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寸断 され た時間

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(1)

89

ゴー ルデ ィング 『自由落下』 に見 られ る 寸断 され た時間

杉 村 泰 教

ウイリアム・ゴールデ ィング

( Wi l l i am Gol di ng)

の作 品の中で,時間意識 に強 い こだ わ りを示 して い る の が 『ピ ンチ ャー ・マーテ ィン

』 ( Pi nc he r Mar t i n)

と 『自由落下

』( Fr e eFal l )

である

『ピンチ ャー・マーテ ィン』にお いては,主体 の現時点 の意識 の大部分が過去の追憶 の断片 と非現実的 な願望 の断片 に取 って代 られ, ご く稀 に現在 の自己の姿が垣間見 られ るような描写 となっていた。 『自由落下』では,現在 の 自己 は 『ピンチ ャー ・マーテ ィン』

の場合 ほ ど徹底 して隠蔽 されている訳 で はないが,現時点 にお ける自己の姿 の明確 な把握 をことさ らに避 けるところがある。即 ち,今 の時間が殆 ど措 か れず,過去 の断片的時間 と未来 の断片的展望 のみが主体 の回復 を求 めて前面 に押 し出 されている。 過去の追憶 と非現実的展望が現在 の自己 を押 しのけて 侵入 し,寸断 された時間が寸断 された 自己 を無秩序 に主張 してい るのであ る。

確か にサ ミ

ー( SammyMount j oy)

の言 うように,時間 は生 まれた時の しゃっ くりか ら死 ぬ時の棉 ぎまで を煉瓦 の ように一列 に並べた もので はない。殊 に 記憶 は, ある事件 が他 よ りも重要で あった り一つの事件が別 の事件 を喚起 す るような場合,時間の順序 を崩す ものである(.i)だが,サ ミーの語 る記憶 が ど れほ ど断片的な ものであろうとも, それ らを現時点で繋 ぎ とめ ることがで き れば自己の姿 は今 の ような分裂状態 にはないはずである。この意味で,『自由 落 下』 の サ ミー は 『ピ ンチ ャー ・マーテ ィン』 の マーテ ィン (

Chr i s t ophe r

(1)Wi l l i a m Go l di ng,Fr e eFal l( Lo ndo n: Fa be ra ndFa be r ,1 9 7 4 )6 .

以下 『自由 落下』のテキス トはすべてこの版 により,引用文および言及のあとにページ数の

み記す。

(2)

90

文 研

8 9

Mar t i n)同様,終始, 自己の姿が捉 えられない状況 にある

以下 に述べ るの は,サ ミーの寸断 された 自己の存在が彼 の寸断 された時間 に他 な らず, この時間の断片 を現時点 の意識 の中心 に繋 ぎとめることがで き な けれ ば, 自己の存在 を取 り戻 す ことは望 めない とい う事実で ある。

自己像 が捉 え られ ない状 況 を, しば しばゴール デ ィング は鏡像 の乱 れ に よって表現す る。 『蝿 の王

』 ( Loy d o ft heFl i e s)

で は,少年たちが子持 の雌 豚 を殺害 した後,徐々 に精神的退行状態 に陥 り,狩猟隊の リーダーのジャッ

ク (

JackMer r i dew)

は,郁子 の実の器 に入 った水 に映 し出 された 自 らの異 様 な姿の中 に自己像 を認 める ことがで きない。同様 に『ピンチ ャー ・マーテ ィ

ン』において も, メア リー

( Mar yLovel l )

‑の想 いを遂 げ られないマーテ ィ ンが, メア リー とナサニエル

( Nat hani elW al t e r s on)

の愛 の成就 を目のあた

りに して底知れぬ不安 に襲われ,妄想 によって作 り上 げた孤島の岩場 の水溜 ま りに件裂 した 自己の破片 を見 る(.2)『自由落下』 に も同 じ描写が ある.母親 の存在 の内部 にす っか り包 み込 まれ 自足 していた幼児期 を経て物心のつ く年 令 になって も,鏡 は依然サ ミーの自己の姿 を映 し出す もので はない。母親 の 鏡の中に映 っていた もの は,せ いぜ い風 に吹 かれている洗濯物や石鹸の泡, 壁 に付着 したゴ ミや塵 の模様 なのであ り, 自己像 は,母親 と一体 となってそ の模様 の中心 にあいた一 つの穴 にす ぎない。彼 は,鏡像 を十分認識 す る こと な く思春期 を迎 えるわ けである

それ故,彼が安定 した自己像 を獲得す るま でに乗 り越 えなけれ ばな らない関門 は,母親 との一体化 か らの離脱 であった.

事実,青年期 に到 るまでサ ミーは,男性 よ りもむ しろ女性 になるほうを望 んでいた し,そ うでな くて も中性的であった。父親 の顔 も正体 も知 らずに育 っ

(2

)ゴールディングの作品の中で 「鏡像」が重要な役割 を果たしていることは,

Phi l i pRe dpat hも指摘 している .Phi l i pRe dpat h

,

m. l l i a m Go l di n gIA St r uc ‑

t uy alRe a di n go fhi sFi c t i o n ( Lo ndo n:Vi s i on,1 9 8 6 )1 4 2 n

参照。

(3)

ゴール デ ィング 『自由落下』 に見 られ る寸断 された時間

91

たサ ミー に とって,父親 は

" as pe cks hape dl i keat adpol ei nvi s i bl et ot he nake de ye"

で あ り,頭 も精神 もな く誘導 ミサイルの ように特殊化 されて魂

を抜かれた存在 にす ぎない

( 14)

0

ラカ ン (

Jacque sLacan)

は,幼児が鏡 の中に自己の姿 を捉 え始 め る時期 を

「鏡像段階」 (

" t hemi r r ors t age ,l es t adedumi r oi r")

と称 し,幼児 の中 に 象徴化活動が芽生 え る最 も初期 の段 階 として位置 づ ける。生後

6

ヵ月か ら

18

カ月にわた るこの段階の終了時点 は,来 るべ きエデ ィプス期 (

" t heOedi pus phas e ,l es t adede l ' adt i ) e

")の開始時点 で もあるt3)ェデ ィブス期 は,父が 幼児 を母親か ら切 り離 す時期,即 ち母親 と子供 の双方が共 にそれ までの一体 感 か ら自己 を離脱 させ るべ き時期である。 幼児 と母親 との一体化 を禁ず るこ

