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国際政治学からみた集団的自衛権

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Academic year: 2021

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司会(山本)それでは時間になりましたので,法学会講演会を開催いたします。A 両面印刷のレジュメが 枚ありますので受け取ってください。もう 枚,講師の先生の プロフィールを紹介した資料がありますので,講師の先生の紹介をさせていただきます。

本日お越しいただいたのは東京外国語大学教授の篠田英朗先生です。早稲田大学政治 経済学部をご卒業後,政治学研究科修士課程を修了され,その後ロンドン大学国際関係 学部博士課程を修了されまして,国際関係学のPh. D.を取得されております。学生時代 より難民救済活動に従事され,国連カンボジア暫定統治機構では投票所の責任者として 勤務した経験もお持ちです。 年から広島大学平和科学研究センター助手,その後 は同センター及び広島大学大学院国際協力研究科准教授を経て, 年より東京外国 語大学総合国際学研究院教授に就任されております。その間,ケンブリッジ大学ロータ ーパクト国際法研究センター及びコロンビア大学の人権研究センターの客員研究員を歴 任されております。大学の外では,日本平和学会の理事,特定非営利活動法人ピースビ ルダーズの理事,そして一般社団法人広島平和構築人材育成センターの代表理事などを 務められ, 年から外務省の委託で平和構築人材育成事業,平和構築・開発におけ るグローバル人材育成事業の実施団体の責任者として指揮をされております。篠田先生 の主要著書はプロフィールの資料にも抜粋しておりますが, 年に刊行された『平 和構築と法の支配−国際平和活動の理論的・機能的分析』で朝日新聞社の第 回大佛次 郎論壇賞を受賞されました。さらに 年の『国家主権という思想−国際立憲主義へ の軌跡』では,第 回サントリー学芸賞を受賞されました。 年に刊行された『集 団的自衛権の思想史−憲法九条と日米安保』というご著書が, 年の今年,第 読売・吉野作造賞を受賞されました。

国際政治学からみた集団的自衛権

篠 田 英 朗

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本日の講演テーマは「国際政治学からみた集団的自衛権」ということで,先ほどの

『集団的自衛権の思想史』が受賞されたこともあり,今回のご講演では最先端の議論を 披露していただける貴重な機会となります。篠田先生,どうぞよろしくお願いいたしま す。

篠田 山本先生,大変詳細かつご丁寧なご紹介をいただきましてありがとうございます。

皆さん,わざわざお越しいただきましてありがとうございます。ご紹介いただきました 篠田です。まずお詫びしなければいけないんですけど,昨日ヨーロッパにしばらくいて から帰ってきたんですが,帰ってくるところでオランダの空港が大雪でキャンセルにな りまして,ものすごい時間をかけて何とか戻ってきて,朝方も中央線で人身事故があっ て 本飛行機を乗り遅れてしまったんですね。幸い,慌ててその後の飛行機に乗ること ができて何とかたどり着いたんですけども,結果として 時間講演の開始を遅らせざる を得なくなったということで,いろいろご予定を立てていただいている方がいらっ しゃったとしたら,大変申し訳なく思います。お詫び申し上げます。

オランダにいたのは実は今,ICC(International Criminal Court)に出入りするポジショ ンを得ていまして,本当に出入りしていて,毎日通ったりしながらまた日本に戻ってき たりとか,行ったり来たりの生活をしています。その間にもこちらにもお招きいただい てせっかくの機会なので,皆さんと交流できればいいなと思ってやってきたわけです。

私の理解が正しければ,山本先生の国際法の授業の履修者が中心ということなので,

国際法について学びながら私の話がどこかで役に立つところがあればという思いで話し ます。題名は山本先生からのご推薦もあり,「国際政治学からみた集団的自衛権」とい うことにしました。せっかく山本先生じゃない者がしゃべりますので,全く関係ない,

多少違うところから切り込んだ話をしたいと思います。私は専門が国際政治学なので,

国際政治学の方面からみた同じ問題,国際法の問題ですね,特に集団的自衛権は私が出 した本の題名にも入っているので,このあたりを切り口にして話をしていきます。すで に私が作ったレジュメを配布していただいていますが,これだけ見てもらえれば良いと いう意味で資料を作りました。これを見ながらメモを取ってもらったり,質疑応答がで きればと考えています。

今日の話は「国際政治学からみた集団的自衛権」という題名なので,私が昨年出した

『集団的自衛権の思想史』という本に関連した内容になります。実は本来の専門は,例 えば新書でいうと『平和構築入門』という本があって,これが本当の専門に近いものな んです。平和構築って何ですかという質問に対して一言で答えると,平和を創るための

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活動についての研究ということです。それはどんなことなのかというと,世界のいたる ところで紛争が起こっていて,その紛争をどうやって終わりにするのか,終わったらもう 一回紛争が起こらないようにするためには,どういうことが必要なのかということを考 えて,政策にして実施していくのが,世界中の人がピースビルティング(Peace-building)

と呼んでいる問題領域であり,PKO(Peace-keeping Operation)と呼ばれる平和維持活動 は,これも広い意味での平和構築の一環だということになります。

平和構築の研究が本当の専門なんですが,集団的自衛権はそういったPKOの活動を するときにすごく重要になります。日本にいるとあまり感覚はありませんが,アフリカ でたくさん紛争が起こってその後に国連がPKOを入れます。そのときにAU(African Union),アフリカ連合ですね,これといろんな協力をしながら入るんです。かなり大そ れた協力の仕方,一緒に一つのPKOの組織を統合して運用してみたり,時系列的に協 力してみたり,つまり今年までは俺がやったんで,来年からはAUさんで頼むとか,一 番ハードなところは国連でやりにくいのでAUでやってくれないかとか,武器をたくさ ん使ったりする活動とか,いろいろな連携をしています。国連の場合は安全保障理事会 の決議で,これは山本先生の授業で私が言うよりはもっと精緻にやっていると思います が,安全保障理事会,これは国連憲章第 条で国際の平和と安全に主要な責任を負う と定められている非常に特殊な機関ですが,安保理の決議があって国連PKOのミッショ ンが設立されます。時には国連憲章の第 章の強制措置の権限を伴ってPKOを行って いく,また過去 年くらいのPKOにはほぼ全て,憲章第 章の強制措置の権限が入る ようになりました。

