︿研究ノート﹀ 宮澤賢治童話の〝生死〟考
︱︱﹃三
宝絵﹄の﹁鹿
王﹂と重ねながら
︱︱
千 葉 貢
一 ︑ はじめに︱ ︱ ︱﹁ 可 惜﹂ 命 のままに
その当時 ︑ ラジオから ﹁ あかく咲く花青い花/この世に咲く花数々 あれど/涙にぬれて蕾のままに/散るは乙女の初恋の花
1﹂ という歌謡
曲が ︑時折り雑音を交えながら流れていた ︒ その年 〝 村の鎮守の神様 〟
の秋祭りのことだったろうか ︑ 夕暮れからの余興のなかで ︑ 近隣の若
いお母さんが嫁菜の花を持ち ︑ 手振り身振りを加えてこの曲を歌い ︑
歓声とともに拍手喝采を浴びていた ︒ ︱︱︱以来 ︑ 半世紀以上もの歳
月を経た今日 ︑境内にあった舞台もなくなり歌った人も亡くなられた ︒
私は ﹁ 三日見ぬ間の桜かな ﹂ と言われ ︑﹁ 蛍二十日に蝉三日 ﹂ のよう
な儚い命を目 の当たりに余生を重ねて来た ︒ 時は落花流水の如しと喩
えられ ︑ 落葉帰根を繰り返したり幾星霜かを重ねたり ︑〝 過ぎたるは
及ばざるが如し 〟 と言われ ︑〝 覆水盆に返らず 〟 とも承知している ︒﹁ ゆ
く河の流れは絶えずして ︑ しかももとの水にあらず ︒﹂ ︵ 鴨長明 ﹃ 方丈
記 ﹄ の冒頭 ︶ という諸行無常の半生を顧みるたびに ︑〝 温故知新 〟︵ 孔
子 ﹃ 論語 ﹄︶ や 〝 知行合一 〟︵ 王陽明 ﹁ 致良知 ﹂ とも ︶ などという名言 を思いだし ︑ 数々の遺訓に教えられ感慨にむせぶことが多い ︒
初唐の詩人・劉廷芝は ﹁ 年々歳々花相似たり/歳々年々人同じから ず ﹂﹁ 今年花落ちて顔色改まり/明年花開くも復 た誰か在る
2﹂ と相身
互いの切なさを 詠 い ︑〝 詠み人知らず 〟 だという人は ︑﹁ 春ごとに/
花の盛りは/ありなめど/相見むことは/命なりけり
3﹂と 達 観 し ︑正
岡子規は ﹁ いちはつの/花咲きいでて/わが目には/今年ばかりの/
春ゆかんとす
4﹂ と詠嘆している ︒ 再び ︑ 遡って伺ってみれば ︑ 清少納
言は ﹃ 枕草子 ﹄ のなかに ︑﹁ 近うて遠きもの ﹂ として ︑﹁ はらから ・
親族の中 ︒ 鞍 馬 のつづらをりといふ道 ︒ 十 二月のつごもりの日 ︑ 正 月
のついたちの日ほど ︒﹂ と記し ︑﹁ 遠くて近きもの ﹂ として ﹁ 極楽 ︒
舟 の道 ︒ 人の中 ︒
5﹂ と続けている ︒ 我が長塚節は ︑﹁ 春は冬に遠くし て又冬と相隣して居る ︒
6﹂ と ︑ 長編小説 ﹃ 土 ﹄ 第十一章の末文に添え
ている ︒ いずれも有為転変の必然に開眼した人々の達観であり ︑ 秘め
られていた無常観に満ちた絶唱である ︒ これらは真情の告白と思われ
るゆえ ︑ 多くの人々に記憶され ︑ 時を経ても語り継がれている ︒
『地域政策研究』(高崎経済大学地域政策学会) 第 17 巻 第4号 2015年3月 130頁〜 146頁
宮澤賢治童話の“生死”考
無常︱ ︱ ︱これは過ぎ去る事を悔悟したり悲嘆したりするよりも ︑
繰り返さ れ る 習 慣や来 る べ く 日 時 を積 極 的 に 受け 入れ ︑ 万 事 に 情 熱 を
注 い で 対 処 す べ く 命の 尊 厳 を 教 え て い る ︒ 今こ の 時 を 愛 惜 せよ ︑ と ︒
また し ても ︑﹃ 古 今 和 歌 集 ﹄ の なか の ﹁ 昨 日 と い ひ / 今 日 と 暮 ら し て
/ あ す か 川/流 れ て 早 き / 月 日 な り け り ﹂ や ︑﹁ 世 の な か は /何 か 常
なる / あ す か 川 / 昨 日の 淵 ぞ / 今 日 は 瀬 に なる
7﹂ に加え ︑﹁ 明日 あり
と/ 思ふ 心 の / 徒 桜 /夜 半に嵐 の/ 吹 か ぬ も の か は ﹂︵ 親 鸞 聖 人 の作
との こ と ︶ な ど と い う 和 歌を 思 い だ す ︒ だ か ら ︑﹁ 出 会 い ﹂ や ﹁ 関 わ
り 合 い ﹂ は ︑ 諸行無常 を 知 り 絆 を育む ゆ え に も貴 重 な機 会 で あ り ︑
共 生 し 続 け て い る と い う 賜 で あ る ︒ 絆は 喜 怒 哀 楽 を共 に す る親 子 や 夫 婦 ︑
近隣 の 人 々 と 繰 り 返 す 〝 結 〟の よ う に ︑ 永 年 に 亘 っ て 関 わ り 合 わ な け
れば ︑ 育 つ こ と も 強 ま る こ と も な い ︒ 同情 や 共 感 は 絆 の 芽生 え で あ る ︒
人は出会いや関わり合い ︑ 語り合いに含まれ伴う 〝 愛惜 〟 によって
人生という長編物語 ︵ ロマン ︶ が創造され ︑ 個性を反映する喜怒哀楽
の感情を生み出し ︑好き嫌いなどの情操が育まれる ︒ そして ︑一休 ︵ 宗
純 ︶ 和尚ではないけれども ︑﹁ 一 期 は夢よ ︑ ただ狂へ ﹂ と語られてい
るような切なさに目覚め ︑ 身近な人々との 〝 共演 〟 に支えられ ︑ 利他
愛の有り難さを実感することであろう ︒〝 共演 〟 は人に限らない ︒ 移
り行く季節の草花や ︑ その日の風雨のざわめき ︑ 陰影を創り出す月明
かりなどが 〝 助演 〟〝 脇役 〟 として陰陽濃淡 ︑ 大小強弱などの彩りを
添え ︑ 人生という長編物語 ︵ ロマン ︶ を引き立ててくれる道連れであ
り ︑ 自然の 〝 おもてなし 〟 に他ならない ︒ 私が期待し ︑ 求める ﹁ 長編物語 ﹂ は ︑ 出会い系やケータイ ︑ スマホ
に依存するのではなく ︑ 面と向かって語り合えば ︑〝 目は心の窓 〟 で
あり ︑〝 目は口ほどにものを言う 〟 のだから ︑〝 相 見む 〟 眼差しが慈
愛や理解を醸し ︑〝 巧詐は拙誠に如かず 〟︵ ﹃ 韓非子 ﹄ 説林篇 ︶ という
箴言のとおり ︑ 人情の機微を知る貴重な経験を重ね ︑ 人情を育むこと
であろう ︒〝 共演 〟 は人々を含む ︑ 日々の暮らしと共にある ︒ 暮らし
︱︱︱例えば ︑ 家庭や職場などから排出される 〝 ごみ 〟 は多い ︒ 各自
治体に限らず ︑ 各事業所では可燃物 ︑ 不燃物 ︑ ペットボトル ︑ 缶 ︵ ア
ルミ ︑ スチール ︶︑ 瓶や硝子 ︑ 粗大ゴミなどと曜日毎 ︑ 月毎に分別収
集している ︒〝 ごみ 〟 の種類によって処理方法が異なり ︑肥大する 〝 都
市鉱山 〟 を前にして採掘に挑むためであろう ︒ 人間は ︑ 自らの欲求を
満たすべく科 ︵ 化 ︶ 学の進歩を促し ︑ 自然から乖離する人工的なモノ