とは,幼児 に とって最初 の 「綻」 となる(.4)しか るに,父 の立場, ラカ ンのい う 「父の名」 (

" t heName‑ of ‑ t he‑ Fat he r ,l eNom‑du‑ Pe L y l e" )

が疑 問視 さ れ るな らば,子供 は母 に縛 られた ままに留 まる とい う こうな ると,子供 は

「鏡像段階」あるいはそれ以前 の状態 に留 ま り,象徴 の世界へ と脱 出す ること がで きない(.5)メラニー ・クライ ン

( Me l ani eKl e i n)

によれ ば,子供 と母親 との 一体化 は必ず しも幸福 に満 ちた もの とは限 らない。子供 は,母親 の身体 に対 して極 めて残忍 な破壊衝動 を感 じ,母親 の身体 を切 り刻 む妄想 に襲 われた り, 逆 に母親 が 自分 を破壊 す る といった被害妄想 に苦 しむ(06)特 に,父親 と結合 し た母親 のイメー ジに接 した子供 は,母親が この うえもな く残酷 な攻撃者 とし て映 る

( 7)

と同時 に,男児 の場合,母体 を切 り刻 んで内部 の父親 の

phal l us

を破 壊 す る衝動 に駆 られ

( 8)

女児の場合 は父親 の

phal l us

を内包 してい る母親 に羨

(3) J a c que sLac a n ,Ec r i t sI( Pa r i s :Se ui l ,1 966 )89‑97.

(4)Ani kaLe ma i r e , J a c q ue sLa c a n , t r a ns . Da vi dMac e y( Lo ndo n:Ro ut l e dge

&

Ke ganPaul ,1982)8 5.

(5) Le mai r e 235.

(6)Me l a ni eKl e i n ,Lo v e ,Gui l ta ndR e p ar at i o na ndOt h e rWo y l k s19 21‑1 945 ( Lo ndo n:Vi r a go ,1 9 91 )308‑09.

(7) Kl e i n 21 3.

(8) Kl e i n 1 90.

(4)

92 人′文 研 究 第 8 9

望 と憎悪 を抱 く。後者 の場合,父の

p hal l us

を内包す る母親 と同一化 しようと す ることか ら母 を破壊す る衝動が生 み出 され るのである(09)

この ように, 自他 の破壊衝動 に左右 され る幼児が鏡の中 に見 るのは, 自己 の姿 の まとまった全体 で はな く「寸断 された身体」(

" f r agme nt e dbody

,co

s

mwcele'")で ある

( . 10)

サ ミーは, この ような破壊衝動 を一度 も母親 に対 して抱 くことな く, ほぼ完全 に母 との一体感 を満喫 した状 態 で成長 す るが, グラ マー ・スクール に在学 して以来,彼が熱烈 に恋 い焦がれた同級生 で現在,節 範学校 に通 うベ ア トリス

( Be a t r i c el f o r )

に接近す るにつれて,彼女の中に 既 に他者が入 りこんでい るかの ような妄想 に とりつかれ,訳 もな く嫉妬 に狂

い,言 い ようのない不安感 を募 らせている

…j e al ous y,f i nalandc ompl e t eo ft hepe opl ewhomi ghtpe ne t r at ehe r goodwi

l

l ,he rmi nd,t hes e c r e tt r e as ur e so fhe rbody,ge t t i ngwhe r ei i fit ur ne dbackco ul dne ve rhopet obe‑ Ibe gant os c ant heme n ont hepa ve me nt ,t he s ea nonymi t i e swhowe r epr i vi l e ge dt ol i vei n t hi sl a ndt o uc he dbyt hef e e tofBe a t r i c e . Anyoneo ft he m mi ghtbe he,C oul dbehe ,mi ghtbehe rl andl ady' shus bandors o n;l andl ady' s s on! ( 8 0 )

彼女 は, ここでは父親 と結 びついた母親 のイメージを纏 ってサ ミーの前 に現 われている。 母親 に対 しては感 じた ことのなかった被害妄想 と破壊衝動が, ここに到 って初 めて彼 を不安 に陥れ るのである

青年期 のサ ミーの鏡像 は, それゆえ 「寸断 された身体」 に近 い ものがある

(9) Kl e i n 1 9 2‑ 9 3.

( 1 0 ) La c a n 9 3‑ 9 4.

(5)

ゴールデ ィング 『自由落下』 に見 られ る寸断 された時間

93

Se l fl ooki ngi nt hemi r r o r . Is aw mys e l fasave r yugl yc r e at ur e . Thef ac et ha tl ooke da tmi newasal wa yss ol e mnands ha dowe d.

Thebl ackhai r ,t hewi r ybl ac k e ye br o wswe r enotl uxur i antbut coar s e. Thef ea t ur e ss e tt he ms e l ve ss t e r nl yas

I

s t r o vet odr awt he m a ndf i ndo utwhatlr e al l ywa s .Thee ar ss t oodout , t hef or e hea dand t hej aw r e c e de d. I f e l tmys e l ft obea nt hr opoi d

. ( 21 8‑1 9)

母体離脱 が必要以上 に繰延べ られ,結局ベ ア トリス との一体感 を強 め る結果 となった訳 で ある

ベ ア トリスへの大胆 な問いか け

" Whati si tl i ket obe you? " ( 1 03)

と, それ に続 くサ ミーの一連 の夢想 か ら察す るに,彼 はベ ア トリ

ス との性 的接触 の願望 とい うよ りはむ しろ,彼女 の体 内 (胎 内)に収 まる こと を願 ってい るような印象 をうける

。 " Whati si tl i kei nt hebat ha ndt he l a vat or yandwal ki ngt hepave me ntwi t hs hor t e rs t e psandhi ghhe e l s ;…"

( 1 04)

それ も,常 に既 に他者 が その優先権 を握 ってい る とい う妄想 に苛 まれ なが らで あ る。それ は,彼女 の下宿先 の主人や その息子 に始 ま り,共産党(Y.

