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究﹃生の生産および再生産﹄について
南亮三郎
欄︑エンゲルスによるマルクスの﹁遺言執行﹂ー問題の登端
一八八三年の三月なかば︑くる春をまたでカール︒マルクスが︺静かに安樂椅子のなかでL﹁考へることを
やめ﹂てから︑實践的ならびに理論的仕事のすべては︑そののち十二年生き延びたエンゲルスの双肩におちて
きた︒が︑エンゲルス自身もその時はすでに六十の坂を三つもくだつてゐた︒ー﹁實践的な煽動にかけては︑
私は私以外の誰よのも多くを成し途げ得まい︒理論的な仕事にかけては︑私は今まで︑まだまだ私とマルクス
とに代るべき者を知らぬ︒若い人々がこの顯で試みたことは︑僅かであり︑多くは無よりも値打が少なくさへ
﹃生の生産および再生産﹄について一
﹃生の生産および再生産﹄について二
ある︒カゥツキーは勤勉に研究してゐるが︑生活するために書かなければなら・ず︑それだけで秀もう何等の業
績をあげ得ない︒さうして今︑六十三といふ年になつて︑自分自身の仕事で一杯詰まつてゐる重荷を員ひ︑一
年先には資本論第二春の仕事が控えてをり︑二年先にはマルクス傳記に⁝⁝L(,)とエンゲルスは︑一代の盟
友を喪ふた翌月︑べーベルに宛てて述懐を洩らしたが︑まことエンゲルスの當年の心情は察するに蝕りあると
言へよう︒
(五)エyゲルス﹁べーベル宛ての手紙﹂一八入三年四月三十圓︒改造杜版﹃マル〃スー‑皿yゲルス全集﹄第二十一巻二六
〇1二山ハ一頁O
それはとにかく︑エンゲルスの計霞では︑まつ最初に︑書き遺された資本論の績巻を整理してその一部(第
二巻)を早くも翌年の一八八四年に刊行する豫定であつたらしいが︑これは一年延びて一八八五年に上梓せら
れた︒エンゲルスによるマルクスの﹁遺言執行﹂の最初のものは︑しかし︑この資本論の第二雀ではなかつ
た︒マルクスの他界の翌年(一八八四年)に稜表したエンゲルス自身の著作﹃家族・私有財産.および國家の
起原﹄こそは︑事實上マルクスの副初び遺言執行となつた︒周知のとほり︑この書は︑モルガンの﹃古代肚會﹄
(一八七七年刊)を土毫として︑その研究の結果を唯物論的歴史研究の成果と結びつけて読き︑かくして初め
てその全的意義を明かならしめようと試みたものであるが︑マルクス自身も生前つとにモルガンの著作を讃
み︑エンゲルスが右の書で途行したやうな企圖を抱いてゐたのである︒﹁以下の諸章は︑言は讐遺言の執行で
ある︒﹂とエンゲルスは︑﹃起原﹄の初版序文の冒頭︑この間の消息を明瞭に傅へてゐる︒
ところで︑この﹁遺言の執行﹂は︑はからすも唯物史観の研究家の間に︑一つの繋争問題を誘起せしむる端
緒を開くこと︑なつた︒すなはち︑エンゲルスはこの書の序文において唯物史観の一定式化を與へてゐるので
あるが︑それは一見︑マルクスの與へた定式化とは異なるものがあつた︒エンゲルスはそこで︑かう書いてゐ
るー
﹁唯物論的見蟹よれば・魔における究極の決定的蘂は︑直接的董窒馨よび塁産である︒これ
はしかし︑それ目身また二種に分れる︒一は生活資料すなはち食・衣・佳の諸封象︑ならびにそれに必要な
る諸道具の生産︑他は人聞それ自身の生産︑すなはち種族の繁殖である︒ある歴史時期およびある國土の人
間が︑そのもとに生活する杜會組織は︑生産の二種類によつて︑すなはち一面では螢働の︑他面では家族の稜
達段階にょつて制約せられる︒勢働が獲達すること少なければ少いほど︑勢働生産物の量が.從つてまた肚
魯の富が・限られてをればをるほど︑肚會秩序はますます張く血族紐帯に支配せられるものとして現はれ
る︒しかしこの血族紐帯の上に築かれたる杜會組織のもとで︑勢働の生産力が︑およびそれと共に私有財産
や交換︑富の差別︑他人の螢働力利用の可能性が︑從つて階級封立の基礎が︑次第に畿達する︒これ等の新
しい杜會的諸要素は︑何代もの聞古い批會制度を新たなる事情に適合せんとして疲勢困懲し︑最後に爾者が
調和しえざるに至つて︑完全なる攣革がもたらされるのである︒血族團盟を基礎とする古い肚會は︑新たに
﹃生の生産お玉び再生廃﹄について三
﹃生の生産お工び再生産﹄について四
焚達せる肚會的諸階級の衝突の申に破裂し︑その代りに國家‑1その下級軍位はもはや血族團禮でなく地域
團燧であるーにまとめられたる薪しい肚會が出現する︒この肚會においては︑家族制度は全く財産制度に
もヘへもあ支配せられ︑且つそのなかで初めて︑すべての從來の書かれたる歴史の内容を構成するところの︑かの階級
⁝封立や階級闘争が︑自由に獲展するのである︒L(2)
