漁業における資本主義の発達について、筆者はこれまでに静岡県焼 津の鰹漁業を対象として調査してきたが、今までの報文リストは別に (1) 一不しておいた。焼津には鰹漁業の出資・漁拶の単位組織として「船中」
が存在するが、筆者はこれまで、その形成過程、組織内容と漁業経営の関係、地元貸付資本との漁船共有関係などについてとりあげてきた。六五四三二
目次
序昭和漁業株式会社の成立昭和漁業株式会社の経営福一丸の経営乗組員構成の変化結
大戦後における焼津鰹漁業経営体の 変容と昭和漁業株式会社
序
本稿は、船中と貸付資本との漁船共有関係組織である昭和漁業株式会 社が、第二次大戦後の社会経済情勢に対応して変容するのにともない、 船中が解体していく過程を経営面から承るための資料を整理したもの
である。
(2) 昭和漁業株式会社についてはこれまでに大海原宏氏の研究がある。 氏は大戦後鰹から鮪へ漁業の主体が移ると労働力の組織的技術的再編 がなされ、労資関係における資本への比重強化がすすむと船中労働力 組織の維持を目的として構成されている歩合制分配制度も改編へむかい、こうした船中を形成する諸機構の動揺は、やがて船中そのものの解体へむかうとしている。こうした大海原氏の見解に筆者も基本的に
異論なく、本稿もここから論述を開始しよう。
注(1)拙稿「静岡県焼津における鰹漁業の出資漁携組織と同族」法政大学教養部紀要第六七号社会科学編昭和六一一一年二五’四四頁。
○
大崎晃
(1) 昭和漁業株式会社の成立にいたる圭一での背星曝について、同社の記録
は次のように記している。(2)大海原宏「焼津カツオ・マグロ漁業経営の労務管理と分配方式の展開」
漁業経済研究第一五巻第三号昭和四二年二○’四一頁。焼津の鰹漁業の発達は遠く二百八十余年以前の明暦年間に其の端 を発し一船一家主義の制度即ち船主(船元)と漁船乗組員は一種の 同族を以て組織し一心一体の団結を形成し尚経営に関してはその漁 船建造費は船主が其の半額を出資し乗組漁夫は残り半額を拠出し資 金に充て漁夫はその労働力に対する代償を得ると共に出資額に相応 する益金を取得し実に労資一体の伝統を以て今日迄一貫し現在の水
産焼津を築き上げた素因を固めたのである分配制度と乗組員組織との完全一致に依って漁業発展の根幹を作 り得たとはいへ偶々不慮の災難又は不漁の凶年に逢着の場合個念の 貧弱なる資力によっては到底之を支へることが出来ず破産の悲運に 逢う事もあったので危険分散主義に則り共存共栄と企業の合理化を 目途とし明治四十年東海遠洋漁業株式会社を次で明治四十一年焼津 信用販売購買利用組合を創設し従来船主並に乗組漁夫の所有する漁 船を会社と船元(以前の船主)並に漁夫の共同出資(会社概ね半分 二昭和漁業株式会社の成立 船元並に漁夫慨ね半分)に改め新時代に対処すべく老弱なる個戈の
経営体も此処に始めて両社の創立に依って基礎が堅確となり労資一体と分配制度の調和を得て順調に発達するに到ったのである両者の併立によって斯業の発展進歩を競いつつも相互に助けつつ 年を経ること約四十年間今次大戦に突入し当時国策である企業合同 により昭和十八年八月県当局の指導斡旋により両社の合併を見新た に資本金三百八十万円の昭和漁業株式会社を創立し焼津町は素より 近隣の漁業者三千数百名を擁する大世帯になった
焼津の水産は斯くして完全なる企業体へと進展し設備並に技術に於ても全国に誇り得るものとなり南は赤道遙かに超へてニューギーー
ャ島より北は千島列島に到る八千粁東は米領ミッドウェー群島付近より西は南支那海に到る一万粁に及ぶ海区の太平洋西部を範囲とし主として春夏の時期には鰹群を追ひ秋冬両期には各種の鮪を求めて 活躍し創立当時昭和十八年その生産額に於ては全国の首位を占め県 下同漁船百二十隻中八十二隻を当社に於て所有したのであるが偶々 今次大戦の渦中に入りその所有漁船の九割を戦線に送りその犠牲と
なったあの所有漁船の七割中堅船員を失ふこと六百余名に及んだのであった以来資材難物価高騰の悪条件下に於て滅失船の代船建造に努め現在(昭和二十四年l筆者注)迄四十隻六百十九噸の進水船を 見現在の所有漁船五十三隻四千五百四十八噸となり伝統ある経営法
と優秀船員の技術を活用し現下喫緊の食糧増産に遭進しつつある 一○四船中と漁船を共有する二つの貸付(Ⅱ船主)法人を基軸に発展して きた焼津の鰹漁業界は、戦時経済体制の進むなか、昭和一七年の企業 整備令により、昭和一八年二法人は合併して昭和漁業株式会社となっ
た。しかし多数の漁船は、海軍などに徴用されて戦争による滅失船は五六隻を数え、新会社が目指した本来の業務である漁業部門への関与
は、戦後まで待たねばならなかった。戦後会社は、熟練漁夫の戦死、資材の不足と価格高騰など、困難な 状況のなか復興金融公庫の融資を中心に漁船の建造につとめ、昭和二 四年にはほぼ戦前の水準に達した。資本金を一、○○○万円増加して 二、○○○万円とする直前の、昭和一一四年五月末日における会社の構
第1表昭和漁業株式会社株主数(昭和二四年五月三一日現在)
持株数一株主数一株式数一府県名一株主数一株式数
|s株未満一B株以上一一一□。〃三□□〃一、ロロロ〃一「CCC〃五、つ□□〃
計
持株数
一、六一〈|llCC、ロロロ|計一一、《一〈|llCC、CCC 一、一一一一壱人一四五一一九四一一《五〈一一