C.L)の同志 ロバ ー ト ・エル ソ ツプ

( Robe r tAI s opp)

,少年時代 の悪友 フィ リップ

( Phi l i p)

といった, お よそベ ア トリス とは無縁 な人物, その他 ,彼女 と交際 してい るか も知 れ ない不特定多数 の男性,果 て は彼女 の信仰 や彼女 に 触 れ る空気 に まで嫉妬 す る とい う事実 に現われてい る。 サ ミー は,彼女 の胎 内 を既 に占領 してい る と思 い込 んでい る無数 の他者 によって極度 の不安 に怯 える と同時 に自己の欲望 を極度 に刺激 され, その唐突 な欲情 に騨易 して拒絶 の態度 を とる彼女 に殺意 さえ抱 く。"I

fyo udon' tmar r ymeIs hal

l‑ ""

I

s hal lki l lyou" ( 1 06).

この ようにベ ア トリスに対 す るサ ミーの欲望 は必 ず 他者 を媒介 とす る もので あ り,他者 に触発 された もの となってい る点 に注 目 す る必要が ある。 さ らに,彼 の破壊衝動が,既 にベ ア トリスの胎 内 を占領 し てい るか も知 れ ない他者 を,母体 を切 り刻 む こ とによって破壊 し尽 くそ う と す る意識 に基づ いてい る点 も見逃 す ことはで きない。ベ ア トリスの

" f r i gi d‑

(6)

94

8 9

i t y"

を指摘 す る批評家 もあ るが

(

ll),仮 に彼女が

" f r i gi d"

だ とすれ ば, それ は, サ ミーの欲情 が この ような母体破壊衝動 と表裏一体 で ある ことに対 す る 彼女 の無言 の 自己防衛 と考 えるべ きで はなか ろうか。そ もそ も,彼女 とサ ミー の出会 いか ら性 や結婚 の問題 に辿 り着 くまでの過程 が極 めて不 自然 であ る。

彼女 の 肖像 画 を描 く以外,共通 の話題 も趣 味 も社交 の場 も持 たず,共有 しう る時間 と空 間の大部分が その場 しの ぎの もの となってい る。師範学校 の下校 時 をに らんで 自転車で駆 けつ け,さ も偶然 の出会 いであるかの ように とり繕 っ た り,限 られた時間 に限 られた場所 で 慌ただ し く, お ざな りな言葉 を交 わ し た り,二人 の間 に未 だ満足 な会話 さえ成 り立 っていない状 態で,軽率 に も, 特別 な関係 を迫 る手紙 を書 き送 った りす る始末で ある。 それ も,前 の晩,彼 女が一人 で ダ ンスパ ーテ ィー を楽 しんで きた ことに嫉妬 しての ことなのだ。

ルネ・ジラール

( ReneGi r ar d)

は,人 間の模倣欲 望,即 ち,他者 の欲望 を 模倣 す る性質が, あ らゆる差異 や個性 を消滅 させ,共通 の欲望 の対象 をめ ぐ る闘争 を内包 した非個性 的暴力集 団 を形成 す る とい う(.12)サ ミー は,ベ ア トリ スを欲望 してい る と彼 が仮想 す る無数 のライバル との競合 の中で,神経 をす

り減 らせ てい る と考 え られ る

ジラール に よれ ば,共通 の対象 を欲望 して互 いに競合す る集 団 は, その中のいずれかのメ ンバ ー を生費 に仕立 てあげ, そ れ を捌 け口 として集 団内の有 り余 る暴力 を排 出 し儀 式的 に浄化 す ることによ り,一時的 に個性 と秩序 を取 り戻 す(.13)最初,生費 に選 ばれ るメ ンバ ーが,何

( ll)

例 えば,ベア トリスに関する次のような見解は,彼女の生 まれ育った環境の影 響だけを指摘 しているにすぎない

。Be r nar dF. Di c k ,W2 ' l l i a m Go l di n g( Bos t o n:

Twayne ,1 9 87 )58: " Whe nhedi s co ve r ss hei sf r i gi d,hea bandonshe r . " Ⅴ. Ⅴ.

Subbar ao

,W

l ' l l i a m Go l di n g:A St u

d

y( Ne w De l hi :St e r l i ng ,1 9 87 ) 6

1:

" He r de vo t i ont oc us t om andpr e c e de ntr e nde r she ri mpot e n

t."Ma

r kKi nke ad‑

We e ke sandl anGr e gor

,W

z ' l l i a m Gol di n g. ・A Cr i t i c alS t u d y( Lo ndo n:Fa be r

andFabe r ,1 98 5 )1 7 5:

"

t heuna wake ne d,s o c i al l yands e xual l yi nhi bi t e d gi r

l."

( 1 2) Re neGi r ar d

,TheSc

a pe go a t ,t r a ms .Yvonne Fr e c c e r o ( Bal t i mor e:The J ohnsHopki nsUP ,1 9 89 )1 38.

( 1 3) Re neGi r ar d ,Vi o l e nc ea ndt heSa c r e d ,t r ams .Pat r i c kGr e go r y( Bal t i mor e:

(7)

ゴールデ ィング 『自由落下』 に見 られ る寸 断 された時間

95

らかの点で他 とは異 なった優先 的 な印 を持 つ もので あ る とすれ ば〜14)それ は ベア トリスの胎 内を既 に優先的 に占領 してい るもの, いわば 「父」 に当た る もので ある 母体 を切 り刻 み, その内部 の 「父」 を殺 す ことによってサ ミー は模倣 を脱 した個性 と精神 の安定 を得 ようとす る。

だが,既 に述べた ように, メラニー ・クライ ンは,母体 を切 り刻 もう とす る子供 が逆 に母親 によって身体 を切 り刻 まれ る恐怖 に怯 えることを指摘 して いる。更 に, クライ ンによれ ば, その子供 は, それ と同時 に,父親 によって 自分の

phal l us

を切断 され る恐怖 に もおのの くとい う(.15)この ように生費 に加 えた暴力が供蟻 を行 な う主体 (集団)の側 に跳ね返 って くる状況 をジラール は

「供犠 の危機」(

" s ac r i f i c i alc r i s i s " )

とい う(.16)最初,生費 に捌 け口を求 めた暴力 が,主体 の中に逆流 し浸透 し拡大 して,主体 を次第 に破壊す る方向へ導 くに 到 った とき,供犠 は危機 に瀕す る。ほぼ同 じ主 旨の ことをサ ミー はグラマー・

スクール を卒業す る日,校長 か ら忠告 されてい る

" I fyouwants ome t hi nge nough,yo ucanal waysge ti tpr o vi de dyou ar ewi l l i ngt omaket heappr opr i at es ac r i f i c e. So me t hi ng,anyt hi ng.