が多種多様に作為され ︑ 画一的に大量生産を繰り返す ︒ 消費に伴う結
果は不明な点が多く ︑ 弊害や副作用 ︑ 後遺症など ﹁ 不都合な事実 ﹂ の
払拭に苦慮するという事態も発生している ︒ 事によっては有効な対処
法や ︑ 回避すべく処方箋が確立していない ︒ それでいて曖昧なまま許
容し ︑ 弊害や矛盾を承知のうえで増長を黙認している ︒ 便利なモノの
多機能や高性能 ︑ 高品質だという謳い文句と共に甘受し ︑ さらなる獲
得や進歩 ︑ 産出を期待する ︒ だから ︑ 何事についても常に不平不満を
口にし ︑ 不安や不信に陥り ︑ 欲求に駆られるという ﹁ 習慣病 ﹂ を生み ︑
身の回りに氾濫している 〝 必要悪 〟 との合併症に呻吟し ︑ 心身の不調
に陥り不可解な行動を引き起こすのも無理からぬのである
8︒ つまり ︑
千 葉 貢
﹁ 社会が生身の人間を痛めている
9﹂ ということである ︒ こうして社会には制度疲労 ︑ 法整備の遅れなどに伴う歪みや緩み ︑
軋みがあり ︑ 対処しきれない不備や不全 ︑ 未知がある ︒ 人には捨てき
れない悩み ︑ 嫉み ︑ 僻み ︑ 痛み ︑ 弱みなどに加え ︑ 悲しみや苦しみな
どがあり ︑ 数えれば 〝 五み
0
〟 どころではない ︒ 人は心の 〝 ごみ 〟 に加
0え ︑ 社会の 〝 ゴミ 〟 と共に生きており ︑ 決められた収集の日時もなけ
れば場所もない ︒ ましてや分別収集されることもない ︒ だから ︑ 心の
〝ご み
0〟は〝 五 み
00〟と し て も ︑〝 護 美 〟 とすべく宮澤賢治が描いた ﹁ な
0めとこ山の熊 ﹂ や︑ ﹁ フランドン農学校の豚 ﹂ の悲しみを︑ ﹃ 三 宝 絵 ﹄
のなかの ﹁ 鹿 王 ﹂ の悲しみと重ね ︑ 苦しみにも思いを寄せながら ︑
人としての生き方を考えてみよう ︑ という温故知新に学ぶべく ︑ 先師
の教えに気づいたのである ︒ 考えることは一人でも出来る ︒ さらに行
動すれば多くの関わり合いによって心の 〝 ごみ 〟 はもとより ︑ 社会の
〝 ゴミ 〟 の軽減や除去にも通じ ︑熊や豚 ︑鹿などとの 〝 共演 〟 に気づき ︑
関わり合いが楽しみとなり感謝したくなるであろう ︒ なぜならば ︑ 私
たちは心の 〝 ごみ 〟 を抱えながらも熊や豚 ︑ 鹿などに支えられ ︑ お互
いに ﹁ 可 惜﹂ 命 というべく生死を共に繰り返しながら ︑ 今日も過ご
している ︑ たった一つの命なのだから ︒
二︑ ﹃三 宝 絵 ﹄ のなかの ﹁ 鹿 王 ﹂
古典落語の枕言葉として ﹁ 世の中は/澄むと濁るで/大違い/刷毛
に毛が有り/禿げに毛が無し ﹂︵ 三代目・三遊亭金馬 ﹁ 孝行糖 ﹂︶ とい う戯れ歌を ︑ 他人事のように覚えているのだが ︑ 笑うにも笑えないよ
うな真実味に富み ︑ わが身の事だとして ﹁ 世の中は/澄むと濁るで/
大違い/ 臭 いは匂い/愚 妻 はうるさい ﹂ との実感を込めて真 似 てみ
たり ︑﹁ 世の中は/有ると無しでは/大違い/爪にツメ無し/瓜にツ
メ有り ﹂ に加え ︑﹁ 大きい人には/欠点なし/犬好きの人には/美点
あり ﹂ などとこじつけたり ︑ 替え歌づくりが楽しい ︒ だから楽
語と書
0きたくなるほどなのだが ︑﹁ 欲深き/人の心と/降る雪は/積もるに
つれて/道を忘れる ﹂︵ 三代目 ・古今亭志ん朝 ﹁ 夢金 ﹂︶ や ︑﹁ 数ばか
り/偽り多き/世の中に/この可愛さは/ 真 なりけり ﹂﹁ 藪 入 りや
/何も言わずに/泣き笑い ﹂﹁ よく寝れば/寝るとて 覗 く/枕もと ﹂
︵ いずれも三代目・三遊亭金馬 ﹁ 藪入り ﹂︶ などという和歌 ︵ 俳句 ︑ 川
柳 ︑ 短歌などを含めて ︶ を聞かされると ︑ 思わずほろりと 和 み︑ 泣
き笑いにつられて落語の話術や真髄に魅せられ惹かれてしまう ︒
落語はまとまった一つの話題 ︵ まとまった一つの物語 ︶ を語る一人
の話芸︱︱︱いずれも洗練された結晶である ︒ その実演や上演をして
古典の具現 ︑ 息づいている古典の魅力と言えよう ︒ 古典の魅力︱︱︱
これは落語に限られた特質ではない ︒﹁ 源為憲が冷泉天皇の第二皇女 ︑
尊子内親王の為に著作し ︑ 永観二年 ︵ 九八四 ︶ の冬に内親王に奉っ
た
﹂ という ﹃ 三宝絵 ﹄︵ 三巻 ︶ にも見られる ︒ 温故知新の教えに従い ︑
10自らの人生を顧みるためにも ︑ 宮澤賢治童話のなかの ﹁ 生死 ﹂ と重ね
ながら考える縁 ︵ よすが ︶ にと拝読した ︒
それでは ︑ まず始めに ﹃ 三宝絵序 ﹄ の一部を引用し ︑ 執筆に至った
宮澤賢治童話の“生死”考
動機や趣旨 ︑﹁ 三宝 ﹂に込められた概要などについて確認しておきたい ︒
男 女 ナドニ寄セツゝ花ヤ 蝶 ヤトイヘレバ ︑ 罪 ノ根 ︑ 事 葉 ノ林
ニ露ノ御 心 モトドマラジ ︒ ナニヲ以テカ 貴 キ御 心 バヘヲモハゲ
マシ ︑ シヅカナル御 心 ヲモナグサムベキ ︑ ト思フニ ︑ 昔シ 竜 樹 菩
薩 ノ禅 陀 迦 王 ヲオ シエタル偈 ニ云 ク︑
モシ絵 ニカケルヲ見テモ ︑ 人ノイハムヲ聞キテモ ︑ 或イハ 経
ト書 ミトニ 随 ヒテ 自 ラ悟リ 念 ヘ︒
ト云ヘリ ︒ 此レニヨリテ ︑ アマタノ貴キ事ヲ絵ニカゝセ ︑ 又経ト 文 トノ 文
ヲ加 ヘ副 ヘテ 令
奉 シ ム
︒ 其
名ヲ 三 宝 ト云フ事ハ ︑ ツタヘイハム物
ニ三 帰 ノ縁ヲ 令
結 ム ト ナ リ
︒ 其
数ヲ三 巻 ニ分 テル事ハ 三 時 ノヒ
マニアテタルナリ ︒ 初 ノ巻ハ昔ノ仏ノ行ヒ給ヘル事ヲ 明 ス種 々 ノ
経ヨリ 出 タリ ︒ 中 ノ巻ハ 中 来 法 ノコゝロニヒロマル事ヲ 出 ス家々
ノ文
ヨリ 撰 ベリ ︒ 後 ノ巻ハ今ノ僧ヲ以テ勤ムル事ヲ ︑ 正 月ヨリ
十 二月ニ至ルマデノ所々ノ 態 ヲ 尋 タリ ︒
其ノ 初 ニ各 々 ノ 趣 ヲ宣 ベ︑ 其 奥ニ又徳ヲ 讃 タリ ︒ 惣 テ仏 法
僧 ヲ 顕 セバ ︑ 初 モ善 ク︑ 中 カモ善ク ︑ 後 モ善シ ︒ 在 トシ在 ラム
所ノ所ニハ ︑ 当 ニ三 宝 伊 坐シテ 可
守 給 シ ︒ などと記され ︑ やがて末尾には ﹁ 願 ハ此ノ 志 ヲ以 テ又 後 ノ
世ニモ 被
引 導 奉 ラ ム 事 ︑ 喩 ヘバ 猶
浄 飯 王 ノ 御
子 ノ仏ニ成り給ヘリ シ時 キ︑ 古 ルクヨリ 仕 マツレル 憍 陳 如 ガ先 ヅ人 ヨリ先 キニ 被 度 シガ
