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環境会計情報の企業価値関連性について

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(1)

環境会計情報の企業価値関連性について

朴 恩 芝 中 條 良 美

張 鳳 元

**

!

は じ め に

企業が従事する環境改善に向けた活動の内実は,環境報告書などの媒体をつ うじて広く周知されるようになった。とりわけ,環境会計による定量的な測定 は,環境に働きかける有形・無形の取り組みを金銭的に把握することを可能に した。そもそも,製品の開発段階から環境というフレーズが重要な位置を占め るようになった半面,フレーズ自体が独り歩きして企業戦略への貢献について はっきりとした役割を決めることは困難な局面にあった。環境を改善するため の支出に短期的な経済上のメリットを期待することが難しい以上,コストとベ ネフィットの関係を超えた企業の社会的責任に改めて焦点があわされたとみる こともできるが,すべてをそれで説明することはできない。

少なくとも,企業に環境の改善を促す誘因を明らかにしない限り,持続的な 環境への取り組みを予定することは非現実的であろう。確かに,環境汚染の防 止が緊急の課題であることは,企業の社会的責任を持ちだすまでもなく,すで に通念となりつつある。こうしたなか,企業が当該活動に無関係でいること が,さまざまな利害関係者を抱えた状況において不利益をもたらすことは容易 に想像できる。しかし,実際に環境関連活動の程度が,企業の経営戦略とどの ような関係にあるかは,定量的な情報の蓄積によって分析の対象となりうる。

阪南大学経営情報学部准教授

** ハルビン商業大学(中国)会計学院講師 香 川 大 学 経 済 論 叢

第83巻 第4号 2011年3月 229−242

(2)

この意味で,環境会計の実務への浸透は,企業行動の経済性を説明するための あらたな材料を提供している。

そもそも,環境会計の実務的なガイドラインが2000年に公開されたのも,

企業が個別に開示するデータでは,環境関連活動の積極性を企業横断的に比較 することができない状況が契機となっていた"。環境への取り組みといっても,

それが指し示す事実は企業によってさまざまであり,情報の受け手にどのよう な反応を予定しているのかは自明でない。製品コンセプトとしての環境アピー ルだけを目的とするなら,業種問わず多くの企業がコストをかけて環境報告書 を開示する合理的な理由は説明できない。企業の投資行動を動機づける要素を 一律に決めることはできないのと同様に,環境への取り組みをめぐるインセン ティブも組織や市場といった環境要因のなかで理解する必要がある。

このような視点から,本稿では企業による環境関連活動を直接的に動機づけ る要素を確かめるとともに,そうした活動自体が資本市場からどのような評価 を受けるのかを考える。とくに,企業行動の設計を資本市場の評価と切り離し て考えることはできないから,特定の行動が企業価値にどのように反映される かは,対環境行動を分析するうえでも不可欠である。鍵となるのは,"特定の 企業群に関して環境改善のための支出の分布になぜ偏りが生じるのか,#その 分布上の偏りは資本市場での評価にどの程度反映されるのか,の2点である。

それらが明らかになれば,環境関連活動を企業戦略の一環として特徴づけるた めの有力な手掛かりが与えられるであろう。

!

環境関連活動のインセンティブ

環境コストの支出

まず,環境保全に取り組む企業に,どのような動機づけがあるのかを検証し よう。まず朴(2008)によって,環境保全コストに関する記述統計を確認する

(1) 当時の環境庁から発表されたこのガイドラインは,2002年と2005年の改訂を経て現 在にいたっている。企業による環境関連活動の費用と効果の測定に一定の方向性が示さ れたものの,どこまでを環境会計の認識対象とすべきかについて一致した見解は得られ ていない。

−230− 香川大学経済論叢 582

(3)

ことができる!。2000年度から2006年度までを対象に,ウェブ上の環境報告書 から環境会計情報を収集することができた東証1部上場の企業がそこでのサン プルである。この期間に平均的な企業は環境関連活動に約64億円のコストを 投入している一方で,最大値をみれば2,498億円にのぼるなど,支出の分布に かなりの偏りがあることが示されている。時系列でみた場合,当該コストの平 均値は,約40億円から95億円程度へと右肩上がりの増加を記録している。日 本企業による環境へのコミットメントは確実に深まっていたとみられる。