Butwha tyouge ti sne ve rqui t ewha tyout hought ; ands oone rorl a t e r t hes ac r i f i c ei sal waysr e gr e t t e d. "( 2 3 5 )

鉛筆 デ ッサ ンと情交 によ り,ベ ア トリスの身体 を切 り刻 んだ後 でサ ミーが味 わ うのは,常 に, 自己 その ものの身体 を寸断 され去勢 され る苦痛であった。

" Ic oul dnotac compa nyhe

r

.Myi ns t r ume ntwa sf l a t "( 1 1 8) .

"Thos

e f ant as i e sofadol e s c e nc enowbr oughtt ohal fr eal i z at i o no nmys i dewe r e

TheJ o hn sHo pki nsUP,1 9 8 9 )8 . ( 1 4 )TheSc a pe go at1 8‑ 1 9.

( 1 5 )Kl e i n1 9 0 .

( 1 6)Vi ol e nc eandt heSac r e d4 9 .

(8)

96

89 輯

s ad,dr e ar yandangr y. The yr e i nf or c e dt her e al i t yofphys i c all i f eand t he yde s t r oye dt hepos s i bi l i t yofa nyt hi ngel s e; a ndt he ymadephys i c all i f e notonl yt hr e et i me sr e albutc ont e mpt i bl e. Andunde re ve r yt hi nge l s e

,

de e p, wasanangui s hofhe l pl e s s ne s sa ndl o s s "( 1 2 3) .

この ようなサ ミー を, 一段高 い所か ら悲哀 と同情 の こもった 目で見つめる暖か く謎 の ようなベ ア ト

リスは,「父」と結 びついた 「母」のイメー ジ として描かれてい る。

" Ihadmy wa r m,i ns c r ut a bl eBe at r i c e,t r i umphe di nas or to fs or r ow andpi t y;‑"

( 1 1 8 )

一方,スケープゴー トとしてのベア トリス を示唆す る表現 も頻 出 してい る。

" Sher e mai ne dt hevi c t i m ont her ack,e ve nar a ckofs omee n j oyme nt "

( 1 1 8 ‑1 9 ) . " He rc o nt r i but i o n,af t e rt hehe r oi cs ac r i f i c e,wasne ga t i ve.

De at hofamai de nheadpaysf oral l "( 1 1 9 )

彼女 は次第 にサ ミー に隷属す る 存在 とな り, 「犬 の ような冒」で彼 を見つめ

( 1 2 1 )

,「蔦」となって彼 に纏わ り つ く

( 1 2 2)

。彼女の身体 を描 いた (切 り刻 んだ)サ ミーの優 れた絵画 は,まるで 祭壇 に供 え られ祝福 をうけた生費 の如 く,窓か ら射 し込 む光 で黄金色 に輝 き,

それが彼女 の全身 にち りばめ られ る

( 1 2 4 )

彼 は,犠牲者 を神聖化す るこの儀式的光景 の中で, 自分の暴力 その もの も 浄化 され るの を味わ ってい る。 この ことによって彼 は当座, 自分 の罪か ら解 放 され,心の平安 を得 るのである だが,すべての問題 は, ここか ら生ず る

ことに当時のサ ミー は甚だ無頓着 であった。

Ⅰ Ⅰ

ベ ア トリス を祭壇 に供 えたサ ミーは,彼女か ら姿 を くらまし,共産党 の集 会で偶然出会 った活動仲間の一人,タフィー

( Ta f f y)

と瞬間的 に恋 に落 ちる。

既 に, そ こには,ベ ア トリスに対 して感 じた ような 「他者の介在」 はない。

それ は,ベア トリス とともに葬 り去 られたはずである。 しか るに, スケープ 」 ゴー トとしての彼女 のイメージは,車 にはね られた瀕死 の猫が殺 して くれ と L 悲鳴 をあげる姿 に, あるいは,夢 の中の彼女が洪水 に足 を とられ泣 き叫びな

(9)

ゴールデ ィング 『自由落下』 に見 られ る寸断 された時間

97

が らサ ミーの後 を追 って くる姿 に現われ る。彼女の顔 か らは, あの絵 の中の ような光 は失せ,肌 の しみ, 目の隈がそれに とって代 わ る。サ ミーの加 えた 暴力 は浄化 されてはいなか ったのである。 この ことは,彼が少年時代,教会 堂 の祭壇 を唾で汚 した事件 と無関係で はない。だが,彼 はベ ア トリス との件 を

" t hes kel e t o ni nt hec upboa r d"( 1 2 8)

として,事実か ら目をそ らせ, タ フィー との生活 に突 き進 む。

幼年時代か ら,概 ね,時の流れ に従 って書 き進 め られて きたサ ミーの自伝 が, ここに到 って突然,時間の秩序 を失 い断片的 になる。戦火 による世界 の 無秩序 は,サ ミーの心 の無秩序で もあった。

" Iwel c ome d t hede s t r uc t i on t hatwa re nt ai l s ,t hede at hsandt e r r or . Le tt hewor l df al l . The r ewa s anar c hyi nt hemi ndwhe r ell i ve danda nar c hyi nt hewor l datl ar ge ,t wo s t a t e ss os i mi l art hatt heo nemi ghthavepr oduc e dt heo t he r "( 1 3 1 ‑ 3 2) .

場 面 は,大尉 となった サ ミーが ゲ シュタ ポ に掃 わ れ て,ハ ル デ博 士 (Dr.