如 クナラム ︒﹂ と期待し ︑願いながら ﹁ 于 時永観二タ年 セ中 ノ冬 ナリ ︒
﹂
11と結ばれている ︒ だから ﹃ 三宝絵 ﹄ とは ︑﹁ これは幼くして仏門に入っ
た皇女のために ︑ 仏・法・僧に関する説話 ︑ 行事などを絵巻に描いて
詞書を添えたもので ︑ 現在 ︑ その詞書だけが ﹃ 三宝絵詞 ﹄ として伝え
られている ︒ それによって ﹃ 三宝絵 ﹄ の内容を復原すると ︑ まさに仏
教説話絵巻の集大成といっても過言ではなく ︑ 特に ﹃ 仏宝 ﹄ は釈迦の
本生説話絵巻として貴重な存在であったことがしのばれる
︒﹂ とのこ
12とである ︒
けれども ﹁ 幼くして仏門に入った ﹂ という ﹁ 尊子内親王の出家は天
元五年 ︵ 九八二 ︶ のことらしく ︑亡くなられたのは寛和元年 ︵ 九八五 ︶
五月一日 ︑御年二十歳であったから ︑その間約三年であった
︒ ﹂
13と い
う
︒
だとすれば ﹁ 奉った ﹂ あと ︑ 僅かに半年余りして ﹁ 亡くなった ﹂ とい
うことである ︒ それでも献上された ﹃ 三宝絵 ﹄ のなかの寓話や説教を
朗誦しながら ︑ 悟達への仏道に勤しみ ︑ 往生極楽を果たされたことで
あろう ︒
﹃三
宝 絵 ﹄ は ﹁ 序 ﹂ の一部ながら示した通り ︑﹁ 其数ヲ三巻ニ分テ
ル事 ﹂ にして ︑﹁ 初 ノ巻ハ昔ノ仏ノ行ヒ給ヘル事 ﹂ であり ︑﹁ 中ノ巻
ハ中来法ノコゝロニヒロマル事 ﹂ を加え ︑ そして ﹁ 後ノ巻ハ今ノ僧ヲ
以テ勤ムル事 ﹂ の紹介に努め ︑ それぞれの寓話や説教をして ︑ いずれ
も ﹁ 貴重 ﹂ な ﹁ 事 ﹂ ゆえに ﹁ 三宝 ﹂ と名づけたのであろう ︒﹁ 鹿 王 ﹂
もそのなかの貴重な一篇である ︒
千 葉 貢
﹁鹿 王 ﹂ は ﹁ 三宝 ﹂ のなかの ﹁ 初 ノ巻 ﹂ にあり ︑﹁ 昔ノ仏ノ行ヒ給
ヘル事 ﹂ だという意味深い寓話である ︒ 一読して宮澤賢治童話のなか
の ﹁ 熊 ﹂︵ ﹃ なめとこ山の熊 ﹄︶ や ﹁ 豚 ﹂︵ ﹃ フランドン農学校の豚 ﹄︶ の
﹁ 死 ﹂ を思いだし ︑ 内容や描写の類似性 ︑ 関連性などについて考察し
てみようと ︑ まず始めに再読に挑んだ ︒ それでは ﹁ 鹿 王 ﹂ の全文を
引用し ︑ 味読に供しよう ︒
昔 シ広キ野ニ 林 在 キ︒ 二 ツノ 鹿
ノ王
有 テ︑ 各 ノ多クノ鹿ヲ
随 ヘタリキ ︒ 国ノ王 出 テ狩シ給フニ ︑ 鹿 シ皆逃ゲ走ル ︒ 穴ニ 落 入
リ︑ 岩 ニ 当 テ︑ 身 ヲ 破 リ命ヲ失フ ︒ 一 ツノ鹿ノ王此レヲ見テ 悲
ビヲ成 シテ ︑ 王ノ前ニ行ク ︒ 其ノ 形 高ク 大 キニシテ ︑ 其ノ 角 五 ツ
ノ色也 ︒ 人皆 驚 キ 奇 ブ︒ 鹿 シ 跪 ヅキテ王ニ 申 サク ︑
王ノ自ラ狩リ給フニモ ︑ 王ノ使ヒノ狩ニモ ︑ 吾ガ 輩 ラ多ク死
ヌ︒ 或 野ハ母ト子ト乍 生 ナガラ相 ヒ別ルゝ事深ク悲シ ︒ 仮 使
ヒ多クノ鹿ヲ今 日フ皆殺セリトモ ︑ 一 日ヒニクサリ捨テ ︑ 日ヒ
次 ギニ当 ツル事 小 ナカリナム ︒ 王ノ 厨 ヤノ 用 スラム数ヲ 承
テ︑ 日 ヒ 毎 ニ勧 ミテ 進 ツラム ︒ 王ハ常ニ 鮮 ナルヲ用チヰ ︑
吾レハ 暫 ク命ヲ延 ベム ︒
ト申ス ︒ 王 大 キニ 奇 ビテ 云 ク︑
日 次 ギニ用ヰル事ハ一 日 ヒニ一ツニハ不 過 ズ︒ 不 知 ザリツ ︑
汝 ガ常ニ多ク死ヌラム事ヲバ ︒ 今 所 云 裁 也 ︒ 汝ガ事ニ
随 ハム ︒ ト讃 メテ ︑ 不 狩シテ 還 ヌ︒
二ツノ 鹿 ノ王 日ヒ交 ゼニ互ヒニ 進 ツル ︒ 此ノ王ノ 奉 ルニハ
次 デニ当レル鹿 シニ涙ダヲ垂 レテ 誘 ラヘテ云フ ︑
命有ル物ハ皆死ヌ ︒ 誰カ是ヲ 免 レム ︒ 道 々 ニ仏ヲ念ゼヨ ︒ 恨
ミノ心ヲ成 シテ人ニ向フナ ︒
ト教ヘテ遣 ル︒
今一 村 ノ中ニ 孕 メル 鹿 ︑次 デニ当レル日己 ノガ王ニ 愁 フ︑
子生 マム事 不 久 ズ︒ 願 ハ異 ト鹿 ヲ替ヘテ ︑ 後 ノ日ニ吾レヲ
バ当 ヨ︒ 産 メラム子モ生 ヒ立 ナバ ︑ 後 ノ為ニ 宛 ニ吉 ルベシ ︒
ト云 ニ︑ 鹿 ノ 王 恚 テ︑
何ニ 依 カ心ニ 任 テ 濫 シク 次 ヲバ 可 遁 ︒ ト云 テ不 免ズ成リヌレバ ︑ 侘 ビテ亦 側 ノ王ニ 愁 ニ聞テ云フ ︑ 悲 イ哉 ナ ︑ 母ノ心 ︒ 未 生 レヌ子ヲサヘ 悲 ブ事 ︒ ト悲ビテ ︑ 我 方 ノ明 日 ノ鹿ヲ呼ビテ ︑ 今 日替ハリテ行ケ ︒ ト 語 フニ ︑ 夫レ又 愁 テ云 ク︑
誰カ皆 暫 ノ命ヲ不 惜ザラム ︒
ト︒
明 日ス行カム事ハ 次 デニ当レゝバ 難
遁 シ ︒ 今 夜ノ 残 ノ命ヲ
捨 テ︑ 今 日死ナム事ハ 愁 ヘト 有 ︒
ト云ヘバ ︑ 鹿ノ王ノ 云 ク︑
此ノ 愁 モ可 然シ ︒ 吾 レ 今 日フ汝ニ 替 テ命ヲ捨テム ︒
宮澤賢治童話の“生死”考
ト云 テ︑ 自 ラ出 デゝ行 キヌ ︒ 国ノ王 驚 キ迷 ヒ給フ ︒ 何ニ 依 テカ鹿ノ王ノ今 日フ 自 ラ来 レル ︒ 村ノ鹿ノ失 セニタル
カ︒
ト宣 マヘバ ︑ 鹿ノ王ノ 云 ク︑
傍 ノ村ニ 一 ツノ 孕 メル鹿シ有り ︒ 今 日ノ次 イデニ当レリ ︒ 孕
メル子 未 ダ不 生マズト 愁 フルヲ聞クニ ︑ 難
忍 ケ レ バ
︑ 吾 レ
替 テ死ナムトスル也 ︒
ト云ヘバ ︑ 国ノ王 大 キニ 悲 テ涙ヲ流シテ 宣 ハク ︑ 吾レハ 諸 ノ命ヲ殺シテ 己 ガ身ヲ 養 フ︒ 汝 ハ物ノ命ヲ 済 ヒ
テ己 ガ身ヲ 捨 タリ ︒ 悲シクモ有ル 哉 ︒
トテ ︑ 偈 ヲ説 テ云 ク︑
我ハ 是 実 ノ畜生也 ︒ 名付テ人ノ 頭 ラ也 鹿ト可 為シ ︒ 汝 ハ是畜
生ナリト 雖 モ ︑ 名付テ鹿ノ頭ラナル人ト可 為シ ︒ 実 ヲ 持 テ
人ト為ス ︒ 形ヲ持テハ人ト不 為ズ ︒ 吾レ今 日ヨリ 始 テ 諸 ノ
鹿ヲ不 食ハジ ︒
此誓 ヒヲ成 シテ国ノ 内 ニ 勅 ヲ下 シテ ︑ 狩リ為 ム者ノヲバ罪 ミ為 ム︒
ト 誡 メテ ︑ 則 チ此ノ野ヲ 以 テ鹿ノ 薗 ト成 テキ ︒ 鹿 苑 ト云フ名ハ
是レヨリ 流 シゝナリ ︒ 仏 始テ 爰 ニ 赴 テ法 ヲ説 キ給フ ︒ 又昔
ノ鹿 王 ハ今ノ 釈 迦 如 来 也︒ 六 度 集 経 ニ見 タ リ
︒
14死に至る悲しみ ︑﹁ 可 惜﹂ 命 に寄せる思い︱ ︱ ︱それは ﹁ 鹿王 ﹂ のなかの ﹁ 鹿 ﹂ だけではなく ﹁ 熊 ﹂ も ﹁ 豚 ﹂ も共有しており ︑ 人の
命とも重なり合っているという真実の教示に違いない ︒つまり ︑﹁ 鹿王 ﹂