昭和漁業株式会社「増資目論見書」(昭和二四年)より作成。 一天、茜□株一一一一、九四〈’一、一一つ四一一〈、一一一□一一一壱一一一、《四一二一一、九五□一一一一、□一四 静岡県東京都神奈川県埼玉県京都府 居住地
一、吉〈人五一一一 一尖、翌一株一一、くつ①六七一〈六〈三
成についてふると(第1表)で株主は「六一八名だがそのうち九八 .ハーセントが地元民で、持株数一○○株未満のものが八一一。ハーセント を占める。また、発行株数の五・〈-セントにあたる一万株以上を所有 する株主は一人もいない。この頃の昭和漁業株式会社は、船主・船方、 魚商・製造業者などの連合体で、漁船を所有して直接漁業を営むもの
ではなかった。このような会社の性格は、昭和一八年の合併以前の貸付資本としての目的を引き継いだもので、この点はまた主要株主(第 2表)と役員構成(第3表)の上にも現われている。会社の役員構成
は旧東海遠洋漁業株式会社と旧焼津信用販売購買利用組合から、それ氏名小原作次郎竹田金平金指吉昭出口茂敏村松直治郎服部亀吉村松善人増田吉夫寺岡幸右衛門
山口忠五郎 第2表昭和漁業株式会社主要株主(昭和二四年五月一一一一日現在)
所有株数頁麦〈株五、一一一一〈四、五へ〈酉、ロハ未一一一、一一セー〈一一一、|つ□一一、七一一一〈一一、|□□一一、□六一一
一一、つ□□
昭和漁業株式会社「増資目論見書」その他より作成。 略歴・現職
小原商会社長(工具商)用宗遠洋漁業株式会社社長金指造船株式会社社長神奈川県三浦市三崎(魚商)柳屋商店社長(鰹節商)元県議、元焼津信販利用組合長、昭和漁業社長元村松善人商店(柳屋)社長元焼津漁業組合長、明神丸船元元焼津信販利用組合監事元衆議院議員、元東海遠洋漁業社長、昭和漁業会長
一○五
、弼鰯艸机区△云冨
取締 収蹄 第3表昭和漁業株式会社役員(昭和一一四年五月三一日現在)姉趣鵲収極帥雨役 9Ⅱ0)■■■ 芒’天属
苗.壬 ロヰロテ刀剣
鋲、宝詞、泪称 胆・I、‐・■■兀四貝-四四・・・△[DJ■■ 師得』、{焔〈刊二()生‐当可位取盛姉得貯住鳫 兼井沐聿A△云匹ユ津ユ皀厘、m旧印
咀和二()年当社総務部長、沼和二四能 騎西貝刻Nmm画因ムロ匡区、、旧向
脱津町長、昭杠二一生‐焼津漁業△ 零下△酉和垂章調、m咽(、 用陣廉十小学生凶、千瓦△雪処u全会重電城乍狩口弩、独吻酪収錘肺得 議跨鍾譲自貝、聰[利H和一一○年当仕取、役会鳫
」」中より楢樫耒、願【荷阪一一一一」午焼寵 室K「刀肩・汀 十酌廊浄汗信旧犀欣拒独
ぞれ代表一人、取締役二人、監事一人を出して均衡をとり、残る取締
役五人と監査役一人は船元から出ている。注(1)昭和漁業株式会社「増資目論見書」昭和二四年。 旨比I鱒醒に旧随罰当引士串エ坐口
昭和漁業株式会社「増資目論見書」(昭和二四年)より作成。 取締没胴刻仏ロ一二尹皿羊Tレムhソ伍応選不、、旧叶Ⅱ一声■諺一超陛汁輝応窒不畔坏苧圦△云延匹嘩、本己れ灰、、咽廊宋来皿虫干HN縄凋些未△云巨区、、個向 明白N一二年十隣虻虫干匡戸困祠漏似土兀礒葛貝副刑四祠栖因△[ 雫示△貢和工讃謂勺、旧く、
u]十丁し士.、ソ津雨呼震示、一四旧叶剛 栄、雁〈刊一四毎‐酔篦采、詔[和一一四圧‐当「社 一○六口騨血式■
VⅢP
■■■
悪
計一
・、 うく
監査役 監査役 監査役 取締役 取締役
塩谷健治 秋山松蔵 寺岡幸右衛門 山本鉄蔵 近藤市右衛門
明治三五年より漁業、昭和一五年東海遠洋漁業株式会社監査役、昭和二一年東益津村漁業会長、昭和二二年当社監査役 明治三五年より漁業、昭和二三年当社監査役 昭和一二年焼津信用販売購買利用組合理事っ昭和一八年当社監査役 明治三六年より漁業、昭和二四年当社取締役 明治三四年より漁業、昭和一四年焼津漁業会理事、昭和二一年当社取締役
|、一一一六 一,一一五声 一一、□《一一 セセロ 九六□
昭和漁業株式会社の営業は、船中と共同で漁船を建造して、船中に よる漁業操業からもたらされた利益を出資比率に応じて分配するとい
う、合併以前の二法人時代の漁船共有方式を継承したものであった。会社は戦後漁船を建造して復興に務めた。昭和二四年の共有船と会 社・船中の持分(出資)比率は第4表のとおりである。 次に会社の経営状態を貸借対照表(第5表)からみて承よう。まず 負債の部では、会社の自己資本はほとんど毎期負債の部総額の一割に
達せず、借入金の比重がきわめて高い。借入金の借入先は昭和二八年頃までは、復興金融公庫(のち後の日本開発銀行)が大部分を占めて
いた(第6表)。会社の目的は船中に対する漁船建造資金の半額出資にあったが、前節でふれたように戦前のように地主など、有力な出資 者が存在しなくなった戦後の会社は、その資金を復興金融公庫からの 借入れに依存した。復興金融公庫からの借入金は、会社と船中との漁 船共有方式にしたがって、その債務も会社と船中とで持分比率に応じ て分担することになるが、船中側にこの債務を直ちに支払うことがで きない場合には会社側の立替となっていたことは、貸借対照表資産の
部に船中持分立替金として計上されている。なおこの点については次節でもふれよう。資産の部によると会社はもっぱら新造船の建造には げ承、昭和二○年代の累計で二億五、九四八万円を投じている。 三昭和漁業株式会社の経営 会社が船中と共有した漁船の利益算出方法は、昭和二四年には次の (1)ようなものであった。