Hal de )

の尋問 に応 ず ることがで きず暗闇 に隔離 され るところか ら,不意 に少 年時代 に戻 る

フィ リップにそそのか されて,教会堂 の祭壇 に唾 を吐 きか け る現場 を聖堂番 に見つか り, こっぴ ど く耳 を殴打 され入院す るはめになる。

彼 の入院 中に母 が急死 し,たち まちにして孤児 となったサ ミー は,結局, そ の教会堂 の牧師 ウオ ッツ・ウオ ッ ト

( Fat he rWat t s ‑ Wa t t )

に引 き取 られ る。

幼 い頃,一人夜 中に目を覚 ました時 の闇 も恐 ろしかったが,隣接 したバー に 行 けば, そ こはいつ も光 に満 た され,大勢 の客 と,彼 らを接待 す る母 の姿が あった。牧師 にあてがわれた寝室 は,お よそ光 とい うものか ら隔絶 された闇, 眠 る時間 になる と電球 を取 り去 られ る闇で ある。だが,母 の胎 内ほ ど快適 で

はなかった にせ よ,た っぷ りと湯 をはった浴槽 につか ることがで きた し,寝 室 の闇の中で「胎児 の ような姿 を とって」 (

" t aki ngupaf oe t als hape"〔 1 5 6 〕 )

ふ とんに もぐりこんでい る ことで辛 う じて恐怖 を凌 ぐこ とが で きた。母 を 失 った とは云 え,当時の彼 は母 の胎 内にす っか り充足 していたわ けである

場面 は再 びハルデの仕掛 けた闇の異 に戻 る

ここには, もはや母体 の柔 らか さ も暖か さもな く,支離滅裂 な形がつ ぎつ ぎに暗闇の中 に浮かび上が り原始

(10)

98 人 文 研 究 第 8 9

的 な混 沌状 態 を呈 して い る

身体 は 「凍 て つ いた 胎 児」 (

" f r oz e nf oe t us "

〔 1 7 5〕 )

の ように萎 えきってい る。身体 を切 り刻 む妄想がサ ミーの脳裏 をか け め ぐる

闇 に閉 ざされた部屋 の中央 に落 ちてい る濡 れ雑 巾に手が触 れた時の サ ミーの一連 の反応 は, ことご とく自分 の身体 を損傷 させ る もの と関連 づ け られ てい る

蛇,酸,アルカ リ,そ して最後 に,それ は切 断 された

phal l us

と な る サ ミーの妄想 によれ ば,天井 に肉片が付着 してい るのは, それが世界 の全重量 をか けて少 しずつ下が り,彼以前 にそ こに閉 じ込 め られていた人 間 を押 し潰 し切 り刻 み破壊 し尽 くしたか らで あ り, その残骸 の一部 が,床 に転 が ってい る切 断 された

phal l us

なのであ る。かつて,彼がベ ア トリス に加 えた 暴力 が,限 りな く拡大 された形 で跳 ね返 り,「母」な る ものが彼 の身体 を,「父」

なる ものが彼 の

phal l us

を,今,将 に寸断 しようとしてい る。単 な る掃除道具 入れ にす ぎない小部屋 の暗闇の中で, サ ミー は自己 の存在 の根本 問題 に係 わ る体験 を経 たわ けである。 だが,彼 はその ことに気付 いていない。収容所長 によって闇か ら解放 された時, まるで全 てが許 されたかの ように,外 の景色 の一切 が清浄 な大気 と澄明 な光 に満 ちあふれて見 えた り,宝石 と音楽 に囲 ま れて聖霊降臨 の如 き奇蹟 が訪 れ るの を実感 した りす る しか し, その同 じ眼 が彼 の内面 に向 け られた時,そ こに展 開 され るの は美で はな く恐怖 で あった。

この拭 い きれない闇 と恐怖 の原因がつ き とめ られ ない まま,場面 は突然途 切 れて,郷里 のグ ラマー ・スクールの学校生活 の断片が映 し出 され る 収容 所 か ら牧師の住居,再 び収容所,更 にグラマー ・ス クールへ と場面 は過去 の 時間の中 を行 きつ戻 りつす る

しか しなが ら, それ を語 る主体 の現 時点 にお ける存在 には殆 ど言及 され る ことがない。 それ は,限 りな く非存在 に近 い存 在 で あ る。 この小説 の冒頭 か ら読 み取 れ るの は,か な りの成功 を収 めた画家 で生活 も安定 してい るが,常 に非合理 的 な もの に身 を引 き裂 かれ 自責 の念 に 苛 まれて, 当て もない来世 を空 し く渇望 す る宗教 的アマチ ュアの姿 であ る。

" Ye tIa m abur ni ngamat e ur ,t or nbyt hei r r at i onalandi nco he r e nt

,

v

iol e nt l ys e ar c hi nga nds e l f ‑ c onde mne d"(5) .

語 る主体 は依然 として寸 断 された状態 に在 り,断片 的過去 と断片的未来 が

(11)

ゴールデ ィング 『自由落下』 に見 られ る寸断 された時間

99

現在 を押 しの けて次々 に侵入 してい る。仮 に現在 の 自己が在 る とすれ ば, そ れ は断片 的過去 と断片的未来 との雑 多 な混合物以外 の何物 で もない。寸断 さ れた 自己 は即 ち寸断 された時間なので ある。何度 とな く繰返 され る

" He r e ? "

とい う, サ ミーの内面 か ら送 り出 るような切実 な問いか けは,寸断 された 自 己 とベ ア トリス との因果関係 がつ き とめ られ るまで続 く。

グラマー ・ス クールでの生活 の回想 の中で,二人 の教 師 ロウ イ‑ナ ・プ リ ングル

( Rowe naPr i ngl e )

とニ ック ・シェイルズ

( Ni c kShal e s )

が, とりわ け 詳 し く言及 されてい るの は,彼 らが,サ ミーの鏡像 (自己像)の確立 を異常 に 長 びかせ, その ことがベ ア トリス との関係 に決定 的影響 を及 ぼ したか らであ る. 「母 」か ら自己 を離脱 させ るべ き 「父 の名」が,サ ミー に欠 けてい るの は, 実父の不在 に加 えて,母親 の連 れ合 いだ った と思 われ る得体 の知れ ない病弱

な下宿人 や,同性愛的奇癖 の ある養父 ウオ ッツ ・ウオ ッ ト牧 師 の故 で ある。

グラマー ・スクールで, その教育的情 熱 と温厚 な人柄 の故 にサ ミーが最 も信 頼 した化学 の教 師ニ ックは,彼 に とって最初 の 「父 の名」 とな るはずで あっ