のなかの ﹁ 鹿 ﹂ も ︑賢治童話の中の ﹁ 熊 ﹂ も ﹁ 豚 ﹂ も ︑人の都合によっ
て ﹁ 生 ﹂ を絶たれ ﹁ 死 ﹂ を受ける ︒ いずれも人の利害打算によって抹
殺 さ れ る ︒だ か ら ︑人 は 自 ら の﹁ 死 ﹂は も と よ り ︑他 の﹁ 死 ﹂に 対 す
る意識が希薄になり ︑ 生 食 を好み活 きづくりに快楽を覚え ︑ 目の前
で殺すことさえも無頓着になる ︒ 思えば今日に至った多くの命の連続
にして ︑ 多くの 〝 種 〟 の継承という掛け替えのない事実を尊重し ︑ 生
物多様性に満ちた未来を願う ︒ 人も生物多様性のなかの一種であり ︑
やがて生まれてくる命を含め ︑ 如何なる命も粗末にしてはならないと
いうことである ︒﹁ 鹿王 ﹂ のなかにも ︑
仮 使ヒ多クノ 鹿 ヲ今 日フ皆 殺 セリトモ ︑ 一 日ヒニクサリ捨 テ︑
日ヒ次 ギニ当 ツル事 小 ナカリナム ︒
という指摘に諭されるまでもなく ︑ 狩猟の道具や技術の開発だ ︑ 改
良だ ︑ 冷凍保存が可能になった ︑ などという進歩発展を誇示し尊大に
なりがちであるが ︑ 開発や改良に要した費用以上に ︑﹁ 採算を合わせ
るために ﹂﹁ 手間を稼ぐために ﹂ などと称して大量生産を是認し ︑ 大
量獲得 ︵ 消費 ︶ を推進する ︒ この仕組みや構造 ︑ 傾向が ﹁ 日ヒ次ギニ
当ツル事小ナカリナム ﹂ にも関わらず ︑﹁ ○○放題 ﹂ の宣伝を例示す
るまでもなく ︑ 御為ごかしの無駄を造りだし ︑ 生物多様性に基づく関
わり合いを削ぎ ︑ 食材を含めた資源の枯渇へと拍車をかける ︒ 人間は
歴史的に生命の必然を承知しながら ︑ 誰もが自然の生態を無視するか
千 葉 貢
のように濫用し ︑ 無頓着に強要したり強奪したり荷担しているのでは
なかろうか ︒ 生死は自ずから必然を承知している ︒ 生死は自然と一体
であり ︑ すべてのなかに含まれ共有し合っている ︒ だから ︑ 人間自身
も不自然に命を絶たれる悲しみ ︑ 強いられる死の苦しみを ︑ すべての
命と同じように回避しなければならないのである ︒﹁ 鹿王 ﹂ のなかの
﹁可 惜 ﹂ 命に寄せる思いは ︑
悲 イ哉 ナ︑ 母 ノ 心︒ 未 生 レヌ子ヲサヘ 悲 ブ事 ︒ とあり ︑ この ﹁ 母ノ心 ﹂ に尽きるのではなかろうか
︒ この慈愛や慈
15悲を理解することが ︑ 真の ﹁ 人である ﹂ ということである ︒ こうした
情操や情緒は ︑ 科学で解明できない ︒ 確かに ︑ 科学は物質の解明や発
明に大きく貢献した ︒それでも科学で解明しきれない現象が多々ある ︒
例えば ︑ なぜ渡り鳥は毎年同じ時期に移動するのか ︑ なぜに花は季節
を忘れずに咲くのか ︑ なぜ人間は食べるのか ︑ なぜ旨いとか不味いと
か判断するのであろうか ︑ などなどについては ︑ 物質や構造の解明だ
けでは説明がつかないであろう ︒ つまり ︑﹁ 科学が生命体の複雑な現
象に臨みはじめたとたん ︑そこには物質と物質の呼応をつなぐ ﹃ 情報 ﹄
のはたらきに注目せざるをえなくなったわけでした ︒ これは ︑ 生命体
を徹底的に分析し ︑ その物質的要素のすべてがつきとめられたとして
も ︑ それを組み合わせてもけっして生命体をつくれないという事情に
も由来する問題で ︑ このことを科学者が反省しているうちに ︑ そもそ
も生命は情報をもとにつくられているということがわかってきたので
す
︒﹂ ということである ︒ 従って ︑ 科学は期待を生み幻想をつくりや
16すいけれども ︑﹁ 実 ヲ 持 テ人ト為ス ︒ 形ヲ持テハ人ト不 為 ズ︒ ﹂ と い
う命題を自得するのは難しいのだが ︑ 真実に違いない ︒ それにしても
﹁ 人は女に生まれるのではない ︑ 女に成るのだ ︒﹂ というシモヌ ・ド ・
ボヴォワールの言葉を思いだし重ねてみるのだが ︑ どちらにしても深
遠な意味を秘めているということだけは理解できる ︒ 人は 〝 予測誤差 〟
を克服しようと考え ︑ 試行錯誤を重ねながら限られた時間を生き永ら
えているのである ︒ 未生恩という言葉は ︑ 慈母の心︱︱︱ ﹁ 寝ていて
も団 扇の動く親心 ﹂﹁ よく寝れば寝るとて 覗 く枕もと ﹂﹁ 藪入りや何
にも言わずに泣き笑い ﹂ などに加えて ︑﹁ 親の恩歯が抜けてから噛み
しめる ﹂ という戯れ歌を思いだす ︒ いずれの句もいつ誰の作か分から
ないけれども ︑ 真実味に富み感慨に堪えない ︒ 確かに ︑ 歯だけではな
く髪の毛も抜け ︑ 少なくなってきた ︒ それでも気は抜けていないから
と ︑ とぼけた
0 0 0
ことをいうのだが ︑ 親の命日を暦のうえで 辿 り享年を
0数えてみた ︒ いつの間にか父に ︑ そして母に近づいてきた ︒ 諸行無常
にして会 者 定 離 の必然は ︑〝 歳月 ︑ 人を待たず 〟 とのことだから ︑
哀れ時の流れに身をまかせる
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
他はない ︒ ︱︱︱こうして切なくなるの
0は ︑ 決して私だけではないだろう ︒
三 ︑﹃ なめとこ山の熊 ﹄ の諦観
宮澤賢治童話 ﹃ なめとこ山の熊 ﹄ を再び読んだ ︒ 以前から物語の主
題 ︑ そしてまた ﹁ 熊 ﹂ という言葉や文字 ︑ 展開などが気になっていた ︒
宮澤賢治童話の“生死”考
因みに筆者の現住所は 熊 谷 市 であり ︑ 通勤等で乗り降りする駅も
〝熊 谷 〟 である︒ 多くの人や車︑ バスが行き交う北口駅前には︑ 鎌倉
時代初期の武将 ・ 熊 谷 次郎 直 実 という人の像が ︑ 騎馬武者姿で建っ
ている
︒ この直実の御霊を祀り ︑ 菩提を弔っているのが ︑ 街なかの一
17角を占めている ﹁ 熊 谷 寺 ﹂ である ︒ その直実が ︑ 厭世の果て仏門に
入り ︑ 蓮 生 坊 と名告 った ︒ 帰郷を促す契機となったのは ︑ 源平合戦
の戦場であった一ノ谷の戦いにて ︑ 弱冠十五歳だったという ︑ しかも
自らの息子と同年齢ほどの ︑ 平 敦 盛 を討ってからだという ︵ 久下直
光と領地争いに敗れてからだという説もある ︒ 確かに ︑ 熊谷市久下と
いう地名がある ︶︒ いくら勝敗を決すべく 戦 のうえにして場とは言
え ︑ 息子ほどの敦盛を討った罪障感や悔恨の呵責に苦しみ ︑ 慚愧の念
に堪えられず ︑ 北方の家郷に向かう馬の背にて ︑ 行く先とは逆の ︑ 西