当社において運営している漁船は共同出資によるものであって個 々の船に就ての会社と船中(共同出資の相手方以下同じ)との出資 割合は五対五四対六五・五対四。五等一定していないがその平 均は概ね会社五分船中五分である故に会社の設備中漁船に就ての帳 簿価額は上記出資割合に依り会社分の承を記帳されてある 共同出資の相手方である船中は従来は主として各船の乗組員より
の出資であったが最近造船価の増嵩に従ひその他の者の出資もあり通常十数名乃至数十名になっている漁船の出漁に際しては会社は燃料漁具等の供給斡旋をなしその他
の仕込の材料である餌料氷食糧等の準備積込等現場的業務は船元(船中の代表者であり且つ乗組員の代表者で各船に一名宛いる)が
これをなしている水揚げされた漁獲物の販売代金は概ね次の様に分配される水揚金から販売手数料漁業協同組合費等差引き更に航海経費を差引き残額 を別に定める分配規定による歩合により乗組員と船主とに分配会社 はこの船主収得金(船穂金といふ以下同じ)を受入処理する上記船 徳金より船主としての経費(主なものは漁船修繕費)を差引いた残 金(純船穂金といふ以下同じ)を各船毎の出資割合により会社収得 金と船中収得金とに分ける
一○七
第4表昭和漁業株式会社共有船の船価と持分(昭和25年5月31日現在)
中 会 社
船
名
帳簿船価 総トン数 船
持分比率 船 持分比率
船 価 価
円
円 円 トン
159.85 157.95 157.01 154.68
154.53
45555
●●●●●
00000
10,800,000 4,828,000 481,000 4,336,000 11.230.000
丸丸九九九
拙一盛吉祥
日福松福吉38322 11
6,480,000 2,414,000 242,000 2,108,000 5.615.000
65555
●●●●●
00000
4,320,000 2,414,000 242,000 2,108,000 5.615.000 585,750 425,000 3,550,000 575,000
536.000
5 55555
●●●●●
00000
1,065,000 850,000 7,100,000 1,150,000 1.072.000
丸丸九九九
久状神吉勢
福八竜栄新133
479,250 425,000 3,550,000 575,000 536.000
152.87
151.42 150.60
150.47148.95
5
45555
●●●●●
00000
3,710000 825,000 1,880,000 718,000 288.000
5556655655
●●●●●●●●●●
0000000000
7,420,000 1,650,000 3,760,000 1,196,667 396,667
九九九九九丸丸九九九徳徳洋伍神生徳生国久福三大繁明甚増松三富
8211321512 11 111
3,710,000 825,000 1,880,000 478,667 158.667
5554455455
●●●●●●●●●●
0000000000
147.86
143.66 147.43
135.27 128.60 351,0003,052,500 3,900,000 2,655,000 1.621,000 351,000
3,052,500 2,600,000 2,655,000 1.621.000
702,000 6,105,000 6,500,000 5,310,000 3.242.000
105.08 99.59 99.40 99.88
99.88
2,960,00074,667 905,726 268,000 2.355.000
7,400,000 186,667 2,012,726 536,000
4.710.000
98.51 98.43
97.24
96.0191.05
5
44455
●●●●●
00000 5 66555
●●●●●
00000
九九九九九生喜天代積国勇水事福36852
M伽伽棚伽棚棚ⅧMM
4,440
112
1,107 2682.355
4,3731,625,000 935,000 226,000 1.384.000
10,932 3,250,000 1,870,000 452,000 2,768.000
45555555555555557555555
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
00000000000000000000000
88.42 86.15 79.15 77.46
66.78
九九九九九生生栄之日松幸水伊春
5328
65555555555555553555555
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
00000000000000000000000
6
1,625 935226
1,384 52,000500,000 205,000 830,000
275.132
104,000 1,000,000 410,000 1,660,000 550.264
九九九九九松川吉生伍宝原福金繁
35155 1
52,000 500,000 205,000 830,000
275.132
53.88 35.67 30.73
30.2624.11