た。一方, ウオ ッツ ・ウオ ッ ト牧師 との恋 に破れ,失意 の うち に年 を重ね る 宗教 の教 師 ロ ウイ‑ ナ は,或 い は彼 女 の養子 となっていたか も知 れ な いサ

ミー に, ことの外,辛 く当た った。彼女 の教育 に窺 えるのは,聖書 の,詩や 文学 としての価値 を無視 して,専 ら教義や規律 を盾 に と り, とりわ け女性 が

phal l us

を内包す る側面 を, お ぞ ましい もの として徹底 的 に抑圧 す る傾 向で あ る

しか し,彼女 は, この側面 を排 除す ることによって, ます ます それ に 捉 え られ脅 か され る。 サ ミーが下書 き用 の ワー クブ ックに何気 な く描 いた丘 陵地帯 と木 々のスケ ッチ を,彼女 はわ ざわ ざ倒立 させて強 いて殺雑 な絵 に見 立 て,怒 りと断罪 をこめた 口調 で クラス全員 に説教 し, さ らにその絵 を校長

の ところに持参 す る。"

̀ Ihadal i t t l ega r de n, c hi l dr e n, f ul lofl ove l yf l o we r s .

Iwasgl adt owor ki nmyl i t t l egar de nbe c aus et hef l owe r swe r es ogay

andl o ve l y. ButIdi dno tknow t hatt he r ewe r ewe e dsa nds l ugsand

(12)

100 人 文 研 究 第 89

s nai l sandhi de ouss l i my,c r awl i ngt hi ngs

' "( 2 0 6)

『蝿 の王』の中の狩猟隊 の リーダー, ジャ ックは元 々,徹底 して規律 を強 い る聖歌隊 の リーダーで もあった。 しか し,規律 を強 いれ ば強 い るほ ど,彼 は 逆 に無秩序 その ものに魅 せ られてゆ く。狩猟 隊 に再編成 された聖歌隊 のメ ン バ ー は,子持 の雌豚 の放逸 な姿 を抹殺 しようとして,却 ってそれ に魂 を奪 い とられ る

『ピンチ ャー ・マー テ ィン』 において は, ナサニエル の

phal l us

を 内包 す るメア リーの存在 に,マーテ ィンは殺意 を感 ず る と同時 に悩殺 されて い る。 『尖塔

』( Th e S pi r e )

のジ ョス リン (

J oc e l i n)

の場合 も,最愛 の信徒 グ ッ デ ィ

( GoodyPa nga

ll)が棟 梁大工 のロジャー

( Ro ge rMa s on)

と不義 を犯 した

こ とによって引 き起 こされたグ ッデ ィへの憎悪 と欲情 が,次第 に彼 の精神 と 肉体 の両 面 を蝕 んで ゆ く 同様 にサ ミー にお いて も,ベ ア トリスが他 者 の

phal l us

を内包 して い る とい う先入観 か ら生 じた彼 の破壊衝動 に は,逆 に彼

自身が魅 了 され解体 され てゆ くような感覚が含 まれ てい る

化学 の教 師ニ ックの科学的合理主義 で は, この種 の感覚 を理解 す る ことは で きない。思春期 のサ ミーが勇 を鼓 して 「性」 に まつわ る悩 みの相談 を もち か けた時 のニ ックの対応 ほ ど, サ ミーの期待 を裏切 る もの はなか った。普段 の穏 やかな相貌 を不意 に硬化 させ厳 し くサ ミーの 口を封 じる と,彼 は こう断 言す る

"

̀ Idon' tbe l i e vei nanyt hi ngbutwhatIcant ouc hands e eand we i ghandmea s ur e. Buti ft heDe vi lha di nve nt e dmanhecoul dn' tha ve pl aye dhi m adi r t i e r ,wi c ke de r ,amor es hame f ult r i ckt hanwhe nhega ve hi m s e x! ' "( 2 31 )

彼 は,科学 の整然 た る記号 によって 「汚 れ」 を除去 しよう

とす るので ある. ニ ックが,サ ミー に対 して責任 を とらな けれ ばな らない と すれ ば, それ は, 「父 の名」において彼 が ロウ イ‑ナやサ ミーの不条理 な魂 を 理解 し,それ を調和 と統合 に導 く能力 に欠 けていた とい うことであ る。事実,

ロウ イ‑ナ とニ ックは終始,互 いに黙殺 しあってい る

ラカ ンは, 「父 の名」が機能 す る条件 として,父の言葉が母 に よって承認 さ れ るべ きこ とを強調 す る

母 が父 の立場 を認 めなけれ ば,子供 はいつ まで も

(13)

ゴールデ ィング 『自由落下』 に見 られ る寸断 された時間

1 0 1

母 に縛 られた状態 を続 ける とい う

( . 1 7 )

サ ミーの 「母」 は,実母 か らロウイ‑ナ へ と推移す るが,両者 とも 「父 の名」 を承認 せず, サ ミーの母体離脱 を妨 げ る。

ジュ リア・ク リステヴ ァ (

Jul i akr i s t eva)

によれ ば,生殖 の営 みに伴 う 「 れ」 (

" t heabj ec t i on" )

は,母 な るものの権 限 の下 にあ り魅惑的で ある ととも に恐怖 を も与 える もので ある とい う(.18)それ は,「父 の名」に よって導かれ るは ずの 「記号象徴秩序」 (

" t hes ymbol i c")

か ら排 除 された 「原記号欲動」 (

" t he s emi ot i

c")で あ るt19)この原記号欲動,即 ち母親 の権力 は,父権制 とその宗教

によって記号 象徴秩 序 の側 か ら禁止 を被 る その典型 的 な ものが 旧約聖書 で あ り, そ こにおいて原記号欲動 を排除す る論理 は他 のいか なる宗教 よ りも厳 しさを示す(.20)ロウ イ‑ナの厳格 さ も, ここに由来す る。宗教儀礼 は, 自己 の 存在 が母 の中へ取 り込 まれて出 られな くな る恐怖 を拭 い去 るための もので あ

( . 2 1 )

サ ミーがベ ア トリス を祭壇 に供 えたの も, このためで ある 記号象徴秩 序 は,原記号欲動 を抑圧 す るので はな く止揚 させ る ことに よって象徴機能 を 果たす ことがで きる

父 の名」によって記号象徴 と原記号欲動 との二 つの領 域 を分 かつ 「定立性」 (

" t het he t i c")

が獲得 され るが,原記号欲動 は,常 に,

この定立性 を壊 そ うとす る

「父の名」 は,定立性 をその都度,再生産 して, 原記号欲動 を止揚 す るた めの新 た な記号象徴 を作 り出す。定立性 は,それ故, 柔軟性 が必要 とされ る

( . 2 2 )

しか し, ひ とたび, この定立性 が硬化 し, その暴力性 を科学や宗教 の中 に 巧 み に覆 い隠 した支配機構 として コー ド化 された場合,原記号欲動 は記号象

( 1 7 )Le mai r e8 3 .

