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寺尾剛先生を哭す
中 野 謙 一
中国四千年の寺尾です︱︱
学生たちに明るく語り出されたお声を︑もはや聞くことはかないません︒本学文学部国文学科教授︵大学院文化創造研
究科国文学領域兼担︶寺尾剛先生は︑二〇一六年二月一三日︑直腸癌により入院されていた豊田厚生病院で︑あらゆる治
療も及ばず逝去されました︒享年五十七︒
先生は一九九三年四月︑本学部文学部講師として着任され︑以来二十三年にわたって︑本学の発展と歩みをともにしな
がら︑学部・大学院の教育に尽力なさってきました︒別掲の略歴・研究業績にはその一端が示されていますが︑日中を股
にかけて活躍された先生のご功績は計り知れないものがあります︒加えて︑私がご一緒できた期間はわずか九年弱でした
から︑以下に述べるのは先生のほんの一面を捉えたものにすぎないことをお断りしておかねばなりません︒
寺尾先生は二〇〇九年四月から四年間︑国文学科主任をお務めになりました︒その間︑私は助教あるいは教務委員とし
てお仕えしましたが︑教務関係の細かな事柄などは︑私に一切を任せてくださったと記憶しています︒とはいえ︑決して
放任だったわけではなく︑私が判断のつかない事柄や特に重要な案件については︑きわめて的確な指示をなさいました︒
中庸を体現されたお仕事ぶりであったように思われます︒
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しかし︑先生の本領は何といっても魅力的な授業にあったのではないでしょうか︒お亡くなりになる一年ほど前︑療養
のため休職されていた折に︑﹁早く授業がしたい﹂とおっしゃっていたことがあります︒そのような教育に対する情熱が︑
学生の興味・関心に副ったわかりやすい授業として顕れたのでしょう︒温厚寛裕なるお人柄そのままに︑にこやかに語り
かけられる先生は︑聴く者をいつもに笑顔にしました︒教育者としての寺尾先生は︑その表情一つとっても私には範たる
存在でした︒
もちろん︑楽しいだけの授業ではありません︒先生はご専門の中国文学のみならず︑日本の古典や近現代の文学にも造
詣が深く︑お話は日中の現代社会︑文化全般に及びました︒寺尾先生の﹁中国文学講義﹂を受講した学生の感想文を集め
る機会がありましたが︑そのなかには︑中国に対し抱いていた印象が変わった︑ということを書いたものが数多くみられ
ました︒近年︑マスメディアによる偏向的な報道の影響もあって︑中国や中国人にネガティブなイメージをもつ学生が増
えているようです︒そうした学生たちが︑偏狭な見方をしていたと自ら気づくような授業であったことが︑感想文からは
うかがわれました︒国文学科生の大半が受講し︑教職志望者の必修科目でもある﹁中国文学講義﹂を長年にわたって担当
され︑そこで学生たちの異文化理解を促進されてきたことは︑寺尾先生のご功績のなかでも特筆すべきでしょう︒広汎な
知見に加え︑教育に対する情熱︑そして中国への深い愛があってこそ成し得た授業ではなかったかと思います︒
最後にまったく個人的な話で恐縮ですが︑寺尾先生と緑風館︵食堂︶でお話するのが私のひそかな愉しみでした︒空席
の多い2限をねらうとご一緒になることがよくあったので︑いつしかそれを習慣にしていました︒今となっては詮無きこ
とですが︑ご病気がわかってからは︑禁煙して少しでもお命を長らえていただきたいと願わずにはいられませんでした︒
煙草をこよなく愛され︑喫煙所でも三国志談義に興じていらっしゃった先生からはお叱りを受けるかもしれませんが︒
謹んでご冥福をお祈り申し上げます︒
︵文学部国文学科主任︶