方は一ノ谷の方に向かって跨ぎ ︑ 合掌しながら 辿 って来たと伝えら
れている ︒
源平合戦を象徴する 〝 一ノ谷の戦い 〟︵ 寿永三年 ︿ 一一八四 ﹀︶ から ︑
すでに八三〇年余りの時空を経たという今日でも ︑ 栄枯盛衰の ﹃ 平家
物語 ﹄ は語り継がれ ︑ 諸行無常の我が人生を振り返り ︑ 深い感慨を覚
えずにいられない ︒ 例えば ﹁ 熊谷陣屋 ﹂ の場面は ︑ 歌舞伎でも上演さ
れ続けて好評を博し ︑紅涙を誘い感泣に堪えないという ︒ 熊谷市民は ︑
熊谷次郎直実の所 縁の地 ・京都は長岡京市の粟 生の里にある ﹁ 光 明
寺 ﹂ への参詣を忘れない ︒ 私も過ぎし年の秋 ︑ 紅葉に彩られた参道を
上 り ︑ 各種の木立ちに囲まれた境内を歩き ︑ 本堂 ︵ 背後には法然廟 あり ︶ の奥に祀られていた御本尊 ︵ 阿弥陀如来 ︶︑ 直実の念仏三昧堂
などを拝し合掌した ︒ 翻 って ︑ 我が熊谷の地には ︑ 直実の御霊を
弔う 〝 熊 谷 寺 〟 が ︑ 見上げるばかりの大屋根を広げて建っている ︒
境内にある鐘楼からは ︑ 暁鐘や 入 相 の鐘の音が轟き ︑ 時として ﹁ さ
れば ︑ 人死を憎まば ︑ 生を愛すべし ︒ 存命の喜び ︑ 日々に楽しまざら
むや ︒﹂ ︵ 吉田兼好 ﹃ 徒然草 ﹄ 第九十三段 ︶ であり ︑﹁ 生 ・老 ・病 ・死
の移り来たること ︑ またこれに過ぎたり ︒ 四季はなほ定まれるついで
あり ︒ 死期はついでを待たず ︒ 死は前よりしも来たらず ︒ かねて後ろ
に迫れり ︒﹂ ︵ 同 ︑ 第百五十五段 ︶ などと ︑ やはり直実と同時代に身を
もって綴った古人の達観を思いださせ ︑ 有 縁 の地で仏縁とともに生
きている有り難さ ︑ 導かれている不思議に思いを致し感謝したい ︒
〝 熊谷 〟 は夏の日々に報じられる通り ︑ 確かに他所と較べて暑いの
だろう ︒ それでも 〝 暑さ寒さも彼 岸 まで 〟 と ︑ 指折り数えて二十年
余りが過ぎた︒ 時折り気まぐれな風向きを期待し︑ 〝 拝 むも 僻 むも彼
岸まで 〟 という戯れ歌をくちずさみながら ︑ 秋の訪れを待っている ︒
当地は 熊 谷 市にして 熊 谷 寺 があり ︑ 熊 谷 さんという名字の方がい
る ︒ 同じ漢字の 〝 熊谷 〟 なのだが 〝 熊 〟 の見られそうな 〝 谷 〟 はもと
より ︑〝 熊 〟 が生息していそうな ﹁ なめとこ山 ﹂ らしい 〝 山 〟 もない ︒
だから街や都市・都会の人混みのなかで ︑﹁ 自然と共生 ﹂﹁ 生態系を守
ろう ﹂﹁ 生物多様性を保護しよう ﹂﹁ 環境にやさしい○○ ﹂﹁ 持続可能
な△△ ﹂ と叫ぶだけではなく ︑物語のなかの ﹁ なめとこ山 ﹂ でもなく ︑
また 〝 熊 〟 だけでもなく ﹁ 生物多様性 ﹂ に満ちた ︑ 本当の山に出かけ
千 葉 貢
て見るべきではなかろうか ︒ なるほど 〝 熊 〟 に襲われるのではないか
という不安があり ︑ 確かに襲われる危険も伴うだろうが ︑ 注意深く散
策すれば ﹁ 聞くと見るとでは大違い ﹂ と言われるように ︑ 輪廻転生す
る因縁生起の ﹁ 可 惜﹂ 命 に覚醒し ︑ 自らが環境の尊厳 ︑ 生態系の倫
理などについて考えざるを得ない機会 ︑貴重な実地体験になるだろう ︒
如何なる命も一つ一つ別々で限られており ︑ 決して自由ではないとい
う真実を ︑ 身をもって知るであろう ︒ だから ︑ 熊撃ちの名人だという
猟師 ・淵沢小十郎の命も ︑﹁ なめとこ山の熊 ﹂ の命も ︑ お互いに一つ
だという同じ尊厳に包まれている ︒ それぞれ掛け替えのない一つの命
なのだという真実を承知している人間が ︑ 何よりも正確に考え ︑ 適切
に行動しなければならない ︒ ひとりで考えることは出来るが ︑ 行動は
他人との関係を求め連携をつくる ︒ 確かに人間の考えによって商売が
生まれ ︑猟師という暮らしを営むようになった ︒ 賢治は商売も猟師も ︑
人間の思考によって打算的につくられた ﹁ 因果 ﹂ だとして諦めている ︒
環境には国境も県境もないのだが ︑ 環境や政策に拘束される生業が
あり ︑暮らしがある ︒ 淵沢小十郎は猟師である ︒ それでいて小十郎は ︑
次のように語りかける ︒
小十郎はぴったり落ち着いて樹をたてにして立ちながら ︑ 熊の月
の輪をめがけてズドンとやるのだった ︒
すると森までががあっと叫んで熊はどたっと倒れ ︑ 赤黒い血をど
くどく吐き ︑ 鼻をくんくん鳴らして死んでしまうのだった ︒ 小十郎は鉄砲を木に立てかけて ︑ 注意深くそばへ寄って来て ︑ 斯
う言うのだった ︒
﹁ 熊 ︒ おれはてまえを憎くて殺したのでねえんだぞ ︒ おれも商売
ならてめえも射たなけあならねえ ︒ ほかの罪のねえ仕事をしてえん
だが畑はなし ︑ 木はお 上 のものにきまったし ︑ 里に出ても誰も相
手にしねえ ︒ 仕方なしに猟師なんぞしるんだ ︒ てめえも熊に生まれ
たが因果なら ︑ おれもこんな商売が因果だ ︒ やい ︑ この次には熊な
んぞに生まれな よ
︒ ﹂
18小十郎は ﹁ ほかの罪のねえ仕事をしてえんだ ﹂ と自覚しながらも ︑
殺生も商売も ﹁ 因果 ﹂ だと諦めている ︒ なぜ諦めざるを得ないのか ︑
それは ﹁ 畑はなし ︑ 木はお 上 のものにきまったし ﹂ という所有権を
めぐってつられた法律 ︑ あるいは政策によって然らしめられた不自由
であり ︑ 苦渋の選択に伴う生業である ︒ だから猟師という生業は ︑ 殺
生や商売を含む数々の 〝 因果 〟 に基づいて成り立っている ︒〝 因果 〟
だという商売も ︑ 決して小十郎の意向に沿ったものではない ︒ それで
も小十郎は ︑ 山を下 りて町なかへ 〝 商売 〟 に出かける ︒ いつもの荒物
屋の主人 ︵ 旦那 ︶ と交渉する 〝 商売 〟 の様子が描かれている ︒ あれこ
れと交わしたあと ︑ 遂に小十郎は 〝 背に腹はかえられない 〟 とばかり
に ︑ 意を決して 呟 くのだった ︒
小十郎はしばらくたってから ︑ しわがれたような声で言ったもん
宮澤賢治童話の“生死”考
だ︒
﹁ 旦那さん ︑ お願いだます ︒ どうか何ぼでもいいはんて買って呉
ない ︒﹂
小十郎はそう言いながら改めておじぎさえしたもんだ ︒ 主人はだまってしばらくけむりを吐いてから ︑ 今少しでにかにか
笑うのをそっとかくして言ったもんだ ︒
﹁ いいます ︒ 置いてお 出 れ ︒ じゃ ︑ 平助 ︑ 小十郎さんさ二円あげ