(2)守σq︒﹃ビ巽d誘箕導σq9吋団聾臣︒も¢い中ぎ仲色σq①暮9藷・巳9︒・ω鼠鋳"臆目・︾聞笛・6陰茸碍翼g巳団巴冒おきω.<H員
改造融祀腿﹃マル〃ス胃エ¥ゲ〃スム出係木﹄鮪弟十二巻山ハ♪}五‑山ハ・七山ハ頁O皿傍踏原丈O
右の一丈のうち後牛の部分はあとで仔細に検察することにして︑まつ初めの部分を注意すると︑そこでエン
レロペソゲルスは︑﹁歴史における究極の決定的要素﹂を﹁直接的な生の生産および再生産﹂(象午︒曾窪B旨傷寄鴇曾
臼窪8臨窃琶目ぼ︒浮9H窪ピ・ぴ窪ψ)と規定し︑しかもこの生産は二種類に分れるものとして︑一面では﹁生活資
料の生産﹂(およびそれに必要なる諸道具の生産を含めて)︑他面では﹁人間それ自身の生産︑すなはち種族の
繁殖﹂をあげてゐる︒してみると︑唯物史齪は輩に物質的生活費料の生産および再生産を歴史の根抵に見るので
はなく︑人間それ自身の生産ー人ロの増殖ーをもまた歴史の決定力と見てゐるやうに思はれる︒これは︑
一元論に立つと言はれる唯物史観の統一性を破りはしないか︑エンゲルスはマルクスの死後︑嚴密なるべき史
鶴の構造に恣意を加へてマルクスの本來の見解から離れ去つたのではなからうか︑ーそれが︑右の一文から
湧いてくる疑問である︒
事實この問題は︑今まで少なからぬ論者によつて取扱はれた︒本稿もまたこれを直接の主題とする︑しかし
私の意圖は︑從來の論者のそれと聯か異なるものがある︒私にとつての問題は軍に︑エンゲルスの表現がマル
クス的史親の統一性を破るものであるかどうか︑を見究めることにのみあるのではない︒むしろ積極的に︑今
なほ私の眼前に立ちふさがつてゐる﹁人ロ﹂といふ怪物がマルクス的史観とどう結びつきうるか︑進みては︑
人聞歴史において人ロと経濟とはどういふ役割を演するか︑が私の絡局の問題である︒だが︑いふまでもなく
ヒの小丈は︑か玉る大きい人間歴史の基本問題に全的な同答を與へることを直接の目的となし得ない︒た導︑
か曳る意圖の一部分として本稿のある所以を︑指摘しておかう︒
二︑マルクスにあける﹁生の生産﹂蛮πは﹁再生産﹂
さてエンゲルスは︑﹃家族・私有財産・および國家の起原﹄の序丈において︑人聞の生活資料の生産および人
レロベソ間そのものム生産を合せて﹁直接的な生の生産および再生産﹂と呼んだ︒これはエンゲルス自身の他の諸著作
についても異例的なことである︒尤もこれと同様の語句はその後︑ヨゼフ・プロッホに宛てた手紙のなかで繰
ヘヘへり返へされ︑そのなかでエンゲルスは︑﹁唯物史観によれば歴史における究極の決定的要素は︑現實的な生の生
産および再生産(象津&爵陣ごロ儲巳閑︒箕o山信窪8傷①︒・鼠産酵窪ピ︒げ窪の)である︒それ以上はマルクスも私も嘗
て主張したことはない︒﹂(3)と去ふてはをるが︑その﹁現實的な生の生産および再生産﹂とは何であるかにつ
﹃生の生産および再生産﹄について五
﹃生の生産および再生産﹄について六
いて︑些かの読明をも加へてゐない︒從つてこの語句に︑かの﹃起原﹄の序丈におけるが如き二重の意義が含
められてあるかどうかはむしろ不明であると言はねばならないが︑それに績く言葉のうちに﹁経濟的要素﹂と
いふのがあり︑そしてこの語が前の﹁生産および再生産﹂を受けてゐることから察すると︑こ玉に云ふ﹁生産﹂
は物質的生活資料の生産を意味してをる庵のと解すべきが正當であるやうに思へる︒遡つてエンゲルスの別の
著作﹃反デューリング論﹂(一八七八年)‑この原稿をエンゲルスは獲表前にマルクスに謹んできかせたー
に就いて見ると︑そこでは彼れは︑﹁唯物史観は次の命題から出獲する︑すなはち生産︑および生産に次いでは
生産物の交換が︑あらゆる肚會秩序の基礎であるといふこと︑云々﹂(4)と述べてゐるのであつて︑この﹁生
産﹂に人間そのもの玉生産が含められてをるや否やを疑はしむる蝕地を淺してゐない︒﹁交換﹂と蚊び置かれ
た﹁生産﹂に︑人闇そのもの︑生産が含められてゐないことは︑一見して明瞭であるからである︒
(3)エyゲルス﹁ヨゼフ・プロッホ宛ての手紙﹂(一八九〇年九月廿一日)改遣冠版﹃全集﹄第二十一巻三五六頁︒
(4)団5σq巴ρU爵}'碧qき零巴N§槻鳥9謹茨︒話o審炉U冨叶甲b臣囎げoω・い◎︒9改遣杜版﹃全集﹄第十二巻四三五頁︒
ヘヘヘヘヘヘへかくてエンゲルス自身の諸著作においても︑﹁生の生産および再生産﹂が二重の側面をもつて現はれてゐるの
は︑わつかに一八八四年の﹃起原﹄の序文にとどまり︑それ以後においてもまたそれ以前においても見出しえ
ないやうである︒いま︑この黙だけを確定しておいて︑マルクスの場合ではどうであつたかを黙槍してみよ
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