九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
Verfassung und Funktionen in der Stadtregierung vom Mittelalter zur Frühen Neuzeit : mit
besonderer R.ücksicht auf die Ratsregierung der Freien Stadt Mainz
神寶, 秀夫
九州大学大学院人文科学研究院歴史学部門 : 教授 : 西洋史学
https://doi.org/10.15017/10314
出版情報:史淵. 145, pp.191-242, 2008-03-01. Faculty of Humanities, Kyushu University バージョン:
権利関係:
中 世 か ら 近世 へ の 移 行 期 にお け る 都 市 統 治の 構 造 と 機 能
帝 国 自 由都 市 マ イ ン ツ の 都 市 参 事 会 統 治 を 中 心 に
神 寶 秀 夫
問 題提 起 筆者
は︑ 本稿 にお いて
︑中 世か ら近 世に かけ ての ドイ ツ都 市 ひい ては
︑当 時の
﹁ク ニ﹂ 一般
にお ける 統治 構造 と統 治機 能の 変化 を解 明し たい と思 う︒ 察対 象は 一五 世紀 中葉 の帝 国自 由都 市マ イン ツ︑ 特に
︑ 当 市の 統治 体制 を︑ マイ ンツ 大司 教の 都市 君主 組織 と共 に構 成し てい た 都市 参事 会統 治で ある
︒そ して
︑一 五 世紀 の都 市参 事会 統治 を事 例に して
︑都 市の 統治 構造 と統 治機 能に つい ての
︑中 世か ら近 世へ の移 行過 程に おけ る﹁ 変容
﹂と
﹁断 絶﹂ の解 明の ため の手 がか りを 得る こと に努 めた いと 思う
︒マ イン ツ大 司教 位フ ェー デに 巻き 込ま れ︑ それ に敗 北す るこ とに より
︑一 四六 二年
︑帝 国自 由都 市か ら選 定侯 都市= 領邦 都市 へと 降格 した マイ ン ツ市 は︑ その 解明 のた めの 格好 の対 象で ある
︒こ の降 格は
︑従 来よ り︑ ドイ ツ領 邦国 家形 成史 にお ける
﹁画 期的 事件
﹂と して 著名 で
︵1
ある
︒ とこ ろで
︑こ の課 題は
︑さ らに
︑統 治体 制史
︵= 国制 史﹂
︶の 観点 から して
︑一 五世 紀を 歴史 的に
︑つ まり
︑ 時代 区分 論的 に︑ 何処 に位 置づ けれ ばよ いの かの 手が かり を発 見す るこ とに もな る︒ 従来
︑近 世に 相当 する 時代 一 九一
は﹁ 絶対 主義 化= 中央 集権 化﹂ が進 んだ 近代 前半 期と して 捉え られ
︑中 世と の異 質性 が強 調さ れて きた
︒だ が︑ この
﹁中 世と 近代 との 乖離
﹂に 対し 種々 批判 がな され
︑第 二次 世界 大戦 後は
︑近 世に おけ る﹁ 非絶 対主 義= 前近 代﹂ 的側 面が 強調 され
︑時 には
︑近 世を
﹁長 い中 世﹂ の後 半期 と把 握す る学 説も 有力 と
︵2
なっ た︒ しか し︑ 今日 に おい ては
” H︑
istorische Zeitschrift,Bd.269 Heft 1 ff.,1999 ff.“
” Gや
ebhardt,10.Auflage,2001 ff.“
の時 代 区分 が示 すよ うに
︑近 世は
︑中 世と 近代 との 間に 位置 する
﹁固 有の 時代