ではAUは何を根拠にして活動しているのでしょうか。アフリカ連合から話を広げる と,ECOWAS(Economic Community of West African States)というのが,サブリージョ ナル,準地域機構として西アフリカにあります。これはもともと経済共同体なんですが,

西アフリカの準地域機構として存在します。南にはSADC(Southern African Development Community)があり,東には南スーダンの和平にも関与しているIGAD(Inter Governmental Authority on Development)といった,いろいろな準地域機構が平和構築活動をやってい ます。国連安保理が名指しでAUに権限を委譲する場合もあります。国連が承認してい る場合ですね。ソマリアのケースだとPKOミッションをAUAMISOM(African Union Mission in Somalia)がやって,国連がサポートに回っています。安保理がかなりストレ ートに地域機構の活動を認知する場合もありますが,そうではなく速攻で地域機構が活 動していく場合,安保理の決議なんか待っていられないとか,多少言われていないこと もやるかもしれないという場合もあるかもしれません。そういうときに何を根拠にして やっていくのかというと,集団的自衛権が根拠になるんです。西ア フ リ カ に あ る

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ECOWASというのは大変活発な活動をしていますが,シエラレオネ,リベリア,コー トジボワール,去年あたりはガンビアで政変があった時に紛争予防のための事実上の武 力介入をしたりしました。なぜそんなにいろいろなことができるのか,いったいどうい う法的権限があるのかというと,ECOWASという地域機構は,自分たちの地域のこと は自分で面倒をみるよと,安全保障をするよというふうに言っているからなんです。そ んな勝手なことをしていいのかと思う人もいるかもしれませんが,国際社会の主流は,

まあいいんじゃない,ぜひやってくださいよというふうになっているんですね。普遍的 な国際機関と言える国際連合それ自体と地域機構が微妙な関係,複雑な関係,いろいろ 素直な関係を持ちながら協力しているというのが現実だということで,私の専門の平和 構築の観点からも,集団的自衛権の運用というものはすごく重要かつ,最近の流行といっ てもいい問題なんですね。

ところがこれは皆さん,大学に入っていなければ高校生くらいだったかもしれません が, 年の閣議決定で,日本の話ですが,集団的自衛権の一部容認というのがあり ました。 年の閣議決定の前には安倍晋三総理大臣が設定した特別な諮問委員会み たいな,有識者会議みたいなのが形成されて,ぜひ解禁するべきだ,集団的自衛権は違 憲だということになっているけど,そんなことはないので解禁するべきだという答申を 出しました。それを受けて,なるほど識者の方々もそうおっしゃっているので首相であ る私もそうしようと思うと,まあわざとらしいんですけどね。自作自演じゃないかとみ んな批判するんですけど,一応専門家の意見も聞きながらやりましたということですね。

有識者会議で非常に評判が悪かったのが,憲法学者がほとんどいない,実際にはいたん

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ですけど,数が少なかった。ほとんどの人たちは国際政治学者でした。国際政治学者っ て誰かというと,私がメインにしている学会,国際政治学会の偉い先生方なんですね。

もう歴代の理事長とかが並んでいて,事実上の座長だったのが北岡伸一先生という,我々 の業界でとても偉い先生でした。そのお弟子さんで細谷雄一という慶應の教授がいて,

細谷さんは私より少し若いくらいの方で,北岡先生に言われてちょっと世代が若いのに 入ったんですね。そして閣議決定の次の年の 年に,安保法制とか平和安保法制と か様々な言い方がありますけど,私は安保法制と呼んでいますが,これが正式に法律に なりました。いろいろなデモが起こって今でも立憲民主党という今年できた政党は,安 保法案は違憲であるというのを党是にして,この違憲状態の解消を目指して頑張るとい うことで, 議席かなんか獲得し,現在もせっせと民進党から議席を横取りしていま すんで,じりじり勢力を広げている野党第一党ということになっている。安保法制は,

国政上非常に重要な問題であるといえば重要な問題であるわけです。

まあ我々の業界からすると,もともと憲法学者が言っているのはおかしいと思ってい たんですね。国際政治学者ばっかりでだめだと言われて,そうかもしれないんだけれど も,我々のほうは自分たちは偏見に基づいて主張しているとは思っていなくて,あっち の方がおかしいんじゃないかと思っていて偏見を持っているんで,会話をしても解消さ れないですね。この話をすると,よくなんで大人の学者同士が話し合って解決しないん ですかと質問してくる人がいるんだけど,やっぱり大人になると抱えているものも多く なるので,意外と大人の方が解決しないんですね。今更ほにゃらら先生が寝返っても らったら困るというようなこともあるから,多少苦しくなっても頑張るという人がいる くらいですから,なかなか分かり合えない。

まして,この集団的自衛権のように角度が違うと,ほとんど言っていることが違う。

同じ言葉だけを,発音が同じ言葉だけを使っているんだけど,どうも同じ言葉として 使っているようには思えない。まさか憲法学者が集団的自衛権というのはECOWAS 問題だというふうには語ってくれないんですよね。安全保障理事会がそれをどういうふ うに参照してくれているかということも,基本的には関係ない。なんで関係がないとい うと日本国は憲法優位説をとっているからだというんだけど,憲法学者がそういってい るだけで,そんなこと法律には書いてないじゃないかという話になるということで,私 の友達の細谷雄一先生とかも非常にかわいそうな攻撃とかされて,結構誹謗中傷を受け ていました。

なんとなく個人的な関心があってこういうことを調べて書いたら,出版社から面白 かったから新書にしてもっと書いてくれと言われて,もう一冊書いてしまったのが『ほ んとうの憲法』という,これ,嫌な題名ですよね。戦後日本憲法学批判と書いてあって,

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これは憲法学者に嫌われるのは当たり前ですよね。当然というか,どう考えても好かれ ようと思っていないということなんですが,題名を考えたのは私じゃないんですよね。

こういうのはたいてい出版社が考えてくれます。私ならもっと地味な題名を考えるんで すが。書いていることは噓じゃないので別にいいのですが,私ももうやってもいいかな と思ったのでやったということで,面白がってブログとかにもいろいろ書いているので,

