:::〕見所〔客席〕より見る所の風姿は、我が離見なり。しかれば、我が眼の見る所は、我見なり。離見の見にはあらず。離見の見にて見る所は、見所同心の見なり。その時は、我が姿を見得するなり。

自分で自分の姿を見ることはできないが、

役者はそこ

で立ち止まってはならない。物理的に不可能であっても、客席からどのよう

に見えるのかを想像する

こと(「我見」を離れた「離見」を得ること)が不可欠である。このように他者的な視点に想像的に同化し、自己を客観化することは、役者に限らず、人前に立つ者、何らかの形で人目を引くことを業とする誰もが、求められていることであろう。だが、世阿弥はここでとどまらず、もう一つ「先」を要求する。

我が姿を見得すれば、左右前後を見るなり。しかれども、目前

(6)

リレー連載教育のゆくえ

左右までをば見れども、後姿をばいまだ知らぬか。後姿を覚えねば、姿の俗なる所をわきまへず。さるほどに、離見の見にて、見所同見となりて、不及目の身所まで見智して五体相応の幽姿を

なすべし。

観客席からも、役者の後姿は見えない。役者が後ろを向けば、前面が見えない。「不及目の身所まで見智」することなど、人間である限りいかなる「他者」もなし得ない。しかしその不可能なことをす るのでなければ、「五体相応の幽姿をなす」ことはできないと世阿弥

は言うのである。ここで要求されているのは、想像し得る中で最も極端な「他者」的視点であり、この場合の「他者」はいわば「他者」の中の「他者」、現実的にはあり得ない、絶対的な他者である。そのような視点は、

もはや「烏撒的」とさえ形容することができ

ない。鳥もまた、

前面と背面を同時に見ることはできないのだから。

だとすれば、ここで求められているのは、もはや誰のものでもない、不可能な他者の視点である。世阿弥はもちろんこんな言葉を使わないが、彼が求めていたのはいわば神の視点であり、役者が一時的に神になることであった。

*

*

*

入学試験や学校説明会などで、若い人たちと話をすることがある。中には、自分のこれまでの経歴(主としてクラブやボランティアなど、「課外」の活動ばかりなのが気になるが)を踏まえて

し、これからこれこれこういうことをしていきたいと思います」とたNさんに感謝したい。どうもありがとう。 昔の自分の演奏を他人のように聞いているという経験を語ってくれれこれこういう人間です。今までこれこれこういうことをしてきた 「時々の初心」の議論が理解できないと率直に言ってくれたYさん、 「私はこ 生たちが授業中に言ってくれたコメントに多くを負っている。特に 本論の思索は、先学諸氏の学恩はもちろんだが、本学音楽専攻の学 りいなかったのではないか。 て展開させてみた。こういう展開の仕方をする人は、これまであま のである。第二節以降では、そこに怪胎する問題をかなり思い切っ と(「初心忘るべからず」の真意)を、私なりのやり方で祖述したも 本論第一節の議論は、研究者の問では共通理解になりつつあるこ 部表記を改めてある。文中の〔〕は引用者による補いである。 表章校訂、岩波書庖、一九九五年)に拠った。読み易さを考慮して一 世阿弥の文言の引用は、日本思想大系『世阿弥・禅竹』(新装版一 =ロ肌附Hz件川コL 「初心忘るべからず」。 をたたえてこう言うに違いない。 はできそうもない。世阿弥ならどうするだろうか。きっと、微笑み 住んでいるのだ、などと指をさして言うような野暮なことは、私に 君の中には君自身の想像も及ばない他者が住んでいたし、今でも 聞いた私自身答えがわからないのに!)。 は想定内でした」と言わんばかりに流暢に答えてくれたのである。 しろ、意地悪で意味不明の質問をしてみたら、その子は、「その質問 したかのような話しぶりをするのに、正直気持ち悪さを覚えた(何 言えば聞こえはいいが、年端もゆかない若者が既に世界を知り尽く つい先ごろもそういう子と話す機会があったのだが、屈託がないと 実に淀みなく、自信たっぷりの顔で話す子どもがいる。いうことを、

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参照

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