﹂と して 把握 され るこ とが 一般 的に なり
︑ 筆者 も以 前か らこ の立 場を とっ て
︵ 3
きた
︒ だが
︑中 世が 近世 へと 革命 的に 変化 した わけ では ない
︒む しろ
︑最 近は
︑近 世へ の変 化は 既に 中世 末期 に始 まっ てい るこ とが
︑再 び注 目さ れて いる
︒そ こで
︑筆 者は
︑近 世に おい て突 如登 場し てく る﹁ 断絶
﹂の 側面 のみ なら ず︑ 中世 の国 制的
︑政 治的
︑法 的な 形態 がど のよ うに
﹁変 容﹂ を遂 げて いっ たの かと いう 側面 にも 注目 し︑ この 二側 面の 観点 から
︑一 五世 紀の 帝国 自由 都市 の参 事会 統治 のあ り方 の解 明に 努め るこ とに した い︒ なお
︑別 稿で 明ら かに した よう に︑ 当市 では
︑一 三三 一年 以降 の帝 国自 由都 市段 階に おい ても
︑市 民及 び都 市参 事会 は大 司教 に対 し定 期的 に﹁ 臣従 誓約
﹂を 果た し続 け︑ 大司 教の 都市 君主 権を 認め 続け てい た︒ 市民 自治 組織 の上 に都 市君 主権 が位 置す ると いっ た﹁ 重層 的二 元主 義﹂ 構造 が一 四世 紀中 葉に 確立 した
︵ 4
こと が︑ 本稿 の 察の 前提 であ る︒ 以下
︑一 で主 要史 料の 性格 を確 認し た後
︑二 にお いて 都市 参事 会構 成を
︑三 にお いて 都市 参事 会権 限︵ 立法
︑ 司法
︑行 政︶ を︑ 四で 市民
・住 民の
﹁家
﹂の 展開 を 察し
︑最 後に
︑五 で領 邦都 市段 階で の統 治構 造と 比較 し︑ 近世 への
﹁変 容﹂ と﹁ 断絶
﹂を えて みた いと 思う
︒
中 世 か ら 近 世 へ の 移 行 期 に お け る 都 市 統 治 の 構 造 と 機 能
一 九二
一 主要 史料 1
﹃平 和法 典﹄
︵D
︶︵ 一四 三七
〜一 四四 四年 編纂
︶
﹃平 和法 典﹄ は︑ 基本 的に は刑 法典 にし て刑 事訴 訟法 典で ある
︒テ キス トと して は︑Franz Joseph MoneHrsg.,
Das Friedensbuch der Stadt Mainz.Um 1430,in:Zeitschrift fur die Geschichte des Oberrheins,Bd.VII,1855,S.828
を使 用す る︒ モネ が一 八五 五年 に翻 刻し たこ の﹃ 平和 法典
﹄︵ D︶
︵序 及び 九四 箇条
︶は
︑一 五世 紀中 葉に 都市 参事 会が 作成 し 都市 紋章 を付 した マヌ スク リプ ト︵ マイ ンツ 市立 図書 館所 蔵︑ 小フ ォリ オ版 羊皮 紙四 九葉
︶の 前半 部︵ フォ リオ 一〜 二九 a︶ を活 字化 した もの であ る︒ 本マ ヌス クリ プト 全体 の構 成は
︑次 のご とく で
︵ 5
ある
︒ 1︶ フォ リオ 一〜 二九 a‥
﹃平 和法 典﹄
︒ 2︶ フォ リオ 二九 b‥ ユダ ヤ人 誓約
︵別 人の 筆跡
︶︒ 3︶ フォ リオ 三〇 a〜 三四 a‥ 白紙
︒ 4︶ フォ リオ 三四 b‥ 毎年 の﹃ 平和 法典
﹄告 知に 関す る指 令︒ 5︶ フォ リオ 三五
〜四
〇‥ ブド ウ酒 小売 業及 び市 門閉 鎖に 関す る協 定︵ 一四 三五 年一 月七 日
︒ 6︶ フォ リオ 四一
〜四 二‥
﹃平 和法 典﹄ に関 する 市長
︑都 市参 事会
︑三 名の ツン フト 参事 会員