そのへんの話にご関心がある方がいらっしゃれば,質疑応答の時間を最後 分か くらいは最低限でも確保したいなと思うので,ぜひ質問していただければと思います。

今のが長いですが前振りで,これからレジュメに沿って集団的自衛権の方に入ってい きますが,今日のポイントということで つ書きました。すでに今の前振りのところで 何となく言いましたが,現在ここに存在している,ここというのは我々が生きている世 界ですね。 世紀の世界において集団的自衛権というのはホットイシューになってい ます。特に国際社会の秩序とか国際法秩序というものを考えたときに,集団的自衛権が どうやって運用されているのかということは,すごく面白い視点,重要な視点,あるい は複雑な問題があり,いろいろ考える必要がある問題です。

番目に書いてある国際政治史における集団的自衛権。これはどういうことかと言う と,現在,集団的自衛権は重要かつ複雑だということですが,急にそうなったわけでは なく,いろいろな段階を経てそうなってきたわけです。今ここで,目の前で起こってい ることを理解するのにも,当然のことながらここに至った理由や, 年前, 年前と いうことを知らないよりは知っていた方がいいということなので,集団的自衛権の歴史 的な背景をもう少し触れてお話ししたいと思っています。

点目ですね,日本国内の議論の様相からすると我々には関係ない,よその世界の話 だと,憲法学者からしてみたらそうですよね。憲法学が専門だからね。 点目,篠田は 最近私も覚えた単語なんだけど,従米主義者だとね。アメリカに従う主義だということ です。それは反論しないでおきますけど。決して従属しているつもりはないんだけれど も,ある程度従属しているのは現実なんで仕方ないんじゃないのと言っちゃってるのは 現実なんで,そのことは結構簡単に認めてはいるんですね。

なぜそうなったのかというのは大きく つあって, つ目の理由。現在の国際社会の 秩序はアメリカが主導して作ったものなんですね。アメリカだけが作ったわけじゃない ですよ。だけどアメリカ以上に貢献した国があるかというと,ちょっと思いつかないく らいにアメリカが大きな貢献をしていると。だから全部守らなきゃいけないということ ではないんですけれども。現実にある秩序を前提にしてそれを改変したい,いいところ や悪いところを選んでいこうというときに,アメリカという単語にふれたくない,と頑 張るととても苦しい。アメリカと発音したら,そらみた,お前はとにかくアメリカ従属

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主義だというということで,一切発音しないように心がけていますというのでは,とて もじゃないけど説明もできないので,一応現実はありのまま受け止めた方がいいのでは ないかという意味で,歴史的な背景を述べたいということですね。

国内の議論で最大のポイントになるのが憲法体制の関係,日本プロパーの問題ですね。

これはおまけの話,国際法の観点からいうとおまけの話だと思うんですが,一応本のご 紹介もしていただいたので,おまけとして最後の方に言っておきたいなというふうに 思っています。ポイントは,なんとなく集団的自衛権の観点から憲法を見ると,何か言 えるんですかということではなくて,我々国際政治学者は憲法が作られたその瞬間から 集団的自衛権があると思っているんですね。その証拠が日米安全保障条約であり,日本 は主権を回復してから一日たりとも日米安保がなく時間を過ごしたことがない。厳密に はサンフランシスコで平和条約を調印してから,吉田茂が別の部屋に行って日米安保条 約を調印するまでの例えば 時間, 時間の間だけ主権が回復した間,日米安保条約が なかったかもしれないですが,常に必ずあるんですね。その 時間の間にもちゃんと数 十万人の米軍が日本に駐留していた。 年にわたり,アメリカ,米軍,外国軍が駐留 し続けている。特殊な国家体制を持っている。唯一ではないですけど,わりあい珍しい 駐留体制ですね。

当初は 万人くらいいて,日米安保条約ができ,自衛隊を作って,現在自衛隊が 万人くらい。米軍が 万人くらいですかね。米軍 万人の駐留体制というのは韓国にも

万くらいしかいないですから。ドイツも同じくらいで 万。イラクやアフガニスタン はもう削減して 万人を切っていますので。世界的に見ても非常に高い水準の外国軍を

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駐留させ続け, 年以上の長きにわたってそれをやっているということを,あまり日 本の国家体制に関係ない事柄です,といっても無理,無理だということですね。それを 言うなって言われても,現実だから言わないというわけにはいかないじゃないか。この 現実を前に集団的自衛権について一切関わりを持たせず,発音もしないで説明するとい うのは,我々の感覚からすると一言でいうと無理なんですが,言っちゃいけないと言わ れるとどうなるのかというのが,霞が関や永田町で苦しんでいることだということです。

日本でしゃべっているのでおまけの話もしなきゃいけないということで,若干最後に触 れたいと思いますが。

はじめにというところから始めますが,すでに前振りでしゃべっていることをもう一 回まとめなおすようなことです。山本先生の授業でやっているので私が言う必要はない と思いますが,裏面をめくっていただくと,国連憲章第 条の文言だけ書いておきま した。すでに授業でやっていると思いますが,もう一回読みたいという人が授業の最中 にいたら大変すばらしいので,ここに引用したということですね。この 条に書かれ ているというのが集団的自衛権の実体法上の根拠,法律に書かれているんだということ ですね。日本国憲法には自衛権という言葉はないですけれど,国連憲章第 条に自衛 権という言葉はあるわけ。日本は国連憲章を批准して国連加盟国になっている。批准と いうのは単に行政官がサインをしただけではなくて,日本国憲法でいう国権の最高機関 である国会が審議して,そして承認したという意味で批准されているわけですね。日本 国憲法 条 項はそのような手続を経て成立した条約は憲法典として遵守を求めると いう,調和を求める体制になっているので,この 条は日本国が国権の最高機関を行 使して認めたものなんですけど,国連に加盟した時にやれないことはやれないけど,と いうことは言っているので, 条がやれないことだと主張すれば,やれないことなん だというところで争いが起こるということです。世界標準の議論はとにかく,国連憲章 条の解釈を中心に集団的自衛権を理解しようとしているということがポイントで すね。

この 条は国連憲章の中で第 章の最後に位置づけられて書いてあるわけですね。

おまけで入れられたんだという説もありますが,おまけだろうが何だろうが,とにかく 一部として存在しているんですね。第 章は国際の平和と安全を守るために様々な措置 をとると,国際連合,あるいは国連加盟国が様々な措置をとる,その中で最も強制力を 行使するいくつかの活動の内容や手続を定めたものということです。我々の通常の理解 では第 章が平和的手段による紛争解決で,第 章が強制措置を用いた紛争の解決とい うように分類するのが通常ということです。第 章の一番メインの議論は集団安全保障 といわれているものです。