( 1 8 )J ul i aKr i s t e va ,Po we r so fHo r r o r :AnEs s a yo nAb j e c t i o n,t r ams .Le onS.

Roudi e z( Ne w Yor

k

:Col umbi aUP,1 9 8 2 )5 4.

( 1 9 )Po we r so fHor y w 6 5 . ( 20) Po u ) e r so fHor r w 90‑11 2.

( 21 )Po we y : so fHor r o r6 4 .

( 2 2)J ul i aKr i s t e va ,Re v ol ut i o n i n Po e t i cLa ngua ge ,t r ans .Mar gar e tWal l e r

( Ne w Yor

k

:Col umbi aUP,1 9 8 4 )4 6 ‑ 5

1.

(14)

10.2

人 文 研 究 第 8 9

徴秩序 を直撃 し解体 しようとす る(.23)

宇宙 の事象 をすべて 「記号」で片付 けてゆ くニ ックの科学的合理主義 も, ロウイ‑ナの強調 す る宗教的儀礼 も, ともに この ような 「コー ド化」 に他 な らない。 「コー ド化」 に対 す る 「汚れ」(原記号欲動)の反逆 は, ジラールのい う 「供犠 の危機」の中に も窺 える

それ はまた,母 によって認 め られない 「父 の名」 は 「綻 」 としての価値 を持たず,子供 は象徴界 に参加す ることがで き ない, とい うラカンの説 とも一致す る

サ ミーの鏡像が寸断 され回復不能 に 陥 ったの は,ニ ック とロウイ‑ナ とが共通 して持 ってい る 「コー ド」 によっ てベ ア トリスを支配 したか らである。サ ミーが暴力的 になれ ばなる程,ベ ア トリスの反撃 の力 も, それ に応 じて強 まってゆ く。 こうした状況 を,サ ミー は,彼女 と出会 って間 もない頃か ら既 にはっきりと感 じていた。

" Mos tt e r ‑ r i bl ya nde xac t l yIf e l tt hatt oki l lhe rwo ul do nl yi nc r eas ehe rpowe r "

( 224‑25)

。 これ は, 『ピンチ ャー ・マーテ ィン』の,マーテ ィンのメア リー に 対 す る感情 と同種 の ものである。

" Ic an' te ve nki l lhe rbe c a us et hatwoul d be he r f i nalvi c t or y ove r me" ! 2 4 )

ク リス トフ ァー ・マーテ ィンの存在 は

" Chr i s t o phe randHadl e yandMa r t i nwe r es e par a t ef r agme nt s " ( 2 5 )

の如 く, サ ミーの存在 は

" t or nbyt hei r r at i onalandi nc ohe r e nt "

の如 く, ともに

「寸断 された身体」の状況 に陥 っている。過去 の回想が,因果関係 の脈絡 を欠 いた断片的な意識 の寄せ集 めになっている点 も両者 に共通 している

両者 と

もに,現時点 の 自己の存在 を取 り戻す ことがで きないのは,過去の出来事が 彼 らの意識 に残 した一つ一 つの痕跡 と現時点 の 自己 との間の因果関係 を理解 す ることがで きないか, あるいは理解 しようとしていないか らである。

過去の諸々の痕跡が脈絡 を取 り戻 して今 の時点 とつなが りを持 てば,「寸断 された身体 を修復 して現時点 の自己の存在 を取 り戻 す ことがで きる。 なぜ

( 2 3 )Re v ol ut i o ni nPo e t i cLa n gu a ge8 3.

( 2 4) Wi l l i a m Gol di n g ,Pi nc he rMar t i n ( Lo ndo n:Fa be ra n dFa be r ,1 96 9 )1 0 3.

( 2 5)Pi nc he rMar t i n1 61

.

(15)

ゴールデ ィング 『自由落下』 に見 られ る寸断 された時間

103

な ら現時点 にお ける自己の存在 は,過去の無数の痕跡 を一つ一つ結びつけ未 来へ と向か う時間の流れの中に, その都度,位置 しているか らである エ ド

ム ン ト・フッサール

( EdmundHus s e r

l)の言 うように,今の印象 には 「過去 把持」 (Retention)の尾 と 「未来把持」 (Protention)の地平 とが結合 してい る(.26)この糸が切 れた時,現時点 における自己の存在 は消失 し,散乱 した過去 の痕跡の断片のみが残 ることになる これが寸断 された意識であ り,寸断 さ れた時間であ り,寸断 された 自己である

Ⅰ Ⅴ

時間の破片 は,サ ミーのグラマー ・スクール卒業当 日の場面か ら,ベア ト リスが収容 されていると聞か された精神病棟 を訪問する場面へ と,歳 月を越 えて乱れ飛ぶ

ノベ ア トリス と最後 に別れた 日に遡 り,砕 け散 った過去の破片 を拾 いあげて現時点 に繋 ぎとめ,時間の流れ を取 り戻す必要性 は,サ ミー自 身が痛切 に感 じていることなのである

.

しか し,サ ミー とベア トリス との因 果関係 は,彼女 に再会す るまでは, あまりにも複雑 な過去の爽雑物 によって 未だ遮断 されている

The r es houl dbede l i be r a t et hi nki ngback,as t r ai ght e ni ngoutoft he t i mes t r ea m bac k t owhe nyoul as ts a w he r . Ye tt hes pot sa r e o pe ni ngandc l os i n gi nf r ontofmye ye s …andt hatco mpl e xs t i c ksa pe ni ns ul ai nt ot hi so c ea nofcaus eande f f e c tt hati sBe a t r i c ea ndme.

