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ミュンヘン滞在1年間の見聞録

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Academic year: 2021

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ミュンヘン滞在1年間の見聞録

商学部准教授 藤 田 裕 邦

2008年9月から翌年8月までの1年間、西洋中世 経済史・商業史を専攻する筆者は、長期在外研究員 として研究に専念する機会を与えられた。大学院博 士課程在学中の1988年8月〜89年7月にはオースト リア・ウィーン大学に、日本学術振興会特別研究員 在任中の1991年5月〜7月にはドイツ・マインツ大 学に留学したことがあるので、筆者にとって3回目 の在外研究である。今回は、マインツ大学でお世話 になった先生方の1人である中世史家のフベルトゥ ス・ザイベルト(H. Seibert)博士のご尽力により、

博士が1994年に移られたミュンヘン大学(Ludwig- Maximilians-Universität München・ 略称 LMU) の 、 歴史及び美術学部歴史学科中世史講座で受け入れて いただくことができた。

2回の留学の他に観光旅行でウィーンを2回訪問 したことがあるので、ドイツやオーストリアは筆者 にとって未知の世界という訳ではない。しかし、前 回の留学から17年、観光旅行からも6年が経過し、

当時の経験は半ばリセットされたようなものである。

幸い、商学部には数年内にドイツで長期在外研究に 従事された先生が2人おられるので、近年の情報を おうかがいすることができたのはありがたかった。

外国滞在に際して重要なこととしては、滞在許可 の取得と住居の確保が挙げられよう。過去2回の滞 在ではこれらについて多少なりとも厄介な目に遭っ ていたので、今回は手抜かりのないように事を進め たかった。ウィーン留学時のオーストリアの滞在許 可は、東京の大使館で審査されたのか、申請後1週 間で発給された。一方、当時の西ドイツの滞在許可 は、発給まで約3か月を要していた。ただ、申請・

取得は日本出発前に行うのが原則だが、現実にはド イツ入国後の申請・取得も不可能ではないという話 も聞いたことがある。その後、東西ドイツ統一の頃 から審査が厳しくなり、入国後の申請・取得はまず

不可能だといわれるようになった。それゆえ、今回 の渡独でも、当然に日本出発前に申請・取得するつ もりでいたのである。それが、前記の2人の先生か ら、現在は入国後の申請が原則で、日本での申請・

取得はよほどの事情がなければ認められないと教え られ、まさに天地がひっくり返るほど驚いた。滞在 許可を入国前に取得しておくのと入国後に申請する のとでは、精神的負担が全く違う。かといって、筆 者の状況は至って尋常であって、「よほどの事情」

には到底あてはまらないのだから、入国後に申請す るより他はない。実際のところは、現地でザイベル ト博士が同行してくれたこともあって申請は円滑に 進み、予定通りその場で滞在許可を取得することが できたのであるが。

次に住居の確保についてである。ウィーン留学時 には連絡の行き違いのため現地入り後に部屋探しを する羽目になったが、今回は受け入れ先にお願いし て、外国人研究者宿舎を確保しておくことができた。

宿舎を運営するのはミュンヘン国際学術交流セン ター(Internationales Begegnungszentrum der Wissen- schaft München・略称IBZ)で、これは外国人研究 者との交流や支援を目的に、LMUやミュンヘン工 科大学をはじめドイツの学術関係諸機関が共同で設 立した組織である。電話・テレビ・食器類・タオル に至るまでの家具一式が備わった居室が、単身用・

家族用を合わせて40室余り設けられたアパートメン ト型の家屋で、筆者が入居した時点では日本人研究 者のお宅が他に8軒あった。筆者の単身用居室はバ スルームと台所も含めて39平方メートル、水道・電 気・インターネット使用料込みの月額家賃は703 ユーロで電話料金は別途支払う。家賃は格安とまで は言えないであろうが、電話・水道なども入居手続 きに含まれており、通常の住居のようにそれらの業 者と個別に契約を結ぶ必要がない。また、退居時の 海外レポート

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原状復帰(日本では大掃除程度で済むが、ドイツで は入居者側の責任で専門業者に依頼する程であると いう)についてもIBZが業者を手配するので、入 居者はその代金を支払うだけである。外国人がドイ ツの住宅習慣に煩わされずに滞在できるのがこの宿 舎のメリットであるが、入居希望者も多いようで、