︑平 民団 体の ため の個 別規 定及 び誓 約定 式︒ 7︶ フォ リオ 四二
〜四 五‥ 一四 四四 年一 二月 二三 日付 けの
︑﹃ 平和 法典
﹄の 付加 条項
︑都 市行 政規 定︒ 8︶ フォ リオ 四七
〜四 八‥ 一四 六二 年以 後の 都市 参事 会員 のた めの 誓約 定式
︵別 人の 筆跡
︶
中 世 か ら 近 世 へ の 移 行 期 に お け る 都 市 統 治 の 構 造 と 機 能
一 九三
この マヌ スク リプ トは
︑都 市参 事会 が作 成し た行 政︵ 立法
︑裁 判を も含 む広 義の 行政 概念
︑つ まり 統治
︶文 書 であ る︒ この 文書 の最 初の 部分 とし て収 めら れて いる とこ ろに
︑﹃ 平和 法典
﹄︵ D︶ の重 要性
︑及 び︑ 都市 参事 会立 法に よる 法典 とし ての 性格
︵後 述︶ が如 実に 現れ てい る︒ つま り︑ 本法 典の 条項 は一 四世 紀中 葉ま での 中世 的な
﹁締 約﹂
︵Satzung
︶で はな く︑ 立法 機関 とし ての 参事 会が 制定 する 法と なっ てい たの であ る︒ なお かつ
︑本 法典 で は︑ 従来 の旧 条項 が改 正さ れつ つ並 べ替 えら れ︑ 新条 項が 付加 され てい た︒ この 新た な編 纂に 主体 的に 参与 した のが 都市 法律 顧問 ドク ター
・コ ンラ ート
・フ メリDr.Conrad Humery
であ って
︑彼 はロ ーマ 法を 大学 で学 んで いた
︒し たが って 本法 典は
︑こ れま で指 摘さ れて こな かっ たこ とで ある が︑ ロー マ法 的な 改変 を伴 って 編纂 され た法 典と 捉え るこ とが でき
︑す でに 近世 法的 な性 格を 押し 出す もの であ った
︒ 次に 問題 とな るの が︑ 本法 典の 編纂 の意 図で ある
︒こ の論 点は 法典 の成 立時 期と 関わ りあ って いる が︑ 法典 中 に成 立時 期が 明示 され てお らず
︑研 究史 上︑ 三つ の説 があ る︒ 諸説 とも
︑第 三次 ツン フト 平民 闘争
︵一 四二 八
|三 七年
︶及 び第 四次 ツン フト 平民 闘争
︵一 四四 四| 六年
︶と 関わ らせ て論 じら れて いる ため
︑ま ず︑ 両ツ ン フト 平民 闘争 の経 過を 略述 して おく
︒第 一次 ツン フト 平民 闘争
︵一 三三 二| 三年
︶以 来︑ 参事 会議 席の 半数 を有 して いた 平民 は︑ 一四 三〇 年三 月八 日以 前に 一時 的に 参事 会議 席を 独占 する こと に成 功し た︒ しか し︑ 大司 教︵ コン ラー ト三 世︶ は︑ 一三 世紀 以来
︑三 つの 身分 特権
︵毛 織物 販売 権︑ 造幣 請負 仲間 権= 両替 権︑ 家人 権︶ の賦 与を 通し て自 らの 一権 力基 盤た らし めて きた
﹁長 老﹂ 門閥 の大 幅な 勢力 後退 に際 し︑
﹁長 老﹂ 門閥 寄り の調 停 に乗 り出 した
︒そ の調 停が 功を 奏し て︑ 三月 二八 日に
︑﹁ 長老
﹂門 閥と 平民 との 間で 第一 次﹃ 協定 書﹄ が締 結さ れ︑
﹁長 老﹂ 門閥 は参 事会 員︵ 三六 名︶
・市 長︵ 三名
︶・ 出納 長︵ 三名
︶の 三分 の一 を占 め︑ さら に一 四三 七年 一〇 月五 日以 後の 第二 次﹃ 協定 書﹄ によ り﹁ 長老
﹂門 閥は 参事 会員
︵二 八名
︶・ 市長
︵四 名︶
・助 役︵ 四名