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集団安全保障は国連憲章あるいは国連体制の中心,中核といっても国連憲章は何が特 徴かというといろんな原則やかっこいいことも書いてあるんだけど,集団安全保障は中 核中の中核ですね。安全保障理事会もActing under ChapterVII,決議の中でChapterVII というのを明示的に参照すると,最も強い権限,基本的には加盟国は一切逆らってはい けないという命令方式で,決議を出します。この根拠は国連憲章にあります。国連に加 盟している以上,一致団結,平和のために頑張るということを誓ったじゃないか,国連 加盟国 ありますが,あなた方すべての国は,みんなで協力して平和を守る活動に参 加するというふうに誓って国連に入ったんで,それは今この瞬間,具体的にはこれです よということを我々安全保障理事会が言ったら,なるほどそうか,じゃあそれをやりま しょうというふうに決まっている。やりたくないからやらないということはないはずだ というのが憲章第 章の集団安全保障の考え方ですね。

安保理になんでそんな強い権限があるのかというと,国連憲章にそう書いてあるから で,第 条で主要な責任を負っているわけですが,なぜ平和に対して主要な責任を負っ ているとそんなに偉いのかというと,国連憲章第 条では,この組織が作られた目的は 国際の平和と安全(international peace and security)の維持にあると書いてあって,その他 の開発や人権も重要なんですよ,ものすごく重要なんですが,どっちがより重要なのか といったら,それは比べるものじゃないけど敢えて言えば平和より重要なものはない。

これはとにかく重要だ。重要なものに必要な責任を負っているのが安全保障理事会なの で,それ以上に強い権威を持っている機関はないということになっている。

その強い権限の最高の行使手段が集団安全保障というものなんだと。第 条に自衛 権が記載されている。なぜ自衛権がこの憲章 章の中に入ってくるのかと言えば,山本 先生はもっと精緻な説明をすると思いますが,我々は雑駁な理解で言えば同じシステム の中の一部として理解されているから,あるいはされるべきだからと解釈するのが通常 ですね。自衛権は集団安全保障ではない。集団安全保障というのは国連加盟国が一致 団結,共通の平和の脅威に対抗して何らかの措置をとる行動,自衛権というのは個別的 に行うものなので,違うじゃないかと言えば違うんですが,ここは国連憲章が用意して いるいくつかの仕組みの一環で,集団安全保障は常に必ずうまくいくとは限らないし,

常に必ず採用されるとも限らない。ほとんどの場合採用されないかもしれません。そう なったとしてもそれは現実か形式的に言えば安全保障理事会の裁量の一環だということ になるので,ああ,安全保障理事会がやりたくないと言っている,うちらの国は占領さ れて滅ぼされるしかないんだというふうに各加盟国があきらめて,自分たちの国が攻め られているのを,何をされても呆然と見送らないといけないかというと,それはあまり にも非現実的。そんなことを決めてもだれもやるはずがないということなので,集団安

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全保障の体制の連続性を持った形で自衛権を置いている,という理解ですね。

戦争行為は憲章第 条 項で一般的に違法化されている。武力行使(use of force)とい う言い方で,一般的に違法化されているので例外措置は第 章に書いてあるものだけ。

加盟国全てが共通の脅威に直面していると安全保障理事会が認定する場合と,いや,安 全保障理事会は黙っているんだけど,そんなこと言っていたら俺の国は滅ぼされてなく なっちゃうし,いよいよやばいので自衛権は行使させていただきますという二つの例外 があるわけです。この二つの例外が戦争あるいは武力行使の一般的な違法化・禁止と,

一つの体系性をもって成立している。一貫した仕組みの中の一般的禁止と例外としての 二つの手段だったということなんですね。

ただしそこに集団的自衛権の問題が非常に微妙に関わってくるのが,集団安全保障は の加盟国が全員一致でやる。全員が動いてくれないときには の国がバラバラで やる。というイメージだけなんですが,よく読むと集団的自衛権というものが書いて あって,それは微妙じゃないということになるんですね。なぜ微妙なのかというと,単 純なイメージだとバラバラな国家がバラバラに存在しているだけで,これが合体して全 員になるかバラバラか,それだけだっていうイメージになる。これが集団安全保障の まったくオリジナルな考え方で,各国がバラバラに存在している,けれども全員一致で 共通の脅威に対抗するかもしれませんよ,やった方がいいんじゃないですか,というこ となんですね。このレジュメでは全体と個別の二元的世界観に基づいた考え方が,確か に集団安全保障のオリジナルかつベーシック,基本的な考え方だということになる。国 際連合の前にあった国際連盟の時代には集団安全保障が導入されたばかりだったので,

このイメージが国連憲章よりは大分強かった。

ところが集団的自衛権というのは,そういうものじゃないですね。いくつかの国が合 体して小さい集団を作って共通の脅威に対抗したりする。その中にもさらに小さい集団 があったりする。国連に加盟しているけどAUにも加盟していて,ECOWASにも加盟 しているナイジェリアとかですね。国連として平和維持をやるかもしれないし,AU して平和維持をやるかもしれないし,ECOWASとして平和維持をやるかもしれないし ね。それはおかしな行為なのかというと,ああいいんじゃない,間口がいっぱいあった 方がいいよ, つだけだとそれでうまくいかないときに行き詰まっちゃうから,という のが集団的自衛権というものを導入する最大の機能的な意味ですね。

国際連盟がうまくいかなかった後に国際連合ができて,集団的自衛権が正式に国際法 の一部になった。その背景にはもちろん第二次世界大戦の経験があって,連合国が事実 上の集団的自衛権を行使して戦争行為を行って,枢軸国をやっつけた。やっつけて国際 連合を作ったんですね。United Nationsというのは。日本じゃ使い分けますけど,もと

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もとは第二次大戦の連合国がUnited Nationsと言っていて,国連ができたときはUnited Nations Organizationと呼んだわけですね。彼らはポーランドが攻められちゃったんでド イツに戦争をするとイギリスが言っている,ああ,素晴らしい。そんな考え方で戦後の 体制も作っていこうということなんで,集団的自衛権が標準の規範になるようにという ことでやってきているわけです。日本なんかが個別的自衛権みたいなのを振りかざして 満州にも日本の権益があって,それを守るために自衛権を行使する必要があるんだと主 張するというのは,現在の国際法では邪道です。もしそんなことをしても遠く離れたイ ギリスやアメリカがちょっかいを出して,悪い奴イコール大日本帝国をやっつけてもい いというドクトリンで行動してもいい,というのが集団的自衛権。こっちの方が標準に なったということですね。