1年半くらい前からの予約が必要だとも聞いた。筆 者の場合も、9月1日からの入居をお願いしたのは その約11か月前であったが、10月からでないと入れ ないとのことで、9月はホテルでの仮住まいとなっ たのである。

ミュンヘンに滞在する以上、日本ではできないこ とをしておきたい。そう思って力を入れたのは図書 館での文献収集とドイツ諸都市の見学である。文科 系の場合、文献収集自体も留学の目的の一つである が、筆者が利用したのはLMU中央図書館、バイエ ル ン 州 立 図 書 館(Bayerische Staatsbibliothek・略 称 BSB)、LMU歴史学科図書館である。LMU中央図 書館とBSBの利用者票は共通で、その発行には住 民登録が必要であった。いずれも蔵書の大半は閉架 配置で、閲覧・貸出の申し込みは図書館のウェッブ サイト上で行う。BSBは創立450年を迎えたところ であったが、IBZやLMU関係者の企画でその内部 を見学する機会にも恵まれた。蔵書数1000万冊、年 間受け入れ図書数15万冊のこの図書館では、貸出も 年間160万件に上り、書庫には図書運搬用コンベヤー が張り巡らされている。蔵書の請求記号は全館で統 一されておらず複数の請求記号体系が並存している ようで、特にこの数十年間に刊行された図書はその 年の数字が請求記号の上位分類となっている。全蔵 書に統一的な請求記号を付した場合、新規受け入れ 図書の増加に応じて書庫全体を通しての蔵書の移動 が必要になるが、超大規模図書館でそれを行うのは 困難であろう。BSBに尋ねてみた訳ではないが、

そうした事態を避けるために受け入れ年次ごとに書 庫を区切り、それに対応した請求記号を付している のではないかと、筆者は推測している。

日参して利用したのはLMU歴史学科図書館であ る。ここの蔵書は製本雑誌も含めてすべて開架配置 で、10台近く設置されているコピー機のおかげで館 外貸出を受けずに済ませることができた。また、コ ピー機のそばにはゼミナール資料ファイルの書架が

置かれており、教員がファイルに用意している資料 を学生が各自でコピーして持ち帰る仕組みとなって いる。開館時間は、平日は22時まで、土曜日も18時 までと、意外に遅くまで開いていた。かつては無料 であったドイツの大学に授業料が導入されて以来、

大学に対する学生の要求も厳しくなっており、その 流れの中で開館時間も延長されたとのことである。

実際、閲覧室の利用者は多く、日中は満席状態とな ることも珍しくない。もっとも、歴史学科図書館で ありながら、ここで自習している学生の多くは試験 を控えた医学や法学の学生だという。

都市見学については、この機会にヨーロッパ各地 を手広く見て回るというやり方もあるが、筆者の場 合、言葉がわからないところには行かないという言 い訳のもと、対象をドイツ語圏に限定した。訪れた のは、大学のゼミ見学旅行で訪れたザクセン(ドイ ツ北部)6都市の他、ライン川中流域付近(同・中 西部)5都市、ミュンヘン近郊を含むバイエルン

(同・南部)22都市、オーストリア3都市で、中世・

近世の都市景観やその痕跡を読み取ることに主眼を 置いた。ウィーン留学の時にも、帰国直前の約1か 月間、当時の西ドイツを鉄道で駆け巡って約20都市 を訪問したが、意図した訳ではないのになぜかバイ エルンにだけは足を踏み入れていない。それはとも かく、この時もそれなりに歴史家の立場で都市を見 学したつもりであったが、今振り返ってみると、ま だまだ観察が甘かったように思える。ウィーンやマ インツなど再訪問となる都市においてすらも、新た に見出したものが多々あった程である。

久しぶりの留学ということでかなり緊張した精神 状態でドイツに渡ったのだが、現地に着いてみると、

ザイベルト博士をはじめLMUやIBZの皆さんのお かげで、思った以上に快適な生活を送ることができ た。以前の留学経験もその下地となったかもしれな いが、当時は見えて来なかった物事に今回改めて気 付かされたあたりは、そうした経験の限界をも示し ている。今は世界の様々な情報をインターネットで 容易に入手できる時代である。現地で感じた空気を 忘れないうちに、まだミュンヘンにいるつもりでパ ソコンにかじりついて、いつになるかわからない次 のドイツ・オーストリア訪問に備えておくことにし よう。

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