( 240)

廃人同然 のベ ア トリスは,サ ミー と目を合わせ ると, ぎ くしゃ くと身体 を 回 し彼 に背 を向 ける。看護婦が諌 めて無理 に正面 を向かせ ると,ベア トリス

( 26)

エ ドムント・フッサール 『内的時間意識の現象学』立松弘孝訳 (東京 :みすず 書房

,1 9 8 0 )1 5 5

参照。

(16)

104 人 文 研 究 第 89

はゆっ くりと立 ち上が り,サ ミーの足元 に放尿す る。

" Be at r i c epi s s e do ve r he rs ki r tandhe rl e gsandhe rs hoe sa ndmys hoe s . Thepools pl as he d ands pr ead"( 2 4 3 ) .

これが 「コー ド化」を粉砕 す る原記号欲動の反逆であ り

「供儀 の危機」なのである。 気 を失 いなが ら, サ ミー は改めて自己の身体 が引 き裂 かれ るのを実感す る。寸断 された 自己 とベア トリス との因果関係 は, こ こにつ きとめ られたのである。 それ は,停滞 した時間の流れ を取 り戻す第一 歩で もあった。

だが,依然 としてサ ミーが この一歩 を踏 み出せ ない状態 にあるのはなぜで あろうか。 なぜ彼 の内的時間 は今だに停滞 してい るのであろうか。 それ は, ベ ア トリス と出会 う以 前 のサ ミー, ロウイ‑ナ とニ ックに代表 され るグ ラ マー ・スクールの教育 を受 けた頃か ら,少年期, さ らに母親 と一体 となって いた時期 のサ ミー にまで遡 って過去 の痕跡 を拾 い集 め,現時点 との脈絡 を取 り戻 す努力 を怠 っているか らで ある。ベア トリスは,謂わ ば, それ らの痕跡 をつないだ線 の延長線上 の一点 にす ぎない。彼 の時間の遡行領域 は,せ いぜ いロウイ‑ナ とニ ックの感化 をうけた あた りまでの範囲に留 まっている 記 号象徴 と原記号欲動 とを分かつ 「定立性」 を作 り出すべ き父親像

(

「父の名

」)

が,生 まれ落 ちてか ら一貫 してサ ミー に欠落 してい る ところへ,二人 の教師 が 「硬直 した定立性」 を作 りあげる教育 を行 なった ことが問題 なのである。

二人 の教師の教育が, ともに暴力 を覆 い隠 した支配機構 の一部 として機能す る可能性 のあることはサ ミーによって も指摘 されているし,彼 を幽閉 したナ チス こそ,そ うした暴力が具体化 された ものであ ることも彼 は理解 している

例 えば彼 はロウィ‑ナの教 える宗教 を ".

. .t hi smodewhi c hwemus tca l l t hes pi r i t . . .t o uc he sonl yt hedar kt hi ngs ,he l dpr i s o ne r ,i ncommuni c ado

,

t ouc he s ,j ud ge s ,s e nt e nc e sandpas s e son"( 2 5 3 )

,ニ ックの教 える科学 を

"…

t heat om s pl i t st oor de

r.

Al ldayl o ng,ye ari n,ye arout ,t hedayl i ght e xpl anat i o ndr i ve sbac kt hemys t e r yandr e veal sar e al i t yus a bl e,unde r ‑ s t anda bl eandde t ac he d"( 2 5 2 )

と批判 す る。 しか し, ロウイ‑ナ とニ ック と

い う謂 わ ば精神上 の両親 の感化 と,実 の親 の影響 とを結 びつ ける糸 は,サ ミー

(17)

ゴールディング 『 自由落下』に見 られる寸断された時間 105

の意識 の どこかで断ち切 られ てい るように思われ る

彼 が,諸 々の過去 の痕 跡 を現時点 の意識 の中心 に繋 ぎとめる ことがで きないのは, この断絶 のた め で ある。

現在 の地平 か らロウイ‑ナ とニ ックの教育 をふ り返 り, そ こか らはるか昔 に遡 って, ロ ッ トン・ロウ

( Rot t e nRo w)

のス ラムで母親 と過 ごした幼児期 を回顧 すれ ば, そ こに首尾一貫 した事実が浮か び上 が って くるはずで ある。

それ は,記号象徴 と原記号欲動 とを分 かち,後者 を限 りな く止揚 させ得 るに 足 る強敵 かつ柔軟 な 「定立性」が獲得 で きていない とい う事実 で あ る

一言 で いえば,満足 のゆ く 「父 の名」 に巡 り会 えなか った とい うことで あ る。 こ の一点 を見据 えることがで きれ ば,彼 の切 断 された時間意識 は修復 され,再 び流れ を取 り戻 すであ ろう。未来 に当てのない神 の啓示 を期待 し,過去 の時 間 の断片 にふ り回 され てい るサ ミーの現状 を敢 えて評 すれ ば,過去把持 と未 来把持 の,現時点への接合が外れ,意識 の時間的流れが凝 固 してい る(.27)この 時間の断片 を,彼 の現時点の意識 の中心 に 「接合」す ることによって意識 の 時間的流れ を取 り戻 さない限 り, 自己の現存在

( Da s e i n)

を回復 す る ことはで きない。 そ して, この断片的 な世界 ,散乱 した意識 の 「接合点」 は,人 が ど れ ほ ど病 んでいて も,その人格構造 の中 に必 ず存在 す る

( 28)

とい う。言 い換 え れ ば, どれ ほ ど人格 が窮地 に陥 ろ うとも,現存在 を回復 す る手立 て はある と い うことにな る

「自由落下」 (

" f r e ef a l l " )

な る用語 が,パ ラシュー トで制御 す る前 の,引力 に よる落下 を意味す る もので あ るな らば, サ ミーのパ ラシュー トが開 く可能 性 は十分残 されてい る と考 え られ る。

( 2 7) L.ビンスワンガ‑ 『 妄想』宮本忠雄 ・関 忠盛訳 ( 東京 :みすず書房 ,1 9 9 0)

65

参照。

( 2 8 ) ミッシェル・フー コー 『 精神疾患 と心理学』神谷美恵子訳 ( 東京 :みすず書房,

1 993 )5 0 参照。

参照

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