いくつかの重層的な安全保障の仕組みや秩序を導入するという大きな世界観の転換で すね。中間的なものがある。だけどそれは新しいといえば新しいのですが,現代の,

世紀後半以降の国際法秩序ないし国際政治学の考え方を表明したものでもあるんだとい うことです。昔の伝統的なヨーロッパの仕組み,これはウエストファリア条約のあたり からの仕組みですけど, 世紀後半になってくると,もともと国際政治から見てもい くつかの力を持った国に単位が還元されてきて,特にアメリアとソ連というご存知の二 つの超大国が戦争における,安全保障におけるチャンピオンで,この二つの国のどっち かにくっついていないと国際社会の安全保障のメカニズムからすると,ほとんど存在し ていないに等しくなってしまっていた。こうやって世界を二分して,ヨーロッパほどみ んな単純ではないんですけど,ヨーロッパは基本的な構図。世界を二つに分類して,安 全保障体制を作る。

私はよくこういう絵を見せて,皆さん高校の教科書で学んだと思いますが,NATO とワルシャワ条約機構,WTO,これは日本の教科書だとどっちかというと冷戦時代を 悪い行為であるかのように書いてあるんですが,我々国際政治学者はあんまりそう思っ ていなくて,冷戦期を通じてついにNATOWTOの域内では戦争が起こらなかった んですね。いろんな戦争が起こっていますけど,局地戦争とか。ハンガリー動乱やプラ ハの春のような騒乱はありました。米ソの冷戦の体制のせめぎあいもあるんですよ。実 際には本当の戦争行為には至らなかったですが。それにしてもNATOWTOの域内 全域で本当の戦争は起こらなかった。すべての戦争は域外で起こったんですね。我々は この集団的自衛権に基づく抑止体制が現在の国際秩序の要であるというふうに考えてい て,こういう考え方でやっていくしかないんじゃない,あるいはこれでいいんだよとい ういろんなニュアンスのある言い方をしていますが,現実の歴史を見るとこれはダメだ からやめようという気持ちにはならない。

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ということでこの二つの世界を分断した冷戦体制は何かというと,ここに書いてあり ますが本当は世界がすべて一つになる普遍的な集団安全保障が素晴らしく,それも存在 しているんですが,なかなかそれは実行に移されないのでどうしよう。仕方がないから 二つに分けてうまくいくかやってみよう,二つに分けてうまくいくんだったらそれで やってみない? ということで一つより二つだとちょっとややこしくて淋しいんだけ ど, あるよりは大分ましだから,二つでやってみようというのがこの赤い安 全保障体制と青い安全保障の地域に世界を分類するという考え方ですね。この根拠に なっているのは普遍的な集団的安全保障ではないので,集団的自衛権,第 条の援用 とか言われますが,第 条が最初から予定していた行為であるといっておかしいこと はない。それはどういう意味があるのかというと,このレジュメには地域的部分的集団 安全保障と書きましたが,個別,各国家がバラバラにとる自衛権と,世界が一致団結,

一つの共同体だよと言ってやる普遍的な安全保障の真ん中がないと,現実には何も運用 できない。真ん中というといろいろなやり方があるんだけど,例えばヨーロッパを二つ に割って赤と青に塗りつぶして二つあって淋しいんだけど,でも二つあるとうまくいく んじゃないかということでやってみるというのが,地域的,部分的集団安全保障として の集団的自衛権の運用なんです。

これは日本ではあまりはやらない考え方なんですが,今回,去年この本を書くときに いろいろ昔の文献とかを調べて,横田喜三郎という,現在の東大の国際法の先生の前の 前の前くらいの,戦中を生きて戦後すぐの時代に活躍し,非常に有名になったんで最高 裁判事にもなった人なんですが,日本の知識人からは非常に嫌われたのであまり有名で はないですね。好んで参照してくれる人がいないからなんですが。当時,彼が生きてい るときはものすごい有名で,私は地域的集団安全保障というのはもっと新しい概念かと 思っていたんですが, 本を書いていて調べていて面白かったことの一つが, 年代,

年代の初めに,すでに横田喜三郎は日米安全保障条約の擁護論を展開し,日米安保 は,安保条約に書いてあるんですが,集団的自衛権に基づくと。それは地域的な集団安 全保障であり,国連憲章と連動性を持つ国際法の標準的な考え方なんだということを強 く主張して,憲法学者から嫌われていたということです。

これが初めにというか大枠なんですが,さらにまた少し時間を使わせていただいて,

どうやってこのポイントまで来たのか,標準的な集団的自衛権の教科書的な絵だという ことになるんですが,この後に現在, 世紀になるとヨーロッパ以外にもいろいろな 地域機構が活発に活動して,さっきアフリカの機構を言いましたけど,西半球世界には 米州機構(OAS ; Organization of American States)というのがあって,事実上の集団的 自衛権の地域安全保障体制を作っている。一番活発なのが北大西洋条約機構(NATO),

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それからアフリカ,あるいは西半球世界のOASですが,アジアでは東南アジア諸国連 合(ASEAN)なんかも事実上の安全保障の仕組みをちょっとずつ,ちょっとずつです が近年強めつつある。南アジアには南アジア地域協力連合(SAARC)があってあまり 機能していないんだけど,中東にも湾岸諸国の機構とかいろいろなのがあって,活動し ていないわけではないというのが世界の, 世紀のトレンドになっている。 世紀後 半の経験を踏まえて広がっているというイメージですね。