2,050,000 523,000 370,000 987,500
750.000
4,100,000 1,046,000 740,000 1,975,000 1.500000
丸丸九九九
七漁盛臓波
平生松恵汐3521
2,050,000 523,000 370,000 987,500 750.000
33.86 19.97
19.81
19.60 19.50 1,500,0007,037 850,000 400,000 570.000
丸丸九九九
神加喜宝宝
明日丈亀金82515 11
19.03
17.05 16.8915.74 14.83
750,0004,926 425,000 200,000
285.000
750,000 2,111 425,000 200,000
285.000
一○人
640,000 414,000 290.000
11東洋丸 6幸生丸新七九 320,000
207,000
145.000
14.83 14.54 11.97
320,000207,000 145.000
昭和漁業株式会社「増資目論見書」(昭和24年)より作成。
第5表昭和漁業株式会社各期貸借対照表
負債 の 部 資産 の 部 事業年度
当期利益金
合 借 前期繰越金 資本 船中持分立替金
合 漁船売掛金 造船勘定 漁船船価
入
計 金 金 計
千円 千円 118,048 132,389 199,799 185,081 244,174 268,164 372,112 439,264 471,608 448,992 785,756 700,484 799,666 682,308 828,944 1,031,309 1,068,133
1,612千円
875
28
278 10,145 10,722 53,104 3,504△9,603 14,416
△10,374 9,835 37,142 94,747 22,850 47,374 28,655
74,170千円
89,710 122,760 104,850 84,000 103,500 93,300 166,778 189,601 191,800 458,180 424,230 418,500 286,700 435,000 533,200 635,400
円
千M伽ⅢⅢⅦMMMⅢ棚MMM伽伽ⅢⅢ
30000005500000088 1222224466666900 11
■■nxlU(u〉(u)勺Ⅱ▲凸扣云幻扣云、一夕】幻刎云。()、夕】〈、)凸夘云〈h)(一天)凸夘王、】〉、くり△幻宝。()(】〉〔xU【〃0(|h〉『Ⅱユ〈【〉〈一m〉(u)F『U(ヱ()〃hU(mUa夘云〈叩〉、『リハⅡ)向くU【J0n叩)『Ⅱ▲。Ⅱ▲『Ⅱ▲、〃】〈h)、】)[〃日・夘已一(h)句『】(u〉冗兎)『ⅡLnxUn〃】n】】F『ujn五nxU、〃】(u一)勺Ⅱ▲(xuF『リハⅡ)〔u〉、〃】〔ヱリ勺Ⅱ▲〔xU勺Ⅱ▲ヘベ)n】〉nK)・刎垂(hU【〃0,『)句〃・△刎云nxu〈叩v(u〉。〔)、〃白冗『〕(|h)『Ⅱ▲『I▲可Ⅱ▲『Ⅱ▲、一〃]、〃】、ベリムハ五コn』|△勾玉[〃’0斤〃0【〃0(lhUnxU〈mUnmU可Ⅱ▲屯Ⅱ▲ 円千⑬開朋冊Ⅲ帥胡皿弘幻灯別、田内Ⅳ別85277751959453392
?,フ,???,,99,ソ,9,99羽灯邪別別蛆必虹妬岨田⑬田田祀朋 千円
62,573 29,605 10,088 7,507 7,693 43,120 88,648 10,252
千円 『Ⅱ▲『Ⅱ▲『I(n|〃】、〃臼の〃]Fhunベリ幻夘云、ベリ、『)、「)nベリ
『ⅡL
、『〕F『)■0▲(u〉『Ⅱ▲(叩〉〈h〉△幻五F【u勺I▲『Ⅱ几〈【U凸刎云。ⅡL【〃・(u〉△河送 ■Ⅱ▲〔一宍)勺Ⅱ▲F『u〈hUnu〉〈Ⅱ)(|h)〈mUFl【U、扣豈【〃0,】】、〃】”〃0凸勾二一m〃】 〈【〉(一hUF【】[|〃’『Ⅱ▲⑰〃】、く)〈Ⅱ)向くu〈h)【〃0◎()(h)(一尺】。()j何』一(【U (hU同〃’〈mvj何玉。()(mUnxU〔x)(叩)『Ⅱ▲(mUlnm〉(u〉jnzF【u(Ⅱ)『Ⅱ▲ 戸『〕〈Ⅱ〉【〃|・P【u(Ⅱ〉(Ⅱ〉〈叩〉(z【)〈叩〉【〃0(mUnmvnアロハⅢ)〈h〉勺Ⅱ二、「) ■■昭和21年8月
~23年6月 昭和23年
7月~12月 昭和24年 昭和25年 昭和26年 昭和27年 昭和28年 昭和29年 昭和30年 昭和31年 昭和32年 昭和33年 昭和34年 昭和35年 昭和36年 昭和37年 昭和38年
512
87144 392
587 609 5,613 5,242△4,361 928
△9,446 389 6,031 12,878 12,928 12,802
1,281 7,815 11,302
7,042
57,814 82,730 17,673 43,933 51,164 49,323 10,687
11,339
6,594 14,529
昭和漁業株式会社「各事業年度決算報告書」より作成。
'○R
復興金融公庫日本勧業銀行静岡銀行静岡銀行静岡銀行焼津信用販売購買利用組合 第6表昭和漁業株式会社借入金(昭和二四年五月一一二日現在)借入先一区分一金額一期限
漁業益金の分配制度の概要を鰹漁について示せば次の通りである。A水揚金B販売手数料及組合費
C水場手取金(AマイナスB)
