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Academic year: 2021

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ご挨拶

Greeting

    研究者の「右腕を取り戻すまで」

    ---図書館と電子ジャーナル問題---

       附属図書館長  柴 田 正 良 それは奇妙な怪我だった。・・・左足の筋肉と神経に重傷をおったのだ。怪我はありふれた 単純なものだろうとたかをくくっていた私は,その影響の奥深さにひどく驚くことになっ た。左足に一種のマヒがおこり「疎外感」が生じ,自分とはなんの関係もない「物体」に なりはててしまったからだ。それは奇妙で恐るべき深淵だった。(オリバー・サックス

『左足をとりもどすまで』晶文社,金沢泰子訳,1994)

現在の大学図書館が抱えている最大の問題の一つは,電子ジャーナル(EJ+冊子体)の 価格高騰だと言っても過言ではなかろう。本学で年間約2億円,東大で約10億円あまりを,

ごく少数の大手出版社に支払っているが(2011年実績),これを毎年約5%は有無を言わさ ず上げていくという出版社の言い分を,大学図書館は腹立たしくも受け入れざるをえない 現状だ。

そもそもジャーナルの価値本体をなすのは研究者の知的成果であり,それを買うのも研 究者だというのに,これほど理不尽な契約がまかり通るのは,学術論文という商品の特殊 さのせいで学術出版市場が歪んだ寡占化を招いたからである。さらに事態を複雑化させる ことに,研究者や研究機関が,査読や雑誌の格付け(インパクト・ファクター: IFなど)

を通して業績評価をジャーナルに決定的に頼っているからである。

もちろん大学図書館も手をこまねいてこの事態を傍観していたわけではない。長年の苦 闘の末,昨年ようやく,出版社との交渉を一手に引き受ける,国公私立大学の「大学図書 館コンソーシアム連合(JUSTICE)」が設立された。各大学図書館どころか日本の学術界全 体の期待を背負って,電子ジャーナルという情報基盤資料を「正常な価格」で研究者のも とに届けようとするものだ。この文章の冒頭のタイトルは,それに関連して開催された,

第59回国立大学図書館協会総会のワークショップで私が行った提題のサブタイトルである。

ご存じの方も多かろうが,脳神経科医サックスの有名な自伝的医学小説『左足をとりもど すまで』からタイトルを借りてひねったものだ。いまや研究者にとって自分たちの論文は,

独占企業の論理に組み込まれたよそよそしい顔つきの「商品」となってしまった。本来は,

自分の右腕として,自分の一部として存在すべきはずのものなのに・・・

この度の『図書館概要2012』の中にある数字の一つ,電子ジャーナルに関する統計の裏 には,実はこのような激しいドラマが秘められている。この概要をご覧になるみなさま方 には,ぜひそのことを知って頂き,学術情報流通の本来の姿を研究者と大学図書館が取り 戻すために,(オープン・アクセスや機関リポジトリを主役とする)今後の「流通革命」

に向かって,本学附属図書館とともに歩んで頂くことを切にお願いする次第である。

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 それは奇妙な怪我だった。・・・ 左足の筋肉と神経に重傷をおったのだ。怪我はありふれた 単純なものだろうとたかをくくっていた私は,その影響の奥深さにひどく驚くことになっ た。左足に一種のマヒがおこり「疎外感」が生じ,自分とはなんの関係もない「物体」に なりはててしまったからだ。それは奇妙で恐るべき深淵だった。(オリバー・サックス『左 足をとりもどすまで』晶文社,金沢泰子訳,1994)

 現在の大学図書館が抱えている最大の問題の一つは,電子ジャーナル(EJ +冊子体)の 価格高騰だと言っても過言ではなかろう。本学で年間約 2 億円,東大で約 10 億円あまりを,

ごく少数の大手出版社に支払っているが(2011 年実績),これを毎年約 5 %は有無を言わさ ず上げていくという出版社の言い分を,大学図書館は腹立たしくも受け入れざるをえない 現状だ。

 そもそもジャーナルの価値本体をなすのは研究者の知的成果であり,それを買うのも研 究者だというのに,これほど理不尽な契約がまかり通るのは,学術論文という商品の特殊 さのせいで学術出版市場が歪んだ寡占化を招いたからである。さらに事態を複雑化させる ことに,研究者や研究機関が,査読や雑誌の格付け(インパクト・ファクター: IF など)

を通して業績評価をジャーナルに決定的に頼っているからである。

 もちろん大学図書館も手をこまねいてこの事態を傍観していたわけではない。長年の苦 闘の末,昨年ようやく,出版社との交渉を一手に引き受ける,国公私立大学の「大学図書 館コンソーシアム連合(JUSTICE)」が設立された。各大学図書館どころか日本の学術界全 体の期待を背負って,電子ジャーナルという情報基盤資料を「正常な価格」で研究者のも とに届けようとするものだ。この文章の冒頭のタイトルは,それに関連して開催された,

第 59 回国立大学図書館協会総会のワークショップで私が行った提題のサブタイトルであ る。ご存じの方も多かろうが,脳神経科医サックスの有名な自伝的医学小説『左足をとり もどすまで』からタイトルを借りてひねったものだ。いまや研究者にとって自分たちの論 文は,独占企業の論理に組み込まれたよそよそしい顔つきの「商品」となってしまった。

本来は,自分の右腕として,自分の一部として存在すべきはずのものなのに ・・・

 この度の『図書館概要 2012』の中にある数字の一つ,電子ジャーナルに関する統計の裏 には,実はこのような激しいドラマが秘められている。この概要をご覧になるみなさま方 には,ぜひそのことを知って頂き,学術情報流通の本来の姿を研究者と大学図書館が取り 戻すために,(オープン・アクセスや機関リポジトリを主役とする)今後の「流通革命」に 向かって,本学附属図書館とともに歩んで頂くことを切にお願いする次第である。

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