じゃあ, 世紀前半はどうだったのかというと,こんなに広がってなかったんだけ ど少しありました。 世紀はというと,たぶん国際法の標準的な考え方だと 世紀に はなかったという説明が普通かなと思います。 世紀にはなかった,我々は 世紀の 国際法の世界を伝統的国際法の世界とか呼んだりするんですが,伝統的国際法の世界で はなく, 世紀前半に萌芽的に入り, 世紀後半に確立されて, 世紀になんかもの すごく広がっちゃっているというイメージなんですが,今日の国際政治から見た集団的 自衛権という題名からすると, 世紀にもなんかあったんでしょ,そうでないと急に 萌芽が生まれたというのもなんだから。萌芽の前の種みたいなのがどっかにあったん じゃないんですかと言えば,もちろんあったんです。非常に単純なんですが, 世紀 の国際法に集団的自衛権をもたらしたのは,その他いくつかの重要概念,民族自決権と か,人権の国際法化,これらを主導したのと全く同じ勢力,単純に言えばアメリカ合衆 国ですね。アメリカ合衆国が第一次世界大戦に参戦し,国際連盟を作った。それから第 二次世界大戦も勝ち抜いて国連憲章を作り上げた。そのアメリカが 世紀に何をやっ ていたのかということを見ると,種がどこにあったかというのが分かってくると。

ということで,アメリカの歴史の話がこの , のところに書いてあるんですが,皆 さんよくご存じのように,アメリカはイギリスの植民地だった北米 州から始まって いるわけなんですが,北米 州というのは今でもキャピタルS,大文字Sのステイト なんで,もともと国家というのは我々が日本語で州と呼んでいるところに国家の観念の オリジンが,起源があるんですね。独立宣言は,アメリカ合衆国の独立の宣言だという ふうにアメリカ人は大体考えていると思いますが,本当の文章を読むと 年にバラ バラの の国家があって,たまたま集まって一つの宣言をしただけなんですね。なん も州があるのにたった一つの宣言を共同でしたのかというと,今風にいえばです よ, 世紀後半の言葉を使えば集団的自衛権を行使して,大英帝国と戦っていたから なんですね。

この考え方に基づくと,大英帝国に立ち向かうって当時のアメリカには大変なことで すから,バラバラにやると,とてもじゃないけど片っ端から負けてしまうと。やるんだっ たら俺たち仲よくというか,協力してやらないと,共通の司令官を作って対抗しなけれ

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ば絶対にやられてしまう。実際にフランスなんかとも仲良くしたりして頑張った。一か 国だけだと強いやつにやられてしまうんだけれども,戦う大義があるんであれば,戦う ことに意味がある。そういう場合には誰かの助けを借りてもいいんだよと。むしろそう しなければこの世界で正義が達成されない,正義が無くなっちゃうじゃないか,と。こ れがアメリカの独立宣言を支えている考え方で,合衆国憲法を支えている考え方でもあ り,国連憲章の集団的自衛権を支えている考え方であり,集団安全保障を支えている考 え方でもあるんですね。

ヨーロッパ人は確かにこういった考え方を持っていなくて,国王がいて国王が主権を 持っているので,その主権に基づいて宣戦布告をすると,戦争。時々同盟を結んで一緒 に戦ったりするけれど,うちの国王何を考えているのかよくわかんない。というのが普 通の国際政治であったのに対して,合衆国にいた人たちは結構頭でっかちなことを言っ て,人間には生まれながらに持っている,侵されてはいけない権利があるんだとかです ね,そういうことを今まで言っていた人がいなかったわけではないけど,まじめにそん なことで本当に国を作るつもりなのかということをやったときに,集団的自衛権の考え 方のようなものを入れたということですね。

合衆国憲法ができた後も標準のドクトリンは分割主権と彼が呼んでいたもの。連邦政 府に主権の一部が移譲されているものの,基本的には主権の行使は日本語で州と呼んで いるステイト側にある,バージニアとかニュージャージーとか,そういうのですね。そ れにあるので主権は分割されるんだという,ヨーロッパ人が主権というのは絶対に分割 されないと言っていたのに,真っ向から反論するドクトリンを出して,主権はヨーロッ パでは分割されないけどアメリカ大陸で分割されるんだ,それでいいじゃないか。大体 ヨーロッパ人は考えていることがおかしい,ヨーロッパ人は汚れた腐敗した連中だから,

と言いきっちゃうのが,西半球世界の新世界と自分たちを呼んだ世界に生きていた人た ちの考え方だったんですね。

なんで連邦政府を作るのか,いろんな理由があるでしょうけど一言でいえば,どっか で共通の安全保障の仕組みをつくっておかないと,やられちゃうからですね。実際独立 を勝ち取った後も, 年,米英戦争でワシントンDCが焼き払われていたりします ので,簡単にやられちゃいそうだったんですね。いつでもやられそう。占領されなかっ たんだけど,首都に侵攻されてホワイトハウスとキャピタルヒルは,焼き払われるとい うことをやられていると。それくらいに実力の格差があったので,まず集団的に で共通の安全保障を取るのは当たり前で, じゃ足りないからどんどん州を広げて力 を拡大させようという考え方で,明白な運命(Manifest Destiny)というのに基づいて,

ご存知のようにどんどんアメリカ合衆国を拡張させて, 年,カリフォルニアを併

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合してわずか半世紀余りの間に西海岸,太平洋側にまで到達するという,人類の歴史で も珍しいくらいの急速な膨張を遂げて国力を拡充させる。

国力を拡充させた中で登場したのがモンロードクトリンと呼ばれているものですね。

モンロードクトリンというのは高校の教科書では孤立主義の原則だと書いてあるんです けども,本当は全然孤立主義のドクトリンじゃないんですね。マニュフェストディステ ニー,明白な運命,神はアメリカという国を選んでそこに特別な使命を与えた。した がってアメリカが膨張し,世界を作り変えることは神の恩寵を受けることなんだという 強い確信ですね。このような不思議な国が生まれたのは人類の歴史でも珍しいんです が,生まれちゃった。

ということで確信犯なので,全然悪びれていない。まずは自分たちの力を拡充する。

そのためにヨーロッパの帝国主義の国々が現れて,メキシコを併合するとかメキシコを 支配下に置くなんて絶対あってはいけないので,フランスの影響をメキシコから取り除 く。場合によってはメキシコが変なことを言ってるんで,合衆国の領土にちょっとも らっちゃってもいいんじゃないか,という考え方で,ご存知のようにテキサスとかニュ ーメキシコですね。メキシコと戦争をして勝ち取った領土ですね。なんであんなひどい ことをしたかと言うと,だって神の恩寵に従ったことだからと。 年くらい前は本当 にそう思っていたし,今でもそう思っている人が全然いないでもないということです。