ろじゃ ︒﹂
店の平助が大きな銀貨を四枚小十郎の前へ 坐 って出した ︒ 小十郎はそれを押しいただくようにして ︑ にかにかしながら受け
取った ︒
それから主人はこんどはだんだん機嫌がよくなる ︒ とある ︒ ここには商売に欠かせない利害得失に関する打算 ︑ 策略 ︑
画策 ︑ 巧詐 ︑ 駆け引きなどの様子が描かれており ︑﹁ 二円 ﹂ だという
価格 ︑ その値段がどのようにして決められた ︵ 今でこそ市場原理と呼
ばれることも ︶ のか ︑ 資本主義社会の礎をなす貨幣や流通に関する経
済の知見に乏しいので分からない ︒ とかく ﹁ 生産と消費の兼ね合いだ ﹂
とか ︑﹁ 需要と供給の加減だ ﹂ などと聞くが ︑ 本当なのかどうか ︑ 確
かめようもなく請け売りするだけである ︒〝 採算をとる 〟 ために打算
的な画策はもとより ︑﹁ 女性活躍 ・ 行政改革大臣 ﹂ は ﹁ 国家公務員制度 ︑
消費者 ・食品安全 ︑ 規制改革 ︑ 少子高齢化 ︑ 男女共同参画社会担当 ﹂ で あ り︑ ﹁国 家 公 安 ・ 拉 致 問 題︑ 防 災 大 臣﹂ は︑ ﹁海 洋 政 策 ・ 領 土 問 題︑
国土強靱化担当 ﹂ などに加え ︑ 初めて創設された ﹁ 地方創生大臣 ﹂ と
いう名称と同じように ︑ 期待を抱かせるだけの最もらしい言葉で覆い
隠す ︑ 御為ごかしの偽装であると思うのだが ︑ どうだろう ︒ これは浅
はかな言葉遣いの濫用であり ︑﹁ 公 ﹂ の厚かましさ ︑ 傲慢さ ︑ 浅知恵
などの露呈である ︒ この手法は ︑ 見るからに漢字の表意性を利用した
熟語の羅列であり ︑見栄えを優先したであろう虚飾化である ︒ つまり ︑
商品の宣伝文句と同じようなもので ︑漢字の意味通りの行動が伴わず ︑
責任を果たすことなく ︑ 期待を与えて取り繕うだけという ︑ 御為ごか
しの典型であ る
︒
19そこで言いたいのは ︑ 田畑という 〝 土 〟 のなかで太陽の光りや熱 ︑
自然の風雨とともに数ヶ月間の時を要して育て ︑ 結実した米や麦など
の穀物をはじめ ︑ 野菜や果物に加えて魚介類に至るまでの値段や価格
と ︑ 工場などで生産を計画的に調整しながら量産される無機質な物と
を ︑ 市場原理だという同じ条件で決めてよいのだろうか ︒ 有機物と無
機物の違いに基づいた価値観や原理が必要なのではないか ︑ というこ
とである ︒ 徒 に画一化 ︑ 平均化 ︑ 類型化 ︑ 統一化を図り ︑ 同じ価
格や値段にしてしまう無粋な商業主義 ︑錯覚や幻想を生み出しやすい ︑
均質化経済とでも名づけたくなるような価値観や構造 ︑ 仕組みを是正
すべく ﹁ 自由主義 ﹂ にして ﹁ 市場原理 ﹂︑ ﹁ 国際化 ﹂﹁ グローバル化 ﹂
なのではなかろうか ︒ なるほど今も猶 ︑ 不自由な仕組みや構造の 歪
みを承知しながら ︑ 原理の改善や制度の改革を目指し ︑ 試行の結果に
千 葉 貢
至る過程 ︑試練の実現に向かう途上を歩いているのであろう ︒ だから ︑
これまでの変化がこれからの変化を引き出し ︑ 自他共に変化を伴いな
がら時を刻むだけなのであろう ︒ 私は今を生き ︑賢治はその時に生き ︑
現実の悪習を見抜いており ︑ 虚構に等しい仕組みに対して嫌悪感を示
している ︒
いくら物価の安いときだって熊の毛皮二枚で二円はあんまり安い
と誰でも思う ︒
実に安いし ︑ あんまり安いことは小十郎も知っている ︒ けれども
どうして小十郎は ︑ そんな町の荒物屋なんかでなしに ︑ ほかの人に
どしどし売れないか ︒ それはなぜか大抵の人にはわからない ︒
けれども日本では狐けんというものもあって ︑ 狐は猟師に負け猟
師は旦那に負けるときまっている ︒ ここでは熊は小十郎にやられ小
十郎は旦那にやられる ︒ 旦那は町のみんなの中にいるからなかなか
熊に食われない ︒ けれどもこんないやなずるいやつらは ︑ 世界がだ
んだん進歩すると ︑ ひとりでに消えてなくなって行く ︒
僕はしばらくの間でも ︑ あんな立派な小十郎が ︑ 二度とつらも見
たくないような ︑ いやあなやつにうまくやられることを書いたの
が ︑ 実にしゃくにさわってたまらない ︒
﹁ 僕 ﹂ は言うまでもなく作者の宮澤賢治であり ︑ 賢治の造語と思わ
れる ﹁ 狐けん ﹂ こそが ︑ 今日も強いられている ﹁ 自由主義 ﹂ や ﹁ 市場 原理 ﹂︑ ﹁ グローバル化 ﹂ などの別称であり ︑ 風刺や皮肉を込めた比喩
であろう ︒ だから ﹁ 狐けん ﹂ を用いる社会では ︑ 画策や策略 ︑ 作為を
めぐらし ︑ 利害得失の打算に拘泥 ︑ 固執する ︒ そのために騙した騙さ
れた ︑ 訴えた訴えられた ︑ 儲けた損した ︑ 値段 ︵ 株価 ︑ 為替なども ︶
が上 がった下 がった ︑ などという会話が飛び交い ︑ 報道が頻繁に繰り
返されたり ︑ エコノミストと称する評論家や専門家による 真 しやか
な解説を聞かされたりと ︑ なかには ﹁ 濡れ手で粟のぶったくり ﹂ とい
う荒稼ぎの方策に心血を注ぎ ︑ 仕組みの解読に余念がない ︒ 他 にも
一攫千金の白昼夢 ︵﹃ 荘子 ﹄ 内篇 ﹁ 胡蝶の夢 ﹂︶ を追いかけ ︑各種のゲー
ムをはじめ ︑ 過激な宣伝に煽られるためか ︑ ○○ジャンボ宝くじを購
入する人が増えるのも無理からぬのである ︒ 二言目には ﹁ 儲かるから ﹂
と気を引いたり ︑﹁ 楽で ︑ 簡単だから ﹂ と誘ったりする ︒ そこには ﹁ 巧
詐は拙誠に如かず ﹂︵ ﹃ 韓非子 ﹄ 説林篇 ︶ という含蓄に富む箴言や ︑ 意
味深長な教訓はない ︒ 甘言は ︑ 還元や換言 ︑ 諫言などと異なるのだか
ら ︑ いい加減であってはならない ︒
お金を儲けたい ︑ と強く願う人は ︑ お金を御神体として仰ぎ奉る新
たな信者と思われるから ︑昔ながらの ﹁ 商売繁盛の伏見稲荷大社 ﹂ も ︑
油揚げなどのお供えものだけではなく ︑﹁ 神様も弱り果ててる絵馬の
数 ﹂ を承知していることであろう
︒ またしても ﹁ 欲深き/人の心と/
20降る雪は/積もるにつれて/道を忘れる ﹂ だけではなく ︑﹁ 足ること
を知る者は富める者である ﹂︵ ﹃ 老子 ﹄ 第三十三章 ︶ という抑制する箴
言も教訓も無用なのであろう ︒
宮澤賢治童話の“生死”考
賢治は日常生活を営み ︑種々の活動を通して時の社会全般を観察し ︑
身をもって実感していたことであろう ︒ その象徴が ﹁ 狐けん ﹂ という