問題なのは,このような変化が何によってもたらされたかである。基本的 に,企業の意思決定が,多様な利害関係者の交渉の結果として求められるな ら,環境問題に関心をもついわゆる啓発された関係者の割合が大きい企業ほ ど,環境改善に向けた取り組みを拡大させるであろう"。確かに,利害関係者の 心理的な選好が,経済的な便益よりも企業の社会的責任を優先する限り,企業 はそうした選好に無関心ではいられないはずである。しかし,企業を取り巻く 主体の選好を直接的に観察することはできないし,選好自体が時間の経過に変 化しないとみることにも無理がある。概念上の定式化を離れれば,対環境行動 をめぐる交渉問題を実証の枠組みで論じることはできない。

むしろ,企業に対する利害は各関係者間で共通していると仮定して,環境関 連活動を利潤最大化のための道具立てとして位置づけたほうが,観察される現 象を説明するうえで整合的であるかもしれない。たとえば,環境への負荷を削 減する製品は,開発費用の分だけ価格が上乗せされるが,それが製品の付加価 値を高めるのであれば利潤の拡大に貢献する。いわば,負荷をどれだけ減らせ

(2) 環境会計ガイドラインによれば,環境保全コストは,事業エリア内,上・下流,管 理,研究,社会,損傷,その他の7項目のコストから構成される。朴(2008)のサンプ ルにかぎれば,事業エリア内コストが環境保全コストのおよそ半分(54%)を占め,研 究コスト(28%)がそれに続く。

(3) 啓発された投資者が企業の環境関連活動にどのような影響を与えるかについては,た とえば國部(2000)の第2章などが詳しい。かりに,モラルハザードが存在するとして も,啓発された投資者は自身に帰属する経済的便益を減らすことで,望ましい水準の環 境投資を実現することができる。これらの投資者は定義上,経済的便益に対する効用を それほど重視しないため,他の投資者によるフリーライダー問題が深刻でなければ,利 害の衝突の回避を実現することは可能であると考えられる。

環境会計情報の企業価値関連性について

583 −231−

(4)

るかが,製品の無形価値を決めるのである。ただし,朴(2008)によれば,環 境コストの負担は事業エリア内での汚染防止に大部分が占められているので,

すぐに製品の価値向上につながるとは考えにくい。とはいえ,少なくとも企業 行動が経済的な利害にかなうという命題は,実証対象となる仮説を導くうえで 便利である。

こうしたなか,環境コストの支出の大きさに影響するいくつかの企業属性を 明らかにした朴(2010)は,企業が環境関連活動に従事する理由を考える際に ヒントを与えてくれる。そこでは,東証1部に上場する3月期決算企業のなか で,2000年度から2007年度までの期間にウェブ上で環境報告書が入手可能で あった1,208企業−年がサンプルとして抽出されている。他方,環境改善にど れだけのコストを投入するかを経営戦略の一環としてとらえたときに,想定さ れる説明変数として,!収益性(当期純利益),"研究開発費,#広告宣伝費,

$負債総額の4つが掲げられている。回帰分析によって導かれるこれらの変数 の符号が,対環境行動を促す企業属性と判断される。

その結果,収益性,研究開発費および負債総額の符号はいずれも正の値を示 し,広告宣伝費の符号は負となることが明らかになった。ある程度収益性に余 裕のある企業は環境改善に積極的に取り組むという仮説は,企業行動に関する 直観と整合的である。また,研究開発に経営資源を重点的に投下する企業も,

環境に対する社会のニーズを製品開発に取り入れようと考えるであろう。それ に対して,負債の大きさが環境関連活動を促進させるのは,資産の担保価値を 保全することを求める債権者のモニタリング機能が作用しているからにほかな らない。環境保全コストの大部分が事業エリア内での汚染防止に充てられてい る事実は,この結果を間接的に裏づけている。

逆に,係数の符号は負となった広告宣伝費には,どのようなシナリオが考え られるのか。広告宣伝費は研究開発費と同様,将来の一定期間の収益性と正の 相関をもつことが知られている(Lev and Sougiannis,1996)。両者の係数の符 号が一貫しないのは,たぶん研究開発支出が環境投資と補完的な関係にあるの に対して,広告宣伝費の支出は代替的な位置に置かれているからであろう。景

−232− 香川大学経済論叢 584

(5)

気循環の後退局面では,企業は経費の大幅な削減を余儀なくされるが,広告宣 伝費も例外ではないと考えられる。その半面,企業の競争力を維持しようとす れば,環境投資の規模を縮小することはできない。広告宣伝費を減らしても環 境投資の原資を確保しようとする戦略が,この変数の符号を説明しているのか もしれない。