これを外交政策で何と呼ぶかというと,モンロードクトリン。新世界には特別な秩序が あって,ヨーロッパ人にはそこに近寄らせないという考え方ですね。もしヨーロッパ人 が近づいてきたら共和主義の素晴らしい政治体制を持っている新世界,西半球世界の 国々が一致団結して頑張って,ヨーロッパ人の影響を排除するんだけども,実際には力 を持っていて,本当に素晴らしいのはアメリカ合衆国だけなので,合衆国が名士の地位 を活用しながら集団的な安全保障の政策をとると。モンロードクトリンは,最初はなん かきれいだったんだけど,途中から怪しくなってきて帝国主義的になったと言われます が,少なくとも理論的には集団的自衛権の基盤が,モンロードクトリンという考え方な んですね。

その後アメリカは,南北戦争を経て 世紀の末になると次は太平洋を乗り越えて フィリピンを併合し,日本に黒船を出して,黒船を出したのは南北戦争の前ですが,南 北戦争で一回お休みした後にも勢力を取り戻して, 世紀の末には太平洋に進出しま くってきたという歴史を遂げると。アメリカのモンロードクトリンというのは集団的自 衛権の体制なんだということですね。国際政治史の観点から見れば。これは亜流でも例 外でもなんでもない,アメリカ人にとってはこっちの方が神の恩寵に従った素晴らしい もので,たまたま比べたらまだこっちの方が力が弱かったとしても,いずれうちの力を

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強めることが神の意志に従ったことで,我々は神の意志を実現するために日夜せっせと 働き続けなければならないので,頑張って働こうっていう,そういう考え方なんだと。

最初は,実際にはヨーロッパ人にちょっかいを出してもやられてしまうんで,西半球,

新世界,ニューワールドの共和主義体制を守るということに専念していた。でも太平洋 まではちょっと,これぐらいまで,これぐらいはというところでやっていたとしたら,

大きな契機になったのが第一次世界大戦。

日本国憲法 条 項に交戦権の否認というのがあるんですが,the right of belligerency

of the state。GHQのマッカーサーが書いたノートに残っていた単語ですが,アメリカは

伝統的にモンロードクトリンをとっていたので,ヨーロッパの主権論の濫用は,否定さ れなければならなかった。ヨーロッパの国々であれば,主権を振りかざして戦時中に怪 しいとにらんだ船を止めて臨検したり,あるいは敵側になんか物資を運んでいる船を見 つけたりしたら,それが商業活動だろうが何だろうが,叩き潰してしまう。そうでなけ ればこっちがやられちゃうんで戦争しているんで仕方ないんだよ,それは主権を持って いるんだから仕方ないんだというような,無差別戦争観,国際法でそう呼んでいますが,

カール・シュミットの言葉ですね, 世紀ヨーロッパ国際法の主権論は,そういう絶 対主義的な解釈を許すものだった。これはアメリカ側から見ると交戦権の振りかざしな んですね。戦争をしているんだから,戦時国際法であって通常の国際法のドクトリンが 修正されなければならないという考え方なんですが,アメリカは強くこれに抗議をし て,中立国の権益は認められるべきだと,たとえあなたの敵に物を配っていても,これ は商業活動をやっているだけなんだから,絶対に攻撃されてはいけない,と主張した。

ドクトリン上の戦いがあって,ドイツの潜水艦がアメリカの民間船舶を沈没させたりす るのに反応して,そういうわけのわからないことを言っている奴はついに懲らしめなけ ればいけないというふうにして,本当に懲らしめたのが第一次世界大戦ですね。懲らし めた後に何をするかというと,君たちの考え方がそもそもおかしいんだよと,国際法を 刷新した。唇をかみしめてイギリス人やフランス人はアメリカの言い分を聞いていたわ けですが,アメリカがいなかったら戦争に勝てなかったわけで,しかも借金だらけで,

債権持っているのは全部アメリカ人ですから,歯向かえません。そういう状態でアメリ カ人の言ったとおりにしなければいけなかったのが国際連盟だということですね。国際 連盟ができたとき,ウッドロー・ウイルソンという人が,アメリカの大統領ですが,

彼はもともとプリンストン大学の政治学の教授で,合衆国憲法を称賛するような本を いっぱい書いているんですね。国内政治の専門家ですけども,Constitutional Government という題名の本とか出していて,アメリカ合衆国の憲法とイギリスの憲法体制が世界の 文明の進化の頂点であると,今の人が読んだら赤面するようなことがいっぱい書いて

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あるんですね。Constitutionalismというものを信じていたので国際社会も立憲主義,

Constitutionalismを導入するべきだと,ウィルソンは考えた。かつてアメリカ合衆国が

北米大陸で行ったようにということで,最初,国際連盟をConstitution of the League of

Nationsというもので規範化しようとしたんですね。イギリス人やフランス人が,さすが

Constitutionという言葉はヨーロッパ人には受け入れられないよと言ったんで,まあ,

いいや,言葉遣いくらいはということで妥協したのが,Covenant of League of Nations,

通常我々は規約と読んでいますが,どっちでもいいなと思ってやったんですね。ウィル ソンは本当はConstitutionと呼びたかった。国際社会に憲法体制を樹立するという考え 方ですね。すごくRadicalに聞こえるかもしれませんが,だってアメリカ人, 年か けてそれをやってきたしというのが,当時のアメリカ人の本当の思いなんですね。

ここで非常に私の話が重要なのが,国際連盟規約第 条,これは裏面に書いておき ましたが,通常これも日本人がしゃべると,アメリカ人の二枚舌外交みたいな感じで,

ウィルソンはきれいなことを言っていたけど実際には自分の権益を放棄する気はなく て,こっそりモンロー主義は例外だということを入れ込んだのが,第 条だと説明す るんですね。その説明はあながち噓ではないんだけど,ちょっとうがった見方ではあり ます。ウィルソンが考えたのは合衆国の中にすでに入子型の安全保障秩序があると。バ ージニアとかニュージャージーのステイトの中にちゃんと州の軍隊とか警察があるんで すね。そして連邦政府があって,連邦単位で対応すべき問題を対応している。その上に というか,広がったところの屋根にLeague of Nationsを作るというのは,何も矛盾して いない,自然な人類の発展なんだという考え方なので,入子型の構造で中身をポンポン 出していくとなんか小さいのになるけど,どんどん屋根をかけていくことができるとい うイメージを導入したのが,国際連盟規約で,その象徴が第 条だと。