︶の 半数 を再 び占 める よう にな った
︒だ が︑ 一四 四四 年一 二月 二三 日付 け﹃ 新市 制規 約﹄ によ り参 事会
・市 長︵ 三名
︶・ ツン フト の
中 世 か ら 近 世 へ の 移 行 期 に お け る 都 市 統 治 の 構 造 と 機 能
一 九四
三者 の下 にあ る﹁ ツン フト 体制
﹂が 確立 し︑ かつ
︑ツ ンフ ト 平民 は参 事会 にた いし 同盟
・戦 役・ 課税
・借 款な どの 公益 に関 わる 共同 統治 権を 最終 的に 確認 され たの で
︵ 6
あっ た︒ さて
︑成 立
︵ 7
時期 に関 して であ るが
︑① 編者 のモ ネ︵ 一八 五五 年︶ は︑ 上記 の第 一次
﹃協 定書
﹄の 中に 挙示 され てい る現 行都 市法 規が 本法 典だ とし て︑ 成立 年代 を一 四三
〇年
︵頃
︶と
︵ 8
した
︒こ れに 対し
︑② C・ ヘー ゲル
︵一 八八 一年
︶は
︑﹃ 平和 法典
﹄︵ D︶ 第五 三条 で﹁ 四名 の市 長﹂ につ いて 述べ られ てい るこ とか ら︑ 成立 時期 を第 二次
﹃協 定書
﹄が 締結 され た一 四三 七年 以後 のあ る時 期と 推論 して
︵9
いる
︒③ L・ ファ ルク
︵一 九九 八年
︶は 特に 典拠 を 挙げ るこ とな く︑ 一四 三七 年と えて
︵ 10
いる
︒ こう した 学説 状況 にあ って
︑第 一次
﹃協 定書
﹄に 挙示 され てい る﹃ 平和 法典
﹄が 本法 典で ある ため の根 拠に 乏 しい こと
︵① への 批判
︶︑ 第五 三条 での 市長 の数 が四 名で ある こと から 一四 三七 年以 後と える こと は妥 当で ある が︑ 市長 数が 三名 に戻 った 一四 四四 年以 後と は えら れな いこ と︵
②へ の批 判︶ また
︑一 四三 七年 と特 定す る根 拠に 乏し いこ と︵
③へ の批 判︶
︑以 上を 踏ま え︑ 筆者 はま ずは
︑﹃ 平和 法典
﹄の 編纂 時期 を一 四三 七年 一〇 月五 日か ら一 四四 四年 一二 月二 三日 以前 のあ る時 期で あっ たと える
︒し かし 下限 につ いて は︑
﹃年 代記
﹄に おい て︑ 二〇 名闘 争委 員会 が一 四四 四年 九月 二六 日付 けで 参事 会に 提出 した
﹁対 抗収 支決 算表
﹂の 中で
︑﹁ 我々
︹= 平民
︺の 都 市参 事会 員で ある 尊敬 すべ きマ イス ター
・ド クタ ー・ コン ラー ト・ フメ リは
︑我 々す べて の懇 願と 要請 のゆ えに 旧平 和法 典を 改定 し︑ 正し く秩 序付 ける こと にあ えて 取り 組
︵ 11
んだ
﹂と 記さ れて おり
︑下 限を 一四 四四 年一 二月 二 三日 以前 より も同 年九 月二 六日 以前 の方 が正 確で ある と結 論づ けた いと 思う
︒ 以上 の 察か ら︑ 本法 典は
︑ツ ンフ ト 平民 側の 都市 参事 会員 が自 らの 発案 で改 定を 進め
︑大 司教 長老
﹂門 閥の 承認 をか ち得 た法 典で ある と えて よい
︒そ こで は︑ ツン フト 平民 側の 都市 参事 会員 の利 害が 優越 しな が らも
︑大 司教 長老
﹂門 閥の 利害 との 妥協
︑都 市参 事会 員と して の両 者の 利害
︑さ らに
︑統 治同 意権 を確 保し た
中 世 か ら 近 世 へ の 移 行 期 に お け る 都 市 統 治 の 構 造 と 機 能
一 九五