,沖乗奨励金(Cの五分)E船穂金(CマイナスDの一割)F航海経費(燃油代餌代氷代食糧費等) G漁業益金(CマイナスDマイナスEマイナスF) H乗組員収入(Gの五割五分プラスD) I船主収入八船徳金V(Gの四割五分プラスE)
』漁船修繕費K漁業益金(IマイナスJ)短短短長長長 期期期期期期 昭和漁業株式会社「増資目論見書」(昭和二四年)より作成。 千円六一、七一ロハ、CCC五、ハロ□せ、ロロロハ、ニロロ一一一、九□□ 昭一一七、’一一、||□昭一一七、三、一一○昭一一四、’一一、一一一一昭一一四、六、一一己昭一西、〈、’昭一一四、六、一s
日日日日年年 歩歩歩歩一一 四二二二割割
○八八八二二 銭銭銭銭分厘
利
率一便途
設備資金設備資金設備資金運転資金運転資金
運転資金
会社の損益計算書(第7表)によって会社の営業成績を承ると、漁 況に恵まれた昭和二八年を除くと成績はさして好調とはいいがたく、 利益の源泉たる純船穂金(のち漁業益金と表記)の成長率や株主への 配当金は必ずしも高くない(第8表)。特に昭和二○年代の統制経済 時代に、インフレと闇価格で燃油や資材の入手に困却した船中による 漁獲物の闇ルート販売が慣習化したが、これらの闇売りは帳簿外で処 理されたために、水場金額すなわち純船穂金額は過少に算出されてい
た。このため会社の支援銀行の一つである静岡銀行は、経営強化のために会社に水場金額の完全掌握を勧告し、漁船共有方式の見なおしと
会社による直営船方式への転換がはかられることになった。かくて、昭和一一八年の共有船一六隻の会社からの分離独立と昭和一一三年の大型 鮪漁船第1昭和丸の新造船直営に始まる新しい動向(第9表)を承る こととなった。この背景には戦後大型化し装備も近代化して膨張した 漁船建造費の需要に、自己資本率が低くなっていた昭和漁業株式会社 は対応しえなくなっていたことと、船中側からは系統金融制度の設置 と連帯保証や転貸をうけられる漁協の整備など必要十分な条件が会社 の外に確立していたことがあげられる。会社はその後直営船の建造に 重点を移し、会社からの分離・独立が続いた共有船は、昭和三八年に
最後の共有船第砠松盛丸が独立して、明治四○年から続いた焼津の共 L船中八共同出資の相手方V収入(Kの五割〔出資割合〕)M会社収入(Kの五割〔出資割合己
 ̄
○
第7表昭和漁業株式会社各期損益計算書
失 部 利 部
損 の 益 の 事業年度
減価償却金
当期利益金
合 漁業用品益金 漁業益金 純船徳金
合 営業経費 支払利息 処分益金
計 計
■■n皿〉『I▲ハモ〕向〃0(nun記U(u)・夘云(】〔〕勺Ⅱ▲、】写)〔x})〈叩〉(叩)冗兎)、ダニ勺IL勺Ⅱ▲・扣云(hUnx)△、詮nxUn〃】(xUnlxUnペリハⅢ)『I上局〃0句JOF『)『Ⅱユ、ペ】【〃0、|”】(u〉局〃0(munzUnZUn記UF民Jj扣」-,”】ロ【)△夘云凸夘」一向〃】の夕】(u〉
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15,169千円
16,164 22,191 48,213 63,969 64,439 125,984 104,244 82,836 120,121 102,967 168,662 97,786 164,395 87,852 128,476 119,003
■■、〃』F【Unx『)〔x|〕F『)、夕日。(玉・何玉、く)〈【U△列五戸呉|〕、ダニ句〃ロハ皿vA如云F【〉。Ⅱ▲【〃0,夕】【〃’△刎玉、夕】〈Ⅱ〉(Ⅱ〉(叩)勺Ⅱ▲【〃0,毛J凸夘孟△几五F【U向〃0F【U(h〉(x)⑪〃】刃0▲【〃0『ⅡLP【U(【U・列云ヘペリ(x)勺Ⅱ▲【〃0(x〕向く)(h)
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千円 3,656 3,026 5,649 10,038 16,356 12,648
3,848千円
2,825 2,574 11,412 6,982 8,073
千円 5,757 8,898 12,921 25,102 28,986 30,812 44,349 67,596 54,503 67,005 52,063 100,007 (102,797)
(80,150)
(106,235)
(105,105)
(123,421)
千円 15,169 16,164 22,191 48,213 63,969 64,439 125,984 104,244 82,836 120,121 102,967 168,662 97,786 164,395 87,852 128,476 119,003
円千飽妬的測記師田記測刃訂町閲肥而以囲16928559802777367
9‘,99999,ソ9,,,?9,345019皿u561030418
1
31611
千円 千円
9,160 9,832 9,961 27,056
昭和21年8月
~23年6月 昭和23年
7月~12月 昭和24年 昭和25年 昭和26年 昭和27年 昭和28年 昭和29年 昭和30年 昭和31年 昭和32年 昭和33年 昭和34年 昭和35年 昭和36年 昭和37年 昭和38年 54,625
42,751 87,127 77,183 48,184 101,152 80,225 123,830 73,174 87,964 66,239 93,711 70,457 28,531