環境情報開示のインセンティブ

企業による環境への投資が,良好な収益性に裏づけられている事実は,実物 投資だけでなく情報開示の動機にも関わっている。そもそも,実証研究の枠組 みで因果関係を特定することは難しいが,かりに収益性の高い企業が環境コス トの支出を増やす傾向にあるなら,その一環として投資の成果に関する情報の 開示がみられても不思議はない。実は,情報開示の経済的な効果に関する分析 結果は混在している。情報の非対称性を緩和することで,株価の上昇につなが るケース(Lang and Lundholm,2000)もあれば,年次報告書以外での開示に は企業業績の予測にばらつきをもたらす結果,資本コストを高める副作用も観 察されている(Botosan and Plumlee,2002)。

Al-Tuwaijiri et al.(2004)などをみる限り,対環境行動で良好なパフォーマ ンスを収める企業は,経済業績にもすぐれていると同時に,環境汚染に関する 情報開示に積極的になる傾向が報告されている。そこでは,環境面での成果を 有害物質の排出量に占める再利用物質の割合によって代理させるとともに,環 境関連情報の開示量をSEC基準にもとづいて報告された4つの情報を指標化 して測定している$。対象年度が1994年に限定されるなどサンプルの抽出から バイアスを排除することはできないが,内生性を除去した回帰分析によって,

経済的な業績と環境情報の開示レベルはともに,対環境行動の業績によって有 意に説明されることが明らかになった。

(4) ここでいう4つの情報は,!排出・移転・再利用された有害物質の量,"環境法制へ の抵触によって課された罰金,#潜在的責任当事者(PRP)への指定,$石油や化学物 質の流出事故の発生から構成される。

環境会計情報の企業価値関連性について

585 −233−

(6)

ここから導かれる経営戦略への示唆は,どちらかといえば将来の危険を予防 する必要性に関わっている。製造工程における有害物質の削減に意欲的に取り 組む企業は,環境問題に付随する不利な情報を積極的に開示する傾向にある。

一見矛盾する結果であるが,こうした企業は環境問題で社会的な制裁を受ける ことに敏感なので,将来のリスクにつながる情報は早期に開示することを選好 するのである。かかる情報が隠蔽された場合,発覚した際の潜在的コストは環 境関連活動へのコミットメントが注目される企業ほど大きいと予想される。い ずれにせよ企業による社会的責任の履行には外的な圧力がともなうが,情報開 示の面でも同じことがいえる。

それを証明するために,Cormier et al.(2005)は,1992年から1998年の間 に一定の基準を満たしたドイツの337企業−年について,情報コスト,財政状 態および社会的な圧力が環境情報の開示水準に与える影響を調査している。こ こでの開示水準としては,Wiseman(1982)などの手法を踏襲し,年次報告書 と環境報告書から6つのカテゴリーに属する環境情報の質を3段階で評価した 数値があてられている。特徴的なのは,情報コストの代理変数として,5%以 上の株式をもつ国内株主と外国人株主の比率が含められていることである。国 内の大株主にとって企業の情報源へのアクセスは容易であり,外国の大株主は 相対的に環境への関心が低いため,これらの比率が大きいほど開示に消極的に なると考えられたのである。

もともと,企業が私的な情報を隠蔽するインセンティブをもつなか,対環境 行動をはじめ社会的な情報はとりわけ過少になりやすい。利害関係者は自身の 負担でそうした情報を集めてもよいが,かかる情報の社会的な関心の大きさか らすれば,企業が自発的に開示することで,社会全体でみた情報収集コストは 低減されるはずである(Milgrom and Roberts,1992)。となると,企業と密接な 関係があり,代替的な情報チャネルを確保しやすい大株主の存在によって,環 境情報の開示に向けた外的な圧力がある程度緩和されると考えられる。ただ し,株主構成はモラルハザードの問題とも密接に関連しているため,回帰係数 の符号をどう予測するかは実証的な問題である。

−234− 香川大学経済論叢 586

(7)

いずれにせよ,企業に環境情報の開示を迫る要因を,開示にともなうコスト を上回る経済便益と無関係に特定することはできない。もちろん,環境への取 り組みを広く周知することで,企業イメージの改善を図ることも可能であろ う。とりわけ,環境規制に抵触するか重大な事故を引き起こすなど,社会的な 評価を棄損する事実に直面する企業は,少なくとも環境関連活動を推進する姿 勢を内外にアピールする必要がある