造語であろう ︒﹁ 狐けん ﹂ とは ︑ 商品経済の ﹁ 市場原理 ﹂ という仕組
みや構造の本質を看破した批判であり ︑ 比喩である ︒ いずれも賢治の
慧眼と感受性の具現である ︒ 賢治のいう ﹁ 狐けん ﹂ は ︑ 無常の世を凌
ぐ手段であり ︑ やがて解消すべく仕組みである ︒ 何よりも掛け替えの
ない命の尊厳や継承について考え ︑ 限りある ﹁ 可 惜﹂ 命 を愛惜すれ
ば ﹁ 狐けん ﹂ の虚しさを覚えることであろう ︒
こんな風だったから小十郎は ︑ 熊どもを殺してはいても決してそ
れを憎んではいなかったのだ ︒ ところがある年の夏 ︑ こんなような
おかしなことが起こったのだ ︒
小十郎が谷をばちゃばちゃ 渉 って一つの岩にのぼったら ︑ いき
なりすぐ前の樹に大きな熊が猫のようにせなかを 円 くしてよじ
登っているのを見た ︒ 小十郎はすぐ鉄砲をつきつけた ︒ 犬はもう
大 悦 びで樹の下に行ってそのまわりを恐ろしく馳 せめぐった ︒
すると樹の上の熊はしばらくの間 ︑ おりて小十郎に飛びかかろう
か ︑ そのまま射たれてやろうか ︑ 思 案 しているらしかったが ︑ い
きなり両手を樹からはなしてどたりと落ちて来たのだ ︒
小十郎は油断なく銃を構えて打つばかりにして近寄って行った
ら ︑ 熊は両手をあげて叫んだ ︒﹁ お前は何がほしくておれを殺すん
だ︒ ﹂ ﹁ ああ ︑ おれはお前の毛皮と ︑ 肝のほかにはなんにもいらない ︒
それも町へ持って行ってひどく高く売れるというのではなし ︑ ほん
とうに気の毒だけれどもやっぱり仕方がない ︒ けれどもお前に今ご
ろそんなことを言われると ︑ もうおれなんどは何か ︑ 栗かしだ
0
実で
0も食っていて ︑ それで死ぬならおれも死んでもいいような気がする
よ︒ ﹂
﹁ もう二年ばかり待ってくれ ︒ おれも死ぬのはもうかまわないよ
うなもんだけれども ︑ 少しし残した仕事もあるし ︑ ただ二年だけ
待ってくれ ︒ 二年目にはおれも ︑ お前の家の前でちゃんと死んでい
てやるから ︒ 毛皮も肝 袋 もやってしまうから ︒﹂
小十郎は変な気がしてじっと考えて立ってしまった ︒︵ 中略 ︶ それからちょうど二年目だったが ︑ ある朝小十郎が ︑ あんまり風
が烈 しくて ︑ 樹もかきねも倒れたろうと思って外へ出たら ︑ ひの
きのかきねはいつものようにかわりなく ︑ その下のとろに始終見た
ことのある赤黒いものが横になっているのだった ︒ ちょうど二年目
だし ︑ あの熊がやって来るかと少し心配するようにしていたとき
だったから ︑小十郎はどきっとしてしまった ︒ そばに寄って見たら ︑
ちゃんとこの前の熊が ︑ 口からいっぱいに血を吐いて倒れていた ︒
小十郎は思わず 拝 むようにした ︒ とのことだから ︑﹁ この前の熊 ﹂ は小十郎との約束通り自らの命を
絶ち ︑ その身を捧げたのである ︒ この約束に報いるべきは ︑ 人として
千 葉 貢
の道を究めることである ︒ 熊が自らの命を絶つ︱︱これは創作された
賢治童話のなかの寓話なのだけれども ︑﹁ 事実は小説よりも奇なり ﹂
とのことで ︑ 他の動物や植物も含め人間によって 〝 生 〟 を絶たれ ︑ そ
の 〝 死 〟 と交換するかのように人間の命を生かし ︑〝 おもてなし 〟 に
徹して来たのではなかろうか ︒ 人間一同は ︑ 物語のなかの小十郎に限
らず多種多様な ︑ しかも無数の命を奪いながら生き永らえ ︑ 保持し続
けて来たという事実を顧み ︑ その 〝 おもてなし 〟 に報いるべく感謝を
忘れてはならないだろう ︒ 人間自らの存命のために ︑ どれほど多くの
命を犠牲にして来たことか ︒ それでいて自らの命には限りがあり ︑ 償
いの時も報いる時も短いではないか ︒ だから ︑ せめて猟師の小十郎と
共に ︑次のような事態について少しでも考えたい ︒﹁ 鹿王 ﹂のなかの ﹁ 鹿
ノ王ノ云ク ﹂ として ︑
傍 ノ村ニ 一 ツノ 孕 メル鹿 シ有り ︒ 今 日ノ次 イデニ 当 レリ ︒ 孕メ
ル子 未 ダ不 生マズト 愁 フルヲ聞クニ ︑ 難
忍 ケ レ バ
︑ 吾 レ
替 テ死
ナムトスル也 ︒
とあり ︑ いかがであろうか ︒ 約束を守った熊も ︑ 同じような真心や
覚悟 ︑ 決意 ︑ 決断に基づく実行であったと思われるのだが ︑ どうだろ
う ︒ 約束を守った熊は ︑約束を反 故にすることも可能であったろうし ︑
生き永らえることも出来たであろう ︒ だが ︑ その代わりに別の熊が狙
われ ︑ 犠牲を強いられるだろう ︑ という必至の相手のことを思い ︑ 共 に追われる苦難の状況を省察したことであろう ︒﹁ 少しし残した仕事
もあるし ︑ ただ二年だけ待ってくれ ︒﹂ と哀願していたのだから ︑ 恩
義の延命に与っているという自責の念に駆られたのかも知れない ︒ 即
ち ︑ 熊は約束を守って仲間の熊を救済したのである ︒ その知行合一に
ついて ﹁ 熊ノ王 ﹂ や小十郎に代わって ︑﹁ 鹿 王 ﹂ のなかの ﹁ 国ノ王 ﹂
が覚醒し開眼したうえで述べた ︑ 悔悟の文言を捧げたいと思う ︒﹁ 国
ノ王 ﹂ は ︑ 猟師の小十郎と同じように ︑﹁ 国ノ 王 大 キニ 悲 テ涙ヲ流
シテ 宣 ハク ﹂ として ︑
吾 レハ 諸 ノ命ヲ殺シテ 己 ガ身ヲ 養 フ︒ 汝 ハ物ノ命ヲ 済 ヒ
テ己ガ身ヲ 捨 タリ ︒ 悲シクモ有ル哉 ︒
トテ ︑ 偈 ヲ説 テ云 ク︑
我ハ是実ノ畜生也 ︒ 名付テ人ノ頭ラ也鹿ト可為シ ︒ 汝ハ是畜生
ナリト雖モ ︑ 名付テ鹿ノ 頭 ラナル人ト可 為シ ︒ 実 ヲ 持 テ人ト
為ス ︒ 形ヲ持テハ人ト不 為ズ ︒ 吾レ今 日ヨリ 始 テ 諸 ノ鹿 ヲ
不 食ハジ ︒
とのことだから ︑ 熊の霊を悼み悔悟したに違いない ︒ ただし ︑ 小十
郎が ﹁ 国ノ王 ﹂ と同じように ︑﹁ 吾レ今日ヨリ始テ諸ノ熊ヲ不捕ラジ
0 0 0 0 0
﹂
0と宣言したかどうかは分からない ︒
やがて ︑ 小十郎は ﹁ 熊捕りの名人の淵沢小十郎がそれを片っぱしか
ら捕ったのだ ︒﹂ と言われながらも ︑ ある日のこと ︑﹁ 小十郎がびっく
宮澤賢治童話の“生死”考
りしてうしろを見たら ︑ あの夏に眼をつけておいたあの大きな熊が ︑
両足で立ってこっちへかかって来たのだ ︒﹂ そして︱︱︱
小十郎は落ちついて足をふんばって鉄砲を構えた ︒ 熊は棒のような両手をびっこにあげて ︑ まっすぐに走って来た ︒