33,144 28,333 38,670 17,276 17,198 26,296 35,824 26,368 37,270 37,441
33,629 41,622 34,348 33,824 38,634 43,832 50,613
注:()内は合計に含まない。 昭和漁業株式会社「各事業年度決算報告書」より作成。
第8表昭和漁業株式会社各期株主配当金 新株1株当たり配当|旧株1株当たり配当
株主年配当金 年 度 配当率|配当金|配当率|配当金
円
555
●●●円05007725050056666
1
円 昭21.8.11~23.6.30 23.7.1~23.12.31
昭和24年 25年 26年 27年 28年 29年 30年 31年 32年 33年 34年 35年 36年 37年 38年
00000000000000000 0
00000 0
00000
NⅡNNN99999ⅡⅡ仙乃 0ⅡⅡ㈹㈹㈹
7 5
200061
0248999‘993353567802
11
0.1
5 9
20●●
00003020000200
5551121●●●●0000
0.067
0.1 0.0418
2222
11111
●●●●●00000
0.04
昭和漁業株式会社「各事業年度決算報告書」より作成。
第9表昭和漁業株式会社関係船数
老|直営船|分離船|共有船’年 度 備
隻
隻 隻
昭21年8月~23年6月 23年7月~23年12月 昭和24年
25年 26年 27年 28年 29年 30年 31年 32年 33年 34年 35年 36年 37年 38年
【Io臼甸I4五FD0J〈UnUnひFDFoq〉44o曰O】『LA4FoFOFDFD44のoか。o』o】o】『上『上
16
1昭和九新造 1134455
4
2昭和九購入 3昭和九新造
10
5昭和九新造
6昭和九新造
11
昭和漁業株式会社「各事業年度決算報告書」より作成。
昭和漁業株式会社と船中の共有船時代における船中側の造船資金計 画について、近藤家を船元とする福一九船中の場合を次にとりあげて ふよう。共有船経営の船主側利益はさぎの純船穂金で、出資比率にし たがってこれを会社・船中間で配分する(持分または持歩勘定とい う)。福一丸船中では昭和一三年に第8福一丸を昭和漁業株式会社と 五分五分の持分で建造し、昭和一一一六年まで操業した。このうち昭和二 八年には昭和漁業株式会社からの分離独立の交渉がまとまり、翌二九 年末までに会社の持分(出資金)を買収して同船の所有権を得ている。 (1) この間の資金状況を当時の記録と第旧表からふよう。 有船の歴史は終った。
注(1)昭和漁業株式会社「増資目論見書」昭和二四年。造船所は清水市塚間の昭和造船所と決定、二一一五トンなら建造費 一一一○○万円と見積りされた。一一一○○万円は昭和漁業と船元とで一五 ○万円づつの負担とされた。(中略)船元には一五○万円の大金など ある筈もなかった。縁故者の間を駆けずり廻って出資を依頼、それ ぞれ協力は得たものの、必要額にはほど遠いものであった。船員が
株を持つといっても、戦争で誰もが疲弊し切って日々の生活に追わ 四福一丸の経営「第8福一丸船中持歩預り金通帳」(第扣表)によると、まず船価六 ○○万円のうち船中負担分の一一一○○万円の調達は、当初六一一一万八、○ ○○円余を船中で集め、そのうち船元は判明しているだけでも船中船 方の立替分を含めて三七万六、○○○円余を占めた。他に舶用機械売 却金一一一八万二、○○○円余を納入して会社に対する船中の残りの債務 は一九七万八、○○○円余となり、釣り払いとされた。その後船中は 着灸と債務の返済を続けて昭和二六年末までにさらに九八万九、○○ ○円余を納め、債務は六六万二、○○○円となった。この時船元が倉
庫に保管していた古い機関が一五○万円で売れ、船中は会社への債務 れている時であり、それは釣り払いとする以外になかった。しかし、幸いな事には、近藤市右衛門が各種漁業資材を自分の石 蔵にかなり多く貯えていてくれた。それは戦前からの備蓄と、戦中 戦後も入手可能なとぎには将来に備える意味で確保して置いたもの であった。加えて昭和一八年、第3福一丸(木船)の機関を取り替 えた際、昭和四年建造当時の旧機関、池貝鉄工製一二○馬力も手入 れよく保管されていた。この機関は以来一八年を経た中古品である が、すべてが不足している時代だから、適当な価格で処分すること が可能であった。近藤三吉はそれらの資材、機関を昭和漁業に提示 し評価したところ、一○○万円を越えるほどとなった。(中略)なお、 建造船価は当初の予定三○○万円の二倍に当たる、六○○万円とな
った。三
第10表第8福一丸船中持歩勘定
要|年月日 差引残高|支払金|預り金’摘
50,000円
50,000 50,000 37,334 279,541 60,122 111,655 132,500
000389618827260559859349749465443550511209533
000379554476857002115754696853297722711909399000457228881537227553762228011521111133337777
円 円9??,,999999ブリ99,,99999,99,?,,,?9999?,999?99,?