"

。しかし,社会貢献に関連する情報を開示 するのは,何も企業にとって不利な状況を克服することだけが目的ではない。

Belkaoui and Karpik(1989)で試みられたように,経済・社会の両側面にわたっ

て情報開示の規定要因をバランスよく抽出することが必要なのである。

Clarkson(2008)は,米国でもっとも環境汚染が深刻とされる産業から191

社のサンプルを取り出し,環境情報の開示が経済合理性と社会政治学(socio- political theory)上の動機のいずれによるものなのかを検証することで,この 疑問に対する有力な手掛かりを与えている。逆選択の問題を回避しようとすれ ば,環境業績のよい企業ほど多くの環境情報を開示することで,自身の品質の 優位を主張するであろう。逆に,環境業績が悪く社会的な正当性が脅かされて いる企業は,積極的に情報を発信することで受け手の印象を変えようと試みる かもしれない。分析結果は経済理論にもとづく前者の予測と一貫しており,社 会政治学の理論に沿った後者の予測を支持する証拠は得られていない。

!

環境関連活動に対する市場の評価

株式投資収益率への影響

経済的な理由で競争優位を確立しようとする以上は,何らかの目標が企業側

(5) Hughes et al.(2001)によれば,1992年と1993年に年次報告書上で環境関連の情報を

開示した米国製造業51社について,各社の環境業績に応じて開示内容に統計的にみて 重要な差異がみられる事実が報告されている。とくに,経営者による財政状態および経 営成績の検討と分析(MD & A)および財務諸表への注記の箇所に,環境に関連する記 述がもっとも多く観察されたのが,環境業績がもっとも劣悪な企業群である点が興味深 い。この結果は,後述する社会政治学にもとづく仮説と整合しており,Clarkson et al.

(2008)の結果と一貫しない。年次報告書のほうが他の媒体よりも社会的な注目度が高 いことが,情報開示に関する企業の姿勢に差異をもたらしているのかもしれない。

環境会計情報の企業価値関連性について

587 −235−

(8)

に準備されていると考えたほうがよい。十分に競争的な資本市場を前提とすれ ば,企業の株価には将来期待されるキャッシュフローに関する予測が織り込ま れ,上方か下方かを問わず予測の改訂は株価の変動に結びつく。環境関連活動 に振り向けられた追加的な投資が限界的な将来キャッシュフローの増加をもた らす範囲で,その企業にはプラスの株式投資収益率が見込まれるであろう。も とより,環境業績の測定にはさまざまなノイズが混入するので,収益率との関 係を一律に決めることはできないが,測定誤差の期待値がゼロに収束すると仮 定すれば,期間を拡大してやることでこの問題を緩和することができるはずで ある!

まず,環境関連のニュースが一般的な媒体によって明らかにされたとき,企 業の株価がどのように反応するかをみてみよう。英国企業を対象に環境業績の 公開時における株価の反応を調査したLorraine et al.(2004)によれば,よい情 報よりも悪い情報のほうが株価に与えるインパクトが大きいことが明らかにさ れている。とりわけ,クロスセクションでみたとき異常な株式投資収益率は,

環境汚染にともなう罰金の大きさと有意な負の相関をもつ。実際に罰金を科さ れずとも,当該企業と同じ産業に属するだけでも,株価にとってマイナスの影 響が生ずる。不確実な将来の便益よりも現在の経済的な損失と今後予想される 環境規制の強化のほうが,企業の価値を毀損する効果が大きいようである。

他方,このような悪い情報は即座に株価の反応を引き起こすわけでなく,統 計的に重要な負の異常収益があらわれるまでには7日間程度のラグが観察され ている。そもそも,財務諸表のボトムラインのように目立つ情報にくらべれ ば,環境業績にまつわる報道は投資判断の材料になりにくい局面にあるのかも しれない。投資者の限定合理性に照らせば,この事実はHirshleifer and Teoh

(2003)などの主張と整合的である。とはいえ,そうした情報が完全に株価に 織り込まれるまで時間を要する半面,負の異常収益はすみやかに解消されてい

(6) 財務諸表上の各項目が短期と長期の株式投資収益率にどうかかわるかを検証した Ohlson and Penmen(1992)でも,おおむね長期のほうがモデルの決定係数が上昇するこ とが確認されている。それは短期のスパンで生じる測定誤差が,期間の経過とともに修 正されると考えられるからである。

−236− 香川大学経済論叢 588

(9)