さすがの小十郎もちょっと顔いろを変えた ︒
ぴしゃっと言うように鉄砲の音が小十郎に聞こえた ︒ ところが熊
は少しも倒れないで ︑ 嵐のように黒くゆらいでやって来たようだっ
た ︒ 犬がその足もとに噛み付いた ︒ と思うと小十郎は ︑ があんと頭
が鳴って ︑ まわりがいちめんまっ青になった ︒ それから遠くで斯う
言うことばを聞いた ︒
﹁ おお小十郎 ︑ お前を殺すつもりはなかった ︒﹂
もうおれは死んだ ︑ と小十郎は思った ︒ そして ︑ ちらちらちらち
ら青い星のような光が ︑ そこいらいちめんに見えた ︒
﹁ これが死んだしるしだ ︒ 死ぬとき見る火だ ︒ 熊ども ︑ゆるせよ ︒﹂
と小十郎は思った ︒ それからあとの小十郎の心持ちはもう私にはわ
からない ︒
小十郎の鉄砲は ︑ 慌てたためか ﹁ ぴしゃっと ﹂ しただけで不発だっ
たのであろう ︒ だから ﹁ 熊は少しも倒れないで ︑ 嵐のように黒くゆら
いでやって来て ﹂﹁ があんと頭が鳴ってまわりがいちめんまっ青になっ
た ﹂ のであろう ︒ そして ︑﹁ おお小十郎 ︑お前を殺すつもりはなかった ﹂ と聞いたのであろう ︒ 小十郎は熊の逆襲によって死んだのである ︒ 進
歩の象徴であり ︑ 文明の利器だと称する鉄砲の不発は ︑ 当時の鉄砲に
限らず ︑ 進歩したという多くの文明の利器に囲まれ ︑ 多用しながら暮
らしている今日とて ︑ 想定外の不具合や故障はもとより事故など ︑ い
つでもあり得ることを承知し ︑ 覚悟しなければならないということを
教示しているのである
︒ 文明の利器と称される機器や器具 ︑ 道具な
21どの新発売にあたり ︑﹁ 高品質 ︑ 高性能 ︑ 多機能 ﹂ に加え ︑﹁ 安くて便
利で ︑ 操作が簡単 ﹂﹁ 小さくて軽く ︑ 安心 ︑ 安全 ﹂﹁ 環境にやさしく ︑
経済的 ﹂ などという文言を組み合わせ ︑ 繰り返し報じられ ︑ 消費者を
洗脳し ︑ 購入意欲を駆りたてる ︒ J R 東日本では 〝 行くぜ ︑ 東北 ︒〟
のもとに ︑﹁ この先に ︑ 秋を待たせています ︒﹂ と ︑ 車体に添えて ﹁ メー
ルじゃ会えない ︒ レールで会おう ︒﹂ と謳い ︑世界遺産 ﹁ 旧富岡製糸場 ﹂
の絵を背景にして ﹁ 古きを知る ︑ 新しきを乗る ︒﹂ などという洒落た
文言の力を借りて乗客の獲得に努めている ︒ いずれの誘いも安全や安
心と一緒に願いたい ︒
文明は武器の進歩に等しい現象である ︒ 文明の利器とも喩えられる
〝 鉄砲 〟 だけではなく ︑ 無機質なモノの大量生産と大量消費に伴う多
様で ︑ 不可解な状況を多発させ ︑ 資源や原料の獲得競争に心血を注ぎ ︑
自然環境に依存すればするほど生態系の破壊に至るという ︑ 輪廻転生
の必然を狂わしめるだけである ︒多くの無機質なモノを所持すること ︑
囲まれることが豊かな生活だとして享受し依存すれば ︑ さらには人間
の生態系までが破壊され ︑ 人ひとりの生存の危機だけではなく ︑ 生命
千 葉 貢
の継承や再生などの可能性を阻害し ︑ 窮地に 貶 められる ︒ 無機質な
モノの再生や賦活は ︑ 計画的に取り組むことも可能であろうが ︑ 人間
の再生は人間としての尊厳を理解し ︑ 心情にも配慮する必要がある ︒
なかなか容易なことではない ︒
人間の再生︱ ︱ ︱機械の操作とは異なり ︑〝 心情 〟 という複雑な要
素を秘めており一筋縄にはいかない ︒ それでも進歩したという最新の
利器を多用し ︑ 体外受精や代理出産などにて生命の計画的な生産
0
が可
0能になったという ︒ 昨今では少子高齢化対策 ︑ 子育て支援だけではな
く ︑〝 アベノミクス 〟 の推進を掲げるリーダーシップのもとで ︑ 経済
再生や財政再建に加えて ︑ 地方創生 ︑ 国土の強靱化 ︑ 景気の回復が期
待されている ︒ その影響でもなかろうが ︑ 大阪に 〝 あべのハルカス 〟
という愛称なのであろうか ︑ 地上六〇階 ︑ 地下五階 ︑ 高さ三〇〇メー
トルもの超高層ビルが建設され ︑ 横浜の 〝 ランドマークタワー 〟 より
三メートル余り超えて日本一になった ︑ とのことである ︵ 二〇一四年
三月七日オープン ︶︒ 意識しての三メートル余りなのかどうか ︑ 知る
余地もないが ︑ 高さを競い合うのも景気の回復を願う反映であり ︑ 経
済の複合効果なのであろうか ︒
さらに聞けば ︑ 日本一になった超高層ビル 〝 あべのハルカス 〟 のマ
スコットキャラクターが 〝 あべのべあ 〟 とのことであり ︑〝 ぬいぐる
みの熊 〟 が愛嬌を振りまきながら観光客を迎えているという ︵ 六〇階
の最上階が ︑ 回廊の展望台 〝 ハルカス三〇〇 〟︶ ︒ マスコットの名称や
姿形からして 〝 熊 〟 を思い浮かべるのだが ︑ 上から読んでも下から読 んでも 〝 あべのべあ 〟 という 回 文
︵回 し文
︶ にも気づくであろう ︒
大都市である大阪の ︑しかも日本一になったという超高層複合ビルの ︑
マスコットキャラクターに ︑ なぜ 〝 熊 〟 が出現したのか確かめようも
ないが ︑〝 あべの 〟︵ 阿倍野区阿倍野筋一丁目という場所ながら ︑〝 べ
あ ︵ 熊 ︶〟 とは呼んだり書いたりしない ︶〝 べあ 〟 を複合語化して 回
文 化 を意図したものであり ︑ 遊び心を重ねたものであろう ︒
こうして物語のなかの 〝 熊 〟 だけではなく ︑ 都市や都会と呼ばれる
なかに 〝 あべのべあ 〟 やくまモン ︵ 熊本県 ︶ が出没するようになり ︑
可愛いぬいぐるみの 〝 熊 〟 との触れ合う機会が多くなった ︒ だから 〝 熊
を見に都会へ行こう 〟 と呼びかけることも出来るだろう ︒ 山里の熊は
時折り人里に出没して追われ ︑ 都会の熊は檻に囲まれるばかりではな
く ︑ 年中多くの人々に歓迎されるようになった ︒ 熊も人里を恋しがる
ようになり ︑ 仲良く共存したいという求愛行動なのであろう ︒ お互い
に理解し合い共存し合うことこそが命の究極であり ︑ 現代を生き抜く
試練に他ならない ︒ お互いの命に続く命を思えば ︑ 生まれてくる命の
待たれるなかで ︑ すでにある ﹁ この世の命 ﹂ は老いるけれども ﹁ この
世に花 ﹂ を咲かせることだろう ︒〝 花に嵐 〟 の喩えもあるように 〝 君 ︵ 鹿
も熊も豚も含めて生きとし生けるもの ︶ こそ我が ﹁ 可 惜﹂ 命 〟な の
だから ︒
︿注﹀