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9うり99,,,9999,りり999399212221111111111111111△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△
出資金(船元船中分)
同(同)
同(久七九他)
同(船元)
同(船元)船中立替金 同(同)
同(船中九名分)
主機売却分(船元)
船価600万円の五分 新船流用の船具類 造船勘定利息 純船徳の五分 利息 純船徳の五分 24年度事業税 ポンデン竹代金 漁協冷蔵庫資金 利息 純船徳の五分 24年度所徳税 出資金 24年度事業税 持込金 24年度県税 25年度事業税 25年度所得税 24年度所得税追加 利息 持込金 純船徳の五分 25年度県税 25年度町民税 固定資産税 25年度所得税 26年度所得税 戦補関係謝礼金 戦没者供養 26年度固定資産税 25年度所得税 25年度利子税 26年度所得税 機関代金 26年固定資産税 26年度市民税 漁協出資金
125811111000119111179557711111007773999991111
313333313333233332112233333332221222223333
●●●●●●●●●●●●●●●●●■●●●●●●■●●●●●●●●●●●●●●●●B●●●
891422222166222222223449922222668881111112222 1 11111 1111111
1111111111111111
23 4 5 6 2
22
22 2
昭3,000,000
250,000 208,430
157,517 102,524
461,632 11,424
1,425 100,000 163,425
381,112 130,700
167,562 11,424
267,921 1,486
20,820 19,730 132,476 133,512
553,828 754,121 5,894
13,067 63,879 38,200 65,950
2,500 7,550
20,542 65,000 10,180 101,710
四
1,500,000 46,460
30,140 50,000
円 円 円
26年度所得税 主機換装借入利子 方探増船価の五分 利息 船元持込金 純船徳の五分 入用船元渡シ 事業税 機関代入り 同上 26年度所得税 主機換装船価ノ五分 昭和漁業配当金 主機関係金利 26年度所得税追加 27年度市民税 27年度所得税 東洋丸進水祝儀他 機関代返済 不足勘定へ振替支出 汐波丸進水祝儀他 27年度固定資産税 27年度市民税 27年度所得税 27年度純船徳の五分他 船徳内金への払出し 27年度事業税 太洋九進水祝儀他 27年度所得税 27年度固定資産税 26.27年度再評価税他 財産贈与税 27年度所得税追加分 27年度市民税 雑費 火災保険 船元借入金(静銀より)
火災保険料 利息 会社より片船買取 28年度純船徳 28年度償却費 29年度船徳 修繕料 利息 借入金返済(静銀)
型uⅢ似Ⅶ肥飽田囲皿四m、朋舩皿皿肌船舶M乃沁妬Ⅳ兜船舶弱肪船uuuu盟紹旧的n冊Ⅲ虹的刃刃
1333904888000186709971387268557283181245397799
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△△△△△△△△△△△
△△△161,243 27,853 200,000 36,997
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33333332222311223312222212222222333333●○○。●●●●,,9●●。●●。●●●◆。●●◆CO○○●。●●●●CO●、●●。●●●●
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6
789
222
2昭153,667 969,057 6,606
6,570
700,000 800,000 249,840
2,400,000
6,000 19,826
48,304 37,270 109,820 45,698 700,000 1,500,000 5,800 61,470 7,150 110,520
2,497,553 800,000
10,400 32,203 313,660 25,040 131,170 150,448 29,600 37,500 19,800 80,718
5,000,000 70,950
16,729 11,250,000
五 784,206
4,480,344 13,565,682 4,242,932
1,344,810 5,000,000
「第8福一丸船中持歩預り金通帳」(近藤三吉氏蔵)より作成。
を完済した。
この「通帳」は会社との共有関係勘定について記したもので船中に よる漁業経営内容の全体について読承とれるわけではない。それは後 (2) 述するように闇売りなどにより水場金額と、それに基ずいて算出され る純船徳金が過少に算出されているからである。また会社に対する債
務にしても、通常の債務とは異なって実質は会社を窓口とする復興金融公庫からの借入金であり、その期限は第6表によれば昭和二七年末 までであり、実質的にも精神的にもかなりゆとりが持てたのではなか
ろうか。昭和一一三年、先ず高級魚の統制が解除され、以後段階的に解除が 進むが、焼津の主要漁獲物である鰹・鮪・鯖などは最後まで残され、 昭和二五年四月一日から漸く全面撤廃となる。統制中はどの船も魚 を闇で売った。配給以外の燃油・資材・食料などを闇価格で入手し
なければ操業できなかったが、そのためには魚の何割かを闇で売らなければならなかった。闇で売るものは正式の帳簿外で処理するか ら、水揚額が少なくなり、従って漁業利益金の約五割とされている 昭和漁業の収益も少なくなっていた。こうした慣習は統制撤廃後も 続いたし、昭和二六・七年は魚価も安かったから、漁船経営も大変
だったが昭和漁業も苦しく、服部亀吉社長は会社持分の船価を会社が算定した価格で買い取るなら分離独立してもよい、と言明したものである。この方針に従って先ず二七年福久丸が会社を脱退、二八昭和一一八年、福一丸船中が会社との共有船関係の解消と独立に際し て第8福一丸の会社持分を一、二一五万で買収するが、その資金は