る点も注目に値する。劣悪な環境業績は市場において一時の売り材料となって も,財務内容を大きく悪化させる情報内容をもたない限り,ただちに裁定取引 の対象となるのであろう。

もっとも,Lorraine et al.(2004)の分析では,環境業績を定量的に把握してい ないので,それぞれのニュースが株式投資収益率にどの程度の影響を与えるか はケースによって区々である。その一方で,投資者は年次報告書上で企業の環 境関連活動の状況が開示されることを求める傾向にあり,定期的な情報発信に 対する需要は根強いとみてよい(Epstein and Freeman,1994)。そうであれば,企 業による環境関連活動のプラス面が完全に市場の評価の対象外におかれる事態 はむしろ異常であろう。環境改善に向けた投資が企業の将来キャッシュフロー にどう影響するかについて,投資者の間でコンセンサスを形成することは難し いかもしれないが,株価形成に関して中立であるとは考えにくいからである。

このような問題意識をもとに,朴(2009)では環境コストの支出金額の相対 的な大きさをもとに株式ポートフォリオを形成し,投資収益率に差異が生じる かどうかを確認している。結果として,かかる投資に積極的な企業はそうでな い企業とくらべて,少なくとも長期のスパンでより顕著な収益率の拡大が観察 されている

!

。ただし,1年単位でみた場合,各ポートフォリオの間に重要な収 益率の格差はほとんど発生せず,短期間では環境投資の内実が市場で十分に認 識されないことも明らかになった。環境会計という道具立てが整備され,投資 者の情報需要に対応することが可能になった現在でも,それに対する評価が定 着するまである程度の時間的なラグがともなうわけである。

株価との関連性

中長期的に企業の環境投資が将来キャッシュフローに関する予測に影響する 事実は,企業のファンダメンタルズに環境投資がどうかかわるのかについて根

(7) つまり,環境コストの支出が,長期的にみて企業のファンダメンタルズを向上させる と考えられているのであろう。アナリストによる利益予想をもとに企業評価モデルの有 用性を調査したFrankel and Lee(1998)でも,株式投資収益率の測定期間を長期化する ことで,ポートフォリオ間での収益率の差がより顕著になる現象が観察されている。

環境会計情報の企業価値関連性について

589 −237−

(10)

本的な疑問を投げかけている。それは,環境を改善するための支出がサンクコ ストにすぎないのか,あるいは環境規制の強化を見越して競争優位を確立する ための手段として機能するのかを問い直す作業にほかならない。そこで導かれ る結論は,かかる支出の効果があらわれるまでの期間を企業がどこまで許容す ることができるかに依存して決まる点に留意が必要である。環境保護に関する 公表の程度の違いを与件としても,コスト負担にともなうリスクをめぐる経済 主体間の選好のバランスで市場の評価も変わってくるはずだからである。

たとえば,Jaggi and Freedman(1992)をはじめとする初期の研究では,環 境汚染を防止するためのコストが利益やキャッシュフローなどの業績指標を悪 化させるとともに,株価収益率(PER)を低下させることを明らかにしている。

そこでのサンプルが紙・パルプ業の企業に限定されていることに照らせば,環 境改善に向けた取り組みがとりわけ強く求められる主体であるにもかかわら ず,環境コストの支出にともなう一時の業績の悪化が株価の低下につながる現 象はいささか直観に反する。近視眼的な経営方針が採用されるなら,短期的な 業績を損なう環境投資は奨励されない。となると,13社という限られたサン プルにおいて,そのような経営方針が支配的な位置を占めていた可能性を排除 することはできない。

ただ,こうした傾向自体は,71社のスウェーデン企業を対象としたHassel

et al.(2005)にも継承されている。そこでは,純利益と純資産簿価の影響をコ

ントロールしたうえで,調査会社が独自に評価した企業の環境業績が,株価の 分布に影響するかどうかが調査されている。結論を先取りすれば,財務数値を 所与としても,環境業績の回帰係数は統計的に有意な負の符号をとる。環境改 善に積極的な企業ほど株価が低くなるのは,付随するコストの負担が過大に評 価されているからにほかならない。サービス業にくらべて製造業のほうが負の 評価が拡大する傾向をみても,相対的に環境規制の対象になりやすい企業は株 価形成の面で不利な状況におかれていると考えられる。

これに対して,日本企業のデータをもちいて環境情報と株価との関係を検証 した石川・向山(2003)によれば,企業の環境関連活動は株価にプラスの効果

−238− 香川大学経済論叢 590

(11)