ウィルソンの考え方は,ヨーロッパ人も理解しなかったし,もちろん日本人も理解せ ずに,その後日本人は,だったらアジアに日本がモンロー主義を作ろう,ということを 言いだした。アメリカ人はやりたいことをやってるんだから俺たちも,という感じで やっちゃったのが誤解の元で,アメリカ人は本当にまっとうなドクトリンとして信じて いたという,微妙なやり取りがあったということですね。

国際政治学の中では『危機の 年』,E・H・カーの書いた文庫本にもなっている有 名な国際政治学の本がありますが,アメリカ人やイギリス人が言っているきれいごとを まったくほかの人たちが聞き入れなかった状況の描写です。E・H・カーは,ユートピ アニズム,リアリズムという言葉を使いますが,要するにアメリカ人が言っていること は,理解されなかった,という状況の描写です。アメリカの利益をなんかうまいことし て達成したいだけなんでしょ,というふうにしか理解されなかったので,だったら俺の

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利益も拡大していいでしょという動きが広がった。これが両大戦間期,第一次世界大戦 と第二次世界大戦の間の危機の本質であるという議論ですね。

危機が仮にそういうものだったとして,第二次世界大戦が起こった。じゃあどうしよ う。二つの道があってアメリカ人のきれいごとなんて誰も聞き入れないんだから,アメ リカ人には黙ってもらいたいという世界観が一つ。もう一つは,アメリカ人はもっと本 腰を入れて自分のきれいごとを達成するために,もっともっと強い努力をするべきだと いう考え方。ご存知のように実際の 世紀後半の国際社会は二つ目のイメージを基本 として動いてきました。アメリカ人はそのことについて強く自覚をしていますね。日本 でも国際政治学者はそう思っている。

国連憲章における現代国際法秩序の体系化についてですが,今言ったような歴史的な 経緯を踏まえて集団的自衛権が導入され正式な原則となり,それがさらにいろんな形で 発展し始めたということですね。西半球世界,NATO,ワルシャワ条約機構,みんな集 団的自衛権の亜流であるわけですが,世界全域ではないですよね。たとえばアジアでは 希薄ですね。

アジアの安全保障システムのことを我々はハブアンドスポークス(Hub-and-Spokes)

と呼んでいますが,自転車の車輪のようなイメージで,真ん中にアメリカ合衆国がいて 線がいっぱい放射線状に伸びていて,日米安保条約,日韓の安全保障体制,米国と豪州 の安全保障条約,そしてニュージーランドとの安全保障条約,ASEAN諸国との安全保 障体制,これらが自転車の車輪のようにアメリカを中心とした放射線状にできていると いうのが,アジアの安全保障体制。これを我々はハブアンドスポークスと呼ぶんですが,

これは面ではないんだけど,くるくる回せば面に見えるというかね,面に近いものでは あります。考え方は連続していて,一つの連続性を持った視点から見ると,同じ考え方 の路線の中にあるということになります。

日本が独自の軍隊だけで安全保障を維持することは基本的には不可能なので,集団的 自衛権に訴えるしかない。実は面の集団的自衛権の体制でもよかったんですが,それは 不可能ということで,次善の策として導入されたのが日米安保体制というものです。前 文に国連憲章第 条の個別的及び集団的自衛の権利に鑑みてという文言が,現在の安 保条約,改定された安保条約にも入っていますが,考え方は今言ったような一続きの連 続性の中で二国間条約も作られているんだということです。

の加盟国が理論上,一致団結してやっていることになっている国連の安全保障の 努力,例えば国連PKOの第 章に基づく権限行使ですね,これが最近では集団的自衛 権に基づいて行動しているAUECOWASが協定を結んで協力をしたりする。機能的 な分業体制で活動したりする。現在これはパートナーシップ・ピース・キーピングとい

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う言葉で表現されていて,いろいろな政策文書にも用いられています。国連と地域機構,

国連とその他の個別の国家であるかもしれないし,ひょっとしたら地域機構ではなく,

coalitionや,ひどいときにはFriends of Pakistanですね,ただの集まりみたいなものも

ありますが,いろんなクリエイティブな協力体制を考えて実施していかなければいけな いんだというのが,最近の流れです。

軽く日本の話も振り返っておきますが,日本は憲法体制,憲法が非常に平和主義的な ものだということになっていますが,ただアメリカ人が起草した憲法ですから,実は日 本国憲法はアメリカ人の世界観に合致している。アメリカ人のGHQの職員たちが日本 国憲法をドラフトしているときに,イメージとしては右側に合衆国憲法,左側に不戦条 約や国連憲章,ないしはその前にドクトリン化した大西洋憲章とかですね,こういうも のを机に置いて作ったということは,言わずもがな当然なんですね。前文を普通に読め ばそのことがはっきりわかります。

国際法秩序が新しく国連憲章体制で生まれ変わったのを大前提にして日本国憲法はで きています。平和友好国家,これは国連加盟国のことですが,Peace Loving Nationsの信 義と公正を信頼してできあがっています。公正はJusticeです。合衆国憲法の前文に合 衆国の憲法はJusticeを確立するためだというふうに書かれてある。論理構成からいうと

合衆国はJusticeを確立するために,大英帝国から分離して独立して,頑張って自分た

ちの国を維持している。それだけではなく,新世界で共和主義体制を守り抜いて,ヨー ロッパに自分たちが好む国際秩序をもたらして,国際社会の法秩序を作り変えた。すべ ては一言で言えばこの世の中に正義を確立するためだと,彼らは考えているんですね。

日本国憲法には諸国,平和友好国家の正義を信頼してって書かれています。まず筆頭 で信頼してもらいたかったのはアメリカ合衆国が確立しようとしている正義ですね。こ れは日本人がずっと 年間にわたってそういうことは言わないでほしい,それを言う のはタブーだ,と避けてきた事実ですね。表の憲法体制と裏の日米安保体制というのを 調和しているものとはとらえずに,矛盾に満ち満ちたものだととらえている方が多いわ けですが,もともとは一貫したものとして作られていることは自明だというふうに私は 考えています。

はい,それでは,もしご質問でもあればお受けしますがいかがでしょうか。

司会 篠田先生,ありがとうございました。皆さん何か質問を,この機会にぜひ聞いて みたいこととか,ありますでしょうか。篠田先生の著作を読まれた方で,こういうこと を聞いてみたいというのはありますか。どなたでも結構ですけど。

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