静岡銀行からの借入金五○万円と翌昭和二九年の純船穂金一、一一一五六万円でまかなわれた。共有船時代には第8福一丸の建造に際して船中は会社に長期間にわたって債務を負ったので、船の持分に対する配当 がなく、このため船中船方の出資態度はしだいに消極的となった。| 方船元は船中持分を立替出資し、また自らの資産売却までして船中持 分の責任を負った。かくて会社から船中の独立は、同時に漁船の船中 持分の船元への集中を通じて、船中内においても漁船共有関係の解体 をもたらした。かくて漁船所有権が船中から船元へ移行したことは、 同時に船中に基礎をおいた乗組員組織も、以後は船主たる船元によっ
て編成されるように変ることになるのである。年には明神九など二隻が脱退して焼津遠洋漁協を設立、更に第妬
日之出丸も独立する。このため近藤一一一吉も(中略)焼津神社祭典の日に会社から離脱独 立する。(中略)但し、第8福一丸の残存船価について会社側との 交渉に時間がかかり、二、二五○万円で双方の了解が成立したのは 一一八年一一月初旬であった。その半額、|、一二五万円を一一一吉が会 社へ払込むことで、独立の手続きが完了したのである。
一一ハ当地の鰹漁業の単位組織「船中」は、同族に基礎を置く技術的経営 的要請から形成された組織体であることはこれまで指摘されてきた。 しかし前節でふれたように戦後の鰹漁船は、船中の共有からしだいに 船元の個人経営へと変容していき、それにしたがって乗組員の編成も、
さすがに船元一族が中心になっているものの、従来の家運合体的構成からしだいに開放的組織へ移行していった。この点を北原家を船元と する東洋丸船中の乗組員構成を例にとって、同族的家運合体の一大組 (1) (2) 織であった大正・昭和初期の場合と、次に掲げた大戦後の場合を対比
して承よう。/~、/~、
巳&,注
北北北北北
原原原原原徳次郎(北原源之丞弟)
豊三郎(北原源之丞一一一男) 次郎兵衛(北原源之丞二男) 吉右衛門(北原源之丞長男)
源之丞(船元)第u東洋丸(昭和二九年)乗員名簿 五乗組員構成の変化
鈴木誠 鈴木新太郎 北原五郎 前掲(1)一一三○’一一一一一一頁。 北原正男福一漁業株式会社『福一漁業史』昭和六二年一一○七’一一一○頁。 北原直吉北原寅吉北原蛙郎北原栄吉加藤熊吉近藤伊右衛門大野松次山下正一伊久美幸一北原幸博北原勇市鈴木光雄芝田栄一武政源太郎寺尾道雄川口平次鈴木常正渋谷光夫
(北原源之丞叔父餌買) (北原直吉二男)
(北原直吉五男)(北原源之丞叔母二男) (鈴木新太郎二男)
(別家北原元吉長男)(別家北原銀太郎二男) (別家北原吉平二男) (別家加藤長太郎長男)
(戦前からの乗員餌買)(同天野吉右衛門三男)(同山下静一長男)(同)(同北原平太郎養子) (同北原丑之助養子)
(同鈴木久平孫)(同芝田英一長男)
(同)(同武政源太郎甥) (同川口庄平二男) (戦後の乗員焼津市出身)
(同同)一一七
水松大三杉増渡増川増松田小清大芹小津新中松 谷浦石輪本田辺田本田本中口水畑沢林島倉野村 友久徳辰一秀勇良秀芳彦幹汎味新光清万安 一夫平蔵夫次次平勇雄郎丞雄実三枝郎一次一政之豆太
/~、〆~、/~、/■、/■、/■、〆宜、/~、/■、/■、/~、/■、/■、/=、〆■、/~、/~、/■、〆~、/~、’■、
同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同同
吉田同同同同同同同同同 町川
尻一一一一一一一一一 身出
、_ノ
吉田町住吉出身)
同同同同同同同同
、-/N、’、、〆、_ノ、_ノ、=ノ、_’、_ノ
同同
~ノミソ
第1図第12東洋丸乗組員親族関係(昭29年)
昭和二九年の乗組員編成は、同族関係は船元北原源之丞家と姻戚の 鈴木新太郎家の承で(第1図)、譜代の乗組員は一五軒だが別家は四 軒にすぎず、同族・譜代に関しない乗組員がほぼ半数の二一一一人に達し
ている。注(1)拙稿「静岡県焼津における産業資本形成期の鰹漁業漁携組織l大戦前の或る経営事例からの考察l」人文学会紀要第一七号昭和六○年八七’一○五頁。(2)北原吉右衛門氏による。
鎭衛門一型州一つ》太糾[鰯■|蝿隷 閨とか …「平汀新太郎1㎡
一
八
明治四○年から続く船中と貸付資本との鰹漁船共有制は、第二次大 戦後も昭和漁業株式会社によって引きつがれた。しかし会社の資本状 (1) 態は大戦一別とは異なって自己資本比率が大幅に減少した。この背景に は合併前の貸付資本東海遠洋漁業株式会社において有力株主層を構成 していた地主層の農地改革による後退、もう一つの貸付資本焼津信用 販売購買利用組合において多人数を擁していた一般漁業者と水産加工 業者のインフレなどによる経営不安などがあった。このように往時の 資金力を失なった会社は、復興金融公庫からの借入を行なってその債 務を共有船の持分比率にしたがって船中と分担した。こうした会社に よる復金など他人資本依存の増加は漁船共有制における会社の役割を 単なる債務保証人的なものに後退させ、その存在を形骸化していった。 一方会社側にとっても、統制経済時代におけるインフレと闇価格によ る燃油など資材の入手難への対抗策であったにせよ、船中による漁獲 物の闇ルート販売の慣行は、水場金額を基準とする船徳計算が収入の 大部分を占める共有船経営を魅力の薄いものにした。このことは必然 的に対出資配当率にも停迷をまねき、出資金の回収を困難にする。会 社。船中による漁船共有制解体の条件は、すでに、昭和二○年代半ば
にできあがっていたのであった。その後の発展にあたっては、船中側からは復金の借入金によって資
六結金を運用している会社との漁船共有制を、実質的には政府による系統 融資制度そのものと同義のものとしてとらえるとき、共有船の船主権 の名目だけを保持する会社の存在はかえって桂桔となり、会社からの 分離・独立の願望がおこってくる。一方会社側からは、貸付資本とし て資金運用の合理化をはかることは増資や静岡銀行など都市銀行から の借入の前提条件であり、そのためには共有船の水揚高を正確に掌握 することは不可欠の条件であり、それを実現するためには当時の状況 下では漁船共有制が椌桔になっているとすれば、会社は直営船へ傾斜 していかざるを得ない。ここに漁船所有関係の合理化を求めて、明治 以来半世紀にわたって続いてきた漁船共有体制は解消し、それはまた 所有(Ⅱ資本)と利用(Ⅱ労働)関係の組織である船中の解体を意味
するものでもあった。なお船中解体の条件には、漁業の対象が鰹から鮪へ移行したことに 伴なう技術的側面や労働市場などの問題もあるが、それらについては
稿を改めたい。注
(1)拙稿「静岡県焼津における鰹漁業の発達と東海遠洋漁業株式会
社」法政大学教要部紀要第五五号社会科学編昭和六○年二九’五七頁。拙稿「静岡県焼津における産業資本形成期の水産金融」人文学会紀要第一四号昭和五六年一○九’一二六頁。一
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