をもたらすことが明らかにされている。かかる活動への支出は,次年度の残余 利益に関する予想を引き下げるが,長期的にみれば将来キャッシュフローの稼 得能力を向上させると考えられているのである。欧米企業をサンプルとした先 行研究の結果と違うのは,環境投資にともなう短期的な収益性の低下が,環境 規制に抵触した場合などに派生する費用を排除するメリットによって十分に償 われるとみなされているからであろう。少なくとも,日本の資本市場で企業の 環境関連活動に対するフォーカスが高まっていることが確認されたと言えよ う。

分析の対象や方法に違いがあるにせよ,この結果は環境関連活動に積極的に 取り組むことで,市場での評価が高まる可能性を暗示している。企業価値を向 上させる要素として環境関連活動が位置づけられるなら,前節で述べたとおり 環境投資も企業戦略の一環として捉え直す必要がある。望ましい投資の水準を 一律に決めることはできないが,エージェンシー理論をもち出すまでもなく,

環境対策の面で出遅れて競争優位が損なわれる事態は回避されることが望まし い。ただ,目にみえる成果が得られにくい環境投資を,どのように動機づける べきかは自明でない。短期的に企業の収益性を低下させる環境への投資は,利 益が報酬の大きさに直結する経営者の立場からすれば過小になりがちだからで ある。

この問題に対してヒントを与えてくれるのが,Reichelstein(1997)における 業績評価のスキームである。そこでは,企業価値の最大化という目標と整合的 な投資を企業に促すための必要十分条件を,残余利益にもとづく業績評価に求 めている。投資に付随する減価償却などの費用を異時点間でどのように按分す るかで,企業価値そのものに変化は生じない

!

ものの,目標整合的な投資の水準

(8) これは,残余利益の保存特性(conservation property)から証明される。すなわち,残 余利益の算出にもちいられる資本コストとその流列を現在価値に割り引く金利とが一致 する限り,異時点間で会計上の費用をどう按分するかは企業価値に対して中立である。

たとえば,当座の利益を大きくする会計手続きを選択すれば,純資産の簿価そのものが 増大するため,将来の利益から差し引かれる資本利子が大きくなり,それだけ残余利益 が縮小する。結果的に,残余利益の現在価値の総和は,そうした手続きを採用しないケ ースと同じになる。

環境会計情報の企業価値関連性について

591 −239−

(12)

が変わってくる。環境投資自体は短期的に残余利益を減少させるかもしれない が,将来の流列の総和でみればプラスになることはすでに論じたとおりであ る。とすれば,環境投資による支出を業績評価に反映させる際には,投資の費 用をできるだけあとの時期に配賦することが適切であろう。

!

お わ り に

本稿では,環境会計情報の企業価値関連性を,コストの支出に至る動機とそ れに対する市場の評価を軸に検討した。環境会計データの蓄積は,企業が環境 関連活動に従事する動機を直接的に確かめることを可能にしている。環境コス トの投入を財務数値にかかわらせて理解しようとすれば,環境投資を企業の経 営戦略から分けて考えることは明らかに不合理であった。周知のように,環境 面で企業を取り巻く法規制は強化される局面にある。そうしたなか,環境とど う向き合うかを,利害関係者に正確に伝達することの重要性は高まっている。

環境問題に付随する企業のリスクを抑制することができる範囲で,環境投資は 株価形成に有利に作用することも,日本の資本市場の動向から明らかな兆候を 読み取ることができた。

他方,Cormier et al.(2005)を敷衍してやれば,環境に関する投資意思決定 も企業がおかれた政治的なポジションやガバナンスの構造といった要素の制約 を免れない。そうした要素を与件としたときに,先行研究で導かれた結果が引 き続き成立するのかはあらためて検証される必要がある。たとえば,規制産業 とよばれる一連の企業群においては,環境への支出が経営戦略から合理的に導 かれるのでなく,ある程度外部から強制される側面がある。そもそも,環境投 資の動機と効果を分析する際にこれらの要素を度外視することは,非現実的で ある。そうした現実に照らせば,企業が発信する情報から,環境コストの支出 に直結する真の要素を洗い出すことが必要である。

−240− 香川大学経済論叢 592

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本稿は,朴が受けた科学研究費補助金基盤研究C(課題番号20530410)および中 條が受けた科学研究費補助金若手研究B(課題番号20730317)の成果の一部である。

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